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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第14話R 冒険者

 休日とした日の朝、レイアスは手早く洗濯を済ませて庭に干すと、クーリオンの中央教会へと足を運んでいた。都市中央部に建つ真っ白な建物は、礼拝堂と思われる正面の大きな扉を開け放ち、何者をも拒まないような雰囲気を持っていた。しかし以前訪れた時はたまたまかと思ったのだが、やはり今回も人影がまばらで、レイアスの知る限り唯一の宗教であるにもかかわらず信者が少なそうであることにレイアスは疑問を持っていた。だが自分には関係の無い話と首を軽く横に振ると、大きく開かれた扉から建物へと足を踏み入れる。

 内部もやはり人影は少なく、壁際に立つ神官らしき年配の女性を見つけるとレイアスはそちらへ足を向ける。


「すみません、書庫の利用をお願いしたいのですが」


「光天教神殿へようこそ。申し訳ありませんが書庫の利用には一定額の寄付金が必要となっております」

 話しかけられた女性神官は一見するとみすぼらしい格好のレイアスに、上から下まで視線を這わせるとゆっくりと頭を下げる。


「ええ、前にも聞いたので知っています。はい、金貨十枚です。確認してください」

「まあ! これは大変失礼致しました。どうぞこちらにおいでください」


 手の平を返した女性神官に連れられ、教会もとい神殿の奥へと進むレイアスは、間もなく応接室の一つに通される。女性神官にここで待つように言われたレイアスは、冒険者になる前に書庫の利用を申し出た時の事を思い出していた。当時は自由になるお金がそれほど無かったため諦めていたのだが、今なら金貨の十枚や二十枚、必要経費として気兼ねなく使える。欲しい情報が確実に手に入るわけでもないが、知識としては必要だろうとこの休日を使って改めて訪れたのであった。


 ソファーに腰掛け周囲の足音に気を配り、神殿内で働く人も少なそうだとぼーっと考えていると、こちらへ近付く足音に気がつき姿勢を正す。間もなく扉が開かれ、マルクやファビアンよりやや年上といった感じの、恰幅のいい男性が満面の笑顔を浮かべて姿を見せる。


「やあやあ始めまして。私はガッソー・フォール、クーリオンの司教を任されています。このたびはご寄付頂きありがとうございます。お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「司教様自らお越しとは恐れ入ります。俺はレイアス・クロード、騎士爵ファビアン・クロードの第三子です」


 にこやかに右手を差し出すガッソー司教に、レイアスもソファーから立ち握手を交わす。


「おお、騎士爵のご子息でございましたか。本日は書庫の利用をご希望と伺っておりますが、どのような本をお探しでしょうか? よろしければご案内いたしましょう」

「光魔大戦と魔人族と魔界について知りたいのですが……司教様自らご案内頂けるとは恐縮です」


 応接室から司教の案内で書庫へと向かうレイアス。神殿奥の書庫への道すがら司教は愚痴とも取れるような神殿の惨状を話していた。曰く、魔界創造時にこの大陸に住まわれていた神の御使いも姿を消したため、ティニオン王国では布教が進まず信者の数が圧倒的に少ないこと、ティニオン北東のプロセニア王国にある本部からの支給金がなければ神殿の維持すらままならないこと、レイアスの寄付金が今月の最高額であること、実は暇で話し相手に飢えていること等々。

 それらをレイアスは少しばかり顔を引き攣らせながら相槌を打ちつつ聞いていた。そして書庫に通されると閲覧用の机で待つようにレイアスに言い、司教は二冊の本を持ってくる。


「魔界や魔人族に関する資料だけを纏めたようなものはありませんが、光魔大戦録にある程度記載されておりますな。それとよろしければ神の御使いである光人族の資料はいかがでしょうかな? 偉大なる功績の数々とそのお力を記されて」

「あ、そっちは結構です。ありがとうございます」


 取り付く島もなく断られた司教は大きく肩を落とし、一冊をレイアスに渡すととぼとぼともう一冊を本棚へと返しに行く。そもそもレイアスとして生きる英雄にとって宗教は胡散臭いものであるという印象が強すぎ、気さくな司教相手でもついついぞんざいな態度が出てしまう。しかしとぼとぼと歩くその背がとても小さく見えて、レイアスは少しばかり申し訳ない気持ちになっていた。他にどんな資料があるのかあとで聞いてみて、興味がある物があったら後日また訪れようと思うレイアスだった。




『光魔大戦』

 アンデットを操り人類を隷属させようと目論む魔人族に対抗するため、光人族が主導しあらゆる種族を巻き込んで行われた大規模戦争。イルム大陸で始まった戦争は光人族が勝利し、魔人族側の生き残りはエスタニア大陸へ逃亡する。エスタニアでの戦争は苛烈を極め、多数の死者が出て世界樹で浄化し切れない闇の瘴気に多くの地域が覆われた。

 光人族は魔人族を根絶やしにすることが困難であると判断し、空間魔術を使って別世界に隔離しようと画策する。エスタニアの世界樹を守り抜いた光人族は世界樹の力を利用し、種族をあげて別世界を作り出す大規模魔術を行使する。大規模魔術は成功し、異界を作り出しエスタニア大陸で一定以上の魔力をもつ存在を隔離することに成功する。しかし大規模魔術のフィードバックにより、術式に参加した光人族は魔力を吸い尽くされ消滅してしまう。こうして多くの光人族の犠牲によって大戦は終結、平和が訪れた。

 以後、戦争を集結させた光人族こそが神の御使いであり創造神の代弁者であるとして光天教が創立され、魔物を封じた異界を魔界と称し世に広めることとする。

 光魔大戦以降エスタニア大陸においては光人族・魔人族共に確認されておらず、イルム大陸に僅かに存在が確認されている。




「……光天教の成り立ちとして、残しちゃいけない部分が記載されている気がするんだが……」

「どうかなさいましたかな?」

「うわっ! し、司祭様もしかしてずっと後ろに?」


 独り言を呟いたつもりがすぐ後ろにいたガッソー司祭から返事があり驚くレイアス。どうやら本当にやる事がないらしく、レイアスが資料を読んでいる間ずっと後ろにいたらしい。レイアスは慌てて他にどんな資料があるのかガッソー司祭に訪ねるが、教義とか偉人録とか各地の司祭紹介とか信者一覧とか、読んでどうするというものや読ませちゃ駄目だろというものしか残されておらず、レイアスはもうここを訪れることはないだろうと確信し、ガッソー司祭に礼を告げて書庫を後にする。そして寂しそうな目をしたガッソー司祭には申し訳ないと思いつつ、決して振り返ること無く神殿を後にした。



 翌朝レイアスが冒険者ギルドに到着すると、ギルドの職員がレイアスの姿を見つけて慌てて駆け寄った。


「レイアス君、南東の村の近くにゴブリンの巣が出来たらしい。調査依頼なんだが、引き受けてもらえないだろうか? 報酬は金貨五十枚だ。君たちの他にもう一つ戦えるパーティーに依頼を出しているが、万が一巣があったとしたら彼らだけでは心許ないんだ」

「この場所だと徒歩では三日かかるな。竜車は出てるのか?」

「定期便は週に一回だけど、今回はこちらでチャーターするよ。もう一つの依頼を出したパーティーは『森の息吹』だ、知ってるだろ? そっちは昨日発っている。昼前に発てば夕方には着くが、準備は間に合うかな?」


 矢継ぎ早に話す職員だったが、レイアスが首を横に振るとがっかりした表情を浮かべる。


「まだメンバーが揃っていないんだ、詳しい話はそれからだ。それと竜車の準備は進めておいてくれると助かる」


 ギルド職員はその言葉を聞くと一転して安堵したような表情に変わり、任せてくれと一言告げると他の職員へと指示を出し始めた。ちょうどその時、赤毛をツインテールにした少女とフードを目深にかぶった少女が冒険者ギルドへと足を踏み入れた。


「おはようレイ。何か慌ただしいけど、あんた何か変なことしたんじゃないでしょうね?」

「おはよう……あの受付嬢忙しそう。多分違う」

「おはようエリー、サラ。っていきなり酷いな。南東の村近くにゴブリンの巣が出来たらしいから、調査依頼だとさ。今ギルドが竜車をチャーターしてくれる。引き受けようと思うんだけど、二人は平気か?」


 軽く右手を上げて挨拶を交わし合流する三人。エリーとサラはすぐにでも出発可能と言うことなので、ギルド職員から詳細な任務の説明を受けたり村周辺の地図を見せて貰うなどしながら竜車の準備が終わるのを待ち、竜車の中で食べる昼食を買って出発することになった。




「竜車に乗るのも久しぶりね……」

「ああ……クーリオンへの移住以来だな……」


 幼少期を過ごしたアーティオンを思い出し、そのまま黙り込んでしまうレイアスとエリーシア。


「……前の時は、竜車の中で二ヶ月ずっと勉強だった。勉強嫌いじゃないけど、少しトラウマ」

「ふふっ、そうだったわね。サラはあたしたちに追いつきたいって、読み書きと計算がんばってたものね」

「そうだったな、その二ヶ月があったからクーリオンに着いてすぐにライノ塾の上級教室に入れたんだよな」


 サラは当時七歳でアーティオンに住んでいた期間も短かった事を思い出したレイアスとエリーシアは、これ以上暗くなっても仕方がないとサラの話題に乗ることにした。


「それにニネットさんから聞いた話も衝撃だったな。そういやちょうど今のエリーと同じ歳じゃん」

「な、何想像してんのよ! レイのえっち!」

「はあ? 俺はニネットさんとマルクさんの出会いの話を……あ」

「バカ! あ、あたしはそんな、まだ……もう、知らない!」


 レイアスが話題に挙げようとしたのはニネットの初任務と戦闘の事だったのだが、エリーシアが想像したのはマルクと結ばれた年齢についてだった。ちょうど今のエリーシアと同じ年だったのである。レイアスはしまった、という顔をして、エリーシアは顔を真っ赤にしてレイアスからそっぽを向いてしまう。


「……私はいつでも大丈夫。心の準備はできてる」


 誤解を解こうと話す内容を考えるレイアスだったが、一足先に頬を赤らめて爆弾を投下するサラによって、目論見が潰えたことを知る。


「な! な! ……あ、あたしだって、その、レイがどうしてもって言うなら……」

「わー! もうその話やめやめ! ……ゴブリンの巣があるとしたら、数十体のゴブリンが相手になるかもしれないんだ、気を緩めすぎるなよ」

「……わ、わかってるわよ、そんな事……」

「ごめん、ふざけすぎた」

「あ、いや……俺の方こそごめんな。……任務内容はあくまでも偵察。実際に巣があったなら、クーリオンの正規軍が動く手はずになってるから深追いは禁物だ。今回も怪我なく戻ろう」


 レイアスはそう言ってサラの頭に右手を伸ばし、軽く撫でる。次いでエリーシアも同じように撫でるが、その手を引っ込める前にエリーシアによって右手を掴まれてしまう。


「レイも、怪我しちゃ駄目だからね……」


 エリーシアはそう言ってレイアスの右手の甲に残る火傷痕を優しく撫で付ける。


「ああ、気をつけるよ……」


 レイアスとして生きている英雄は二人が自分を慕う気持ちに気付いているが、その想いに応えて良いものかという葛藤があった。レイアスを目覚めさせた時、二人の想いは何処へ向いてしまうのだろう。二人はレイアスの中にある自分に気づいてくれるだろうか。レイアスは二人を受け入れるのだろうか。以前と同様レイアスに憑依し眺めるだけの生活に戻った時、レイアスと仲良くする二人を見て自分は平気でいられるだろうか。英雄は答えを見いだせないまま、レイアスとして二人の思いをはぐらかすことしか出来ず心の中で謝罪の言葉を繰り返していた。


 一行が村についたのは日がだいぶ傾きもうすぐ夕方といった時刻であった。村は五十棟ほどの住居の密集した辺りを柵で取り囲み、その周囲に畑が広がる一般的な農村で、村長によると三百人足らずの人が暮らしているとのことだった。柵はクーリオン側に大きな門が一つと、南側に通用門が一つあるが、柵自体が頑丈な作りではなくゴブリンが大挙して押し寄せたら一時間も保たないだろうと思われた。

 村長から詳しく事情を聞くと、南西の森の奥で頻繁にゴブリンが見られるようになり、ついには村人に犠牲者が出てしまいクーリオンへ救援を求めたとのことだった。また、先行して昨日到着した冒険者パーティー『森の息吹』は、一泊して今朝から森に入ってまだ戻っていないことを聞き、嫌な胸騒ぎを感じるレイアスだった。宿に立ち寄り装備品以外の荷物を置き、南門の確認に向かうとそこは一面の草原で、500~600メートルほど先からは鬱蒼と木々が生い茂る森林となっていた。いくつかの獣道がありそれらを確認していると、一箇所だけ新し目の足跡が残る獣道があり、恐らく先行した冒険者がこの道を分け入って奥へ進んだのだろうと推察する。


「もうすぐ日が暮れるな。今から森へは入りたくないけど、確か『森の息吹』だっけ? 彼らも心配だしな」

「あら、レイは『森の息吹』知らないの? あたしたちと同じ戦闘専門の冒険者で六人パーティー、リーダーはクイーナさんっていう女の人よ。それとメンバーの中に森人族の女の人がいるって有名なんだけど?」

「レイ、他の冒険者に興味無い」

「悪かったな、無知で。冒険者の先輩ならカイルさんがいるし、クーリオンで一番って言われてた冒険者でも魔物の事とか殆ど知らなくて、ギルド内の書庫で試料読んだ方がマシだったから、あんまり付き合いないんだよな。それに何だか俺、他の冒険者から睨まれてるっぽいし」

「当たり前でしょ? だってレイ、あんたいつも両隣にこんな美少女を侍らせてんのよ? いつも凄い目で睨まれてるの気付かなかったの?」

「……美少女」

「自分で言うなエリー、頬を染めるなサラ。って、そんな事で睨まれてたのか……俺はてっきり初期の採集品縄張り争いの影響だと思ってたよ」

「最初のうちはそうだったわね、入念に下調べして効率よく回ってたから……あら? 何か聞こえない?」


 エリーの言葉で会話を止め、耳を澄ます三人。そこに僅かに悲鳴と怒鳴り声が森の奥から聞こえてくる。


「っ! 戦ってるぞ、行こう!」


 突然走り出すレイアスに遅れまいとエリーとサラもそれぞれ獲物を手に、森の奥へ向けて疾走を始める。怒鳴り声は徐々に近づき、レイアスは小さく舌打ちをする。


「叫びすぎだろ、ゴブリン呼び寄せたいのかよ」


 はっきりと聞こえてきた声はゴブリンに対する男の罵声で、相当焦っている様子が感じられる。程なく四人の男達が六体のゴブリンに囲まれている様子が見えてくる。男の一人は血の流れる右肩を押さえており、両手剣を持つ大男、片手剣と盾の男、片手斧と盾の男の三人に庇われている。


「エリーとサラは左、二体やったら退路の確保だ! 俺は右をやる、行くぞ!!」


 そう言って男達を囲むゴブリンの一体に向けて突進するレイアス。突然後ろから聞こえてきた声に動揺したゴブリンはレイアスの走ってきた勢いそのままの突きを喉に喰らい一撃で倒れ、その左隣にいたゴブリンもまたエリーによる槍の一突きを腹に受け倒れていた。レイアスはそのまま右隣のゴブリンへと間合いを詰めるが、体制を整えたゴブリンはギャギャッと叫びながら手にした石斧を力いっぱい振り回しレイアスの盾へと叩きつける。


「あんたたちぼーっとしてんじゃないわよ! 戦う気が無いのなら下がりなさい!!」


 サラもゴブリンの繰り出す小剣をメイスで受け流し、体制を崩したゴブリンの胸へ強打を浴びせて一体を戦闘不能にしていた。あっという間に三体のゴブリンを屠り今もまたレイアスがゴブリンの石斧を持つ右手を切り飛ばし、四体目にとどめを刺そうとしているにもかかわらず四人の男達は呆然とするだけで全く動こうとしていなかった。しかしエリーシアの言葉で我に返ると、残る二体のゴブリンに三人がかりで攻撃を加え、盾を持つ二人がゴブリンをひきつけている間に両手剣の男が攻撃を加えるという形で、残る二体も間もなく倒されることになった。


「あ、ありがとう助かったよ……あんた、レイアスだな? そっちも調査依頼受けてたのか」

「ああ、『森の息吹』だな? それよりメンバーが足りないみたいだけど?」


 エリーシアとサラが周囲を警戒する中、レイアスはまだ生きているゴブリンにとどめを刺して回りながら四人の男達に問いかける。


「あ、いや、あいつらは……」


 両手剣を持っていた大男の歯切れの悪い言い方に、嫌なものを感じるレイアス。


「置いて、逃げたのか?」


 男達を睨みながら告げられたレイアスの言葉に、四人の男達は視線をそらし俯いていた。レイアスは男達に方向だけ確認すると、その行為を責めることもなくエリーシアとサラを伴って走り出す。


「レイ、もうすぐ日が暮れる」

「ああ、わかってるよサラ……もう少しだけ、付き合ってくれ。日が落ちきるまでに見つけられなかったら……戻る」

「できるならあたしも助けたい。それにしてもあいつら! 仲間を置いて逃げるなんて……」

「死んだことにされなかっただけマシだと思うぞ。それに責める資格があるのは俺達じゃなくクイーナさんだ」

「言い訳しなかった。嫌な奴らだけど、マシ」

「ああ、そうだな……ん……止まれ!」


 レイアスの号令で足を止めるエリーシアとサラ。耳を澄ますと、金属のぶつかりあう音が僅かに耳に入ってきた。


「……まだ、戦ってるわ! あっちよ!」



 エリーシアの示す方向に向けて走り出す一行。レイアスは走りながら枝葉に覆われた空を見る。だいぶ日は落ちているが、まだ戦えない程の暗さではない。程なくして木々がまばらになり開けた場所が見えてきたので手前で立ち止まり音の発生源を探すと、30メートルほど先の切り立った岩壁を背にして、二十体程のゴブリンと対峙する二人の女性を発見する。

 二人共全身に浅い傷を負っており致命傷は受けていないようだが、穂先の折れた槍を持つ中年の女性は左腕が折れている様子で、それを庇うもう一人の少女は上半身裸で緑色の髪をポニーテールにしており、足を引き摺りゴブリンと剣を切り結んでいた。岩壁を背にする二人の女声を半円形に取り囲むゴブリン達は一斉に飛びかかろうとせず、まるでいたぶっている様子であった。


「この場所ならいけるな。一斉に術を叩き込んだら俺が突っ込むから、エリー、サラはそのまま後方から援護頼む」

「任せて。さっさと助けて戻らないとね」

「待ってレイ。行くなら強化かける」


 そう言ってサラは術式を唱え、レイアスの持つ剣に触れる。


「ありがとうサラ。じゃあ詠唱開始だ」


 そう言うとレイアスとエリーシアは火の、サラは土の術式を唱え、九本の火の矢と五個の岩の球を作り出す。レイアスの合図でそれらは打ち出され、女性二人を取り囲むゴブリンへと降り注いだ。


「ギャギャッ!」

「ギー!」


 幾つかは大きな音をたてて地面を穿ったり下草を焦がしたりしたものの、降り注ぐ火矢を頭部に受けて倒れる者、火矢に気付いてかわす者、火矢をかわした先で僅かに遅れて降り注ぐ岩球の直撃を受け昏倒する者などもおり、この初撃で七体のゴブリンが行動不能になっていた。


「え……救援、かな?」


 突然背後から攻撃を受けたゴブリン達はギャッギャと慌てたように叫び出し、緑髪の少女はその隙を逃すこと無く眼前のゴブリンの首を切り裂くと、足を引き摺りながらもう一人の女性の元へと下がり剣を構える。その少女の髪と同じ緑色をした瞳は、剣を構えてゴブリンの集団へと肉薄する少年の姿を捉え、慌てて腕で胸を隠す。



 レイアスは術式の詠唱を行いながらゴブリンへと向けて走り、こちらに気付いて襲い掛かってくるゴブリンの錆びた小剣ごと、サラの金属魔術で強化された剣を横薙ぎに振り抜き胴体を真っ二つに切り捨て、近付く別のゴブリンに向け火魔術で作り出した火の矢を至近距離から叩き込む。更に別のゴブリンの小剣を盾で受け止めると、それを押し返しながらそのゴブリンの首を剣で切り落とす。そのレイアスを囲もうと回り込んだゴブリンの一団には、再度火矢と岩球が飛来し四体が倒れていた。


「ギャギャギャッ! ギャーッ!!」


 更にもう一体がレイアスの剣に倒れた時、ゴブリンの一体が叫んだのを皮切りに次々と同じような鳴き声を上げると、突如として背中を向け散り散りに逃げ出していった。その様子を見たエリーシアとサラも森から出て、レイアスと合流してゴブリンにとどめを刺しながら二人の女性の元へと向かう。よく見ると女性は二人共身長160センチのレイアスより高く、険しい表情を浮かべている折れた槍を持つ女性はがっしりとした体つきで、緑髪で細身の女性は両手で胸を隠しているが筋肉質で六つに割れた腹筋をさらけ出している。


「ありがとー、助かったよー。アタシはシンディ。もしかしてレイアスくんとエリーシアさんとサラさん、かな?」

「ああ、そうだ。森のいぶふごっ!」

「レイ何見てんのよ! ちょっとあんたなんで裸なわけ!?」


 頭をエリーシアに掴まれ無理矢理顔の向きを変えられたレイアスは、首を押さえて蹲り「今はそんな場合じゃ……」と呟いている。


「あははー、ゴブリンに捕まりそうになって引きちぎられちゃってねー。あ、レイアスくんはそのままあっち向いててほしいかなー?」


 そう言うとシンディはもう一人の女性の影に隠れ、その女性から受け取ったバッグから大きな布を取り出しやや小振りな胸に巻いている。


「助かったよ、私は『森の息吹』のリーダーでクイーナという」

「挨拶とかその辺は後だ。他の四人の男達はもう村についてるはずだから、俺達も日が落ちきる前に戻ろう……うおっ?」


 蹲りシンディ達に背を向けたまま話すレイだったが、その背に突然何かがのしかかって来て驚きの声を上げた。


「ちょ、ちょっとあんたレイに何してんのよ!!」

「アタシ足をやられて歩けないよー。クイーナも腕折れてるし、レイアスくんにおんぶをお願いしたいかな?」

「問答無用で乗っておいて何を言ってるんだか……エリー、悪いけどクイーナさんの左腕、固定してくれ。そのままじゃ走れない」

「わ、わかったわよ……」


 エリーシアは自分の携帯用ポーチから包帯を取り出し、クイーナの左手を首から吊るすようにして固定させる。サラはその間にクイーナのバッグを持っていつでも移動できるよう準備を整えている。


「よし、もう日が落ちる。急いで村まで戻るぞ」


 そう言ってシンディを背負い立ち上がると、駆け足でその場を立ち去る一行。


「……羨ましい」


 周囲の警戒をしながら走るサラのつぶやきはエリーシアにしか聞こえておらず、そのエリーシアは淋しげな顔で深く頷くだけであった。

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