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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第7話N 理由

 逃げた。ナナは自分で自分の行動をそう分析していた。ヴァンとの関係を邪推されアルトに殺意を向けたことに。知り合って間のない三人との掛け合いが楽しいと思えたことに。そんな良好な関係を築いて行けそうな者に殺意を向けてしまった自分自身が怖くなった。楽しい時間の直後に訪れるヴァンに対する怒りや殺意が三人に向くのが怖かった。


 そう、殺意だ。これまでもヴァンの手下やリオを人質にしたゴロツキをためらいなく殺した。何人も殺した。いつから自分は殺すことが当たり前になった? アルトに殺意を向けたのも、殺すことが当たり前になり過ぎたせいではないだろうか。

 殺すことにためらいがなくなった原因を思い出す。それはヒルダの館と集落でヴァンの手下を『術式の実験台として使用した』ことにあるのだろう。あの時はヒルダとノーラの蘇生の可能性にしか意識が向いていなかった。そこで初めて人を殺したというのに、何も感じなかったのだ。

 それどころかこれからもたくさん殺すから、わざわざ再構築したヒルダとノーラの目に映らないように仮面まで付けている。


 楽しく第二の生を謳歌するはずが、何故こんなことになったんだろう。


 しかしこんな想いもヴァンを殺せば収まるのだ。自問自答の結果そう結論づけ、現在の苛立ちを全て目の前の九つの頭を持つ大蛇に叩きつける。


 ヒュドラと呼ばれるその全長20メートルを軽く超える大蛇の、何度も再生を続ける九つの頭のうち八つは、ナナの生み出した身長5メートルの属性魔術巨人達が叩き潰し、踏み潰し、引きちぎリ続けている。

 残りの一つの頭部にはナナが全力の身体強化魔術を施し空中を飛び跳ねながらトンファーを叩き込み続けていた。その時いつぞや聞いた『ぴしり』という音が聞こえた気がしたが、構わずヒュドラの再生し続ける鼻先にトンファーを叩きつける。

 たまらず首を大きく後ろに逸らした最後の頭が、大きく口を開け息を吸い込んだ。そこに真横から飛びかかったぱんたろーが、前足を振り下ろして頭を地面へと叩きつける。

 全力で殴り続けたことで多少はストレスの解消になったナナは、土と金属の属性巨人にヒュドラの身体を引き裂かせ、魔石視の仮面の力で視えていたヒュドラの魔石を露出させるとそれを引きちぎり、一時間にも及んだ戦闘を終わらせる。


 戦場となった森の周囲の木々は、なぎ倒され切り裂かれ焼け焦げ水浸しになるなど、ナナとヒュドラの周辺だけぽっかりと広場が出来上がっていた。

 ヒュドラは強敵であり、もし魔導王との戦いで魔素の巨人を作り出す術を得ていなければナナ一人で勝てるものでは無かったであろう。何せキューの見立てではヒュドラの物理出力は三万を越えており、ナナの最大時と比較して1.5倍もあったのだ。ただしそれはヒュドラの九つある首全てを相手にした場合の話で、ナナはヒュドラの首一つ一つに属性魔術の巨人を当てることが出来たため、こうして勝利することが出来たのだ。

 ナナはヒュドラから引きちぎった8センチ級の魔石を空間庫にしまうと、一度死体を空間庫にしまう。吸収するにしてもこのサイズでは少々時間がかかるし、今は優先させなければいけないことがある。


「そこにおるのは解っておるのじゃ。この先の集落の者かのう? 良かったら話を聞かせて欲しいのじゃ」


 ナナは警戒させぬようぱんたろーも空間庫にしまうと、少し離れた木陰から様子を窺う者達に向け話しかける。すると三名の男女が姿を表し、ナナの元へと近付いてゆく。先頭を歩く少女は金色の瞳を輝かせてやや興奮した表情を浮かべていたが、残る二名の男達は同じ金色の瞳に警戒感を露わにしていた。


「こんなに小さいのに~、ヒュドラをたった一人で倒してしまうなんて、強いのね~」


 緊張感の欠片もない間延びした話し方をする、十五~十六歳位に見える少女は、瞳の色よりも濃い金色の長い髪を一本にまとめて背中に垂らしている。またたわわに実った胸の二つの膨らみは、濡れた衣服が張り付いてはっきりとその形を浮かび上がらせていた。その少女だけではなく後ろの二名もずぶ濡れであり、そこでナナは自分がしたことに思い当たる。


「おお、これはすまないのじゃ。山火事になってはたまらんと周囲に水をぶっかけたのじゃが、それを被ってしもうたんじゃな」


 戦闘開始早々に火の巨人によって周囲の木々が燃えだしたため、ナナは慌てて水の巨人を操り周囲に水を撒いていたのだ。


「いいえ~、もともとヒュドラに見つからないように全身を泥で覆っていましたから~、むしろ綺麗に洗い流してくれて助かりますう。それで、話を聞きたいということですけどぉ、条件を一つ飲んでくれたら集落に案内しますねぇ」

「む? モノによるが言うてみい」


 どんな条件が出てくるのかと身構えるナナであったが、続く女性の間延びした言葉とその内容に脱力するばかりであった。


「そのヒュドラの肉を譲っていただけないでしょうか~。もうわたしたち、おなかぺこぺこでぇ~……」




 雪深い山脈をぱんたろーに乗って越えたナナは、直線距離にしておよそ二千キロメートルの距離を三日で移動し、山の麓に光人族の集落があるであろう空間魔術による結界を見つけていた。

 しかし結界を越える手段が無く、内部からも反応が無いため思案していたところで、近くに潜んでいたヒュドラの接近を感知し戦闘になっていたのだ。

 間延び女の話によるとおよそ三ヶ月前に結界の出入りをヒュドラに見られ、以来待ち伏せするヒュドラのせいで集落の外に出られず、狩りができなかったために食料が尽きかけていたとのことであった。

 そういうことならばと快諾したナナは、山脈超えの間に襲ってきた銀色の鳥の魔物も五体、空間庫から出して光人族に与える。翼を広げると6メートルほどにもなるその銀色の怪鳥は、フレスベルグと呼ばれ、集落の者の話では滅多に食べられないご馳走であるとの事だった。

 ナナは最初に襲ってきた一体を移動中に吸収済みであり、残りはあとで吸収しようと思い空間庫に投げ入れていたのだ。


「ヒュドラだけでなくフレスベルグまでこんなにたくさん、ほんとうにありがとうねぇ。あ、わたしはセレスよぉ。この集落の代表はわたしのおじいさまなので、案内するわねぇ」

「わしはナナじゃ。よろしく頼むのじゃ」


 間延びした話し方をする少女は、首の後で纏めていた髪を解き軽く頭を横に振ると、ほんのりカールの掛かった長い髪を背中に広げて深くお辞儀をした。

 ナナはそのセレスの案内で集落奥へと進み、一件の家に案内される。そこには長い白髪で眼光鋭い一人の老人が待ち構えていた。四人がけの小振りなテーブルから立ち上がると、その老人はナナを見下ろしながら口を開く。


「わしはこの集落の代表でギネスという。……セレス、このお嬢ちゃんがヒュドラを倒したというのは本当なのか?」

「本当よぉ。しかも食糧不足のことを話したら、ヒュドラのお肉だけでなくフレスベルグまで頂いたわ~。この子はナナちゃんっていうの。何か聞きたいことがあってここまで一人で来たんですって~」

「ナナじゃ。地上への転移術または転移魔法陣等、地上界へ行く手段について何か知っておることがあれば教えて欲しいのじゃ」

「ナナといったか。まずはこの集落を救ってくれたこと、心より感謝する。ところで見かけぬ者だが、どちらの集落の者かな?」


 ギネスと名乗った老人はテーブルに掛けるよう促すとナナの質問を無視して、魔狼の毛皮に身を包む全身真っ白な少女に警戒を露わに話しかけた。


「この辺りの者ではないのじゃ。ヒルダの集落は知っておるかのう?」


 ギネスは記憶を手繰るように思案すると、僅かに表情を歪めとナナの小さな体を上から下まで凝視し、顔の辺りで視線を止める。


「ナナと言ったか。仮面を外して顔を見せて貰えないだろうか?」

「断るのじゃ。瞳の色が見たいのであれば、金色では無いとだけ言っておくのじゃ」

「……すまぬが魔人族に話すことなど無い。お引取り願おう」

「おじいさま!」


 さも当然と言った表情で言い切ったギネスに対し、声を荒げて異を唱えたのはセレスであった。


「セレスや、ヴァンが魔人族を集落に招き入れた結果何がおこったのか、忘れたわけではあるまい?」

「でもぉ、ナナちゃんがヒュドラを倒してくれなかったら、どのみちわたしたちみんな……え?」


 ギネスから鋭いまなざしを受けながらも反論するセレスだったが、急激に気温が下がったような感覚に囚われギネスとともに恐る恐る冷気の発生源へと目を向ける。


「今、『ヴァン』と言ったかのう? それは青髪のヴァンで間違いないかの? わしはヴァンを殺すために追っておるのじゃ。奴は地上に逃げたゆえ、地上へ行く手段を求めて光人族のおぬしらの話を聞きに来たのじゃが、ここでヴァンの名を聞くとは思わなかったわい。ヴァンはここで何をしたのじゃ? 知っておる事を話してもらえんかのう?」


 ナナから漏れ出す殺気に顔色を変えるギネスとセレス。セレスの青ざめた顔を見て我に返ったナナは、一度天を仰いで深呼吸をしヴァンへの殺意を抑える。


「……ギネスよ、話して貰えぬかのう? わしはヴァンを殺さねばならんのじゃ」

「……話さぬ、と言ったら?」


 その言葉に殺意を漲らせるナナ。呼吸することもままならなくなり、青を超えて白くなるギネスとセレスの顔色だが、唐突に消えた殺意に、止まっていた呼吸が戻り荒く呼吸を再開する。

 かろうじて理性を繋ぎ止めたナナは深呼吸をし、再度天を仰ぐと深くため息をつく。


「……何も、せんよ。別の者にあたるだけじゃ」


 殺意を抑えきったナナはゆっくりを頭を垂れる。また不用意に殺意を撒き散らした自分自身を責め、簡単に殺そうと思ってしまう自分自身の意識の変化に気付いてしまった。


「……敵対するというのであれば別じゃが……協力しないと言うだけで害を与えるのは、やってはいけないことなのじゃ……。目的のために罪無き者を殺めるなど、ヴァンのしたことと一緒じゃ。わしは絶対に、そんなことはせんぞ。してはいかんのじゃ。そんな事をしてしまったら、わしの求める『次』が無くなるのじゃ……」


 ナナはギネスとセレスの存在も忘れ、両の拳を強く握りしめ自分に言い聞かせるように言葉を発していた。復讐は何が何でも遂行する。それがナナにとってのケジメなのだ。しかしアルトにも殺意を向けた。今もギネスに殺意を向けた。そんな自分自身の行動を恥じるナナ。これからヒルダとノーラの瞳に見せたい世界を、自身の手で汚そうとするなど愚かな事である。


「ナナとやら……参考までに聞くが、貴殿の言う『次』とは何だ?」


 やっとのことで呼吸を整えたギネスは、感じた恐怖を意志の力で抑えナナへと向けて質問を投げかけた。ナナはしばらく考え込むと、躊躇いながら重い口を開く。


「……わしは楽しく暮らしたいだけなのじゃ。仲間や家族と笑って過ごしたいだけなのじゃ。本当は戦うことなんか嫌いなのじゃ。痛いことなんて嫌なのじゃ。格闘技も嫌いな痛みに負けないためやっておっただけなのじゃ。生きるために戦いを続けておっただけなのじゃ……。やっと病気の痛みから開放されて第二の生を謳歌しとったのに、それを全てヴァンがぶち壊したのじゃ。ヒルダもノーラも何も悪いことなんてしていないのじゃ。それなのにヴァンに殺されたのじゃ。……それからは楽しさや幸せな時間を感じる度に、ヴァンへの怒りと殺意を思い出し気が狂いそうになるのじゃ……。じゃからわしはヴァンを殺す。……そうしなければわしは、もう一度この生を楽しむことができんのじゃ……」


 俯き力なく呟くナナを、そっと包み込むように腕が伸びる。


「大変だったのねぇ、ナナちゃん……」


 殺意を浴びせた相手であるというのにセレスは小さく震えながらも力強くナナを抱きしめると、優しく撫でながらギネスを睨みつける。


「恩知らずのおじいさまに代わってぇ、わたしが話しますねぇ。これでも集落内ではおじいさまに次ぐ魔術士なんですぅ。ナナちゃん、わたしの部屋に行きましょうね~」


 そう言ってナナを連れて行こうとするセレスを引き留めようとするギネスだが、セレスはギネスの言葉どころか存在すら無視するかのように振る舞い、力無くされるがままのナナを連れて去っていった。




「ナナちゃん、ここにでも腰掛けて少し待っててねぇ。わたし先に着替えちゃうから~」


 そう言ってナナをベッドに座らせると、ヒュドラの戦闘に巻き込まれた際にびしょ濡れになっていた服を無造作に脱ぎだすセレス。豊満な胸が露わになりぶるんぶるんと揺れているが、ナナは意識を向けること無く項垂れたままであった。全ての衣服を脱ぎ軽く体を拭くと空間庫を開き、替えの服を取り出して身につけ始める。それはだぼっとしたノースリーブの上着で、脇のところが大きく空いており、横から豊満な膨らみの多くが見えてしまうようなものだった。そしてここに来てようやくナナは我に返り、ゆっくりと顔を上げる。


「ん~? ああ、この袖なしのチュニックはねぇ、わたしが作ったのよ~? 夜になるとちょっと肌寒いけど、楽なのよ~。ナナちゃんも珍しい上着よね? 魔狼の毛革かしら? ……あら? 毛皮?? なめさずにそのまま使ってるのぉ?」

「……マメに回復魔術で手入れをしてやれば問題ないのじゃ。それに革の鞣し方を知らぬのじゃ。それはそうとセレスよ、横から全部見えておるぞ」


 ナナの真っ白な魔狼のコートを見るため屈んであちこち触っていたセレスは、ノースリーブチュニックの大きく空いた脇の部分から、豊かな膨らみの先端までもが見えてしまっていたのだ。


「いや~ん、ナナちゃんのえっちぃ。さっき全部見たのに、まだ見足りないのかしら~?」


 そのまま隠そうともしないセレスに、ナナは深くため息を付いて言葉を続ける。


「セレス、礼を言うのじゃ。おぬしがおらなんだら、わしは暴走しておったかもしれぬ。ヴァンのこと、転移術のこと、どうかわしに話してくれぬか。たのむのじゃ」


 真剣なナナの声を聞いたセレスは、ナナの横に腰掛けてゆっくりと口を開く。


「ヴァン……青い髪のヴァンは、ここの隣の集落出身なの~」




 ナナはセレスの言葉一語一句を逃さぬよう、耳を傾けていた。ヴァンは四百年ほど前に光人族の母親から生まれた魔人族とのハーフであり、幼少期を今は無い隣の集落で過ごしたとのことだった。母親から魔人族に対する恨みを聞かされながら、魔人族の血を引くことを理由に疎まれて育ったヴァンは、成長すると長期間集落を空けては魔人族の首を持ち帰り、母に見せていたそうだ。その時ばかりは褒める母親に応えるように、ヴァンは次々と魔人族の首を持ち帰ってきた。

 しかしおよそ二百五十年前、既に魔人族との戦争は終わっているのだからと、無用な争いを誘発させる真似をするヴァンとその母を、集落から追放すべきとの声があがる。そんな中ヴァンの母親が病死し、ヴァンは姿を消した。

 そして百年前に隣の集落の結界が破られ、百五十人ほどいた集落の者全員が命を落とすという事件が起こる。当時は誰も気付いていなかったのだが、七十年前にヴァンがこの集落を訪れた事で隣の集落の結界を破壊した犯人がヴァンであると判明したのだという。

 そしてこの集落ではヴァンとヴァンが招き入れた数名の魔人族の手にかかりセレスの両親を含めた数名が命を落とし、魔石を奪われたとのことだった。


 これらは全てセレスがギネスから聞いた話で、ギネスは二百年前まで隣の集落で暮らしていたとの事であった。




「おぬしにとってもヴァンは仇であったか……」

「いいえ~、わたしは当時生まれたばかりでぇ、両親の記憶がありませんから~……ですから恨みよりも、なぜヴァンがそんな真似をしたのか、そっちの方が知りたいですぅ」

「うむ。それならわしの知っている範囲で良ければ話すのじゃ。……ギネスも聞きたそうにしておることじゃし、戻って話すとしよう」


 ナナはその時、セレスの部屋の前を行ったり来たりしつつ聞き耳を立てるギネスの存在を捉えていた。



「すまない、ナナ殿。しかし魔人族の手で身内を殺され、信用できなくなっているわしらの気持ちもわかって欲しいのだ」

「別に構わんのじゃ。わしもヴァンに身内を殺されておるからのう」


 セレスの部屋を出て最初に話をしたテーブルに掛けるナナは、ギネスを睨み続けるセレスに頭部を抱かれながら、皮肉を込めてギネスに言い放つ。ギネスは皮肉に気付いたのか苦笑を浮かべ、軽く頭を横に振る。


「なかなか辛辣よの……見た目通りの年齢では無い、か」

「わしの年齢などどうでもいいのじゃ。ではセレスよ、手を離してくれんかのう? 今からわしの知る限りの事を話すでな」


 セレスが隣に座り直したのを確認して口を開くナナ。ヴァンが地上転移の魔法陣を入手して地上へ行こうとしていたこと、その為に空間魔術の高い魔力を欲していたこと、魔力を得るためにヒルダとの間に設けた子であるノーラをヒルダと共に殺害し地上へ逃げたことを話す。


「なるほど……それで合点がいった。ヴァンが七十年前にこの集落で殺して魔石を奪った者は、ヴァンの子も含めて高位空間魔術の使い手ばかりだったのだ。そして百年前に隣の集落から失われた秘宝が三つある。そのうちの一つが、地上へ転移するための魔法陣だ」


 当たりを引いた。ナナは仮面に隠され見えない表情を歓喜に染めていた。


「……セレスには話していなかった事も含め、ナナ殿には全て話そう。詫びと、集落を救ってもらったお礼だ」


 セレスをちらちらと窺いながら口を開くギネスだが、先程無視され今も目を合わせようとしないセレスの態度がよほど堪えたらしく、態度を軟化させていた。


「念のため聞くが、ナナ殿は、その……成人しておるのだな? 子供には聞かせられない事もあるのだ。セレス、お前は席を外していなさい」

「嫌です~。いつまでも子供扱いしないでください~」


 キッとギネスを睨むセレスの眼光に気圧されて、ギネスはしぶしぶ口を開き始める。


「ヴァンは集落に住んでいた頃、よく魔人族の女を攫って来ては孕ませ、生まれた子をヴァンの母に与えていたのだ。……虐待の対象として、な。攫ってきた魔人族の女は子の乳離れが済むと用済みとばかりに殺されていた。子供の多くは幼いうちに母親にいびり殺されていたが、見かねた者が三人の子供を救い出してこの集落へと連れ出している。しかしその子らも、七十年前に全員ヴァンに殺されているのだ。ヴァンは隣の集落から奪った秘宝の一つ、属性視の珠で、空間属性魔力の高い者を探し出して魔石を奪っていたが、その際に自分の子が空間魔術の適性が高いことを知ったのだろう。その後この集落の結界も破壊しようとしたが、結界を守る戦士たちに阻まれてヴァンは手下を置いて逃げたのだ。その時の戦いで、わしの息子夫婦……セレスの両親も命を落としている。逃げたヴァンを追撃した者もいたが、その者らは魔力を使い切って捨てられた魔石だけを回収して戻った。恐らく途中で地上転移の魔法陣を試したのだろうな。魔石は生体から抜き取ると徐々に属性が薄れ、二日もすると属性のないただの魔力の塊になるからな」


 室内に重い空気が漂うが、それを打ち消すような音が鳴り響く。


『ぐうううううう~』


 それはセレスの腹の音だった。先程から肉の焼けるいい香りが外から漂っていた。セレスは顔を真赤にして悶えている。


「……そう言えば腹が減っておると言っておったな。わしは話が聞けるのなら今すぐでなくともかまわん、食べてくるといいのじゃ」


 そのナナの言葉に礼を告げここで待っているように言うと、お祭りのような騒ぎになっている集落の広場に向かうセレスとギネス。一人残されるナナは頭を軽く横に振って、小さく呟く。


「やれやれ……締まらんもんじゃのう……」

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