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英雄とスライム  作者: ソマリ
幼少期編
9/231

1章 第9話N 私はペット

2018/6/24

大幅に改稿。

というかほぼ書き直し。

 ペットになる。そう決めた夜、俺はのんびりと蜘蛛の吸収解析をしていた。

 安全な生活を得られたっぽいから焦る必要はないけど、それと俺の興味は別の話だもんね。


 それにしてもこれ毒蜘蛛っぽい? なんか吸収してる時変な器官があったけど、再現できるかな?

 それにアメコミヒーローみたいに糸とか出せそうだけど、この体で糸出してぶら下がったら、縁日の水ヨーヨーと完全に一致だな。


 解析し毒と糸を作り出す器官を再構築すると、自身の魔力を消費して同じ物が生成できるようになった。

 疲れるし光の粒子を吸収すると疲れが取れるから、多分魔力だ。MPだ。

 ていうか相当疲れる。これも練習あるのみだな。


 毒はスライム体には効果が無くても複製体には効果があることがわかったので、注意して扱うことにする。


 そして楽しみな本命、糸。弾力が強く切れにくい糸は、粘着力が強い糸と粘着力の無い糸の二種類出せ、練習ついでに室内をアメコミヒーローのように移動して遊んでみた。楽しかったけど大量に糸を出したせいで、すぐにバテたけどね。


 周囲の光粒子を吸収して一休みしながら、かなり大きくなった自分の体を確認する。

 自分より大きな蜘蛛を食べたのだから当然だとは思うが、あまり大きくなって手乗りサイズでは無くなってしまうとそれはそれで残念な気がする。

 だから空倉庫を開いてスライム体の一部を入れ、完全に閉じずに少し口を開けておく。これならサイズ調整が可能だよ!

 全く成長しないのも逆に怪しいだろうから、一回りだけ大きくしておくけどね。


 そしてなんだかんだやってたらもう夜が明けそうなので、ケージに入って大人しく二人を待つ。

 それにしても朝の明かりって素晴らしいなあ、ずっと地下室だったもんね。

 でも太陽が見えないな、角度的なものかな?

 まあいいや、そんなことより今日から俺はペットだ。

 二人がこっちに来る足音が聞こえるな、二人共おはよー。



 改めて見ると二歳くらいかな、まさにリアル天使だ。

 この美幼女とお姉さんが俺の方を向いて何度も口にする単語だけど、これが俺の名前かな? どうやら俺は『ナナ』と名付けられたらしい。


 ナナか、可愛らしい名前じゃないか。気に入ったよ!


 美幼女にナナと呼ばれる度にぷるんっと体を震わせてみたら、思わず見とれそうになるほどの満面の笑みを返してくれた。

 しつこいようだけど、天使って実在したんだな……。


 それからはとにかくノーラに遊ばれながら、ひたすら会話に耳を傾けた。

 特にノーラはいつも話しかけてくれるので、母娘の会話と合わせてちょうど良い言葉の訓練になるもんね。


 その日のうちに母娘とお手伝いさんっぽい人の会話から、お姉さんの名前が『ヒルダ』で美幼女が『ノーラ』、お手伝いさんが『メティ』という名前らしいとわかった。引き続き言語の勉強だけど、聞き取りだけというのはなかなかハードル高いなあ。




 一年もするとこの生活に幸せを感じるようになっていた。

 体のサイズも1メートル近くまで成長していたけど、空倉庫にほとんど突っ込んで調節している。流石に手乗りサイズを維持するのは不自然だから少しずつ大きくしていったんだけど、ノーラが両手で抱えて運べるサイズをキープしておく。

 ヒルダにも両手で抱えて貰えるサイズだし、柔らかく巨大な二つの山に挟まれたり乗せられたりという幸福感は、人のままでは味わえなかっただろうね。

 そう言えば俺の本体らしい球も、一回り大きくなってた。

 それに比例して糸作りや光視力が楽になって疲れにくくなったから、MPみたいなものと関係があるのかもしれない。


 それと何より幸せを感じることは、俺の今の姿だ。


 以前は厳つい男性として、可愛い物好きなこととか隠して生活してた。

 友達にバレた時は温かい目で見てくれたけど、よく知らない人から向けられる奇異の目には辟易していたからね。

 でも今は、自分自身が可愛いスライムだ。

 スライムだから性別もない!

 人目をはばかる必要なんて、ぜんぜん無い!!

 それに今、新たな趣味に目覚めた。蜘蛛の糸で、裁縫や編み物だ!

 いつかノーラに可愛いリボンやぬいぐるみをプレゼントするんだー、えへへ。




 なんて気楽に過ごしたせいか、会話の聞き取りができるようになるまで二年かかったよ。

 そして俺がスライムになってから三年目、ノーラが五歳になったそうで、ヒルダと文字の勉強を始めるようになった。勉強中はノーラに机の片隅に乗せられる事が多いおかげで、何とか文字も習得しつつあった。

 最近は二人が寝静まった時間にケージを抜け出し本棚の本を読み漁り、ひたすら文字に触れて学習するのが習慣となっている。


「もう夜が明けそうじゃのう。そろそろケージに戻って、ヒルダとノーラが来るまでのんびりするのじゃ」


 独り言は相変わらず虚しく感じるけど、言葉を覚えたとはいえ発音に慣れておかないといざという時に困るからね。

 まずは今読んでいた本を棚に戻して、どこで門を使ってケージに戻る。

 スライムの体はバスケットボールより大きくなったけど、体の動かし方も練習しているおかげでかなり俊敏に動けるようになった。

 本体らしい球が5センチくらいまで大きくなったせいか、糸を出しても光粒子を動かしまくっても簡単には疲れない。

 とはいえ最近は身の危険を感じなくなったこともあり、鍛錬よりも蜘蛛の糸を使った編み物や、読み書きの練習をしている時間が多いけどね。


 窓から光が差し込んできたけど、いつ見ても不思議な空だ。

 太陽も月も星々も無いのに、明るくなったり暗くなったりする不思議な空。さっき読んだ本に書いてあったけど、これが『異界』というこの世界の特徴らしい。


 どうやら俺は、異世界のさらにまた異世界に転生したっぽい。

 ややこしいなあもう。


 なんでも千年前の戦争で地上界から切り離されたこの異界という所に、魔人族という人間の一種族が閉じ込められているそうだ。

 魔人族は紅い瞳が特徴らしいとあったから、ヒルダ達のことなんだろうな。


 他にも魔獣やら魔物やらと不穏な単語もあったけど、その辺はおよそ予想通り。

 でも餌として蜘蛛の他にも亀やトカゲにカマキリなども貰ったけど、どれも地球にいた生物とそんなに差が無い気がする。

 大きさ以外は。

 中型犬くらいあるカマキリとか、最初ヒルダが持ってきた時は何の冗談かと思ったよ、あははー。思い出したくない。


「ナナ、おはようなのじゃ~」


 それにしてもどこかに魔獣や魔物の図鑑とか無いかな、俺が吸収解析することでどんな事ができるようになるか、いろいろ想像するだけでも楽しそうだ。

 それにペットとして適した生物も調べて、真似出来るようになっておきたいな。

 今は猫や兎をイメージしてなりきってるけど、この世界には猫や兎っているのかな。ぬいぐるみは作ったものの、存在しない生物なら面倒なことになりそうだ、糸の染色ができないから全部真っ白だし……

 そういえば長いこともふもふの猫も兎も犬も触っていないなー、触りたいなー、こう柔らかくてもふもふとした――


「ナナ!」

「もきゅっ」

「……え」


 あ。


 やべ。


 いつの間にか、ヒルダとノーラが部屋に来てた!

 モフモフ触りたいって妄想してて気付かなかったどころか、びっくりして声出ちゃったよ!


 う、うわぁ……ヒルダさん、ノーラさん、顎外れますよ……というかはしたないから口を閉じて……。俺のせいなんだろうけどさ……。


「わあ! は、母さま! ナナが返事をしたのじゃー! ナナの鳴き声、可愛いのじゃー!」


 やっちまったあああああ……でも普通の返事じゃなくてよかった、モフモフ妄想中だったおかげか。

 でもどうする、落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。

 もう言葉は覚えて会話はできる。

 でも下手に会話をしてペット生活を失うのは惜しい、会話は最後の手段だ!


 それに蜘蛛の糸だけでなく再構築で亀の硬質化、トカゲの再生力、カマキリの鎌など使えるようになった。

 どこで門の移動もスムーズになっているし、安全の確保も大丈夫。万が一があっても……逃げられるはず!


 だからまずは……必死で、ごまかす!

 天使のノーラと美人のヒルダを至近距離から眺められる、今現在の幸福を守るために!!


「もきゅっ、もきゅっ」


 ケージの中をびたん、びたんと跳ね、扉に向かう。ぷるるん。

 体の下にダミーの穴と空洞を作り、そこから声を出しているように偽装だ。


「ナ、ナナよ、おぬし一体どこから声を出しておる……」


 やっと我に返ったらしいヒルダが、ノーラより先にケージを開けて俺を抱き上げて、ひっくり返したり表面を撫で回したりもみくちゃにしてしてきた。


「もきゅー、もきゅー」

「母さま、だめなのじゃー! ナナが可愛そうなのじゃー!」


 ノーラが必死にヒルダが持つ俺に手を伸ばしてるけど、届かなくてぴょんぴょんしてるのが可愛い。って、それどころじゃないけどつい。


「あったのじゃ、この穴から音を出しておるのか……呼吸しておるわけでは無さそうじゃの、内部に空洞を作って笛のように音を出しておるわけか。……おっと、ノーラよすまんかったのう。ナナもすまぬの」


 計画通り!

 ノーラに手渡された俺は、細くて小さな腕に抱かれながら、再度「もきゅー、もきゅー」と甘えたような声を出してみる。

 ノーラ、いつも以上に眩しい笑顔だよ!


 もっきゅっきゅー、と鳴いてる俺をひとしきり可愛がったノーラだったけど、ヒルダに促されて今日の勉強準備を始めた。

 今日はノーラに頬ずりまでされちゃった、えへへ。


 ノーラ用に置かれた机に座り、書字板とかいう書き取りの練習道具を広げるノーラ。その横が最近の俺の定位置だ。

 この書字板は浅い木の箱に蝋を詰めたもので、蝋に文字を書いて練習し、書くところが無くなったら表面を削るものだ。

 深夜にいつも使わせてもらってます。

 ちゃんと削った蝋は橙色の光粒子で温めて、元に戻してあるからバレてない。


 そしてノーラが文字を書く練習をしていのを見て、俺も真剣に勉強していたら、そこにメイドのメティが扉をノックする音が響いた。


「ヒルダ様、ヴァン様が面会を求めお見えになられました。いかが致しましょう」


 珍しいな、来客なんて。

 でもヒルダ、何でそんなに嫌そうな顔してるの?

 しかも滅茶苦茶深い溜息ついたなー、ヴァンって誰だろ。


「わかったのじゃ、応接間に通すがよい。……ノーラ、父上がお見えじゃ。挨拶にゆくぞ」


 なん……だと……。

 ノーラの、父親?

 ということは、ヒルダの……えー……。

 いたんだ……ていうか娘いるんだし、当たり前だよねー……。


 ってノーラ、何で俺をぎゅーってしてんの?

 え、俺も連れて行かれちゃうの!?

 いったい……何で、そんなに怯えた顔してるの、ノーラ。

 そんな顔見たら、一緒に行く以外の選択肢は無いじゃないか。


 部屋を出てエントランスを抜け、反対側にある部屋へと向かう。

 そこが応接室なのかな、メティがその扉を叩きヒルダとノーラの到着を知らせ、扉を開いた。



 室内にはエントランスと同じ西洋風の鎧飾りが部屋の四隅に置かれており、中央に応接用のソファーテーブルが一セットある。

 そこに一人の男性がいた。

 俺たちの姿を見て立ち上がったその男は、180センチ以上はありそうな長身で、青色の髪をオールバックにした五十歳くらいのおじ様だ。

 渋さを漂わせる外見だが、張り付いたような笑顔が嫌な感じ。

 細身だがしっかりと筋肉のついた体つきをしてるようだし、腰に下げた剣は飾りではなく本物だな、相当使い込んでいるように感じる。


「ヒルダ、久しぶりだな。元気だったかね? それと、その娘がノーラか。大きくなったな」


 ヒルダを見ると笑みを浮かべて挨拶をしてきた男、こいつがヴァンか。


 光視力で見ると剣からは白の光、左の懐からは黒い光が見えてる。黒い奴は多分服の膨らみから、小型のナイフだろうか。

 首から提げた片眼鏡らしきレンズからは、複数の色の光が混ざって虹色の光を漂わせている。


「うむ、久しいのう、ヴァンよ。ノーラが生まれて以来になるかの。ノーラ、この男がおぬしの父親であるヴァレリアンじゃ。通称はヴァンという。ほれ、挨拶せぬか」


 ここまでヒルダの後ろに隠れ、俺を抱きしめながら様子を窺っていたノーラが、警戒しつつおずおずと口を開いた。


「エルメンヒルデ、通称ヒルダの娘エレオノーラ、通称ノーラじゃ……です」

「うむ、ちゃんと挨拶できたようじゃな、ノーラは偉いのう。さあもう十分じゃろう、部屋に戻って勉強の続きをしておれ」

「おいおい、それはちょっとつれないんじゃあないか?」


 ヒルダは面会を打ち切りたいのかな、背中を押されて部屋を出ようとしたノーラだけど、それを静止するようにヴァンから声がかかった。


「私はここを守るため、遠く離れた集落に住んで戦っていたんだぞ? 娘の顔くらい、もう少し見せてくれてもいいんじゃあないか? 約束を忘れたのか? さあ、ノーラ。もう少しよく顔を見せてくれないか?」


 そう言ってヴァンが首から提げた片眼鏡を装着してノーラを見ようとした瞬間、俺はノーラの手から離れて一気に巨大化、ノーラの盾になる。

 空倉庫にしまってあるスライム体を出せば、ノーラくらいなら余裕でカバーできる。


「な、ナナ? 一体……む。ヴァンよ、何じゃその片眼鏡は。魔道具じゃな? 貴様、ノーラに何をしようとしたのじゃ」


 怒りの形相でヒルダが右手を横に振ると、部屋の四隅に佇む鎧飾りがいっせいに動き出し腰の剣を抜いて構えをとった。

 その間俺はヴァンの些細な動きも見逃さないよう注意しつつ、光視力でいつでも攻撃または防御できるよう備えて光粒子を操っておく。


 さっきヴァンが着けた片眼鏡から虹色の光粒子がノーラに伸びた瞬間は、背筋が寒くなったぞ。何なのかはわからないが、警戒は怠らない。


「何だ、そのスライムは。新種か? ……ああ、従魔強化の一環で創ったのか。確かにこれは魔道具だが、私とヒルダの子なら魔力が高いはずと思って確認しようとしただけじゃあないか。無断で魔力を測ろうとしたことは謝るが、危険なものではない。そら」


 ヴァンはそう言うと片眼鏡を外してヒルダに放り、それを受け取ったヒルダは片眼鏡を調べヴァンに放り返した。


「確かにこれは魔力量を計る魔道具じゃな。危険なものではないとは言え、不用意なことは慎むべきじゃったの。ナナ、もう警戒を解いても良いぞ」


 そう言葉をかけられるが、反応せずノーラの前に立ち続ける。

 というか立ち続けないと、俺が言葉を理解しているとバレてしまう。


「ふむ。ヴァンよ、おぬしは余程警戒されておるようじゃの。さて、ノーラの顔も見れて満足じゃろう。そろそろ帰った方が良いと思うんじゃが」

「せっかく五年ぶりに会えたと言うのに、それはないんじゃあないか? それに最近この辺りも物騒と聞くが」

「心配無用じゃ。それに五年間一度も顔を見せずに父親面するでないわ。よいか、おぬしが約束を守っている間はわしも約束を守るが、おぬしとはそれだけの関係じゃ。約束通りノーラが十歳になるまでしっかり守り育てるし、その後もわしの娘として育てる。さあ、お帰りはあちらじゃ。さっさと帰るがよい」


 再度爽やかな雰囲気を纏って話すヴァンの言葉をにべもなく遮り、ヒルダは退去を促し部屋の扉を指差した。そしてヴァンを追いたてるように動く飾り鎧。

 ちょっとこの飾り鎧も気になるけど、見るのは後だ。


「ふう……こんなものでこの私を止められるとでも? まあいい、今回は私の方に非があるのは明らかだ、今日の所は帰るとしよう。それと来たついでだ。周辺の魔物どもを少し間引きしておいてやろうじゃあないか」

「余計なことはせんでよいのじゃ。ほれ、お帰りはあちらじゃ」


 ヴァンはやれやれといった顔をすると部屋を出て屋敷を後にした。俺はそれを確認してから元のサイズに戻ったら、直後にノーラに捕まって抱きしめられた。

 普段なら幸せを感じる瞬間なんだけど、今ちょっとそれどころじゃない。


 落ち着いて考えると……しまったああああ、やっちまったああああああ……。

 魔力量を計る魔道具とか言ってたけど、余計なことをしたかもしれない……でもとっさに体が動いちゃったんだから仕方ないよね……。

 片眼鏡からはの光はヴァンが外すまで何度か伸びていたけど、どこで門をヴァンの頭上につないで、全部本人に返しておいたけどさ。


 それにしても……本名らしきものを聞いたり鎧が動いたりと、まだまだ知らない事が多いなあ。




「ナナよ、ノーラを守ってくれたのじゃな。礼を言うぞ」


 いつもの部屋に戻ると、ヒルダが俺の体表に軽く口づけをした。

 目に涙をにじませて俺を抱きしめていたノーラも後に続き、お礼の言葉と共に体表へ口付けした。


 これだ、これこそがペットになった俺の幸せなんだ!

 俺の行動は、間違っていない!!


「それにしてもよく魔道具を使われた事に気付いたものじゃ。それと大きくなったのも驚いたわい。のう、ノーラもびっくりしたじゃろ?」

「ぶわっ! っておっきくなって、壁みたいになったのじゃ! ナナ凄いのじゃ!!」


 部屋に戻って少しばかり緊張が和らいだのか、ノーラの顔に怯え以外の表情が見えてきたね、よかったよかった。


「ナナ! もう一回大きくなるのじゃ! もっと見たいのじゃ!」


 期待に応えたいんだけど、そうするとヒルダの制止を無視した意味が無くなるんだよね、まだしばらく言葉は通じないフリしないと。

 でもノーラの喜ぶ顔は見たいし、うあああ……ご、ごめんノーラ……。






 鳴き声を上げ巨大化する、変なスライムと認識されてから一年が経った。

 やっと大半の文字を読めるようになった俺は、室内の書物を読み漁っていた。その中で自分の使う能力や魔法等についても書かれた書物があり、適当に名付けた能力の正式名称が判明、またいくつかの疑問も解消された。


 まず光視力と名付けた能力の正式名称は『魔力視』というそうだ。

 『魔素』という光の粒子を視る能力で、これを持つ者は稀らしい。また魔素を操ることで魔術の発動が容易になるらしく、どうやら俺は無自覚に魔術を使っていたことにこの時やっと気がついた。

 そしてその魔素の色は『火:橙 水:水 風:緑 土:黄 木:茶 金:銀 光:白 闇:黒 空間:紫 生命:赤 魔力:無色 以上全十一属性』と書かれていた。


 それと空倉庫とどこで門は、それぞれ『空間庫』と『転移術』が正式名称らしいこともわかった。

 転移術は見える範囲と、自分が設定したマーカーに対して転移が可能だそうだ。俺の場合マーカーは地下に一つと、窓の外に一つ設置してあるってことだな。


 他にも生命属性魔術でゴーレムやアンデッドやスライムを作れるとか、魔力属性魔術で肉体強化ができるとか、虹色の光は複数属性が混じったものだとか、様々な知識を得られた。


 それと俺の本体である球、これは『魔石』というらしい。

 魔物の体内に存在するもので、これを取り出し核として使用することで、ゴーレムやらスライムやらを作れるという。

 そのゴーレム等は従魔と呼ばれ、作成手順は『魔石の初期化・基礎技能及び従属術式書き込み・体との接続』とあった。

 よくわからないけどフォーマットとインストールにインターフェース作成、デバイスの接続みたいな?

 実際に見ないとなんとも言えないけど、うまく使えば動くぬいぐるみが作れるかも!

 アンティーク風のドールを動かすのも捨てがたいけど、まずはぬいぐるみだよね!

 ドールも作っておこうかなー、球体関節の仕組みってどんなだったっけ?

 うわぁ、楽しくなってきたよ!




 夜な夜なぬいぐるみと人形と服作りに没頭していた六月のある日、ヒルダがノーラと俺を伴い、屋敷の外へ出かけると言い出した。

 ヒルダはヴァンの来訪以降、地下研究室へ篭る事が多くなり、久しぶりに長く一緒に居られるとノーラが喜んでいた。


 そしてノーラに抱かれて屋敷の外に出た。四年ぶりの外の空気だ。

 草木の匂いが心地良いなあ。

 たまにある来客やヒルダとメティと会話を盗み聞きしていたおかげで、ここはヒルダを慕う者が集まってできた集落だと知ってたけど、目にするのは初めてだ。

 平野の中にある集落の外れに、ヒルダの屋敷がぽつんと建っているんだな。


 人だった頃の足なら、五分も歩けば端まで歩けそうなくらい小さな集落だな。中心辺りに小さな川が流れているのも見える。

 それに集落の端から五分も歩けばすぐに森。というか森のなかに作られた集落かな?


 どんな人が暮らしているのか興味があったけど、ヒルダは集落と逆方向の森に向かって、ノーラの様子を見ながらゆっくりと歩き出した。


 森に近付くと人影が見えたけど、よく見ると槍を持ったゴーレムだった。周囲を見渡すと、一定間隔ごとに見張りをするように立っているらしい。

 そのゴーレムの一体にヒルダは声をかけると、先導するように前を歩き出した。そのまま十分ほどうっそうとした森の中を歩くと、唐突に視界が開けた。

 その瞬間俺を包んだ香りに驚き、同時にその光景に目を奪われた。


「ノーラ、ナナ。どうじゃ? 綺麗じゃろう?」


 一面の、花の絨毯だ。

 菜の花かな? ノーラの胸ほどの高さに咲き乱れる、黄色い花。

 なんとも幻想的な雰囲気だ、地球でもここまでのものはなかなか無いよ。


「ふわああああ……母さま、綺麗なのじゃ……」


 口をぽかーんと開けて花を見つめているノーラは、もっと高いところから見たいようで必死に背伸びをし始めた。それに気付いたヒルダがノーラを抱き上げ、二人で同じ高さから花の絨毯を見下ろしている。


「ノーラよ。最近あまり構ってやれなくてすまぬの。ナナもいつもノーラと遊んでくれて礼を言うぞ。おぬしらにはお詫びと感謝と言っては何じゃが、ちょうどここの花が咲いたことを知ったのでな、見せてやろうと思って連れて来たのじゃ」


 二人はしばらく花を眺めながら、昨日食べたスープはどうだの一昨日の木の実はあまり美味しくなかっただの、勉強はどうだのと、取り留めの無い会話を続けている。

 俺は花と同時に、その母娘を眺めていた。


 平和だなぁ……ああ、幸せだなぁ……。


「しかしノーラも大きくなったのう、わしはもう腕が疲れてしまったわ。さあ、そろそろ降りるのじゃ」


 そう言ってヒルダがノーラを地面に降ろしたら、ノーラは少し残念そうな顔をしたのが見えた。

 しょうがないなあ、ノーラの手から飛び降りて、空間庫から全てのスライム体を出して二人の足元を囲む。


「ナナ! 何をする気じゃ……え」

「うわあ! ナナ、ぷよんぷよんしておる! ベッドより気持ち良いのじゃ!」


 二人を持ち上げて座らせる。巨大スライムクッションの出来上がりだ。

 高さが1.5m程もあるけれど、ちゃんと真ん中を窪ませて二人を座らせてるから、落ちる心配もない。


 ふふふ。母娘の会話、存分に堪能するが良い。


 というか幸せな雰囲気に当てられたのかついやっちゃったけど、二人の笑顔見てたらどーでもよくなってきた。

 俺ものんびりしようっと。


「ナナよ、おぬしは本当に不思議な存在じゃな。本当は言葉も理解しておるじゃろ? ……返事は無い、か。まあよい」


 二人の会話と笑い声を聞きながら、ぼけーっと過ごす。


 これぞペットの醍醐味だよね。



 そろそろ空が薄暗くなりそうな頃、名残惜しそうなヒルダとノーラをクッションから降ろして帰路につく。


 またいつもの日常に戻ったけれど、一つだけこれまでと違うことがある。


 俺のケージが撤去され、室内で放し飼いになったことだ。


 そもそも自由に外に出ていたから意味はないんだけど、信頼度が上がったと考えるとかなり嬉しいね!



 そして花見をしてから一ヶ月。


「ふっふっふーん、ふっふっふーん、でーきたーのじゃー」


 小声で鼻歌交じりに呟きながら、たった今完成した物をスライムの触手で持って高く掲げる。


 それは、パンツだ。


 女性物の下着だから、ショーツとも言う。


 スライムならではの物作りをやってみようと思い立ち、自分で作った蜘蛛の糸を吸収し、再構築能力を駆使して体内で織り込んだ布に加工、さらに縫製した状態で構築するという挑戦が、やっと実を結んだよ!


 花見の際にクッションになって二人の下敷きになったから、サイズがわかっちゃったんだよね。そしたらつい、作ってみたくなって……け、決していやらしい目的じゃないよ! 誰に言い訳してるのか自分でもわからないけど、そういうことだからね!


 とりあえずこれは試作一枚目。

 いつか二人にあげられる日のため、どんどん作るぞ―。

 次はキャミソールだな。


 ってそういやあの花摘んでおけばよかったな。染料として使えるか、試したかったのにな。

 転移のマーカーは置いてるけど、流石に一ヶ月も経ってたら花も散ってるよねー。


 そのうちこっそり周辺の様子でも見てこようっと。

 とりあえずそろそろ朝になるから片付けて、ソファーでゴロゴロしてよーっと。


 今日も平和にペット生活だー。

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