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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
62/231

2章 第36話 それぞれのその頃と、終わりと始まり

「くそったれがあああ! レイアスとか言ったなあのクソガキ、殺す! ぜってえ殺す!!」


 魔封玉のドラゴンゾンビを囮に、かろうじて戦場から逃げ切ったキンバリーは、ヒデオへの怒りを露わにする。思えばケチが付き始めたのは、ヴァンのゴーレムがレイアスの家に行ってからなのだ。

 まず教会からティニオンへ警告を出したことや、密偵を排除していたことが露見した。戦火の拡大やヴァンに対する情報封鎖という狙いに気付かれたのか、以後ヴァンの監視が厳しくなった。


 さらにセトン~アイオン間のアンデットとセトンのアンデットが暗殺者と共に姿を消し、アトリオンのアンバーが姿を消し、レイアスの屋敷を調査に向かった暗殺者も次々と連絡を絶った。本国に連絡をするも増援の到着まで何ヶ月もかかると言われ、アトリオンの暗殺者には証拠を消させて引き上げさせた。


 一体何が起きているのか、理解できなかった。レイアス達がアトリオンから離れていないのは間違いないが、恐らくセトンのアンデット消滅もレイアスが関わっているの違いないと考える。そしてアンバーが消えたことを知ったヴァンが、もう一体のゴーレムで全軍を率いてアトリオンへ攻め入ると、その邪魔をしたのも、やはりレイアスだ。



「ドラゴンゾンビは敗北、レイアス一行に負傷者無し、アンデット四万は全滅しました。また、ヴァン率いる魔物は消滅していました。戦場跡には炭化したヴァンの遺体のみ残され、魔物の死体は欠片すら残っていませんでした。また、ヴァンにつけた監視員の死亡も確認。こちらも同様に死体は残されていませんでした」


 合流した暗殺者から、自分が敗走した後の顛末について報告を受ける。レイアス達が一体何をして、ヴァンを殺し魔物の軍勢を消したのか、全く見当がつかない。


「ヴァンは魔石を砕かれていましたが、『回収』に成功しております」


 自分に与えられた任務は完全に失敗である。せめてもの救いは、回収に成功したことだけだ。間違いなく本国への帰還命令が下るだろうが、このままでは済まさない。復讐を誓い、暗殺者を伴い大河を超えて、北東へと歩みを進める。


 レイアスはぜってーこの手で殺す。







「場所がわかったにゃ、大河セドリューを越えて、プロセニアの森まで転移してるにゃ」


 ミーシャは周囲の探索を終えて戻ると、仲間の様子を窺う。


「そうか、河を超えたのは運が良かったと言うべきなのか……」


 団長のレーネハイトが、意識を失い治癒魔術士ビルギッタに介抱されている、転移魔術師のジルフィードへと目を向けた。


「すみません、レーネハイト様。魔力枯渇を治す術はありませんので、ジルさんが自然に目を覚ますのを待つしかありません。それに意識が戻っても、魔術が使えるようになるまでどれくらいかかるか……」


 魔王の元へ辿り着くため何度も転移魔術を使い、さらには化物としか言いようのない白い少女から皆を守るため、緊急転移術まで使ったせいで、ジルフィードは魔力が枯渇し気を失っていた。


「ジルが動けなければ、セドリューも国境も超えられぬ。……任務は失敗だ、皇国へ戻るしかあるまい……」


 魔王討伐も、魔獣操者の杖入手も失敗した。思い出すのは地人族重装戦士のペトラよりも小さいのに、ドラゴンすら及ばぬほどの濃密な死の気配をまとった少女だった。『これ以上の殺戮は魔王として看過できぬ』と言った少女は、このパーティー内で一番弱い自分ですら余裕で勝てそうなほどか弱く見えた。だから魔獣操者の杖を奪おうとしたのだが、投げた煙幕玉は結界に阻まれ、やむを得ず殺されそうな青髪の男を助けようとしたら、少女のたった一度の蹴りで肋骨を砕かれ死にかけた。

 しかも全て自分の早とちりだったと気付いたのは、少女が魔獣操者の杖を破壊した時だった。


「ごめんにゃ……あたしが勝手に動いたせいで、ジルが……」

「ジルの魔力枯渇は、急がせた私のせいでもあろう。とりあえず今は移動を急がねばならぬ。今の状態でミーシャやペトラ、ワースが見つかりでもしたら、逃げ切れぬぞ」


 地人族のペトラと猿獣人の槍使いワースが頷き、移動の支度を始める。


「ジルはボクが担ぐよー、それじゃーいこっかー」


 誰一人として自分の失態を責めないことで、ミーシャは余計に自分を責めていた。ジルを担ぐペトラのように体力もなく、ジルやビルギッタのような魔術も使えない。せめて自分にできることを、今度は間違えないように動くだけだ。


「一度北へ進み、森を抜けた方が見つかりにくいにゃ。先行して危険がないか確認するにゃ」


 ミーシャは周囲の僅かな音も聞き逃さぬよう頭上の耳に集中し、レーネハイトが頷くのを確認すると足音一つ立てずに移動を開始する。まずは安全にジルを休ませられる場所を探さなければいけない。野人族以外の種族への差別意識が強い、この国の人間に見つかってもいけない。しかもこの位置からだと、徒歩で皇国との国境に向かうだけで半年近くかかると思われるため、移動手段も探さなければいけない。


 凹んでいる時間はにゃい。







 魔導王と呼ばれていた男アルトは、自分と同じく魔王ナナに仕える側近達と顔を突き合わせ会議を進行していた。


「ダグ、南部に集まっていた反対派の始末はどうなりましたか?」

「ふん、準備運動にもならねえよ。全員きっちり消しといたぜ」

「リューン、魔導都市はどうですか?」

「イライザによると、リオさんとセレスさんがそれぞれ二つの拠点を制圧し終わり、既に移動中だそうです」


 魔王都市及び魔導都市には、現在異界内にいる全ての『魔王恭順派』が居を構えていた。しかし全ての人が平和を望むわけではなく、中には瘴気の影響など関係なく破壊と暴力を好むものもいた。そういった者が集結し二大都市間を移動する者を襲ったり、都市内に侵入して狼藉を働く事があり、その都度ナナには内緒でアルト主導の殲滅作戦を行っていたのだ。


「貧民街も家造りや農作業に狩りと、仕事が増えたおかげで大分綺麗になっていますが、やはり反対派が潜みやすい環境です。ダグ様にはこれからもマメに巡回頂くようお願いしたいのですが」


 ダグはリューンの言葉に、面倒くさそうに返事を返していた。


「貧民街については、学習指導の強化も巡回時にお願いします。各集落からの移住者の識字率は向上し、単純計算の学習も順調です。しかし貧民街に住む者は学習を軽んじ、遅々として進んでおりません」

「学習指導の方は僕の方で行いましょう。民が愚かでは魔王様が悲しみます、と説いて反発するようなら、反対派として扱います。ではジュリア君。アラクネの方はどうですか?」

「先週また一人子供が生まれたよー。今度は男の子だから、魔人族になるね。それと例の計画の方は順調に進んでるよ。というか生産が追いつかなくて大変だって姐さん達がぼやいてたよ」


 アラクネ族の代表であるジュリアは、やれやれ、といった感じで広げた手を肩まで上げる。ジュリアはナナとの縁だけではなく、物作りにおいて高い才能も見せたため、アルトによって半ば強制的に側近の一人に組み込まれていた。


「貧民街から手先の器用な者を優先して送りましょうか、リューン」

「はい、承知しました」


 その時バタバタと忙しない足音が聞こえ始め、間もなく会議室の扉が勢い良く開けられた。


「ただいまー! 姉御は戻った!?」

「戻りました~、ナナちゃんはまだかしら~?」

「まだ戻ってねえよ。ったくまだ一ヶ月そこそこじゃねえか、ちったあ落ち着け」

「そう言うダグが、姉御が行ってから一番つまんなそうにしてるよね!」


 ダグは舌打ちして視線をそらし、大きくため息をつく。


「遠視の水晶、魔導都市じゃなくてヒルダの家に置いておいた方が良かったんじゃねえか?」

「都市間の連絡手段としてナナさんから預かったものです、勝手な理由で使うとナナさんが怒りかねません。とはいえ僕もそうしたいのはやまやまですがね。……ナナさんが発ってから二ヶ月が過ぎたら、一度ヒルダさんの家まで様子を見に行きましょうか」

「さんせー!!」

「良いですね~、それじゃあわたしも、それまでに仕事を片付けておきますね~」

「だなー、そうすっかあ」


 賛成するリオ・セレス・ダグの三人だが、リューンとジュリアは小さく首を振る。


「私は仕事が詰まっていますので残ります。食料の増産による備蓄管理が追いついていません」

「あたいはもしナナ様に会ったら口が滑っちゃいそうだから、こっちに残るよー」

「そうですか。では僕はそれまで反対派を全滅させるつもりで洗い出しを行いましょう。リューンの負担を減らさないと、イライザに怒られてしまいますからね」

「あ、それは……アルト様、ありがとうございます」


 照れたような困り顔のリューンを見て、アルトは改めて今の平和をもたらしたナナを想う。ナナが何を言い出してもすぐに対応できるよう、アルトは五年前より市民の学習や食料の増産を進めていた。


 食料の増産については、光人族の協力を得られた事が大きい。学習については、人口の増加に伴い、書類仕事を任せられる者を増やす目的もあるが、アラクネ族と組んで密かに進めている計画が主な理由である。


 そして、平和の維持。都市周辺はナナの作った瘴気集積装置によって、瘴気濃度は極端に低くなっている。瘴気のせいなどという言い訳は、ナナに対する侮辱と同等である。そう考えるアルトはナナが作ったこの平和を、乱そうとする者を徹底的に排除すると心に決めていた。それが異界を統一したナナへの、最大の感謝であると考える。以前セレスから聞いたナナのやりたい事は、全て平和が前提であったのだから。


 ナナさんがやりたいことをできる世界を作るのが、僕の使命です。







 勝利に沸くアトリオンに凱旋すると『紅の探索者』が竜を倒したことと、何万もの魔物を葬ったその活躍は既に広まっており、アトリオン市民はヒデオ達の姿を見て割れんばかりの歓声で出迎えた。ヒデオは軍司令への報告を求められたが、オーウェンに全て任せると単身自宅へと走っていた。


「……おかえり、ナナ。無事でよかったよ」


 そこには庭で一人、仮面を着けずに世界樹を見上げているナナがいた。


「ふん、それはわしの台詞じゃ。ドラゴンと戦っておるのを見た時は、肝を冷やしたのじゃ」

「はは、やっぱり近くにいたんだな。魔力を送ってくれて助かったよ、あれが無かったら危なかった」


 こちらを振り返ること無く話すナナに近寄り、隣に並んで一緒に世界樹を見上げる。


「じゃがドラゴンゾンビを倒したのはヒデオたちじゃ。誇るがいい」

「ありがとう、ナナ」


 横を向き笑顔を向けてくるナナを見て、無事でよかったと安堵する。そしてアイテムバッグから一つの魔石を取り出して手渡す。


「ゴーレムの中に入っていた魔石だ。ヒルダさんのかどうかはわからないけど、ちゃんと無傷で手に入れたぞ」


 魔石を手にしたナナは、静かにその魔石を眺めていた。


「ありがとう、ヒデオ……間違いないのじゃ、これは……ヒルダの、魔石じゃ……」


 ナナが魔石を両手で抱きしめると、両目から涙が溢れ頬を伝う。ナナの小さな頭に手を伸ばし優しく撫でると、ナナはその身をこちらに預け、声を殺して泣いていた。






「ではわしは、ちょっと約束を果たしに行ってくるのじゃ。夜には戻るのじゃ」


 数分ほどヒデオの胸を借りたナナは、我に返った直後にそう言うと、返事も待たずに上空へと転移する。そこでぱんたろーを呼び出すと、世界樹の頂上目指し空を駆け上がる。


「やっと見えてきたのじゃ……なんちゅう高さじゃ。キューちゃん、これ高さはどれくらいあるのかのう?」


―――約20キロメートルです


「なん……じゃと……」


―――約20キロメートルです


「聞きなおしたわけじゃないのじゃー。……ぷっ、くくくっ……このやりとりも久しぶりじゃのう、キューちゃん」


 ナナの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「最近涙もろくていかんのう……キューちゃんも長いことすまなかったのじゃ。これからも頼むのじゃ!」


―――了


 頂上に着いたナナの眼下には絶景としか表現できない世界が広がっていた。遠く北の方角には大きな河が流れ、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。


「ヒルダ、ノーラ。これが世界樹と地上界じゃ。空には太陽があり、夜になると星と月が見えるのじゃ。……待たせてすまなかったのう、全部……終わったのじゃ」


 景色を眺めるナナの目から、涙が溢れこぼれ落ちる。ナナはそれを拭うこともせず、自身の魔石とヒルダの魔石を取り出して両手に抱え抱きしめる。


「これからは一緒に楽しいことをたくさんやるのじゃ。綺麗な景色をたくさん見るのじゃ。わしがどこにでも連れて行ってやるのじゃ……ずっと、一緒じゃ」


 頬を伝う涙はいつしかボロボロと零れ落ちるようになり、誰も聞く者もいない世界樹の頂上で、ナナは大きな泣き声をあげる。


 ヒルダとノーラと一緒にやりたかったことをする、この景色がその第一歩なのだ。やがて日が傾き、星々がその姿を見せても、月明かりに照らされたナナは、空を見上げて静かに泣き続けていた。


「次はどんな景色を見に行こうかのう? それとも可愛い動物探しかのう? これからはわしと一緒に、この世界を楽しもうではないか……のう? ヒルダ、ノーラよ……」



 ヒルダとノーラのものである紅い瞳は涙をたたえ、空に浮かぶ月と星々を映してゆらゆらと揺れていた。それはまるでナナの問いに同意するように、嬉しそうに揺れているようでもあった。

 




第二章 魔王編 完

第二章はこれにて終了となります。お付き合い頂きありがとうございました。

人物紹介及び簡易地図、そしてちょっとした予告を挟み、第三章を掲載いたします。

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