2章 第12話N 側近達
ナナは周囲の魔素を集めるが、それが一定量を超えた時体に激痛が走る。集めた魔素を散らし痛みが収まるのを待ち、キューとの会話で現状の把握に努める。
(キュー。完全回復に必要な時間を予想せよ)
―――完全回復まで およそ三百五十年
(な、なんじゃその出鱈目な年数は……回復を早める手段は?)
―――現状:安静
(現状、ということは将来的に選択肢が増えるということじゃな?)
―――肯定
(いつ頃、どのような選択肢が取れるようになるのじゃ)
―――六年後 魔石融合
(今魔石融合を行ったらどうなるのじゃ)
―――マスター:ナナ 魔石全損
(ぐ……この体を問題なく動かすためには、最低何年の休養が必要じゃ)
―――五年
(五年でどれくらい動けるようになるのじゃ)
―――肉体日常活動限界時間:なし 物理戦闘限界時間:十分/二時間 魔術使用限界:最上級一回/一日 上級三回/一日 中級以下制限なし
(最低でも五年は休めというのか……今のわしに何が出来る?)
―――魔力視 従属魔石操作 スライム体操作:限界量3立方メートル 擬態技能:既存器官の使用
ナナはキューから聞いた、自分のできることを考える。そしてしばらく考えた後、再度キューへと指示を出す。
(キュー、わしの体表に複製体を貼り直すのじゃ)
―――了
キューはナナが激痛に悶えた際に維持できなくなり汗のように流れ出てしまった、体表や仮面を覆う複製体を作り出す。
(次はわしがこれまでやっていたように、複製体表面に他者から見えないように偽装した目を作るのじゃ)
―――了
ナナの指示通り体表部に幾つかの目を作り、ナナ本体と魔力神経を接続するキュー。しかし見えるようにはなったものの、見ようとすると痛みが走る。ナナは少し考えた後、仮面表面に偽装させたもののみ残し、他の目からの魔力神経接続を解除させる。
(魔力神経もこれ以上増やせぬか……まあ良い、周囲は魔力視で確認できるのじゃ。しかし……キューがおらなんだらわしはほぼ寝たきりか、魔術の使えないスライムになるかの二択じゃったのかもしれんのう。キュー、スライム体での物理戦闘は可能かのう? 不可能ならどれくらいで可能になるのじゃ?)
―――現状:不可能 およそ十五年
(日常的行動の範囲なら限界量さえ越えなければ今すぐでも可能じゃが、戦闘には耐えられないと言うことかのう)
―――肯定
(キューよ、わしの空間庫の開閉は可能か)
―――可
キューに命じて体がすっぽり収まる程度のスライム体を空間庫から取り出させたナナは、首から下に纏わせて、骨格内のスライム体と外のスライム体を使って体を動かしてみる。かなり動きは遅く、特にダメージを受け曲がった左腕は思うように動かない。
「あ、あんた動いて平気なのかよ!? って、スライムに食べられてる!?」
「あー、ジュリアよ、気にするでない。このスライムはわしが動かしておる。移動は……遅いのう。ジュリアよ、外に出るでないぞ。ぱんたろー、わしを乗せて外に運ぶのじゃ」
「はーいますたー」
「ちょ、ちょっと待ってよあんた外って!?」
「大丈夫じゃすぐ戻るのじゃ」
ジュリアの静止を振り切りぱんたろのー背に乗り、スライムで体を起こした状態で固定させる。外に出たナナは見える範囲の大銀猿を全てキューに吸収させ、わっしーへと戻る。
「な、なあ今何したんだ? 大銀猿をスライムで包んで食ってたように見えたけど……」
「概ね正解じゃ。4メートル級から8センチの魔石が出てきたわい、3メートル級からも6センチが二つじゃ」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「ぱんたろー礼を言うのじゃ。ではまた少し休むでの、何かあったら知らせて欲しいのじゃ」
そう言ってスライム体を使い、体を長椅子へと移動させ横たえるナナ。
(キューよ。今後わしが直接行動する際、活動限界が近付いたら知らせて欲しいのじゃ。それと……金属製骨格及び筋肉繊維を大銀猿のもので再構築し順次交換せよ。外したヒルダ・ノーラが作った骨格部位とヒルダ・ノーラから作った生体部品は、丁重に空間庫へとしまっておいてくれぬか)
―――了
こうしてダメージを受けた部位から順次交換していき、アルトたちの帰りを待つことにしたナナ。正直、投げ出したい気持ちも泣き出したい思いも無いわけではないのだが、ホスピスのベッドで寝ていた時の事を思えば我慢できた。五年後には動けるようになるのだ。もどかしい気持ちを抑えつつ、魔石とキューの回復に少しでも役に立てばと、周辺魔素を取り込み続けるのだった。
「ナナさんの、事なのですが……」
光人族の集落へ向かう途中、足を止めたアルトが口を開いた。ダグ・リオ・セレスの三名もつられて足を止め、アルトの方へと顔を向ける。
「彼女は一体何者なのでしょうか……規格外のことが多すぎる上、彼女の身体は……。セレス君は、知っていたんだね?」
「……ナナちゃんの心臓が動いていないことかしら~?」
「……セレス君は、いつからそれを……?」
「ナナちゃんと一緒にぱんたろーちゃんに乗って跳んでいる時よ~」
「っつーかアルトよぉ、そもそもナナは呼吸してねーじゃねぇか。気付いてなかったのか?」
「……え?」
「たまにため息ついたり深呼吸することもあるけどよ、そんだけだ。心臓が止まってるのだって今に始まったことじゃねえ。それに飯も食わねぇし便所に行くこともねえ。あいつは人じゃあねえぞ」
「……っ! ダグ!!」
人じゃない、その言葉に反応して怒りの眼差しをダグに向けるリオ。ダグは一度肩をすぼめると言葉を続ける。
「わりいわりい。でも肉体が人じゃないってだけで、中身は完全に人だな。飄々として掴み所のない奴かと思えば馬鹿やって焦ったり、ありえねえことやって周りを驚かせたり、一緒にいて飽きることはねえ」
「アルトは……姉御が人じゃなきゃ、嫌なの?」
「……リオ君、そんな泣きそうな顔でこっちを見ないで下さい。……最初はナナさんの魔力の高さに惹かれ、彼女との間に子供が出来たら素晴らしい魔術師が育つだろうという打算でした。そして彼女のことを知ろうと話すうちに、知識・行動含めてあまりの非常識さに驚き、彼女との間に子供が出来たとして、彼女を超えることは出来ないかもしれないと思ってからは……彼女のことを本気で好きになっていました。……彼女が何者であろうと、僕の気持ちは変わりませんっ!」
拳を握り力強く宣言するアルトだが、ダグはその姿を生暖かい目で見てため息をつく。
「アルト、堂々と宣言してるとこ悪ぃんだけどよ……子供に求愛する変態にしか見えねぇぞ……」
「ナナちゃんは渡しませんよ~? 人じゃないならずっとあのままの姿ってことよね~? 素敵だわ~……」
「ははっ、セレスも姉御のこと大好きだもんねー」
「うぐっ……ぼ、僕は……ナナさんのこと、地上界から何らかの理由で異界に来た地人族ではないかと疑っていたんですけどね。瞳を隠す仮面、地上の常識を当然のように知っていたこと、異界や魔人族に対する驚くほどの知識不足。まるで何年も生きてきたのに、異界に来たのがここ数年としか思えません。それに、地人族ならあの身長でも既に大人らしいですよ?」
「安心しろやアルト。どっちに転んでもお前の評価はもう変わんねぇよ……」
もはやダグはアルトの言動に、ため息しか出ないようである。
「いずれにせよ~、ナナさんが何であろうともわたしの行動はかわりませんよ~? 集落を救われた恩、光人族と魔人族を繋いだ恩、そして何よりわたしがナナちゃんを好きですから~♪」
「オレも姉御がいなかったら死んでたし、もっと酷いことされてたかもしれない。それを助けてくれて、仇討ちの舞台まで作ってくれたんだ。オレの胸の傷も綺麗に消してくれたし、オレの全ては姉御のものだって思ってるよ! なんたって側近一号だからね!」
「ちゃっかり側近一号って宣言してんじゃねえぞリオ。……どんな理由であーなったのかは知らねえけどよ、今隠してるってことは言いたくないか言えねえ理由でもあんだろ。ま、どっちでも良いけどな。俺はただの『魔王ナナの側近』で『元拳王』だ」
「僕だって『魔王ナナの側近』で『元魔導王』です。魔人族同士の争いを止めるきっかけを作り、光人族や亜人種とも友誼を結ぶなんて、僕達では成し得なかったでしょうし考えもつかなかったと思います。……今、ナナさんの身に何が起こっているかわかりませんが、たとえ動けなくなったとしても、僕は彼女を支えたいと思っています」
力強く拳を握るアルトを、ダグは生暖かい目で見ることしかできないようである。
「手足の自由が効かないようですから~、お着替えとかお世話に必要がありますよね~、うふふ~♪」
「オレも! でも姉御のことだからなあ、たとえ動けなくなっても何とかしちゃいそうだよねー」
「んじゃ話も纏まったようだしよ、さっさと廃墟の調査して戻ろうぜ。……さっきは聞きそびれたけどよ、実は俺、あのしゃべる虎が気になってしょうがねぇんだ……」
「あ~、わたしもです~。集落からずっとナナちゃんと乗ってたのに、その時は一度も話してくれなかったんですよ~」
話がまとまったところで緊張感の抜けた側近一行は光人族集落跡地へと向かい、銀猿を駆逐しながら残された羊皮紙の切れ端や文字が記された木片など、片っ端から集めて空間庫やナナの作ったアイテムバッグに放り込み、わっしーへと戻るのであった。
「それで、ナナ、さん? 一体何をしてるのですか……?」
「うむ、スライムで『車椅子』のような物を作ってみたのじゃ。車輪はついておらんから移動椅子と言うべきかの? 流石に移動すらできぬのは辛いからのう」
わっしーへと戻った側近一同が目にしたのは、スライムで作ったリクライニングソファーに身を預けた態勢のまま、わっしーの内部を動き回るナナとスライムの姿だった。
「あら~、移動でしたらわたしが運んでさしあげましたのに~……」
「セレスはどさくさに紛れてあちこち触るから断るのじゃ。最近おぬしに感化されたせいか、リオまで触ってくるようになったからのう、自重して欲しいのじゃ」
そのナナの言葉に衝撃を受け悲しげな顔で固まるリオとセレス。ダグはありえねーなんだそのスライムと言いながらげらげらと笑っている。
「と、とりあえず元気? なようで、安心しました……まず一度アラクネ集落へ戻りましょう。話はそれからです」
アルトは話しながらジュリアの方を一瞥し、わっしーの御者席へと向かい何かを探すようにあちこち覗き込んでいる。
「ナナさん、わっしーを動かすにはどうすればいいのですか?」
「む? わっしーアラクネ集落へ向かうのじゃー」
ナナの言葉で立ち上がり、のそのそと歩きだすわっしー。
「こうして話しかけるだけで良いぞ、御者席はただの飾りじゃ」
肩を落とし御者台からしょんぼりと戻るアルトの姿に、ダグが盛大に吹き出し笑い転げるのを見て、ナナは少しだけ悪いことをしたなと心の中でアルトに謝罪していた。
アラクネ集落に着いてジュリアを下ろした一行の元を族長のバービーが訪れ、第一案の移住を検討したいことと、都市近くの森を居住地にしたいので確認しに行きたいことを告げられる。
確認にはバービー本人とジュリアが同行するということなので、アルトは荷物と食料を入れるよう予備のアイテムバッグを二つ渡し、翌朝出発することを告げ解散する。そして夕食後のわっしーの中で、側近の四人は改めてナナと向き合っていた。
「では、ナナさん。説明をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「うむ……簡単に言うとじゃな、現在わし自身の意志で身体を動かすことができんし、魔力も使えぬ。原因は魔石の破損じゃ」
その言葉に青ざめる四人。
「破損の理由じゃが、きっかけは身体強化術じゃな。身体強化の効果を二倍まで上げて使っておったのじゃが、その負荷に耐えきれなかったようなのじゃ。そしてそもそもの理由は、以前魔石に受けたダメージじゃ。……ヒルダを殺された際の、ヴァンによる攻撃での……」
静まり返る一同。ダグは目を伏せ硬く拳を握り、リオとセレスは瞳を潤ませナナを見つめている。
「それで……ナナさんの身体は、元に戻るのですか?」
意を決し、ナナの瞳があるであろう仮面の奥へと真剣な眼差しを向けるアルト。
「完全回復までは三百五十年かかるそうじゃが、五年休めば日常的な活動は可能になるそうじゃ」
「……ナナさん、まるで別の誰かから聞いたような口ぶりですが……?」
ナナは自分の失言に気付くが、完全に手遅れであった。そもそもヴァンを見つけるために力を借りているだけで、ここまで関わることになると思っていなかった事もあり、スライムであることやキューの存在など話す必要を感じていなかったのだが、これも良い機会かと考える。
身体が思うように動かせない今の状態でばらすのは少しばかりためらわれたが、この四人なら大丈夫だという確信もあり、全てを話す決意を固める。
(……ヒルダ、ノーラ。おぬしらに紹介したい者達がおるのじゃ。わしの……仲間じゃ)
ナナはヒルダとノーラの瞳に四人の姿を見せて全てを語ろうと決心し、仮面を外すためスライム体を伸ばしたその時だった。
「あら~、またそうやって追求するなんて、アルトさんはいけない人ですねぇ~。ナナちゃん、わたしたち実はさっき話したんですけど~、何を隠していようがナナちゃんはナナちゃんですから~、話したくなった時に話してくれればいいんですよ~」
「ああ、ナナが何であろうと俺達の行動は変わらねえ」
「そうだよ、姉御。それと……オレの名前はベルクリオ、通称リオ。姉御の第一の従者だよ!」
突然リオが立ち上がって胸を張り、本名らしき単語を告げた。
「あら~、リオちゃん抜け駆けですか~。ナナちゃん、わたしの名前はセレーティアス、通称セレスよ~。ナナちゃんの虜で従者の一人です~」
「あー、俺の名はビルフダーグ、通称ダグだ。元拳王でナナの従者だな」
「僕はアルトリウス、通称アルト。元魔導王でナナさんの従者で虜です!」
「ま、待て待て、何で突然自己紹介を……」
リオに負けじと次々と立ち上がり、口々に本名を明かしていくセレス達。ナナは何事が起こったのか意味がわからず、ただ狼狽えるだけだった。そんなナナに、アルトが小さくああ、と呟き口を開く。
「ナナさん、我々魔人族は家族と心から信頼を置く相手以外に本名を明かしませんし、他人に本名を知られることを恥としています。光人族も同じです。つまりこれは、貴女の正体が何であろうとも着いていきます、という意思表明だと思って下さい」
アルトの言葉に、他の三人も深く頷いている。ナナは困惑しながらも、四人の行動の意味を知り心から嬉しいと感じていた。
「おぬしら……」
ナナは先程はタイミングを外してしまったが、今度こそ全て話そう、ヒルダとノーラに自慢の仲間を紹介しようと、仮面へと触手を掛ける。
「それによ、何でか知らねえがお前と行動するようになってから、俺の力が上がってるみてぇなんだよな」
ダグが話し始めたことで、再度ナナは仮面に伸ばした触手の動きを止める。
「ああ、わかる! オレもセレスも、訓練する度どんどん強くなっていく感じしてたよね!」
「はい~、いつの間にか一度に出せる氷の矢の本数が増えてましたし~、氷の槍もすっごく固くて太く……」
「僕も魔術の威力や制御速度が上がっている気がしていたのですが……。皆さん感じてたんですね」
「え、ああ、うん。確かに皆、戦闘能力がかなり向上しておるの。特にリオは魔力が二割も上昇しておるな。セレスも一割ほど増えておるわい」
全て話そうと決意した端から連続でタイミングを失ったナナは、とりあえず一度話に乗ってから三度目の機会を窺おうとするが、そのナナの言葉に全員が驚愕の表情を浮かべてナナを見た。
「「「「え?」」」」
「うええ、あ、なんじゃなんじゃ皆怖い顔しおって。……魔力があがるのがそんなに問題なのかのう?」
「いいですか、ナナさん。元々高い魔力を持つ魔人族や光人族は十歳で魔石が身体に定着した後、魔力はほとんど増加しません。増えるとしても数十年かけてやっと一割増えれば上出来です。リオ君とは出会ってまだ半年経っていませんよね? それで二割! もしかして僕も上昇しているのですか!?」
「お、おおう。アルトもダグも数値にして五十ほど上昇しておるわ」
「ナナさん僕が一生面倒見ますから結婚して下さい」
「あら~、アルトさん魔力目的ですか~。ナナちゃんはわたしが面倒見ますから結構です~」
「姉御の面倒はオレが見る! 姉御、して欲しいことがあったらなんでも言ってくれ! オレは姉御のもんだからな!」
「ナナと一緒にいりゃ俺も魔力が上がるだと? おいナナ、何なら俺がヴァンの手足へし折ってお前の前まで連れてきてやるからよ、お前ずっと魔王でいろ」
「僕は魔力だけが目的ではありません! 純粋にナナさんのことを想っべげらっ!」
「落ち着かんかー!!」
リクライニング移動椅子スライムから触手を伸ばし、アルトの顔面を打ち一喝するナナは、いろいろと打ち明けるタイミングを完全に逸したことを理解したのであった。




