2章 第26話N・R 解消
「レイアスよ、ちとおぬしと話がしたい。それともここで良いか?」
レイアスが日本人であることは確定だが、周りの者がそれを知っているとは限らない。レイアスは驚きが強すぎたのか固まったままだったので、やむを得ずナナは一人席を立つ。
「……外にちょうどいい庭があったのう。先に行っておるぞ」
「あ、ちょっと! ねえ、ナナちゃん!?」
赤毛ツインテールが呼び止めるが、悪いがそれどころではない。冷静に考えれば自分という存在が日本からこの世界に転生しているのという前例があるのだ。自分以外の者が転生していたところで何もおかしくはない。既に日は沈み暗くなり始めた空に、一本の太い光の柱が見える。
「……綺麗じゃのう……」
魔力視によって暗い中でもその存在を主張する世界樹を見上げ呟くナナ。すべて終わってからゆっくり見ようと思っていたはずであるが、見えてしまったものは仕方がないとのんびりと眺める。しばし見とれていると、レイアスが一人動揺した足取りで庭に出てきたのが見えた。
ナナはレイアスが目の前で立ち止まるのを待ち、周囲に遮音結界を張る。レイアスはナナが何かをしたのは気付いたようだが、それが何かはわからず身構えていた。
「遮音結界を張っただけじゃ、気にするな。仲間たちには話しておらんのじゃな」
「そ、そうか……ああ、誰にも話していない。まさか、ナナも日本人なのか?」
「やはりそうか、この衛生管理もろくにできておらん世界でハンバーグなどという挽肉料理なんぞ作ろうという馬鹿は普通おらんわい。しかも料理名そのまんまじゃ。それに唐揚げ? カツレツ? そこまで来ると日本人ですって看板背負ってるようなもんじゃろう、かっかっか」
「し、仕方ないだろ……食べたかったんだからさ……それで俺は十五年前の一月にこっちに来たんだけど、ナナは?」
「ほう、わしも十五年前の一月じゃ。同じ頃とは偶然じゃのう。まあわしが生まれたのは異界じゃがな」
レイアスは驚きの表情を浮かべ、ナナの体を上から下まで見ると軽く首を横に振る。
「同い年なのかよ、どう見ても七~八歳の幼女にしか見えねえぞ……。つーかすげえ偶然だな。俺は相馬英雄。十七歳の時交通事故で死んでこっちに来たらしい。2010年の十二月だ」
「この外見は理由があるのじゃ。……そんなことよりわしは病気で死んだのじゃが、恐らく2010年の十二月じゃ。死んだ時期も、生まれた時期も一緒とは……偶然、なんじゃろうか……じゃとしたら奇跡のような話じゃのう」
「なんだか共通点多すぎて逆にこええよ。んで、ナナの日本での名前は?」
「……過去は忘れたのじゃ。わしはナナなのじゃ。ふふん」
腰に手を当て、平らな胸を張るナナは、仮面に隠れて見えないがドヤ顔である。
「あ、きったねー! じゃあ俺も……ってわけにいかねえんだよな、これが……」
「なんじゃ、かっこいい顔に生まれて美少女三人も囲っておいて今の生活に何ぞ不満でもあるのかのう?」
「あー……一応褒められたことに対して礼だけは言っておくわ。つーかこの体、俺の体じゃねーんだよ……」
レイアスはそう言ってナナの隣まで歩くと、世界樹の方を向いて芝生の広がる地面に腰を下ろす。そして自分がレイアスという赤ん坊に憑依する形で転生したこと、レイアスが五歳の時に魔力過多症で意識を失い目覚めないこと、それ以来自分がレイアスとしてレイアスが目覚めるまで体を借りているだけだということをナナに聞かせる。
「魔力過多症って知ってるか? 不定期に全身あちこち痛くなる病気で、魔力が多いことが原因でなるんだとさ。ひどいと意識が戻らなくて植物人間になるんだとさ。つーか俺、日本でも同じ病気だったんだよ。魔力とか無い地球で! いったいどういうことなんだか……」
「……わしも、日本で……魔力過多症を患っておったのじゃが……」
「はあ? いやいやいや怖いって! 共通点盛り過ぎ! そこまで多いと引くわー、まさか向こうで知り合いだったりしないよな?」
「多分それはないじゃろう、わしは癌を患い二十九歳で死んでおる。十七歳なら高校生じゃろう、そんな若い知り合いおらんもん」
ナナはそう言うと、レイアスと同じ世界樹の方向へ向き直り、レイアスと同じように世界樹を見上げる。
「そっかー、ならいいんだけどさ。とにかくそんなわけだから、俺はレイアスを起こす手段を求めて冒険者やってるんだ。魔力過多症で意識が戻らない人は、魂に大きなダメージを受けてるらしくて、それで……生命魔術を使える人を探してる。魂に関係する魔術なら、もしかしたらレイアスのことわかるんじゃないかって思って……頼むナナ、異界には生命魔術が使える魔人族がたくさんいるんだよな? 俺に紹介してくれないか……この通りだ!」
そう言ってレイアスはナナへと向き直り、土下座でもするかのように深く頭を下げる。
「やめんか、生命魔術ならわしも使える。というかわしの師匠みたいな人が、異界一の生命魔術使いじゃったからの。起こせるかどうかはわからんが……いやその前に、レイアスを起こすとおぬしはどうなるんじゃ? 憑依したと言っておったが、そうなるとおぬし……ヒデオ、でよいな? ヒデオはまたレイアスに憑依した状態に戻るのではないか?」
「あ、ああ……そう呼ばれるのも十五年ぶりだな。最初はさ、レイアスを唆して俺が自由に使える体とか探しに行くため冒険者になろうとしたんだよ。ほら、この世界魔法とかあるじゃん? もしかしたらそんな魔法とかも探せばどこかにあるんじゃないかって。……つーかレイアスを起こすことばかりで、そっちの問題忘れてたよ」
軽い口調でゆっくりと頭を上げるレイアス――ヒデオは、口調とは裏腹に真剣でいてどことなく影のある顔をナナの足元に向け、再度うなだれた。
「ふむ。とりあえず視てみんことにはなんとも言えんの。ちょっと気になることもあるでな……」
「あ、ああ! 頼むナナ!!」
がばっと顔を上げて、ナナの仮面に覆われた顔を見るレイアスの瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「キューちゃん、此奴の体の中にある魂とその在処、状態を教えてくれんかのう」
―――個体名/レイアス 在処:肉体 状態:昏睡 個体名/相馬英雄 在処:魔石 状態:正常
「キューちゃん?」
「わしの相棒じゃ。それと、予想通りというかなんというか……キューちゃん、レイアスの魂の修復状況はどうじゃ。治療する手段があれば提示して欲しいのじゃ」
―――正常値への回復までおよそ十年 治療手段:安静
「そうか、ありがとうキューちゃん、助かるのじゃ」
「何か……わかったのか……?」
「うむ。まずヒデオが自由に使える体については、問題なく解決できそうじゃ。こちらについては後で詳しく話してやるのじゃ。それで本題じゃが……」
『日本人か?』
ナナの問いかけは、レイアスこと相馬英雄にとって青天の霹靂以外の何物でもなかった。自分以外の『元地球人』の存在を全く想像していなかった。今こうしてナナが日本語で問いかけてきて初めて、自分と同じように、もしくは自分とは別の形で地球からこの世界に来た者の存在を認識し只々混乱していた。
「レイ、どうしたの? 今ナナちゃんが何か言ったみたいだけど、レイは聞き取れたの?」
エリーシアが怪訝な顔を向けるが、ナナはこの世界の言葉ではなく日本語で話したのだ、聞き取れるわけがない。そこで漸く我に返った英雄は、庭に出ていったナナを追いかけるため席を立つ。
「わるいエリー、ナナと大事な話がある。二人だけにしてくれ」
「え、ちょっと! レイ!?」
後ろからかけられたエリーシアの声に反応することもなく、英雄は庭へと駆け出していく。
庭で空を見上げる小さな少女の姿は、とても幻想的であった。声をかけるとナナは結界を張ったという。周囲に一瞬光りの膜が見えたことから魔術であることはわかったが、この世界では聞いたことも無い魔術だった。
そしてナナとの会話は英雄にとって衝撃の連続だった。生まれた日も死んだ日も同じ、地球での魔力過多症まで同じとなると、運命論者ではない英雄にして何かを感じずには居られなかった。レイアスのことを話し、跪いてナナに頼んだ際には久しぶりに英雄と呼ばれ、未練のない地球の名前ではあるが、初めて自分自身を見て貰えた気がして嬉しかった。そして―――
「うむ。まずヒデオが自由に使える体については、問題なく解決できそうじゃ。こちらについては後で詳しく話してやるのじゃ。それで本題じゃが……レイアスの魂は、昏睡状態。治療手段は残念じゃが安静しかない。およそ十年で正常値まで回復するようじゃから、目覚めるとすればその辺りかのう」
レイアスが、いた。魂は、死んでいなかった。信じていた。いや―――今初めて気がついた。『そうであって欲しかった』のだ。気がつけばヒデオの目からは涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちる。涙を止めようとするが次々と溢れ、嗚咽が漏れる。
レイアスが居なくなってから十年、ずっと一人で抱えてきた。それが目の前に立つ、同じ日本から来た少女が解消してくれた。その少女の手が、ヒデオの頭を優しく撫でる。
「今まで大変じゃったのう、ヒデオ。十年も一人で頑張ってきたのじゃな。大丈夫じゃ、レイアスの魂は確かにおぬしの体に存在しておる。修復し、目覚めようとしておる。じゃからもう、大丈夫じゃ」
「う、うう……うああああああああ……」
跪いたままナナの細い体に抱きつくと涙も嗚咽の声も抑えられなくなり、気がつけば頭を撫でるナナの小さな手を感じながら号泣していたのだった。
「……わりいナナ、みっともねえとこ見せちゃったな」
落ち着きを取り戻したヒデオはナナの胸から顔を離し、赤く充血した目をこすりながら立ち上がり頭を下げる。
「苦労が報われた故の涙をみっともないなどと思うものか。むしろ成し遂げた者の涙は格好良いのじゃ、胸を張らんか馬鹿者。さて、話の続きはまたあとにしようかのう、今度はわしの目的に協力して欲しいのじゃ」
「はは……ありがとう、ナナ。それでナナの目的って、アーティオンを滅ぼしたヴァンって男の情報だよな。多分そいつが、今アトリオンに侵攻している魔王のことだと思う」
「魔王じゃと?」
「ああ、魔物の王だから魔王なんだと。こっちの世界じゃ魔王とか勇者とか一般的じゃないどころか誰も知らなくてさー、歴史上初めて魔王と呼ばれるらしい……ってナナどうした!?」
そこには頭を抱えぐおおおと声を上げ苦悶するナナの姿があった。
「魔王じゃと……よりにもよってわしと同じ呼称とは……ぬううう……今すぐ行ってヴァンを殺し何もかも消し去りたい気分じゃぞ……」
「何物騒なこと言ってんだよ……つーか同じ呼称って何のことだ?」
「ああ、わし……異界で魔王やっとるのじゃ」
「…………はあ?」
「細かい話は省くが、ヴァンを追ううちに異界の王たちと仲良くなったら魔王と呼ばれるようになり、こうして地上界へ来ることができたのじゃ」
「省きすぎだろ」
半目でナナを見るヒデオを無視し、ナナは腰に手を当てヒデオの顔を見上げる。
「そもそもヒデオは何だってここで戦っておるのじゃ、おぬしの目的とは無関係じゃろうが」
「ああ、この戦争が終わったら俺、国王陛下から生命魔術に関する資料を見せてもらう約束してるんだ……」
そう言って世界樹のてっぺんでも見るように、天を見上げるヒデオ。
「死亡フラグ風に言うでない馬鹿者。……そろそろ屋敷に戻ってその辺りの話をした方が良さそうじゃの。ほれ、おぬしの仲間がこちらの様子を窺っておるぞ」
言われて初めてヒデオは建物の影からこちらを窺うエリーシアとサラとシンディの姿を発見する。
「で、どの娘が本命じゃ?」
言葉に詰まるヒデオを置き去りにし、ナナはさっさと元いた食堂へと戻って行った。取り残されたヒデオはナナの胸で泣いていた姿を目撃していた三人に厳しい追求を受けるが、恩人であることだけを告げ自身も食堂へと走る。
ナナは理由があって食事をしないと言い、それについても後で説明するとヒデオへ告げると席を立ち、リビングへと向かった。ヒデオは手早く食事を済ませてリビングに移動し、ナナに全員の自己紹介をすると知る限りのヴァンの情報とアンバーとの会話内容をナナに伝えた。
「ふむ……恐らくヴァンの憑依術じゃな……ならばテミロイとかいう都市におると見て間違いないじゃろうな」
ナナはヒデオの屋敷から北の伸びていた魔力線を思い出していた。アンバーと呼ばれていたゴーレムには会話可能な器官も付けてあるのだが、まともにメンテナンスをされていなかったため、ほとんどの生体部品が腐って使い物にならなくなっていた。しかし憑依魔術を使えば会話もできることから、ヴァンが何をしていたのか見当をつけると、テーブルに広がる地図へと顔を向ける。
アンバーの言っていたセトン~アイオン間のアンデットとセトンのアンデットを全て葬ったことを話した際は、全員が口をあんぐりと開け信じられないと言った顔をしたが、アーティオンのアンデットを全て一人で処理したというファビアンの証言もあったことから信じざるを得なかった。
「さて……ヴァンがこのテミロイにおることがわかった以上、わしはこのまま北上し魔物を全て葬り、ヴァンを倒す。その後いろいろと話してやるわい、終わるまでここで待っておれ。情報助かったのじゃ、礼を言うぞ」
そう言って立ち上がるナナの肩を、ヒデオは慌てて掴み再度座るように促す。
「待てよナナ、今日はもう遅い。泊まっていったらどうだ? それに一人で行くなんて無茶過ぎる。俺にもナナの目的を叶える手伝いをさせてほしい」
「泊まっていくの良いが……情報を貰っただけで十分じゃよ」
座り直したナナはヒデオへと顔を向け、首を傾げる。
「ところでおぬし、この先はどうするんじゃ? 目的は叶ったのじゃから安全な暮らしを選ぶ手もあるじゃろ?」
「「「「は?」」」」
エリーシア達四人の視線が一気にヒデオへと集中する。一瞬びくっとしたヒデオだが、一度深呼吸をして全員を見回し、最後にナナへと向き直る。
「俺は……冒険者を続けようと思う。それと……ナナ。俺、仲間に全部話したい。『俺』の事も『レイアス』の事も……良い、かな?」
「かっかっかっ……一端の男の面をしおって。おぬしの決めたことじゃ、おぬしの好きにするが良い。わしは反対せんし、わしのことも話しても構わんのじゃ」
「ありがとう、ナナ……」
そう言ってヒデオは、ナナに深く頭を下げた。
これまで暗いR話にお付き合い頂きありがとうございました。
以後R話はH話へ変更となります。




