3章 第7話N 私は帰ってきた! なのじゃ!
アーティオン近郊の上空へと転移すると、アーティオンではちょうど午前の鐘がなっていた。そこで呼び出したぱんたろーにまたがり、ゆっくりとクレーターのあった場所へ向かわせる。
眼下ではナナの姿を見つけた者達が指を刺して大騒ぎしており、ナナはその中にファビアンの姿を見つけて静かに降り立つ。
「ナナ様、おかえりなさいません。お戻りになられたということは、戦いを終えられたのですね」
「そうじゃ、ファビアン。レイアスも大活躍じゃったぞ? あやつらのパーティーだけでドラゴンゾンビを打ち倒しておったわ、かっかっか」
ナナの素顔と紅い瞳を見ても、驚く事無く無表情を貫いていたファビアンだが、レイアスの活躍には目を丸くし顎が外れそうな様子だった。そのファビアンに先導させ、未だ世界樹防衛戦終結の知らせが届いていないファビアンに、おおよその事情を説明しながらクレーター跡に向かう。
ぱんたろーに跨ったまま、復興の手が着けられ始めた市街地を歩くと、道行く者の多くがひざまずき感謝の言葉を発していた。ファビアンによるとアンデットと化した者の遺族や、元々住んでいた者らしい。こそばゆい思いに耐えながら目的地に着くと、そこにはちょっと目を疑うものが存在していた。
「のう、ファビアン?」
「は。雨水による水没を避けるため、屋根と壁を設置致しました。また神の御使い光臨の地として、光天教の司教が管理を委任して欲しいと申し出ております。しかしナナ様の許可を頂かないことには決められないとして、保留にしております」
「ファビアン、気持ちは嬉しいのじゃが……もうここを使うことはない予定じゃ。区切りとして、帰りもここを通ろうと思っただけで、今のわしはどこからでも異界に戻り、地上の好きなところに出現するのも可能なのじゃ、すまんのう。それに神の御使いでは無いと言うておろうに。この目を見ればわかるじゃろう、むしろわしは魔王じゃぞ?」
「は。では光天教とは無関係であるとして、司祭にはこちらから断りを入れておきます。また、ここは魔王ナナ様が、偽魔王ヴァンに天罰を与えるために光臨した記念の地として、礼拝堂に改造する許可を頂けないでしょうか」
話が通じない。うん、自由にさせておこう。道すがらの中途半端な説明も悪かったのかもしれない。ヒデオすまん、お前の父ちゃん狂信者にしてしまったかもしれん。そう思うとナナは、全て任せると言ってぱんたろーを空間庫にしまい、クレーターを覆う神殿のような建物の扉をくぐる。
いつの間にかファビアンだけでなく、大量の兵士や市民らしき人が着いてきており、狭い扉から押し合い圧し合いしながら顔をのぞかせている。
「これこれ、怪我をしてしまうぞ。中に入っても危険はないのじゃ、狭いところに殺到するでない」
そう声をかけると、五十人くらいの人々がクレーターの斜面に並ぶようにして、中心部に降りたナナに視線を向ける。ナナはファビアンを呼び出し、目の前に立たせる。
「ファビアンよ、レイアスより伝言じゃ。近々一度帰るそうじゃ。良いおなごたちに囲まれ、元気にしておったぞ。それと、おぬしのおかげでわしは、一生ものの出会いを得ることができた。心より礼を言うぞ」
ナナの笑顔を向けられたファビアンは、滅相も無いと言ってひざまずいた。そのファビアンに、水をすくう様に両手を出せと言って、差し出した手のひらに魔石を一山乗せる。驚くファビアンに、金貨を借りた礼だと告げ、一歩下がる。手の平に山と積まれた魔石を見て、ファビアンは言葉を失っていた。
金をそのまま返すのは、この場合失礼というか、ファビアンなら断りそうな気がしていた。だから代わりといっては何だが、自分では使わないような小ぶりな魔石を大量に渡したのだ。そしてクレーターの斜面に並ぶ者たちに向け、深く頭を下げる。
「この都市を滅ぼしたヴァンを、異界より逃がしたのはわしの落ち度じゃ。すまなかった」
ざわめきが広がるが、それ以上に頭を上げて欲しいとか、感謝の言葉が投げかけられたことに胸が熱くなる。
「そしてわしは異界の頂点に立つ魔王として、地上界で魔王を僭称するヴァンの討伐を終えたことを、おぬしらに報告する。危機は去ったのじゃ」
その言葉で泣き崩れたり、近くに居たものと肩を抱き合って喜びを分かち合うものもいたが、多くの者はナナに感謝の言葉を告げ、祈りを捧げるようにひざまずいていた。その様子を見て、教祖に仕立て上げられてはかなわんと、この場からさっさと立ち去る判断をする。
「わしはこれで異界に帰るのじゃ。ではの」
集まった者達とファビアンに笑顔を向けて、手を振る。何か言おうとファビアンが口を開いたのが見えたが、その瞬間転移術が発動する。
そうしてナナは、異界の地下室へと帰還した。
ナナは地下室を見渡す。瘴気集積装置があった場所、ヴァンの左腕が落ちていた場所、そしてノーラの遺体と、ヒルダの頭部が落ちていた場所。
恐らくノーラは、ヒルダの頭部を抱えて茫然自失のところを、ヴァンにここまで連れてこられたのだろう。そしてそのまま、ヴァンに胸の魔石をえぐり取られたのだ。当時ぬいぐるみに過ぎなかったぱんたろーや、今はぱんたろーと融合しているかりんともっちーも、ノーラを守るためにここで戦ったのだろう。
そのことを想像すると悲しみに押し潰されそうになるが、そういったことを考えられるようになったのも、全て終わったからなのだ。これまではノーラの最後など、想像しようとすらしなかったのだから。
地下から出てキーパーに挨拶をする。どうやら昨日リオ達が来ていたらしく、見事なすれ違いであった事を知り苦笑する。しかしそれはそれでちょうど良いと、キーパーには引き続き屋敷の警護を、呼び出したマリエルとヨーゼフには屋敷のこと全般を任せ、誰であろうとも地下に入れるなと厳命して地下へと戻る。
再度瘴気集積装置のあった地下室に戻ると、ぶぞー・とーごーを置いて警護を任せ、久しぶりに義体から出て、ただのスライムとなる。
「この状態で活動するのも久しぶりじゃのう、じゃが動かし方は忘れておらぬようで安心したわい」
バケツ一杯分くらいのスライム体を、ぷるぷるぴったんと動かし具合を確かめると、ノーラの遺体があった場所へ移動する。
「ぶぞー、とーごー。わしが目覚めるまで、室内には誰も入れるでないぞ」
「「はっ」」
「ではヒルダよ、待たせたのう。ノーラも一緒じゃ、一つになろう。キューちゃん、融合を頼むのじゃ」
自分の魔石と並べるように、ヒルダの魔石を取り出してキューに委ねる。そして全身を襲う激痛に抗うこと無く、ナナは意識を手放した。
ナナの意識が、徐々に覚醒していく。ノーラの魔石に続き、ヒルダの魔石とも一つになった。これで魔石が破壊され自身の魂が消えるその時まで、二人と一緒である。高揚感とも安心感とも取れる不思議な感覚に包まれながら、ゆっくりと身を起こす。ぷるん。
「ぶぞー、とーごー。ご苦労なのじゃ。とーごー、わしは何日眠っておった?」
「おはようございます、マスター・ナナ。本日でちょうど二十日にございます」
「ありがとう、下がって良いのじゃ。キューちゃん、わしの魔石の確認を頼むのじゃ」
―――魔石サイズ:9.61センチ 物理戦闘限界時間:二十分/二時間毎 魔術使用限界:最上級五回/一日 上級以下制限なし
「それでも完全ではないのじゃな、身体強化術を使った場合はどうじゃ?」
―――強化物理戦闘限界時間:二倍/三分/四十八時間毎 一.五倍/五分/四十八時間毎
「一.五倍以上の身体強化は完全に奥の手じゃな。では一仕事するかのう、キューちゃん手伝ってもらうのじゃ」
―――了
部屋の外で控えていたとーごーとぶぞーには、キーパーとともに屋敷の警護を任せ、ぷるぷるびったんびよーんびよーんとスライム体を操り、地下実験室に入る。そして作業台の上に義体を横たえると、追加でスライム体を出して義体を包み込み、服やブーツを脱がせて下着姿にする。
「では、キューちゃん。骨格・筋肉共に、一番最初の状態に戻すのじゃ。ヒルダとノーラから貰った骨格に、二人の筋肉じゃ。頼んだぞ」
―――了
もうこの義体で戦闘をする気は無い。ヒルダとノーラのくれた骨格と、ヒルダとノーラの遺体で作られた身体では、この先楽しいことだけをする、そう心に決めていた。しばらくすると銀猿素材の生体部品を一つ残らず取り外し終え、元の非力な身体へと戻った日常用義体が完成する。
包み込むスライム体を除去し、完成した義体内部へ核となる魔石を転移させ、神経接続を行う。久しぶりに非力な状態に戻ったことで多少感覚が狂うが、すぐに慣れるだろうと思い次の作業に移る。
「キューちゃん、次は外側を除き全て銀猿の素材で、女性型の義体を作るのじゃ。骨格形式は今わしが使っておる日常用義体と同型で、身長は170センチ位で良いかのう。外観形成は任せるが、こちらにはヒルダとノーラの遺体は使うでないぞ」
―――了
そうして出来上がったのは、ナナの新しい戦闘用の義体であった。程よくついた筋肉の様子が見て取れる手足、よく見ると六つに割れた綺麗な腹筋、やや大きめの胸、そして魔狼の毛で作った白い髪は、肩の後ろ辺りまである。しかしその顔は紅い瞳も相まって、ヒルダそのものであった。
するとヒルダの裸体を見ているような罪悪感に囚われ、キューに命じて顔の造形を変えさせる。今度は日常用義体を大人にしたような美人であったが、ヒルダそのものの顔よりは罪悪感を持たずに済んだため、これでひとまずの完成とする。
「今わしが使っている方をノーマルタイプとして、これはバトルタイプかのう。うーん、何か一捻り欲しいところじゃのう、何か無いじゃろうか」
そうして記憶を手繰っていると、一つ思い出したことがあった。吸収したものの一度も出番の無い魔物で、一つ気になる存在があったのだ。
キューに命じて戦闘用義体の背中に魔物の素材をつけ、戦闘用義体に乗り換えると間に合わせの服を着て、練兵場へと向かう。
「おおお、格好良いのう、それに綺麗じゃのう」
ナナは背中の銀色の翼を広げ、目の前に作った鏡を見てうっとりしていた。それはフレスベルグと呼ばれる怪鳥の翼で、本来なら翼を広げると6メートルほどにもなるのだが、邪魔なので半分にスケールダウンしている。
ナナはその翼をはためかせて空を飛べないか試すも、そう上手く行くわけがない。しかし上空に転移して羽を広げると、滑空は可能であることがわかる。更に風魔術を翼に当てる事で、加速や旋回、上昇も思うがままになって行く。
「問題は戦闘じゃな、翼が邪魔になるようでは本末転倒じゃからのう」
ビリーを出して、軽く戦闘訓練を行う。慣れてくると邪魔になるどころか、目眩ましやなぎ払いと使い道も出てきて、楽しくなってくる。しかしこの翼の本領は、そんな事ではなかった。翼そのものが魔力を増幅させ、羽の一本一本から魔術を放つことができたのだ。
一つ一つの威力は通常の術より劣るものの、広範囲に光や火の雨や降らせることができた。よってこの翼を正式採用とし、義体をヴァルキリータイプと命名する。
それからはノーマルタイプとヴァルキリータイプの義体換装を、素早く行えるように練習を続けながら、ヴァルキリータイプの衣服と装備品を一式整える。
衣服に関しては戦闘用義体なので動きを阻害しないことが絶対条件であったが、可愛さを捨てる気は無く、それどころか大きなこだわりであるため完成までに時間がかかった。
胸元が大きく空いたVネックの、身体にフィットする青いカットソーと、赤いミニのプリーツスカートは簡単にできた。問題は、少し動いただけで簡単に見えてしまう下着である。それを隠すため試行錯誤を繰り返し、三日かけてスパイダーシルク製の黒タイツを完成させる。
あとはマリエルに作ったのと同じようなレースのブラとショーツを作り、全てヴァルキリータイプで装着する。
「ふっふ~ん、ふっふっふ~ん、でーきたーのじゃー」
鏡の前でくるっと回転する。スカートがひるがえるが、黒タイツは見えるものの濃い黒のため下着もほぼ透けていない。前にかがんでみると、胸元が大きく空いたカットソーだが、身体にフィットしているため、下着はほとんど見えない。ひざ下までのブーツは、さりげなくワニガメの甲羅を貼り付けた拳皇のブーツ版となっており、『蹴皇』と名付けておく。
それらの完成度に満足すると、名残惜しいが魔石視の仮面を付けて、ノーマルタイプに換装する。
「日常はこっちじゃからのう」
ノーマル用もついでに幾つか服を作っていたが、まずノーラのお下がりのワンピースを着て鏡の前でくるんと回り、軽く前にかがむ。
「やはりかがむと胸が見えそうじゃな、中に重ね着するTシャツでも多めに作っておくかのう。それと白のワンピースじゃからのう、黒タイツは少し違和感があるのじゃ」
パステルカラーのTシャツやボトルネックシャツ、ノースリーブシャツなども複数枚作り、白のワンピースに合わせて、白っぽい半透明のタイツを作る。縞模様のショーツが大分透けてしまうが、ノーマルタイプの義体ではそれほど激しく動く予定はないし、ワンピースと重ねればほとんど透けないので不問とする。
というか今気づいたのだが、このワンピース一枚では中身が丸々透けている。そして最後の夜、この姿でヒデオの前に立ったことを思い出す。縞パンがモロに透けていたはず、それどころか上も……と気付くも、後の祭りだ。
「道理で見惚れておるはずじゃよ、あの変態め! うぎゃああああ!!」
顔から火が出そうになるとはこの事であった。いくら床を転げ回っても、一度ならず二度までも見られたという過去は変えられない。その事実を受け入れるまで、しばらくの間床をゴロゴロ転がるナナであった。




