3章 第9話N 気にしないのも程があると思うのじゃ
わっしーに乗っているリオ達を出迎えるため、戦闘訓練を切り上げてノーマルタイプの義体へと換装し、肩に手乗りスライムを乗せて応接室へと向かう。
ヨーゼフにリオ達の出迎えを命じ、マリエルには全員分の紅茶とハチミツ入り果実水を用意させ、一足先に応接室で待ち構える。しかし落ち着かなく、姿見の鏡を作り出して自分の格好を確認する。
今日は全て話すつもりなので、ノーラとお揃いの白のワンピースを着て、頭髪は紅いリボンを蝶結びにして結ってある。ワンピースの中にはペチコートを着用しているため、透ける事も無い。肩に乗せたスライムも良い色艶である。
鏡を消してそわそわしていると、勢い良く廊下を駆ける二人分の足音が聞こえてきた。
「姉御! おかえり!!」
「ナナちゃんおかえりなさ~い!」
「た、ただいま、なのじゃ。……変、かのう?」
勢い良く応接室の扉を開けたリオとセレスの二人は、こちらの姿を見て固まってしまった。妙な気恥ずかしさを覚え、もじもじしてしまうのを自覚していると、固まっていた二人が突如再起動を果たす。
「「可愛い!!」」
硬直の解けたリオとセレスは、こちらに飛びつき抱きつき撫で回し頬ずりし、揉んだり触ったりと好き放題であった。
「ぎゃあああ! やめんかおぬしら!!」
振り解こうとするが、大幅にスペックダウンさせたノーマルタイプの義体では、リオだけでなくセレスにまで力負けしてしまう。しかしセレスの手がスカートの中に伸び、リオの顔が小さな胸に頬ずりするに至ると堪忍袋の緒が切れ、最後の手段としてスライム体の操作を行った。
一気に体積を増やしたスライム体でリオとセレスを包み込み、二人の手足だけをスライム体の中に固定して磔にする。ついでにスライム猿ぐつわもしているので、二人ともむーむーと呻くことしかできないでいた。そこにアルトも会議室に到着し、こちらの姿を見て頬を染めた。
「おかえりなさいナナさん……結婚してください!」
「おうナナ、帰ってたか。へえ、なかなか可愛らしいじゃねえか。って何だよこの惨状は……」
最後にヨーゼフに案内されたダグが会議室に足を踏み入れたが、そこにはスライムに磔られてもがくリオ・セレス・アルトの姿があった。ダグは流石に笑えなかったのか、頬を引きつらせていた。
「ダグが一番まともな反応というのは納得いかんが、とりあえず帰ったのじゃ。ただいま、なのじゃ」
笑顔でダグに挨拶をすると、ダグは少し照れたように、頬を指先で掻きつつ視線を逸らした。しかしすぐにこちらへと視線を戻し、訝しげな顔でこちらの姿を上から下までゆっくりと凝視し始めた。
「何じゃ、女の子の体をジロジロと。デリカシーの無い男じゃのう」
「おい、地上界へ行って腑抜けてきたのか? たった四ヶ月で、随分弱くなってねぇか?」
「そのことについてもいろいろと話したいと思っておったのじゃが……この有様ではのう」
スライムに磔にされてむーむー唸ってる三人に、困ったような視線を向ける。つられてダグも三人を見て、深くため息を吐いていた。
スライムから解き放った三人におとなしくすることを誓わせ、ソファーに腰掛けさせる。ナナは肩にスライムを乗せて一人掛けのソファーに腰掛け、向かい合った二つの長いソファーには、ナナから見て右手側にリオとアルトが、左手側にセレスとダグが座る。
ヨーゼフとマリエルをアルト達に紹介し、自身の緊張を解すため、目の前に置かれたハチミツ入り果実水を一口口に含む。自分で配合しておいて何だが、柑橘系の果実の酸味とハチミツの甘さが程よいバランスで、思わず笑みがこぼれる。そのナナを、アルト達四人は驚愕の表情で見ていた。
「な、なんじゃおぬしらのその顔は……」
「姉御が、水を飲んでる……」
「いろいろ解禁したのじゃ。さて、わしは全て話そうと思っておるのじゃが、今度こそ聞いてもらえるかのう?」
このタイミングしかないと、話を切り出す。四人とも姿勢を正してこちらへと向き直った。ようやく、自分のことを話せる。さて、まずは一番大事なことから話さなくては。そう思うと肩に乗せたミニスライムを両手で持ち、バスケットボールくらいの体積に増やす。
「まずはわしの正体について、話を聞いてもらえるかの?」
四人とも真剣な面持ちで、こちらの言葉に力強く頷いた。それを見て、義体の両手で抱えるスライム体の内部に、本体である魔石を転移させる。受け入れてもらえなかったら、という恐怖心も僅かにあるが、大丈夫だと信じる思いの方がずっと強い。
さらにスライム体の体積を増やし、義体の膝の上から飛び降りると、義体と同じ身長の人型スライムへとその身を変化させる。
「これがわしの正体、スライムじゃ。このソファーに座っておる身体は、ゴーレム技術を流用して作った義体というもので、中に入ったわしが操作しておる。今まで黙っていてすまなかったのじゃ」
人型スライムで謝罪の言葉を告げて頭を下げると、室内は沈黙に包まれた。
その沈黙と緊張に耐え切れなくなり恐る恐る様子を窺うと、アルトとダグの二人が、がっくりと肩を落としている様子が見えた。受け入れてもらえなかった、そう思うと恥ずかしさで消えてしまいたくなる。スライム体で良かった、今義体に入っていたら泣いていたかもしれない、そう思いながら今度はリオとセレスへ視線を移す。
この二人にも受け入れてもらえなかったら、自分はいったいどうすれば、という恐怖と心配を胸に様子を窺うと、二人は拳を握り、ガッツポーズをとった。どういうことだ。
「この僕が、ナナさんの正体を見誤るとは……」
「ちくしょう、俺の負けだ。ほらよ」
アルトとダグが懐から5センチ級の魔石を取り出し、リオとセレスに手渡した。
「へっへー。オレは姉御の第一の側近だからね! 当然だよ!!」
「ナナちゃんのスライムに包まれると、まるでナナちゃんに触れられているようでしたから~」
リオとセレスは魔石を受け取ると、どや顔をこちらに向けた。
少し間をおき、状況を理解すべく考える。
そしてどうやら自分の正体が、賭けの対象だったらしい状況を把握する。
「ふ、ふふふ……のう、おぬしら。わしが正体を明かした後の沈黙の時間が、どれほど心細かったか、わかるかのう? がっかりされたと思って泣きそうになったのに、肩を落とした理由が賭けに負けたから、じゃと? ほおおおおおおお?」
ヴァルキリータイプの義体に換装し、空間庫からハチを取り出して構えた。手にするアサルトライフル型魔道具の威力は、四人とも試作段階から目にしてきたため十分に熟知している。さらに初めて見るヴァルキリータイプから発せられる怒気も加わり、四人は死を予感したか顔を青くし、大量の汗をだらだらと流し始めた。
「ナ、ナナさん、落ち着いて……ゴーレムだと思っていたことは謝りますから……」
「姉御、ご、ごめんよう、その、姉御の正体が何であれ、姉御が姉御であることに変わりないって話になって、それで……」
「そ、そうだぜナナ! ナナが何者であろうと、俺たちがついていくのはかわらねえ!」
「ナナちゃ~ん、謝るから、あやまるから~、お願いだから小さい身体に戻ってぇぇぇ~」
「ふふふふ……食らえ! なのじゃ!!」
ハチのトリガーを引き、四人に弾丸を浴びせる。だが撃っているのは地上界で改造した低威力弾なので、この四人にとっては強めの豆鉄砲くらいだろう。ただ、一人要注意人物が混じっていたので、そこは特に念入りに撃っておいた。
「ナ、ナナちゃんひどいですよぉ~、何でわたしだけこんなにぃ……」
「やりすぎだろ、ナナ……」
「いたいよー姉御ぉー」
「弱いのも撃てるように改造してあったんですね、死ぬかと思いましたよナナさん……」
一通り乱射して満足すると構えを解き、ハチを空間庫へしまう。
「ふん。いくらなんでも、わしがおぬしらを殺すわけがなかろう。ちゃんと一歩手前で勘弁してやるのじゃ。それに傷も服もちゃんとわしが治してやるのじゃ、このスライムでのう」
壁や家具に張った空間障壁を解除し、四人を包むため大量のスライムを出す。ダグだけはナナのスライムに触れたことも捕まったこともないため抵抗したが、お構いなしに全員をスライム体で捕獲する。
顔だけをスライム体から出すダグはしばらく喚いていたが、衣服の穴を埋め、多数の打ち身と僅かな切り傷を治療すると、驚いた様子で半透明のスライム越しに自分の体を見ていた。
「すげえな、こんなこともできるのかよ」
「姉御のスライムはすごいんだよ! 中にいると気持ちいいし!」
「ナ、ナナさんに包まれるとは、こういう感じなのですね……」
「ハァハァハァ……」
「アルトとセレスきもいのじゃ」
恍惚の表情を浮かべるアルトと、頬を染め息遣いの荒いセレスを、問答無用でスライム体から放り出す。感覚制御をキューちゃん任せにしていて本当に良かった。アルトの赤面する様子を視界に捉え、心からそう想うナナであった。
「わしの正体について、まだ続きがあるのじゃ」
気を取り直し、リオとダグもスライム体から開放すると、ノーマル義体に換装して椅子にかける。四人ともソファーに座りなおすが、その表情は真剣で、先程のふざけた様子はどこへ行ったのかと疑問に感じる。しかしとりあえず、自分の話を続けることにする。
意を決し、できれば口にしたくなかった、忘れたままにしたかったことを話すため、ゆっくりと重い口を開く。
「わしは……スライムになる前は、人間の、男じゃった」
「ナナさん、今も『自分は男性』と思っていますか?」
「え、うぇ?」
告白から間髪おかずに放たれたアルトの質問に驚き、変な声が出た。きっとみんな沈黙し考え込むだろうと思っていただけに、予想外過ぎて反応できなかった。
「そ、そもそも今のわしはスライムじゃ、性別など無い。じゃからスライムになった時、少し嬉しかったんじゃ。これで人目を気にせず好きなことができる、とな」
空間庫からこの一ヶ月で作った大量の衣服や、ぬいぐるみを出して四人に見せる。リオとセレスはその可愛さや彩りに目を輝かせている。
「可愛いものが好きなのじゃ。甘いものが好きなのじゃ。じゃからわしはスライムになって間もなく、以前の自分が男性であったことを忘れた。いや、捨てたのじゃ。じゃからわしはこれからも、男性にはならないし、戻りもしないのじゃ」
「ならば心も女性なのですね。身体も女性ですから、僕と結婚するのに何の障害もありません」
「……へ?」
アルトは一体何を言っているんだろう、と思考が停止しかける。
「あら~、ナナちゃんは以前自分についていたモノなんか、もう見たくもないわよね~?」
「セレス? おぬしは何を言っておるのじゃ?」
少し見ない間に、セレスの病状が進んでいるようだ。
「姉御、それでいつもオレの裸見るたびに照れてたんだね。オレの全部は姉御のものなんだから、全部見てもいいのに、もちろん見るだけじゃなく、最後までしても……」
「初めて見る照れた仕草は可愛いけどリオ、想いが重いよ!?」
リオおぬし、セレスにつられて段々とおかしくなってるのじゃって、慌てすぎて発言と心の声が逆になったよ!
「昔がどうとか気にするような奴なら、今こうして一緒にいるわけねえだろうが。俺とアルトもそうだし、魔人族と光人族だってそうだろ。大事なのは今と、この先だ」
「ダグぅ……何か悪いものでも食べたのかのう? さっきもそうじゃが少し見ぬ間に、おぬしがこの中で唯一マトモに見えるのじゃ……じゃがそれが逆に怖いのじゃ……」
「ああ? ナナてめえ人が心配して気ぃ使ってんのに、言うじゃねえか。だいたいアルト達もむぐっ」
「はいは~い、ダグさんそこまでですよ~?」
何か言いかけたダグの口を、両手でセレスが塞いだ。そこでようやく、この混乱した状況の理由に思い当たる。
自分の正体を明かす、このことばかりに気を取られ、話す順番を間違えたようだ。そして恐らく四人は、地上から戻った自分を心配し元気づけようと、わざとふざけているのだろう。そう思い至ると、申し訳無さもあったが自然と笑いがこみ上げてきた。
「くっ、くくくっ……かっかっか、おぬしら……そうじゃな、礼を言うのじゃ。気を使わせてしまってすまないのう、どうやら一番おかしいのは、わしの方じゃったな」
しかし正体についての賭けは事実だから、撃った件は謝らない。
「まずは報告じゃ。地上界にてヴァンを発見、ぶっ飛ばして火を付けて消し炭にして魔石を砕いてやったのじゃ、ふふん。わしの第一の目的は達成された、これも全て皆のおかげじゃ。ありがとう、リオ、ダグ、アルト、セレス」
立ち上がり、四人に対して深く頭を下げる。少しして顔を上げ、精一杯の笑顔を四人に向ける。
「それと、いつもとわしの様子が違うと思っておるのじゃろうが、こっちが本来のわしなのじゃ。それで、わしはこれから好き勝手に楽しく生きるつもりじゃが、良かったらこれからも、わしの仲間として、友人として、付き合ってもらえぬじゃろうか」
「何を言っているんですか魔王様」
「オレは魔王様の側近だからね!」
「わたしはどこまでもついていきますよ~魔王様~」
「ふん、逃げられると思うなよ? 魔王サマ?」
それぞれが笑みを浮かべてこちらを見る。優しく笑うアルト、目を輝かせるリオ、不敵な様子のダグ。セレスの笑みだけは何故か身の危険を感じるが、空気を読んで今は何も言うまい。
「だから言ったじゃねぇか、ナナが復讐を遂げて燃え尽きるようなタマかよ」
「ナナさんは本当は戦いがお嫌いですからね。万が一ヴァンを殺し終えた事で、何か心境に変化があってはと心配していましたが、問題無さそうですね」
「まあのう、実際殺した気がせんのじゃが、それが良かったのかもしれんの。実は戦いの最中邪魔が入って、気付いたら死んでおったのじゃ」
しょんぼりと肩を落とすと、両側からリオとセレスが抱きしめてくれた。
「姉御、お疲れ様でした! どんな形であれ終わったんだからいいじゃん!」
「そうよ~。むしろヴァンにふさわしい最後じゃないかしら~?」
「ふふ、そうじゃな。リオ、セレス。ありがとうなのじゃ」
どさくさに紛れて胸を撫でようとするセレスの手を振り払う。元気づけようと明るく振る舞うアルト達と違い、セレスだけは間違いなく最初から素だ。そう確信したところで、尻に伸びる手も振り払って立ち上がる。
「おぬしら腹は空かぬか? 初めての食事はおぬしらと食べたくてのう、地上界でも飲み物しか摂っておらぬのじゃ。昼食でも摂りながら、わしがどうしてスライムになったのか、話そうと思うのじゃ」




