2章 第34話N どうしてこうなった
「オーウェン、アトリオンの軍はどれくらいおるのじゃ」
リビングに集まる一同を前に、仮面を着けたナナが両腕を組んで仁王立ちしていた。
「軍属の兵士で一万二千、俺達冒険者が二百だ。それと森人族が三千いるが、森人族は世界樹の麓に集まってるから、数に入れられねえ。民兵動員の話も出てるが、はっきり言って間に合わねえし戦力としてもあてにできねえ」
「万単位の魔物を相手取る戦力は無いの。向こうの戦力は把握できておるのか?」
「ナナが向こうの密偵を何人も排除してくれたおかげで、こっちの密偵も動きやすくなったらしい。だがおかげで最悪な報告が上がっているぜ。敵の先陣はおよそ四万のアンデットだ。そしてその後ろに……オーガ二十とゴブリンが約五千、魔狼四十と狼が四百だとよ。はっきり言って、笑えねえ」
オーウェンはそう言ってお手上げ、というように両手を上げて首をすくめる。
「ふむ……アンバーの姿はどうじゃ」
「魔物の大軍の先頭を進んできてるってよ、潜入されなくて良かったぜ。それと光天教神殿に密偵らしき者を見つけたが、自害した密偵に巻き込まれて司教と何人もの兵士が死んだそうだ。引き続き調査しているようだが、今のところ光天教とヴァンの繋がりは見つかってねえ」
「こっちのアンバーと接続できず密偵とも連絡が取れん事に気付き、自ら先陣を切るか。まあ、好都合じゃがのう。魔物の大半はわしが片付けよう」
ふん、と鼻を鳴らし、ナナはヒデオへと顔を向ける。
「アンバーの核には、ヒルダの魔石が使われておるやもしれん。わしはアンバーを破壊したら目立たぬよう後ろに回り、本隊とヴァンを叩く。おぬしらはゾンビと金髪の剣士じゃったか? それらを片付けるのじゃ」
ヒデオは少し考えた後、ナナへと真剣な表情を向ける。
「ナナ……俺達じゃ、アンバーにはまだ勝てないか?」
「む? 一対一ではまだ無理じゃろうが、パーティーでかかれば勝てるじゃろう」
「それなら……アンバーの相手は、俺達に任せてくれないか?」
しかしナナは小さく首を横に振り、拒絶の意志を示す。
「嬢ちゃん、ヒデオを英雄にするんだろ? そうしたら目に見える戦果も必要だ。アンバーはオレ達に任せて、嬢ちゃんは真っ直ぐヴァンのところへ向かいな」
「ああ! 魔石は必ず無傷でナナに渡す!! それにナナ、俺に手柄を立てさせたいとか関係なく、目立ちたくないんじゃないか?」
「むう……確かにのう、わしはヒデオと違って英雄なんぞまっぴらじゃからの……」
ナナは異界で魔王就任のパレードで衆目に晒されたことを思い出す。あれは実に居心地が悪いものだった。
「やれやれ……マリエル!」
ナナの声に反応し、マリエルがリビングに姿を見せる。
「お呼びでしょうか、マスター・ナナ」
「うむ、すまんが服を脱いでくれぬか、上だけで良い」
「承知いたしました」
するとマリエルは躊躇なく上着のボタンを外し、ヒデオらはあっけにとられて成り行きを見守っている。
「ちょ、ちょっとナナ! いきなりマリエルに何させてるのよ!!」
真っ先に我に返ったエリーシアが、ヒデオの顔を両手で覆う。ヒデオはもがくが、エリーシアは更に力を込め必死にヒデオの視界を塞いでいた。そしてマリエルは上着をはだけ、豊満な胸が黒いモヤで隠された上半身を露わにする。
「闇魔術で作った霧じゃ、そこは見せてやらんのじゃ。さてエリーシアよ、手を離してやらんか。ヒデオが死んでしまうのじゃ」
その言葉にエリーシアは、ヒデオの目だけではなく鼻と口も塞いでいたことに気付き慌てて手を離す。ヒデオは荒く呼吸を整え、ナナに恨めしげな視線を投げかける。
「何がしたいんだ、ナナ……」
「わしではなくマリエルを見ぬか。それともマリエルを見れない、後ろめたいことでもあるのかのう?」
「な、無いよ!?」
ヒデオは以前マリエルの着替えを見たことを思い出したのか、顔を赤らめる。
「マリエルはアンバーと同型のゴーレムじゃ。腹部のここ……メンテナンス用のハッチの中に、魔石が入っておる。戦うのなら、腹部への攻撃を避けるのじゃ」
ナナはマリエルの腹部を開き、腹腔内の魔石を一同に見せる。
「で、でけぇ……なんだその魔石……」
「8センチの魔石じゃ。ヒルダの魔石はこれより一回りほど小さいがのう……では魔石の場所はわかったの? 手足や胴体は直せるから構わんが、くれぐれも魔石を破壊したりせんように頼むのじゃ。マリエル、服を着てもよいのじゃ」
「はい、マスター・ナナ」
残念そうな表情を浮かべるオーウェンを無視し、ナナはマリエルが服を着直したことを確認すると、マリエルの胸を覆うモヤを消し去る。一礼して退室するマリエルを見送ると、エリーシア・サラ・シンディの三人が、ヒデオを取り囲む。
「ねえ、ヒデオ? マリエルを見れなかった理由って何かしら?」
「後ろめたい理由、話す」
「教えて欲しいかもー?」
ナナは再度向けられたヒデオからの恨めしげな視線を無視し、オーウェンと戦場の位置や地形などについて話し合っていた。
それから三日後、ナナと『紅の探索者』一行は、アトリオン防壁の外を歩いていた。圧倒的な物量差から軍は籠城戦を決め、周囲は足止めの柵を組み立てたり溝を掘ったりする兵士でごった返していた。
「ゾンビの大半はザイゼンで事足りるじゃろうが、それ以外は余程の事がなければ加勢せぬからの、しっかりやるのじゃ。ザイゼン、こやつらの面倒を頼むのじゃ」
「おまかせ下さい、マスター・ナナ」
エリーシアの背中にしがみついているザイゼンは、顔だけをナナに向けて返事をする。万が一他者に見られても良いように、ザイゼンはエリーシアの魔術に紛れて攻撃することになっている。
「む……来たようじゃの」
ナナは視界に赤い魔力線を捉える。それはヴァンがアンバーに憑依し、操っている時に出るものであると思われた。
「わしは手はず通り、ヴァンの元へ向かうのじゃ。おぬしら……気を抜くでないぞ」
ナナは緊張する様子の五人の顔を見渡し、最後にヒデオへと顔を向ける。
「……死んだら……許さんのじゃ」
「ああ、わかってる。ナナも気をつけろよ……ちゃんと戻ってこいよ?」
そう言ってヒデオは緊張を抑えるように深呼吸し、ナナに笑顔を向ける。
「ふ、ふん! それはわしの台詞じゃ! ではの!!」
そう言ってナナは空中高く転移し、呼び出したぱんたろーにまたがるとアンデットの後方でビリーを呼び出す。こっそりと半分ほど始末するようビリーに指示を出すと、ヴァンの赤い魔力線を辿り空を駆ける。
小一時間も飛んだ頃、アンデット集団の遙か後方に数千を数える魔物の一団を発見する。そのまま更に高度を取りヴァンの直上まで移動すると、ぶぞーととーごーを呼び出す。
「とーごー、レールガンで回りの魔物を片づけよ。斉射後ぶぞーと協力し魔物の掃討じゃ。ヴァンには当てるでないぞ? ……行けっ!!」
「「はっ!」」
ヴァン目掛け真っ直ぐに落下するぶぞー。その周囲を掠めるように、何発ものレールガンの弾丸が降り注ぐ。
『ドガガガガガガガガッ!!』
アサルトライフル型魔道具『ハチ』から放たれるレールガンは、オーガや魔狼の集団をあっという間に肉塊に変え、周囲の地面を大きくえぐり、空高く土煙を巻き上げる。
一足早く地面へと降り立ったとーごーは、ヴァンがいると思われる魔力線の出ている辺りで、魔物を次々と切り捨てている。次いで少し離れたところに降り立ったとーごーも、通常弾に切り替えたハチとナイフを巧みに操り、魔物を屠っていた。
土煙で視界が奪われる中ぱんたろーに乗ったナナは、ヴァンの眼前に悠々と降り立つ。久々に見たヴァンは青い髪を無造作に首の後で束ね、右手には長さ1メートルほどの杖を持って慌てふためいていた。
「こ、これをやったのは貴方ですか!?」
ナナは無言のままぱんたろーから降り、ぱんたろーをヴァンの前へ立たせる。さらにスライム体を出し160センチほどの人型をとらせると、その手に直刀を持たせる。その間にもぶぞーは淡々と周辺の魔物を始末し、さらなる敵を求めて土煙の中へと姿を消していく。
「スライム……まさかナナか! なぜここに!!」
「おぬしを追って来たに決まっておろう、『ヴァレリアン』よ」
ナナはスライム体から声を出し、ヴァンと対峙する。
「……私の本名を呼ぶんじゃあない!!」
瞬時に激高したヴァンは、小さく術式をつぶやき何条もの光の線を人型スライムへと放つ。ナナはスライムに回避させようともせず、全ての光線がスライムの身体とダミーの魔石を貫くのを黙って見ていた。
「ぱんたろー、まずおぬしが一撃食らわせてやるのじゃ」
穴だらけのスライム体を修復させながら、本体側のナナがぱんたろーに指示を出す。その瞬間ぱんたろーはヴァンへと駆け寄り、前足の一撃で左肩から先を吹き飛ばす。
「がああああああ! ば、ばかな……この私が反応できないとは……それに小娘……貴方はいったい……」
ヴァンは衝撃で右手の杖を落としたもののすぐに体制を整え、魔術で肩の止血をしながら目を見開いている。
「のう、ヴァンよ。おぬし魔王と呼ばれておるそうじゃな? 業腹じゃが、おぬしを追ううちにわしも異界で魔王と呼ばれるようになってのう。わしはおぬしを殺すためだけにここまで来たのじゃが、いろいろあってのう……気が変わったのじゃ。殺すことに変わりはないが、もう個人的な理由では無いのじゃ」
次の瞬間、スライム体のナナがゆっくりと間合いを詰めて直刀を振るう。ヴァンも負けじと腰から剣を抜き応戦しようとするが、二合・三合と打ち合うに連れナナは速度を上げて行き、間もなくナナの直刀がヴァンの胴体を捉え、怯んだところに上段から振り下ろした一撃は、あっさりとヴァンの右腕と右足を断ち切った。ヴァンは現実を受け入れられない様子で、目を見開きナナを睨みつけたまま地面へと倒れていった。ナナはそこへゆっくりと歩いて近付いていき、足元に転がる杖を拾い上げる。
「ただの屁理屈に過ぎぬが、はっきりと言っておくのじゃ。これ以上の殺戮は『魔王として』看過できぬ」
ナナのスライム体が直刀を一閃し、ヴァンの左足首を切り落とす。ヴァンは短く悲鳴を上げるが、泣きわめくようなことは無くただただ唯一動く頭を上げ、血を失い白くなりつつある顔でナナを睨み続けている。
「ふ、ふはは……そうか、そういうことですか……貴方が、オーウェン達の背後に……」
「滅びる前に、ヒルダの魔石の在処を話すのじゃ。そうれば楽にしてやるのじゃ」
「さあ? どこへやったか覚えていませんねえ……とっくに捨てたんじゃあなかったかな?」
スライム体が直刀を振り上げるがヴァンは見向きもせず、怒りと憎しみを湛えた目でナナを睨み続けていた。
「……拷問で折れるような輩ではないのじゃな。では空間庫を勝手に開けさせてもらうのじゃ……む?」
その時ナナ目掛けて球状の何かが飛来する。収まりつつある土煙に隠れて様子を窺う者がいるのは知っていたが、注意を怠っていたナナはとっさに結界で自分とぱんたろーを覆う。結界に触れたそれは破裂し大量の煙を吐き出し、周囲を覆い尽くす。ナナの魔力視はヴァンへと駆け寄る人影を捉え、その人影がヴァンを抱え上げた瞬間に、結界を解除して詰め寄り大きく蹴り飛ばす。
「ぎにゃっ!」
ナナは風の魔素を操り、周囲の煙と土埃を吹き飛ばす。そこにいたナナに蹴られて5メートルほど転がった人影は、クリーム色のパーマがかかった短い髪をした女性であった。細く小さい体躯で、頭上には大きく尖った三角の耳が立っていた。猫を思わせるその獣人は、蹴られた胸を押さえて苦しげに呼吸をしている。
そこへ更に五人の人影が接近するのを感じ取り、ナナは次々と邪魔が入ることに苛立ち、ぱんたろーに相手を任せると、獣人を蹴り飛ばした際に転がっていったヴァンの元へと向かう。
「ミーシャ!」
白銀色のプレートメイルを纏った金髪の女性が、息も絶え絶えな獣人に駆け寄り声をかける。続いて濃い化粧の紫髪の男や、重武装に身を包んだナナと同じくらいの身長の者などが集まり、獣人を庇いながらぱんたろーへと武器を向ける。
「けほっ、けほっ……あ、あの子が、魔王にゃ……確かに聞いたにゃ。そこの男助けようとしたけど、駄目だったにゃ……」
ミーシャと呼ばれた獣人の言葉に一同は驚愕の表情を浮かべ、背を向けるナナへと視線を向ける。
そのナナは、血の海に横たわりぴくりともしないヴァンの姿を見て、静かに立ち尽くしていた。
金色に変わった瞳は力を失い、心臓の鼓動も完全に停止している。あまりにも、あっけない終わりだった。
しかも生きているうちなら無理矢理空間庫をこじ開けることもできたのだが、遺体となったヴァンの周囲には空間庫の魔素は存在せず、既に霧散した後であった。
ナナの心に虚無感と同時に、怒りがこみ上げる。
「いったい何なのじゃおぬしら……」
ナナは振り返ること無く、背中越しに問いかける。
「我が名はレーネハイト! フォルカヌス神皇国の傭兵団『風の乙女』団長だっ!! 魔王よ、貴様を討ち取らせてもらう!!」
「それと魔獣操者の杖をいただくわ~。お子様には必要の無いものよねぇ?」
「ボクよりちっちゃいくせに魔王だなんて凄いんだねー、負けないよー!」
ナナは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「バカの乙女と厚化粧とチビ。まずおぬしらの言う魔王じゃが、この男のことじゃろう。わしは魔王じゃが、異界の魔王じゃ。地上界に来て間もないし、討伐されねばならんような事をした覚えはないのじゃ。それと魔獣操者の杖とはコレの事かのう?」
ナナは背を向けたまま右手に持つ杖を高く掲げ、苛立ち紛れに一気に魔力を流し込む。
『バリン!』
砕け散りぱらぱらと落ちてゆく杖だった物を見て、レーネハイト達は呆然とした表情で固まっていた。
「わしの邪魔をするほどの要件は、それだけかのう?」
苛立ちが収まらないナナは、怒りのままに殺意を叩きつける。ただの八つ当たりなのだが、勘違いで邪魔をするような者にはこれくらいのお仕置きは必然だろうと考え、ゆっくりと振り向きレーネハイト達へと顔を向ける。
「いけないわっ! みんな集まってえ!!」
厚化粧の男が懐から魔法陣を取り出しながら号令をかけると、一同は即座に密集体制を取って姿を消した。それは集団転移魔術だった。
突然現れ邪魔をして、自分が知りたかった術を見せて帰っていったレーネハイト一行。確かにヴァンの始末はつけたが、ぐだぐだな結末にナナは急激に体の力が抜けるのを感じる。
しかし今のうちに確かめておきたいことが一つできてしまったため、近くで様子を窺うもう一人の元へと転移する。
「なっ!?」
驚愕に覆面から覗く目を見開く男は、ヴァンの手下と思われた密偵であった。魔力視でいつもの自爆魔道具の存在を感じていたナナは、眼前のその男へと紫色の魔力線を繋ぐと、そのままヴァンの元へと転移する。突然転移させられた密偵は目を丸くするが即座に状況を把握し、ナナへと刃を突き立てようとする。
「転移術の実験に付き合ってもらって感謝するのじゃ」
ナナは密偵の刃を難なく避けると、その顎にアッパーを打ち込みヴァンの遺体の横へと転がす。すると一撃で気絶した密偵の自害用魔道具が発動し、高く吹き上げる炎がヴァンの遺体ごと包み込む。ナナはこれまで保管してきたヴァンの左腕を取り出し、燃え盛る炎へと放り投げ、魔石視で確認したヴァンの魔石に炎の槍を叩き込み砕く。
「……何か……終わっちゃったのじゃ……」
更なる炎に包まれて炭化してくヴァンの遺体を眺めるが、そこには達成感など無かった。目的は達したのに、釈然としない。
どうしてこうなった。
とりあえずミーシャと呼ばれた馬鹿猫だけは、今度会ったら絶対にもう一度蹴り飛ばすと心に決めるナナであった。




