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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第16話R 失っていたもの

「南の森からゴブリンが出てきてやがる! 奴ら村を襲うつもりかもしれねえ!!」


 宿に飛び込んできたエジーの言葉によって、女性冒険者だけのおしゃべりは終わりを迎えた。四人とエジーはすぐさま宿を飛び出し、南門へと走る。


「状況はどうなっているんだい?」

「南門のそばで戦闘になって、レイアスが来てくれたおかげで四体は倒した。怪我人は出てねぇ。今リットンが念のため正門を閉めるよう、村長に話しに行ってる」


 クイーナの問いに答えるリットンだが、戦闘になったと話すとエリーシアの顔色が変わるが、怪我人が無いと聞きすぐさま安堵した表情へと変化する。


「二つのパーティーでもう三十体近く倒してるってのにまだ余力があるのか、それとも半分以上倒されて怒って攻めてきたか……とりあえず急いで合流するよ!」



 南門についた一行だがそこにはレイアスの姿は無く、両膝をついて泣きながら抱き合う若い夫婦と、ワイルの姿しかなかった。


「レイはどこ!!」

「あ、ああ。村の犠牲者が、この夫婦の子供だったって聞いて、一人で外へ……お、俺は止めたんだぞ!」


 ワイルから聞かされた言葉で一瞬にしてエリーシアとサラの顔から血の気が引き、慌てて外へ向かう門へと走る二人。シンディも予備の弓を持ってその後を追う。


「ワイル! エジー! 私らも門の外に出るよ、ここじゃ柵が邪魔で状況が掴めない! ……返事は!!」

「「はい!」」


 嫌がるそぶりを見せる二人だったが、クイーナの剣幕に押されて返事をしてしまい、渋々門をくぐるのであった。





「大丈夫だったか?」

「ああ、レイアス。助かったよ……ありがとう」


 レイアスが歩哨の様子を見に南門につくと、その門のすぐ外では闇に乗じて村へと近付く四体のゴブリンが三人へと襲い掛かり、戦闘が始まった直後であった。

 すぐさま加勢しゴブリンを倒すも、暗い森の方から幾つもの瞳が月明かりを反射している様子が見えたためエジーとリットンに指示を出して、宿にいるメンバーと村長の元へと走らせる。レイアスとワイルは村の中へ入ると門を少しだけ開けて、外の様子を窺っていた。その時剣を手にした一人の男性が、同い年くらいの女性を伴い姿を現した。


「ゴ、ゴブリンが来たんですよね? ……お願いします、僕も一緒に、た、戦わせてください!」

「ああ!? 何だそのへっぴり腰は。邪魔だ邪魔!」


 ワイルの怒鳴り声に一瞬怯むも、その男は震えながらも瞳に強い意志が宿っていることをレイアスは感じていた。


「何か理由でもあるのか? 村を守りたいというだけなら、できれば万が一村に侵入されたときの為に備えて待機して欲しいんだけど」


 周囲の気配に気を配りながら、レイアスは男性へと問いかける。


「……村に犠牲者が出たって、聞いていますよね? ……僕達の、子供なんです……」

「上の子が熱を出して、心配した下の子が薬草を取りに森に入ってしまったの……五歳になったばかりだったのに……とても優しい子で……ううう……」


 そう言ってその夫婦は目から大粒の涙をぼろぼろと落とし始める。


「五歳……」

「ええ……いつも上の子と一緒に薬草を取りに森へ入っていたので……ゴブリンが出るからと言い聞かせていたつもりだったのですが、僕達の目を盗んで……あんな、頭だけになって帰って来るだなんて……」


 悔しさ、悲しさ、そして怒りがない交ぜになったような男性の表情を見たレイアス―――英雄の胸に言い表せないような怒りが湧き起こった。五歳といえば、ちょうど本当のレイアスが魔力過多症によって目覚めなくなった年齢だった。子を失った男の姿を、ファビアンとオレリアに重ねてしまう。彼らが本当はレイアスが意識不明になっていると知ったら、どんな反応をするだろうか。そしてその男性の姿を自分にも重ねてしまい、五歳の子供、レイアスを失ったのは自分も一緒なのだと気付く。


「ああ、そうか……レイアス……お前と同い年の子供だってよ……」


 英雄はまだレイアスを完全に失ったとは思っていないが、その悲しみも、悔しさも、怒りも、そして何より自分自身に対する不甲斐なさも、全て理解できる。まだ眠っているだけだと信じているが、ここにはいない、失われているのだという事を今更ながら気付いてしまう。


「おい、レイアスお前なんで泣いて……」


 涙が落ちないように上を向くレイアスに気付いてワルターが訝しげに問いかけるが、まるで自分の身内でも亡くしたかのような表情を見て、言葉を最後まで告げることはできなかった。


「ゴブリンは、俺が全部殺す。あんたらは、上の子供についててやれ。ワイルは門の防衛頼む」

「な、待てよレイアス! 何体いるかもわかんねーのに外に出ようって……ひっ」


 門を開けようとするレイアスを制止しようとするワイルだが、門を睨むレイアスから感じられる恐怖感はゴブリンに囲まれたときの比ではなく、小さく声を上げてレイアスから離れる。レイアスはその間に悠々と門をくぐり門前の草原へと駆け出して行った。



 外に出たレイアスは草原の真ん中辺りまで駆けると、そこで足を止める。ゴブリンの動きに注意しながら南門のかがり火で光に慣れていた目を、徐々に暗闇へと慣らしていく。月明かりである程度ゴブリンの姿を確認できるようになると、ゴブリンたちを挑発するようにゆっくりと森に対して平行に歩き始める。

 ゴブリンたちが焦れ小さな声でギャッギャと鳴いている声が聞こえ始めると、間もなく森からいくつかのグループが草原へと足を踏み入れたのが月明かりに映し出された。


 レイアスは剣を抜くと術式の詠唱を始め、草原を走るゴブリンを迎え撃つように剣を構える。ゴブリンたちは最初のグループが動き出した後、その後を追うように次々と森から出てきており、ざっと数えたところ三十体前後と見たレイアスは、近付いてくるゴブリンの集団の中で最も密集していそうな場所目掛け、四本の火の矢を創り即座に撃ち出す。その結果を見ずに近寄ってきたゴブリンに一撃を加えるとゴブリンの少ない方へ向け術式を詠唱しながら走り出し、包囲されないよう走りながら一撃一撃を確実に当ててゴブリンを削って行く。また一体のゴブリンとは一合以上打ち合わず常に移動し続け、ゴブリンが密集するたびに火の矢を放ち、僅か数分で八体ものゴブリンを屠っていた。


「ギギッ!」

「ぐっ!」


 レイアスが走り続けた疲れで足の鈍ったところに一回り大きなゴブリン現れ、叫びながら長剣を横なぎに振り払い、左腕の盾に衝撃が走る。受け流すことができずに足が止まってしまい、そこに殺到するゴブリンたち。しかしレイアスは包囲するゴブリンに火の矢を放ち、さらに二体のゴブリンを屠ると一回り大きなゴブリンへと目を向ける。

 周囲には火の矢で倒れたゴブリンがそこかしこで燃えており、その炎に照らされたゴブリンを見てレイアスは愕然とする。そのゴブリンは、あろうことか服を着ていたのだ。しかもどうやらそれは子供用のもので、ゴブリンリーダーと思われる一際大きなゴブリンには小さすぎてあちこちが破けている。その服は殺された子供のものだろうとレイアスは気付き、心が怒りで塗り潰される。


「おまえかああああああ!!」


 レイアスは叫ぶと周囲のゴブリンを見ようともせず、ゴブリンリーダーへと一直線に距離を詰める。振り下ろした剣を避け反撃に振られるゴブリンの剣を盾で受け流し突きを放つ。その突きは浅く首を掠め、間合いを詰められたゴブリンリーダーは力いっぱいの前蹴りをレイアスの腹にめり込ませる。怯んだところに振るわれたゴブリンの剣を左肩に受けてしまうレイアスだが、お構いなしにもう一歩間合いを詰めてゴブリンリーダーの右太ももを深く切りつけ、さらに火の矢を創り出して降り注がせる。


「ギギャッ!」


 三本までは避けられたが、残りの一本の火の矢が直撃したゴブリンリーダーにとどめを刺そうと近寄るレイアスだが、横から出てきた別のゴブリンに邪魔され、その首に剣をつき立てた時背中に衝撃を受ける。

 その時既にゴブリンの包囲網が完成しており、レイアスの後ろに回りこんだゴブリンによって背中に石斧が叩きつけられたのだ。背中に受けた衝撃によって呼吸がし辛くなり、術式の詠唱がままならない。

 ゴブリンリーダーのほうへ向き直るが、いつの間にかそちらが一番ゴブリンの数が多くなっており、突破は難しく思えた。ゴブリンリーダーが笑うような鳴き声を上げたとき、そこへ五個の岩球と二本の矢が降り注いだ。


「ギギャッ! ギーー!!」


 続いて降り注ぐ五本の火の矢がゴブリンに混乱を引き起こし、レイアスはその僅かな隙を突いてゴブリンリーダーへと肉薄する。


「はああっ!!」


 気合と共に繰り出されたレイアスの突きはゴブリンリーダーの首を貫きその命を奪うことに成功するが、ゴブリンの剣も同時にレイアスのわき腹へとめり込み、浅くはない傷を負わせていた。


「レイ!」


 さらに五本の火の矢と五個の岩球が周囲のゴブリンに降り注ぐ中、エリーシアの叫びが聞こえたレイアスは周囲を見渡し、ここに来てやっと仲間が来たのだということに考えが至る。


 まだ半分近くが残っていたゴブリンだが、リーダーを失いエリーシアとサラの魔術とシンディの矢を受け森へと逃亡を図る。一行は深追いせず、レイアスの元へと駆け寄り、その姿を見て絶句する。全身は返り血で染まり、左肩と右脇腹に深い裂傷だけでなく、背中を守る革鎧も大きく破損していた。そのレイアスは、エリーシアとサラの姿を見ると力無く膝から崩れ落ち、駆け寄ってきた二人の手によって抱き止められる。


「シンディ! シンディ!! お願い、レイに治癒を!!」


 レイアスはエリーシアの涙交じりの声を聞きながら、ゆっくりと意識を失っていった。




「それで、いったいどういうことか説明してもらおうかねえ、レイアス君」


 目が覚めたレイアスを待っていたのは、エリーシアとサラの涙と、そして鬼の形相を浮かべるクイーナだった。レイアスはその迫力に押され、子供が殺されたと聞いてから記憶が無いことを話す。


「あんたがどんなトラウマを抱えているか、私は知らない。けれどあんたらの実力なら、協力すれば無理せずともゴブリンの集団くらい追い払えたはずだ。この二人がどれだけ心配していたかわかるか? それとも何かい? 英雄えいゆうにでもなりたかったのか? それで無駄な怪我をしてりゃ世話ないね。結果よければ、何て思うんじゃないよ? 確かにゴブリンリーダーを倒したのはあんただけど、あんたの大事な仲間を泣かせたという事実もまた結果だからね? 決して誇れるような真似じゃなかったことだけは忘れるんじゃないよ」


 そう言うとクイーナは扉へ向かって歩き出し、扉の前で立ち止まると目を赤く腫らせたエリーシアとサラに向かって優しく声をかける。


「今日はゆっくりと休みな。私達の最後の仕事だ、きっちり巣を見つけて戻るからおとなしく待ってるんだよ? あと、レイアス。ゴブリンリーダーの着ていた服、殺された子供のものだったから親御さんに引き渡したけどそれでいいね?」

「ああ……ありがとう、クイーナ」


 頷く二人と頭を下げるレイアスを見て優しく微笑むと、クイーナはそのまま部屋を後にした。



「心配かけてごめん」


 言い訳は不要とばかりに、クイーナが部屋を出てすぐに頭を下げ謝罪するレイアス。怒られると思って身構えていたところに、二人が揃って強く抱きつき、声を上げずにただただ大粒の涙を流し続けるのを見て、自分の行動がいかに愚かだったのか、クイーナの言葉を噛み締め何度も何度も謝罪を重ねていた。



 その日『森の息吹』はゴブリンの巣を発見、怪我をしたゴブリンばかりであったためそのまま殲滅し、夕方には十二体分の魔石と討伐証明を持って帰還する。また、外で見ることが滅多に無い雌のゴブリンが巣に三体おり、その魔石は普通のゴブリンより一回り大きく金貨五枚で売れると主にワイルが喜んでいた。

 子供を失った夫婦は戻ってきた衣服と巣からシンディが回収した骨を抱えて泣き崩れたが、レイアスたちと『森の息吹』に深く頭を下げると上の子であろう、十歳位の女の子を連れて帰っていった。入れ替わりに顔を出した村長はギルドへの報告書として蝋で封をした羊皮紙をレイアスとクイーナに手渡し、何度も頭を下げて感謝を伝えると仕事へと戻っていった。

 また『森の息吹』の面々が、レイアス達が倒したゴブリンリーダーの2.5センチの魔石1つとゴブリンの魔石二十個と討伐証明も集めてくれ、レイアスに手渡してくれた。手間賃として端数は貰ったよと笑うクイーナにレイアス達は怒れるはずもなく、村にもう一泊して翌朝クーリオンへ帰ることで話は纏まるのであった。



「で、何で二人がこっちの竜車に乗ってるんだ?」


 クーリオンへ向かう龍車の中には、レイアス・エリーシア・サラの三人だけではなく、クイーナ・シンディの二人も乗っており、レイアスは呆れた様子で問いかけていた。


「昨夜解散の話をしたんだけどね、向こうはワイルが新しくパーティーリーダーになって続けるんだってさ。それに見捨てた相手と一緒の竜車で何時間も、ってのはお互い落ち着かくて嫌だね。それともお邪魔だったかい?」


 クイーナの問いにはレイアスは何も応えなかったが、代わりにエリーシアが顔を赤くし態度で返事をしている。


「それにアタシは戻ったら同じパーティーだからねー。改めて自己紹介した方がいいかも? シンディ・クルス、二十六歳。剣と弓が得意かもー。あと水・土・木魔術で治癒と、手洗いのお水出したり草や木の根を操って敵を転ばせたりも出来るかも?」


 その後レイアス、エリーシア、サラと続けて自己紹介しなおすと、クイーナが呆れた様子で口を開く。


「あんたら、改めて考えると……全員が魔術士なんだね……レイアスなんて私達を助けた日だけで一体何発の魔術を放ってるんだい? それでまだ十三歳ってんだから、ほんと末恐ろしいよ……」


 その後女性だらけの竜車に一人だけ男性のレイアスは、女性陣のおしゃべりについて行けず居心地の悪さを感じ、逃げた御者席で竜車の扱いを教えてもらいながらクーリオンへの帰路につくのであった。

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