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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第25話R・N 出会い

 アンバーが前のめりに倒れる姿を見た三人の男たちのなかで、最も早く立ち直ったのはアンバーの同行者だった。その男は舌打ちをすると腰の剣を抜き、真っ白な少女に向けて剣を振り下ろす。しかしその剣が少女の体へと届く直前、どこからか現れた一人の戦士が剣を素手で受け止め、切りかかった男をあっという間に取り押さえていた。


「……そっちの二人は、これの仲間というわけではなさそうじゃの。……確かレイアスは十五歳じゃったな。おぬしがレイアスか?」


 少女は剣で斬られる寸前だったというのに微動だにせず、仮面をつけた顔をレイアスへと向けていた。レイアスは突然名指しされたことに驚き、恐怖を抑えて身構える。隣ではオーウェンが腰の剣に手を掛け、いつでも抜けるよう臨戦態勢を取っている。


「ファビアンより手紙を預かっておる。渡す前に一つ答えて欲しいのじゃが、おぬしらはこのゴーレムを操る者が誰なのかわかっていて一緒におったのかのう?」

「ゴーレム、だと? てめえ何言ってやがる」


 オーウェンは白い少女の言葉に返事を返すが、レイアスの視界の隅に映るその顔は血の気を失い真っ白に近い色をしていた。オーウェンの半分ほどしかない小さな少女から発せられる殺気や濃密な死の気配に、レイアスも息が詰まり自身も顔から血の気が失せて行っているのがわかる。しかしその時レイアスは視界にある光景に一つの違和感をもち、間もなくその違和感の正体に気がつき愕然とする。


「アンバーから、血が出ていない……? どういうことだ?」


 レイアスの呟きでオーウェンも始めてその事実に気付き、驚愕で目を見開いていた。


「もしやとは思うが、ゴーレムそのものを知らんのか? 魔石と魔術で動く人形じゃ。そしてこのゴーレムは、おぬしらがアーティオンと呼ぶ都市を壊滅させた男が持っていたものじゃ」


 そう言って少女はアンバーを貫いた右手に持つ、その少女の握り拳くらいある球を掲げてみせる。それはよく見ると、今まで見たことも無い大きな魔石だった。


「もう一度問うぞ。おぬしらはこのゴーレムを操る者の敵か、それとも仲間か? ……む?」


 その時少女を守るように立ち回った戦士が取り押さえていたアンバーの同行者が、低いうめき声をあげたかと思うとがっくりと全身の力を抜いて項垂れた。


「ちいっ! ぶぞー下がれ!!」


 少女の声と同時にぶぞーと呼ばれた戦士が飛び退くと、同時にアンバーの同行者の体から炎が吹き上がる。しかしその炎から熱を感じたのは一瞬のことで、炎は球状の何かに包まれ渦を巻き、内部に残されたアンバーの同行者の体を焼き尽くしていた。


「いったい、何を……?」

「……こやつ舌を噛み切りおった。ヴァンの手下らしいのじゃが、こやつら気を失うか死ぬと証拠を隠滅する魔道具を持っておるのじゃ。……ぶぞー、周辺警戒じゃ。こやつの仲間らしき者を見つけたら知らせよ」


 ぶぞーと呼ばれた男性は小さく返事をして屋敷の敷地外へと出て行く。展開についていけず戸惑った表情を浮かべたレイアスとオーウェンは、直後に少女から発せられていた殺気から漸く開放され、大きく息をしていた。


「……レイアスとやら、おぬしの父からの手紙じゃ、受け取れ」


 手に持っていた魔石とアンバーと、燃え尽きたアンバーの同行者を何らかの手段で消し去った少女は、レイアスに向けどこからか取り出した羊皮紙を放り投げる。


「おい、お嬢ちゃんよ……まさか今のは空間魔術の空間庫か?」

「わしの名はナナじゃ。いかにも空間庫じゃが、見るのは初めてかの?」

「あ、ああ……オレの名はオーウェンだ。お嬢ちゃん、あんたいったい何者だ?」


 ナナがオーウェンに返事をするより先に、父からの書に目を通していたレイアスが素っ頓狂な声を上げる。


「い、異界から魔人族を追ってやって来た、神の御使い!?」


 父からの書には「我々が魔界と呼ぶ『異界』から魔人族を追ってやってきた、神の御使いである『ナナ様』に失礼の無いよう、全面的に協力するように」と書かれ、さらにはナナがアーティオンの瘴気を消し去り全てのアンデットを倒したことが書かれていた。


「神の御使いではないと言うとろうに、ファビアンめ余計な事を書きおって。……わしの目的はヴァン……アーティオンを滅ぼした男の抹殺じゃ。居場所または居そうな場所と地図が欲しいのじゃ。それとゴーレムはここで何をしておった?」


 レイアスはナナの言葉を聞きながら全く別のことを考えていたのだが、まずはナナを応接室に通し、どうやって交渉すべきか考える。


(そうだ、異界だ! 魔人族かどうかはわからないが、生命魔術について知っているかもしれない!! ナナの望む情報と引き換えに……いや、交換条件では印象が悪い。父からも頼まれていることだし、まずは全面的にこちらから情報を差し出すべきだろう。それともてなし……そうだ!)


 レイアスはナナを警戒するオーウェンに地図を用意するよう頼むと、厨房に居て玄関先の騒ぎに気付いていなかった女性陣の元へ走り事情を話し、もうすぐ出来上がる夕食にもう一人分追加するよう頼むと慌てて応接室へ戻る。


「お待たせして申し訳ありません、ナナ様。どうぞこちらへ」


 ナナは小さく首を傾げたものの素直に従い、レイアスはナナをつれて食堂へと足を踏み入れる。席に着くとシンディがナナに紅茶を淹れ、料理運びを手伝いに厨房へと引っ込む。


「今のはもしかして森人族かのう? 異界では全て滅んでおってのう、初めて見たわい。それでヴァンの居場所なのじゃが……」

「はい、地図を用意し全てお話いたします。ですがその前に夕食などいかがでしょうか、とても珍しい料理を用意してありますのでよろしければ召し上がってください」

「むう、すまんがわしは食事は……な……!!」


 エリーシアが料理の乗ったカトラリーを手に厨房から出てくると、仮面をつけたナナの顔はエリーシアへと向けられそのまま絶句している様子であった。エリーシアは仮面の少女に驚いていたが簡単に事情を説明していたため慌てる事無く、出来立ての料理をナナの前に置く。そして……


「ふ、ふぇぇ……ふええええ……ひっく……ふええええええ……」


 どうしてこうなった。ナナの泣き声を聞きながら、レイアスの胸中はこの一言で埋め尽くされていた。






「おぬしら、これとどういう関係じゃ」


 そう問いかけたとき、真っ先に動いたのはゴーレムの隣に立っていた男だった。即座に空間庫からぶぞーを出し取り押さえさせる。


「……そっちの二人は、これの仲間というわけではなさそうじゃの。……確かレイアスは十五歳じゃったな。おぬしがレイアスか?」


 レイアスらしき少年に声をかけるがどうやら混乱しているらしく、隣に立つ熊のような男も剣に手を掛け警戒している。話を聞くと、そうやらゴーレムそのものを知らないらしい。更に質問を重ねたその時、ぶぞーが取り押さえている男が舌を噛み切ったようで、道中で見た自決用魔道具を発動させた様子が見て取れた。


「ちいっ! ぶぞー下がれ!!」


 ぶぞーが飛び退くと同時に空間魔術の結界で男を囲み、炎が周辺を焼き尽くすのを防ぐ。ぶぞーにはそのまま周辺警戒を頼むとようやくレイアスと熊男の顔色に気付き、心を落ち着けてヴァンに対する殺意を押さえ込む。


「……レイアスとやら、おぬしの父からの手紙じゃ、受け取れ」


 ファビアンから預かった羊皮紙をレイアスだと思われる男に放り、右手に持ったままの魔石を見つめる。ほぼ同じサイズではあったが、キューによるとヒルダの魔石ではないという。落胆し、高性能ゴーレムや自害した焼死体とともに空間庫へと放り込む。

 ファビアンは神の御使い扱いをやめないしオーウェンと名乗った熊男は空間庫を見て驚いているしゴーレムも知らないし、この二人の強さもファビアンよりは高いが1メートル級の銀猿以下の強さしかないしで、むしろよく六年以上も世界樹が無事だったなと思っていた。


 レイアスに目的を話すと応接室で少し待つように言われ、間もなく別室へと通される。そこは食堂のようだが、食事を断る前に紅茶を運んできた少女が気になり言い出しそびれてしまう。その少女は異界には生き残りがいないとされる森人族で、ナナの知るエルフとは違い野人族よりわずかに大きな耳であり、細身というより筋肉質な印象を受けた。しかしナナはまず目的を果たすため話を進めようとするが、そこに料理が乗せられた皿を手に食堂へと足を踏み入れた少女を見て、言葉を失った。


 明るめの赤い髪をツインテールにして皿を手に持って歩くその少女は、目の色こそ違うものの自分がよく知る者達に外見の印象がとても似ていたのだ。


(なんと……もう少し歳を重ね色気が出るようになればヒルダにそっくり……ノーラにも似ておるか? ……ノーラが生きておったなら、ちょうど同じくらいの年齢かのう……いや、魔人族は十歳から成長が遅くなるんじゃったか……数十年後のノーラか……)


 赤毛のツインテール少女に向けた顔を戻し、話を戻すため正面に座るレイアスへと顔を向けたその時、少女の手によってナナの目の前へと置かれた料理は、ナナにこれまでに無い衝撃を与えた。


(ハンバーグ、じゃと……)


 ノーラの十歳祝いに作ったハンバーグ。ノーラとヒルダの笑顔を見たいただ一心で材料集めから行い、この世界に来て初めて作った本格的な料理。このためにゴーレムボディで調理の練習をしたことや、日本では考えられない魔術を使った調理に挑戦したことなどが次々と思い出され、ナナが見たかった、ハンバーグを食べるノーラの姿を思い浮かべてしまった。

 その瞬間、これまで六年半もの間張り続けていたナナの緊張の糸が、切れた。


「ふ、ふぇぇ……ふええええ……ひっく……ふええええええ……」


 嗚咽が漏れると同時にナナの仮面で隠れた両目から、次々と涙が溢れて零れ落ちて行く。ノーラに食べさせたかった。ヒルダを笑顔にさせたかった。自分も一緒に、三人で食卓に着く未来が訪れるだろうと信じ疑っていなかった。二人としたかったこと、三人でしたかったことが次々と頭の中を駆け巡り、どうしようもできない感情に支配され子供のように泣きじゃくる。


「と、突然どうしちゃったのかしら? ねえ、レイ!? この子の名前は?」


 料理を運んできたヒルダとノーラに似た少女がナナの頭へと手を伸ばし、その胸に収めて優しくナナの頭を撫で付ける。間もなく森人族の女性と黒髪の少女が現れ、三人がかりでナナをなだめ始める。


 ナナは泣きながら、これまでの道のりを思い出す。ヒルダとノーラを殺され、ただヴァンを追うためだけの日々。そして今日やっとヴァンに直接つながる手がかりを掴み、ヴァンを殺す目処が立ったことで心の底に渦巻く憎しみが歓喜へと変わりつつある感覚があった。


 そこに冷水を浴びせられた。冷静になりなさいと、ヒルダに叱られたような気がした。ノーラが悲しそうに自分を見ている気がした。ただヴァンを探し出し殺せば満足すると思っていた。しかしそれだけではいけないと、やりたいこと、やるべきこと、やれることを考えろと、そう言われている気がしてならなかった。



 ようやく落ち着きを取り戻した頃には目の前に出されたハンバーグは冷め、オーウェンも食堂へと姿を見せ状況が把握できずレイアスの隣でレイアス同様固まっていた。

 ナナは深呼吸をし、考えを纏める。ヒルダとノーラのことではなく、目の前にあるハンバーグについて、だ。今まで考えたことも無かったが、確かめなければならない。


「驚かせてすまなかったのう……ところで一つ教えて欲しいのじゃが、この料理はこの地方ではよく作られているのかのう?」

「いいえ、それは『ハンバーグ』といって、レイの記憶から再現したのよ。……ハンバーグが、どうかしたの?」


 椅子に座ったまま泣いていたナナの隣から、赤毛のツインテール少女が屈んでナナの仮面を覗き込むようにして答える。


「珍しい料理じゃの。……他にも珍しい料理なんぞあったりするのかのう?」

「ええ、他には熱した油で調理する『から揚げ』や『カツレツ』なんてのもあるわ。全部レイが読んだ本の記憶から再現したのよ。ナナちゃんにも食べさせてあげたいけど、油の値段がねぇ」

「……高すぎる」

「ワタシ達もめったに食べられないかもー?」


 料理名を聞いた瞬間、他の言葉はナナの耳に一切入っていなかった。そしてナナは確信する。その本の著者、もしくはお前が――


『日本人か?』


 ナナはレイアスに顔を向け、『日本語で』問いかけた。皆がきょとんとした顔をする中、レイアスだけは驚愕に目を見開いていた。

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