2章 第28話N 踏み込まれちゃった
「ナナの……正体?」
ナナは少しばかり躊躇うが、訝しげなヒデオの目を見つめると、意を決して口を開く。
「わしはのう……ヒルダに造られた魔法生物、スライムじゃ。」
「……は? スライムって、ゲームとかに一番弱い敵として出るような、あれ?」
「スライムを馬鹿にするなんて、わし悲しいのじゃ」
目元を押さえて泣きまねをするナナの姿に、ヒデオは慌てて詫びを入れた。
「……ま、あまり長いとエリーシアたちが激怒しかねんからのう、さっさと済ますのじゃ。わしの身体は、言うなればゴーレムと同じ作り物の身体なのじゃ。内臓は作っておらんから、その空洞部にスライムを入れておる。それと空間庫の中じゃ」
そう言ってナナは手から大量のスライムを取り出し、呆然とするヒデオの前でうねうねと動かす。同時にナナの身体は力を失い、ゆっくりとソファーへと倒れ込む。
「スライムって、マジかよ……それにその体だって、とてもじゃないけど作り物には見えないぞ……」
「それはじゃな……」
「うおっ! びっくりした!!」
スライムから聞こえてくるナナの言葉に、ヒデオは驚き飛び退いた。
「おぬしが『ナナ』として認識しておる身体じゃがのう、瞳や皮膚はヒルダとノーラのものじゃ。……わしが……二人の遺体を喰って、合成して再現させたのじゃ。……この身体の材料は、遺体なのじゃ。そして、おぬしに用意する身体も……同じじゃ」
その場で絶句し、目を見開くヒデオ。スライムナナはゆっくりとゴーレムボディに近付くと、纏わりつくように体を包む。
「わしは……何人も殺して喰ろうてきたのじゃ。そんなスライムが……わしの正体じゃ」
ソファーに倒れていたナナがスライムを纏いながら起き上がり、ヒデオへと視線を向ける。ヒデオは固まったままであり、ナナは受け入れられないことに落胆するように肩を落とす。しかしそのヒデオの目から一筋の涙が溢れ落ち、ナナは驚いてヒデオの顔を見る。
「ナナごめん、驚いて……勇気を出して打ち明けてくれたのに……。俺は何があっても、ナナが何であっても、味方だ。知り合って間もないけれど、ナナは悪意で行動を起こすような人じゃないと思う。理由があって、ヒルダさんとノーラさんを喰べたんだよな……。きっと……辛いこと、なんだよな……。良かったら、聞かせてくれよ、ナナがこれまでどうやって生きてきたのか……」
目を潤ませるヒデオの表情に、ナナの涙腺も決壊する。決して許されないことをしてきた自覚はある。ヒデオの身体として使う以上、何でできているのか話す必要があったとはいえ、同じ価値観を持つヒデオには拒絶されるかもしれないと思っていた。しかしナナを拒絶しないどころか、ヒデオは自分の想いを感じ取り涙まで流してくれた。
ナナはぼろぼろと涙をこぼしながら、ヒルダとノーラとの生活や、ハンバーグを作るために初めて狩りに出たこと、ヴァンとの戦い、二人が殺されてからヴァンの手下を何人も殺したこと、リオ・ダグ・アルト・セレスとの戦いや出会い、生きるために自分の身体を改造し続けたこと、そして一人で地上へ来た経緯を話す。いつしかナナはヒデオの腕に抱かれ、その胸に顔を埋めながら話していた。
「大変、なんて生易しいもんじゃなかったんだな……ごめんナナ……俺、自分の事ばっかりで……」
ナナはヒデオの腕の中で首を横に振る。
「よいのじゃ。わしは……大丈夫なのじゃ。今こうして聞いてくれるだけで……じゃからわしは二人から貰ったこの身体で、二人と一緒に楽しく生きるため、ヴァンを殺す。そしてヒルダの魔石を取り戻すのじゃ。それまでは楽しいこともやりたい事もお預けにしてきたのじゃ。……今日おぬしに会って、わしは二人を失ってから初めて泣き、初めて笑ってしまったがのう……張り詰めていたものが切れた気がするのじゃ。もう少しで全て終わるが……今は終わりに向けた小休止じゃのう」
ナナはそう言って顔を横に向け、ヒデオの胸に耳をつける。聞こえる鼓動と身体に感じるぬくもりによって安心感に包まれるが、やがてその鼓動の速さからヒデオの緊張に気付き、自身もまた緊張に包まれる。なぜ緊張しているのか考えようとした時、自分がどんな状況なのか気がついてしまう。
「ヒデオ、その……手を、離してくれんかの……」
「あ、うわっ! ご、ごめんつい……」
ヒデオはナナの背中に回していた両手を慌てて離し、あわあわと両手を上げて狼狽えていた。
「そ、そんなことより、本題なのじゃ……」
ナナは自身の顔に熱を帯びる違和感を払うように一つ咳払いをすると、右手を伸ばしてヒデオの胸におずおずと掌を当てる。
「よいかヒデオ、一つの身体には一つの魂。恐らくこれは地球でもこの世界でも同じルールじゃ。おぬしの身体にも、眠ってはいるがレイアスの魂がしっかりと宿っておる。ではおぬしの魂はどこじゃ? ……魔石じゃ。おぬしはわしと同じ、魔石に魂を宿しておるのじゃ」
「……は?」
ナナはヒデオから手を離すと仮面を付け直し、ヒデオの胸の辺りへ顔を向ける。
「おぬしの胸にそうじゃのう、3センチくらいの魔石が宿っておる。そこで一つ思い出したのじゃが……おぬしアーティオンの生まれではないか? ファビアンが懐かしそうにしておったわい」
「あ、ああ、確かにアーティオンの生まれだよ。それがどうかしたのか?」
「……恐らく、じゃが……おぬしもわしも同じ者に、同じ時同じ場所で召喚されてこの世界に来た可能性があるのじゃ」
目を丸くするヒデオに、ナナは自分の考えを話す。ノーラの暴走した空間属性魔力に汚染された、ヒルダの魂魄召喚魔法陣。魔石に魂を呼び込む魔法陣によって、魔石に魂が込められスライムとなったナナ。そして異界と地上界は全く同じ地形の異世界で、異界でヒルダの屋敷があった場所が地上界で言うアーティオンであり、ファビアンが懐かしげに見た家のある方向と一致することを話す。同じ場所に召喚されたがナナは異界に、ヒデオは地上界で、たまたま魔石を持って生まれた子供に入りこんだのではないかと予測を立てる。
「ありえる……のか……?」
「仮設の域を出ん。しかも知ったところでどうにもならん。ただわしらが事故によってこの世界に来た、というだけじゃ」
「だとすると……俺はヒルダさんとノーラさんに感謝しないとな」
「……恨みや怒りは、無いのか?」
ナナの問いに、ヒデオは笑顔を向ける。
「俺が居なくても、どっちみちレイアスは魔力過多症にかかってたってことだろ?」
「魔石を持って生まれたのなら、そうなっておったかもしれんの。むしろおぬしがおらなんだら、植物人間として既に生を終えておったじゃろうよ」
「じゃあレイアスにとっても恩人だな。それに俺、日本に未練無いし。魔力過多症の痛みって医者にはわかんないじゃん? 俺、医者や親からずっと嘘つき呼ばわりされてたからさ、今の人生のほうが楽しいんだ」
「そう、じゃったか……」
「それにナナが作ってくれる俺の義体? そのまんま人の遺体を使うわけじゃないんだろ。何にせよナナが用意してくれるってんなら文句は言わない。にしても……見た目も触った感じも、人間と変わんないよな……」
ヒデオはナナを抱きしめていたこのことを思い出したのか、自分の右手を顔の前まで上げて眺める。
「さ、触った感じとか言うでない阿呆……それより義体とはなんじゃ?」
顔に感じる熱は引いていたが、ヒデオのせいでまた思い出し顔が熱くなる。その時ナナは視界の隅に、ヒデオの右手甲に残る火傷痕を捉えていた。
「うわ、悪いつい。……前マンガかアニメで見たんだけど、義手とか義足とかみたいなもんで体全体取り替えるから、義体」
「良いのう、その呼び名は採用じゃ! ゴーレムと区別つけやすくなるの! ところでその右手はどうしたんじゃ?」
サムズ・アップした拳をヒデオに向けたナナは、そのまま首を傾げる。
「ああこれ? 子供の頃の火傷跡なんだ、すぐ治療したんだけど跡だけ残っちゃってさ」
「わしは古い傷跡も消せるのじゃ、なんなら治療してやってもよいのじゃぞ? ふふん」
「そんなことまでできんのかよ、すげえな……それじゃあ頼もうかな」
ヒデオはナナに右手を伸ばし、手の甲を上に向けた。ナナはその手を掴もうと手を伸ばすが、触れる寸前になぜか躊躇いを感じその手が止まる。ヒデオが怪訝そうな顔をするが、ナナは意を決してヒデオの手を握り、スライム体で包み込む。
「うおお、なんか暖かくて気持ちいいなこれ。ナナの身体の一部なのか?」
「そ、そうじゃ。わしの身体じゃ……手の甲の傷跡を喰って、再構築するのじゃ……」
ナナはレイアスの意外に大きな手と掌の硬い剣タコを感じながら、なぜ自分は緊張しているのか、なぜさっきヒデオの手を握るのを躊躇したのかを考えていた。その時ヒデオの手が小さく震え、ナナは傷跡部分を深くえぐり過ぎたことに気付き慌てて集中する。
「……すまぬ、ちょっと痛かったじゃろう、加減を間違えたのじゃ」
ナナはヒデオの手からスライム体と手を離すと頭を下げた。
「いやいや、ちょっとピリッとしてびっくりしたけど痛かったわけじゃない。それに……ほんとに綺麗に消えてるんだな……」
自分の右手を眺めながら、感心するように呟くヒデオ。
「今のはおぬしの手の体表を少しずつ喰って、傷のない皮膚と同じ物に再構築し直して貼り付けたのじゃ。ゴーレムも義体も似たような感じで作っておるのじゃ」
「へえ、こうなると期待度も高まるな。レイアス早く起きねえかな、恋愛解禁が待ち遠しいぜ!」
「恋愛解禁じゃと?」
ナナは首を傾げ、顔をヒデオへと向ける。
「レイアス起こすのに必死で今までそれどころじゃなかったのもあるけど、ぶっちゃけこの体レイアスに返すのに、万が一子供できたりしたら駄目だろ……それにレイアスが実は反応できないだけで全部見られてたりしたら、ちょっと立ち直れないかも」
「ヤることしか考えんのかサルめ……ふん。……って、やばいのじゃ! 遮音結界、物理結界解除じゃ!!」
「え……ああああ!!」
ナナはヒデオの恋愛話を聞いた瞬間、自分のした悪戯を思い出し、焦ってソファーから立ち上がり結界を解除する。そのナナを見て、ヒデオもまた大事なことを思い出し勢い良く立ち上がる。
『バァン!』
直後勢い良く扉が開かれ、涙目のエリーシア、無表情のサラ、張り付いたような笑顔のシンディが、続々と室内へ足を踏み入れた。




