1章 第6話R この世界の理
2018/6/20
大幅に改稿。
というかほぼ書き直し。
やっと魔術の勉強開始だ。昨日と同じ部屋に通されると、今日はニネットとマルクの二人が待っていた。マルクは渋い顔をしているが、ニネットはニヤついたような笑みを浮かべている。その渋い顔のマルクが口を開いた。
「レイアス君。昨日は迷惑をかけてしまったようだね。すまなかった。しかし、おかげで娘とゆっくり話す機会ができた。ありがとう」
軽く頭を下げ、エリーシアの頭を撫でてやさしく笑うマルク。エリーシアは照れくさそうに笑っている。つられて微笑むと、マルクが再び口を開いた。
「しかしまだ娘はやらんぞ」
マルクの後ろではニネットがニヤニヤしながらマルクを宥めている。
俺の視線に気付いたニネットが、軽くウインクをしてきた。
庭で感じた視線って、ニネットかあああああ!
いや、あの表情……オレリアも、見てたな……うがああ……。
「まあまあニネット。レイアスをいじめるのはそれくらいにしてあげて?」
「それもそうね、オレリア。うふふ、さあさあ座って」
あれ、いつの間にオレリアとニネットは互いに呼び捨て? この短期間で打ち解けたのだろうか、ていうかそんなんでいいのかこの世界の貴族階級。
だが席についても授業は始まらず、代わりに雑談が始まってしまった。
ニネット、オレリア、マルクの三人の話しを纏めると、エリーシアはマルクが三十五でできた初めての子でしかも女の子、接し方がわからないから俺への魔術授業をダシにして、エリーシアにも魔術に興味を持たせて会話を増やそうという腹積もりだったらしい。
まあ良いけど。
「さあさあ二人とも。子供たちが退屈しているから雑談はこれくらいにして、授業に入ろうじゃないか」
マルクの声でオレリアとニネットは話しを止め、後ろのソファーへと移動した。
「では、魔術とは何か、から始めようか。他にも付随して一般常識なども混ぜて話すから、集中して聞くように」
授業の中で気になったのは、高濃度魔素と空間・生命属性魔術、そしてこの世界に生きる種族だ。
高濃度魔素は瘴気と呼ばれ、生命体の凶暴化や魔物化等の重篤な症状を引き起こす場合があるらしい。
そして空間魔術は光人族に、生命魔術は魔人族に適性を持つ者が多く、他種族では適性を持つ者が非常に少ない属性だという。
種族は自分達を含めた最も一般的な野人族、外見に動物や魔物と似た特徴を持つ亜人族、主に森林地帯に生息し細身で美しい森人族、山肌の洞窟や地下に生息し小柄で筋肉質な地人族、そして詳細不明な光人族と魔人族だ。
森人族はエルフっぽいな、地人族はドワーフかな?どちらも寿命は三百年ほどらしい。
そして光人族は瞳が金色、魔人族は瞳が紅色、どちらも寿命が千年ほどということしかわかっていないらしい。
「光人族と魔人族が詳細不明というのは、どういうことなんですか?」
「千年前に魔人族と光人族の戦争、光魔大戦というものがあってね。エスタニアに集結した魔人族を一掃するため光人族が使用した術が、エスタニア大陸の『魔力を多く持つ生物』を跡形もなく消し去ったそうだ。でもその魔術で両種族に大きな被害が出て、光魔大戦は終結した。魔力の低い野人族は大きな被害を免れ、結果エスタニア大陸は野人族以外の種族や強大な魔獣が極端に少ない大陸になったんだ」
魔人族はこの大陸にいないってことか?
「あまりいっぺんに説明しても覚えきれないだろうから、今日はこの辺にしておこう。光魔大戦について興味があるようだが、詳しい話を知りたければクーリオンにある神殿の資料室へ行くといい。あそこは歴史書も豊富に揃っているからね」
こうして魔術の基本だけではなく、さまざまな世界の知識を教わり充実した時間を過ごせた。
それからは授業が終わり帰宅すると、まず教わったことを思い出して羊皮紙に書き写していたが、マルクの三度目の授業からは授業の最後に羊皮紙にまとめる時間を貰えた。
七月になりマルクの授業を受けてから一ヶ月も経つと、要点だけ書いていたつもりだったが羊皮紙は三枚目に突入していた。
そこに特に重要としてマークしたものに、魔界がある。
光魔大戦で消された魔人族の行き先らしい。
どうにかしてその魔界に行けば、魔人族と接触できるかもしれない。
あと覚えておかないといけないのは、魔物の体内には魔石という石があること、稀に人の体にもできるが魔道具の動力として取引されていることだ。
それと将来旅に出るとなったら使う、竜車という乗り物かな。
馬車の馬の代わりに飼い慣らしたオオトカゲに籠を引かせるものだ。一日に移動できる距離は馬車の倍で、エスタニアでは一般的な乗り物らしい。
ただそのオオトカゲ、走る際は体を左右に大きく振るため騎乗には不向きだそうだ。
そして冒険者ギルド。この世界で一般的に成人として扱われる十二歳から登録可能な国営組織で、他国との繋がりは無いそうだ。様々な依頼の仲介と魔石・魔物素材の買取を主に行っている。
「レイアス、貴方どうしたの? 何をそんなに焦っているの?」
部屋で教わったことをまとめた羊皮紙を読み返していると、母オレリアから声をかけられた。
「母様。僕、知らない事がたくさん有るのが楽しくて……焦っているように見えますか?」
至って冷静に、レイアスを演じて日常を過ごしているはずだ。生まれてからずっと一緒だったんだから、ちゃんとやれているはず。
「ええ、貴方……倒れてから人が変わったように頑張るようになったわ。貴方が何に悩み、何に怯えているのか母さんには解らないわ。でもね、一人で全部抱え込んじゃだめ。貴方はまだ小さいのだから、潰れてしまうわよ? 話せない、話したくないのならそれでも良い。でも話したくなったらいつでも話してちょうだい。私もファビアンも、マルクさんもニネットも貴方の味方よ? もちろん、エリーシアちゃんもね」
そう言って優しく抱きしめてくれるオレリア。
人が変わったように、か。この人は本当によく見ている。
まるで犯罪者でも見るような目を俺に向けてきた、日本にいる血縁上の母親とはまるで違う。
今はオレリアが母であることに、どれ程救われているか……。
でも、だからこそ言えない。この人を悲しませてはいけない。
オレリアが言うのだから、俺は焦っていたんだろうな。大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。オレリアの温もりと陽だまりのような優しい香りに、母親という存在を……初めて、感じる。
「母様、ありがとうございます。確かに僕は焦っていました。やりたい事があって、今はまだ出来ないからせめて準備だけでもしっかりやろうと、詰め込みすぎていたみたいです。ごめんなさい、心配をかけて。いくら焦っても早く大きくなるわけじゃないですから、これからはもっとゆっくりやることにします」
オレリアが俺を抱きしめていた腕を緩め、正面から俺の目を見た。
「あら、もうやりたい事が出来るなんて素敵じゃない。私にはそれが何なのか、教えてくれないのかしら?」
本当のレイアスを目覚めさせる。その為に自分が直接できることは、恐らく……
「母様。僕は、冒険者になって世界を旅したいのです」
生命魔術を使える人を探して魔術を教わる。駄目でも別の手段を探しに行く。その為には現状、これが最善だと思えたのだ。