3章 第11話N 抜けてるんじゃなく知らなかっただけじゃもん
ナナは四人と出会うまでのことをすべて打ち明け、受け入れてもらえた。その後は地上界に出てからの事を順を追って話す。
ヒデオという、この世界でただ一人の同郷の者と出会い、その仲間と共に友人になったこと、ヒデオ達を鍛えるのに一ヶ月かかったこと、ヴァンを倒したあとも事後処理でさらに一ヶ月ヒデオ邸に滞在し、二ヶ月前にヒデオとお別れをし、異界に戻って現在に至ること等を全て話した。
「姉御帰ってたならもっと早く連絡くれてもよかったじゃんかー」
「わたしも悲しいですう~」
「すまんのう、どうしてもヒルダの魔石融合と、ヴァルキリーの制作は済ませておきたかったのじゃ。それにおぬしらに似合いそうな服や下着なんかも作っておったら、ついつい、のう」
喜色に染まる表情のリオとセレスに、あとで渡すことを約束し、他に質問が無いか確認する。
「ではこれでナナさんの魔石は完全に修復された、ということですか?」
「いいや、残念ながら完全ではないのじゃ。しかし戦闘継続の可能な時間は二時間につき二十分まで伸びたし、魔術の制限も大幅に改善されたのじゃ」
「姉御、まだ完全に治ってないんだ……」
悲しげな顔で、リオとセレスがこちらを見ていた。その二人に小さく首を横に振り、笑顔を向ける。
「心配するでない。そもそもこの先ヴァルキリーを使うような戦闘は無いじゃろう、おぬしらもおるしのう? 頼りにしてるのじゃ」
「僕達が魔力視を使えるようになれば、少なくとも足手まといにはなりませんね。ナナさんのお手をわずらわせることが無いよう、必ず会得してみせます!」
「空間庫に入れて魔力視を覚えさすとか無茶苦茶じゃねえか、くくくっ。ほんとナナといると飽きることは無さそうだぜ。つーか思ったんだけどよお、俺達を空間庫に入れて転移してりゃ、一緒に地上へ行けたんじゃねえか?」
「……あ」
「「「え」」」
その時ナナの耳には、ぴしぃっ! という、空気が凍りつく音のような幻聴が響いていた。
「……こほん。あと質問はなさそうじゃから、少しばかり食後の運動に付き合って貰えぬかのう、ヴァルキリーと今のわしの戦闘力についても、みなに知っておいて貰いたいしのう。ささ、ダグ行くのじゃ、裏に練兵場があるのじゃ」
ささっとヴァルキリーに換装し、肩に手乗りスライムを乗せると、ダグの手を取って食堂を出る。
「うぉおい! 待て引っ張るな! 行けたな? 俺達も地上へ行けたんだな!? 答えろナナ!!」
無視して練兵場へ向かう。ヴァルキリーの力はダグ程度では止められないのだ、このやるせない気持ちを八つ当たりとしてぶつけさせてもらおう、そう思いつつダグを引きずり走るのであった。
リオ達三人が到着した頃を見計らい大きく翼を広げると、リオは目を輝かせ、セレスは若干悲しげな表情で、こちらへと目を向けていた。
ダグへと目をやると、顔を青くし口元が引き攣っている。
「改めて前に立つと……バケモンじゃねぇか」
「乙女に対してバケモンとは失礼なのじゃー。こんなに可愛いのに酷いのじゃ」
一旦仮面を外して素顔を晒し、スカートの端を持ってくるん、と一回転する。ダグとアルトは見惚れ、リオはいつも通り目を輝かせている。セレスだけはつまらなそうだ。
「あ! 姉御そのブーツ、もしかして!!」
リオの視線の先には、ワニガメの甲羅を貼り付けて作ったブーツがあった。
「ふっふーん、よく気付いたのじゃ。拳皇のブーツ版じゃから『蹴皇』と名付けたのじゃ。リオの分も作ってあるでのう、あとでやるのじゃ」
そう言って中段、下段、上段と三連蹴りを繰り出し、蹴皇をアピールする。すると赤いプリーツスカートがひるがえり中身が丸見えになるが、下着の透けない黒タイツなので構わずにドヤ顔をする。
アルトの顔が若干緩んでいるので、セレスと違って真性では無いことが判明し僅かに安堵する。ダグはと言うと、目をそらし明後日の方を向いている。下品で粗野だが、こういうところは紳士なのである。
「え、本当姉御!? やったあ! 姉御ありがとう大好き!!」
「ふふ、リオは可愛いのう。さて、ダグよ。始めるとするかのう?」
ダグは最初から身体強化を全開にするが、二十秒持たなかった。次いで四人全員を相手にしても、一分足らずで全員を地面に転がす。それを三度繰り返すと、流石のダグも降参の意志を告げた。
「かっかっか、ざっとこんなもんじゃ」
「ナナてめえ、ぶぞーやとーごーより強くなってんじゃねぇか……」
「ふふん、今のわしは本気になれば、ぶぞー・とーごーの二体同時でも互角なのじゃ。二十分だけじゃがの。では実験ついでに、回復させてやるのじゃ」
へたり込む四人の前に翼を広げて立つと、その翼を介して生命魔術による治療を拡散して放つ。するとみるみるうちに四人の体についた細かい傷が消えていった。
「なっ!? ナナさんこれは一体!?」
「フレスベルグの翼には面白い効果があってのう、術を増幅・拡散して放てるのじゃ。あとで捕まえてきて、アルトとセレスにちょうど良い武具でも作ってやるのじゃー」
「ナナちゃんの愛を感じるわ~、でも普段の姿のほうがいいわねぇ」
ぶれないセレスに触れてはいけないと思いつつ、治療を終えるとノーマルタイプの義体に換装する。途端に眩しいほどの笑顔になるセレスには、近寄るなと念を押しておく。
「最後にもう一戦付き合って欲しいのじゃ」
「その身体ではもう戦わねえんじゃなかったのか?」
「平和な世界ならともかく、突然巻き込まれることもあるじゃろう。ヴァルキリーへの換装が間に合わぬ場合も想定せねばならんからのう」
義体の肩に乗った手乗りスライムをぴょんぴょん跳ねさせながら、十歩ほど離れて四人と対峙する。四人は立ち上がると前衛にダグとリオ、その後ろにセレス、アルトという並びで陣形を作る。
「始めるのじゃ!」
その合図でダグとリオが一気に間合いを詰める。後ろではセレスとアルトが術式の詠唱を開始した。一瞬にして眼前に迫ったダグの拳を、義体の肩に乗せていたスライム体を一気に増やして包み込む。
「なっ!?」
空間庫を通して溢れ出るスライム体は、わずかに遅れて飛び込んできたリオをも巻き込み、ダグとリオの首から下全てを包み込む。そこでアルトとセレスの詠唱が終わり、大量の火の槍と氷の槍がこちら目掛けて降り注ぐ。
しかしその槍の全てをスライム体から伸ばした、術と反する属性の魔素を纏わせた触手で叩き落とす。その光景に呆然とするアルトとセレスの足元から、地中から伸ばした何本もの触手を出現させて二人を捕獲する。こうして義体側は一歩もその場を動くこと無く、模擬戦を終了させる。
「かっかっか、勝利なのじゃー」
「スライムが本体であることを忘れていました……」
「硬くなったり柔らかくなったり厄介すぎだろ、つーかどんだけ出せるんだよこのスライム」
「……そういえば大半を空間庫に入れたままなのじゃ、全部出したことはないのう」
巨大スライムボールから頭だけ出したダグの言葉に、今まで気にもしていなかった事を思い出す。四人をスライムから開放すると、試しに全部出してみようと空間庫を開け、少しずつ出して行く。
そしてスライム体が、体育館ほどの広さがある練兵場の半分を埋め尽くした辺りで、出すのをやめる。
「おい、マジかよ……」
「は、ははは……」
「ねえ姉御、入っていい? ていうか入りたい!!」
「ナナちゃんわたしはもう一度触手を~」
四人の言葉に反応せず、むしろ二名は意図的に無視して、スライム体を空間庫に戻す。
「こ……これでもまだ十分の一以下なのじゃ……全部出したら地形が変わってしまうのじゃ……」
いつの間にこんなことになった。そうして考えてみると、ヴァンが操っていた魔物を五千体以上吸収しているのだ、こうなるのも当然である。
それとアルトとダグは状況を理解し口を開け呆然としているが、リオとセレスが喜んでいる意味がわからない。
「と、とりあえずスライムでの戦闘も問題無さそうじゃのう、屋敷に戻るのじゃ」
「改めて屋敷内を見ると、至る所にスライムがいるのですね」
ヨーゼフの案内でトイレに行っていたアルトが、食堂に戻るなり興奮気味に口を開いた。トイレスライムと、おそらく廊下で掃除スライムでも見たのだろう。
「ここにおるのは、もともとヒルダが作ったスライムがほとんどじゃな。他にも地上へ行った際、いろいろ作っておるのじゃ。長旅で湯浴みもままならぬ場合が多いということじゃったから、体を綺麗にするスライムとかのう」
「あ? そんなもん清浄術で十分じゃねぇか。地上の連中ってのは贅沢だな」
「清浄術とは何かのう?」
そう言って首を傾げると、四人共が訝しげな表情を向けてきた。少しして、セレスが何かに気付いたような顔で、ニコニコし始めた。
「ナナちゃん、おトイレしないから知らないのよね~。水と風の複合低級魔術で~、身体を綺麗にする魔術があるのよ~? わたし達、おトイレに行くたびに使ってたのよ~?」
「なん……じゃと……?」
―――身体を綺麗にする魔術が存在します
例のごとくいつものキーワードに反応して追い込みをかけてくれるキューちゃんに、何も言い返せないままがっくりと肩を落とすと、笑顔のセレスがナナの手を掴んで椅子から立たせた。
「ナナちゃんは一度見れば使えるのよね~、見せてあげるから行きましょうか~」
「それはありがたいのじゃが、どこへ行くのじゃ?」
セレスは背景にバラでも見えそうな、素敵な笑顔をこちらに向けて口を開いた。
「トイレよ~」
「おおリオ、ありがとうなのじゃ。こんなに簡単な魔術じゃったのか」
「えへへー、どういたしまして姉御!」
「むぐーむぐー」
リオに清浄魔術をかけてもらった手を見て効果を確かめ、笑顔で礼を言う。
「わしは何でもかんでもスライムで解決しようとしておったようじゃのう。じゃがこれからはおぬしらに相談して決めたほうが良さそうじゃな、よろしく頼むのじゃ」
「ナナさんのお力になれるならいつでも歓迎です」
「難しいことは俺に聞くんじゃねえぞ」
「オレもあんまり頭良くないけど、姉御のためならがんばる!」
「むぐーむぐー」
若干一名がスライムに磔られてもがいているが、自業自得である。
「しかしこの清浄魔術は完全に綺麗にするわけではないのじゃな」
「うん、だからたまにだけど、ちゃんと湯浴みしてるんだよ!」
「新しく作ったスライムが、無駄にならずに済みそうじゃの。ところでこの世界には、湯に浸かる『風呂』という習慣は存在しておるかのう?」
セレスを開放しスライムを義体の肩に戻すと、怪訝な表情の四人に湯浴みの贅沢版だと説明する。またお湯に浸かることで筋肉をほぐして血行を良くし、疲労回復や健康維持にも良いと説明する。
「百聞は一見にしかず、じゃ。セレスは……むやみにわしの身体を触ったら、叩き出すのじゃ。よいな?」
「はい! 我慢します~!」
元気に立ち上がり、抱きつこうとして立ち止まるセレス。どうやら今おとなしくしておかないと、一緒に風呂に入れないことは理解しているようである。
「アルトとダグは、わしらの後で入ると良いのじゃ。ヨーゼフに説明させるでのう、入り方や洗浄用スライムの使い方を聞くと良いのじゃ」
「わかりました、待っている間ヒルダさんの研究日誌をお借りして良いですか?」
「かまわんのじゃ、ここに置いておくのじゃ」
空間庫から日記を取り出して、テーブルに置いておく。ダグは酒とつまみがあればいいと言うので、マリエルに任せる。
そしてスライム体でアルトとダグの分の下着を作りながら、ヨーゼフに風呂の案内について指示を出し、できた二人の下着を預けておく。
湯浴みと聞いて喜色満面のリオとセレスを伴い、浴室へと向かう。セレスの視線は少し怖いが、多少のスキンシップくらいなら許すことにする。もはや拒絶する理由も無く、本来であれば大歓迎なのだが、迫る勢いに驚き若干引いているだけなのだ。
いざとなったら義体をしまってスライムだけになればいい、そう考えながら更衣室に着くと、大きめのタオルが入った籠を二人の前に差し出す。
「服を脱いでこの籠に入れるのじゃ。洗濯したいものがあれば、更衣室の隅に洗濯スライムを置いてあるでの、それを使うと良いのじゃ。このバスタオルは風呂から上がったら、濡れた体を拭くのに使うと良いのじゃ」
まずは手本とばかりにささっと服を脱ぎ、次々と籠に入れていく。その様子を見てリオとセレスも同様に脱ぎ、籠へと無造作に放り込んでいき、自分と同じパンツ一枚だけになった。
リオの健康的な肢体があらわになり、程よく膨らんだ双丘が目に飛び込んでくる。いつも通り何の恥ずかしげもなく脱ぐリオに、若干いやらしい目を向けてしまった自分を恥じる。
次いでぶるんっ、と音が聞こえてきそうな勢いでキャミソールを脱いだセレスの、豊かな双球に目を向ける。こうしてまじまじと見てわかったのだが、改めて見るとメロンかスイカかというサイズである。
「あれ? 姉御新しい下着だね! それも可愛いね!!」
「あら~、いつものとは素材が違うのね~?」
「リオ、風呂から出たら色々見せてやるから少し待つのじゃ。セレス、尻に手を伸ばすでない」
パンツ一枚の二人の美少女に迫られるというのは良いものではあるが、とりあえず今は風呂が先である。そうして自身のパンツに手をかけ一気に脱ぎ去り、籠に入れ上からバスタオルをかぶせて脱いだ衣類を隠す。
二人も同じようにパンツを脱ぐが、セレスはこちらに見惚れていた分、リオよりワンテンポ遅れている。
そんな二人の様子を見ながら、浴室の扉を開ける。
「これが風呂なのじゃ!」
そこにはたっぷりの湯を張った浴槽を見て目を輝かせるリオと、全裸でドヤ顔仁王立ちのナナを見て目を輝かせるセレスの姿があった。




