3章 第31話N 産まれちゃったのじゃ
「魔王様、ワタシにはジルフィードという名前がありますのよぉ、できればそのぉ、元厚化粧というのやめていただきたいですわぁ」
女言葉を話すボサボサ紫頭の大男が、悲しそうな目でこっちを見ていた。そういえば名前を聞くことも忘れていたし、アルト達の紹介もしてなかった。
「呼びにくいのう、ジルでよいか?」
「ええ、構いませんわぁ。それとこちらの虎獣人族がミーシャ、先程魔王様にお救い頂いた地人族がペトラと申しますの。改めて仲間を助けて頂いたこと、深く感謝いたしますわぁ」
「魔王様はやめんか、わしの名はナナじゃ。呼び捨てで構わん」
恐れ多いと固辞するジルだったが、様付けで呼ぶことで落ち着いたようで安心する。普段から魔王様呼ばわりされるのは少々落ち着かない。
それにしても馬鹿猫ミーシャは猫ではなく虎だったのか。今はわっしーの窓から外を見せながら、森人族の集落への誘導をさせているのだが、借りてきた猫のように大人しい。うん、猫でいいや。
アルトら四人の紹介を簡単に行ったあと、時間がないためジルに経緯を簡単に説明させる。
それによると、昨日とある集落が奴隷狩りの襲撃を受け、逃げ遅れた五人の子供が捕らえられたそうだ。
子供達を乗せた馬車が兵士達より一足先に走り去ったため、ジルとミーシャ、そして片腕を失っていたペトラの三人で追跡し、救助したところで奴隷狩りの本隊に追いつかれてしまい、戦闘になったという。
奴隷狩りを指揮していたのはプロセニアの英雄と呼ばれる強者で、ペトラとミーシャの二人がかりで戦うことでしのいでいたが、その指揮官は部下に子供を攻撃するよう命じたという。
その隙を突かれてペトラが右腕も失い、子供達が次々と殺され、そしてミーシャがとどめを刺されそうになったその時に、自分が突然現れて蹴り飛ばしたおかげで、ミーシャも命拾いしたのだそうだ。
あの時は自分が蹴りを入れる前に死なれては困ると慌てて転移したが、別に助ける意図があったわけではないことは黙っておく。
そのミーシャが、顔を引き攣らせながら森人族集落への到着を告げた。何だその顔は、と思ったら、どうもわっしーの速度に驚いているらしい。
ジルとミーシャに案内されて到着した集落は、あちこちに血の跡が残る凄惨な現場だった。建物の多くは焼かれたり壊されたりしており、残っている建物も扉や窓などが壊された状態で、至る所に血痕が残されていた。
その集落の通りを歩いていると、スッとダグとリオが自分の前に立ち、後ろにはアルトとセレスがこちらを囲む位置に移動した。
こちらへと向けられている、敵意や殺意のこもった視線に反応したのだろう。
「子供達を帰してやりに来たのじゃ、こちらに敵意はない。ジル、説明せい」
足を止め、こちらの様子を窺う視線の元に顔も向けず、森人族であろう者達とジルに声をかける。
ジルが大声で子供三人を救えなかったことを詫び、残る二人の無事を報告し、自分達のことを恩人であると大声で呼びかけると、ようやく森人族の男が一人、姿を現した。
「集落長のジョシュアといいます。この度は助力頂いたそうで、感謝いたします。ところでその瞳、魔人族と光人族とお見受けしますが?」
「ナナじゃ。概ね合っておるが、わしは魔人族に見えるが本体はスライムじゃ。そんなことより子供達はどこへ運べば良いかのう」
ジョシュアに見せつけるように頭上のスライムを跳ねさせると、魔物、と呟いて固まりかけたが、子供のことを聞いてすぐに我に返り、周囲に潜む仲間に声をかけた。
間もなく姿を現した傷だらけの森人族達は、セレスに警戒の眼差しを向けていたものの、子供の遺体を受け取ると深く頭を下げ、近くの建物へと入っていった。
「子供達の両親も殺されているか、重傷を負っておりますので……こちらへどうぞ」
子供達の遺体を淡々と運ぶ者の様子から肉親ではないだろうと思っていたが、思ったよりも酷い状況のようだ。
二人の護衛を連れたジョシュアに案内された家も、扉が壊され室内も荒れたままの状態であった。
そこでジョシュアから聞いた話によると、森人族や地人族、亜人族などはおよそ五年から十年に一度、こうした奴隷狩りの襲撃を受けるということだった。プロセニアの奴隷狩りはいつも住人の二割ほどを殺し、若い十歳前後の住人を奴隷として連れ去るらしい。
また集落の位置を変えた場合、発見し次第皆殺しにすると脅されているため、不用意に逃げることもできないということだった。
「他国への道は全て軍によって封鎖されていますので……。国内ではどこに逃げようとも、いずれ見つかることは明白ですから……」
「ワタシ達は襲撃前に身を隠すように言われましたので、プロセニア軍には顔を知られておりませんの。ですからジョシュアに無断でしたが、救出に向かいましたの」
「君達が子供を取り返してきてくれたことは嬉しいし、感謝したいとは思う。だがこの事がプロセニア軍に知られたら、また本隊が引き返して来て、今度こそ集落の者は皆殺しにされるだろうな……」
「一つ質問じゃ。ジョシュア。おぬしらは、今後どうするつもりじゃ? どうしたい?」
シンディと同じ、ジョシュアの緑色の瞳を真正面から見つめて問いかける。その顔は疲れ切って何もかも投げ出したい、といった表情であったが、瞳にはまだ諦めようとしていない力強さが残っていた。
「……集落を捨て、皆を連れて移住先を探す旅に出ます。もっと山脈に近い森の奥に行けば、プロセニア軍には見つかりにくいでしょう。引き換えに魔物の脅威が増しますが、ここで死を待つよりマシです。ところでナナさんが保護している二人の子供について、ご相談があるのですがよろしいですか?」
「このまま預かれ、という話なら聞かぬ。体力が戻り次第、おぬしらの元に返すつもりじゃからの」
明らかに落胆する様子のジョシュアを横目にアルトを見る。そのアルトは笑顔で深く頷き、一歩前に出た。
「その代わりに提案があります。僕達の国に森人族全員で移住する気はありませんか?」
驚愕と困惑にジョシュアの目が大きく見開かれたのを見て、あとはアルトに全て任せることにする。
子供達も両親を失ったうえ、同族が一人もいない地で暮らすのは心細い思いをするに違いない。それならいっそのこと森人族全員うちで引き取れないかと思ったのだが、さすがアルトである。
アルトは国の建設に協力すること等を条件に、魔王の庇護下に入るよう説得していた。その話の流れで自分が王であることや、スライムであることも改めて話していたが、光人族も暮らしているという点に難色を示した。
どうもプロセニアの国教である光天教が崇める、光人族に対して警戒を抱いていたらしい。
道理でセレスを警戒しているはずである。
しかしそれも異界で育ちで光天教と関わりの無い光人族と知ると、態度を軟化させ移住する方向で話が進む。
トドメは移動方法についてで、魔道具による集団転移と聞き、腹が決まったようだ。
「では奴隷狩りの本隊が戻る前に移動できるよう、準備を急がせます」
「それなら急がずとも良いのじゃ。奴等ならとうに全滅させ、わしが全て喰ろうたわ。そんなことよりまずは怪我人を集めよ、治療してやるのじゃ」
唖然とするジョシュアはジルから事実であることを聞くと、自分に怯えるような様子を見せながら、護衛の者達に怪我人を集めるよう指示を出していた。コワクナイヨー。
移動させられない重傷者が寝かされている建物とその周辺に、集落のほぼ全員ではないかという森人族が集められた。
ジョシュアによると集落の人口およそ二百人いたうち、五人が連れ去られ、その家族など三十人が殺され、百人近くが重軽傷ということだった。
重傷者の中には子供の姿も見られ、怒りを抑えながら治療を始める。数が多すぎるためアルトの助言に従い、ヴァルキリーによる広範囲治療と、アルトの手も借りて治療を行い、ものの数分で全員の治療を終えた頃には多くの住人が跪き、涙を流しながら感謝の言葉を伝えてきた。
またアルトにはめられた気がする。
いつしかその場には全ての住人が集まっており、それらを集めさせたと思われるジョシュアが、恐る恐るといった感じで前に出てきた。
「皆、聞いて欲しい。奴隷狩りの本隊が、魔王様一行の手で全滅したそうだ。しかしいずれまた、奴隷狩りの大軍がこの集落を襲うだろう。そこで魔王様が、我々に移住を勧めてくださった。私はこの地を捨て、魔王様の国へ移住しようと思う。少なくとも奴隷狩りに怯える日々は無いと、魔王様が約束して下さった。反対する者はいるか?」
集まった住人は唖然としながらこちらを見ているが、そりゃいきなりそんなこと言われても、普通は即答できるわけがない。
「わしの庇護下に入る以上、わしの力はおぬしらを守るためのものじゃ。それが魔王の役割じゃからの。わしの元で、よく働き、よく学び、よく楽しむとよいのじゃ。……アルト」
「はい、魔王様。森人族の皆さん、我々は異界から出てきて間もありません。国の名前もまだ無く、都市も建設中です。住人には税金として、それぞれの収入からいくらかは支払って頂きますし、我々の定めた国のルールには従ってもらいます。しかし魔王様がおっしゃったように、皆さんの安全は保証します。そして魔王様の望みは、皆さんが楽しく生きることであり、その楽しさを共有したいということです。魔王様と共に楽しく生きたいと思う者を、魔王様は拒みません」
そこまで言うと一呼吸置いて全員を見渡し、大きく息を吸い込んだ。
「我々は全ての種族を受け入れる準備があります」
力強く断言したアルトは、アイテムバッグからゲートゴーレムを取り出し、移住方法についても説明しだした。
あとはアルトに任れば良いだろうと、ノーマル義体に換装してダグを伴い、重傷者が寝ている建物内に入る。特に傷が深く血を流しすぎていた数名に、ペトラにやったようにスライムで作った血を輸血して、追加の治療を施しておく。
土気色だった顔色に生気が戻ってきたのを確認し、建物を出た頃には、森人族全員の移住が決定していた。
リューンとイライザに魔導通信機で事情を説明すると、既にアルトから聞いて受け入れ準備を進めているという。どの時点でこうなることを予測していたのやら。ただ、リューンから「一度魔王邸に戻って欲しい」と懇願される。
仕事ではなさそうだが、なにやら困惑している様子であるため、コナンとナオを撫で回すついでに戻るとしよう。
あとは任せて欲しいと言うアルトを残してアトリオンへ飛び、マリエルにジルとミーシャを任せて休ませる。
ついで新都市建設予定地へ転移すると、作業従事者の仮住まいが大量に作られていた。都市中心部の地下下水道も敷設済みで、現在は新魔王邸の建築中らしい。早過ぎる建築速度に驚きつつ異界の魔王邸へと戻ると、神妙な顔をしたリューンに出迎えられた。
「ナナ様、こちらへ……ナナ様のお部屋を確認してくださいませんか?」
何事かと部屋へと向かう。近付くにつれ、何か甲高い音が聞こえる。
その音の正体に思い当たり、心躍るのを感じて足早に部屋へと向かう。
ああ、もうはっきりと聞こえるじゃないか。
『みー、みー、みー、みー』
焦りを抑え、部屋の中にいる存在を驚かさないようゆっくりと扉を開ける。その瞬間三毛猫のコナンが飛び出してきて、喉を鳴らしながら足に頭突きをするようにこすり付けてきた。中も気になるけどコナンにもちゃんと挨拶しないといけない。
久しぶりに撫でるコナンの毛並みにニヤついていると、室内から聞こえる甲高い音が消え、代わりに茶虎猫ナオの「なーーぉ」という鳴き声が聞こえる。
高揚する心を抑えつつ、ゆっくりと、室内に入る。
そこには、大量のぬいぐるみゴーレムたちに見守られながら横たわるナオの姿があった。
そのナオのお腹には、三つの小さな毛玉が纏わりついている。
「仔猫が……産まれてるのじゃ……」




