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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第14話N 宣言するのじゃ

 巨大羊に驚きながらも、近くにヒルダ亭を設置しようとしたらリューンに止められた。この場所は郊外に位置し、警備上の問題等を理由に挙げられたが、要するに目の届きにくい場所にいられるのは困るのだそうだ。ならば魔王邸を改造してもよいか確認したところ許可を得られたので、帰ったら早速風呂を設置することに決めた。


「羊からは毛皮と肉そして羊皮紙が取れますので、これまでも飼育されてきたのですよ。ヤギからは肉と乳ですね」


 アルトから紹介された家畜関連の責任者の説明を聞きながら、広大な敷地に放し飼いにされている動物たちを眺める。

 いろいろ説明を聞いていると、どうやら敷地が広いせいもあり、たまに狼などの害獣が入り込んで家畜を襲う被害が出ているらしい。それなら実験にちょうど良いと、責任者へと向き直る。


「のう、羊を追い立てて集めたり、害獣を駆除するのに、わしの狼型ゴーレムを置いても良いかのう?」

「ゴーレム、ですか。確かにそれなら安心ですが、よろしいので?」

「その代わり一つ実験に付き合って欲しいのじゃ」


 その場で頭上の手乗りスライムを地面におろし、体積を増大させて内部で狼型ゴーレムを作り始める。製作工程を見たことの無い一同が、目を見開いでスライム内で作られていく狼に視線を集めていた。


「ゴーレムと言っても完全に生体部品のみで作り、脳や内臓など全ての器官を再現するのじゃ。食事も摂るし排泄もする。そして生殖器もそのまま構築してあるのじゃ。実験とはこの狼ゴーレムでつがいを作り、子供ができるのかどうか、なのじゃ」

「「「「はあっ!?」」」」

「もし子供ができ、普通の狼と変わらない様子であれば、義体でも子供ができるように作れるという証明になるからのう」


 レイアスが目覚めてヒデオに義体を作る際、どうせなら義体でも子供が作れたほうがいいだろうと思い、確認しておきたかったのだ。そんな事を考えているうちに、ぱんたろーとほぼ同じサイズの一体目のオス魔狼が出来上がり、二体目に取り掛かる。


「ちょっと待てナナ、それ狼ってサイズじゃねえ!」

「ふふん、これくらい無いとあんな巨大羊を追い立てられんじゃろうが。それに狼にはわしらの言葉が通じるようにしておくし、ある程度の権限も責任者に委ねておくのじゃ。たまに様子を見に来るでのう、可愛がって欲しいのじゃ」


 完成した狼ゴーレムを見て驚くダグはスルーしておくとして、他の者達の様子も見ると結構ドン引きな様子である。しかしその中で、リオだけが首を傾げてこちらを見ていた。


「姉御、子供を産めるようになりたいの?」

「え?」

「え?」


 沈黙が辺りを包み、つい狼ゴーレムを作るスライム体の動きも止めてしまった。リオは何を言っているんだろう、これはあくまでもヒデオのためで、何で自分が子供を産めるようになりたいという話になるのだろうか。と思ったところで思い出した。自分自身も義体である。


「ち、違うのじゃ! これは将来ヒデオに用意する義体のためであって、わしの義体を改造するためじゃないのじゃ! わ、わしが子供を産むなんてそんなこと、するわけがなかろう!」


 慌てて否定するが、ダグ・リューン・イライザの三人は生暖かい目でこちらを見ていた。そしてアルトは何かを想像するような幸せそうな顔で、はるか遠くを見ていた。


「そ、その目をやめんかあああああ!」


 女として生きるとは決めたが、自分が子供を産むだなんて、考えたこともなかった。子供を産むということは、つまりそういうことをする、ということで、相手は誰なのか。

 顔が熱を帯びていくのを感じる。

 しかしそこで脳裏に浮かんだ顔を慌てて打ち消す。それはかっこいい顔のくせにどこか頼りない、自分と同じ偽りの身体に囚われた少年の顔であった。それは無い。ヒデオにはエリー達がいる。自分は、自分の意志で離れることに決めたのだ。

 途端に寂しさを感じて胸が苦しくなるが、そのせいで逆に落ち着くことができた。


「まったく……そんなつもりは、無いのじゃ」


 年長組の嫌な視線を無視しながら二匹目のメス魔狼も仕上げ、魔石にはそれぞれ高い認知能力に加え、一体でも狼の群れの一つ二つを相手に十分戦えるレベルの戦闘技能を注入し、起動させる。


「よろしくなのじゃ、おぬしの名前はジェヴォーダンなのじゃ」

「わふっ」

「おぬしはシャストルじゃ。仲良くするのじゃぞ」

「くーん」


 それぞれの真っ白な毛並みを満足するまで撫で回した後、赤い首輪をつけて野生との区別化を用意にしておく。ただ、野生ではありえないサイズの魔狼であるため、区別化の意味を疑問視する声もあったが無視し、リオ・セレス・イライザの三人と一緒に撫で回して更に毛触りを楽しむ。


「そうじゃ、責任者にこれを渡しておくのじゃ。これはチーズと言ってのう、牛やヤギの乳から作る食品なのじゃ。加熱して何かを加えると水分と固形分に分離するので、それを固めて発酵させたものじゃ」

「はあ、チーズ、ですか……発酵?」

「詳しい作り方は知らぬが、作れるようになってくれると嬉しいのう」


 上目遣いで責任者を見ると、驚くほど元気な声で「任せてください」と返事を返してくれた。笑顔を向けるとものすごくデレッとした顔になったが、それで頑張れるならよしとしよう。




 ついでなので、農作物の試験を行っている畑にも連れて行ってもらうことにした。そこの女性責任者から現在収穫されている作物の種類を一通り聞き、アルトに預けた大量の種子や苗を渡すと、嬉しいやら困ったやらと表情がころころと変わっていた。笑顔で頑張って欲しいと告げると、こちらもデレデレの顔で二つ返事を返してくれた。


「そうじゃ、養蜂をする気は無いかの? 作物の受粉の手助けにもなるし、一石二鳥ではないかのう?」

「蜜蜂の飼育、ですか?」

「まだ女王蜂と話をしておらんから確定ではないが、こちらさえ良ければ連れて来るのじゃ。その際はよろしく頼むのじゃ」


 嬢王蜂と会話、と言った時点で目をパチクリさせた女性責任者だが、アルトから「そういうものと諦めて下さい」と声をかけられ、意味のわからない様子ではあったが、無事了承を得ることができた。



 午後の鐘の後、風呂を増築するため早めに屋敷へ戻ることにした。その道中、リューンとイライザが懐から魔石を取り出し、リオとセレスに渡そうとしているのを発見する。今はまずいと慌てるリオとセレスの態度に、ピンとくるものがあった。


「リューンとイライザは何に賭けておったのじゃ?」

「はっ、私達はナナ様が高位の不死者ではないかと思っておりました」

「リッチやヴァンパイア等、地上時代の文献にしか残されていない、伝説の存在ではないかと思っておりましたのよ」

「あ、姉御、これは、その……」


 笑顔で質問すると、悪びれることもなく答えるリューンとイライザ。あわあわしているリオとセレスを見ているのも面白いが、いじめるのも程々にしようと思う。


「賭けそのものに怒っておったわけではないわ、たわけ。リューンたちのように後で受け渡ししておれば撃たれずに済んだものを。それより全員わしが人ではないことに気付いておったのじゃな、ちょっとショックじゃ」


 しょぼーんと歩いていると、セレスから賭けがバレた時の銃撃事件を聞いたリューンとイライザが、必死に謝罪と慰めの言葉をかけてきた。ヒルダにも早い段階で普通のスライムではないとバレていたし、どうやら自分は抜けているところが多いのではないだろうか。少々凹みつつ、二人には気にするなと言って先を急ぐ。


 魔王邸に着くとリューンに場所を確認してから風呂を増設する。この屋敷には使用人が多数住んでいるため、風呂は男女別で作った。もちろん自分は女性用に入ると決めている。

 しかし夕食前に風呂の形だけは出来上がるが、井戸掘りが面倒だったため水を生み出す魔道具もセットにして、夜にでも作り直すことにし、今日の入浴は諦める。




「ナナ様、明日の予定ですが、午前の鐘と同時に帰還パレードを行います」

「いやじゃ」


 夕食の水牛ステーキを平らげた後、リューンから発せられた言葉を間髪おかずに拒否する。数十人程度ならまだしも、数千人の注目を浴びるとかできれば遠慮したい。


「行います」

「いーやーじゃー」

「お こ な い ま す」


 プレッシャーに負けて仕方なく頷いてしまった。ここでのパレードも二度目だし、適当に手でも振っていればいいだろう。と思ったところで、そういえばヒデオがアトリオンを出る際に盛大に見送られていたなと思い出し、似たようなものだと苦笑し腹をくくる。しかし最後に広場の舞台で演説をするように言われ、早くも心が折れかけるのであった。

 その夜は風呂に設置する給湯魔道具を作った後、リオとセレスに抱きつかれつつ何を話そうか一人悩む。結局リオの「姉御のやりたい事を話せば良いんじゃない?」という一言で、おおよその方向性を決める。




 パレードはぱんたろーの背に横座りして、義体が着る白のワンピースのスカートがめくれないように気をつけながら行進した。前方で護衛についているダグは髪色と同じ赤のタンクトップ、アルトは黒系のシックなロングコートに身を包んでいる。後方から付いてきているリオはへそ出しタンクトップに赤いベストとミニスカート、セレスは体にフィットしたタイトな青いドレス、リューンとイライザはお揃いのグレーのジャケットを羽織っている。

 聞くと最近は日常的にジュリアとバービー達の作った服を着ているが、アラクネ族の成果を明かして自分を驚かすまでは、元々の衣装のままだったらしい。


 大通りの両側を埋め尽くす市民に目をやると、そこかしこに自分にとっては現代風、この世界の住人にとっては前衛的な衣類に身を包んだ者が多数見られた。中には自分から見ても奇抜な衣装があったが、それもまた良いものだと、笑顔がこぼれる。

 義体と肩の人型スライムの手を振りながら中央広場に差し掛かると、全ての市民が入りきることはできなかったようで、広場の外にも人が溢れていた。さらに大通りでパレードを見学していた者も広場に入ろうとするものだから、押し合いへし合いの大混雑となっていた。


 中央の舞台に向かいながら魔素を操り、空中に四枚の巨大スクリーンを作り出すと、広場付近のどこからでも見えるように一行の姿を映す。

 さらに肩から飛び降りさせたスライム体を巨大化させ、内部に巨大な声帯を作ると数度の発声練習を行い、全員に声が届くよう調節する。


「あーあー。全員聞こえるかのう? ナナじゃ。無理に広場に入ろうとするでない、怪我をするのじゃ。これで外におる者も見えるし聞こえるじゃろう? まずは報告じゃ。地上界にて青髪のヴァンを討伐し終え、戻ってきたのじゃ。ただいま、なのじゃ」


 スライム体の大声にあわせ、義体ではにっこりと笑顔を見せる。とたんに歓声が響き、帰還を喜ぶ声や初めて見る自分の姿に驚く声、中には求婚する声等もが混じっているが、おおよそ好意的な声ばかりで安心する。


「それと最初に言っておくが、わしの正体は人ではなく、スライムじゃ。この人の体はゴーレムじゃ」


 一度ここで話を切り、様子を窺う。しーんと静まり返る中、スライム体を操作して高さ三メートルほどの人型を取らせる。その時、観客の一人が「知っています」「どこまでも付いて行きます」と叫んだのを皮切りに、その観客の周辺から徐々に歓声が広がっていく。知っているとはどういうことかと良く見ると、その叫んだ男に見覚えがあった。その男は目が合うと感極まったように泣き出し、周辺の者と抱き合っているのだが、誰なのか思い出せない。そうして困っているとキューちゃんが助けてくれた。それはヒルダ集落の代表でクザスという男とのことだった。


「元魔導王アルトです! ここには現在既に魔人族、光人族、亜人族と、複数の種族が暮らしています! それを統べるのはどの種族でもない魔王ナナ様以外ありません!」

「元拳王ダグだ! 魔王ナナは人の姿だろうとスライムの姿だろうと、俺たちの誰よりも強いことに違いはねえ! 文句がある奴はいつでも来い!!」


 そこにアルトとダグの大声が響き渡ると、市民の声は大きな歓声に変わる。どうやらスライムでも問題無しと受け入れたらしい。アルトとダグ、そしてクザスのおかげであろう。それに文句がある奴が本当に来たらダグに任せようと決意し、今度は自分の番であると、ぷるんと揺れるスライム体と気を引き締める。



「こほん。さて、これからの事なのじゃが……おぬしら、美味しいものは好きか? 綺麗な服や可愛い服、格好良い服で着飾るのは好きか?」


 一度言葉を切って、辺りを見渡す。みな真剣に耳を傾け、次の言葉を待っている様子である。


「歌は好きかのう? 絵は好きかのう? 踊りは好きかのう? おぬしらが楽しいと思えることは何じゃ? それぞれが考える楽しいことを、皆で楽しめることを、それぞれが追求して欲しいのじゃ。そうしておぬしたちには新しいものを作り、また伝統あるものを発展させるなど、おぬしら独自の『文化』を作り出し、わしに見せて欲しいのじゃ」


 ざわめきが広がっていく。それぞれ近くにいる者達と、楽しいこととは何なのか、文化とは何なのか話しているようだ。


「わしは美味しいものも可愛い服も大好きじゃ。歌も絵も踊りも好きじゃ。しかしわしが全て示してしまっては、おぬしらは良くとも、わしだけ未知と出会う喜びが無くて寂しいのじゃ。じゃからわしの知らぬ楽しいことを教えて欲しいのじゃ。一緒に考え、創り出し、わしも一緒に楽しませて欲しいのじゃ。そのために必要な平和を維持することは、わしらが約束しよう。よろしく頼むのじゃ」


 そう言って笑顔を向ける。とたんに割れんばかりの歓声が、広場を、魔王都市を覆っていく。皆一様に自分の力になりたいとか一緒に楽しみたいとか、声が枯れんばかりの大声で叫んでいる。

 側近達に目をやると、アルト・リューン・イライザは見開いた目に涙を浮かべ、ダグはニヤつき、リオ・セレス・ジュリアは期待感からか目を輝かせていた。


 本当ならこれでスピーチは終わるつもりだったのだが、そういえば、と地上行きの件も思い出したので、ついでに知らせておくことにする。


「ふふ、ありがとうなのじゃ。それともう一つ、わしから皆へ約束があるのじゃ」


 歓声が止み、視線が集中する。


「おぬしら、太陽を見たくはないか? 月や星々を見たくはないか? ……地上界に住みたくはないか? わしはこの異界と地上界を行き来する手段を手に入れた。そしてこれから、おぬしら全員を地上へ転移させる術の開発に取り掛かるのじゃ。必ず完成させると約束するでの……皆で地上界で暮らさぬか?」


 沈黙が広がり、広場を支配する。見ると先程まで歓声を上げていたものたちは、まるで言葉の意味を理解できないかのような、呆然とした顔をこちらに向けていた。

 その沈黙を破ったのは、一人の老人の、力強い叫び声であった。


「おおおおおお! 光人族代表ギネス!! 魔王ナナ様に心よりの忠誠を誓い、どこまでも付いていくことをお約束します!!」


 そのギネスの誓いの叫びを皮切りに、アラクネ族のバービーや、クザス等の元集落代表者らしき者達が次々と名乗り、忠誠を誓っていく。そしてその全てが、両の目から滝のような涙を流している。その様子を見ながら、胸中を一つの思いで埋め尽くされていくのを感じる。



 どうしてこうなった。



 自分のやりたい事、それは自分自身が楽しく生きること。料理も歌も可愛いも、無いなら作ってもらえばいい。自分にできないことをしてもらうのだから、そのための環境を整えるくらいは手助けしよう。そう思っただけなのだが、またもやらかしてしまった。完全に、後の祭りである。

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