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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第32話N 国の名前どころじゃないのじゃ

 魔王邸で待ち構えていたリューンによると、近頃ナオが太ってきたのが気になっていたのだが、昨夜から姿を見せなくなり、代わりに朝からみー、みーという鳴き声が聞こえてきたという。

 王の私室に無断で入ることはできないと右往左往し、イライザと相談の上アルトに連絡したのだが、ちょうどプロセニア軍との戦闘中だったそうだ。

 なお、この時点で森人族の受け入れ準備を指示されていたらしい。アルト早過ぎ。


 そんな報告を聞きながら、必死にナオの乳を吸う仔猫を眺める。前足で乳首の横をきゅっ、きゅっ、と押しながら一心不乱に乳を飲む姿に、自分の頬がだらしなく垂れていくのが自覚できる。


「ナオ、おぬしお母さんになったんじゃのう、頑張ったのう、えらいのう。コナンもお父さんじゃのう、よくやったのう」


 ナオとコナンを交互に撫でながら褒めちぎる。しかしそうなると、この仔猫達の将来も考えてやらないといけない。


「猫の数を増やしてやらんといかんのう……ふーむ」

「ナナさん、おめでとうございます。ところで、増やすというのは?」

「このままでは、仔猫達の将来の相手が兄弟しかいないのじゃ。血縁者同士の子作りは良くないのじゃ」


 あまり詳しくは覚えていないが、障害を持つものが生まれやすいことと、その子もまた障害を持ちやすくなることなど、何故か無表情のアルトに話して聞かせる。

 何でこんな顔なんだろうと思いつつ周りを見ると、リューンの顔は引きつり、リオとセレスは仔猫に触りたそうに手を伸ばしてナオに怒られ、ダグは見たことの無いだらしない顔で仔猫を見ていた。


「リオ、セレス、ダグ。わしも仔猫に触りたいが、もう数日一緒に我慢するのじゃ。まだ生まれて間もないでのう、ナオが心配しておる」

(うん、わかったよ姉御)

(ううう、我慢ですね~)

(あ、いや、俺は……お、おう)


 ダグ、挙動不審過ぎ。何か言ってやろうと思ったが、その時アルトが片手で顔を覆い、体を震わせ始めた。


「くっ、くくっ……はははっ、ははははは! 全く貴女という人は! もう大抵のことでは驚くまいと思っていましたが、これはもう僕の理解の限界を超えました! ナナさん僕と結婚して下さごふぉ!!」


 無表情から突然笑い声を上げたアルトを、静かなる鉄拳制裁で黙らせる。


「ナオと仔猫がびっくりするじゃろうが、それと脈絡のないプロポーズはやめんか」


 仔猫の前でなければもっと盛大に殴り飛ばしてやるのに。ちっ。


「いつも元気なリオだけでなく、あのダグですら仔猫に気を使って小さな声で返事をしたんじゃぞ? 大人しく悶絶しておれ。さて、また様子を見に来るでのう、ナオもしっかり食べて仔猫に栄養を与えてやるんじゃぞ?」


 みぞおちの一撃に崩れ落ちたアルトを一瞥し、ナオとコナンを一撫ですると、ダグにアルトを運ばせて部屋を出る。もっとモフりたいが、今日のところは我慢である。




「何だって突然笑い出したのじゃ?」


 会議室に集まった一同の中から、未だに腹を片手で押さえているアルトに目を向ける。この場にはいつものジュリアを除く側近全員が集まっていた。

 ジュリアはアラクネの族長バービーの看病というか、介護をしているため不在である。何度か見舞いにも行って治療魔術を施しているのだが、流石に老化までは治療できない。


「ナナ様、御自分がどれほどの偉業をなされたのか、ご自覚されていないようですね……」


 リューンの言葉に首を傾げる。偉業と言われるような事に思い当たることは無いのだが、今話すということは猫の出産に関係しているのだろう。しかし猫が仔を産んだからといって何の問題があるのだろうか。

 そんなことより問題は一組しかいないことで、もっと成猫をたくさん作ってやらないと数世代で絶滅……あ。


「ナオとコナンはゴーレムじゃった……ゴーレム同士で子供が作れたのじゃ……」

「そうですよ、ナナさん。貴女はスライムの能力と生命魔術を用いて、猫という新しい生命体を生み出しただけでなく、繁殖が可能な『種族』を生み出したのですよ? はっきり言いますが、これはもはや『神の所業』です!!」


 ドヤ顔のアルトの言葉を受け、絶句する。言われてみればとんでもない事をしでかしたような気がする。これでは……これでは? ん?


「一つ聞きたいのじゃが……わしが種族を生み出すことで、どんな問題が発生するかのう?」

「何の問題もありません! ただただ素晴らしいの一言です!」

「アルトは少し黙るのじゃ」


 ドヤ顔のアルトは放置するとして、難しい顔をしていたリューンとイライザを見る。


「例えば、元からいる種族の根絶とか……」

「そんなものわしに関係なく、よくあることじゃろうが。そもそも人という外来種は、在来種である魔物を狩って自分達の住処を広げて来たのではないか? 今も新都市建築のため周辺の魔物を間引いておるじゃろ?」

「……確かに何の問題もありませんね。あまりにも常識を外れた出来事でしたので取り乱してしまいました。申し訳ありません、ナナ様」


 暗に非常識と言われた気がするが、リューンには悪気は無いだろう。問題ないと返して、猫の件は終わりにする。


「では良い機会ですから、国名と都市名についてそろそろお決め頂いてもよろしいでしょうか?」

「国名はプディング、プリンの別名じゃ。都市名はブランシェ、わしの世界の言葉で白を意味するのじゃ。これでどうかのう?」

「ナナさんの名前がどこにも無いのが残念ですが、プリンはぷるぷるしていてスライムみたいですし、良いのではないでしょうか」


 以前おおよそ決まっていた内容をほぼそのままに、その場の思いつきで決める。これから仔猫達の名前を考えなければいけないのだ、さっさと終わらせるに限る。


「ではプディング魔王国、首都ブランシェとして周知いたします」

「うむ、よろしく頼むのじゃ!」


 話が終わったので早速仔猫の様子を見に行こうとするが、引越しがあるので片づけをしておくようリューンに釘を刺されてしまった。よく考えると現魔王邸も引越しで皆慌しく働いており、ここではナオも落ち着かないだろう。そんな事を思いながら部屋の前まで行くと、数人の使用人が扉の前で聞き耳を立てていた。

 こちらに気付いて謝罪する使用人達に「見るだけ」と念を押し、みーみーという鳴き声が響く部屋に入れて仔猫を見せる。どうも魔王邸の使用人たちもナオとコナンを可愛がっており、気にかけていてくれたらしい。

 頬が緩んでいる使用人達に猫をアトリオンへ連れて行くことを話すと、残念そうな顔ではあったが納得してくれた。


「皆で地上への引越しが終わったら、猫も増やすでのう。そのときはまた面倒を見て欲しいのじゃ!」


 歓喜の表情に変わった使用人達は、口々にお任せくださいと言って仕事に戻っていった。広がれモフモフ好きの輪。


 コナンとナオと三匹の仔猫達をスライム体で作ったケージに入れ、ぬいぐるみゴーレムなどを全て空間庫に放り込み、ブランシェ予定地を経由してアトリオンへ転移する。

 茜色に染まりつつある空を見ながら、仔猫のせいで完全に忘れていたジルとミーシャ達にも話を聞かなければいけないと思い出す。


 同時に、今はまだ会いたくない存在も思い出す。ザイゼンの位置に意識を向けると、アトリオンを離れて王都アイオンに向かって移動中だった。もう少し気持ちを整理する時間が欲しかったため、いいタイミングだったと安堵する。


 猫を自室に放すと警戒している様子だったが、ぬいぐるみゴーレムも全て出してやると落ち着きを取り戻したようで、ナオは仔猫を舐め、コナンは尻尾を立てて探検を始めた。

 マリエルとヨーゼフによると、ペトラと森人族の子供達は容態も安定し熟睡中、ジルとミーシャも客室に案内するなりベッドに倒れこみ熟睡したそうだ。自然に目が覚めるまで寝かせておくよう指示し、着替えと風呂の準備もさせておく。

 しかし全員肉体のダメージは回復させてあるが、体力をつけさせなければいけないと夕食のメニューを考える。今回マリエルは子供達とペトラの面倒を見るよう頼んでおり、ヨーゼフにはジルとミーシャ任せているため一人での調理である。



 魔狼のコートを脱ぎ、ピンクのワンピースの上から白いフリルつきのエプロンをまとう。

 空間庫の食材類を確かめ、下級グランドドラゴンの尻尾肉を使うことにした。濃厚な味にも関わらずさっぱりとした後味で、他の部位より重くないのが決め手である。何より体力がつくこと間違いない。

 割った尻尾の骨で出汁をとったスープや尻尾肉団子、ステーキやサラダなどを手際よく作っていると、ヨーゼフに連れられたジルとミーシャが姿を現し、料理をする自分の姿に絶句していた。


「にゃんでにゃにゃ様が料理してるのかにゃ!?」

「ナナ様、エプロン姿も可愛らしいですわ……羨ましいわねぇ」

「マリエルもヨーゼフもおぬしらにつけておったからじゃ。それに元々料理は好きなのじゃよ、ふふん」


 驚くのはわかるがミーシャの「にゃにゃ様」というのは何だ。真面目な場面で呼ばれなくて良かった、プロセニアの奴隷狩りと戦っている最中に「にゃにゃ様」呼ばわりされていたら、追加で蹴り飛ばしていたかもしれない。いや、間違いなく蹴った。

 ペトラはまだ熟睡中だが子供達は目を覚ましたというので、食堂に連れてくるよう指示し、ペトラの分はステーキを一口大に切り分けてから戻ってきたマリエルの空間庫に入れておく。


 マリエルと戻ってきたヨーゼフに配膳を任せて食堂に行くと、既に全員がテーブルについてそわそわしながら待っていた。ここで森人族の子供達から自己紹介と助けてもらったことのお礼を言われたので、笑顔で二人の頭を撫でておく。このアメリーとコリンナという姉妹は十歳と九歳で、逃げ遅れた妹のコリンナを助けに戻ったため、二人とも奴隷狩りに捕まってしまったそうだ。


「ナナさん、アメリーとコリンナには、森人族の集落の全員が安全な場所へ移住したことを話してあります。体力的に問題なければ、明日にでも森人族の仮住まいに案内することになっています。それとご両親の無事も確認していますよ。重傷でしたがナナさんの治療のおかげで、すぐにでも働けるそうです」

「相変わらず行動が早いのう、助かるのじゃアルト。良かったのう、アメリー、コリンナ。ジルとミーシャもしっかり食べよ、あとで聞きたい話もあるでのう」


 配膳が終わるのを待ち、いつも通り頂きますの挨拶をして食事を始める。挨拶の意味はアルトが説明しており、アメリーとコリンナ姉妹もジルとミーシャも頂きますをして、スープを口に含んで絶句する。

 ジルから何という食材なのか聞かれたが、全部食ったら教えてやると話し、食事を促す。森人族姉妹も幸せそうな顔で肉を頬張っており、自然と自分も笑顔になるのがわかる。


 全て食べ終わり満足顔のジルとミーシャに、今日の料理で使った肉の正体がドラゴンだと教えてやると、ジルは気を失いかけ、ミーシャは顎が外れんばかりに口を開けて膝から崩れ落ちた。


 きっと喜びを全身で表現しているんだろう。くすくす。

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