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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第2話H 見ているだけでも

 ヒデオはオーウェンと二人で早朝に領主の館を訪れていた。昨日のうちにヴァンが倒されたことを報告してあったが、今日は改めて司令・副指令だけでなく領主も交え、事情の説明を求められていた。


 そして即、帰りたくなった。自分の部下である防衛軍がたいして戦果を上げられず、一冒険者である俺達が決着をつけてしまったのだ。組織としては面白くないのもわかるが、司令と副指令は自分の部下に大きな被害が出る前にヴァンが倒されたと聞いて、喜んでいたのだ。

 ところがこの領主は、ゴーレムを返せ、ドラゴンゾンビの魔石を返せ、本物の魔王が本当にいるなら連れて来いとまで言い出した。司令と副指令が宥めようとしているが、会話が成り立っていない。しかもキンバリーについての情報も全くないし、これ以上ここにいる必要は無い気がする。


「ドルツ伯爵よお、これはヴァン以上に国家存続の危機だと言ったはずだぞ。ヴァンを倒したのは本物の魔王、そしてゴーレムはその本物の魔王の所持品で、自称魔王のヴァンに盗まれたものだから返却した。本件に関しては冒険者としてではなく、ティニオン王国第三王子、オーウェン・ティニオンとしての言葉だ。後日陛下より正式に通達が出る。そしてドラゴンゾンビは軍が倒したなら軍の所有品となるが、レイアスは軍属ではない冒険者だ。死体を渡しただけでもマシだと思え。それに魔王を連れて来い、だと? 死にたきゃてめえ一人で死ね。兵士や市民を巻き込むな」


 オーウェンの殺気混じりの怒気に、司令と副指令は顔を青くし身構えるが、ドルツはどこ吹く風といった感じで意に介していない。敵意や殺意を感じる能力があまりにも低すぎるとこうなるんだと、逆に感心するとともに、心からドルツが哀れに思えてしまった。

 しかし領主にアンバーの裏切りを俺達の自作自演と言いがかりを付けられ、ヴァンの存在すら本当なのか、とまで言われたところで、オーウェンを伴って退出することにする。



「おい、ヒデオはあそこまで言われて腹が立たねぇのかよ!」

「ん? ああ、何かオーウェンが怒り狂ってるの見て、逆に落ち着いちゃったよ。それにドルツ伯爵だっけ? あの人戦場に出るどころか暴力とは無縁の生活してただろ。そもそも王族すら軽く見てるし、ああいう人には何を言っても時間の無駄だよ。もし実力行使しようとしても、今みたいに叩き潰せば良いだけだし」

「ヒデオ、嬢ちゃんに影響されてねえか? 発言が過激になってるぜ……」


 領主の部屋から退出してすぐに武装した兵士に囲まれたが、その剣や槍を全て切り落とすと、皆愕然としながら道を開けてくれた。ナナに鍛えられた俺達の戦闘力は、数十人程度の兵士では止められないレベルになっていたのだ。


「領主から終戦の宣言が出るまで待たなくても良いような気がしてきたな。ナナが魔物を討ち漏らすわけがないし、魔物を操る杖もナナが壊したし、あとアンデットくらいしかいないだろ」

「まあ、それもそうだけどな……んで、その嬢ちゃんは今日は何してんだ?」

「エリー達と買い物に行くって言ってたけど、まだ時間も早いし合流できたら俺達も一緒に行こうか」

「お前、よく女の買い物に付き合えるな……って、あれ嬢ちゃん達じゃねえか」


 領主の館を出て大通りを歩いていると、ちょうど正面からナナ達が歩いてくるのが見えた。向こうもこちらを見つけたようで、ご機嫌なナナが、ニコニコしながら目の前まで駆け足でやってきた。


「ヒデオにオーウェンではないか。報告とやらはもう終わったのかのう? それならちょうどいいのじゃ、わしも冒険者登録しておきたいから付き合って欲しいのじゃ!」




 冒険者ギルドでは登録可能年齢が十二歳からとなっており、どう見てもそれ以下の年齢にしか見えないナナを前に、受付のお姉さんは固まっていた。ナナは紅い瞳を魔術で茶色に偽装しているが、体型までは偽装しておらず八~九歳程度にしか見えない。

 『紅の探索者』が身元を保証するということで登録は許可してもらえたが、問題はこの後だった。


「も、申し訳ありません、その魔石は……買い取れません……」

「なん……じゃと……」


 ナナが出した三個の5センチ級の魔石を見て、買取査定の担当者は青い顔をして震えていた。ナナはなぜかがっかりした顔をした直後に、もう一度追い打ちをかけられたような不思議な表情で、力無く肩を落としている。


「あ、あの、買い取りたいのはやまやまなんですけれど……ギルド内の全資金を集めても、適正価格では、その……せいぜい一つしか買い取りできないと……」

「ああ、嬢ちゃんわりい、こっちじゃ5センチ以上の魔石は基本オークションだ。もう一回り小せえのはねえか?」

「そうじゃったか……ではこれならどうじゃ」


 そう言ってナナが取り出したのは4センチの魔石で、これなら金貨一万二千五百枚で買い取るという職員に、ナナは四個の魔石を売却して五万金貨を手に入れていた。


「ナナ、偽装用のポーチが偽装の役目を果たしてない」


 ナナがアイテムバッグや空間庫を目立たせなくするためと言って作ったベルトポーチだったが、そこに入りきれるわけのない金貨の山を全て突っ込む姿を見て、サラですら呆れているようだ。顎が外れそうなギルド職員に礼を言い、さっさとこの場を立ち去ることにする。


「まあ良いではないか、取り出す時に不自然でなければいいのじゃ。それよりこの登録証とやらがあれば、国内の都市どこでも自由に出入りできるのじゃな?」

「正直に言えばあちこち行って欲しくねえが、そういうことになるな」

「かっかっか、それは無理じゃよオーウェン。わしはそう遠くないうちに、観光であちこち回る気じゃからの」

「な!? 嬢ちゃんそれは初耳だぜ、ちょっと詳しく話を聞こうか」


 ナナによると集団転移の術が使えるようになったので、仲間を連れて地上に来るのが容易になったとのことだった。再会が早まったのは嬉しいが、異界でもやりたい事やできる事があるので、すぐに来るわけではないそうだ。



 商店の並ぶ大通りに着くと、ナナは行く先々の店で『マイケル買い』を始めた。後ろに俺達がいるおかげでボッタクリは無いようだけど、目立ちたくないんじゃなかったのか。二軒目までは笑っていたエリー達も段々と表情を失い、何故かサラだけがドヤ顔でナナを次の店へと案内しているその姿に、もはや言葉は出ず、ただ乾いた笑いしか出なかった。

 結局午前だけで五軒の服屋と市場を、昼食を挟んで化粧品店・宝石店・雑貨屋・魔道具屋・花屋・薬剤師・鍛冶師・革細工師・書店・酒屋と回り、ナナはたった一日で二万近くの金貨を散財していた。

 なお、ナナは食事だけはまだ解禁せず、異界に戻ってからと言って真っ昼間から一人酒を飲んでいた。




「ナナ、これは?」


 翌朝ナナが、台の上にこぶし大の水晶球が乗った、九個の装置らしきものをテーブルに並べてドヤ顔していた。台にはそれぞれ1号~9号と番号が書かれ、九個の小さなボタンがついていた。そのボタンもよく見ると、1~9の番号が書かれている。


「通信機なのじゃ。ふふん」

「なんだとおおおおお!?」


 オーウェンがものすごい勢いで食いついた。ナナによると相手の番号ボタンを押すと会話が可能となり、自分の番号を押すと全機一斉呼び出しとなるそうだ。試しに1号の2番ボタンを押すと、2号の1番ボタンが点滅し、ちりりりりん、ちりりりりん、という懐かしい音が聞こえてきた。2号の点滅する1番ボタンを押すと呼び出しベルの音は止み、台の上の水晶球が互いの風景を映し出した。


「お、おおお……伝説級の魔道具を越えてるぜこれ……光魔大戦以前にあった魔道具でも、一対一の通信だけって聞いてるぞ……」

「似たようなもの、わし持っておるのじゃ。ヒルダの遺品で映像しか送れぬのじゃが、今は異界の二大都市をつなぐ通信手段として重宝しておるわい。この通信魔道具はそれを参考にして、声も送れるよう改良したのじゃよ、かっかっか。ちなみに元にした魔道具は使用者の魔力を使って起動するが、これは中に魔石を入れておるので魔力の無い者でも扱えるのじゃ」


 驚きで固まっているオーウェンを尻目に通信機を眺める。ひっくり返して見てみると、『NN』と太字で印字されていることに気付いた。


「ナナ、この裏のマークは?」

「うーむ、それがのう……良いブランドロゴが思いつかないので、とりあえず仮に書いたのじゃ。今後わしの作った魔道具で機密とする技術を使ったものは、そのマークを入れる予定じゃ。解析のために開けたりしたら内部の魔石も魔法陣も全て一瞬で焼き尽くすでの、取り扱いには気をつけるんじゃぞ」

「取り扱いって……まさかオレたちに?」

「いや、ティニオン王へやろうと思ってのう。異界に戻って皆と相談してからでは何とも言えぬが、とりあえず今は友好の証とでも言っておくのじゃ」


 オーウェンが感激のあまりナナの手を握ってお礼を言おうとしたが、ナナが素早く避けたので空振りしていた。


「気安く触るでないわ、筋肉熊め。あとその気になればわしは全ての会話を聞き取れるでの、そのつもりで使うのじゃぞ?」

「……嬢ちゃんを信頼できるかどうかの踏み絵にもするってか、抜け目ねえな……」

「かっかっか、嫌なら使わなければいいだけじゃ。それにその気になれば、じゃからの。そうさせないよう、いい関係でいられれば良いだけなのじゃ、ふふん」

「ああ、親父や兄貴にはよく言っておくぜ……」


 オーウェンの悩み事がどんどん増えていく。若くしてハゲる事が無いよう祈っておく。


「それともう一つ話があるのじゃが……昨日わしらが留守の間に、この屋敷に侵入しようとした者達がおったようじゃ。全員とーごーが捕縛して空間庫にぶち込んでおったが、今回は自害用の魔道具を持っておらぬし技術も未熟過ぎるゆえ、ヴァンとは無関係なただの泥棒かもしれんのう。処分する前に一応話しておこうと思ったのじゃが、治安維持の者に引き渡したほうが良いかのう?」

「んー。一度出してもらっていいかな?」


 何となくそんな気はしていたが、とーごーが空間庫から出した侵入未遂の犯人は、領主子飼いの兵士だった。彼らは何が起こったのか理解する間もなく捕縛されたため、唯一記憶に残っているのは五感が失われた暗闇のみで、自分たちは死んだものと思っていたそうだ。

 可哀想になるほど怯えていたが、午前中のうちに全員縛って市街地を晒し者にしながら歩き、警備兵に「泥棒です」と引き渡しておいた。

 詰め所での取り調べでは、二度と空間庫に入りたくないためかすんなりと自供し、領主からゴーレムを回収するよう指示を受けたことを話していた。

 警備兵は貴族、しかも領主が犯罪に関わっていることを聞いて露骨に嫌そうな顔をしていたが、領主側の人間に事実を知らせ、引き取りに来るまで牢屋に入れておくだけで良いと言うと、ホッとした表情を浮かべた。



「ヒデオ、ドルツ伯爵に文句言いに行かねえのか?」


 警備兵の詰め所からの帰り道、隣を歩くオーウェンが不機嫌そうに口を開いた。


「良いんじゃない? 行けばまた下らない言いがかりつけられるだけだし、とーごーがいる限り屋敷に侵入されることもないし。むしろ俺達も警備兵も知ってるのに、文句も言いに来ない、聞き取り調査すら行われないとなると、逆に警戒して動かないんじゃないかな」

「……んで、本音は?」

「面倒くさい」


 ぷっと吹き出し笑い声を上げるオーウェンだが、どうやら先程までの不機嫌も吹き飛んだようだ。


「ヒデオ、お前やっぱり嬢ちゃんに影響されてるぜ。くくくっ」

「いやいや、これが本来の俺だって。レイアスを真似る俺じゃなく、レイアスとして生きる俺でもなく、元々の俺」

「それを引き出したのが嬢ちゃん、ってか。そんで、そのまま異界に帰しちまっていいのか?」

「引き止める理由がないだろ。それに俺のいた世界じゃ、男女ともに相手は一人だけってのが常識なんだよ。ナナも俺と同じ価値観だからな、今の俺みたいに三人同時とか、普通は軽蔑されて関係を切られるのがオチだ。それなのに友人としてまた会えるって言ってるんだし、十分じゃないか」


 そう言って肩をすくめ、ナナのことを思い出す。俺がレイアスの状態を知り泣いた時の言葉や、自分のやりたい事を話した際の言葉から、ナナに包容力のある大人の女性を感じていた。普段は見た目通り子供のような奔放さを見せるが、時折見せる恥じらいは可愛らしく、その姿を思い出すと鼓動が早まるのを感じる。

 しかし中身はともかく外見はただの子供にすぎない。俺にそっちの趣味はないし、それに本体はスライムで義体は替えられると言っても、これからはずっとあの姿で生きると聞いている。そもそも今の自分には、ナナを引き止める資格はない。

 何より、今日まで支えてくれたエリーやサラ、シンディはとても大切な存在なのだから。そんな事を考えながら歩いていると、自分の屋敷が見えてきた。何か甘そうな香りが漂っているが、この香りの原因もナナなんだろうな、と思いながら玄関をくぐる。



「おお、ヒデオおかえりなのじゃー。はちみつクッキーがもうすぐ焼きあがるでの、昼食後に食べるとよいのじゃ!」


 満面の笑みで出迎えるナナは、とても可愛かった。

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