3章 第4話N 子供にはまだ早いのじゃ
青スライム騒動のあと、副産物として頭皮・頭髪洗浄用の薄青色スライムと、身体洗浄用の藍色スライムが完成する。薄青色スライムは油分を必要以上に除去しないよう調整し、藍色スライムは自立移動を禁じて、ボディスポンジのように握って身体をこする形にして問題を解決した。
藍色スライムで身体をこすることに最初は警戒していたエリー達三人だったが、実際に使ってみるとマッサージ効果もあり、背中を洗いあったりして大喜びであった。これらは男性用と女性用に分け、浴室に専用の置き場所を作っておく。
その後はマリエルとともに料理をしたり、服を作ったり、ぱんたろーの背中に抱きついて居眠りしたりと、それなりに充実した日々を過ごす。また、再度泥棒が敷地内に侵入したらしいが、とーごーが捕縛しヒデオが警備兵に突き出していた。
ついでにヒデオとオーウェンには空間障壁を利用した足場の作成や、相手の退路の遮断、盾で受ける衝撃の低減など、魔力視と障壁を活用した戦闘についてもレクチャーする。
そしてヴァン討伐から三週間が過ぎた頃、ようやくテミロイの状況がアトリオンに伝わり、軍のみで十分対処可能ということでヒデオ達への待機命令が解除される。これによって、ようやく王都アイオンへ移動できるというわけである。
しかしこの短期間に二度も泥棒に入られるとは不用心だと思い、ヒデオ邸には番犬として狼型ゴーレムを一体作り置いておく。このゴーレムにはエリーが『ラッシュ』と命名し、首輪のネームプレートに『紅の探索者所属 ラッシュ』と書いていた。二文字足りないと騒ぐヒデオは、それ以上はいけないと拳で黙らせておく。
ラッシュにはヒデオやエリー達の指示に従うことと、敷地から出ないことを厳命し、留守番を任せる。
竜車に乗ってアトリオンを出ようとすると、『紅の探索者』に対し結構な数の市民や兵士から見送りを受けた。竜車の窓から顔を出し手を振るヒデオ達は、嬉しいやら恥ずかしやらと複雑な表情をしていた。
英雄として見送られる気分はどうだと聞いたら、自分にも見送りが来ている事を知らされる。どういうことかと窓から外を覗くと、市場や商店街の人たちだった。なぜか涙を流してお礼を言っている者もおり、とりあえずそのうちまた来ると声をかけ、手を振って別れる。
「全員準備は良いな?」
アトリオンから二時間ほど南に進んで農地地帯を抜け、周囲に他の竜車が見えない位置で車を止める。竜車に乗る五人のうち三人は不安げな表情だが。ヒデオとサラは問題ないと言わんばかりに頷いていた。
「嬢ちゃん、本当に竜車ごと転移させられんのか?」
「大丈夫じゃろ、この距離なら三度の転移で着くそうじゃ。わしが万全なら一度で行けるのじゃがのう」
「ん、ナナどこか悪い?」
「そう言えばヒデオしか知らんかったかのう? 昔ヴァンとの戦闘で負ったダメージのせいで、わしの行動はいろいろ制限されておるのじゃ。戦闘は一度に十分までとか、魔術は一日何回までとかのう」
ヒデオを除く四人の顔が引きつる。
「ナナって、制限されててあの強さなの……?」
「毎朝五分程度しか訓練していなかった理由がわかったかも?」
「ほんと嬢ちゃんは出鱈目な存在だと、改めて認識したぜ……」
「かっかっか、では行くのじゃ!」
「ちょ、待て嬢ちゃんまだ心の――」
オーウェンが何か言ってるが無視し、全員と竜者と地竜に紫色の魔力線を繋ぎ、さっさと転移する。
「――準備ができてねえ。なんせ転移なんて初体験だからな、何が起こ「もう跳んだのじゃ」」
「……あ?」
「オーウェン。大事な話じゃからよく聞くのじゃ……もうとっくに転移済みじゃ、馬鹿め」
ギギギ、と音がしそうな動きで首を回し、窓の外へと目をやるオーウェン。さっきまでと景色が違うことに気付き、口を大きく開けて呆けている。ヒデオと三人娘も外の景色を見て驚いているが、こちらはむしろ感動のほうが大きい様子である。
「では一時間ほど走ったらまた転移するでのう、それまでわしはのんびり魔力回復なのじゃ」
スムーズに走り出す竜車の中で、長椅子に浅く座って背もたれにより掛かる。しかし硬い背もたれと座面にイラっとして、スライム体を出してクッションを作る。狼革のクッションは内部に安く買った布の端切れ等を適当に詰め、全員に二個ずつ行き渡るよう十二個作った。
「ところでナナ、竜車にはどんな改造したんだ?」
御者台から手を伸ばし、ヒデオがクッションを受け取って尻に敷き、ほっとした表情を浮かべながら口を開いた。
「改造はしておらんぞ、単にわしが車輪の下に空間障壁を張って平らにさせておるだけじゃ。微妙に浮いておるが良く見なければわからんじゃろ」
「ん。快適」
「今日は揺れが少ないって思ってたかも! やっぱりナナちゃんのおかげかー」
三人娘もクッションを受け取ると、尻や背中に敷いたり抱きついたりと、自由にしている。外を見て呆けているオーウェンは目の前にクッションを放っておく。
「同じ効果の魔道具なら、自分達で作ってみればよかろう。ザイゼンには魔道具作りも教えてあるでのう、置いていくゆえ色々教わるとよいのじゃ。かっかっか」
「え、ザイゼン置いていくの? あたし達は確かに助かるけど……」
「あくまでも教師役と、わしとの通信の仲介して預けるのじゃ。魔術にも魔道具作りにも教師役は必要じゃろう。周囲に他人がいないときのみ会話を許可しておるし、ザイゼンを通して、わしに連絡ができるようにしておる。気軽に連絡するがよいのじゃ。それと非常時以外は一切攻撃も防御もせんぞ、おぬしらの成長の妨げになるでの」
「ありがとうナナ、そういうことなら喜んで預かるわ。生命魔術なんてこれからどうやって伸ばそうか悩んでたのよ。これからもよろしく頼むわね、ザイゼン」
「承知しましたエリー。こちらかもよろしく頼みます」
エリーはザイゼンを膝の上に乗せ、その毛並みを楽しむように撫で回していた。その後は車輪の下に空間障壁を張る練習がしたいというヒデオ達と、交代しながら竜車を走らせる。午前のうちに王都アイオン近郊までたどり着く。ここからまだ二時間以上かかるのだが、他の竜車や畑仕事をする人々の目を気にして、それなりに離れた場所へ転移させたのだ。
あとは御者のヒデオに任せてのんびりと過ごすが、都市防壁前に長蛇の列ができていたため、結局アイオンに入ったのは昼を大分過ぎてからであった。
「ちっ。都市内に転移させるんじゃったか」
「やめろよ!? 嬢ちゃん、それは絶対に駄目だからな!!」
地上界の常識など知るかと言いたい所だが、将来良い関係を築くためには多少の我慢も必要なので、オーウェンをいじるのはやめておく。
そもそも異界の民もどうでもいいのだが、魔王となり関わってしまった以上、多少は面倒を見なければいけないだろうとは思う。またヴァンのような阿呆が現れても困るので、集団転移術も使えるようになったことだし、早めに住民全員を地上へ移住させたい。まあ、住民らが望んだら、の話ではあるが。
竜車は防壁横に預けるそうなので、ここまでがんばった地竜という大トカゲを撫でてやると、嬉しそうに舌を出した。食事をあまり必要としないくせにスタミナがある生き物と聞いていたが、何のことは無い、地面から魔素を吸収しながら走っているだけだった。魔素の塊を口に放り込んでやったら大喜びしていた。
酒場で遅い昼食を摂るヒデオらを尻目に酒を注文すると、訝しげな顔を向けられたが気にしない。ここにある酒はどれもアルコールが強く味は二の次といった様子で、店を選んだヒデオはとりあえず蹴っておいた。なんでもここアイオンには一度来ただけですぐアトリオンへ移動したため、まともに街を歩いていないという。
その後宿を決めると、買い物に付き合う約束だったオーウェンは国王に報告があると言って逃亡し、女四人とヒデオというハーレム状態で市場へと向かうことになった。
「おお? ヒデオの言っておった水麦とはこれのことかのう?」
市場の一角で見つけた、米に酷似した作物。店主に許可を貰い数粒手に取り籾殻を剥くと、それは紛れも無く玄米、お米であった。ただし細長く、日本で一般的な米とは別物のインディカ米だろうということはすぐにわかった。
とりあえずヒデオと半分ずつ、店にあったものを全て買い取る。物好きな、と笑う店主に他に珍しい食材を扱っている店を聞くと、大通りから一本隣の裏通りなら、治安は悪いが品揃えは良いと言う。お礼に店内に何種類か置いてある麦もまとめて買っておく。
まずは大通りを歩き、見た事も無い植物の葉や実、種子などを適当に買い漁る。シンディが詳しく説明してくれるが、とりあえず料理に使えそうなハーブ類や香辛料を中心に覚えておく。他はきっとキューちゃんが記憶してくれる。
大通りでの買い物を済ますと、まだ見ぬ食材を探し裏通りへ向ける小道へと足を向ける、
「よくあるよな。路地裏でガラの悪い大男に絡まれる女の子を助ける、的なシチュエーション」
「おお、よく聞くのう。昔はああゆうのにも憧れたのう、かっかっか」
「ナナもそうなの? あたしは似たような経験あるけど、あれは一生の思い出……って、何言わせるのよ!」
「危ないところを助けられるって、やっぱり素敵な思い出かも!」
「ん、私だけ無い。無念」
そんな他愛も無い会話をしながら、周囲に転がるチンピラ風の男達を無視して歩く。裏通りへ向かう途中でエリーとシンディをナンパしてきたチンピラ達を、無視された八つ当たりにサラと二人で軽く揉んでやったのだ。少女というより幼女にしか見えない二人に一瞬で叩きのめされ、チンピラ達の心は完全に折れている。
「ナナって目立ちたくないんじゃなかったか?」
「こんなのと問答する時間が惜しいのじゃ。ほれ、はよう行くのじゃ」
口も手も出す隙も無く呆れたように立っているヒデオを急かし、先を急ぐと間もなく筋を抜けて裏通りへとたどり着く。雑多な屋台風の商店が並ぶ中からチーズを扱う店を見つけ、店先へ行くと大量のチーズが並んでおり、その中にあったブルーチーズに目を奪われた。当然残らず即購入である。
店主は近くの村でヤギとヒツジを買っているそうで、ブルーチーズが売れたことにたいそう驚き、本当に買ってくれるのかと何度も念押ししてくれた。キューちゃんによると毒性無しとのことなので、安心して買い占める。気の良い店主だったため村の位置を聞いておき、いつか機会を作って行ってみようと思う。
さらに近くの店では、じゃがいもが腹を壊しやすいという理由で、捨て値同然で売られていた。緑の皮や芽の部分にある毒のせいだから、そこを深くえぐってから調理すればいいと教えると、皆から驚いた顔で見られた。ただ、ヒデオまで驚いていたので、理科か家庭科で習っているはずだろうと一発殴っておく。
食料以外の店も回るが特に目新しいものも無く、服飾もアトリオンと大差無い為購買意欲が沸かなかった。そのため時間があまり、少し考えた末宿に戻ることにした。
宿屋では空いた時間を使って、エリーにじゃがいもやチーズを使った料理のレシピと、水麦と呼ばれるインディカ米の用途を教えて過ごす。
大分遅くなって宿で合流したオーウェンは、翌日の午前の鐘が鳴る頃に国王と会えるよう調整したとの事だった。大分疲れている表情だったので、治療魔術を使って肉体的な疲労を取ってやってから、渋みのある赤ワインを小樽で三つ買ってこさせる。
更に疲れた表情で戻ったオーウェンから、ワインの小樽を二つ受け取り空間庫にしまい、一樽を冷やしてグラスに注ぐ。
「で、これは何だ」
「ブルーチーズと言っての、アオカビを使ってチーズを熟成させたものなのじゃ。独特の臭みはあるが無害じゃし、赤ワインと合うのじゃ」
宿屋の一室で恐る恐るブルーチーズの臭いを嗅ぐオーウェンを、ヒデオと三人娘は少し離れて見守っていた。なお四人ともブルーチーズは好みに合わなかったようだ。オーウェンは意を決して欠片を一つ口に放り込む。強烈な臭いに唸り声を上げるが、ワインを口に流し込むと唸り声が止まる。首をかしげ、ブルーチーズをもう一欠片口に入れる。しばらく咀嚼し、ワインを流し込む。オーウェンは驚いたような表情に変わった後、今度はワインだけを口に含む。
「これは驚いたぜ。チーズだけだと不味いのに、この不味いワインと合わせるとこんなに食べやすく……いや、美味いぞこれ」
「ふふん。ワインは口当たりが重く感じるような奴がいいのじゃ、軽いとブルーチーズの方が勝ってしまうでの」
オーウェンはブルーチーズをつまみにどんどん飲み進めるが、少し羨ましい。だが最初の食事はリオ達と、と決めたので我慢する。ワインもチーズも大量に持って帰るのでいいのだ。
そうしてワインだけちびちびと飲んでいると、エリー達が興味深げに近寄ってきた。
「ナナ、もう一回挑戦させて! 今度はワインと一緒に!!」
「いくらこの世界では飲酒の年齢制限が無いとは言え、身体に悪影響があるのは事実なのじゃ。じゃからエリーとサラは一口だけじゃぞ」
「ん、問題ない」
「アタシも一口だけにしておこうかな? エリーとサラが飲めるようになるまで、楽しみは取っておくかも!」
三人娘にブルーチーズを一欠片ずつと、自分が飲んでいたグラスを渡す。順番にチーズとワインを口に入れていくが、先ほどよりマシになったという程度で、とても美味しいとは思えないという感想だった。
「俺にも一つくれよ」
いつの間にか近付いていたヒデオが、ブルーチーズを一欠片口に放り込み、ナナの手に戻っていたワインのグラスを奪って口をつけた。
「俺にもよくわんねえや、普段から飲みなれてないと駄目そうだな。って……ナナ?」
「ふあっ!? か、勝手に人のグラスを取るでないわ、たわけ!」
ヒデオの手からグラスを奪い返し、そのグラスを見る。ヒデオが口をつけ、自分の手に戻ったグラスである。顔が徐々に熱を帯びていくのを感じる。
(か、か、間接キ……はっ!? わ、わしは何を考えておるのじゃ! しかし飲まぬと不自然じゃし……ええい!)
意を決し、エリー達に動揺を気取られぬよう細心の注意を払い、いつも通りグラスに口をつけてワインを流し込む。一口分を喉に流し込み、グラスから口を離し周囲を見ると、一気に肩の力が抜けるのを感じた。そこには真っ赤になって目を回すエリーとサラの姿があり、シンディはそれを慌てて抱きとめていたのだ。
「ふふ……仕方が無いのう、今日はお開きじゃ」
確かにこのワインはアルコールが高めだとは思うが、一口でこうなると、見られなくて良かったと思うよりも心配の方が勝ってしまう。
「ほれほれ、ヒデオとオーウェンは自分の部屋に戻らんか」
部屋割りは今いる四人部屋と、ヒデオ・オーウェンの二人部屋を取ってあった。自分は当然女子部屋である。ふふん。名残惜しそうにするオーウェンからチーズを取り上げ、ヒデオと一緒に追い出すと、シンディと協力してエリーとサラをベッドへと横たえる。
「オーウェンもナナちゃんも、いつもあんな強いお酒飲んでいるのかな?」
「わしは酔わない体質じゃからのう。そのうち解消したいとは思っておるがのう。エリーとサラも飲めるようになったら、弱めの果実酒なんかを一緒に飲みたいもんじゃのう」
「楽しそうかも! でもナナちゃん、異界に帰るんだよねー、また遊びに来て欲しいかもー……」
「ふふ、安心せい。そう遠くないうちに会えるじゃろうよ」
話しながらシンディに見えないように、目を回してるサラの首にスライム体を突き刺し、血液中からアルコールを抜き取ると治療し傷を消す。
着替えを手伝いながらエリーも同様にアルコールを抜いておき、サラも着替えさせる。
「かかっ、いつもはエリーとサラに遠慮しておるが、こうして見るとやはりシンディが一番お姉さんじゃのう」
「あははー、二人には助けられたからねー。それにヒデオと会ったのも好きになったのも、二人の後だし。本当は身を引こうと思ってたんだけど、ほら、エリーってこんなんだからねー。逆に逃げられなくなっちゃったかも!?」
「ふふ、良いではないか。おぬしは悪ノリするときもあるが、オーウェンと同様このパーティーを支えるのになくてはならん存在じゃ」
着替えさせたエリーとサラの寝息を聞きながら、シンディとともに寝支度をする。
「あははー、なんか照れちゃうかも?」
「おぬしがヒデオと良い関係でなければ、連れて帰る所なんじゃがのう。残念じゃが諦めるしかないわい、かっかっか」
森人族の野菜やハーブ、穀物の知識は欲しいが、それ以前にシンディの控えめな性格はとても好ましいものであったのだ。照れるシンディを更に褒め殺すが、先ほどのヒデオとの間接キッスによる動揺はやはり気付かれていないらしく、特に話題に上がらないため、安堵して会話を終えてベッドにもぐりこむ。
特に眠いわけではないが、ボーっとしているとなぜか浮かんでくるヒデオの姿をかき消すため、さっき着替えさせたエリーとサラの姿と、寝支度のため目の前で着替えたシンディの姿を思い出しつつ、幸せな気分に浸って身体を休めることにする。




