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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第29話H 暴走三人娘

『バァン!』


 直後勢い良く扉が開かれ、涙目のエリーシア、無表情のサラ、張り付いたような笑顔のシンディが、続々と室内へ足を踏み入れた。


「ねえ……二人で何してたのかしら……?」

「アタシも知りたいかもー?」

「抜け駆け許すまじ……」

「す、すまなかったのじゃ、すぐ解除するつもりだったのに忘れておったのじゃ! 決してやらしいことは何一つしてないのじゃ!!」


 そう言って後ずさりするナナに一瞥くれると、三人はヒデオへと標的を定め取り囲む。


「ちょ、ナナ! それを言うなら『やましいこと』だろ! わざとか!? いやどっちもしてないけど!!」

「の、のう、おぬしら……わしが言うのも何じゃが、ヒデオはこんな小さな子供とどうにかなるような変態ではないじゃろ? 聞かれたくない話はすぐに終わったのじゃが、その後結界を解き忘れたのはわしのミスじゃ、許してくれんかのう……」


 ソファーの影に隠れたナナが謝罪の言葉を口したその時、三人を宥めるように両手を上げていたヒデオの右手をエリーシアが掴み、まじまじとその手の甲を見つめ息を呑んだ。


「跡が……」

「あ、ああ火傷痕? それならナナが治してくれてさ、古傷とかも治せるらしいからエリーも……へ?」


 ヒデオの右手の甲を見つめるエリーシアの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「エ、エリー……?」

「っ!」


 エリーシアは一瞬ヒデオの顔を見ると、ヒデオの手を離し踵を返すと部屋の外へ駆け出す。何が起こったのかわからず呆然とするヒデオと、ソファーの影から事態を見守るナナ。


「レ……ヒデオ、火傷痕の意味、わかってない……」

「エリーを守るための火傷だったよねー? エリーはその火傷痕にヒデオくんとの絆を感じてたかも」

「守られた証。それ見る度、今度は自分がレイを守る番って言ってた。……ヒデオになって、忘れた?」


 二人から次々と責められたヒデオの顔が青ざめていく。ヒデオとしては、もう子供の時のことを気に病んで欲しくないから、いい機会だとしか思っていなかったのだ。そして自分がレイアスの存在をナナからき扠される前のように、何も聞かされていないエリーシアもまた、心に不安を抱えていたことに気付く。


「す、すまなんだ……わし、そうとは知らず……」

「お、俺、どうしたら……エリーに謝らなきゃ!」

「待たんかヒデオ!」


 部屋を駆け出そうとしたヒデオに一瞬で近付いたナナが、その腕を掴んで静止する。


「何と言って謝る気じゃ?」

「え、それは……エリーの気も知らず、すまないと……」

「阿呆、それだけで済むわけがなかろう。この際じゃ、おぬしが恋愛を解禁できぬ理由を全部話すのじゃな。もちろんこの二人にもじゃ。そもそもこんな良い女達が十年も説明無しに待っていてくれるわけなかろうが! たわけ!!」

「は、はい!」

「……皆リビングに行くが良い、エリーシアならもう屋敷の外じゃ。捕まえて連れていくわい」


 そう言ってナナはヒデオの腕を離し、月明かりの差し込む窓の方へと顔を向ける。


「ぶぞー。周辺警戒は終了、とーごーに代わるのじゃ。屋敷から出ていった娘を丁重に捕獲し速やかに戻れ」


 何もない空間に話しかけるナナに、三人は怪訝な顔を向ける。


「詳しい説明はあとじゃ、外におるわしのゴーレムがエリーシアを捕獲したのじゃ。さっさとリビングに行くのじゃ」



「何よ! ちょっと離しなさいよ!! ちょっと、どこ触ってんのよ!!」


 薄暗いリビングに行くとナナのゴーレムに担がれたエリーシアが、部屋の中央でぶぞーと呼ばれたゴーレムを殴りつつ暴れていた。騒ぎに気づいたオーウェンもまたリビングに足を踏み入れ、何事かと様子を窺っている。


「エリー!」

「! ……ヒデオ……」


 声をかけるとこちらに気付き、力無く抵抗をやめるエリーシア。その目は充血し、頬にも涙のあとが見えた。


「ぶぞー、彼女を下ろして欲しいのじゃ。……エリーシアよ、おぬしの気持ちを蔑ろにするような真似をして済まなかったのじゃ」


 ゴーレムが丁寧にエリーシアをソファーへ降ろし、そこにナナが真っ先に頭を下げた。ヒデオも全てを話す決意をして、エリーに一歩近付いた。


「エリーごめん。俺が考え無しだった。それと……聞いて欲しい話がある。俺が今までエリー達の想いを無視してきた理由だ。決して軽く考えていたわけじゃないんだ……」




 リビングには三人掛けソファー二つが向かい合い、間に長いテーブルが置いてある。いつもならヒデオの両端にエリーシアとサラが、正面にシンディとオーウェンが座るのだが、今回はヒデオの正面にエリーシアが、その右隣にサラ、左隣にシンディの三人が座り、ぶぞーを空間庫にしまったナナとオーウェンは、シンディの側に並んで立っている。


「嬢ちゃん、座んねえのか?」

「オーウェン状況理解しておらんじゃろ、今わしがヒデオの隣に座ったりしたら修羅場一直線じゃ」


 小声でやり取りする二人を咳払いで黙らせると、ヒデオは正面に座る三人に対し、深く頭を下げる。


「俺は皆の気持ちを真剣に考えていたつもりではあったけど、どこか軽く考えていたと思う。本当にすまない」


 エリーシアたちは無言のまま、ヒデオの次の言葉を待っているようだった。ヒデオは顔を上げると、エリーシア・サラ・シンディの順に目を合わせ、ゆっくりと口を開く。


「俺は……自分の事しか考えていなかった。さっき話した通り、この身体はレイアスの身体であって、俺の身体じゃない。もしこの身体で恋愛をしたら……中身は確かに俺だけど、皆の体に触れる手は俺の手じゃなく、レイアスの手なんだ。それに……もし、深い関係になったら、その……生まれてくる子供は、レイアスの血を引いたレイアスの子だ」

「子って……! ば、馬鹿じゃないの!? 飛躍しすぎよ、すけべ!!」

「やっぱり男の子かも!?」

「……レイアス、目が覚めたら子持ちに……」


 ヒデオの言葉にエリーシアとシンディは顔を赤らめていたが、サラは冷静にヒデオの状況を理解しようとしている様子である。


「だからその、できれば俺が自分の身体を手に入れるまで……って思って……」

「すまぬのう、ヒデオ。少し割り込ませてもらうのじゃ。おぬしに用意しようという身体について、先に話しておかねばならんことがあるのじゃ」


 ナナの言葉に、その場にいた全員の視線がナナへと向けられる。


「わしは人間そっくりな身体、『義体』を作れる。詳しくは話せんが、おぬしらの目の前におるわし自身の身体がそもそも作り物の義体なのじゃ」


 ヒデオはさっき聞いたので落ち着いているが、他の四人は目を見開き口をあんぐりと開けてナナを見つめていた。しかし義体のことも先に仲間に話したかっただろうと思い、ヒデオは申し訳の無い気持ちになった。同時にそこまで話してくれるナナに対する感謝の念が強くなる。


「お、おい嬢ちゃん……とても作り物には見えねえけど……」

「オーウェン、不用意に触れたらぶっ飛ばすのじゃ」


 おずおずとナナへと手を伸ばしていたオーウェンは、その一言でびくっと手を止め顔を引き攣らせる。


「で、じゃ。恐らく、その……義体による生殖行為は、可能だと思うのじゃが……子供が作れるかどうかは、ちょっとわからんのじゃ……」

「……へ?」


 もじもじと体を揺らすナナの真っ赤に染まった耳を見ながら、ヒデオは間の抜けた声をだすことしかできなかった。


「……子作りできても子供はできない……?」

「す、少しは言葉を選ばぬか、サラ……多分、じゃがな。そもそも人体というのは複雑でのう、わしの義体も内臓はほとんど入っておらん」

「さっきヒデオくんと秘密の話をしていたのは、ナナちゃんの身体についてなのかな?」


 首を傾げるシンディに、ナナは深く頷いて応える。


「盗み聞きしておったおぬしらに聞かれないよう、結界を張ったのじゃ。ヒデオを除いて、まずはわし自身の仲間にわしの正体を話したかったからのう。本来はわしが義体であることも明かす気は無かったのじゃが、仕方があるまい。ただ義体を使っておる理由は話さぬぞ」

「どうしてヒデオだけ? ナナちゃんにとってヒデオは特別な存在なの?」


 エリーシアは悲しみが混じる表情でナナを見つめる。


「……特別じゃ。同じ価値観を持つ、この世界で唯一の同士じゃ」

「……じゃあ……ナナちゃんも、ヒデオのことが……」


 ヒデオはナナを驚きの表情で、エリーシアたち三人は淋しげな表情を浮かべ、ナナを見る。


「一緒にするでない。わしの目的はヴァンを殺し異界に戻ることであって、ヒデオの側にいることではないわ。友人としてたまに会いに来れたら良いな、とは思っておるがの、それだけじゃ。何でもかんでも恋愛につなげるでない馬鹿者」


 ナナの言葉に少しだけ落胆の表情を見せるヒデオ。しかしすぐに真剣な表情へと切り替えると、エリーシアへと向き直る。


「ナナは俺にとっても特別な存在だ。でも同郷の士であるというだけで、今回たまたま二人の道が交差しただけだ。俺には俺の居場所があるように、ナナにはナナの居場所がある。そして俺の居場所は……エリー、サラ、シンディの側だ。その、子供は無理かもしれないけど……一緒にいて欲しい」


 エリーシアの頬には涙が伝い、大きく頷いていた。サラも無表情ながら頬を染めて何度も頷いている。シンディはその二人の様子を窺いなら、にやにやと緩む頬を片手で抑えて頷いた。




「……興味無さそうじゃな、オーウェン。邪魔者は去るとしようかのう、ほれ行くぞ」

「お、おう……ってどこ行くんだよ」

「食堂じゃ」


 ヒデオはオーウェンを伴いリビングを出るナナに何か言わなければと考えるが、かろうじて思い止まる。自分と同じ日本人の価値観なら、複数の女性と、っていうのは軽蔑の対象に他ならないだろう。そうしてその小さな背を見送っていると、その視線に気付いていたエリーシアが口を開いた。


「ヒデオ……いいの?」

「は? いやいや、なんかお礼言わなきゃって思っただけで……つーか、ほとんど問題解決してねえ気がするんだが……」

「……小さい娘が好みなら、私が有利だと思ったのに。残念」

「流石にあれに手を出すとか犯罪者だからな!」


 140センチのサラより、ナナは頭一つ小さいのだ。サラですら日本を基準に考えたら犯罪臭しかしない。


「私とならできる?」

「ギリギリセーフ……って、何言わせんだサラ!!」

「こ、子供作るなら、レイアスの血を引いてても……ヒデオの子として育てるわ。それにレイアスが起きたら新しい身体でも、ちょ、挑戦してみたらいいじゃない! ナナちゃんはわからないとは言ったけど、無理とは言ってないわ!! で、できるまで何度でも付き合うわよ!!」

「エリーストップ! 冷静になれ、な?」


 エリーシアは相当無理してるのか、茹で蛸が引くくらい顔が真っ赤である。


「それいいかも? たとえ血はひいて無くても、ヒデオの子だしー♪」

「私も、できるまで付き合う。……突き合う?」

「サラ! アウト!! 三人共落ち着け? な? 何か目がやばいぞ?」


 ナナとオーウェンが席を外した途端に肉食獣の眼に変わった三人に、貞操の危機を覚えるヒデオ。


「と、とにかく、火傷痕のことは考えなしだった、ごめん。でも三人のことは考えた結果手を出さなかっただけでむぐっ!?」

『ガタッ!』


 テーブルを乗り越え飛び込んできたエリーシアに、言葉の途中でヒデオは唇を奪われた。たっぷりと数秒ほど唇を合わせると、ようやくエリーシアが唇を離し、深く呼吸をする。


「信じて……いいのよね?」

「……ああ。勿論だ」


 ヒデオは目を閉じ、エリーシアの唇を初めて自分から奪いに行く。濃密な口づけから開放し目を開けると、エリーシアは涙を流しながら頬を染め、恥ずかしそうに微笑みを浮かべる。その時左側からヒデオの頭に手が伸び、ぐいっと顔の向きを変えられたかと思うと今度はサラに唇を奪われる。


「ずっと、一緒……」

「そうだな、一緒にいよう」


 ヒデオは目を閉じ、サラの唇も奪う。目を開けるといつも無表情なサラの、頬を染めてはにかんだような笑顔が目に映る。更にヒデオの右側でもじもじと控えるシンディの唇も奪うと、シンディは頬が緩みにやにやしながら上目遣いでヒデオを見る。


「自意識過剰かと思ってたけど、そうじゃなくてホッとしたよ。ありがとう、シンディ」


 ヒデオはシンディに微笑みを向けると、後ろからサラに上着の裾を引っ張られる。


「ん、どうした? サラ」

「大事なこと、決める」


 首を傾げるヒデオに、サラは無表情のまま、頬を染める。


「三人一緒にするか、一人ずつするか」

「しねえよ!?」


 リビングに響き渡る叫びを聞いても、肉食獣の目をした三人は怯むこと無く、ヒデオへとにじり寄るのであった。そういうことは一段落着いてからと自室に逃げ込むヒデオだが、しばらくの間「せめて添い寝だけでも」と扉前に座り込む三人に頭を悩ませていた。


「今添い寝されたら理性がもつわけねえだろ……」

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