3章 第15話N ガールズトークが楽しいのじゃ
魔王ナナ。異界を一つにまとめあげ、多くの住民の忠誠を得たスライムにして、異界最強の存在。そのスライムは今、一人自室に立てこもり、真っ暗な部屋で義体の膝を抱えてうなだれていた。
外から叩く音が何度も響いている部屋の扉は、バリケードが重ねられ、外からの侵入を完全に防いでいる。
「ナナさーん、いい加減諦めて下さーい」
扉を叩きながら声をかけてくるアルトの声を聞きながら、どこで間違えたのか考える。
この異界では戦力の象徴という意味合いの強い『魔王』という称号、しかしその立場を活用し、衣食などの文化を確立させるという目論見は、恐らく問題ないだろう。
戦力の象徴であるのだから、平和維持のために戦うことも良しとしよう。基本ゴーレム頼みにするつもりではあるが。
そもそも異界は世界樹に何かあったら消えてしまうような世界なので、安全のためにもいっそ全員連れて地上に行こうとしたのだが、それがまずかったらしい。異界人たちの、地上への憧れを甘く考えすぎていた。
ついでに異界では収穫できる作物や、特に魚介類などの水産物が圧倒的に制限されているため、解消して美味しいものを作ってもらおうと欲張ったバチが当たったのだろうか。
それとも王様なんて立場でもないのに、ただの称号にすぎないのに、『王』を名乗ってティニオンの国王ゼルを脅したバチが当たったのだろうか。
「ナナさーん、これだけ民衆を煽ったんですから、もはや名実ともにナナさんが、これから創る我々の国の『王』になってもらうしかありませんよー。ちゃんと僕達が支えますから、任せて下さーい」
「いーやーなーのーじゃー」
調子に乗りすぎた。雰囲気に流されたのだろうか。すでに後戻りできない状況にあることを認めたくなくて、膝を抱える手に力を入れる。
「と、そんな宣言してしまったせいで、わしの行動が制限されてしまいそうなのじゃ。くすん」
「ナナ、自業自得」
「それじゃナナが地上に遊びに来るの、まだ先になるの?」
「やらかしたかもー?」
何となく愚痴をこぼしたくなり、エリー達へと通信をつないで事情を話した。宿の一室にいたエリー達は、突然ザイゼンを介した呼び出しに驚いたものの、すぐにナナだと気づいて会話に応じたとのことだった。
「よくわからないけど、そのアルトって人とか、リューン、イライザって人辺りに丸投げしたら?」
「しかしのう、こっちではそもそも『国家』というものが無いからのう、立ち上げはいろいろ大変なのじゃよ。放っておくわけにもいかぬしのう」
「地上から詳しい人を連れて行くとかどうかなー?」
「こっちは地上より魔素が濃くてのう、どんな影響が出るかわからんのじゃー……」
地上界で野盗などの犯罪者を捕まえ、異界に連れてくるという人体実験も考えてはいた。しかし自分が我慢して手伝えば済む程度の問題に、流石にそこまでする気にはなれなかったのだ。
「地上のどこに住むか、まだ決めてない。決めてから王様になればいい」
「そうね、地上に出てきたらあたしの父さんに会ってみたら? 貴族として国家運営に関しても、一通りの知識は持ってるはずよ」
「……良いのう、サラ、エリー。その案で押してみるのじゃ」
そうだ、そうすればそれまでの自由は手に入る。そして地上に出てしまえば、国家運営の知識を持つ者の助力を得られる可能性がある。いや、得よう。エリーの父で足りなければ、ゼルかオーウェンを通して何人か都合をつけてもらうか、いっそ雇えばいい。だが、根本的な問題は解決していない。
「しかしわしが国王になるのはかわらんのじゃー……」
「でもナナちゃんなら、王様になっても好き勝手にあちこち出歩きそうかもー?」
「ん。誰もナナを止められない」
「そうね、あたしはナナがいつ遊びに来ても良いように、各地の特産品や珍しいものの話を集めておくわ。それを聞いたら居ても立ってもいられずに、飛び出していきそうな話を期待してて」
酷い言われようであるが、たしかにその通りだと納得する。そもそも本気で嫌なら、とっくに一人で逃げ出すことなど造作もない。そしてエリーから面白そうな話を聞いたりしたら、自分自身が行かずに済ますわけがないのだ。
「く、くくくっ……エリーは意地悪じゃのう、サラもシンディも酷いのじゃ。しかしそうじゃの、わしは好き勝手に生きると決めたのじゃった。放浪王か、それも良いのう、かっかっか」
だいぶ気が楽になり三人にお礼を言うと、どういたしまして、という声と笑い声が聞こえてくる。そのまま今度は地上の話を聞いていると、ヒデオの授爵が無事に終わり、本当に『ヒデオ家』で登録されたと聞いて馬鹿笑いしてしまった。今はクーリオンに到着して領主に面会し、ちょうど宿に戻ったところだそうだ。
また『偽魔王ヴァンを真の魔王が討伐』という事実と、それに協力したレイアス一行の活躍、魔人族の真実やヴァンの正体、現在の平和な異界の話等が、国王イゼルバードの名で公表されたという話を聞き、ゼルの義理堅さに安堵する。
そしてドラゴンゾンビの魔石を王国に買い取って貰い大金持ちになったらしいが、自分が作った武具一つで軽くその金額を超えることを知り、改めて非常識な存在だと怒られてしまった。曰く、大金を手にした喜びが霧散したどころか、喜んだことが虚しくなってしまったとのことだった。
そうして楽しい時間を過ごしていたら、エリー達の部屋をノックする音と、間もなくヒデオの声が聞こえた。部屋に入ってきたようで突然の出来事に緊張し、挨拶も忘れて狼狽えていると、ヒデオの方から声をかけられた。しかしそれは、相当凹んでいるような声のトーンであった。
「なあ、ナナ……父さん達からアーティオンに定住するって手紙が来たんだけど、何か知らないか? 『白の女神』を信奉する宗教の教祖になったとか何とか書いてあるんだけどさ……」
「……ひさしぶりじゃのーヒデオー、すまんが急用ができたのじゃー。エリーサラシンディーまたのーー」
「ちょっと待てナナ、まだ話は――」
『ぷち』
通信を切った。
うん。
大きく息を吸い込む。
「ファビアン何してんのじゃああああああ!」
白の女神って何明らかに自分のことじゃん教祖にされる前に逃げたら神様扱いにランクアップしてるよ! 等と混乱し、ヒデオへの謝罪とファビアンへの罵倒、アーティオンへは二度と近づくまいという決意が頭の中でぐるぐると回り、頭を抱えて床を転げ回ることとなる。
しばらくして扉のバリケードを解除して外に出ると、アルト・ダグ・リオ・セレスの四人が待ち構えていた。四人は喜んだのも束の間、沈み込んでいる自分を見て心配を口にし、そんなに国王になるのが嫌なら別の手を考えようとまで言ってくれた。
「そうじゃないのじゃ……なんか、もっと大きな問題が発生した気がしてのう、アホらしくなっただけじゃ……。とりあえずわしはわしのできることをするわい……明日から頑張るのじゃ」
遅い夕食を摂り、リオとセレスに今日は一人にしてほしいと断ると、ぱんたろーを呼び出してベッドにあげようとする。しかし軋む音を聞き間違いなく壊れると判断し、ヒルダ邸と同様床にスライム体を広げて、積み上げた大量のぬいぐるみとぱんたろーに抱きついて体を休める。
翌朝、その姿を見たリオとセレスの緩みきった表情に呆れつつ、いつも通り微笑んで朝の挨拶をすると、いつも通り二人共抱きついてきた。セレスはいつも通り尻をなでて来たので、いつもと違って胸を揉み返してやったら、可愛い悲鳴を上げて飛び退いた。
「かっかっか、やはりセレスは攻められると弱いようじゃの。今後わしに不用意に触れたら反撃することにしたのじゃ、覚悟するんじゃな」
「セレスだけずるい! オレのも触ってよ!!」
「リオは恥じらいを持たんかああああ!」
あっという間に胸を丸出しにして抱きついてくるリオを引き剥がしながら、自然と笑みが溢れるのを自覚する。もう国王だろうと神だろうと何だろうとやってやる、どうなってももう知らない、少なくとも自分と近しい人だけは笑って過ごせるようにしてやると、リオのなだらかな生双丘を揉みながら決意を新たにした。
その日は魔導都市に側近全員を連れて転移し、魔王都市と同じ演説を行った。もう開き直ったので怖いものはない。演説が終わると止まない歓声を背に魔王都市に戻り、設置していなかった給湯魔道具を設置し、風呂を使えるようにしておく。
またマリエルとヨーゼフを呼び、ベーコンの仕込みと、ケチャップ・マヨネーズの作り方を教えておく。この二体は放っておくと使用人や料理人などに請われるままに、家事の技術や料理のレシピなどをどんどん教えていくので、情報の発信源として非常に重宝している。
なお使用人たちの仕事を奪うのは良くないので、マリエル・ヨーゼフは魔王付きの専属とし、他の使用人ができることはしないようにさせている。同じ理由でお掃除スライムやお洗濯スライムも出していないが、風呂用の薄青色洗髪スライムと藍色垢すりスライムは、複数作って風呂場に置いてある。トイレ用スライムも設備ごと交換が必要なため手を付けていない。
一仕事終えてリオ・セレスの三人で午後の紅茶とクッキーを楽しんでいると、面会希望者が訪れたとヨーゼフが呼びに来た。アルトは不在とのことなので、仕方なくリオとセレスを伴い、紅茶を飲み干して応接室に向かう。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、魔王就任おめでとうございます! ああ……そのお顔、ノーラ様や、若かりし頃のヒルダ様によく似ておいでで……ううう……」
「魔王ナナ様、光人族を代表し改めて忠誠の誓いを立てに参りました」
「魔王ナナ様。アラクネ族はナナ様のお陰で希望に満ちております。同じく一族を代表し、改めて忠義の誓いを立てに参りました」
「ふふ、そんなに畏まらんでもよいぞ、知らぬ仲でもあるまい。バービー、ギネス……クザスよ」
キューのフォローでクザスの名を呼ぶことができて、少し安堵する。感激して泣いているところに「誰だっけ」ではあまりにも可哀想だし格好悪い。
「そういえばクザスよ、演説の際わしがスライムだと知っておったようなことを叫んでおったが、まことかの?」
「ええ、元ヒルダ集落の者は大半が知っていると思います」
「なん……じゃと……」
―――バレバレでした
キューちゃんの追い打ちがおざなりになってきてると凹みつつ話を聞くと、どうやらヒルダとノーラがスライムを抱いて散歩し、そのスライムにナナと呼びかけていた事は、多くの者が記憶しているということであった。しかしヴァンの手下の襲撃から救ってもらい、都市に移住するまでの間ゴーレムで守ってもらいと、返しきれない恩があったため全員が口をつぐんでいたということだった。義理堅い者達だと感心する。
演説でスライムだと明かした際、真っ先に声を上げてくれたことと合わせて礼を言うと、感激のあまりか泣き出してしまった。少し様子を見たが泣き止みそうにないので、話を進めることにする。
「ギネスも礼を言うのじゃ。しかし歳に見合わぬ雄叫びじゃったのう、かっかっか。」
「いやはやお恥ずかしい。最近は農作業もやっておりましてな、おかげで体力がつき、あれだけの声が出せたのでしょうな。しかし広い農地で安全に作業できるというのは良いものですな」
「おじいさま、腕周りとか太くなっていますわ~。会うたびに元気になってますね~」
ギネス達光人族は農作業に従事するものが多く、光魔術による作物の育成が主な仕事だそうだ。異界には無い太陽光代わりなのだろう。以前は狭い結界の中で農地のやりくりをしていたため、今の状況は喜ばしいことらしい。
最後に大きな図体のため椅子に座れず、床に蜘蛛の腹をつけて休んでいるバービーに声をかける。
「アラクネ族は服作りや食肉の供給に忙しいようじゃのう、助かっておるのじゃ。おお、そう言えばわしの作った作品を預けたいのじゃ、参考のためバラしてもよいから、これからも可愛いものをどんどん作って欲しいのじゃ!」
「ははっ、ナナ様もぶれないねぇ。任せておくれよ、いつかナナ様に負けない物を作り出して見せるさね」
「下着もあるでのう、ここでは何じゃからわしの部屋に行こうかの。ヨーゼフはマリエルと、ジュリアも近くにおるようなら連れてきてくれぬかの、頼んだのじゃ」
クザスとギネスに握手をしこれからも頼むと告げ、バービーを伴い部屋へと向かう。間もなく訪れたマリエルとジュリアを室内に入れ、ヨーゼフは扉の外で番をしてもらう。
「わしの力作じゃー!」
ヴァルキリーとマリエルを脱がせてマネキン代わりにすると、大量の衣類を空間庫から出し、面食らっているバービーに次々と説明をしていく。
ヴァルキリーに着せていたVネックのカットソーには、背中に翼を出すための穴が開いているが、バービーはデザインが気に入り、入念に確認していた。さらにヴァルキリーとマリエルのブラジャーに興味を示すが、立体的に縫製する技術がどうとか言って頭を抱えていた。
気がつくとリオとセレス、ジュリアまで着ている物を脱ぎだし、床に散らばる衣類を次々と着替え始め、互いに感想を言い合っている。
ナナも負けじと着替えながら、タイツやニーソックスなどをバービーに見せると、糸の細さに面食らっていた。作っている様子が見たいというので、スライム体で膝上までのスパッツを多めに作り、リオにも渡しておく。流石にミニスカートでパンツ丸出しの格闘戦はよろしくない。
更についでなので、地上界で購入してきた衣類も大量に取り出し、山のように積み上げる。
しばらくするとバービーもジュリアも創作意欲を相当刺激された様子で、抱えきれないほどの衣類を参考に持ち帰りたいと言いだし、その場で空間庫機能をつけたアイテムバッグを作って一緒に渡す。しきりに礼を言うバービーに、今後互いの作品を見せ合う集まりを定期的に行おうと提案し、次回の予定を話し合う。
今度はぬいぐるみなんかも見せよう、予備の服や下着が相当減ったので作っておこう等と思いつつ、バービーを除き全裸かそれに近い格好の女性ばかりの室内を見渡していると、パンツ一枚になっていたリオの、こちらを見つめる視線に気がついた。
「どうしたのじゃリオ。わしの顔に何か付いておるかの?」
「いやー、姉御の顔がセレスそっくりで面白くてつい。えへへー」
どういうことだとセレスを見ると、そこには下着姿のナナを視界に捉え、だらしなくニヤける顔があった。
「なん……じゃと……」
―――変態の顔です
さっきは追い打ちがおざなりと言ってすまなかったと謝りつつ、キューからのあまりにも重すぎる一撃に、膝から崩れ落ちるナナであった。




