3章 第17話N まりもは不用意に触れてはいけないのじゃ
地上へと約二万人の住人を転移させる。その手段についてナナが真っ先に思いついたのは、以前『どこで門』と名付けて使用していた中途半端な転移術であった。
転移術として熟練するにつれ、転移門を開いて固定化するプロセスを省略しているが、現在も門を開きっぱなしにして固定化し、義体とスライム体を分けて活動させているのだ。
これを応用して二地点をつなげる扉を作るという構想で、試行錯誤を重ねていく。何度も失敗を繰り返しながら今日も研究室で遊び、もとい転移魔道具の作成に精を出す。
「ふっふっふーん、ふっふっふーん、でーきたーのじゃー」
魔王邸に自分のために作られた研究室で一人、目の前にいる存在を見て頬の筋肉を完全に緩ませる。そこには三毛と茶虎の二匹の長毛種猫の姿があった。どちらも頭から尻尾の先までの体長が1メートルほどの大型猫で、にゃーと鳴き喉からごろごろと音を出すその猫達に抱きつき、頬ずりする。
「可愛いのじゃーネコなのじゃーミケなのじゃーチャトラなのじゃー。ミケの名前はコナン、チャトラの名前はナオなのじゃー。もっふもふなのじゃーうひょーにくきゅーやわらかいのじゃーえへえへへへ」
にゃーにゃーと頭をこすり付けてくる猫達の為にブラシを作り、ブラッシングをしながらでれでれしていると、アルト達が研究室に近付いてくるのを感じて慌てて襟を正す。
「おはようございますナナさん……って何ですかそれ」
「おはよう姉御! って、ちっちゃい虎?」
「ふふん、これは猫という生き物なのじゃ。食料庫のネズミ退治が大変じゃと聞いたから作ってみたのじゃ。こやつらに狩りをさせてみてはどうかのう」
アルトに建前を言いつつ、コナンとナオを撫でる。緩みそうになる頬に力を入れ、キリッとした顔を一同に向ける。
「あら~、可愛い生き物ね~。ナナちゃんが好きそうな感じがするわ~」
「どうせ転移門の研究が行き詰って、気分転換に作ったんだろ」
「またですか、気分転換で新種の生命を作り出すなんて出鱈目すぎますよナナさん……」
ダグとセレスには見抜かれているようだが気にしたら負けだと、表情を変えずにアルトへと向き直る。
「リオの言ったように、小さな虎じゃ。人懐っこくはしておるが、認知機能も虎程度しかインストールしておらんからの、魔石も小さいものにしておる。それに生命と言ってもじゃな、牧場に預けたジェヴォーダンとシャストルの間に子ができる兆候もまだ無いからのう。今のところ生体活動のある、ただのゴーレムに過ぎぬのじゃ。とはいえ存外、猫の子の方が早く生まれるやもしれんがのう」
コナンのマリモのように立派なタマタマを触ると、ぎにゃっ!? という声と共に睨まれてしまった。お詫びにお尻の上辺りを叩くと、気持ち良さそうにお尻を高く上げ、もっと叩けといわんばかりにフリフリしてくる。仕方が無いなあと思いつつ手を伸ばすが、その手をナオに阻まれる。そして撫でなさい、と言わんばかりに転がり腹を見せるナオの腹を、思う存分にもふもふもふもふともてあそぶ。
「……はっ!?」
気がつけば全員の視線がこちらへと向かい、しかもアルトとセレスはだらしなくニヤニヤしている。それを見て、自分の顔が二人以上に崩れ、でれでれの顔であることに気付いてしまった。なおダグは呆れ顔で、リオは自分も触りたそうに目を輝かせていた。
「こ、こほん。ところでおぬしらは……って、今日から鍛錬を始めるんじゃったの。準備は良いかのう?」
全員問題無いと言うことなので、その場で四人を空間庫へと放り込む。魔力視の会得について話し合ったところ、まずはこの四人が会得することになり、今日は朝から空間庫に入れることになっていたのだ。アルトとセレスはニヤニヤした罰として普通の空間庫に突っ込んでやろうかとも思ったが、流石に窒息死の危険があるため残念だがやめておいてやる。
そして静かになった研究室で、コナンとナオと戯れながら、転移門の作成について考える。そもそも猫を作る予定は無く、本来であれば野生種を探して飼いならそうと思っていたのだが、ダグの言う通り研究に行き詰って悩むうち、気付いたら癒やしを求めて作っていたのだ。
その日は午前のうちにアルトとセレスが自力で空間庫から出てきて、昼前にはリオとダグも自力での脱出を終えて全員が魔力視の会得に成功した。しかしナナの研究のほうは進む事が無く、ぱんたろーまで呼び出して猫達と面通しをし、一体と二匹を存分にもふって一日中遊ぶのであった。
翌日、早速試したいというダグとリオのたっての頼みで、強そうな魔物を探してセレスの住んでいた光人族集落跡地へ転移する。そこはヒュドラ、大蛇、巨大トカゲ、巨大ワニ、そして巨大ワニガメと爬虫類天国であった。
ダグとリオは拳皇と蹴皇に干渉しない範囲に属性魔素を纏わせた格闘戦、アルトとセレスは無詠唱で各属性の槍を雨のように降らすなど、四人は巧みな連携もあり危なげなく次々と魔物を葬る。魔力視を会得してからたった半日でここまでの伸びを見せる四人に驚くが、自分の戦闘を何度も見たおかげだという。
来たついでだとわっしーに乗って移動し、北の山脈へと向かう。間もなく目的とした対象が、十数羽の群れを成して姿を見せた。
「フレスベルグが飛んでいる姿を見るのは初めてですが、たしかにナナさんのヴァルキリーと同じ、綺麗な翼をしていますね」
「ふふん、そうじゃろう? ここまで見ているだけじゃったからのう、少し体を動かしてくるのじゃ」
ヴァルキリーに換装してわっしーから飛び出し、フレスベルグを次々と葬り空間庫へと放り込んでいく。流石に魔術で足場を作る空中戦闘はまだ誰もできず、ダグとリオがわっしーから悔しそうにこちらを見ていた。
用が済むと魔王邸に戻り、四人が狩った魔物の中から一番大きなものを食べてほしいと渡され、一種類につき一体ずつ吸収していく。
「へへへー、なんか初めての貢物って感じかなー?」
「いつも貰ってばかりですからね。今度はナナさんの引率が無くても貢物を持ってこられるよう、転移術を必ずモノにしてみせますよ」
「ふふ、ありがとうなのじゃ。しかし無理するでないぞ?」
フレスベルグだけは一体丸ごとと、翼と羽根を全羽分貰うが、残りは全て食用としてマリエルにあずけておく。
しかし鳥肉を見ていると、唐突ではあるがから揚げが作りたくなった。下味に醤油が無いのが残念だが、マヨネーズは作ってあるし、レモンのような柑橘系の果実も見つけてある。思い立ったが即行動と、マリエルとヨーゼフを伴い、魔王邸の使用人が止めるのも振り切って台所に立つ。
ヨーゼフとマリエルにフレスベルグの胸肉とモモ肉を一口サイズに切って貰い、その間にジャガイモを潰して濾して魔術で急速乾燥させて片栗粉を作り、衣を小麦粉と片栗粉の二種類用意する。切った肉の半分をヨーゼフに任せて串焼きを作ってもらい、こちらはマリエルと一緒に大量のしょうがと適量のにんにくと塩コショウ、そしてアルコールが強く甘みの少ない白ワインを選んでぶっかけ、しばらく放置する。
ここまでの作業の大半を刃物などを使わず魔術のみで行ってきたが、調理風景を目に焼き付けんばかりに凝視する使用人に、普段の調理の様子を聞く。案の定刃物やまな板、食材の衛生管理がなっていないので、殺菌効果のある魔術か魔道具作りも考える。
また、地上で買ってきた植物油の手持ちがあまり多くないことが気になり、製油も誰かに任せようかな、などと思いながら調理に戻る。
肉に十分に下味がついたであろう頃合を見て、熱した油に肉を投入する。じゅわああああっと音を立てて肉から水分が飛び、徐々に狐色へと変化していく。狐。狐も探せば居るだろうか、あのもふもふの尻尾に抱きつきたい。などと思っているうちに良い色になってきたので、油から取り出す。次の肉を入れて、きっつねーきっつねーきっつねっいろーと鼻歌を歌いつつ良い色になるのを待つ。ある程度できると残りはマリエルに任せ、使用人に熱した油の注意点を説明しながら調理が終わるのを待つ。
使用人たちも完成したから揚げに興味深そうだったため、全員で胸肉とモモ肉を一つずつ摘む。かりっ、さくっ、じゅわーっと中から溢れる肉汁の旨みに、その場に居た全員の表情が緩む。当然自分も緩みまくっているだろう。鶏肉より旨みが強く、味が濃い。モモ肉は油分が多目で甘みが立ち、胸肉は濃厚な肉の旨みと程よい歯ごたえであった。
「ああっ、これ凄いよう……姉御ぉ、もっと欲しい……」
「熱っ……おお!? これもうめぇな!!」
「って、おぬしらいつの間に混じっておったのじゃ!」
そこには使用人に混じってから揚げを摘む、五人の側近の姿があった。皆幸せそうな顔で、特にリオが幸福感を全身で表しているが、発言には敢えて触れてやらない。
「きっつねーきっつねー、からずっといたわよ~?」
「すみません、初めて嗅ぐ香りに興味を惹かれてしまい……」
「これは植物油でしょうか? ……ナナさん、ぜひ大量生産を進めましょう」
「ぐぬぬ、セレスめ覚えておれ。リューンまでこやつらに混じってはいかんのじゃ、馬鹿になるのじゃ。アルト、話が早くて助かるのじゃ。それは任せるのじゃ」
更にヨーゼフによる串焼きも完成すると、焼きあがる側から次々と食われていった。食堂まで待てない行儀の悪さに呆れるが、たまにはこんな食事も良いかと、恐縮する使用人も含めて、狭いキッチンに全員集まっての食事となった。ついでなのでじゃがいももスライスやスティック状に切ったものを揚げ、塩をかけて頂く。これも好評であり、使用人たちは『揚げる』調理法にかなり興味津々であった。
「この芋を揚げた奴もいいな、酒が進むぜ!」
「ふふふ、目の前で出来上がる料理を見ながら酒を飲み、料理を楽しみ、談笑する。パーティーみたいで楽しいのう!」
「ほんとね~。でも他の部屋ではこうもいかないわよねぇ」
確かに自分であれば魔術で調理まで可能だが、実際にキッチンではなく食堂や広間などで調理するとなると、卓上コンロなどの火が使える魔道具が必要だろう。水が出る魔道具もあれば便利だろうか。その二点があれば、外でバーベキューも容易になる。早速作らねば、と決意する。
この後も転移門作成が行き詰るたびに、様々なゴーレムや魔道具を作り出し、魔術を編み出していく。しかし中には意図しない結果を生み出すものもあった。
「姉御、無事出産が終わったってさ! 母子どっちも調子良いみたい!!」
「ナナさんの言う『街灯』のように設置したところ、病気が減っただけで無く、街の治安もよくなりました」
それは殺菌ブルーライト照射魔道具であった。アルトにその有用性を見出されるや否や、自分の意図したキッチンの調理前除菌に使われることが一度も無いまま、出産時の感染症防止に使われるようになった。またウイルスや伝染病の概念を聞いたアルトによって、市街地の至る所に殺菌機能付き街灯が設置されることになった。おかげで生産が間に合わず、本来設置予定だった調理場の分まで回っていないらしい。
解せぬ。
さらに行き詰ると、今度はフレスベルグの羽根でブレスレッドを作り出す。たくさんの羽根を束ねて作られた腕輪を介して魔術を使用すると、ヴァルキリーの翼と同様、魔術の威力は弱まるが拡散して放つことができるようになった。とりあえず十組作り、アルト・セレス・イライザの三人に渡しておく。
他には卓上コンロと水筒を完成させる。卓上コンロは装置本体のダイヤル式のつまみで起動と停止、それと火力調節を行う仕組み。本体内部には動力源として2センチ魔石が二個組み込まれており、交互に充填されるようになっている、永久機関魔道具である。水筒も同様に、底部に同じものが組み込まれている。
水を出すだけなら風呂に設置した給湯魔道具で既にできているが、飲料水となると話は違った。土と金で不純物の除去、光と生命で殺菌と浄化、ここまでしてやっと飲み水が確保できたのだった。
どちらも『NN』のロゴを記入した試作品を四セットと、ついでに永久機関ではなく魔石を交換する通常タイプのコンロと水筒も同数作りだす。ただし通常タイプは火力が弱く、水筒の水は一度煮沸しないと飲用に適さないものである。そしてNN型をマリエルに、通常型を使用人らに2セットずつ渡し、魔王邸の暮らしを改善させる。
その後使用人に持たせたコンロと水筒型魔道具はアルトに見つかり、その手によって一般に広く普及されていったが、自分がそれに気付いたのは相当後になってからであった。猫やぱんたろーと遊びながら転移の研究に没頭していたから、全く気付かなかった。
またコナンとナオの二匹はほぼ全ての時間を自室と研究室で一緒に過ごし、ネズミ捕りなんてしなかった。なお、研究に行き詰まるたびにボール化したスライム体で二匹と遊び遊ばれるのが、最高の癒しの時間である。にくきうさいこう。




