1章 第7話N 美人と美幼女に捕まった
2018/6/24
大幅に改稿。
というかほぼ書き直し。
ああ、そんな気はしていたよ。何語だよこれ読めるかああああ!
机上の羊皮紙や机横の棚に並ぶ本を見たけど、だめだこれ。
感覚取り戻して得られる情報が増えたから、新たな情報収集に励むため本や羊皮紙に目を向けてみたけど……初手で躓いてしまったよ。
そもそも自分がスライムって事を自覚した時に予想はしていけど、人間だった頃の常識とかけ離れ過ぎているなあ。例えば他の容器内に居たものだけど、スライム以外の二週類もなかなか強烈な存在だったよ。
一列目容器内は一見ただの木製人形に見えたけど、実は勝手に動く人形だった。容器内にどこで門を使って触手を伸ばしたら、突然殴られたからびっくりしたよ。
二列目は一見ただのネズミの死骸なんだけど、目だけが動いてこっちを見てた。ていうか、どう見てもゾンビだ。噛まれて感染なんて洒落にならないから、容器内の調査はしない。
他の収穫といえば、一列目真ん中の人形だけ横たわっていることと、机上の壁際にも天井にも蛍光灯らしきものが見当たらないこと、そして容器は分厚いガラスのような素材で作られていた程度だ。
これ以上室内で得られる情報は少なそうだなあ、このあとどうしよう。
文字があれじゃ恐らく言葉も通じないだろうな。
絵や身振り手振りで意思疎通は可能かもしれないけど、お姉さんの意図が解らない以上危険過ぎるよなあ。
どこで門を容器につなげたまま部屋から出て情報収集、というのも視野に入れるべきだろう。
外に出るなら機動力が必要だよね、この体動かすのもだいぶ慣れてきたけど、空中に紫の光を集めて土台を作り、そこを跳ね回って特訓だ。
いざとなったら逃げる!
いい汗をかいたところでーって汗出ないけど、特訓を切り上げてお姉さんを待つ。
部屋の明かりを消して容器に戻り、じーっとしておく。
言葉が通じるかどうかは期待しない。その代わりに、楽しみにしていることが一つある。それは『通常の視力で』お姉さんの姿を見ることだ。
あー緊張するー、そわそわ。ぷるぷる。
お、来たかな?カツ、カツ、カツと扉の向こうから足音が聞こえてきた。
そわぷる。
扉が開かれると、頭上やや後方に明かりを漂わせた女性のシルエットが確認できた。
お姉さんはなにか呟いて、室内に明かりを灯して頭上の明かりを消した。
これはまた、とんでもない美人さんだな……。二十代後半ってところかな。赤銅色のストレートロングヘアと紅い瞳が白い肌に映える、彫りの深い顔立ちのお姉さんは、男好きのする体を胸と腰のくびれが強調された黒いドレスに包み、悠々と歩みを進めている。
そして一列目の容器の前に立つと中を覗き込み、一言二言と独り言を話すと次の容器へと移動した。二列目も机側の壁際から順番に、三列目の俺のところへは七番目に訪れた。
近くで見ると、本当に綺麗だな。
でもね……明らかに観察と独り言にかける時間が、他の容器より圧倒的に長いんだけど……おかしいな、容器の外に出た証拠は消してるし、何も怪しいことはないはずだよ?
ぷるんぷるんしている、ただのスライムだよ?
これ話しかけてるっぽいなー、思った通り言葉わからないけど。
いやそんな事より昨日も十分ガン見したじゃん、その辺で勘弁してくれないかなー。って、何してるんですかお姉さんっ!
容器の蓋を開けて、白くて綺麗な手が俺の方に伸びて来たんだけど、やばいやばいやばい! これはどうするのが正解だ!? 逃げる? 猫みたいに擦り寄る? 普通のスライムはこの場合どうす『ぴとっ』あ。
お姉さんの左手人差し指が、俺の体に触れた。あふん。
ていうか、つつかれてる。そして転がされた。
えーと……何が正解? ぷるるん?
って、何で俺を鷲掴みにして持ち上げてんの!?
何?まさか食用スライムじゃないよね!? と、とりあえず非常逃走用のどこで門は起動直前で待機、んで一体何をーって近い近い! 顔近いよ!? ってふわー、いい香りだー。
嗅覚作っておいてよかったなー……。
それにお隣さんくらい大きくなくて良かったかも?
今ならちょうどいい手乗りスライムだよ!
しかしまあこのお姉さん、綺麗な唇だなー紅い瞳かっこいー。
これはあれか、間近で俺を観察してるってことなのかな?
しばらく俺を手の上でぷよぷよ突付いたり転がしたりしていたお姉さんは、俺を優しくゆっくりと容器に戻した。
最初みたいに鷲掴みじゃないんだ。
というか間近で見たおっぱい、ほんと大きかったな……。
お姉さんはそのまま隣の容器も蓋を開けて手を伸ばしたけど、今度は小さなうめき声を上げて手を引っ込めた。
そして慌てて蓋を閉めて一言二言何かをつぶやくと、左手を確認するように眺めていた。
何があった? よくわかんないけどお姉さん怪我とか……無いようだね、よかったわー。しかし何が……ってもしかしてお隣さんがお姉さんを食べようとしたとか? いやー流石にそれは選択肢に無かったわー。
スライムとして正解かもしれないけど、俺には無いわー。
お姉さんは更にその隣の容器も開けて、手を伸ばしたけど……やっぱりすぐに引っ込めて、先ほどと同様に胸元へと引き寄せるた。
ああお姉さん指先怪我してんじゃん!
やっぱり食べようとしたのかな、うわ痛そー、大丈夫かな……って、あれ?
傷が治って……はっ! 光視力!
指先に赤い光が集まると同時に、傷が綺麗に治っていくよ?
通常の視力を手に入れてから光視力はほとんど切りっぱなしだったけど、ちゃんと同時に使うようにしよう。
それにしても……何となく、そんな気はしてたよ?
天井を見ると、何も無いところに白い光の粒子が集まってできた光源がある。
治療も、明かりも、そして多分光視力も空倉庫もどこで門も、やっぱり……魔法……なのかなー……。
そうか、魔法かー。これはもう地球外で確定かな?
あ、それじゃ人形もゾンビも俺も、魔法で作られたのかな?
他にはどんな事ができるのかなー、あ、そっかイメージの強さでいろいろ出来たのも何か納得。それに赤の光は回復魔法か、そりゃ無傷な状態で検証してもわからないよねー。
……やばい。ちょっと楽しくなってきた!
地球でできなかったこと、いろいろできそうだよ!
人間やめてるけど、別に人間じゃなくてもできそうなことたくさんあるし、どうやら俺は魔法も使えるみたいだし?
ちょっとどころじゃない、めっちゃ楽しくなってきた!!
うひょー!
次の日お姉さんは濃紺のドレスに身を包み、バケツほどの大きさがある金属性の容器を持って部屋に来た。
いつもどおり机に近い人形から順番に中身を確認していき。今回は俺の目の前もさっと移動した。いつもと違って何かドキドキする。心臓無いけど。
って、今日は机に向かわないの?
俺の正面にある容器の前に立って、ネズミゾンビを見ながら何かつぶやいてる。何だろ、ゾンビが赤い光に包まれて倒れたよ?
するとお姉さんは容器の蓋を開けてバケツの中身をぶちまけると、出てきた緑の液体ががゾンビを一瞬で覆い尽くし……ていうかこの液体、俺と色違いだけどスライムだ。
うわぁ、吸収速度半端ねえ。あっという間に無くなった。
そんでお姉さんの言葉に従ってるのかな? 声をかけたら緑スライムは自分からバケツに戻ったよ。
賢いスライムもいるんだね。言葉わからないけど、ちゃんと言うこと聞いているみたいだ。
それを二列目の残り二体にも繰り返し、最後に緑スライムがお姉さんに小さな球を三つ渡した。
あの球って、俺の中にある球と同じ物じゃないか?
いったいどういう……って、臭い! 臭いよ!? これ、腐った匂いって……あ、ゾンビか! ぬおおこんな匂いするのかきついわー……あ。
感覚切れるんだった。嗅覚オフ!
これ二列目容器から臭ってくるな、お姉さんはよく平気な顔で……ん?
お姉さんが棚からポーチくらいのサイズの、緑と紫の光を纏った革袋を持ってきた。
その革袋を開けるとゴウッという音とともに、革袋の中へ空気が吸い込まれたみたいだ。よく見ると革袋の底に一回り小さな穴が空いてるな、そこからは空気を排出してるっぽい?
空気清浄機みたいなものかな? 嗅覚器官接続っと。……よーし臭わなーい。
あの革袋、いや革筒? 空倉庫とかどこで門みたいな穴を作って、筒の口に固定化させてるんだね、ふむふむ勉強になるわー。
てーかお姉さん。さっきからこっちチラチラ見てますよね? バレバレですよ? って余裕こいてる場合じゃない、やっぱり目をつけられてるっぽい!?
お姉さんがまたこっちに来るかと警戒しじっとしていたがその予想は外れ、数分机で書き物をするとバケツスライムを持って立ち去った。
ふう、ちょっと拍子抜けって感じ。それにしても俺が生きる為目指すべきはお隣さんではなくバケツスライムの方かな。
人馴れした動物のような態度で、敵意が無いことを示した方がいいのかな? あーもう、やっぱり言葉の壁は大きいなあ。
知らない言葉でも四六時中聞いていれば、覚えることもそう難しくはないはず。でも一日数分しかお姉さんが部屋に居ない現状では、十年かかっても無理だ。
やっぱり室外探索を視野に入れよう。
そのためにはより俊敏に動けるように訓練と、光視力の練度上昇だな。
魔法はきっと役に立つ。
さっき見た緑は、風だった。でも緑に染めるのに時間がかかる。
緑に限らずどの色も集めるのは楽だけど、染めるのは結構大変だし疲れるんだよね。
何度も何度も練習していると、染めるのに必要な時間はだいぶ短くなった。
それと思わぬ発見もあった。極度の疲労感と酷い倦怠感に襲われた際に、光の粒子を食べた時の疲労回復間を思い出し吸収してみたところ、疲労感と倦怠感が消えた。
ゲームで言えば光視力であれこれやるのはMP消費、光の粒子吸収はMP回復って感じかな?
他にどんな行動でMP消費するのか検証しておかないと、いざという時に困るかもしれないね。しかし光の粒子食べて回復とか、霞を食べる仙人みたい。あ、でも人じゃないから仙スラ? ……そんな事より練習を続けるのじゃー。
疲れては光粒子を捕食、疲れては捕食を繰り返し、染めるのに必要な時間は最初の半分になった。
疲れたー、あーまた霞食べようかなー。でも眠いような……あれ、眠い!?
そういえば気絶以外で寝てないよね? 眠気を感じたのも初めてなんだけど? 今頃気づくって、自分の事ながら実は相当テンパってたのかな……?
しかし睡眠かー。そういや眠ったら空倉庫とかどこで門とか視覚聴覚はどうなるんだろ。全部無くなっても面倒だけど、気になるなあ。でも試すなら早いうちにやるべきだよね?
今ならネズミ食べきったから空倉庫も空いてるし。念のためネズミの毛を一房入れておけば俺の空倉庫だとわかるし。
んじゃー早速毛をぽーい。
それではおやすみなさいませ
ころん、ぷよん。
ガチャ、という扉を開く音で目が覚め、慌てて視覚と光視力を起動する。お姉さん来てるじゃん、寝すぎたかな?
久々の睡眠だったからかなーすごいたくさん寝た気がするよー。ふうスッキリスッキリ。おねーさんおはよー、今日の深緑色のドレスも素敵だねー。
さーてこっちにお姉さんが注視する前に確認しておこう。
感覚器にも空倉庫にもどこで門にも問題なし。
よーし今日はご飯の日……って、あれ。お姉さん手ぶら?
三日毎だと思ってたけど違うのか。いくらなんでも丸一日以上寝てたとか……あははまさかねー。
お姉さん、今日は人形とスライムの容器を一通り確認し書き物をすると、すぐに部屋を出て行っちゃった。
何か寂しい。でもいつも通り光視力の練習と体を動かす特訓だ!
びよーんびよーんばいーんばいーん。
……何か……落ち着かないな。
視線というか、何か狙われてるような寒気がするよ?
どこから……って、お隣さん? その向こうも?
容器の内壁にべっとり張り付き、俺が居る方向に合わせて移動している。
お姉さんからの意識が逸れたと思ったら、今度はそっちー?
それにこの気配? 敵意とか悪意じゃないけど悪い感じしかしないんだよな。
なんていうか……間違って新宿二丁目の繁華街に迷い込んだ時みたいな。
うう、怖いなあ。
でもどうせ容器から出られないんだし、無視して練習しようっと……。
無視してその後数日の間さまざまな練習を続けた結果、吸収したネズミに全身化けてみようとして気を失いかけたり、紫の光で作る足場が直径2メートル位まで大きくできたのでそのまま長時間維持しようとして気を失いかけたり、分裂体を長時間維持して気を失いかけたりと、その都度大量の霞を食べることになったが能力把握は相当はかどった。
あれから他のスライムはお姉さんが部屋に来るとそちらへ行くものの、それ以外は常にこっちに意識を向けていて、滅茶苦茶落ち着かない日々だった。
特に昨日お姉さんが帰った後から、容器の側面をびたん、びたんと叩くようになったせいで非常に煩い。
うん。そろそろ部屋の外を確認してみようと思うんだがどうだろうか。
このままだとマジ貞操の危機。
今日でスライムとして生後二週間は、いい節目だと思う。
ってどんな節目何だか自分でもよくわからないけど、なんでも良いから理由がほしいだけなのだ。
今日、お姉さんが帰って一時間くらいしたら行動開始しよう。
そう心に決めて女性を待つ。程なくして現れた紫色のドレスを着たお姉さんは、容器の壁を叩くお隣さんと二軒隣さんを見ると、部屋の明かりを点けたままそそくさと部屋を出て行った。
すぐに戻ってきたお姉さんは、こないだネズミを食べた緑スライム入りのバケツを持ってきた。
それを持って二軒隣さんの容器の前に立つお姉さん。
前回と違うのは、動きを止めるような呟きがなかったことと、容器の蓋の上に緑スライムを置いて、そこに手を突っ込んでスライム越しに蓋を開けたことだ。
容器の蓋を開けた途端に外へ飛び出そうとした二件隣スライムだけど、緑スライムが完全にブロックしそのまま巨体で包み込んだ。あっという間に勝敗は決した。
そのままお隣さんも同じように、緑スライムに抵抗虚しく食べられた。
そしてお姉さん、とうとう俺の容器の前に立った。
うわー、処分対象ってことかー。
まあいいや扉前と机の下と棚の裏にどこで門を設置してあるから、食べられそうになったら分裂体を残してどこで門使って逃げよう。先に部屋前の廊下とか調べておかなかったのが悔やまれるなー。
あ、分裂体といえば女の人の服に俺の体の一部を分裂させてくっ付けておくんだった。そーすりゃ安全に外の確認できたのにー、って今更だよねー。さて、どのタイミングで逃げるか。……ん? 何で素手、「むにゅ」あ。
お姉さん、無造作に蓋開けて素手で俺を突付いてるなあ、何これ意味わからないんだけどこの状況。
あ、また掴まれた。
ちょっとまって緑スライムけしかけるんじゃないの?
予想外過ぎて反応できなかったよ!
手のひらに乗せられてツンツンされて……笑顔が素敵だなあ、お姉さん。
しばらく俺を弄んだお姉さんは、容器に俺を戻して……って、蓋してないよ!?
え、何これ逃げろって事? 待てって事? そのままお姉さんバケツ持って部屋出て行っちゃったけど、意味がわからない。
せめてジェスチャーしてから行ってよー、ってあれすぐ戻ってきたけど何持ってんのあれ。
……キャリーケース? ケージ?
何か、ペットを運ぶときに使うやつだよね……。
ほうほう、俺を容器から出して、ケージに入れて、机の上に置いて、そのまま書き物するんかいっ!
えーと。
状況がつかめません。
お姉さんは五分ほどで書き物をやめて、俺が入ったキャリーケースを持って部屋を出た。
お姉さん、笑顔というより笑いをこらえるような顔してるけど、危機は去ったのかな? よくわかんない。
でも部屋の外には出られたよ。
どうやら地下室だったみたいだ、廊下の奥には扉がもう一つ、反対側には上り階段があるだけだ。
ていうかこの廊下、干からびたようなミイラ犬が待機してるんだけど。不用意に部屋の外へ出なくて良かった……。
階段を登った先の扉を開けると西洋風の鎧飾りがいくつも並ぶエントランスに出て、すぐ近くの部屋へと連れて行かれた。その部屋は最初に居た部屋と似た作りだけど窓があり、明るい光が差し込んでいた。
部屋の奥の方には人間大の西洋鎧を着込んだ木製人形が所狭しと並べられ、手前には大きめのソファー・テーブルが一セットと、壁際の机横には大型犬がすっぽり入るくらいの、目の細かい金網が張られたケージが置かれている。
お姉さんはその大型ケージの扉を開けて俺を移し替えると、キャリーケースをケージの上に置いて部屋から立ち去った。
うわあ……窓の真下だ。空が見える。雲一つない綺麗な空。普通の目玉があったら泣いてたかもしれないね、きっと。
処分されると思って逃げようとしてたけど、ギリギリまで見極めようとして正解だったかな? それにこっちの方が、万が一の際に逃亡しやすそうだ。
最初の部屋の棚の裏にどこで門を繋いで触手を出し、問題なく移動できそうだと確認する。
地下へ戻る避難路は一つあれば十分だよね、扉前と机下の門は消しておこう。
そんで新たに作ったどこで門の出口を窓の外へ移動させて……と。
ちょうどお姉さんが戻ってくるような物音がしたから、ケージの中でぷるんと揺れながら待機しよう。
……おかえりなさいお姉さん、その手に乗ったおぞましいものはなあに?
ええええええ何あの蜘蛛でけえええええ胴体だけで手の平いっぱいって15センチ超えかよタランチュラでもあんなでかくないぞそれしかも素手で持っていやまってなんでにこやかにこっち持ってくるのなんでケージの扉開けたのいやまさかそれ……食べろ、と……?
足の長さを含めると40センチに届きそうなサイズだなぁ……。
そもそも虫全般が苦手なんだよう。
でもこっちの様子を覗うお姉さんの、悪意なき笑顔を見てると……食べなきゃ、だよね……。
出された食事は余程の事がない限り全部食べなさいって躾けられけどさ、これって余程の事態だよねー。
でもあの笑顔見るとなー。でも蜘蛛なー。はあ。ネズミの死骸も食べた事だし今更だよねー
そもそも何で虫が嫌いなんだっけ。
触るときの力加減を間違うとすぐ足や首がもげ落ち、死んでしまうのが嫌だったような?
そうだ、自分は虫が苦手なんじゃない。殺すのが嫌だったんだ。そしてこの蜘蛛はもう死んでいる。それならただ死なすより食べられることで誰かの命をつなぐ役に立つならきっとそれは自然の摂理なんだ。
ちゃんと、蜘蛛の命に感謝しよう。いただきます。
なんて普段は絶対考えないようなクサイ事を敢えて考える事で、意識を蜘蛛の外へ逃がす。
そうしながら蜘蛛の上に乗り、感情を理性で押さえ込んでひたすら蜘蛛を食していく。
目指すは無我の境地。
とはいえ実際には細切れにしてから分解しているように見せて、片っ端から空倉庫に投げ込んでいるんだけどね。
右足、頭、胴体、左足と順番に空倉庫へ片付けている間、女性の表情に気を配る余裕なんか無かった。集中していたため食べ始めてからどれくらいの時間が経ったのか全く把握していないんだけど、食べ終わり気がつくと女性がポカーンとした表情でこちらを見ていた。
また何かやっちゃったかなー、でも外への逃走経路は確保してあるし、別にいいか。
「ーーーーーーーーーー」
ん、お姉さん呼んだ? 見るとケージの扉を開けて手の平を上に向け、指先をクイックイッとまるで俺を呼ぶかのように動かしている。
ああ、うん。そんな気はしていたよー。俺ペット扱いですね、ええ。いいでしょう。ならば私にも考えがある!
女性の手に近付き、まずは猫のようにスリスリしてみる。
するとお姉さんがすくい上げるように手の側面を押し付けてきたので、ぴょんっと跳び乗ってみる。
こんな美人に飼われるなら本望というものだよね!
落ち着いた気持ちで乗る女性の手は暖かく、心地よささえ感じる。
お姉さんは俺を持ち上げて顔の前まで運ぶと、話しかけながら反対側の手で撫でるような仕草をした。
ぷるん、ぷるん、って体が波打ってる。
しばらくすると満足したのか、俺をケージに戻し扉を閉め、隣の机で書き物を始めた。
たまに赤い光の粒子が視えているが、回復以外の何かをしながら書き物をしているのだろう、ということしかわからない。お姉さんはたまにこちらの様子を窺いながら机に向かっていたけど、唐突に聞こえたノックの音に手を止め返事をした。
開かれた扉の向こうから、白いエプロンを身に着け薄緑色の髪を後で一つに纏めたおよそ五十歳前後の上品な女性と、桃色の髪を両サイドに纏めたツインテールの二歳位の幼女が姿を見せた。
幼女はぱたたたと足音を立てながら、机から立ったドレスのお姉さんへと駆け寄り抱きついた。
うわあああああ可愛いいいいいいいいい……天使だ。マジ天使。ていうかこっちの人って全員目が紅いのかな。それに顔立ちが何となく似ているような……娘か!?
お姉さん、子持ちだったのか!!
見れば見るほど……そっくりじゃん。
エプロンの女性はお手伝いさんか何かかな、一礼すると部屋を後にしていた。
幼女は言葉足らずな感じでお姉さんに話しかけ、お姉さんもそれに応えるように会話を続けている。
目の保養だわー。
ってお姉さんが突然俺を指差し、幼女と一緒に近寄ってきた。
するとお姉さんがケージを開け手を伸ばしてきたので、さっきと同じように手の平に跳び乗る。ケージから出され幼女の前に差し出されると、幼女はおずおずと手を伸ばしてきた。
その手に猫のようにスリスリすると、幼女の顔にぱあっと笑顔が広がった。
……天使って、実在したんだ……。
ああもう、俺このままペットでいいや。
こんな笑顔が間近で見られるなら、他のことなんてどうでもいい!
この笑顔を間近で見られる生活なら、何の不満があるものか。
この子を喜ばせるためなら、あざとく猫や兎をイメージして行動してやろう。
ひとまずペット生活のついでに言葉を覚えていけばいいかな。
幼女がしきりに口にしている単語は『ナナ』かな?
意味はわからないけど、そのうちわかるだろ。