1章 第4話R 魔力過多症
2018/6/20
大幅に改稿。
というかほぼ書き直し。
魔力過多症で運ばれたライノ男爵の館から戻り、十日が経った。今日は治療のためライノ男爵邸を訪ねなければならない。
レイアスは、結局まだ眠ったままだ。
眠ってるんだよな……?
レイアスが起きるまでは、俺がレイアスとして生活しなきゃいけない。
家族構成とか復習しておこう。
父であるファビアンは2メートル近くある無口な騎士だ。母オレリアは細身で小柄な女性。
長男モーリスは十五歳、三年前に見習い騎士として隣の都市へ移り住んだから、ほとんど話したことがない。次男オラースは十二歳、今年モーリス同様に隣の都市へ、役人になる勉強をしに行くことになっている。
あとクロード家には家令のノーボとメイドのタルサという初老の夫婦が勤めている。
そしてこれから伺うマルク・ライノ男爵は貴族の魔術師で、ファビアンの同僚だ。失礼のないようにしないとな。
「失礼します。約束したオレリア・クロードと申しますが、マルク・ライノ男爵にお取り次ぎ願います」
午前の鐘がなる頃、オレリアに連れられライノ男爵を訪ねる。ライノ家の家令はこちらでお待ち下さい、と応接室に二人を通しソファに腰掛けるよう促すと、ライノ男爵を呼びに行ったようだ。
間もなく何かを引き摺るような音が聞こえ、ライノ男爵が部屋に入って来た。すぐにソファから立ち上がり挨拶と、先日のお礼の言葉を告げる。ライノ男爵は肩程まで伸ばした赤い髪をオールバックにした四十歳位の細身の男性で、右足が悪いようで引き摺って歩いていた。
「おや、先日も思ったが五歳にしてはとても礼儀正しい子だね。どういたしまして。さあ、気にせず座ってくれたまえ」
ライノ男爵が正面のソファに腰掛けるのを見届けてから座ると、ライノ男爵は優しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「やれやれ、うちの娘もこれくらい礼儀正しくおしとやかだったら……おっと失礼。まずは魔力過多症の処置をしないとね。それと堅苦しいのは好きではない。マルクと呼んでくれ」
ライノ男爵――マルクは優しそうな笑みを浮かべて右手を伸ばしてきた。握手かと思って手を伸ばし返すと手首の辺りを掴まれ、そのままマルクが呪文のようなものをつぶやくと体から力が抜けるような感覚がし始める。
「私は今、触れた相手の魔力を吸い取る魔術を使っている。疲れやだるさを感じたら言ってくれたまえ、我慢をしても気絶するだけで何一つ良い事は無いからね?」
吸われている感覚はあるが問題ないことを告げ、しばしそのまま魔法を受け続ける。
「ふうむ。やはり君の魔力は相当高いようだね。既に並の魔術師でも耐えられない量を吸い出しているはずなんだけれど、まだ平気なんだね? しかも君、五歳だっけ? 将来有望だね。どうだい? 君さえ良ければ魔術を学んでみないか? どうせこの先、魔力過多症の対処を自分でやるなら魔術を覚える必要もあることだし」
「対処、ですか? 魔力過多症は治療できない病気なのでしょうか」
魔術に対する興味よりも、魔力過多症の『対処』という部分が気になるし、魔力過多症についてももっと知りたい。
「うむ、ではまず魔力過多症について説明するとしよう。一通り聞いて、わからないことがあったら後で質問するように。できるかな?」
真剣な顔で返事をすると、マルクは満足げに頷いた。オレリアはレイアスを見て微笑むと、真剣な顔つきでマルクにお願いしますと頭を下げた。
「まずは魔力と魔素について簡単に説明しよう。魔力とは人や動植物の魂から生み出される心の力とされ、『魔力経路』という体内の道を通って体中を巡っている。魔素とは空気中や水中など至る所に存在する魔法の元で、人間や動植物という器から溢れた余剰魔力が外に流れ、変化したものだと言われている。そしてどちらも目に見えず、実際に触れることは出来ないのだ。ここまでは良いかな?」
力強く返事をすると、隣ではオレリアが静かに頷いている。
「魔力過多症とは体内の魔力が多すぎて自然排出が間に合わない状態を指すんだ。大量の魔力が経路いっぱいに流れて詰まらせ、行き場を失った魔力が経路を壊して外へと溢れ出してしまう。これが君の感じた手足の痛みの正体だ。しかも魔力の流れる道や部屋は目に見えないし、いくら傷を治す魔法をかけても無意味なんだよ」
痛みが発生するプロセスは理解できた。
何で魔法の無い地球でも同じような痛みを感じていたのかは、今は置いておこう。
「また胸には魔力を作り出し、体中へ送り循環させる部屋があるとされる。君の胸の痛みの正体は、この部屋の破損だろう。とはいえ魔力経路の破損自体は、実は魔術師ならばそう珍しいことではない。実力以上の魔術を扱おうとして魔力経路を破壊してしまうことがあるんだ。そして破損した魔力経路は放っておいてもしばらくすれば自然に治る。……問題は、君の年齢なのだよ」
年齢? いや、その前……胸に……何があるって、言った?
「魔力過多症は殆どの場合、大人になってから発症する。魔力を溜め込む速度が人より少しばかり早いだけで、症状も軽い人ばかりなのだ。しかし子供のうちに発症するということは、魔力を溜め込む速度が異常に早いということだ。発症後も魔力が溢れ続け、非常に激しい症状が現れると聞いている。そして私の知る限りこれまで発症した子供の多くは……目覚めないまま、一生を送っている」
やばい。背中を冷たい汗が伝う。嫌な予感が消えない。
レイアスは、目覚めてないんだ。なぜ?
既に予測できてしまっているが、間違いであって欲しい。
だからこそ……確かめないわけにはいかない。
「……発症して目覚めないままの人は、なぜ、目覚めないのでしょうか?」
搾り出すような声だったため、オレリアだけでなくライノまで心配そうな目を向けてきた。
「大丈夫かね、レイアス君。顔色が悪いようだが……」
「続けてください。お願いします!」
心配するライノの声にかぶせ気味で懇願する。これは、これだけは、知らなければいけない。
「……推論だが、それでも良いかな? 目覚めない子供達の体からは、新たに魔力が生み出される事が無いんだ。さっき魔力は魂から生み出されるという話をしたね? ……その子供達の魂はもう死んでいるから、目覚めないのだと言われている」
……当たって欲しくなかった。推測した通りだった。
胸にある魔力を生み循環させる部屋、多分そこに魂があるんだ。そして胸に走った激痛と目覚めないレイアス。これまで体内に感じていたレイアスという存在が、魂が、倒れてからは全く感じられないのは……そういう事なんだろう。
自分の想像が間違いで、ただ眠っているだけであって欲しいと願っていた。しかし現状でレイアスの魂がまだ存在していると断言できる要因が、一つも無い。
嘘、だよな。
レイアスの魂が、死ん……だ?
視界が歪む。頬を伝って、涙が溢れた。それに気付いたオレリアが、優しく両手でレイアスの頭を包み込み抱き寄せた。
暖かさを頬に感じる以上に、胸が痛い。俺は……俺は……。
「レイアス、大丈夫よ? 私もファビアンもついてるのだから何も怖いことなんて無いわ。もう何も心配ないの。だから、大丈夫」
いつしか声を出して泣いていたらしいが、体裁を整える余裕が無い。
本当のレイアスがもう死んでいるかもしれないなんて、言えない。
レイアスが死んだ原因が自分かもしれないなんて、言えない。
二人分の魂で一つの体に魔力を作り出し続けたから発症したのかもなんて、言えない。
それどころか前世から魔力過多症を患う、自分だけが原因かもしれないなんて、とてもじゃないけど言えない。
もしそうなら、自分が殺したようなものじゃないか。
オレリア、ファビアン、ごめん……ごめん……ごめん、なさい……。
どれほど泣き続けたのだろうか。こうしていても始まらない、レイアスとして何が出来るか、何をすべきかを考える。
少なくともレイアスとして生きる以上、レイアスに顔向けできないような真似だけはできない。これ以上オレリアを心配させてはいけない。だからレイアスの……いや、俺の頭を包むオレリアの手に自分の手を重ねる。
「ありがとう母様、ごめんなさいマルクさん。僕、びっくりしちゃって……」
悲しみと罪悪感で押し潰されそうだけど、こらえなきゃ。顔を上げてオレリアとマルクに謝罪する。
隣の部屋へ通じる扉が少し開き、その隙間からこちらの様子を窺う小さな瞳が見えたけど、今は余裕が無いので無視する。これからはレイアスを演じきるのだ。今は些事にかまけていられない。
「というわけだからレイアス君。君、明日からここで魔術を学びなさい」
既に決めたと言わんばかりのマルクの言葉にオレリアが若干引き気味だけど、俺は背筋を伸ばして正面からマルクの顔を見る。
「確かに先ほど『魔術を学んでみないか』とはおっしゃいましたが……よろしいのですか?」
「ああ、もともと今の任期を終えたら少し早いが引退しようと考えていてね。コーバス様の任期があと三年で終わるのでそれに合わせて私もクーリオンへ移動し、その後は私塾を開こうと思っていたんだ」
知らない名前が出てきたので首を傾げる。それを見てマルクが笑いながら言葉を続けた。
「ああ、済まない。どうも五才児と話をしているのだということを忘れていたようだ。コーバス様はここアーティオンの領主を務めておられる子爵様だ。このアーティオンを発展させた功績が認められ、伯爵として隣の都市であるクーリオンへ領主として赴くことが決まっている。その際私とファビアン殿もクーリオンへ異動になるのだぞ?」
隣のオレリアを見ると知っていたようで、やさしく頷いていた。
「クーリオンで私は妻と共に、子供達へ読み書き計算や歴史などの基本的なことを、そして才能のある子供には魔術を教えようと思っている。今は妻が娘に読み書きを教えているだけだが、良かったら君も一緒に学んでみないかね? 私は仕事があるので魔術を教えるのは一日おきになるが、他の日は娘と一緒に学習するといい。もちろんクーリオンで正式に私塾を開いてからは授業料を頂くが、ここアーティオンにいる間は無料で教えよう」
「魔術、ですか。僕に魔術師の才能があるのでしょうか」
機械的にレイアスを演じ返答する。マルクはにやりと笑うと言葉を続けた。
「魔術は基本六属性である風火土水木金に光と闇を合わせた自然八属性と、空間属性・生命属性を合わせて十の属性がある。一般人でも基本六属性のうちいずれかの適性を持つ人は多いが、光と闇の適正を持つ者は少なく、空間と生命に至っては極々稀だ。君にどの属性に適正があるのかは、それこそ時間をかけて調べてみないといけないね」
何かが脳裏に引っかかる。
「生命……魔術?」
「ああ、それは千年前に存在した魔人族が得意としていた魔術でね、ゴーレム・アンデッドを使役する術が有名だね。また高度な治療術や生命体を創り出す魔術も行使出来たことから、古来より生命魔術と呼ばれている。……興味がありそうだが、その魔術は私にも使えない。何せ教えられる人が皆無なのだよ」
あった。
アンデッドを使役し生命体を創り出す魔術。その魔術ならもしかしたら魂に関連した魔術があるかもしれない。
そうだ、そもそもレイアスの魂の存在は確認できないだけで、完全に消えたことを確認したわけじゃない。
レイアスの魂がもう復活できないだなんて、いつ誰が決めた。
大きなダメージを受けて眠っているだけかもしれないし、その魂を復活させる魔術があるかもしれない。何より自分の魂がこの体に入ったように、本当のレイアスの魂を呼び戻すことができるかもしれない。教えられる人が居ないなら自分で見つければいい。
何なら自分でその魔術を作ればいい。
「母様。僕、魔術の勉強がしたいです」
隣りに座るオレリアの目を見て言い放つ。さっきまで機械的に演じていただけだけど、これは俺の意志だ。
絶対に、レイアスを起こすんだ。