2章 第22話N 地上へ
行動不能に陥ったナナは、魔王都市へ戻るとアラクネ族の移住と恋人探しについてリューンに丸投げし、わっしーを預ける。またセレスも光人族の移住にわっしーを借りたいと言うので、屋敷の外にわっしー用の車庫を作り自由に使わせることにする。
光人族集落跡地から持ってきた羊皮紙はその殆どが引き裂かれたり朽ちたりして判別すら難しかったのだが、運良く何枚かの魔法陣の切れ端を見つけることが出来た。しかし誰も転移魔法陣についての知識がなく、転移魔術を使えるナナがキューの力を借りて判別するしかなかった。
幸い転移先の相対座標と思われる記述を発見するに至ったのだが、肝心のナナが魔力を使えず魔法陣の作成ができない。キューにやらせようとしたナナだが、上位魔道具に相当する転移魔法陣を作り上げるにはキューの魔力が不足していたためやむを得ず保留とし、キューの魔力で可能な範囲の魔道具を作ることで魔導具作成の熟練度を上げていくことにする。
また製作途中だった最上級ゴーレムも完成させて『ビリー』と名付け、各種の戦闘技能値を6センチ魔石の容量一杯までインストールして、側近たちの訓練相手とした。最初のうちこそ喜んでいたダグだが、そのゴーレムのあまりの強さに顔色を失っていた。
キューの見立てではダグの三倍ほどの戦力値があるため少しやり過ぎた感もあったが、ダグ・アルト・リオ・セレスの四人で連携を取って戦闘訓練をするにはうってつけの相手であった。だが魔石の容量の関係で望んだ技能の全てを詰め込むことができなかったため、ナナはこれまで集めた小振りな魔石を次々とキューに融合させ、12センチ級魔石を二つと8センチ級魔石を五つ作り出す。融合させた魔石はこのままでは使用できないため、ナナの体内に仕舞い周辺魔素を集めて送り続けることにする。
時折不意に訪れる全身の激しい痛みに耐えながら、とにかく今できる事を積み重ねる。ヴァンを追えない焦りが募り苛々する事もあったが、アルトの空回りとダグのツッコミ、リオとセレスのセクハラに呆れる日々はナナの心に平穏を思い出させていた。それでもナナは必要な下着類と装備品以外、服作りなどの『自分が楽しいと思えること』を一つも行わず、必要なことだけをして過ごしていた。
一年もすると全身を駆ける痛みの度合いと頻度は下がり、日本にいた頃に感じていた魔力過多症と同程度の痛みまで治まりつつあった。また魔道具作成の基礎完全に理解し、以後はみるみるうちに上達していった。
ナナの魔力視の能力も相まって、アルトでさえ理解できないものを次々と作成していく。中でも動力として設置する魔石に周辺魔素を注入し、魔力を充填させ続けることによって魔素がある限り永続的に使用できる仕組みを完成させた際は、驚愕で思考を小一時間ほど停止させるアルトとリューンの姿が見られた。流石にこれを世に出すと魔石の価値が暴落するということで、ナナが作る永久機関魔道具の魔法陣はブラックボックス化し、解析を試みようとブラックボックスを開けた瞬間に内部の魔法陣を全て焼却する魔法陣も装置に組み込む。
この際ナナはヒルダ邸地下にあった瘴気集積装置を思い出し、わっしーを使って回収させ解析すると、ほぼ同様な仕組みであることが判明した。これにより瘴気集積装置も量産し、都市周辺の魔素濃度の安定化にも繋がった。
気がつけば光人族・アラクネ族だけではなく、ヒルダ集落や他の集落の者も大半が二大都市とその周辺に集まり、異界の民およそ二万五千人は魔王ナナの名の下に訪れた平和を甘受していた。なおキーパーを始めとしたゴーレム達は集落を守る必要が無くなったものの、ヒルダ邸の守護のため残っている。
二年が経つ頃、ナナは都市内の鍛冶師や革職人の作業を見たり直接話を聞くことで様々な金属の特性や革の鞣し方を教わり、自身の金属加工能力と革製品加工能力を向上させると、まず自身の魔狼皮で作った衣類を鞣した革衣類と交換し、品質維持のための定期的な回復魔術の使用を不要とする。次いで余っている銀猿の骨でアルトとイライザに杖を、セレスとリューンに槍を作り、毛皮はリューンとイライザを含めた六人にコートを作って渡す。
グランドタートルの甲羅のように魔素を散らすほどの防御力はないが、光魔術と斬撃・衝撃に強い耐性を持つ銀猿のコートは温度調節機能も付与させてある。これらを渡した際、アルトは伝説級の逸品であると興奮し、イライザは言葉を失ってそのまま意識も失ったらしいとナナは大分後になって聞かされた。
リオとセレスは素材は違うがナナとお揃いのデザインのコートであることに狂喜乱舞しナナへのセクハラが増加したため、ナナはスライム移動椅子の触手による拳骨を食らわせていた。この頃アルトはナナに教えることが無くなり寂しそうにしていたので、ナナはいい機会でもあるので魔物について知る限りの知識を教わることにした。
ナナの骨格・筋肉と交換された銀猿の骨と筋肉は、魔力を通すとそれぞれ魔鉄を遥かに上回る強度と、見た目の三倍以上の筋力を発揮するという逸品であり、未だ動かせないながらもキューの見立てによるとナナの身体能力値は元の三倍近い値まで上昇していた。しかし五年経ったとしてもナナ自身の戦闘継続可能時間が十分しか無いことと、魔術の使用に大きな制限があることから、ナナ自身の戦闘スタイルを大きく変更する必要に迫られていた。
身体強化魔術は五年後であれば1.2倍強化で三分動けるというキューの見立てではあるがこれを奥の手として封印し、三年目は向上した魔道具作成能力と金属加工能力を駆使して重火器の作成を試みた。これまでの散弾筒は弾丸の生成・発射を全てナナの魔術で行っていたがそれらを全て魔道具に委ね、試行錯誤を重ねる。
以前ヒルダ邸で作ったビームもどきは発射前に銃身が融けたが、銃身を冷やしながら内部を鏡張りにして、そこに光線の魔術を発生させるという魔道具を作り出すことで問題を解消、光線魔術よりも貫通力の高いビームもどきが完成する。また、向上した金属加工能力によって銃身内部にライフリングを刻むことで、通常の弾丸も100メートルまでは有効射程距離として撃つことが出来るようになる。しかしこの100メートルというのは金属魔術で作り出した弾丸が消滅するまでの距離となり、弾丸の速度を上げるか、弾丸自体を魔術で作ったものではなく物理的に製造したものであれば飛距離が伸びる事に気がつくと更なる改良を進めることにした。
なお魔術で作り出した物質を固定化させる術式もアルトから教わり、消滅しない弾丸を作成することも可能となっていたのだが、流れ弾による二次被害を恐れ敢えてその術式を使わずにいた。
四年目は銃器の改良を進め、発射プロセスを銃身底部の爆発ではなく電磁方式に替えてレールガンもどきを完成させる。口径を1センチにしたことで威力は低下したが有効射程は300メートルまで増加、尚且つこれまでのような爆発音もしなくなったためひとまずの完成とし、三年目に作ったものと組み合わせて二丁のアサルトライフル型魔道具を作り出す。
グリップ内部に魔道具としての魔法陣とマガジン部に魔石が組み込まれ、引き金を引くと発動する仕組みとなっている。魔道具に組み込まれている術式は、スイッチ式でビームに必要な鏡面化・光魔術、レールガンに必要な電磁場形成・弾丸生成を切り替えることができ、共通術式として銃身の冷却と魔石への魔力充填となり、全てブラックボックス内に書き込まれている。
問題は燃費の悪さで、5センチ魔石の魔力が満タンの状態でビームは約六秒、レールガンは六十五発しか撃てないのだ。レールガンは秒間三発の連射が可能なため二十秒ほどで撃ち尽くす計算となるが、弾倉を替えるように動力源の魔石を交換することで解消する。
次いでナナの護衛となるゴーレムも作り出す。大量にストックのある銀猿の骨と筋肉を使って最上級ゴーレムを二体作成し、片方を『ぶぞー』と名付け武器戦闘に特化した魔石を組み込み、もう片方を『とーごー』と名付け格闘と射撃に特化した魔石を組み込む。
二体とも外見はこれまで吸収したヴァンの手下の皮膚を使って人に似せて作り、ぶぞーには銀猿の骨で作った片手剣とグランドタートルの甲羅で作った鎧と盾を装備させ、とーごーにはアサルトライフルを一丁と銀猿の骨製ナイフと銀猿の革で作った軽鎧を装備させる。また、残った銀猿の骨と筋肉はぱんたろーの生体部品と交換し技能の見直しを図ったところ、ぱんたろーの戦闘力も向上、ダグと一対一で互角の戦闘を繰り広げられるほどになっていた。
こうしておよそ五年半の時が流れ全身を襲う痛みもなくなりつつあり、キューから日常活動の問題無しとお墨付きをもらった十四年目の十二月、ナナは久しぶりにスライム移動椅子から立ち上がる。大きく身体を伸ばして動きに問題がないか確認すると、側近たちのいる訓練場へと足を向ける。
「ぶぞーととーごーの習熟訓練に付き合ってくれてありがとうなのじゃ」
ナナが到着した修練場には、ズタボロになった四人の側近たちが転がっていた。
「あ、姉御……歩けるように、なったんだ、ね……」
「ナナちゃ~ん……今度はわたしの方が立てませ~ん、抱っこを希望します~……」
「ナナ、さん……何ですか、あの、ゴーレムの、化け物じみた強さ……」
「ありえねぇ……ありえねぇ……」
「うむ……正直わしも驚いておるのじゃ、ぶぞーもとーごーも単純な戦闘力ではわしの三倍じゃからのう……銀猿の骨と筋肉があまりにも優秀過ぎるのじゃ。……やりすぎたかのう?」
ナナは魔力の使用も問題ないことを確認しながら全員に回復魔術をかけて周り、終わった頃にはリオとセレスに両側から抱きつかれていた。
「おいナナ、いきなり無茶して大丈夫なのかよ」
心配して声をかけるダグの視線の先には、抱きつくリオとセレスを引き摺りながら、何事も無かったように歩くナナの姿があった。
「うむ、この程度なら問題はないのじゃ。筋力も耐久力も以前の2.5倍ほどに上がっておるからのう」
「ナナさん、いったいどうやって……」
「秘密なーのじゃー。ヴァンを倒したら教えるのでそれまで待つがいいわ」
ナナは以前身体が動かなくなった直後に全て話そうとした際に、尽く邪魔され話せずじまいであったことを魔王都市に戻ってすぐ四人に伝えてあった。激しく謝罪する四人を尻目に意趣返しとして『ヴァンを殺し終えたら何もかも話す』ということで話を終わらせてあるのだった。
「ヒルダ譲りのゴーレム作成魔術って言うけどよ、ヒルダの作った奴こんなに強くなかったぜ……」
「それも秘密なーのじゃー。ではぶぞー、とーごー。おぬしら二体で戦闘訓練を続けるのじゃ。互いに壊さぬ程度に頼むぞ」
「「はっ!」」
「こいつらも喋るのかよ!」
ダグはぱんたろーの事を聞く前にナナに拗ねられてしまったため、喋るゴーレムについても何も教えてもらっていないのだった。当然ナナのゴーレムに対する独特の名付けについても聞けずじまいである。そしてアルトは顔をひきつらせたまま乾いた笑いを発していた。さらにナナがビリーと五分だけ行った戦闘訓練を見ることで、アルトだけではなくダグの顔まで引きつることになるのであった。
「リオ、セレス。そろそろ離れんか。わしはこれから転移魔法陣を作成するでの、邪魔をするでない」
「「は~い」」
作業室に着いたナナはそう言うと、訓練後に再度抱きついた二人が離れて自由になった手に筆を執り、羊皮紙へ魔法陣を書き記していく。図形と術式と転移先の座標を、大量の魔力を流し込みながら書き記していく。ナナが作っている転移魔法陣は上級魔道具に相当し、作成時と使用時の二度、大量の魔力を必要とするためナナ以外に作ることも発動することもできなかった。また、本番ではないため転移先として指定したのは光人族集落で判明した地上の座標ではなく、同じ室内の少し離れた場所を設定してある。
「さて、魔法陣はできたのじゃ。あとは明日起動試験じゃの」
「姉御ー今日は起動しないの?」
筆を置いたナナにじゃれついてくるリオを振りほどきにじり寄るセレスを警戒しながら、ナナは首を横に振る。
「これ以上魔力を使っては魔石に負担がかかるのじゃ。作るのに一日、試験に一日使うのじゃ」
「あら~。それでは今日はもうお休みですねえ。ナナちゃんわたし、久しぶりにナナちゃんとスライム浴したいわ~」
「ああ! オレもオレも! 早速姉御の部屋に行こう!」
リオは言うが早いか、ナナの身体をひょいっと持ち上げ走り出す。
「ちょ、待たんか! やるとは言っておらんぞ!」
「あれ? 姉御軽くなった?」
ナナをお姫様抱っこしてセレスの前を走るリオの言う通り、ナナの身体は金属骨格から銀猿骨格に変更したことで間違いなく軽量化している。しかしナナはそんな説明をする間もなく部屋へと運ばれ、五年ぶりだとはしゃぐ二人を前にして断ることも出来ずに大量のスライムを取り出す。
ナナはリオとセレスの手によってあっという間に服を脱がされ、二人も競うように全裸になると揃ってスライムへと身を投じた。
「えへへー」
「なんじゃリオ、ニヤニヤしおって」
「姉御とセレスとこうしてのんびりするのって久しぶりだからさー、ついつい……えへへ」
「ほんとね~、ナナちゃんのスライムは暖かくて気持ちいいし、汚れがすごい綺麗に落ちるし、ナナちゃんの綺麗な肌もこんな近くに……あら?」
セレスは半透明な水色のスライムに覆われたナナの肢体を食い入るように見ていたが、不意にそのスライムがナナの大事な部分を隠すように黒く色を変えたため、目に見えてがっかりしていた。そしてゆっくりとゆっくりとナナに近づき、気付かれないように手を伸ばそうと試みている。
「こんなことも出来るのね~。この黒いのは~、邪魔……あ、あら?」
ナナの薄い胸へと伸ばした手に不意に抵抗を感じて驚くセレス。ナナにとってはセレスは体内にいるのに等しいので、スライム体を操作して動きを封じることも実はたやすく出来るのである。ただしそのためにはスライムの触感をナナに伝わるようにしている必要があり、ナナはリオとセレスの体のみならず自分の体すら生々しく触れている感触があった。ナナは体の芯が熱くなっていく感覚を必死に抑えつつ、隠すこと無くナナに抱きつこうとするリオも同じように止める。
「裸で抱きつくのはいかんと言うたじゃろうが。……全部終わって、わしの事を全て聞いても受け入れられるというのなら、その時は……好きにするとよいのじゃ」
悲しそうな表情から一転、ぱあっと花が咲いたように満面の笑顔を浮かべる二人。セレスの頬に若干赤みがさし呼吸が荒くなっている事に気付いたナナは、少し早まったかもしれないと僅かばかり後悔するが後の祭りと諦める。
「一刻も早く~、ヴァンを血祭りにあげるわよ~♪」
「うん! オレ姉御の前にズタボロになったヴァンを引き摺ってくるから待っててね!」
スライムの浴槽から立ち上がり、豊満な胸をぷるるんぶるるんと震わせ握りこぶしを作るセレスと、同じく立ち上がりささやかな胸を張って握り拳を腰に当てるリオ。
「丸出しで立ち上がるでないわ。それよりおぬしらまでヴァンと戦うような口ぶりじゃが、連れては行けぬぞ?」
「「え?」」
「ど、どうしてですの~!? ナナちゃんわたしを置いていくの~?」
「駄目だよ姉御! 絶対オレも付いて行くんだからね!」
太ももまであるスライムをざばざばと漕いでナナへと詰め寄る二人の剣幕に押され、身の危険を感じたナナは慌ててスライムから飛び出し距離を取る。
「だ、だってわし、集団転移の術式知らんもん……」
ナナを追ってスライムから出た全裸の二人は、ナナの言葉を聞くと両手を床について項垂れるのであった。
「それで、ナナさんが一人で地上へ行くというのはどういうことでしょうか」
スライム浴を終えて間もなくリオとセレスから事の次第が伝えられると、ナナと側近全員が会議室に集められ、緊急会議が開催されていた。なおイライザも側近として名乗りを上げているが、魔導都市の都市長を任せているため不参加である。
「以前転移術の検証として、ヴァンの手下を一人抱えて転移したことがあるのじゃが、転移を終えた時ヴァンの手下が消えておった。どこに飛ばされたのかわからぬ。じゃからわしの転移術は一人用なのじゃ」
「なんで今頃になって言うんだよ! ……他に方法はねえのかよ?」
「集団転移が使える術者が一人でもおれば、それをわしが視ることで使えるようになるのじゃ。または集団転移の術式が記された魔法陣でも良いぞ、発動の瞬間さえ視ることができれば模倣できるのじゃ」
その言葉を聞いたアルト・ダグ・リオの視線がセレスに集中するが、セレスは悲しげな表情で首を横に振る。
「無理です~、七十五年前にヴァンが集落を襲った時に、転移魔術を使える術者はみんな殺されてますから~……」
「では集落跡を捜索してみましょう。以前ヴァンに滅ぼされた集落も近くにありましたよね、セレス君案内できますか? ナナさん、後でわっしーをお借りします」
「私はイライザに連絡して、両都市で転移魔術が使えるものがいないか探してみます」
リューンはそう言って一足先に会議室を後にした。
「……俺はナナが一人で勝手に地上へ行かないよう、見張ってるぜ」
「オレも姉御の側にいる! 一人になんてさせないんだからね!」
そう言ってナナを睨みつけるダグと、泣きそうな顔を向けるリオ。その二人の視線を受け、ナナは小さな声で謝罪の言葉を発する。
「すまんの……そもそもわし一人で始めた戦いじゃ、わし一人で終わらせるべきじゃろう……復讐は単なるわしの我儘じゃからの」
「……ちっ! んで、転移魔法陣はいつ完成すんだ? 正直に言えよ?」
「……三ヶ月じゃ。三ヶ月経ったらわしは、ヴァンが転移したヒルダ邸の地下より、地上に向けて転移するのじゃ。転移術の指定座標はどうやら異界と地上階の相対位置を記しておるようじゃからの、ヴァンが出現した場所と同じ場所に出るはずじゃ。その方が足取りを追いやすいはずじゃ」
「俺達は、邪魔か?」
そう言ってナナを睨みつけるダグと、さみしげな表情を向けるアルト・リオ・セレス。ナナは首を横に大きく振ると椅子から立ち上がり、顔を覆う仮面に右手をかけてゆっくりと外していく。
「そんな事はないのじゃ。おぬしらには本当に感謝しておるのじゃ。きっとわし一人では地上へ転移する手段を見つけられなかったのじゃ。……必ず帰ってくるのじゃ。ちょっと行ってヴァンをぶん殴って戻ってくるだけじゃからの、心配いらんのじゃ。……ありがとう、ダグ、アルト、リオ、セレス」
そう言って素顔を晒したナナは、精一杯の笑顔を四人へと向けた。左右で僅かに色の違う紅色の瞳で四人の姿をしっかりと捉え、ヒルダとノーラに心の中で紹介をしていく。言葉を失っている四人をよそに、ヒルダとノーラへの紹介が終わったナナはスッと仮面を装着しなおし席に戻る。しかし四人のあまりの沈黙の長さに、段々と居心地が悪くなっていく。
「そ、そんなにおかしな顔じゃったかのう? わし、まだ自分の顔を見たことがないのじゃが……」
ナナは外見の形成・構築をキューに全て任せたっきり、自分では一度も見たことがない事実を思い出す。しかしよく見ると、アルトとセレスは顔を真っ赤に染め、リオは目をこれでもかというくらい輝かせ、ダグですら耳が赤くなっていることに気付く。
「わ、わしはもう休むのじゃ!」
セレスの荒くなっていく息遣いに身の危険を感じたナナは、慌てて部屋へと戻り扉を空間魔術で固定して、セレスとリオの襲撃を防ぐのであった。
「み、みんなの反応を見る限りじゃと、悪くない顔じゃろうな……きっと……」
自分の顔を見てみたい衝動に駆られるが、それもヴァンを倒すまで御預けと心に決めてベッドに横になり、魔石を休ませるナナであった。
側近たちは必至で転移魔術を使える者や文献・魔法陣などを探し続けたが、結局見つけることは叶わなかった。そして約束の三ヶ月後、ナナと側近たちの姿はヒルダ邸の地下にあった。
「ここでナナさんはヴァンと戦ったんですね……」
「そうじゃ……そしてノーラが殺された場所じゃ。わしはここですべてを失ったのじゃ。じゃからここから始めるのじゃ。わしの自己満足に付き合ってくれたおぬしらには、本当に感謝しておるぞ」
「あら~、ナナちゃん駄目ですよ? そういうのは~、ちゃんと帰ってきてからにして下さいね~?」
「いいか、ナナ。こっちにはお前の残した転移魔法陣の資料があるんだからな? あんまり長く帰ってこねえとこっちから迎えに行くからな?」
両腕を組み不機嫌さを隠そうともしないダグだが、あからさまに心配するような言葉にナナは嬉しさを感じていた。
「ナナさん忘れ物はないですか? 戦力となるゴーレムはみんな空間庫に入れましたね? それと本当にわっしーを置いていくのですか? 向こうで困りませんか?」
「過保護かっ!? そもそもわっしーは全員で移動するために作ったのじゃからのう、わし一人ならぱんたろーで十分じゃ。ビリーにぶぞーととーごーもおるし、武装も十分じゃ。むしろ過剰戦力じゃと思うとるくらいじゃ」
そう言ってナナは空間庫からアサルトライフル型魔道具とトンファー改を取り出す。トンファー改は散弾筒を二本並べて接続し、ダブルバレルのショットガンとしても使用できるように魔道具化されている。
「あ、姉御ぉぉ~……」
「ええいリオよ泣くでないっ! ちゃんと戻ってくるのじゃ。いい子で待っておるのじゃぞ?」
そう言って背伸びしてリオの頭を撫でるナナ。
「さくっと終わらせて魔王都市に帰るでの、大人しく待っておれ。それでは行ってくるのじゃ!」
そうして転移魔法陣の描かれた羊皮紙を広げ、発動するナナ。魔法陣が薄く光を放ち、ナナとともに一瞬にして姿をかき消した。
「……行って来い、と言う間も無く、転移しやがったなあの野郎……」
「ナナちゃん、照れ屋さんだから~……」
「ナナさん、魔王都市に『帰る』って言いましたね……信じましょう」
「ううう、姉御ぉ~……」
ヒルダ邸の地下室には四人のぼやきと鼻を啜る音だけが響くのであった。
「……これが、地上界じゃと……? まるで地獄ではないか……」
ナナがこの世界に生まれ直してから十五年目の三月、地上へと漸く転移したナナが目にしたものは、半ば以上白骨化した無数のゾンビがうごめく薄暗い廃墟であった。




