3章 第25話N スライム浴の真実なのじゃ
我に返った狐獣人族の族長ニースから、泣きながら抗議を受けてしまった。しかしその抗議内容は、たくさんの集落住民に見られて恥ずかしかったというものだった。ならば今度は他人に見られないようにもふってやると言うと、頭上の大きな耳の先を両手で摘んで引き下ろし、それで真っ赤に染まった顔を隠しながら小さく頷いた。何この可愛い生き物。
『ぐわしっ!』
「ぬお!? う、うむ。何事も、ほどほどじゃな、かっかっか」
またも背後からヒデオに頭部を鷲掴みにされていた。ヒデオがいないところで、もふもふの件を交渉するとしよう。ぷらーん。
「さて、これからドラゴン肉を料理しようと思うのじゃが、広場を借りて良いかの? たくさんあるでのう、集落の皆も食べると良いのじゃ!」
そこからはドラゴンとの戦闘以上に激しい戦場であった。中級ドラゴンをしまって下級を二体広場に並べ、ゲートゴーレムも出してマリエルとヨーゼフを呼び出して手伝わせる。この集落とアトリオンは時差がおよそ一時間ほどらしく、アトリオンのほうが大分明るかった。
ニースに食材について聞くと、何と養鶏をしているということで、卵が手に入った。後で鶏を売ってもらおう。しかし穀物類・野菜類は先の魔物襲撃で備蓄分以外ほぼ壊滅らしいので、手持ちの野菜だけで調理することにする。
最初にドラゴンの硬い鱗と皮膚を剥ぎ取り、時々スライム体で血液を吸い出して血抜きをしながら、肩肉・ばら肉・ロース・尻肉と、肉質ごとに大雑把に部位をわけ、すね肉と内臓は今回使わず空間庫にしまう。サーロインとかヒレとか詳細に調べればわかるかもしれないが、今は時間との勝負であるため適当である。
マリエルにパンを焼かせ、ヨーゼフには各部位の肉を使ったシンプルな串焼きを任せる。エリー達三人も手伝いたいと言うので、野菜の下ごしらえを頼む。
複数のコンロ型魔道具を並べ、水筒型魔道具から水をどんどん出して野菜を洗って切って、寸胴鍋にぶち込んで茹でていく。なおこの寸胴鍋はこの場でスライム体によって作成したものである。
骨付きのバラ肉に酒と塩コショウを振り掛け、直火で全面に焼きを入れ、ハーブ類と一緒に寸胴鍋にぶち込む。灰汁取りをエリーとサラに任せ、シンディには別の鍋で薄く切った肩肉を湯通しし、葉物野菜と合わせて盛り合わせてもらう。
柔らかい尻肉は塊のまま全面に直火で焼きを入れ、小さな空間障壁の中に適量の火の魔素と一緒に閉じ込めてほぼ密封する。興味深そうに見ていたアルトとセレスに「オーブンや窯の代わり」だと説明して、弱火の制御を丸投げする。
ロース肉は厚切りにして筋を切り、これもスライムで作った大きな網に乗せてシンプルに焼く。
匂いにつられて狐の尻尾を揺らしながら、住人たちが続々と集まってくるのが視界に入る。揺れる尻尾の海に飛び込みたい衝動を必死に抑えて、各部位の薄切り肉も適当に焼いて積み上げていく。
マリエルが焼いた丸パンの中ほどに切れ目を入れ、葉物野菜とケチャップ・マヨネーズ、そして薄切り肉をどっさり挟む。見本を見せたあとはマリエルと、灰汁取りの終わったエリー・サラに任せる。
寸胴鍋の底以外を空間障壁でほぼ密封し、簡易圧力鍋として火を通す。ダグによだれを拭かんか馬鹿者と罵声を浴びせつつ、火の通った鍋に塩コショウで味付けをし、最後に溶き卵を混ぜ入れて火を通す。
シンディに柑橘系果物の汁と酢を混ぜたドレッシングを渡し、湯通しした肩肉と野菜に振り掛けて混ぜて貰う。そしてアルトとセレスに任せた尻の塊肉を取り出し、薄切りにして盛り付ける。
「でーきたーのじゃー。ハンバーガー、串焼き、カルビスープ、ドラしゃぶサラダ、ドラロースステーキ、ランプ肉のローストドラゴンなのじゃ! 肉はまだまだあるでのう、足りなかったら各自その辺の網で焼いて食べると良いのじゃ!!」
「「「「いただきます!」」」」
待ちきれなかった様子のダグ達四人の側近が、いただきますの挨拶をして食事を貪り始めた。それをヒデオがぽかーんと口を開けて見ていたかと思うと、目に涙を貯めて笑いだした。
「ははは……いただきます、なんて聞いたのいつぶりだろ……ナナ、皆に教えたんだな。俺も! いただきます!!」
そう言ってハンバーガーにかぶりつくヒデオ。やはりハンバーガから手を出したか、と口の端が上がる。このハンバーガーもどきはヒデオが喜ぶだろうと思って作ったもので、嬉しそうなヒデオを見て目尻が下がる。
「ナナ……様、いただきます、って何ですか?」
不思議そうな顔のニースに意味を教えていると、エリーたちも真似するようにいただきますと言って食べ始めた。ニースや集落の者も同様に、ぎこちなくいただきますと言って食べ始める。
ふと気がつくと、最初に食べ始めた四人が何も言わずに立ち尽くしているのが見えた。ちょくちょく味見をしていたはずだが、何か問題でもあったのだろうかと恐る恐る近づいて見る。
「ナナさん……この世界には、こんなにも美味しいものがあったのですね……」
「姉御ぉ……オレ、幸せだよぅ……」
「フレスベルグより美味しいお肉なんてぇ、私こんなの初めて~……」
「……はむっ! はむっ、はむっ、はむうっ!!」
何か言えダグ、無言で食うな。そう心の中で突っ込みながら、問題なかったことに安堵する。エリー達も驚きのあまりしばらく固まっていたが、間もなく一心不乱に食べ始めた。ヒデオは涙を流しながらハンバーガーを貪っている。
「ふふふ、もっと楽しそうに食わんか愚か者」
「ナナぁ……だってよう、ケチャップだぜ? マヨネーズだぜ? それにこの肉……向こうでもこんな美味いの食べたこと無かったぞ……」
ヒデオが向こうで亡くなった年齢を考えると、ジャンクフードをよく口にしていたはず。想定以上に喜んでもらえたことに、作った甲斐があったと頬が緩む。
「ではわしも食べるとするかのう。いただきます、なのじゃ!」
目をつけていたステーキにかぶりつく。そしてその濃い肉の味に、甘い脂に、滴る肉汁に、感動して言葉を失う。
「……ブランド和牛を越えておるの……」
ニース達狐獣人族も感動に打ち震えており、こうして食事会は静かに始まるのであった。
そして二品三品と食べ進めるうちに話し声も聞こえ始め、頃合いだろうと空間庫から幾つもの酒樽を出して皆に振る舞う。というか真っ先に飲む。
「ヒデオ! エリー! サラ! おぬしら酒は飲めるようになったのかのう?」
少しだけ、という三人と、元々飲めるシンディとオーウェン、そしてアルトら四人と酒を酌み交わし、その場で焼いた肉を食べ、気付いたら混じっていたニースも含めた十一人で楽しく時間を過ごす。
そのまま今までの事、これからの事を話し、エリー達にはヒルダとノーラを吸収して義体を作ったことや、自分達の国を作る候補地として、この山の向こうを考えていることを話す。
ヒルダとノーラのことを話した時は、エリー達三人に抱きしめられ、撫でてもらった。意外なことにニースまで悲しげな表情を浮かべているが、怖がっているような様子は無かった。そして何やら意を決したような表情で、ニースがこちらに向き直った。
「ナナ様。その国に、僕達も住むことはできないでしょうか?」
ニースによると、今回の魔物の襲撃と解決のための依頼料で、集落の食料と財源が底をつきかけ、このままでは子供の多くが娼館に売られるか、餓死者が出る可能性があるという事だった。アルトを見ると深く頷いたので、問題無しとして受け入れることにした。
これで存分にモフれる。
「ナナ、顔がいやらしい」
サラに考えがバレた。よく見るとヒデオや他の皆も呆れたような顔でこちらを見ており、ニース一人顔を真っ赤にして俯いていた。自重自重。とりあえずアルトと相談し、後日異界から余剰分の食料を運び入れる算段をつけておく。ともあれ候補地の確認が先であり、この山の向こうも環境が悪ければ別の場所を探さなければいけないのだ。そのあたりもニースに話し、納得してもらう。
なお、オーウェンは青い顔で「隣国になるのかよ」とつぶやいていたので、まだ未定であると釘を差し、今後の有効的な国交についてアルトと話させている。アルト便利。
その夜は遅くまで飲んで騒ぎ、キューのお陰でほろ酔い状態で楽しく時間を過ごせた。その後は快適なアトリオンに帰ることもできたのだが、マリエルとヨーゼフは片付けが終わるとアトリオンに帰し、自分達はせっかくなので集落に一泊することにした。
と言っても男達はニースの家に、自分と女性陣は宴会をした広場にわっしーを出し、その中での宿泊となるので、一度帰っても良かったような気もする。
わっしー内ではまず最初に全ての窓にカーテンを取り付け、外から見えないようにする。またヒデオのラッキースケベが炸裂してはたまらない。
エリー達の破損した装備や壊れた衣服を預かりスライム体で修復しつつ、自分やアラクネの作った下着や衣類を見せて盛り上がる。
胸が成長したエリーの下着を新調するためサイズを図ろうと言うと、セレスが全員でのスライム浴を提案した。それはまずいと言う間もなくリオが全裸になり、期待の眼差しを向けてくる。どうもこの目に弱い。セレスからスライム浴について聞き、興味津々のエリーとシンディだが、サラ一人だけ難しい顔でもじもじと身体をくねらせている。
「ナナ、青スライムみたいな事にならない?」
「ぶはっ! そ、そう言えばそんなスライムも作ったのう……。大丈夫じゃ、その、わしが変な気を起こさぬ限りのう。実はリオとセレスにも言っておらんかったのじゃが、スライム全てに触覚があるでのう……全身に触れておる感覚があるのじゃ。じゃからその、スライム浴をすると、わしが全身に触れておるのと変わらんのじゃ……」
その時リオの眼が大きく見開かれた。
「え! ……姉御、酷いよ……どうして……? どうして今まで変な気を起こしてくれなかったの!?」
「怒るポイントが違っとりゃせんかの!?」
べちゃ、と頭上のスライムが床に落ちて潰れた。流石に予想外でした。
「あら~、私は気付いてたわよ~? ナナちゃんスライム浴のたびに嬉しそうにしたり恥ずかしそうにしたり、様子がころころ変わってたから~。ところで青スライムって~?」
「セレスは確信犯か!? そして青スライムは忘れるのじゃ!」
義体の頭上から落ちたスライムをずーりずーりと這い上がらせ、エリー達の様子を見る。皆若干顔を赤らめているが、ナナになら触られても問題ないし、綺麗になるならお願いしたいと言われた。リオはこの間ずっと全裸である。
結局根負けし、わっしーの長椅子を片付けて丸ごと湯船のように使うことにし、本体である透明度の高い水色スライムで満たしていく。
「わ、わ、ねえナナ待って、まだ服を脱いでないわ」
「大丈夫だよエリー! 着たままでも姉御が綺麗にしてくれるし、何なら中で脱いじゃえば良いよ!」
「ナナはスライムを動かせる。……ということは、脱がすこともできる?」
「エリー、リオの言うとおりじゃ着たままでも何でも好きにして良いぞ。サラ、出来るが余計なことを想像させるでない」
サラの言葉を聞いて、セレスがスライムの中で脱ぎかけていたショーツを穿き直し、こちらに期待の眼差しを向けながら口を開いた。
「ナナちゃもごっ!?」
言わせてたまるかと、スライムを動かしてセレスに猿ぐつわをはめる。もごもご言いながらそれを外そうと手を伸ばしたので、その手も拘束して上に上げさせてしばらく黙らせておくことにする。ただでさえ五人分の裸体や下着姿の感触から意識をそらそうと努力しているのだ、余計なことを想像させられるのは危険である。そのままキューに全員の体の汚れ除去と古傷などの治癒をさせ、無心を貫こうとする。
「ナナちゃん、セレスちゃんが何か卑猥なことになっているかも?」
「んなっ!?」
見ると確かにショーツ一枚で猿ぐつわをはめられ、両手を上に高く上げてスライムで固定されるセレスの姿は、完全に逆効果であった。
足をもじもじと交差させながら恍惚の表情でもごもご言っているセレスは、卑猥どころかわいせつ物そのものである。
セレスを解放して無心を貫き、さっさとキューによる身体洗浄を終わらせようとするが、何故か六人とも洗浄が終わらない。その理由について考えるのをやめて、キューの洗浄を強制終了させる。
これ以上続けるときっと自分を抑えられなくなり、青スライムの惨劇が繰り返される気がする。そうなったら大惨事である。
しかしにじり寄るリオとセレスを硬質化したスライムで食い止めた辺りでいい加減限界を感じ、頭上のスライムを残して全てしまう。これ以上は自分が持たない。微妙に頬を赤く染めた一同を見て、自分の判断は正解だったと確信した。
「ナナ、顔真っ赤」
「……サ、サラも赤いではないか」
「あちこち撫でられてるみたいで気持ちよかった。でもナナいやらしい。いつもこう?」
「今日はいつもより、姉御に触れられてる感覚が強かったよ! もっと触っても良いのになあ」
もじもじと身体をくねらせるリオの言葉に、無意識にスライム体を動かしていたことに気付く。道理で洗浄が終わらないはずである。
「リオさんもセレスさんも、ナナのこと大好きなのね」
「うん!」
「そうよ~」
綺麗になった下着を身に着けながら問いかけるエリーの言葉に、即答する全裸のままの二人。まてセレスいつの間にショーツ脱いでいた。言葉は嬉しいが油断も隙もあったもんじゃない。
その後は全員のサイズに合わせた下着を作り直し、あれが可愛いだのどれが似合うだのと遅くまで話し、スライム浴のついでに綺麗にしたわっしーの床に魔狼の毛皮を敷き詰め、六人で雑魚寝する。
それにしても今日は長い一日だった。アトリオンで妖精扱いされていることから始まり、ヒデオ達と再会し、宴会で美味しいやら楽しいやらと幸せな時間を過ごし、スライム浴で恥ずかしいやら嬉しいやら気持ちいいやらと幸福に包まれ、一日の終りは気心の知れた者達と床につく。
そんな何気ない幸せを、ヒルダとノーラに心の中で報告する。まだ二人のいない寂しさも悲しさもあるが、この義体がある限り常に一緒なのだと自分に言い聞かせ、身体を休めるためゆっくりと目を閉じた。




