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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第33話N 休息の終わり

 ヒデオらが寝静まった深夜、ナナはゴーレム作りに精を出していた。それは高さ30センチほどの、デフォルメされた三等身の銀猿であった。以前ナナが戦った銀猿の素材を使い、万が一の際の物理的戦闘力もそれなりに備える。腹部にはマリエルと同じ8センチ級の融合魔石を組み込み、その魔石には高い認知機能に加えて、空間魔術と生命魔術を含む各種魔術の技能魔素を注入してある。


「おぬしは先生役じゃからのう、名前はザイゼンじゃ。あやつらの面倒を頼むのじゃ」

「承知しました、マスター・ナナ」


 ナナはスパイダーシルクで小さな白衣を作り、ザイゼンに着せて完成とする。




 夜が明けると朝の鐘が鳴るよりも早く、ナナは仮面を着けて裏庭にいた。ひっそりと周辺警戒に出していたとーごーが、不審者を三名捕獲していたのだ。とーごーの報告によると、二名が直接屋敷を、一名は離れてその二名を監視していたとのことだった。三名とも気を失っていたらしく、とーごーの空間庫から出した瞬間に自決用魔道具が発動し消し炭になった。とーごーには引き続き周辺警戒を任せ、これまで消し炭になったヴァンの一味らしき遺体を全て吸収しておく。

 キューに確認し鐘がなるまで少し時間があることを知ると、ナナはビリーを空間庫から取り出し組手を行う。キューに時間を計らせ、まずボクシングスタイルで三分、トンファーと機動力も使った戦闘で三分ほど体を動かす。朝の鐘が鳴るまでまだ少し時間があったのだが、既に五人とも揃っておりナナの組手を見学していた。


「な、なんつう速さだよ……ほとんど見えなかったぜ……」


 驚愕の表情のまま固まる一同にナナは仮面を外し、物理戦闘の教官としてビリーを紹介する。


「ビリーだ! よろしく頼む!!」

「あ、よろしくお願いします。なあナナ、この人? もナナのゴーレムなんだよな?」

「声が小さい!!」

「え? あ、はい! よろしくお願いします!!」


 ビリーに叱責され、ヒデオをのみならずオーウェンまでも大声で返事をする様を見て、ナナはかっかっかと笑い声を上げていた。


「そうじゃ、わしのゴーレムじゃ。それともう一体……こやつじゃ」

「私の名はザイゼンだ。魔術担当だ、よろしく頼む」


 一同は人の言葉で自己紹介をする、白衣を着た小さな銀猿に目を丸くする。可愛いと喜ぶエリーシアら三人娘だったが、その喜びは束の間だった。



「お遊びのつもりか! 疲れても続けろ!!」


 へたり込む『紅の探索者』一同に、ビリーの叱責が飛ぶ。そこにザイゼンがひょこひょこと歩いて行き、一同に生命魔術による治療を施す。


「もう1セット行くぞ! 練習と思うな、これは戦いなんだ!!」


 五人がかりの連携も通用せず、疲れも体の痛みも無理矢理治療され、素手のビリーに一撃も当てらないまま、ただただ容赦なく転がされる『紅の探索者』一同。


「痛み無くして得るものなし! さあ、もう1セット行くぞ!!」


 この辺りでビリーのシゴキ以上に自分たちを追い込む存在は、倒れても気絶しても治療して無理矢理立たせるザイゼンであることに、一同はようやく気付き始めていた。



 昼の鐘が鳴る頃には、全員精神的にボロボロであった。マリエルの作る食事を楽しむ余裕もなく流し込む一同を見て、ナナは午後の鐘までの休憩を提案する。リビングで泥のように眠る一同を、ナナは自身のスライム体でそっと包み、武器防具のサイズを計測をするついでに全身の汚れを取り去る。さらに五人のために作ったアイテムバッグをテーブルに置くと、ナナは魔道具作りを始めた。

 金魔術で作ったポンプ内に、井戸からの自動吸い上げと加熱、そして永久機関魔法陣を組み込み、3センチ魔石を二個入れてブラックボックス化する。内部の魔石は交互に使用と充填が切り替わるようにしてあるため、魔石の魔力切れは心配ない。

 更に水とお湯の配管を勝手に壁の中に通すと、浴室側にシングルレバーの蛇口とシャワーも五本設置、合わせて鏡も作り設置すると、一仕事終えたナナは満足感に包まれる。そして何気なく鏡の前に立つと、意を決して自分の顔を確認する。


「おおお……確かにヒルダとノーラの面影があるのう……エリーに似ておるようでもあるし……いずれにせよ美少女じゃな、キューちゃんぐっじょぶなのじゃ!」

―――光栄です


 コートを脱ぎスレンダーな自身のスタイルを眺め、好みとは正反対ではあるが概ね満足していると、ふと視線を感じ意識をそちらへ向ける。そこには浴室の引き戸の影から覗く、ヒデオの姿があった。


「の、覗きとは良い趣味ではないか、ヒデオよ」


 ナナは振り返ること無く空間庫から上着を取り出し、慌てて羽織る。


「いや、ナナこそ鏡の前で何してんだよ……って、鏡? あれ、シャワーも!? ナナちょっと待て一体何をした??」

「うむ、新しいポンプ型魔道具を作って設置したのじゃ。このレバーで自由にお湯が出せるのじゃ。これで風呂に入りやすくなったわい、かっかっか」


 人の家を勝手に改造するナナにヒデオは只々呆れ、更に魔道具の説明を聞いて頭を抱える。


「永久機関とかナナ……やりすぎじゃね……」

「やりすぎかのう? 別にこの技術を世に出すわけではないし構わんじゃろ。それにブラックボックスを開けると内部の魔法陣を焼き尽くすトラップも仕掛けてあるでのう、絶対に開けるでないぞ」

「間違いなくやりすぎだよ!」

「開けなければ良いだけなのじゃ。さて、そろそろみな起きたかのう? 起きたなら夕飯までビリーと鍛錬の続きじゃ」


 ナナはそう言うと、ヒデオの横をすり抜けリビングへと歩き出す。


「なあ、ナナ……ゴーレムってナナが命名してるんだよな? ビリーとザイゼンは誰をモデルにしたかすぐわかった、そのまんまだし。マリエルさんとか他のゴーレムにもモデルとかあるのか?」

「ヒデオ、それは心のなかに留めておくのじゃ……」


 マリエルとザイゼン以前のゴーレムは、他の日本人に会う可能性など考えてもいなかったため、それぞれの名前に少しばかり気恥ずかしさを感じ、ナナはヒデオの言葉を封殺する。


 リビングではそれぞれが自分用のアイテムバッグに感動していたが、夕飯まで鍛錬の続きというナナの言葉に絶望の表情へと変わる。ナナは五人の鍛錬中にドライヤー型魔道具や、装備品などを作って過ごす。

 夜はエリーシアらと風呂を楽しみ、オーウェンに酒を買ってこさせ、好みの女性像などを語りながら酌み交わす。



 10日が過ぎると全員が得意属性の魔素を操作できるようになったため、午前は魔術の鍛錬に充てることにした。


「ファイアアロー!」

「フレイムランス!」

「ストーンバレット!」

「うぉーたーぼーる!」


 ヒデオの周囲には十数本の火の矢が、エリーシアの頭上には一本の太い炎の槍が、サラの周囲には十数個の岩の球が、シンディの眼前には数個の水球が浮かび上がり、四人はそれを一斉に解き放つ。


『ズガガガガッ!』『びちゃっ』


 地面へと着弾したそれぞれの魔術は地面をえぐり下草を焼き、炎を吹き上げ、水を被り鎮火する。

 全員ナナのようにイメージだけで魔素を操るまでには至らなかったが、ヒデオの『必殺技のように技名を叫ぶ』真似をすることによって、全員術式詠唱の破棄だけは可能としていた。オーウェンは十属性魔術の適正に乏しいが、代わりに魔力属性の適性があったため、そちらを重点的に練習させている。




「嬢ちゃん、今日はちょっと午後から軍の方に顔を出さなきゃならん。終わったらすぐに戻る」


 午前の魔術の鍛錬が終わると、オーウェンが面倒くさそうに頭を掻きながらナナへと近付く。


「それなら午後は休息にしようかのう。ちょうどよいのじゃ、わしもオーウェンに頼みたいことがあるのじゃ」

「何だよ、嫌な予感しかしねえんだが」

「正確に言えばわしにはどうでも良い事なのじゃが、おぬしらには大事なことじゃろう。のうオーウェン、アンバーが滞在しておった光天教は、アンバーを探しておらんのかのう?」


 首を傾げるナナの言葉に、オーウェンのみならず、ヒデオやエリーシアらもあんぐりと口を開ける。


「……やべえ、ドタバタ続きで完全に忘れてたぜ……」

「俺も……」


 オーウェンとヒデオの告白に、ナナは呆れた表情を浮かべて首を横に振る。


「やれやれ……実はのう、わしがここに来てから四日ほどはこの屋敷の様子を窺う不審者がおったのじゃ。全員自決しておるがの。最近は人手不足か理由があるのか知らぬが、姿を見せておらぬ。わしの目的はヴァンの抹殺じゃから背後関係がどうであろうと知ったことではないが、おぬしらが調べたいのであれば調査した方が良いと思うがのう?」

「ああ、わかった……もし教会がヴァンとつながっているなら面倒くせえことになるぜ……アンバーの正体について、司令に話してくるわ」

「ついでにまた酒を買ってくるのじゃ」

「……わーったよ……」


 反論しても無駄なことを理解しているオーウェンは、肩を落とし諦め顔で屋敷へと戻って行く。その後姿を見送るヒデオは酒が飲めなくてよかったと呟き、三人娘も大きく頷いていた。



 夕方に軍部から戻ったオーウェンは、司令官は半信半疑ながらアンバーと教会について調査を行うと約束し、万が一またアンバーが現れた際はすぐさまオーウェンに連絡が入るよう約束を取り付けたと報告する。ナナはこっそりとオーウェンの護衛として着けていたとーごーから、不審者の姿は無かったと聞き安堵していた。

 ナナは全員揃ったところで、五人に新しい装備を与えることにする。ヒデオとオーウェンにはぶぞーと同じ剣と盾に加え、スパイダーシルクのアンダーシャツを渡す。サラとシンディは母親譲りの武器と聞いていたため、ワニガメの甲羅でコーティングするなどの簡易強化に留めた。シンディには銀猿の骨で作った細剣と、矢筒の魔道具を渡す。最後に、全員に銀猿の毛皮で作ったマントを渡した。五人はそれぞれの装備を手に取り、ナナから一通り説明を聞いて絶句する。


「魔術を打ち消す盾とか、国宝指定されてもおかしくねえぞ……」

「魔力を通すと鉄より固くなる剣って何だよ……ナナ、やりすぎだろ……」

「この毛皮のマント綺麗ね……でも耐熱耐刃耐光魔術って……」

「母様のメイスが、対魔術メイスに……」

「あははは……この矢筒、無限に矢が出てくるってどういうことかな……」

「ふふん、大事に使うのじゃぞ、かっかっか」


 薄い胸を張りドヤ顔で笑うナナとは対照的に、ヒデオらは青ざめ乾いた笑いを上げることしかできなかった。




「ったく、嬢ちゃんの過保護っぷりには参ったぜ」


 オーウェンは今日買ってきたワインを冷蔵庫から取り出し、透明なガラス製のグラスに注いでナナの前に置く。


「そうかのう? わしはやりたいようにやっておるだけじゃが」

「物を冷やす魔道具とかガラス製品とか、買ったらいくらすると思ってんだ? まあ装備に関しては、強くなったことを実感できる今になって渡したところを見ると、考え無しってわけじゃないんだろうがな。あんなぶっ壊れ性能の装備を最初から受け取ってたら、真面目に鍛錬なんかやってなかったかもしれねえからな」


 オーウェンは自分の分のワインもグラスに注ぎ、少量を口に含んで味と香りを楽しむ。


「オーウェン。大事な話じゃからよく聞くのじゃ……地上界の金銭価値などわしが知っておると思うか、馬鹿め。それと装備を渡したタイミングは偶然じゃ。そこまで考えてはおらん!」


 ナナはそう言うと、ワインを口に含む。オーウェンはこめかみに血管を浮かせ、頬を引き攣らせながら、ゆっくりとナナへ顔ごと視線を向けた。


「前にも同じセリフ聞いたぞ畜生……。いいかナナ、この屋敷内の魔道具や装備品だけで、恐らくこのティニオン王国の国家予算を遥かに超えるぜ。だいたい永久機関魔道具って何だそりゃ、あんな技術おいそれと世に出すんじゃねえぞ? 市場が荒れるどころの話じゃなくなっちまう」

「魔道具はそのうちまた地上に来たら売るかもしれぬが、技術は広めぬよ。大事な飯のタネじゃからのう、かっかっか」

「勘弁してくれ……」

「そうじゃ、もう一つ聞いておきたいことがあったのじゃ。オーウェン、この世界では長距離通信の手段は何があるのかのう?」


 頭を抱えていたオーウェンは、顔を上げると考え込むように顎に手を当てる。


「基本は伝書鳥と早馬だな。光魔大戦以前は通信用魔道具なんかもあったらしいが、伝説扱いだな。おいまさか持って……いや、作れるのか?」

「うーむ、作ろうとしたことはないのじゃが、空間魔術の感覚転移術を応用すれば可能じゃろう。感覚転移はザイゼンも使えるからのう、わしとの間で双方向通信が可能じゃよ」

「作ってくれ! それがあればこの国が抱える問題がどれだけ解決するか……頼む!!」

「面倒くさいのじゃ」


 一言で片付けられ涙目のオーウェンを尻目に、ナナはちびちびとワインを楽しむ。


「わしはわしが必要と思った魔道具を作っておるに過ぎぬ。……そのうちまた地上界に来た時は作ってやるから、その時は適正価格で買い取るのじゃぞ?」

「ああ……ああ! それでいい、助かるぜ!」


 一転して笑顔になるオーウェンだが、引き換えにナナが滞在中に飲む酒を各種用意することになり、涙目に戻ることになる。




 翌日からビリーとの戦闘訓練に加え、ぶぞーも加えた五対二の戦闘や、ぱんたろーとの対魔物戦闘訓練も追加する。訓練開始から二十日もすると、ヒデオ達の戦力値はナナとの邂逅時と比較して三倍近くまで上昇していた。既に万が一ヴァンと直接戦っても、五人なら引き分けられるレベルまで上昇しており、ティニオン王国の戦力からすれば過剰戦力に他ならない。しかし英雄になるというヒデオの希望を叶えるためには、最低でもこれくらい必要だろうと考えていた。

 しかし地上の戦力が想定していたよりも遥かに低く、自身の持つ武装の全てが完全にオーバーキルであるため、アサルトライフル型魔道具は少々手を加えることにする。5センチ魔石一つで六百五十発の威力の低い弾丸を撃てるように改良し、魔石の魔力充填魔法陣も加え、少々の使用ならいちいち魔石を交換しなくても良いように改良する。


「おいナナ……何で銃なんて作ってんだよ……」


 ナナが早朝の鍛錬を終え、裏庭でアサルトライフル型魔道具の試射をしていると、様子を見に来たヒデオは呆れきった顔でナナに話しかけてきた。


「わしは以前ヴァンに受けた攻撃のダメージのせいで、長時間本気で戦えぬのじゃ。じゃからその代わりになる武器が必要だったのじゃ、ふふん」

「ふふん、じゃねえよ……それXM8そっくりだな、ナナって銃にも詳しかったのか?」

「ゲームで見て格好良いから覚えておっただけじゃ、しかしXM8とはいい名前じゃのう。今からこの武器の名は『ハチ』じゃ!」

「褒めてすぐ改名!? つーか『ナナ』が『キュー』を従え『ハチ』を手に戦うってか!? センスがおっさんだよ!!」

『ガシャッ!』


 ナナはハチの銃口をヒデオに向けると、無言のまま飛び切りの笑顔で引き金に指をかけた。


「ま、まてナナ。うん、言い過ぎた。だからそれをこっちに向けるな、な?」


 失言に気付いたヒデオは両手を上げ、顔を引き攣らせて後ずさる。ナナは笑顔のままハチの引き金を躊躇なく引いた。


『タタタン!』


 ハチから放たれた三発の弾丸は、ヒデオの足元に着弾する。本気で撃ったことに驚いたヒデオは、すぐさま土下座をして許しを請うが、ナナはその後丸一日ヒデオを無視し続けるだけで許してやることにする。



 訓練を始めて二十五日が経過した時、オーウェンの元を酷く慌てた様子の軍人が訪ねてくる。曰く、『テミロイから南下する数万の魔物の姿を捉えた』との事であった。


 ナナは一時の休息が終りを迎えたことを知り、仮面を装着し全員をリビングに集めるのであった。

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