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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第11話N 戦闘不能

 光人族の集落跡は教えられないというバービーから、まずは銀猿の事を聞きだすナナ一行。銀猿は名前の通り銀色の毛を持つ猿の魔物で、大きな群れになると千体近い群れを作ることもあるとの事で、実際光人族の集落を襲い現在占拠している群れも数百を超える群れだそうだ。

 また大型個体の毛皮は光魔術を弾く特性があり、闇魔術で相手の視界を奪い素早い動きで相手を仕留める人食い猿として、光人族の天敵であるらしい。この魔物はセレスも知っていて、近隣の集落を滅ぼされたことがあったとのことだ。

 一般的な銀猿は体長1メートルほどでオーガより弱い程度の強さだが、3メートル級ともなると人には太刀打ちできないほどに強くなるらしく、問題の群れでは3メートル級が二体確認されているとの事だった。


「おもしれえ。ナナ、俺にそいつやらせろよ」


 獲物を見つけ歓喜の表情を浮かべるダグだが、現物を見てからとナナに保留にされ軽くいじけている。


「あんたら随分気軽に言うけど、あいつら刺激してこっちに被害があっちゃたまったもんじゃないんだよ」

「それならばここで銀猿の恐怖におびえながら、子孫を増やす事もできずにゆっくりと滅びますか?」


 バービーは不吉なことを言うアルトを睨みつけると、周囲のアラクネたちに合図を送る。


「止めておいたほうがいいです~。こちらには異界の三強が揃っていますからぁ、一歩間違うと怪我ではすみませんよ~」

「……どういう事だい?」

「こちら元拳王のダグさんと~、元魔道王のアルトさんと~、二人を破った現魔王のナナちゃんです~。ナナちゃんは20メートルもあるヒュドラを、たった一人でぼっこぼこにして倒しちゃうほどですからね~、平和的に話し合いを続けた方が良いと思います~」


 セレスの言葉を聞き、目を剥くバービー。しかしそれ以上に驚いた様子のダグが、ナナへと顔を向けた。


「ああ? おいナナ、ヒュドラと戦ったって何だそれ聞いてねえぞ? 一人で面白そうなことしやがってずりいぞ!」

「わしもアルトと戦って、属性巨人の作り方を覚えておらなんだら負けておったわ。そのうちまた機会があったら誘ってやるでの、それまで我慢せい」

「そんな機会そうそうあったら異常ですよ、ナナさん……」


 冗談にしか思えない内容を、冗談には聞こえないトーンで話す一行に、開いた口がふさがらないバービー。周囲のアラクネたちもざわついている。


「まさか……本当、なのかい?」

「姉御が本気を出したら、伝説のドラゴンだって一発で殴り殺しちゃう気がするよ!」

「それはさすがに盛りすぎじゃ……って、何じゃおぬしらその表情は」


 否定するナナに、半目でじと目を向けたり眉間を押さえて首を横に振ったり目を輝かせたり温かい目を向けたりと、四者四様の表情を向ける側近達。


「……話を戻すのじゃ。ダグ、アルト、リオ、セレス。魔人族及び光人族の亜人種に対する感情はどうじゃ。第一案はアラクネ族を都市または都市周辺へ移住、第二案はアラクネ族の元へ希望する男性の移住じゃ。何か問題はあるかのう?」


 四人から問題無しとの返答を受けたナナはバービーへと向き直る。


「バービー、わっしーを使えば都市からここまで片道五日といったところじゃ。第一案か第二案か選ぶのじゃ。そちらのメリットは第一案が長期の安全と友好関係、第二案は気に入らない事があれば関係の解消が容易なことじゃ。デメリットは第一案が関係の解消が容易ではなくなること、第二案はわしの都合次第でわっしーが使えなくなることじゃ。どちらも条件は光人族集落跡の場所や知りうる限りの情報じゃ。受け入れられないのであればわしらはここを出て独自に集落跡を探し、目的を達成後ここへは二度と来ん」

「……少し、考える時間をもらえないかねえ?」

「集落跡の情報を教えて欲しいのじゃ。わしらが銀猿どもを倒して戻ってくるまでなら考えていてもいいのじゃ」

「ぐ、ぐぬう……」


 その時周囲を囲む輪の中から、小柄なアラクネが前に踏み出しナナへと近付いていく。


「あたいが、案内する」

「な! それは許さんぞジュリア!!」


 ナナの前で立ち止まり口を開いたジュリアに怒声を浴びせるバービー。しかしジュリアの意思は硬いようで、バービーの方を見ようともせずナナへと真っ直ぐ視線を向ける。


「二つ条件を飲むなら連れて行くのじゃ。ひとつ、銀猿を倒し終わるまで絶対にわっしーから外に出ないこと」


 周囲のアラクネに下がるように言ったナナは、そこに空間庫に入れてあるわっしーを取り出す。そして扉に触れると巨大なスライムを取り出し、扉周辺をスライムで包み込む。


「少し待っておれ、アラクネでも中に入れるよう出入り口を直すのじゃ。その間にふたつめの条件じゃ。ジュリア、服を着てくれんかのう? そもそもなんで皆全裸なのじゃ」


 条件を聞いてセレスだけが悲しげな表情を浮かべていたが、見なかったことにする。アラクネ達が裸である理由は、二十年程前に光人族が滅んで女だけになり隠す意味が無くなった事が一つと、万が一男性を見つけたらすぐにでも欲情させて子作りをするためらしい。それを聞いたナナはアルトとダグに背を向け、コートの前の止め具をいくつか外して肩とキャミソールの肩紐を露出させる。


「ほれ、アルトを見てみぬか。普段隠しておらぬとこうはならぬぞ? 慎みや恥じらいというものを持った方が男にモテるのじゃ。限度というものもあるが、着飾る楽しみというものもあるじゃろうが」


 アラクネの視線が挙動不審になっているアルトとその下半身に注がれ、アルトが慌てているのを確認すると、ナナも肩をしまいコートを着なおす。セレスまで挙動不審になっていたが、こっちは触れてはいけない気がしたナナはまたも見なかったことにして、バービーへと向き直る。


「わっしーは生半可な攻撃では破れぬ強固な結界を持っておる。何せこの自重を支えられるほどの結界じゃ。この中にいる限りどこよりも安全じゃよ」




 子供の頃に着た服しか持っていないというジュリアには、仕方なくいつも通りスパイダーシルクのキャミソールと、急ごしらえのコートを渡して着せた。コートは皮製ではなく、これまで吸収してきた襲撃者やヴァンの配下などの衣類を調整して再構築したものだ。


「形だけだけど、姉御とお揃い……いいなぁ……」

「あら~、それもいいけどぉ、わたしはさっきのTシャツ? というものの方がいいわ~」


 ジュリアにはコートの前に、以前作ってあったスパイダーシルクのTシャツを着せてみたのだが、薄い素材の二枚重ねだったため胸の二つの頂がはっきりとわかり、セレスの表情が変わったのを感じて慌ててコートに換えたのだ。


「ジュリア、こっちの方角で良いのじゃな?」


 リオとセレスが始めてわっしーに乗ったときと同様、目を輝かせて外を眺めるジュリアに確認するナナ。


「あ、うん。ごめんちょっと待って……大丈夫、合ってる。あたいらの集落からあの山と山の間目掛けてこのまま真っ直ぐだよ」


 ジュリアの指示する方向へとわっしーを向け、十五分ほどで木々の隙間から廃墟になった集落が姿を見せ始めた。


「ふうむ……3メートル級二体は情報どおりじゃが、4メートル級が一体おるの。あと2メートル級が六体と通常個体が八百ほどおるのじゃ。3メートル級はダグ、アルトで一体ずつ始末するんじゃ。3メートル級はおぬしらとほぼ同程度の強さじゃ、気を抜くでないぞ。4メートル級と他の相手はわしがしよう。リオとセレスはここでジュリアと待っておれ」

「はあ? オレに4メートル級やらせろよ!」

「ナナさんの負担が多すぎます。却下ですね」

「姉御!」

「嫌です~」


 異論反論を口々に唱えながらナナに詰め寄る四人の剣幕に押され、後ずさりするナナ。


「ナナちゃ~ん。わたしたちはねぇ、ナナちゃんに守られる為に側近になったんじゃないわ~。ナナちゃんを守る為に側近になったのよ~?」

「そうだぜ、姉御! オレたち確かに姉御より弱いけど、それでも姉御の負担を少しでも軽くしたいって特訓してるんだぜ!」

「ナナさん、貴女の目的を思い出して下さい。貴女には一刻も早く目的を達成してもらおうと、リオ君もセレス君も協力したいと言っているのです。当然僕もです」

「俺は強い奴と戦えればそれでいい」

「ダグは黙っててください。いいですか、ナナさん。貴女は復讐について、亡くなった誰かの為ではなく、自分の為の我侭だと言ったと聞いています。そんな貴女の力になりたいという僕達の我侭を、どうか聞き入れてもらえませんか?」


 真剣な顔で迫る三人の顔をかわるがわる見て、深くため息をつくナナ。


「……わかったのじゃ、一部作戦変更じゃ。集落跡地で戦うのは手がかりが消えてしまう恐れがあるでの、近くの森の一角を切り開いて空き地を作り、そこにおびき寄せて戦うのじゃ。わしが広範囲魔術を撃ったら、残った雑魚をリオとセレスに任せるのじゃ。ぱんたろーもつけるゆえ、協力して戦って欲しいのじゃ。4メートルと3メートルについては変わらん。ダグよ、4メートル級と戦いたいようじゃが、実物をその目で確かめて決めるがよい。それでよいな?」


 側近全員が深く頷いたその時、ジュリアから大声で報告が入る。


「銀猿に見つかったよ!」




 大群を引き連れて空中を移動するわっしー。少し進むと見つけた空き地に向けて高度を下げながら、ナナはわっしーの中から土と木魔素を操作して空き地を広げ、水の魔素を集めて空き地外周をぐるっと水浸しにして空き地にわっしーを着地させる。


「集まって来おったの。……2メートル級は全て後ろに回っておるな、どうやら包囲する気らしいのう」

「姉御! 後ろはオレたちに任せて!」

「ナナちゃん、あとでご褒美期待してるわ~」


 そう言って後方に下がるリオとセレス。同時に最前衛に立つダグと、そのやや後ろに配置するアルト。ナナを中心にしたひし形を斜めにしたような陣形が組みあがる。ナナは空間庫からぱんたろーを出してリオとセレスの近くへと向かわせる。

 間もなく空き地へと、あらゆる方向から銀猿たちがなだれ込んでくるのが見えた。しかし銀猿たちは近付いてこようとせず、じりじりと包囲網を狭めながら何かを待っている様子であった。少しするとまず2メートル級が六体、ナナの後方から姿を現した。次いで正面から3メートル級が二体。これを見てダグは獰猛な笑みを浮かべていたが、次いで姿を現した4メートル級を見て、その顔が引きつっていくのが見て取れた。


「どうじゃ、ダグ。おぬしの相手は3メートル級でよいな?」

「……ちっ、そいつで我慢してやるよ……」


 キューの見立てでは4メートル級の強さはダグとアルトを大きく上回る戦力値で、物理戦力値だけでもダグを軽く凌駕していたのだ。なお3メートル級はダグ・アルトと同程度、2メートル級はリオとセレスより若干低い程度ということだった。ナナはダグの野生の勘とも言うべきものに期待していたが、想像以上にダグは相手の強さを嗅ぎ分ける感覚が強いようであった。


「ボス級の三体を倒すのが最優先じゃ。リオ、セレス。ぱんたろーと共に2メートル級を頼むのじゃ。おぬしらの方が強いが数が多いでの、気を抜くでないぞ。ダグ、アルトは3メートル級じゃ。さっさと倒してリオとセレスの援護に回るのじゃ。わしは4メートルと周りの雑魚を掃除するのじゃ」

「畜生! 一回り小さいが我慢してやるよ!!」

「ナナさんもお気をつけて」

「特訓の成果を見せてやるんだっ!」

「任せて下さい~、ぱんたろーちゃんよろしくねぇ」

「はい、ますたー、せれすさん。りおさんもよろしくおねがいします」

「うん、よろしくね、ぱんたろー!」

「「……え?」」

「ちょ、ちょっと待てやあナナ! い、今その虎しゃべんなかったか!?」


 アルトとセレスは口を開けてきょとんとした顔をし、ダグはぱんたろーを指差し全力で声を上げている。ナナはそういえばリオ以外の前でぱんたろーと会話をしたことが無いことを思い出していた。


「せ、説明はあとじゃ、今は目の前の敵に集中せんかっ! ……では戦闘開始じゃっ!!」



 ナナは言うが早いか、上空に風と土の魔素を集め、大きな渦を作り出す。


『ドガガガガガガーン!』


 上空の風の渦から生み出された無数の雷が、轟音とともに空き地外周に落ちる。周囲に焦げた匂いが漂い、雷の直撃を受けた数体と水浸しの範囲にいた数十体が感電死し、ぷすぷすと煙を上げながら地面へと倒れていった。その有様に怯え、1メートル級は空き地から遠ざかり、中にはナナ一行と4メートル級一体と3メートル級二体、そして六体の2メートル級だけが残された。ナナはトンファーを取り出すと、歯をむき出し怒りに吠える4メートル級と対峙する。


 雷鳴が轟く中ダグは一瞬で3メートル級の片割れへと間合いを詰めると、銀猿のボディに左右のラッシュを叩き込む。既にその手には拳皇が装備されており、たまらず体をくの字に折った銀猿は顎に重い一撃を受けて大きくのけぞる。それに気を取られたもう一体の3メートル級には、アルトの魔術で操られた木の根が巻き付き動きを封じられていた。


 後方ではリオが貰ったばかりの拳皇を手に、二体の2メートル級を相手に拳を振るっている。リオが一体の顎へアッパーを入れた隙をつこうしたもう一体の2メートル級が、セレスの氷の矢を足に食らって地面に繋ぎ止められる。そのセレスは別の2メートル級一体の目の前に閃光を生み、自身への攻撃を空振りさせて距離を取っている。ぱんたろーはリオとセレスにこれ以上の2メートル級が向かわないよう、三体を相手に空中を跳ねながら翻弄する。



「うおぉおらあっ!」


 左ストレートが3メートル級の腹部にめり込み、にやりと笑うダグ。次の瞬間振り下ろされた大銀猿の一撃も余裕のバックステップでかわすダグだったが、そこへ想像をはるかに超える速度で繰り出された大銀猿の前蹴りが直撃する。


「な、がはっ……」


 8メートルほど飛ばされ起き上がろうとするダグに、跳躍した大銀猿の硬く握られた両手が、止めと言わんばかりに振り下ろされる。ダグは瞬時に身体強化を発動させ、懐に入り込むとカウンターのボディーブローを叩き込む。


「自分よりはるかに大きい相手との戦い方なら、ついこないださんざん見せつけられたばかりなんだよっ!」


 その後も大振りな大銀猿の攻撃の直後を狙ってヒットアンドアウェイを繰り返してダメージを積み重ねていた。


 アルトは動きを封じていた大銀猿に対して氷の矢を降り注がせ、着実にダメージを積み重ねていた。しかし周囲の様子を窺おうとほんの一瞬アルトの意識が逸れた隙に、大銀猿は木の根を引きちぎりアルトへと襲い掛かった。

 回避しようとしたアルトは突然周囲を覆った暗闇によって大銀猿の位置を見失い、横なぎに振られた大銀猿の左腕を受けて5メートルほど吹き飛ばされ地面へと叩きつけられてしまう。だがアルトは吹き飛ばされながらも術式の詠唱を行っており、追撃のため跳んでいた空中の大銀猿へと数十本の氷の矢を殺到させ、勢いを失った大銀猿は地面へと落下する。すぐさま立ち上がろうとする大銀猿だったが再度巻きついた木の根で動きを封じられてしまい、怒りの声を上げる。


「ナナさんのように無詠唱で何でもできるわけではありませんからね、いかなる時でも詠唱を途切れさせないようにした甲斐があったようです」


 アルトは深く息を吸い込み、術式の詠唱を始める。



 リオとセレスは二人で三体の2メートル級を相手にしていた。リオが態勢を崩すような大技を放つとその隙をセレスが埋め、セレスが長い術式を詠唱している間はリオが三体全てを相手取り回避に専念するなど、明らかに連携の練習を積んできた動きであった。


「セレス!」


 リオに大振りで振るわれた拳の軌道を逸らして一体を転がし、別の一体の膝を踏み抜き砕くリオ。セレスはリオの合図で転がった一体に氷の矢を雨のように降らせ止めを刺し、残ったもう一体へと目を向ける。その次の瞬間目を疑うような速さでリオに近付いた2メートル級は、その勢いのまま高く上げた右拳を振り下ろした。


「うあああっ!」


 左肩で防御したものの骨を砕かれ、膝をつくリオ。その顔面を蹴り上げようとした2メートル級の眼前に閃光が生まれ、直視した2メートル級は顔を押さえてよろよろと後ろに下がった。


「よくもリオちゃんに酷いことしてくれましたわね~。ゆるしませんよ~?」


 2メートル級に近付いたセレスは氷の槍を作り出し、至近距離から2メートル級の胸に突き立てる。続いてリオに膝を砕かれ転がる2メートル級も喉に槍をつきたて止めを刺すと、ぱんたろーもちょうど三体を相手に勝利した直後らしく、リオを心配して近付くと肩へ治療魔術をかける。セレスは周囲を見渡すと、ナナもダグ・アルトも有利に展開を進めている様子を見て胸をなでおろした。



 ダグはヒットアンドアウェイを繰り返すが埒が明かないと感じ、右腕一本で攻撃と防御の全てを行い、左手は腰溜めにして魔力を集め続けていた。大銀猿はダグが左手を使わなくなったことを見て、ダグの左側からの攻撃を増やしている。その大銀猿の右拳が何度かダグの体を打つが、ダグは耐えて左手に魔力を込め続ける。

 何度攻撃を当てても倒れない相手に、先に痺れを切らしたのは大銀猿の方であった。大きく右拳を振り上げ、ダグを叩き潰そうと勢い良く叩きつけようとした時だった。


「うおぉぉぉぉおらああっ!!」


 カウンター気味に懐に飛び込んだダグの、溢れる魔力がはっきりと目に見えるほどの左拳の一撃は、大銀猿の腹部を貫き大穴を空け、そのまま膝から崩れ落ちた大銀猿は完全に動きを止めた。



 木の根に動きを封じられた大銀猿はアルトの術式詠唱を聞きながら木の根を引きちぎり、再度アルトの周囲を暗闇で覆うと飛びかかろうとするが、その体に突如現れた体長5メートルほどの炎の蛇が絡みつく。アルトは熱さと痛みでもがく大銀猿に向かって悠々と歩いて暗闇から抜け出し、その手に太く大きな炎の槍を出現させて大銀猿の胸へと突き立てる。


「ナナさんは……もうすぐ終わりそうですね。リオ君は……は? ゴーレムが、回復魔術を使ってる……? あ、あとでナナさんに聞きたいことが、また増えましたね……。ダグは少々怪我をしていますが問題ないでしょう」


 痛めた胸を押さえるアルトは、ちょうど止めを刺す寸前のナナの姿を確認し、リオとセレスと合流する。しかしそんな彼らの耳に、初めて聞くナナの悲鳴が飛び込んできたのだった。




 ナナは4メートル級の膝へとトンファーによる集中攻撃を仕掛けていた。まずは機動力を奪おうと考えてのことだったが、想像以上に硬くあまりダメージが通っていない様子だった。それでも皆無というわけではなく大銀猿は苛々した様子でナナを叩き潰し、踏み潰し、蹴り飛ばそうと大振りな攻撃を仕掛けていたが、ナナはその悉くを回避していた。埒が明かないと距離を取ったナナは属性巨人を作り出してぶつけようと、魔素を集め始めたその時だった。


「なんじゃとっ!」


 ナナとの距離を一瞬にして詰めた大銀猿の右足の甲が、ナナの左側面から迫る。油断していたわけではなく、大銀猿の動きが異常とも言えるほど早かったのだ。ナナ自身右へと飛びながら左腕でガードするも、トンファーの散弾筒ごと左前腕部の骨格がひん曲がってしまう。

 5メートルほど吹き飛ばされるが即座に身体強化術を使い、大銀猿の左の足元に転移しその小指へと全力でトンファーを叩きつける。これで機動力の大半を奪うことに成功したが、ナナは安心などしていなかった。

 大振りな攻撃をやめ、左右の拳で早く鋭い攻撃に切り替えた大銀猿の攻撃は、ナナに掠りもしていなかったが、その攻撃を見てナナは一層警戒を強める。

 魔力視で大銀猿を注視していると、筋肉と骨に魔力を流すことで、瞬間的に能力を上昇させていることがわかったのだ。ナナも同じように魔力を流してみるが効果が無かったため、身体強化術とは違い銀猿の骨や筋肉のほうに何らかの理由があると見受けられた。アルト・ダグのペアもリオ・セレスのペアも様子を見る限り、ダメージを受けた攻撃はこの強化による一瞬の能力上昇によるものだったようだが、どちらも問題なく決着がつきそうなため安心し、ナナも早めに戦いを終わらせることにする。


 回避しながら空中に作った足場に乗り大銀猿の眉間にトンファーを叩き込んで隙を作ると、僅かに距離を取り6メートル級土の属性巨人を大銀猿の背後に作り出し、覆いかぶせるように倒れこませる。倒れてきた大銀猿に対して、眼球から脳へと直接散弾をぶち込もうと思い身体強化術をさらに高めたその時だった


『びしりっ』


「うがあああああああああああっ!!」


 ナナの全身を激痛が襲う。形が崩れかけた土の属性巨人に崩し押しつぶされもがく大銀猿を前に、ナナは膝をつき全身の激痛と戦っていた。汗をかかないはずのナナの体からは、大量の汗が流れ落ちる。


「ナナさん!!」


 異変に気付いたアルトが一番に駆け寄り、土砂に潰される大銀猿の口に炎の槍を叩き込み黙らせ、ナナを抱き上げる。


「凄い汗です……何があったんですか!? 意識はあるようですね……とにかくわっしーの中に運びます、そこが一番安全です! ダグとセレス君はまだ動けますね? 周囲の銀猿を追い払ってください!」




 わっしーの中でアルトは生命魔術で全員の傷を癒すが、ナナには何の効果も見られず、骨が『曲がっている』左前腕も、回復する様子はない。ナナから流れる大量の汗は治まったものの、ナナは痛みに悶え会話すらできない状態が続いた。ジュリアを含めた五人はそれぞれ不安な表情を浮かべながら、長椅子に横たえたナナの様子を窺っていた。


 三時間ほどでようやく全身の激痛が治まり始めたナナは、この痛みに思い当たることがあり自身の内部へと視点を移動させた。そこで見たものは、大きな一本のひびが入った、ナナの本体である魔石の姿だった。よく見れば他にも無数の小さなヒビが入っている。

 この痛みは以前も味わっていた。ヴァンに攻撃を受け、魔石に大きなダメージを受けたときである。ナナは原因を知ると痛みが多少収まるまで待ち、体表の複製体を再度貼り直そうとするが、魔力を行使しようとすると再度の激痛がナナを襲う。


「ナナさん! まだ起き上がっては駄目です!!」

「姉御!!」

「ナナちゃ~ん……」


 僅かに起き上がろうと動き、そのまま倒れるナナ。体表の複製体が貼れないと視力も得られないので、やむを得ず魔力視だけで周囲の状況を視ることにする。


「ぐ……リオ、セレス。見事な戦いじゃったの。ぱんたろーも助かったのじゃ。ダグ、おぬしも切り札を隠しておったな。アルトは危なげない戦いじゃったの。皆ありがとうなのじゃ、無事で何よりじゃ。ジュリアは怖くなかったかの? わっしーの外に出るのなら、他の者と決して離れるでないぞ。……すまぬがアルト、光人族集落の探索とアラクネの集落のことを頼むのじゃ。すまんが……わしは少し休むのじゃ」


 ナナの言葉を聞いたリオ・セレス・アルトの目に涙がにじむ。ダグは忌々しそうな表情を、ジュリアはとても不安げである。


「ナナさん……駄目です。まだ、貴女を……死なせるわけにはいきませんっ! 何か、何か方法は無いのですか!?」

「ア、アルト? 一体何を勘違いしておるか! 遺言ではないぞ!! 手足を動かせないだけで意識ははっきりしておるわ!」


 ナナの言葉を聞いてアルトがその手を握り悔しそうに叫ぶが、ナナは勘違いを指摘するだけで振り払うこともできずにいる。


「え、だってナナさん、心臓が……」

「はいは~い。アルトさん、あまりしつこいと女性に嫌われますよ~? ナナちゃんが休みたいと言ってるのですから、少し休ませましょうか~」


 以前にもリオに似たようなことを言われたアルトは、うぐっと声を出した後口をつぐむ。


「それではナナさん、ゆっくり休んでくださいね~。はいはいアルトさんナナちゃんから手を離してくださいね~。私達は集落の確認に行きますけど~、ジュリアさんはどうしますか~?」

「あ、あたいはここで待ってるよ。親父が住んでた場所を一度だけでも見たかっただけだしな、空からだけど十分に見られたよ。ありがとな」


 ナナの手を握るアルトの襟首を掴んでナナから引き剥がすセレスを見て、僅かに怯えの表情を見せるジュリアは、両手を体の前で大きく振りながら意思表示をする。


「では~、ぱんたろーちゃんとお留守番おねがいしますねぇ」

「はい、せれすさん。じゅりあさん、よろしくね」


 わっしーのなかで体を小さく丸めているぱんたろーの言葉に、今度はジュリアが目を丸くしていた。

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