2章 第31話N 視てもいいけど見ちゃだめなのじゃ
翌日の朝、裏庭に立つナナと、その前に一列に並ぶ『紅の探索者』メンバーがいた。五人とも武器を持って集まっていたのだが、ナナに言われて一度屋敷に戻り、現在はいつもの防具のみである。
「待って、始める前にナナちゃんに……その、お礼を……あたし昨日はちゃんと言えなかったから。ヒデオの問題を解決してくれて、その……ありがとう……」
「私も。ありがとう」
「丸く収まって良かったかも? ありがとーナナちゃん。それと夜中にごめんねー?」
一歩前に出たエリーシア・サラ・シンディの三人が、それぞれナナに頭を下げていた。
「騒ぎを大きくしたのは、わしがヒデオの手の火傷を消したせいじゃ、気にするでない。それにわしは『友人』の力になっただけじゃ、別におぬし達のためではないのじゃ」
友人の部分を特に強調すると、ヒデオが寂しそうな表情を浮かべたのが見えた。ふん、と鼻を鳴らしそっぽを向くナナ。
「では早速始めるのじゃ。おぬしらヒデオとともにいると成長が早まるのは気付いておるじゃろう? それはヒデオが無意識に仲間と認定しておるものに魔力線を繋ぎ、余剰魔力を送っておったのが原因と思われるのじゃ。そこでわしとおぬしらの間にも魔力線を繋ぎ、意図的に魔力を送ってみるのじゃ。……痛いじゃろうが、耐えるのじゃぞ」
そう言うが早いか、ナナは全員につないだ魔力線を通し、それぞれの魔力量の半分ほどを目安に魔力を送り込む。
「え、痛いって……きゃっ!」
「ぐっ、何だこの痛みは……嬢ちゃん、一体何をした?」
「な!? 皆、浅く息を吸うんだ! それで何でもいい、何か魔術を使え!」
「駄目じゃ、魔術の行使は許可できんのじゃ。安心せい、肉体も魂も十分に耐えられる量しか流しておらんはずじゃ」
全員が感じている痛み、それは魔力過多症によるものだった。ナナから送られる魔力は五人の魔力回路から溢れ、外に漏れ出していた。
「おぬしら『魔力視』という能力を知っておるか? 魔素を視て直接操作することによって、詠唱無しで自由な術の行使ができるのじゃ。ヒデオは少しばかり視えておろう?」
「あ、ああ……もしかして術を使うときに見える光か?」
ヒデオは全身のあちこちに訪れる痛みに、顔を歪ませながら答えた。
「そうじゃ、今は光としか認識できないじゃろうが、上達すると属性の色が判別可能になり、イメージ次第でいろいろなことができるのじゃ。今からわしが、おぬしら全員をとある場所に送る。そこは五感全てが閉ざされ、暗闇の中で思考のみ可能となる空間じゃ。その何も見えない空間で光を探すのじゃ。その光の色を判別し、集めて中心を裂くように開けば外に出られるはずじゃ。では行って来るのじゃ!」
ナナはそう言うと、有無を言わせず空間庫に全員を放り込む。時間停止の効果のある空間庫なので窒息の心配は無く、魔力視で内部から開けば自力で出ることも可能だろうとは予想していた。できなくても昼には出してやるかと思いつつ、ナナは自分があてがわれた部屋へと戻る。
ナナは部屋に戻ると大量のスライム体を出し、アンバーと呼ばれたゴーレムを中に入れて修理を行う。生体部品を取り外すと骨格までも歪んだりヒビが入っていたりと散々であったため、ナナは少し悩んだ後大幅に手を加えることにする。
ヒルダの遺作の一つでもあるため完全修復するのが一番とも思ったが、戦力としては既に十分であるため、別の役目を与えて活躍する場を与えることにしたのだ。ヴァンがいくら魔物を集めていようとも、現在のナナの戦力は過剰の一言に尽きると確信しての判断である。
骨格に僅かに手を加えスケールダウンし、全体的に幅と厚みを減らすよう調整する。調整を終えた骨格を銀猿や人などの生体部品で覆い、肉付きや顔と頭髪の調整を行う。結果アンバーと呼ばれたゴーレムは身長180センチに届かない程度の、灰色の髪を肩の辺りで切り揃えた全裸の女性の姿へと生まれ変わっていた。
顔はキューに『落ち着いた感じの大人の女性』とリクエストして任せたが、どことなくアルトの側近だったイライザに似た感じの知的な雰囲気を漂わせている。
「ふむ……ちょっとやりすぎたかのう?」
仮面越しのナナの視線は、豊満すぎるとも言えるゴーレムの巨乳へと注がれていた。まあいいか、と呟いたナナは、アーティオンの瘴気を吸収したことで使えるようになっていた8センチ級の融合魔石に、格闘と棒術技能に加え、料理洗濯掃除などの家事技能魔素を注入するとゴーレムへと組み込む。
「おぬしには当分この家の家事全般を任せることになるのじゃ。名前は……マリエル、でどうじゃ」
ナナはマリエルと名付けたゴーレムの、狼の毛から作られた灰色の頭髪を見ながら名前を決める。
「承知しました、マスター・ナナ」
「さて、おぬしの服を用意せねばの。とりあえずこれを着るのじゃ。」
ナナはヒルダ用サイズに余分に作ってあったキャミソールとパンツを、マリエルに渡すと着るように促す。その時であった。
「う、うわあああ!」
空中に突然現れたヒデオがドサッ! という音を立て、尻から床へと着地した。そこはちょうどパンツを履こうと片足を上げた、マリエルの真正面であった。
「……え?」
打ち付けた尻へと手を伸ばそうとしたところで、視界に入ったものが何なのか気付いたヒデオは、本来であれば下着で隠されるはずの一点を見つめて固まってしまった。
「凝視するでないわあああ!」
「ぶげらっ!」
ナナの回し蹴りはヒデオの側頭部に直撃し、ヒデオは意味のわからない音を口から発しながら壁へと叩きつけられ、そのまま意識を失っていた。
「すぐに目を逸らせば許してやったものを……この助平が」
気を失ったヒデオを転がしたまま、ナナはヒルダ邸でメイドをしていたメティが着ていたのと同じ、グレーの質素なメイド服を作ってマリエルに着せる。
「すまんのう、可愛いメイド服は後で作ってやるでな、今はこれで勘弁して欲しいのじゃ」
「問題ありません、マスター・ナナ」
「では簡単に料理の基礎を教えるのじゃ、ついて参れ」
マリエルは高い料理技能を魔石に込められているが、最低限の経験がなければ使い物にならないため、ナナが基本の食材成形・焼く・煮る・味付けを教える。そしてハンバーグの食材狩りで入手した牛肉の余りや卵等を、空間庫から取り出してマリエルに渡し、あとを任せて部屋に戻る。
「起きぬか馬鹿者」
ナナは仰向けに気絶するヒデオの腹を踏みながら、治療魔術を使用しヒデオを起こす。
「う、う~ん……あ、ナナ……って、何してんだよ……」
「踏まれて喜ぶ性癖ではなかったか、この助平め」
「ねえよそんな性癖……つーかさっきの人誰だ? ……って……あ」
起き上がろうとしたヒデオは、腹を踏みつけるナナの足に気付くと、その付け根へと視線を動かしてしまう。
「な! どこを見ておるか!!」
「ぐえ!!」
ナナは一度強く踏みつけると、後ろへと跳んでショートパンツを隠すように両手で覆う。
「わ、わるい、わざとじゃないんだ……」
「……」
「……」
数秒の沈黙が訪れると、先に耐えきれなくなって口を開いたのは顔を赤くしたヒデオであった。
「さ、さっきの人は……誰?」
「……あれは、元アンバーじゃ。わしが再調整してメイドにした。今おぬしらの昼食を作らせておるわ」
「え、ああ……はあああ!? あれがアンバー!?」
「これ以上戦闘用ゴーレムを増やしても、恐らく運用する機会がないのじゃ。ではそろそろ全員出してやるかのう、食堂へ行くのじゃ」
歩きながらナナは、ヒデオに見られた気恥ずかしさを必死に抑える。そもそも作り物の身体であるうえヒルダとノーラの身体でもあるのだから、見られたら怒りを感じてもおかしくないはずとナナは考えていた。しかし実際は怒りではなく恥ずかしさを感じてしまい、自身の心の異常に戸惑っていた。
食堂に着くころにはナナは落ち着きを取り戻していた。空間庫から四人を取り出すと、四人ともヘナヘナと腰砕けになり、床へと座り込んだ。
「おい嬢ちゃん、なんだあの空間……呼吸できねえのに苦しくもねえ、手足どころか目も動かせねえ、何とか嬢ちゃんの言う光って奴が見えるようになるまで、気が狂いそうだったぜ……」
「ヒデオは自力で出れたのね、あたしは光は動かせたけど色までは判別できなかったわ……」
ヒデオは何かを誤魔化すように笑っている。
「全員、光は見えたようじゃな。ではまぶたを閉じよ。そして意識して光を視るようにするのじゃ」
ヒデオも含めた五人はナナの言葉に従い、目を閉じる。
「うわあ、綺麗ね……光が、周囲の輪郭をかたどってるわ……」
「幻想的かもー?」
サラとオーウェンはぽかーんと口を開け、ただただ周囲を見回している。
「慣れると全周囲を感じ取ることも出来るようになるやもしれんが、そうすると恐らく脳か魂のどちらかがオーバーヒートするのじゃ。痛みを感じたらすぐに光から意識を逸し、使用をやめるのじゃぞ。ところで空間庫にぶち込まれる前に感じておった痛みは消えておるな?」
「光が視えるようになるまで痛かった……今は大丈夫」
サラの言葉にヒデオを除く三人が深く頷いている。
「俺は紫の光が視えるまで、痛みが続いてたな」
「ヒデオが見たのは空間魔術の魔素の色じゃ。皆目を開けて良いぞ。これより可能な限り魔力視は常時発動しておれ。今もおぬしらには強制的に魔力を送り込んでおるから、魔力視を解除すると魔力が溢れ、また痛みが走るから気をつけるのじゃぞ?」
全員が頷くのを見たナナは、マリエルを紹介するため厨房から呼び出す。
「これより当分の間、調理を任せるマリエルじゃ。みなよろしく頼むのじゃ」
「マリエルと申します。不慣れではございますが、どうかよろしくお願いいたします」
マリエルはゆっくりとお辞儀をすると、笑顔で自己紹介を行った。
「ちょ、ちょっとナナ、何勝手に知らない人を屋敷に入れてんのよ!」
「……敵」
エリーの慌てようは当然だろうと思うナナだが、サラがマリエルの胸を見つめて敵意を口にしたことには苦笑を禁じえなかった。その時オーウェンが呆然と見蕩れている様を見て、早めにネタバラシを行うことにする。
「マリエルはアンバーのボディを修理して、わしが作ったゴーレムなのじゃ。エリー、当分家事に充てる時間はやれぬゆえ、家事全般はマリエルに任せよ」
渋々承知するエリーシアと、明らかに落胆し悲しげな表情をナナに向けるオーウェン。オーウェンの好みをばらすのも躊躇われたため、ナナは心の中で謝罪するのみであった。
マリエルが牛赤身のステーキと卵スープをみんなの前に並べると、誰よりも早くヒデオがステーキにナイフを入れ、一切れ頬張った。
「ステーキ? って中まで火が通ってないじゃないの! ああ、ヒデオだめ!!」
「うめえ……ってこれ、牛肉!? ナナ、この肉どこから!?」
「異界の牛じゃ。空間庫に入れっぱなしで忘れとったわ。それと低温でしっかり火は通しておるから、生焼けに見えるが問題ないのじゃ」
ヒデオががつがつと食べて幸せそうな顔をしているのを見て、他のメンバーもステーキを口にする。
「やわらかい……それに甘みがあって、肉の臭みはほとんど無いわ……」
「おいしいかも!」
「スープも、いい香り……美味しい。卵?」
「これ全部、マリエルさんが作ったのか……」
ヒデオは何やら後ろめたさからか『さん』付けでマリエルを呼ぶが、ヒデオが真っ先に食べてくれたおかげで、皆安心してステーキを食べたことから不問にしておく。
用意した食事はあっという間に平らげられ、エリーシアとサラは若干悔しそうではあったが、それぞれマリエルに礼を言って食事を終えた。
「午後は魔力視を発動したまま街を回ってくるのじゃ。まあ要するにお使いじゃがの、かっかっか。おぬしら空間庫機能のついたアイテムバッグなど持っておらんじゃろ、作ってやるゆえそれぞれ好みの鞄やポーチなど買って来るがいい。ついでに肉や野菜も大量に買って来ると良いのじゃ、厨房の食材保管庫を一つ時間停止型の空間庫にしておいたゆえ、そこに入れておけば腐らぬのじゃ。位置はマリエルに聞くがよい」
「「「「「は?」」」」」
ナナはおおよそ想定通りの反応が返ってきた事に苦笑する。特にシンディの驚きようは激しく、顎が外れんばかりに口を開いている。
「ナナちょっと待て、アイテムバッグって買おうとすれば金貨一万枚超える代物なんだけど……作れるのか?」
「地上界の金銭価値など知らん、さっさと買ってこんか」
「え、アタシこんなに簡単に夢が叶っちゃうって、なんか複雑かもー……」
ナナは留守番中に黒いお掃除スライムと、緑色のお洗濯スライムをいくつか作り、呼び出したマリエルに預けて使い方などをレクチャーする。
日が落ちる前に買い物から帰った五人は、口々に魔力視によって光に包まれて見える世界樹への感動を話していた。それぞれから鞄を預かるナナは自室に戻り、全員が夕飯を摂っているくらいの時間からアイテムバッグを作り始める。プレハブの物置一つ分くらいしか収納できないが、普通に使う分には十分過ぎるほどである。
全員分が完成したその時、ドアをノックする音が室内に響いた。
「ヒデオ、このような幼い少女に夜這いとは感心せんぞ?」
「ちげえよ! つーか昨日と同じ台詞だろ!! ……ナナ、お風呂入りたくないか?」
「詳しく、聞かせてもらおうかのう?」




