3章 第22話H 慢心だめ、ぜったい
アトリオンへ拠点を移してから二年、旧小都市国家郡方面では闇の瘴気が増し、強力な魔物が増加傾向にあった。そこで『紅の探索者』は、旧テミロイ・旧セトン方面で最も危険な魔物である、オーガを中心に狩りを行っていた。
Bランク魔獣として登録されたこの大鬼は、一般的な冒険者であれば一体につき二~三パーティーくらいが合同で当たる強敵である。しかし『紅の探索者』は五人それぞれが単独でも討ち取れる強さであったため、他の冒険者の安全のためにも率先して討伐していた。
そしてヒデオの肉体であるレイアスが一八歳となった年の四月十日、『白い妖精のきまぐれ』を祝う商店街を歩いていると、冒険者ギルドの職員がこちらを見つけて駆け寄って来た。話を聞くとギルド長からの呼び出しで、自分達を探していたらしい。
お祭りを楽しんでいたエリー達と顔を見合わせ、仕方がないなと首をすくめると、全員で冒険者ギルドへ向かうことにした。
「なんだよカーリー、指名依頼か?」
「ええ、察しの通りですわ。せっかくのお祭りに申し訳ないのですが、王国南東の都市ダグサオンから更に南東の山間部にある、亜人の集落からの救援要請ですわ」
ギルド長のカーリーは、昔クーリオンでマルクの塾で一緒だった学友だ。ギルドの改革の際に上層部が軒並み降格や任を解かれたため、上手く流れに乗って出世したらしい。
ギルド長の候補として出自調査が入るまで自分との関係を明かしていなかったらしいので、出世はほぼカーリーの実力である。
依頼の内容は、魔物の襲撃が増加した原因調査と、可能なら解消して欲しいと言う事だった。そして集落の者がダグサオンに移動するのに一ヶ月かかっており、事態は一刻を争うらしい。断る理由も無く、その依頼を引き受ける、と返事を返す。
「よろしくおねがいしますわ、英雄さん。ダグサオンの場所はわかるかしら?」
カーリーが仲の良いサラに抱きつきながら、机上に広げられた地図でダグサオンと亜人集落の位置を教えてくれた。集落までは転移魔術でも早くて十日はかかる距離で、集落の無事を祈る。
「襲撃してきた魔物の種類はわかってるのか?」
「昆虫系と動物系、それと爬虫類系も確認されているようですわ。最高でBランクかしらね」
「分かった、今日中に出発する。詳細情報を頼むよ」
ダグサオンの冒険者ギルドで集落の者と落ち合う算段をつけ、カーリーと話し足りない様子のサラとエリーには悪いが、早々にギルドを後にする。
どうして女同士集まると話が長いのか、ナナともたまに通信をしているらしいが、自分はこの三年でナナの声を聞いたのは一度だけなのに、という寂しさが胸にこみ上げる。しかしそれを押し隠し遠征の準備をすすめ、その日のうちに竜車に乗ってアトリオンを出た。
転移を繰り返すこと約六日、到着したダグサオンで自分宛てに通信などが入っていないことを確認し、依頼者に会う。狐獣人族というその依頼者は、ナナが喜びそうなふわふわの尻尾と尖った耳を頭上に持ち、それ以外は野人族と変わらない容貌であった。その狐獣人族は尻尾を力なく垂らし、よろしくお願いしますと頭を下げた。
その狐獣人族を連れて、集落の現状を竜車の中で聞きながら集落への道程を急ぐ。
竜車の入れない山脈を取り囲む森林の手前にある小村に立ち寄り、竜車を預けて徒歩と転移で森を超えること四日目の夕方、ようやく依頼者の集落にたどり着く。しかしそこはまるで砦を思わせるような、大きな外壁に囲まれた集落であった。その外壁はところどころに大きく傷がついていたり、焼け焦げたり破壊されている部分もあり、外壁の周囲は激しく荒された畑だったもの広がっていた。
「貴方が英雄のヒデオ様だね! 来てくれて本当にありがとう!!」
出迎えてくれたのはエリーと変わらないくらいの身長の狐獣人族だった。若く中性的な整った顔立ちで、ニースという男性らしい。集落の長である彼の話によると、三ヶ月ほど前から南東の山脈を超えてきたらしい、この辺りでは滅多に見ない魔物が増えてきたそうだ。そして一ヶ月前には集落が襲われ、慌ててダグサオンのギルドに救援要請を求めて人をやったという事だった。
「無事で良かったです。必ず原因を突き止めますから安心して下さい」
「うん、頼りにしているよ! でもね、集落が持ちこたえられたのは外壁のおかげでもあるけど、それ以上に魔物の行動が原因なんだよ。ほとんどの魔物は集落を無視して山を降り、散らばっていったみたいなんだよね。何かに追われていたのかな?」
「他に気になることや、周囲に生息する魔物について教えてくらえますか?
周辺の魔物や被害状況について聞ける限りの情報を聞き出し、その日はニースの家に泊めさせてもらう。
それにしてもこのニースという人は笑うととても可愛らしく、仕草までどことなく女の子っぽい。自分に男色の気はないのだが、つい目で追ってしまうとエリー達に睨まれてしまった。
翌朝、近場の偵察だけをして戻ることを告げて調査を開始する。原因が曖昧である以上は徐々に探索範囲を広げるべきであるが、あわよくば当日のうちに解決できればいいな、とも思っていた。
山間部の集落を出て山側に向かう道すがら、ジャイアントボアと呼ばれる巨大イノシシの集団と戦闘になり、それらを難なく仕留めるが、オーウェンが眉間にしわを寄せていた。
「Bランクのこいつらが尻尾を巻いて逃げるような存在が、この先にいるかも知れねえってことか」
「そうだな。いざとなったら転移で逃げるから、皆もそのつもりで警戒していてくれ」
血の匂いが広がる前に死体を空間庫にしまい、警戒しながら木々の生い茂る山を登る。
魔物が多く通った痕跡のある広めの獣道を逆行し、シンディの警戒能力を頼りに先へと進む。途中でダチョウのような魔物や巨大な蛇に襲われるが、いずれも難なく討伐して空間庫へしまっていく。
そして昼を過ぎた頃、初日の探索を終えて戻ろうかと考えていると、ふと周囲の違和感に気がついた。
「ヒデオも気づいたかな? 魔物や動物の気配が消えたよ。でもこの先に何かいるっぽい?」
警戒をするシンディの言葉に気を引き締め、慎重に先へと進む。間もなく木々がまばらになり、岩肌の見える荒れ地へと差し掛かる。そのまましばらく歩くと、岩に紛れてもぞもぞと動く、巨大な存在に気付いて足を止めた。岩に隠れながらその正体を確認しているとその正体に気付き、背中を冷たい汗が一筋伝って落ちていった。
「ん。グランド・ドラゴン、翼がないから下位。でもSランク」
それは岩のような肌を持つ、大きめの家程もある大きなトカゲであった。
「食事中かしらね。どうするの、ヒデオ? 前戦ったドラゴンゾンビよりは強そうだけど、今のあたし達だって強くなってるわ」
「まだ気付かれていないみたいだ、静かに近付いて一気に仕留めよう。シンディは落とし穴で動きを封じたら周囲の警戒をしつつ適時援護、エリーとサラは――」
「待ってヒデオ! 駄目、一体じゃない! 囲まれてるかも!!」
こちらの言葉を遮って放たれたシンディの大声で、身を隠す必要が無い状態であることを一瞬で理解し、左右から強い気配が近付いてきていることにも気付いて心の中で悪態をついた。
「くそっ! 森まで下がるぞ!! 一体ずつ相手にしないと無理だ!!」
一斉にその場を離れて駆け出すが、数歩も行かないうちに周囲に空間魔術の障壁が張られた。何故、と思ったその瞬間だった。
『ガガガガガガガッ!!』
直後、広範囲に無数に降り注ぐ岩の礫が、障壁の周囲の大地に大小幾つもの穴を穿った。ザイゼンが張ったと思われる障壁がなければ、命を落としていたかもしれないと、背中に冷たい汗を感じる。
その降り注ぐ礫が止んだ時、エリーが空を見上げて固まっていた。
「嘘……翼持ちのドラゴンだなんて……」
その視線の先には、巨大な翼と口を大きく広げた別のドラゴンが、こちら目掛けて滑空していた。そのドラゴンはグランド・ドラゴンと同様に岩のような肌をしているが、岩というより全身が鋭利な刃物のようであった。
大きさこそ以前戦ったドラゴンゾンビより一回り大きい程度であるが、その存在感と威圧感はドラゴンゾンビの比ではなく、こちらを獲物と認識しているその瞳に睨まれ、恐怖に身体が竦むのを感じる。
「緊急事態として防御障壁を展開しました」
「ザイゼンか、助かった! 撤退するぞ!!」
ナナから預かったザイゼンの声に、我に返って仲間に向けて叫ぶ。ザイゼンを見て思い出したが、ナナと初めて会ったときの殺気と恐怖はドラゴンの比ではなかった。
それに比べたらマシとはいえ、冷静になったところで一体なら戦えるかもしれないが、何体いるかわからない下位竜と同時に相手するのは自殺行為である。
しかし転移術の準備を整え、転移しようとしたその時であった。
『GYAAAAAAA!!』
「うおっ!」
「きゃっ!」
滑空していたドラゴンの強烈な叫び声に全員耳をふさぐが、その時発生した問題に血の気が引いていくのを感じた。
「まさか!! 転移術が打ち消された!?」
「な、なんだって!?」
「警告。周辺魔素が今の咆哮によって大きく乱れています。転移術を使用する場合、まずはこの場より物理的に移動することをお勧めします」
「くそっ! 全員森まで全力で走れ!!」
ザイゼンの言葉に何が起こったのかを理解し、一斉に来た道を全力で走りながら、魔素の揺らぎ、という状況を確かめる。
「フレア・ランス!」
上空より迫るドラゴンに、何本もの炎の槍が飛んでゆく。しかしそれは本来飛ぶはずの距離の半分も行かずに揺らぎ、霧散してしまった。エリーとサラも同様で、ドラゴンに届きさえしない。
空間庫やアイテムバッグを見ると、機能は失われていないようだが、開け閉めができなくなっていた。空間障壁もわずか数秒しか維持できず、すぐに霧散してしまう。何か手はないかと考えると、ナナから教わった戦い方の一つを思い出した。
「一瞬でも出るのなら!」
『バリン!』『GYA!?』
滑空するドラゴンの眼前に空間障壁を張る。一瞬で割れてしまったようだが、顔面から突っ込んだドラゴンは短く鳴き声を上げて首をのけぞらせ、墜落していった。
「よっしゃ! よくやったヒデオ!!」
「まだだ! 転移できるまで気を抜くな!」
しかし森が見えてきたと同時に、そこに希望ではなく絶望が待っていることを知ることになった。森への道を塞ぐようにこちらを睨みつける二体のグランド・ドラゴンを見て、足を止めて周囲の様子を窺う。
「先回りか! シンディ、ドラゴンのいない、または少ない方向は!?」
「駄目よー、見つからないかも!?」
後ろからは怒り狂った様子のドラゴンが地響きを立てながら迫り、前方には二体のグランド・ドラゴン、左右にも何体ものグランド・ドラゴンが見える。その状況を見て、決断を下す。
「正面二体を突破し、最短で森へ抜けるぞ!」
オーウェンと並び、剣と盾を構えてグランド・ドラゴンを睨みつける。後ろからの翼持ちドラゴンに追いつかれたら終わりだと思い駆け出そうとしたその時、再度ザイゼンの空間障壁が展開された。
『ガガガガガガガッ!!』『バリンッ!』
「「ぐあああああ!!」」
障壁が張られると同時に事態に気づき、エリーとサラとシンディをかばうように駆け寄り、オーウェンと並んで盾を構えた。盾に当たった礫は魔素で作られたものらしく、当たると同時に霧散していったが、盾で覆いきれなかった部分に無数の礫が叩きつけられ、手足の激痛に奥歯を噛み締め耐える。
最初のブレスより礫の威力が弱かったのは幸いだったが、治療のため足を止められたせいで、グランド・ドラゴンや翼持ちドラゴンの包囲網が狭まり、もはや突破口は見つけられなかった。
まだ転移術は使えない、だがフレアランスが届く距離であると、ありったけの魔力を込めて炎の槍を生み出そうと魔力を集める。しかし同時に翼持ちドラゴンが大きく息を吸い込み、こちらに目掛けてブレスを吐き出そうとしていた。
間に合わない、そう思って盾を掲げる。ナナのくれたこの盾なら、どんな攻撃だって防げる。絶対に隙を見て、仲間とともに生き延びてみせる! そしてナナにもう一度会って、お礼を言うんだ!! そう固く決意し、盾を握る手に力を込める。
『ドガッ!!』
しかし訪れたのは衝撃ではなく鈍い打撃音と、僅かな間を置いて訪れた、足元がふらつくような強烈な地面の揺れであった。構えた盾に訪れるはずだったブレスの衝撃はいつまでも来ず、その代わりに盾の向こうに、ドラゴンとは別の存在の、強い気配を感じた。
「ちょっと目を話した隙に死にそうになりおって、この愚か者が!!」
この声は、幻聴だろうか。しかしはっきりと、耳に響いているのがわかる。同時に体に湧き上がる力と暖かさ、そして安心感。この声の持ち主が自分の想像する相手で間違いなければ、もはや何の心配も不安もない。
目に涙が浮かびそうになるが鼻の頭に力を入れて必死にこらえ、盾を下ろして声の主へと視線を向ける。その先ににいたのは自分の知っている小さな女の子ではなく、真っ白なコートと仮面をつけた白髪の大人の女性で、美しく光を放つ翼を大きく広げて宙に浮いていた。
「ナナ……」
見た目が多少違っていても、見間違うはずがない。コートも仮面も見覚えがある。その大人の女性へと変貌していたナナは、仮面を外すとこちらを向いて笑顔を見せた。
三年ぶりに会うナナは、自分が抱いていた内面の印象と一致する、とても美しい女性の姿であった。
「おぬしら、後で特訓じゃな」
「ははは……再会の挨拶がそれかよ……」
胸の高鳴りと締め付けるような苦しさを抑え、こちらも負けじとナナに笑顔を向ける。
「久しぶり、ナナ。綺麗になってて驚いたよ」
生死の境にいたというのに口から出たのはお礼ではなく率直な感想であり、その言葉に自分自身が驚いた。しかし瞬時に顔が赤く染まるナナはとても綺麗で、可愛かった。




