3章 第10話N みんなで囲む食卓は幸せなのじゃ
「ナナさん、もしかしてこれは手料理でしょうか!?」
アルトが目の前に並べられた料理を見て、目を見開いている。五人の前にはハンバーグとチーズリゾット、そしてグラスに入った赤ワインが並べられている。
「わしは下ごしらえと調理法の指示だけで、あとはマリエルが作ったのじゃ」
「そう、ですか……」
「ところでお酒は何歳から、とか決まっておるのか? リオとセレスにはぶどうジュースも用意しておるが」
「飲めるよ!」
「大好きです~♪」
ダグとリオの視線はハンバーグに、セレスはワインに釘付けである。
「初めて見る料理じゃろうが、説明すると冷めてしまうでのう、食べながら話すのじゃ。では、頂きます」
目を閉じて両手を合わせ、感謝の言葉を告げる。そしてまた食事ができることに、一緒に食べる仲間ができたことに、食事を摂るという行為に感謝する。目を開けると、四人とも不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「姉御、『頂きます』って?」
「わしのいた世界での、食事前の挨拶じゃ。食材となった生命への感謝、生産者への感謝、料理人への感謝、食事を摂ることへの感謝等を込めておるのじゃ」
「初めて聞きますけど、良いわね~。わたしも真似していいかしら~?」
セレスが頂きますと言ったのを皮切りに、負けじとリオ、アルトと続き、最後に渋々ダグも頂きますをして、一斉にナイフとフォークを持ち料理に手を付ける。
「な、何だこの肉!? うまっ!!」
「柔らかいのに、歯ごたえはしっかりとあって……これは一度肉を潰してあるのですか?」
「だいたい合っておるな、アルト。水牛とイノシシの肉、野菜などを刻んで混ぜて焼いてあるのじゃ。ハンバーグという料理なのじゃ」
リオとセレスは幸せそうな顔で美味しいようと呟き、続けてもう一切れ口に入れ、もぐもぐと口を動かしている。
「この、白い麦みたいなものは何でしょう……熱っ……お、美味しい!!」
「あ、姉御ぉ……こんなの初めてだよう……」
「それはチーズリゾットというのじゃ。地上界で買ってきた食材と、近くで狩ってきた食材で作ったのじゃ」
チーズリゾットにはアイオンで買った山羊のチーズとインディカ米、そして水牛の乳とイノシシ肉が入っており、最後にトリュフのようなキノコを刻んでまぶしてある。
それにしても若干リオの台詞が怪しいが、全てセレスのせいにしておく。そのセレスは地上界から持ってきたワインを飲み、恍惚の表情を浮かべている。飲ませすぎないよう気をつけよう。
「喜んでもらえて何よりじゃ」
嬉しそうに食べる四人の姿を見ながら、目の前に置かれたハンバーグにナイフを入れる。このハンバーグだけは四人のものと違い、およそ七年前のノーラの誕生日に作り、空間庫に入れっぱなしだったものである。
切り分けた一切れにフォークを刺し、ゆっくりと口に入れる。
ああ、やっと食べることができた。これを食べて欲しかった。一緒に食べたかった。ゆっくりと咀嚼しながら、このハンバーグを作った時のことを思い出す。
「ナナさん!? ど、どうしたんですか?」
「ナナちゃん?」
「あ、姉御!?」
「お、おい、突然どうした?」
急に狼狽するアルト達。いつの間にか自分は、涙を流しているようだった。
「……このハンバーグは、ノーラの誕生日にわしが作ったものなのじゃ……こうしてヒルダとノーラとも一緒に食べたかったことを思い出してしまってのう、驚かせてすまないのじゃ……」
次から次と流れ落ちる涙を止めるのを諦め、そのままもう一切れナイフで切り分けて口に入れる。また涙が溢れてくる。ヒルダとノーラのことを思い出すと、とても悲しい。そういえばヒデオと初めて会った時も、こうしてハンバーグを前に泣いたのだった。
「ふふ、自分で作っておいてなんじゃが、美味しいのう……」
皆で囲む食卓、それはとても幸せなことなのだ。ヒルダとノーラとは一緒に食卓を囲むことができなかったことが、とても悲しくて、寂しい。しかし今はこうして仲間達と一緒に食卓を囲むことができた。それがとても嬉しくて、幸せなことであると感じるようになっていく。
今度地上に行ったら、ヒデオ達とも一緒に食事をしたいと考えていると、アルトが恐る恐るナナのハンバーグを見ながら口を開く。
「ナナさん……良かったら僕にもその、ノーラさんの誕生日に作ったというハンバーグ、頂けないでしょうか?」
「むう、これは七年も前に作って空間庫に入れっぱなしだったのじゃ。それに地上界で仕入れた香辛料も匂い消しも入っておらん、味はそっちの方が上じゃぞ? おかわりならマリエルに言えば……」
「ナナさん、僕はナナさんと同じものが食べたいのです」
アルトは力強く、目を見て言い切った。
「姉御、オレも……姉御と同じ物を食べたい」
「大事な思い出ってんなら無理にとは言わねえけどな」
「ナナちゃん、駄目かしら~?」
頬をまた涙が伝った。だが今度は悲しさではなく、嬉しさだった。本当に、いい仲間に恵まれたようである。
「ふふ……わかったのじゃ。まだ沢山あるからのう、一緒に食べるのじゃ!」
空間庫から九人分あった残りのハンバーグを全て取り出し、テーブルに並べる。いち早くアルトが皿を取り、食べ始めた。負けじとリオ、セレス、ダグも皿を持っていく。
「なんでえ、さっきのと比べりゃ多少獣臭さはあるが、俺にはこれくらいがちょうど良いぜ」
「姉御、こっちも美味しいよ!」
「ふふふ、喜んでもらえて何よりじゃよ」
改めて、自分の作った料理であることを自覚すると、多少の気恥ずかしさと、嬉しさを感じる。しかし、ふとそこで違和感を持ち、アルトとセレスを見る。二人共似たような恍惚の表情で、黙々とハンバーグを食べ続けている。
「アルト、セレス。まさかとは思うが、わしの手作りというだけの理由で、欲したのではなかろうのう?」
「「っ!!」」
同時にびくっと身体を震わせる、アルトとセレス。眼が泳いでいる二人に多少呆れはしたものの、自然と口元が緩んでしまう。
「ふふふ、仕方のない奴らじゃのう。慌てずともよいのじゃ、わしは料理も嫌いではないからのう、今後もたまになら作ってやるのじゃ」
「お願いします!」
「ありがとうナナちゃん愛してる!」
「どさくさ紛れに何を言っておるかセレス、わしはスライムじゃぞ?」
義体の肩に乗せた手乗りスライムを、ぴょーんぴょーんと跳ねさせる。
「スライムもその身体もナナちゃんはナナちゃんよ~。それにしても改めて見るとぉ、そのスライムも可愛いわ~……ねえナナちゃん、スライムの体の方は触っても良いのかしら?」
「姉御! オレも触りたい!!」
「可愛いじゃろう、ふふん。触っても良いが食事が済んでからにするのじゃ、行儀が悪いのじゃ」
気付けば四人とも、三人前近い量をぺろりと平らげていた。それにもかかわらず物足りなそうにしているので、最後にデザートとして空間庫からプリンを五つ取り出し、それぞれに配る。
「デザートのはちみつプリンじゃ。鳥の卵と水牛の乳、そしてハチミツが材料なのじゃ」
マリエルが全員に小振りなスプーンを配り終えたところで、プリンをすくって口に入れる。砂糖とは違った優しい甘さが、口の中にふわーっと広がる。久しぶりの甘味に感動し、涙が出そうになる。
もう一口食べる。ヒルダとノーラにも食べさせたかったと改めて考えた時、自分の身体は二人の体でもあったことを思い出す。心の中で二人に美味しいだろう? と問いかける。返事はないが、きっと喜んでいるだろう。
周りを見渡すと、みな一様に幸福感に包まれた表情をしていた。ダグまで顔が緩んでいるのは笑って良いのだろうか。
「ふふふ、みな良い顔じゃのう」
「姉御だって、すっごい笑顔だよ!」
待ち望んでいた時間なのだ、笑顔にもなる。みな食べ終わると物足りなそうにしていたが、食べ過ぎると美味しいという感覚が半減する、腹八分目で食べ終わるのがちょうど良いと話すと、おかわりをようやく諦めたようだ。
また、ごちそうさまでした、という挨拶も意味を教えると、四人共が真似をしてくれた。
「わたし安心しましたよ~。ヒルダさんとノーラちゃんを思い出して、泣けるようになったんですねぇ」
食後にアトリオンで仕入れた干し肉をつまみに軽めのりんご酒を飲んでいると、セレスが嬉しそうに目を細めてナナを見ていた。その手には、リオとの取り合いで勝利した証の、ナナの体の一部である手乗りスライムが乗っていた。
「ふふ、そうじゃのう。確かに以前は二人の事を思い出すたびに、ヴァンへの怒りと殺意に飲まれておったからの」
ヒデオの家でハンバーグを見てからというもの、何度泣いたことか。あれから感情の揺れ幅が大きくなった気がしているが、特に問題があるわけでもないので放置している。
「さて、食事をしながら話そうという目論見は完全に潰えたわけじゃが」
「当然じゃん姉御、あんな美味しいもの食べながら別の話なんて無理無理!」
「そうですよナナさん。あれは食べることに集中しないと、料理とナナさんに失礼です」
胸を張ってドヤ顔のアルトだが、本当はグラスやら食材やら気になっていて、聞きたいのを我慢していたのは知っている。
「真っ昼間から酒を飲みながらというのもどうかとは思うが、このまま話しても良いかのう? わしが生まれて、この身体を手に入れるまでの話じゃ」
四人の同意を得て、ゆっくりと順を追って話すことにした。
「まず最初に、わしは元々この世界の生まれではない。地球という異世界で生まれたのじゃ」
ヒルダに説明したときのように、一年の日数の違いや存在する種族について話すが、アルト以外はちんぷんかんぷんのようだ。しかし質問は後でまとめて、ということにして話を続ける。
地球で死んだ後、ヒルダの魂魄召喚魔法陣によって召喚され、この世界にスライムとして生まれ変わったこと、実験動物からヒルダとノーラのペットを経て、一度死にかけたことを話す。
そしてヒルダの魂魄移動魔法陣のおかげで生き延び、以来二人に正体を明かして、旧魔石のキューとともにヒルダの研究の手伝いをしていたこと、ヒルダが従魔強化を研究する理由と研究の完成、そしてノーラの誕生日まで、一気に話す。
「そしてあの日、ヴァンがヒルダを殺した。その時わしは攻撃を受けて気を失い、目覚めたのちノーラを連れ去ったヴァンを追って地下室へ行ったのじゃが、既に手遅れじゃった。交戦の末ヴァンに逃げられ、屋敷を彷徨っていたわしは、ヒルダとノーラからの手紙と、贈り物を見つけたのじゃ」
空間庫から手紙と絵を取り出し、四人の前へと置く。四人ともが真剣な面持ちでそれに目を通したことを確認すると、ぱんたろーを呼び出して傍らに置き、首筋を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らすぱんたろーの手触りを楽しみながら、話を続ける。
「贈り物の正体を話す前に、わしの能力を説明しておかねばならんのう。このぱんたろーじゃが、元は黄色と黒の普通のフォレストタイガーじゃ。それをわしが倒して、喰って、ゴーレムとして作り直したのじゃ」
再構築の能力で作ったぱんたろーに、魔狼の毛皮や銀猿の骨と筋肉が使われている事、その為に様々な魔物を喰ってきたことを話す。
「それで、本題じゃ。ヒルダとノーラの残した贈り物とは、このわしの体内にある骨格なのじゃ。そしてわしは……ヒルダとノーラの遺体を、喰ったのじゃ」
ここで一度話を止め、四人の様子を窺う。怖がったり非難したりするような表情は見られず、みな悲しそうな顔でこちらを見ていた。セレスは手に乗せた小さなスライムを、リオと二人で怖がること無く撫でてくれていた。
「あとは皆が察している通り、二人の遺体を使って……この身体、義体を作り出したのじゃ。頭髪は魔狼の毛じゃが、他は骨格を除き全て二人の肉体から作っておる。そして右眼球はヒルダ、左眼球はノーラの物を入れ、二人と一緒に楽しいことをして、旅行して、綺麗な景色を見よう、そう約束したのじゃ」
そこでヴァルキリータイプの義体を取り出し、横に立たせる。ヴァルキリーの顔には、先日まで自分で身につけていた仮面が装着されていた。
「じゃがのう、二人の瞳に人を殺すところなんぞ映したくなかったのじゃ。じゃからこの仮面を付けて、ヴァンを追って手下を殺し、義体を改造し、リオと出会い、ダグと殴り合う等、皆の知っておるわしになったというわけじゃ」
ここで一区切りとし、グラスに入ったりんご酒を一気に飲み干す。するとすぐにマリエルが、おかわりを注いでくれた。
「おおよそ理解しました。ナナさん、全て話して下さり、ありがとうございます」
「もう一度、聞くのじゃ。わしは人食いスライムじゃ。それでもおぬしらは、わしを受け入れてくれるのかのう?」
グラスを置き、姿勢を正して四人を見る。その四人の顔には笑顔が浮かんでいた。
「はっ、何を今更。つーか同じことを何度も言わせんじゃねえ」
「仕方なく食べたことも、食べたくて食べたんじゃないことも、わかってるよ、姉御」
「本当に人食いスライムなら~、わたし達とっくに食べられてますから~」
「ナナさんは、ナナさんです。どんな姿であれ、その心は『人』であることにかわりありません」
視界が滲む。頬を一筋の涙が伝った。
「みんな、ありがとうなのじゃ。これからも、よろしくお願いするのじゃ」
アルト達も口々に、こちらこそという旨の言葉を返す。
こうしてナナの全ては、四人に受け入れられたのであった。




