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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
72/231

3章 第8話N よく考えたらスライムって常に全裸なのじゃ

 ナナはまたヒデオに見られたという現実を認められず、床を転がり現実逃避していた。このような悲劇を二度と繰り返さないようにと、透けないようにした様々なワンピースやペチコート、ついでに大量のぬいぐるみを作るも完全復活はできず、今度は料理を作りたくなった。特にお菓子。ストレス解消である。

 だが残っていた蜂蜜はヒデオの家にひっそりと置いてきたので、久しぶりに蜜蜂とクマに会いに行くことにした。特に急ぐ用もないので、ぱんたろーに乗ってのんびりと森に入る。


「おお……そうか、そんな時期じゃったか……」


 森を抜けたナナの眼前には、一面の黄色い花畑が広がっている。ヒルダとノーラのペットだった頃に、ヒルダに連れられて二人と一緒に見た花であった。

 その花畑には体長5センチほどの蜜蜂が飛び回り、あちこちで蜜を集める姿が見えた。こんな形ではあるが、また三人で平和なこの花畑を見られたことを嬉しく思い、しばらくの間ぼーっと見惚れていた。

 昼近くなると蜜蜂は姿を消し、花畑は静寂に包まれる。蜜蜂は皆巣に戻ったのだろう。ナナは義体の肩に手乗りサイズのスライム体を出し、蜜蜂の巣へと向かう。


 巣に近付くと以前と同様、警戒した蜜蜂たちが巣穴からどんどん出てきて、周囲を飛び回り始めた。その場でぱんたろーを立ち止まらせ様子を窺っていると、体長3メートルを超える熊と、その後ろをついて回る1メートルほどの子熊が二頭姿を見せた。


「久しぶりなのじゃー、っておぬし雌じゃったのか。子供が生まれておったのか、可愛いのう!」


 義体をぱんたろーの背に残し、スライム体でぴょんぴょん跳ねながら熊に近づく。最初は警戒していた熊だが、七年前と同じ両手で抱えるくらいのサイズになると、ぐるう、と小さく唸り警戒を解いた。近寄ると子熊達に叩かれ転がされもみくちゃにされるが、可愛いので許す!

 そうして子熊達と遊んで、というか遊ばれていると、周囲の蜜蜂も警戒を解いて巣穴へと戻っていった。間もなく女王蜂がギチギチと顎を鳴らす音が聞こえ、キューちゃんに通訳を頼んで蜂蜜を貰うよう交渉する。



「なんじゃ、おぬしは以前とは別の女王じゃったか。それは驚かしてすまなかったのう」


 前の女王は分蜂で巣を移動したそうだ。移動先も一応聞いておき、蜂蜜を貰うよう交渉するが、やっぱり今回も交換条件があるとの事だった。

 そして今回も熊の好意に甘え、スライム体は熊の背に乗って目的地まで移動する。ぱんたろーは義体を乗せたまま、その後ろをゆっくりとついてきている。



「おお、これはもしかしてゾルア・スパイダーという奴かのう!」


 ノーラからナナという名前を貰いペットになった日、ヒルダが餌として出してくれた蜘蛛の巨大版が、目の前に大きな巣を作っていた。その蜘蛛の巣にはたくさんの蜜蜂が捕まっており、大半は糸に包まれ既に命を落としていた。

 熊の背から降りて周囲に目をやると、体長3メートルから6メートルほどの巨大蜘蛛が、木々の間に幾つもの巣を張っているのが見えた。


「これは初実戦のチャンスじゃな」


 ヴァルキリータイプの義体に乗り込み、肩に手乗りスライムを乗せる。驚いた様子の熊だったが、手乗りスライムを見て警戒を解く。本体を出していて良かった。


 空中で翼に魔力を集め、照準をキューちゃんに任せて風魔術を放つ。大量に放たれた小さな風の刃が、見える範囲の全ての蜘蛛の巣を切り裂き、捉えられた蜜蜂を解き放つ。大蜘蛛は糸や毒液を放ったり襲いかかったりしてくるが、全て空間障壁で防ぎ、義体の翼から光魔術のシャワーを放ち次々と絶命させていく。


 蜜蜂からの依頼はこの辺りだけなので、生態系に影響が出ないよう程々で攻撃をやめる。そして想像通り熊母子は、嬉しそうに地面に落ちた蜘蛛を食っていた。ナナも周囲から蜘蛛の死骸を集めて魔石を回収し、大きなものを五体ほど吸収して残りは熊にあげる。


 満足した熊と一緒に女王蜜蜂の元へ戻って報告し、大量の蜂蜜を譲り受ける。その場で味見すると、その甘さに幸せな気分になる。

 いつでも来いという女王蜜蜂に感謝を告げて、再度ぱんたろーの背に乗って移動する。ついでに以前ハンバーグの材料を求めて向かった場所を三日かけて巡り、卵・イノシシ・水牛・水牛の乳・食用のキノコ等を入手して屋敷に戻った。




「りっんごーりっんごー、はっちみっつ混ぜてーっと」


 屋敷に帰ったナナは密閉できる蓋付きのガラス瓶を魔術で作り、アトリオンで買ってきたりんごをマリエルと一緒に刻み、水と少量の蜂蜜と一緒に瓶に入れて蓋をする。マリエルに一日一回蓋を開けて中の空気を抜くように指示して預け、蜂蜜プリンや蜂蜜メレンゲクッキー、蜂蜜クッキーを作っては時間停止空間庫に次々放り込む。この際ヒデオが蜂蜜クッキーを気に入って喜んでいたことを思い出し、ついつい多めに作ってしまった。

 また水牛とイノシシでひき肉を作り、ハンバーグのタネも大量に作っていつでも調理可能にし、残りは適当に部位ごとに切り分けてマリエルに預けておく。



 一仕事終えたと満足し、オーウェンに買ってこさせたりんご酒をちびちびと傾ける。一人で飲む酒は味気ないなと寂しさを感じたとき、肩に手乗りスライムを出しっぱなしだったことを思い出す。

 手で握って感触を確かめると、たしかにこれは気持ちがいい。同時にスライム側から、締め付けられる感覚も伝わってくる。よくヒルダに握られていたことを思い出し、思わず笑いが溢れる。

 今度はスライムを少し大きくして、ノーラがしていたように抱きしめてみる。義体側としては程よい弾力で気持ちいいのだが、スライム側で久しぶりに感じる小さな二つの膨らみの感触は、以前とは違ってとても危険なものに感じられたため感覚を遮断した。

 『子供』としか認識していなかった時のノーラになら、何をされようと気にもしなかったのだが、別の身体と認識したとたんに気恥ずかしさを感じてしまったのだ。例えそれがノーラより幼い、自分の身体であっても、である。


 そしてその膨らみを感じたせいではないのだが、断じてそうではないのだが、この屋敷を増築することにした。土魔術や金属魔術を駆使して地面を掘り、屋根と壁を作り、井戸を掘り、ポンプ型魔道具を設置したりして、ヒデオの屋敷と同じくらいの浴室を作り出す。




「はぁぁぁぁ……風呂は良いのう……」


 一人で広々と入る風呂。誰にも遠慮すること無く体を伸ばし、大の字で湯船にプカプカと浮かぶ義体の腹の上には、手乗りスライムがちょこんと乗っている。身体を起こすと手乗りスライムを肩に移動させ、その場でヒデオの屋敷で作ったのと同じ、薄青色の頭洗浄スライムと藍色の身体洗浄スライムを作ると、大きくした手乗りスライムに持たせ、義体をマッサージするように洗う。


 ナナ自身のスライム体でも洗浄はできるのだが、それだと大きな問題がある。わざわざ洗浄用スライムを間に挟まないと、義体を触る感触がダイレクトに伝わってしまうのだ。流石に素手で肢体を撫で回す感触を得るのは、いろいろと危険極まりない。


 しかしこれは、自分が女の身体である以上、慣れなければいけないからやっているのだ。小さく平らな胸を含め上半身は直視できるようになった。下半身はお尻なら大丈夫。だがまだ前はどうしても見れないし、触るなんてとんでもない。もう何年も使っている自分の体ではあるが、流石に触るのはまだ抵抗がある。それでも手乗りスライムとして外に出した、もう一つの自分というか本体であるスライムと、義体との同時操作の練習でもあるのだ。やるしかない。


 そんな誰に聞かせるわけでもない言い訳を考えながらスライム体を操作し、義体を洗浄用藍色スライム越しに全身くまなく洗い、洗われる。しかし触られる緊張感と触る緊張感の両方を感じたせいか、大事なところを洗おうと触れた際、封印した青色スライムに触られているような感覚を持ってしまい、中断する。


 この先に、興味が無いわけではない。だが地球時代に見たことも触れたことも無いわけでもないのに、なぜここまでためらうのか。『一人きりの今』しか、この先に進む機会はきっと無い。何があっても誰にも見られないし、誰にも知られない、今だけなのだ。そう考えて義体の操作に集中し、大事な場所へゆっくりと手を伸ばそうとした時、ある存在を思い出す。


―――


「……このタイミングで存在アピールだけだけして何も言わぬとは、何か言われるよりキツイのじゃ……」


 自分がしようとしてたことを考え、急に恥ずかしさから顔に熱を感じる。危ないところだったと深呼吸して昂ぶりを押さえ、キューに感謝しておく。心からの感謝ではないが、一応しておくべきである。

 落ち着いてから考えると、何も全身をスライム体に洗わせなくても良い事に気付く。普通に義体を操作して藍色スライムを握れば、何の問題もなく全身綺麗にできた。


 そしてもう一つ、ヴァルキリータイプの方なら何のためらいも無く、胸だろうと秘所であろうと全身素手で触れる事に気づいた。

 ヒルダとノーラの体でできているからなのか、幼すぎるからなのか、またはその両方なのかは自分でもわからないが、ノーマルタイプの扱いは今後も注意することにする。




「「ふぁぁぁぁ、温まるのう……ん?」」


 身体を洗い終わって再度浴槽に浸かり、大きく息を吐いた声が二重に聞こえた。自分以外の声の発生源へと首を動かすと、それも自分自身だった。義体からはスライムを、スライムからは義体を視界に捉えている。


「「気を抜くとおかしなことになるのう、混乱しそうじゃわい」」


 しかも浴槽に浸かるナナの本体であるスライムは半透明の水色であり、浴槽に浸かると非常にわかりにくい。浴槽から出してスライム体を小さくし、義体の肩に乗せる。義体とスライムの同時操作はまだまだ練習が必要だが、今後も手乗りサイズまたは両手で抱えるサイズで、常に出しておくことにする。

 義体のおかげで、人として、女性として生きられる。しかしこの世界の自分は、スライムなのだ。それは紛れもない事実である。それを忘れないためにも、今後は隠さず常にスライムとともにあろうと思う。


 などと誰に聞かせるわけでもない言い訳を再度考えるが、実際は自分の体ながら、改めて客観的に見た手乗りスライムの可愛いさにノックアウトされただけである。






「おはようなのじゃ。ぱんたろーの毛は、ほんにふかふかじゃのう、もふもふじゃのう、気持ち良いのう」


「おはようございます、ますたー。ありがとうございます」


 ヒルダの魔石融合後、ぱんたろーに抱きついて休む習慣ができていたナナは、ぱんたろーの感触を楽しみながら、手乗りスライムをぴょこぴょこ動かしてカーテンを開ける。太陽の無い異界だが、朝ともなればそれなりに明るくもなる。使っているのはヒルダとノーラの寝室だが、ベッドは使わず、床の一角に自分の体で作ったスライムクッションを敷いて休んでいた。そこにぱんたろーと、大量に詰まれたネコ・イヌ・クマ・ウサギ・スライムなどのぬいぐるみとともに、義体のまま横になっているのだ。


「動物型ゴーレム増やしたいのう、でも本物も捨てがたいのう、動物探しに行きたいのう。じゃが先にリオ達に会いに行くのが先かのう」


 ヒルダの魔石と融合してからもう一ヶ月が過ぎ、ヴァルキリータイプの扱いにも相当慣れた。お菓子やプリン、りんご酵母を使った白くてふわふわなパンも作った。ゾルア・スパイダーの成体を吸収したせいか、より上質な糸が出せるようになったため、調子に乗ってぬいぐるみや可愛い洋服や下着も作りまくった。

 というかヒルダと融合しヴァルキリータイプに慣れたら魔王都市に行くはずだったのだが、あれこれと手を出しすぎたようだ。だがあと一つ、今のうちにやっておきたいことがあった。



 日課である朝の訓練を終えると、ヨーゼフに預けた酒の中で、最もアルコール度の低いものを持ってこさせる。そして義体内から核である自身の魔石を取り出し、ほんの少し酒を振り掛ける。

 酔うというのは、アルコールが脳に回ったときに起きる現象である。脳が無いなら魔石で代用できればいいじゃない、これが自分の本体なのだから、という考えで実験してみたのだが、何も起こらなかった。仕方ないから別の手段を考えようと思ったその時、突然視界が暗転した。




「……はっ!?」


 気がつけば義体からスライム体が出て床に伸びていた。周りを見れば脱ぎ散らかされた衣服と、全裸で転がるノーマルタイプの義体があった。


「……は?」


 室内にはヨーゼフが控えていた。とりあえず義体に戻って服を着ながら、事情を教えてもらうことにする。最後の記憶は、核にお酒を少し垂らした辺りであった。


「ヨ、ヨーゼフよ、わしが魔石に酒をかけてから何があったか教えてくれんかのう」

「はい。マスター・ナナは突然倒れられた後、笑いながら床を転げ回り、暑い、暑いとおっしゃりながらお召し物を全て脱がれました後、義体もお脱ぎになりました。今から三十時間前の話となります」

「なん……じゃと……?」


―――酔って全裸踊りをして三十時間つぶれていました


 衝撃の内容に、頭が真っ白になる。いつにも増して激しいキューちゃんの追い込みが、薄い胸に突き刺さる。酔えるという事実は嬉しいのだが、ほろ酔い状態が好きなのであって、泥酔するのは論外である。

 下着姿で両手両膝を床につけて凹んでいたが、これはキューちゃんの協力があれば解決できる問題だと思い、気合で立ち直って再度実験を行う。失敗しても『飲まない』という選択は無いのだ。


「で、キューちゃん……なぜこうなったのか教えてくれぬかのう……」


―――マスター:ナナ 魔石の小さなヒビより アルコールが浸透 動作不良を誘発と推測


「魔石が酔う仕組みってどうなっておるんじゃ……」


―――不明


 原理も解明したいが、後回しにする。むしろいつか必要になったら調べることにし、どれくらいの量で酔うのかを検証する。その甲斐あって、アルコール度数0.1%の一滴だけであれば、特に問題くほろ酔い状態になることがわかる。その調節はキューがやってくれて、しかも頼めば数分でアルコールの除去も可能とのことであった。

 今後は『夕食後の飲酒』に限り、キューにお願いしてほろ酔いにしてもらう。とりあえずこんな失態を他の人に見られずに済んだことだけは安堵する。キューちゃんだけは別だが、と思ったとき、キューに確認したいと思っていた案件を思い出す。


「ところでキューちゃん、おぬし自分の体は欲しくないのかのう?」


―――不要


「そうか、必要になったら言うのじゃぞ」


―――了


 たまに来る辛辣な追い込み、しかし復讐のため動いていた頃は一切ふざけず邪魔をせず、復讐を終えると追い込みが再開。この空気の読みっぷりに加えて風呂での一件もあり、キューには人格があると見て間違いないと思っている。

 キューちゃんに散々助けられたのだから、キューちゃんに何かしたいことができたなら、全力で手伝いたい。そう思い改めて感謝を告げ、これからもよろしくとキューに言うと、いつもどおり短く返事が帰ってきた。しかしいつもより若干声のトーンが高く、嬉しそうだと感じて笑みがこぼれた。




 その夜ナナはそろそろアルト達と合流しようと考え、その前に改めて『魔王』であることや『自分のやりたい事』に思いを馳せる。

 魔王になったことは成り行きではあるが、これを自分にとってどうプラスにして行くか、計画を練っていく。自分は楽しく生きたいだけだが、この世界は楽しくないことがまだまだ多い。ならば楽しくするためにはどうすればよいか、何をすれば自分が得たいものが得られるのか。それらを思案しながら、ぱんたろーに抱きつき体を休める。


 そして翌朝、ヴァルキリータイプで格闘の訓練中、キーパーが来客を知らせてきた。空へと視線を移すと、巨大な亀が空中を泳ぐように、すいー、すいーっとこちらに向かってきているのがわかった。


 その姿を見て、あまりのタイミングの良さに苦笑しつつ、凶悪なわっしーの顔を近いうちに修正しようと決意するナナであった。

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