3章 第24話N モフりたおしちゃったのじゃ
中級ドラゴンとヒデオ達の戦闘を、少し離れた空中から見守る。遠くでグランド・ドラゴンが振るう尻尾を食らい、またも宙を舞っているダグの姿が見えるが、死にはしないだろう。なんせキューから教えてもらった戦力値によると、下級はダグやアルトの六分の一以下しかない。『群れ』として連携されたら万が一もあるが、リーダーと思われる中級が指揮をしていない今なら、ダグ一人で十分である。多分。
中級が元気ならダグもそれなりに楽しめたかもしれないが、死にかけの今ダグに殴らせたら一発で昇天するだろう。
とはいえヒデオ達だけで勝つのは難しい値だが、リオとセレスの援護に加え、ヒデオ達五人に魔力線をつないで魔力を送り込んだことで、まず負けることは無いと思う。
それと何やら周囲の魔素が落ち着きが無いと言うか何と言うか、変な動きをしているのが気持ち悪い。その変な魔素を大量に体内へと取り込んでみるが、何の変哲も無い普通の魔素で拍子抜けである。
魔素濃度は一瞬下がったがすぐに周辺から流れ込んできて、何事も無かったような普通の状態に戻っていた。
「まずは飛べないようにしますね~」
セレスの攻撃から戦闘の幕が上がった。腕輪を通した魔力が無数の氷の槍を作り出し、その全てが中級ドラゴンの翼に降り注ぐ。コウモリの翼のような皮膜はずたずたに切り裂かれるが、鋭い刃のような岩の肌は貫けず、硬い音を立てて弾かれている。
直後ヒデオとオーウェンがグランドタートルの盾を構えて肉薄し、手にした銀猿の骨剣で前足に切りつける。ドラゴンは後ろ足で立ち上がろうとするが、その後ろ足はサラとシンディが合同で作ったらしい落とし穴にすっぽりとはまり、抜け出せなくなっていた。さらにその顔面に、エリーの作った炎の槍が降り注ぐ。
ドラゴンは炎の槍を避けようとのけぞり、そのまま大きく息を吸い込む。そしてヒデオ達に向かって、大きく息を――
「はあっ!!」
『ドゴン!』
吐けなかった。一瞬でドラゴンの顎下まで移動していたリオが、後方宙返りをしながらドラゴンの顎を蹴り飛ばしていた。しかも蹴皇には風の魔素を纏わせており、ドラゴンの下顎の骨は一撃で砕けたようで、何本もの尖った歯がぼろぼろと口から零れ落ちている。リオはその一撃のみで後方に下がり、セレスと共に機を窺っている。
ドラゴンは前足を振るったり首を鞭のように振り回して攻撃を行うが、盾を構えたヒデオとオーウェンをたまに吹き飛ばす程度で、有効な攻撃ができないでいた。翼を切り裂かれ足も埋まり、噛み付くこともできずブレスもまともに吐けないとなると、ドラゴンとしては手詰まりであろう。
とはいえそれはヒデオ達も似たようなもので、前衛の二人は空間障壁の足場を作って高く駆け上がり切りつけるなど、頭部や首を狙ってそれなりにダメージを与えているが、とどめを刺すほどの一撃が無くちまちまと削るような攻撃を繰り返していた。
もうしばらくかかりそうだと思っていたその時、オーウェン一人に前衛を任せ、ヒデオが少し後方に下がった。何をするのかと様子を見ていると、剣を手に集中している様子である。やがてヒデオの剣は橙の魔素を纏わせ始め、一度大きく炎を吹き上げると、その炎が両手持ちの大剣ほどのサイズで固定化された。
「「ゴーレム!」」
「そーんばいんどー!」
その時エリーとサラが合同で作り出した岩ゴーレムがドラゴンの頭を押さえ、シンディが作り出した太い茨が首へと撒きついてドラゴンの動きを封じた。できた隙はわずかな時間であろうが、十分であろう。
「うおおおおおおおっ!!」
ヒデオはドラゴンの首目掛け、炎の大剣を一閃する。
その炎の大剣はドラゴンの硬い体表を切り裂き、首の半分ほどまで断ち切ることに成功していた。さらにヒデオは大剣の柄を体に引き寄せ、剣先をドラゴンへと向ける。
「はあああああああっ!!」
気合と共に炎の大剣をドラゴンの首へと、全体重をかけて深く突き刺した。その部分からもくもくと白煙が上がり、肉を焦がす臭いが辺りに立ち込める。間もなくドラゴンの四肢は力を失い、その胴体が轟音と共に崩れ落ちると、ようやくヒデオは剣を抜き、こちらを向いて笑顔を見せた。
「終わったようじゃの。みんなよくやったのじゃ!」
勝利を見届けると、翼を広げて治癒の光を放つ。とはいえ怪我らしい怪我をしているのはヒデオとオーウェンの二人だけではあるが。
「剣に炎を纏わせるとはのう、良い技じゃった!」
「それにヒデオ、オーウェン、二人とも障壁の足場も使いこなしておるようじゃな、良い空中戦じゃったぞ!」
「エリー、サラ、シンディ! 魔術の腕を上げたのう!」
「リオ、セレス、援護ご苦労様なのじゃ!」
皆に近寄り、全員にねぎらいの言葉をかけて回る。特に驚いたのは、ヒデオの最後の大技だった。
「おいヒデオ、なんだよあの炎の剣。いつの間に覚えやがった」
まさかのオーウェンも知らなかった発言である。エリー達も似たような反応をしている。
「リオさんがドラゴンの顎を蹴り上げたとき、風の魔素を足に纏ってただろ? 同じように剣に火の魔素を纏わせてみたんだ、上手く行ってよかったよ」
「ぶっつけ本番とは、随分余裕があったようじゃのう」
「え? いやいやいや、余裕なんて無いって! ナナからの魔力があったおかげで、身体強化しながら魔素操作なんて無茶できたんだし! それに魔術が阻害されてたはずだけど、それもナナが何とかしてくれたんだろ?」
魔術阻害とはなんぞと説明を聞き、そう言えば確かにと思い出す。中級の仕業だったのかと納得し、周囲の魔素の動きが気持ち悪かったから吸収して消した事を話すと、ヒデオは苦笑いである。
さて残すは下級種のみと思ったところで、タイミングよくアルトがこちらに降りてきた。
「ダグが下級種計十一体の討伐を終了しました。本人はそこで力尽きています。周辺に危険はありませんよ」
「うむ、アルトもご苦労様なのじゃ! とりあえずドラゴンはいったん全て空間庫に入れておくのじゃ、それとわっしーの中で皆一休みしようかのう」
わっしーを呼び出すとついでにぱんたろーを呼び出してダグの回収をさせ、ゲートゴーレムも回収しておく。ドラゴン達や中級の折れた牙なども全て回収し、ヒデオ達がわっしーを見て唖然としている後ろで、さくっとノーマル義体に換装して肩にスライムを乗せる。
「わっしーは中に広い空間のあるタンクゴーレムじゃ。椅子もふかふかなので一休みするにはちょうど良いじゃろ」
「何だこの馬鹿でかい、ウミガメ? ……って、若返ってる! あれ、さっきの美人は!?」
「あれもわしの義体じゃ! いいからさっさと入らんか!」
ヒデオに美人と言われ少し嬉しくなるが、何か残念そうな表情を浮かべていたので、尻を蹴飛ばしてわっしーの中へ叩き込む。そしてエリーとシンディにはこちらの方がしっくり来ると言われてしまった。サラには駄目、絶対。と言われた。何のことかと思ったら、サラの視線が胸に向いている。三年経ったというのに未だぺたんこのサラには、ヴァルキリーの巨乳っぷりが許せないのだろうか。
わっしーの中に全員入ると、まずはぼろ雑巾にしか見えないが怪我らしい怪我も無いダグを起こし、銀猿のコートを綺麗にスライムで洗ってやり、改めて全員の紹介を行う。
「ほう、彼がナナさんの――」
『ガシャッ』
ヒデオを見て何か言いかけたアルトに、空間庫から出したハチを見せる。アルトは頬に汗を一筋垂らしながら、口をつぐんでそーっと目を逸らした。やはり言ってはいけないことを言おうとしたようだ。リオとセレスも何か言いたそうにしていたが、ハチを見て言葉を飲み込んだようである。
「それでナナ、何でこんなところに? って、違うな。ありがとうナナ、おかげで命拾いしたよ。本当に助かった」
「ふん、ザイゼンを通してドラゴンに追われておるのを見たから、転移してきただけじゃ。ドラゴンの素材も欲しかったからのう、ついでじゃ、ついで」
その時何か言いかけたダグに笑顔を向け「下級ドラゴン退治ご苦労様なのじゃ。十匹程度では暴れ足りなかったかの?」と聞くと、顔を引きつらせながら十分だ、と一言言って視線を逸らした。学習しろダグ。
そのダグの視線の先には、エリーの姿があった。十九歳になり美しく成長したエリーはますますヒルダに似てきていたため、見蕩れるのもわからなくはない。
とはいえ保護者のような優しい眼差しであるため、気にかけるだけに留めておく。
エリー達三人娘とオーウェンもヒデオ同様に感謝の言葉を口にしたため、三人娘には笑顔で応える。オーウェンには「酒」とだけ言うと苦笑していた。
「それなら、ドラゴンはナナが貰ってくれないか? そもそもナナと、リオさんとセレスさんの援護が無ければ倒せなかったんだし、問題無いよな?」
「そうね、それにあのサイズは流石に持って帰れないものね」
「中級いらない。でも下級一体欲しい。下級の肉は美味しいらしい」
サラの発言に、側近四人の目が一斉に「キラーン!」と輝いた。
「ほう……これはぜひ味見せねばならんのう!」
ヒデオ一行から依頼の内容を聞き、夕食にはまだ早い時間であるため調査を手伝うことにした。といってもわっしーで空から地上の様子を確認するだけである。
道中では戦闘用義体の『ヴァルキリー』を作ったこと、自分達がゲートゴーレムで異界との行き来が可能になったこと、ファビアンやマルク、カイルと会って話したこと、アトリオンに拠点を作ったこと、ガッソーからドラゴンの噂を聞いて、ヒデオ達の様子を見て転移してきたところまで話す。所々ヒデオが乾いた笑いをしていたが、ガッソーの件を話すと少しばかり首を傾げていた。何か気になることでもあったのだろうか。
また、わっしーから眼下を見下ろし、巨大イノシシや角の鋭利なシカ、そして幼少期に一度だけ食べた巨大カマキリ等を見つけるたびに、リオとアルトが率先して確保してきてくれた。というのも自分で行こうとしたら止められ、現在セレスの膝の上で自分自身が確保されているからである。やむを得ずそのままエリー達との会話を楽しむことにする。
「あら~、それじゃあ地上界では清浄魔術を誰も知らなかったのね~?」
「そうなのよ、だからナナに体を綺麗にするスライムを作ってもらったのに、まさかそんな魔術があるなんてね。ナナから聞いて驚いたわ」
「わしだって驚いたわい。じゃがそれを知った際、セレスがわしに清浄魔術を見せてくれようとしたんじゃがのう。この変態はわしをトイレに連れ込もうとしおったのじゃ」
「実際に綺麗になっているのを見せないと、って思っただけなのよ~」
セレスの言葉を嘘だと断言して笑いあう。セレスが笑うたび自分の後頭部が挟まっているセレスの双球が揺れ、首と耳から柔らかな幸福感が広がった。サラにだらしない顔だと指摘され笑い、狩りから戻ったリオはスライム体を抱きしめて撫で回し、シンディはスライムを撫でられて喜ぶ自分を見て首を傾げる。
もう少し落ち着いてからいろいろ話すと茶を濁し、今必要な話から全く関係の無い話まで、だらだらぺちゃくちゃ話し、のんびりと過ごす。
こんな平和でなんでもない時間こそ、自分の求めたものなのだと認識し、改めてエリー達の救助が間に合ってよかったと安堵した。
男四人は固まって何やら話しており、何やら意気投合した様子である。ヒデオは何やらアルトから質問攻めを受けている様子であるが、どうやら向こうの世界の道徳的な内容らしい。自分に関することではないので安心して放置できる。
ただ、細マッチョのダグと熊マッチョのオーウェンが固い握手をしつつ慰めあっている姿は、微妙にキモいと思ってしまった。
さほど時間もかからずに雪の残る山頂を超え、山脈の反対側まで調査範囲を広げるが、ヒデオから聞いたBランクという魔物が逃げ惑うようなレベルの魔物は見当たらなかった。
「あのドラゴンのせいで、魔物が逃げ惑っていたと考えるのが妥当じゃの」
「そうだな、集落に戻って報告したいんだけど、いいか?」
「もちろんじゃ! 狐の獣人がおるのじゃろ? 尻尾もっふもふなのじゃろ? 触ってもいいのかのう、撫でても良いのかのう?」
何かしきたりとかあるかもしれないから、本人から聞いてくれとヒデオに注意を受け、わくわくしながら狐獣人の集落へとわっしーを向かわせる。あまりにも楽しみすぎて、わっしーで集落に近付きすぎて騒ぎになってしまった事は、素直に謝罪した。
亜人種狐獣人族、という者たちの若い代表は、わっしーから出てきた自分達に驚きつつ、ヒデオによって問題は解決されたと聞いて大いに喜んでいた。
そう言えばアトリオンの家から慌てて転移してきたため瞳色偽装を完全に忘れていたが、狐獣人族は気にする様子は一切なかった。
それはそうと目の前に並ぶ十数人の狐耳と狐尻尾が、モフって欲しそうにぶんぶんと揺れている。二本の尻尾を持つ女性もちらほら見られるが、中でも代表を名乗った若い狐獣人族の尻尾が、ひときわ立派で大きかった。
きつね色だ、ああモフりたいと、頬が緩んでいくのが自覚できる。
リオより少しだけ背の高いその代表は、ニースという名の可愛らしさと凛々しさが同居する、綺麗な顔立ちの男性であった。ニースによると、一番立派な尾を持つ男性が狐獣人族の長となる慣わしだそうだ。その立派な尻尾を見ると納得である。
ニース達に討伐した中級と下級のドラゴンを見せると、ニースが腰を抜かしてへたり込んでしまった。尻尾が汚れるから地べたに座ってはいけないと、慌てて助け起こす。
そのまま我慢の限界が来て尻尾を触らせろと迫ると、顔を驚きと恐怖に歪ませて必死に謝罪された。どうやら狐獣人族のしきたりで、異性間では恋人・夫婦以外に尻尾と耳は触らせないそうで、同姓なら問題ないという。ほう。
「エリー、サラ、シンディ、ついでにオーウェン、話があるのじゃ」
首をかしげながら集まる四人と、ついでにヒデオやリオ達も続々と周囲に集まってきた。
「おぬしらに話していなかったわしの正体じゃがの、実はスライムなのじゃ」
定位置である義体の頭上に乗っていたスライム体でびょいーんと跳ね、着地すると義体と同じくらいの身長の人型をとる。
「この体が義体であることは話しておったの、それを中から動かしておるのじゃ」
「へえ、器用なのね、ナナ」
「道理でリオちゃんがスライム撫でたら、ナナちゃんが気持ち良さそうにしてたはずだよー」
「スライム使い。納得」
スライム側で話すが、案の定、全く動じていない。そんな予感はしていたのだ。オーウェンだけはぽかーんと口を開けているが、無視して話を続ける。
「かっかっか、元人間であることや義体のことを知っておるだけあって、受け入れるのが早いのう。ありがとうなのじゃ」
「ある程度想像はしてたけど、ナナはリオさんやアルトさんたちへ先に打ち明けたかったのよね? だから追求しなかっただけよ」
「あー……何だ。驚きはしたけどよ、全部知ってるヒデオが問題無いって受け入れてんだろ。そんならオレ達が受け入れられねえわけねえだろ」
「ふふふ、オーウェンもありがとうなのじゃ。ニース、聞いての通りわしはスライムじゃ! 性別なんて無いのじゃ!! じゃからニースの尻尾を触っても問題は無いのじゃ!!!」
言うが早いか、スライム体を見て呆然とするニースの尻尾に義体で飛びつく。もふもふもふもふもふもふもふもふ。
「あああ、ナナさん! 駄目だよ、そこ……は……んっ……ああぁ……」
「いい艶じゃのう、もふもふじゃのう、うひょーやわらかいのじゃーえへえへへへ」
「んくっ……ふぁぁぁ、あ、あ、あああああっ!」
腰砕けに座り込み、背中をのけぞらせてぴくんぴくんと小刻みな痙攣をするニースの尻尾を、これでもかと言わんばかりに存分にまさぐりたおす。何やら男性が発するべきではない声がニースから聞こえているが、そんなことよりもふもふを堪能しなければ。その感触に集中している、そのときだった。
『ぐわしっ!』
「ぬお?」
頭部を何者かに片手で鷲掴みにされ、尻尾から、いやニースから引き剥がされてしまった。異界で猫と暮らしている時間が長かったせいで、離れている今もふもふ成分が足りないのだ。補充しなければいけないのだ。そう思いながら尻尾、いやニースに手を伸ばすが届かない。
「ナナ、やりすぎ」
「何じゃと! あの尻尾は極上じゃぞ! それを愛でぬ事こそ冒涜なの……じゃ……。うん、わしが悪かったのじゃ、すまんのニース」
尻尾から引き剥がしたのは、こめかみに血管を浮かせて目が一切笑っていないのに笑顔のヒデオだった。そのまま片手で持ち上げられ、抵抗をやめた義体がぷらーんぷらんと揺れている。結構力持ちじゃないか。
「ナナ? もしかして尻尾に触りたい一心だけで今正体明かした?」
「……いい機会だと思っただけじゃもん、話したついでに触ろうと思っただけじゃもん」
ああ、目が泳ぐ。気がつけばエリー達三人娘は顔を真っ赤にしてもじもじし、リオは羨ましそうに、セレスははぁはぁと息遣いが荒くなっている。倒れこんだニースは唇の端から一筋の銀色の雫をたらし、びくんびくんと体を痙攣させながら、虚ろな目で深く呼吸をしている。
うん。確かにやりすぎたかもしれない。狐獣人族も大半がドン引きの表情である。ダグ・アルト・オーウェンは苦笑いを浮かべて様子を見ており、どうやら誰一人として自分を助ける気は無いらしい。薄情な側近である。くすん。
そして最後にヒデオを見る。
「のうヒデオ、どうして微妙に腰が引けておるのじゃ?」
「なっ!?」
慌てて手を離したヒデオから離れ、エリーの陰に隠れる。
「ち、違うからな!?」
にやにや。形勢逆転である。




