3章 第23話N ままだあわあわ慌てるようなじじじ時間じゃ
「そこのおぬし、もしや光天教の司教かのう?」
「おお! 神の導きに感謝いたしますぞ! 私の名はガッソー・フォール。まさしく、光天教の司教にございますぞ!」
「おぬしか、ファビアンに余計なことを吹き込みおったのは……」
このタヌキじじいと内申で悪態をつきつつ、深い溜め息をついてガッソーを見る。
「余計なこととは心外ですぞ。信仰の対象は人それぞれにございます。光天教の神も光魔戦争以後に作られたものですし、何者かを信仰する者は皆私と同じ『神の僕』ですぞ。ほっほっほ」
「エリー達から聞いた通り、変な宗教家じゃのう。それでよく司教まで上り詰めたものじゃ」
「褒め言葉として受け取っておきますぞ! ところで話を聞いておられるのでしたら、孤児院でも見て行かれませぬか?」
「む……そういえばおぬしは、ファビアンからわしのことを聞いて正体も知っておるんじゃったのう。ヴァンの起こした戦争の犠牲者である孤児の件、わしからも礼を言わせてほしいのじゃ」
ガッソーだけに見えるように瞳色の偽装を解き、紅い瞳を見せて頭を下げる。そしてすぐに偽装し直して茶色に戻し頭を上げる。
「おお、これはご丁寧に……ありがとうございます、ナナ殿。ところでその、お連れの方々も、同じところからいらっしゃったのですかな?」
「はい。ナナさんの側近でアルトと申します。以後お見知り置きを」
アルトが自分とガッソーの間に割り込むように、ぐい、と前に出てきて挨拶を交わした。何か警戒でもしているのだろうか、それとも自分とガッソーの距離が近すぎて嫉妬でもしたか。あと興味なさげな他の三人も、名前だけ紹介しておく。
そういえば光天教は光人族が信仰の対象だったか、セレスの種族名を明かすと面倒なことになりそうなので黙っていよう。
「一週間程前からレイアス君は依頼で街を離れておりましてな、孤児たちが寂しがっているのですよ。ナナ殿が顔を見せて下さるのであれば、子供たちも喜ぶでしょうな! それにしても、レイアス君は無事に帰ってきて欲しいものですな。レイアス君が向かった山の向こうには、あの伝説のドラゴンが活動しているという噂もあるくらいですからなあ。あ、そうそうナナ殿。よかったら孤児院に寄付などいかがですかな?」
「……ガッソー、その話を詳しく話すのじゃ」
「子供たちが遊べるような広い土地を買うための寄付金として――」
「そっちではないわ、たわけ! レイアスの向かった先に、ドラゴンじゃと?」
何やら嫌な予感がする。ザイゼンの位置を確かめると、ここからずいぶん離れた大陸南東の山中にいるようだ。既に現地ではないか。
「残念ですが先程話した噂程度しか知りませぬな、あとはレイアス君の向かった大陸南東部の山脈は険しく、誰も超えた者がいないという話くらいですぞ。魔物であれば越えられるやもしれませんがな」
「う……む、そうか。情報感謝するのじゃ」
くるりと踵を返し、帰路につく。後ろからガッソーが今度は孤児院にぜひ、と声をかけてきたがそれどころではない。生きたドラゴンがどれほどの強さかはわからないが、知能の低下したドラゴンゾンビでさえ手こずっていたヒデオたちなのだから、万が一があるかもしれないと、心が不安で塗りつぶされていく。感覚転移でザイゼンを見るが、今は巨大なイノシシを落とし穴にはめてボコボコにしている最中で、今のところ問題は無さそうだ。
帰宅してリビングのソファーに身を預けると、ヒデオは無事だろうかと、ついついザイゼンを通して様子を見てしまう。まだ平気そうであるが、いっそ上空から周囲の安全を確認してやろうかと思いついた、その時である。
「ナナさん!」
「ひあっ!? な、なんじゃアルト、突然大声なんぞ出しおって」
「突然じゃありませんよ。何度も声をかけているのにナナさんは上の空で、仕方なく大声を出したまでです。そんなにヒデオが心配なら行きましょう。場所が候補地の近くです、ちょうど良いではありませんか」
呆れたような顔のアルトが、自分の座るソファーのすぐ横から声をかけてきたのだ。そんな近くに立っていることすら気付いていなかった。
「じゃ、じゃがの……英雄になると決めたのはヒデオ自身じゃ、あまりわしが手助けするのも、ヒデオにとって良くないことじゃと思うし、その、なんじゃ……」
三年という月日は、少しばかり長過ぎた。どんな顔でヒデオに会えば良いというのか。エリー達のように何度も声を聞いていたならともかく、ヒデオとはそれすら無かったのだ。
このアトリオンでエリー達に会うついで、という再会を考えていただけに、こんなイレギュラーな形での遭遇は想定していない。
外から正午を告げる鐘の音がごーん、ごーんと聞こえ、その音に合わせて義体の頭に乗るスライム体がへにょー、へにょーと力なく垂れていく。
会いたいし、万が一があったら一生後悔するのもわかる。しかしドラゴンなんて噂に過ぎず、ヒデオ達だけで解決できるような問題であった場合、わざわざ首を突っ込んだりしたら嫌がれはしないかと、不安に胸が苦しくなる。
そうして答えが見つからないまま俯いていると、ダグの「ふん」という鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
「おいナナ。俺にドラゴンを殴らせろ」
「姉御! オレもドラゴン見てみたい!!」
「へ? いや、ダグにリオよ、おぬしら何を言っておるのじゃ?」
明らかにこの二人はアルトと同様、自分が現地に行く理由を作ってくれている。それは嬉しいのだが、自分のわがままに付き合わせるのも、と申し訳ない気持ちになる。
「ナナちゃんらしくないわね~。いつも通りやりたいようにやればいいのよ~。ナナちゃんがそこまで悩む理由に、もしもわたし達を付き合わせることを気にしているのでしたらぁ、一緒に行く前提で考えてくれてるのは嬉しいけど、ちょっと悲しいわ~。それにエリーちゃんやサラちゃん、シンディちゃんっていうお友達もいるのよね~?」
セレスは自分の考えを見抜いているようで、優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。確かにヒデオの件を除けば、セレスの言う通りである。今更この四人に遠慮など、何を臆病になっているのか、と頭を横に振って苦笑する。それにヒデオではなく、エリー達を助けに行くのだとすれば、何をうじうじ考える必要があるというのか。
「ふふ、そうじゃな……皆すまんの。何も無ければ良いのじゃが、万が一の際は頼むのじゃ」
そう言って笑顔を見せて立ち上がる。どうやら一つの不安が更なる不安を呼び込み、普段通りの考え方ができなくなっていたようだ。
安堵した表情の四人に感謝し、ザイゼンの様子を見る。
しかしザイゼンを通して視た光景は、既に死線の一歩手前であった。
「しまった! ザイゼンが障壁を張っておる、ドラゴンと戦闘中じゃ!」
反射的に転移しようとしたが、腕を掴まれて慌てて転移術をキャンセルする。誰が、何故邪魔を、と顔を上げると、そこには怒り顔のリオがいた。
「姉御、その姿でドラゴンの前に出ちゃ駄目だ! それに一人で行くのも駄目!!」
「そ、そうじゃった、すまぬリオ!」
慌ててヴァルキリーに換装し、二体のゲートゴーレムを呼び出す。しかしそのゲートゴーレムから、現地への転移ができないという信じられない報告を受けた。何事かとザイゼンの様子を見ようとするが、感覚の転移もできなくなっていて唖然とする。
「て、転移できぬのじゃ……何故じゃ! どうすれば良いのじゃ!?」
何があった、自分の転移術がおかしい? いや、ゲートゴーレムが転移できないのだ、自分のせいではない、どうすればヒデオのもとに行ける? わっしー、ぱんたろー、自分で飛ぶ、どれも絶対に間に合わない、ではどうすれば? と、思考がまともに働かない。
そして自分の核である魔石の限界を超えて、転移術に込める魔力の出力を高めて無理矢理現地に飛ぶことにした。またしばらく動けなくなるかもしれないが、ヒデオを失うよりはよっぽどマシであると、魔素と魔力の操作を始めたその時、アルトに肩をつかまれ体を揺さぶられた。
「ナナさん! 直接でなくても、せめて近くに転移できれば!!」
「そ、そうじゃ! ゲートゴーレムよ!」
今度は問題なく転移できたことに安堵し、集めた魔素と魔力を散らして門が開くのをもどかしく待ちながら、開くと同時に飛び込む。空間障壁を足場に跳び上がりドラゴンの姿を視界に捉えると、そのままドラゴンへと一直線に、全速力で空を駆ける。
ドラゴンに近づくに連れ脆くなっていく足場の障壁は、厚みを増やして対応する。空間庫から武器を取り出そうとするが、何故か機能しない。その現象について考える間もなく、ドラゴンが大きく息を吸い込んだのが見える。
それはブレスの前動作であると判断し、吐かせるものかとそのままの速度で突っ込んで、ドラゴンの横っ腹を蹴り上げた。
『ドガッ!!』
わっしーの倍ほどもありそうなそのドラゴンは宙を舞い、二回転半して背中から地面へと叩きつけられた。慌てて周囲の状況を確認すると、ヒデオとオーウェンが盾を構え、エリー達三人を庇って立っているのが視界に入る。間一髪、間に合った。
「ちょっと目を話した隙に死にそうになりおって、この愚か者が!!」
心配したことを伝えたかったのに、口から出たのは全く違う言葉だった。怒るつもりは無かったのに、気付いたら声を張り上げていた。そうじゃない、とフォローしなければと思うが、その時ヒデオの盾からはみ出している足が、治療した痕跡はあるがズタボロであることに気付き、翼を広げて光とともに拡散する治療魔術を施す。
「ナナ……」
盾を下ろしてこちらを見上げるヒデオは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。必死に涙をこらえるその姿を見て、怒ってしまったことを申し訳なく思う。ヒデオも必死だったのだろう、それに諦めずにいたからこそ、恐らく自分は間に合ったのだ。
今はまず、生きていてくれたことを喜ぼうと、仮面を外して笑顔を向ける。
「おぬしら、後で特訓じゃな」
「ははは……再会の挨拶がそれかよ……」
違う、そんな事を言いたいわけではない。ただ無事と再会を喜びたかったのだが、また違う言葉が口をついてしまった。だが本当に、とんだ再会になったものだ。この状況でなければ、どんな再会をしていただろう。自分が想定していた再会であったなら、ちゃんと言いたいことを口にできたのだろうか。そう考えていた時、ヒデオがこちらに笑顔を向けた。
「久しぶり、ナナ。綺麗になってて驚いたよ」
突然の台詞に言葉を失い思考が停止した。そして突然何を言っているのだ綺麗ってこの義体も義体で作り物の自分じゃなくてむしろヒルダに若干似た自分の好みの外見で、等と完全に混乱する。
混乱しすぎて足場となる障壁が消えて落ちそうになり、慌てて足場を作り直した。
「ば、ばかもの……そんな事を言っておる場合か……」
顔が急激に熱を持つのを感じ、仮面をかぶって顔を隠す。これなら頬の筋肉が緩んでいることも悟られまい。
「ナナなの!? 来てくれたのね!!」
「エリーも無事で何よりじゃ。サラもシンディも無事じゃの? 三人共怪我の具合はどうじゃ?」
「ん、回復した。ナナがやった? ありがとう」
「ナナちゃんすっごいタイミングかも! ありがとね!!」
翼による拡散治療は済んだようで、エリー達も元気そうに笑顔を向けてきた。エリーは随分綺麗になり、そしてあちこち育っていて驚くが、サラはほとんど変わっていない様子である。
「ふふ、間に合ってよかったのじゃ」
「おおい嬢ちゃん、オレには一言も無しかー」
ヒデオの隣にいる、ヒデオより頭半分くらい大きな熊が何か言っている。
「ん? なんじゃオーウェンか、しばらく見ぬ間に縮んだかのう? まあ良い、エリー達のついでに治療してやったのじゃ、感謝は酒で返すのじゃぞ」
「縮んでねえよ! く、くくっ……ほんと、久々なのにひでえ奴だぜ」
苦笑いするオーウェンをよく見ると、オーウェンが縮んだのではなく、隣に立っているヒデオが大きくなっているのだと気付いた。三年前はオーウェンより頭一つ半くらい低かったのだが、今はオーウェンとの差を頭半分に縮め、アルトと同じくらいまで大きくなっていた。
大きくなったヒデオの様子をよく見ようとしたその時、何かを叩きつけるような鈍い音とともに、少し離れたところで一体の大きなトカゲが宙を舞った。
そのトカゲが頭から地面に叩きつけられるのとほぼ同時に、四人の人影が銀色のコートを翻し、自分を守るように周囲を取り囲んだ。
「ナナさん、あれほど単独行はいけないと言ったのに、慌てすぎですよ」
「姉御ー、追いてくなんて酷いよー!」
「ナナちゃーん、スライム浴で許してあげるわ~」
「ああ! ナナてめえ、一番強そうな奴ひっくり返ってるじゃねえか! まだ生きてんだろうな!?」
四人はそれぞれ周囲に視線を向け、こちらを睨みつけている十体ほどの大きなトカゲのような魔物を警戒し、睨みを効かせているようだった。
こちらを取り囲んでいる家ほどの大きさを持つ巨大なトカゲは、よく見るとあちこちギザギザに尖った体表をしており、こんな生き物向こうにもいたなー、名前なんだっけなーと考えて思い出せずに諦めて素直にキューに聞く。
―――イグアナ と 類似
それそれ、とキューにお礼を言い、さっき蹴飛ばしたドラゴンへと視線を移す。
蹴飛ばしたまま存在を忘れていたドラゴンは、イグアナの首を長くして翼を生やしたような感じであり、こちらを睨みつけながら苦しそうに身を起こそうとしていた。さっき蹴り上げた腹部は大きく凹み、岩のような体表がボロボロと崩れ落ちている。
「あ……ダグ、すまんのじゃ、これもう虫の息なのじゃ。さっきわしの治癒の光を少し浴びたようじゃが、これではダグの相手は務まるまい」
「ダグ、君がさっき殴り飛ばした個体もドラゴンですよ。確かグランド・ドラゴンという下級種だったと記憶しています。そこの死にかけは言葉が通じていないようですから、中級種でしょうか」
「おお、アルトは物知りじゃのう。あれもドラゴンじゃったか、目的が果たせて良かっではないか、ダグ」
「ちくしょう、そこのデカブツをぶっ飛ばしたかったんだけどな。大体ナナは慌てすぎだぜ、どれだよお前が正体無くすほど心配してたヒデはぐおっ!?」
キョロキョロしていたダグの背を、魔狼のコートを翻しながら強めに蹴り飛ばす。狙い通りにグランド・ドラゴンとやらが一番密集しているところに向けて落下して行くのを見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「ダグは一人で下級種全部相手しておれ! アルトはダグのところにグランド・ドラゴンを集めよ! 全部じゃ!!」
余計なことを言おうとした罰である。アルトが笑顔で頷き、遠くでダグが下級ドラゴンに囲まれたことを見届けると、少し気が晴れた。
満足するとリオとセレスを伴ってヒデオ達の下へと降り立ち、流石にこの状況なのでお互いの紹介は簡単なもので済ませておく。
「まずはドラゴンの殲滅じゃな、下級とやらはダグとアルトに任せておけばよい。ヒデオはまだ戦えるの? 中級はおぬしたちで倒すのじゃ。リオとセレスは皆の援護を頼めるかのう?」
力強く頷くヒデオ達『紅の探索者』、笑顔で頷くリオとセレス。視界の隅には突進するグランド・ドラゴンに轢かれて宙を舞うダグが見えたが、何も問題はない。
「では戦闘開始じゃ!」




