2章 第6話N 魔導王アルト
ナナとリオを乗せた白虎ぱんたろーと、ダグを乗せた白狼ゴーレムは魔導王都市へ向けて荒野を疾走していた。
「うおぉおい! サイズ的に逆だろうがああ!!」
ナナは肩の後ろにリオの慎ましい膨らみを感じながらダグの叫びを完全に無視する。ぱんたろーは体長3メートルあるが、ダグのために急拵えで仕方なく作った白狼は体長2メートルだが、身長195センチのダグを乗せるとだいぶ小さく見えた。
魔導王都市まで徒歩で八十日かかる距離であったが休憩と仮眠を取りながら走ること三日、魔導王都市の姿が視界に飛び込んできた。ナナは空中に感覚を飛ばし俯瞰すると、拳王都市とさほど変わらない広さであることがわかった。
「ほれ、降りてここからは歩くのじゃ。このまま行ったら大騒ぎになるじゃろうが」
ぱんたろーと白狼を止めその背から降りると、リオとダグの二人はへたり込んでしまった。
「ちょっとだけ待って姉御、早くて楽しいんだけど、長時間はちょっと、つらい」
「リオお前はまだいいぜ、俺なんか前傾姿勢で乗らなきゃなんねーから股間のブ『スパァン!』ぬがっ!」
ダグの言葉を遮るように、ナナの手がダグの後頭部を叩いた。
「下品なことを言うでない」
リオの笑い声が響く中、ダグは後頭部をさすりながらナナの方へと顔を向ける。
「ナナお前はよく平気でいられるな、長時間同じ態勢で揺られていたのは同じなのによぉ」
「体の作りが違うでの」
なにやら納得した顔のダグを見て、本当の意味には気付かないだろうなと思っているナナであった。
「魔導王都市へようこそ。都市入場許可証は食料三日分か魔石と交換だよ? どっちか持ってるかな?」
気さくな感じの門番が奇妙な三人組に笑顔で問いかけてくる。ナナは空間庫から4~5センチの魔石を三つ取り出すが慌てた様子のリオに止められ、リオはポーチから3センチ未満の小振りな魔石を十個出して門番に手渡す。
「あ、ああ。これでいいよ、今許可証を持ってくるから少し待っててくれ」
そう言って門番は奥にいる別の門番に魔石を渡すと机上の羊皮紙にペンを走らせている。
「あーびっくりした。姉御そんなおっきな魔石じゃなくていいんだよ、もしかして拳王都市でぼったくられた?」
「おいリオ失礼なこと言うんじゃねえよ。都市の門番教育はちゃんとやってるぜ、リューンが」
「ぬ……拳王都市もたったそれだけの魔石で入れたのかのう? わしは手斧男に騙されて地下から都市に入ったのじゃ」
当時の話を聞いた二人は哀れみの表情を浮かべた。もちろんナナにではなく、騙した手斧男の方に、であったが。
「はい、許可証ができましたよ。それと返却分ね」
そう言って門番は小さな魔石を二つリオに返し、三人には焼印の押された木札を渡す。ナナはリオに魔石の総重量で入場料分を徴収していることを聞き、魔石が通貨代わりに扱われているのだと推測していると、ダグが一歩前に出て門番に近付く。
「俺は拳王都市から来たダグってんだ。今日は話があって来た、魔導王アルトに取り次げ」
一瞬で顔色を変えた門番が慌てて奥へと走り去り、ダグの声が聞こえていた周囲の人たちからもざわめきが広がっていく。そこに門番が上官と思われる小奇麗な革鎧を身につけた男性を伴って現れ、ナナ達を都市内側の建物の応接間に案内し、ここで待つよう伝えて去っていった。
「ダグよ、魔導王とは仲が悪いのではなかったかの?」
「ああ、そのことなんだがよ。リューンとも話したが、それ多分バイドの仕業だ。昔からよく身に覚えのねえ略奪や集落襲撃の罪を着せられててな、俺の名前を騙るような奴は少なくねえんだ。俺は闘うのは好きだが、略奪や虐殺みてえな弱いもんいじめは趣味じゃねえ。だがよ、俺がこの辺りの集落を襲ったって話が出始めてから、アルトとは何度か闘ってるのよ。途中にあった荒野、あそこ前は草原だったんだぜ? アルトの魔術でああなったんだ。ただ、殴り合いにならねえからつまんなくてなあ」
ダグが小さくため息を吐いたところでナナが疑問を口にする。
「魔導王には、自分がやったのではない事を話しておらぬのか?」
「ああ? そんな面倒くせえ真似すっかよ。折角の喧嘩に水を差しちまうじゃねえか」
「やれやれ、リューンに乗せられたようじゃの。お主を連れて魔導王に面会しろとは、その弁明もしてこいという意味じゃったか。聞いたの? 魔導王アルトよ」
そう言ってナナは扉の方へと顔を向けると扉がゆっくりと開かれ、一組の男女が姿を現す。前に立つ男性はダグほどではないが長身で、薄紫色の髪をおかっぱ頭にした優しげな顔の男性で、ダグよりやや若い印象を受けた。男性の半歩後ろを歩く女性は薄青の長い髪を首の後で一本に纏めてあり、スリムで知的な雰囲気を漂わせていた。
「気配を遮断していたはずなのですが、只者ではないようですね、お嬢さん。僕が魔導王と呼ばれているアルトです。こちらが側近のイライザ。お名前を伺っても?」
「うむ、丁寧にありがとうなのじゃ。わしはナナ。この娘はリオじゃ。おぬしに聞きたいことがあって来たのじゃが、少しばかり時間を貰えるかの?」
部屋の外にいた二人の気配に全く気づいていなくて驚くダグとリオを尻目に、自己紹介をするおかっぱ頭の男性アルトへ、応接ソファーから立ち上がって挨拶を返すナナ。ナナはもちろん魔力視と魔石視で存在に気付いており、また魔力の高さから男性が魔導王であることも解っていた。
イライザを伴ってソファーへ腰掛けたアルトによると、始めはダグが襲ったとされた集落の者の大半が殺されていたことに憤りを感じ、ダグと戦いになったとのことだった。しかしその後の調査で既にダグがやったのではない可能性が高いことを知るが、ただでさえ人口が減る一方の魔人族同士での争いを減らすため、拳王を倒して都市を併合し一つの国家を興すつもりだったとのこと。
「随分とぶっちゃけるのう、アルトよ」
「ええ、ちょうど見届け人に最適な方もおられるようなので、決着をつけるいい機会だと思いましてね。統一さえしてしまえば武力の象徴としての自分は不要となり、自由に生きられますし」
アルトはにっこり笑ってそう言うと、ダグの方へと真剣な表樹を向けて口を開く。
「拳王。僕と決着を付けましょう。勝った側の者がこの異界を統一し、負けた方は部下として働くというのはどうでしょう」
ダグはニヤニヤしながらナナの方へと顔を向ける。
「だとよ、ナナ。ご指名だぜ?」
「何をニヤニヤしているのですか拳王。この期に及んで恐れをなしたわけではないでしょう?」
馬鹿にされているとでも思ったのか怒りの表情を顔に浮かべるアルトに、ダグは更にニヤニヤしながら言葉を続ける。
「あーわりいな、俺もう拳王じゃねーんだ。な? 『拳王ナナ』様?」
「こんな時だけ様付けで呼ぶでないわ」
憮然とした態度で答えるナナを見て、状況がつかめず目を丸くするアルト。
「ホントだよ? 姉御がダグに勝ったから、姉御が今の拳王!」
「なんでお前まで俺を呼び捨てにしてんだよリオ」
「えー、いいじゃん! 同じ拳王様の側近なんだし」
「話をややこしくするでない、おぬしら少し黙っておれ。アルトよ、争いを減らすことが目的じゃと言うのなら、わしの条件を飲むのであれば勝敗に関係なく、拳王都市を治めるリューンにおぬしに協力するよう言って聞かせよう。わしの条件は情報の提供じゃ。内容は地上への転移方法について。知らぬのなら情報収集を行って欲しいのじゃ」
「ナナさんが、拳王? 不死王ではなく?? それにダグに勝った?? ええと……少し待って下さい」
そう言うとアルトはゆっくりと深呼吸を始めた。二度三度と深く呼吸を行うと、さっきまでの狼狽えた様子は消えて真剣な表情へと戻る。
「ナナさんは、不死王ヒルダとは別人なのですね?」
「縁者ではあるが、別人じゃ。なぜわしをヒルダだと思ったのじゃ」
「そうでしたか……申し訳ありませんでした。部屋の外に居た僕達の気配に気付いたり、ダグと対等に会話をしていることや物怖じしないその態度から、見た目通りの年齢ではないと思い、噂に聞く不死王ヒルダが、ナナさんの正体に違いないと推測していたのですが……深読みし過ぎたようですね、いやはやお恥ずかしいところをお見せしました。では改めて……ナナさん。そういうことであれば僕との決闘ではなく、試合を受けてくださいますか? もちろん勝敗に関係なく、こちらも情報は提供いたします。貴方とは友好関係を築けそうですが、お互いの力量は見ておくべきかと思います」
「はっ、お前単にナナの実力に興味あるだけだろうが」
ナナに向けて真剣に話すアルトを茶化すダグの顔は、終始ニヤニヤしっぱなしである。
「わしは情報さえ手に入るなら他はどうでもよい。アルトよ、都合の良い場所まで案内せい」
「では都市から出て北に十分ほど歩くとちょうどいい平地があります。時間は一時間後でどうでしょう」
「うむ。では一時間後じゃな」
準備があるといって応接間を出て行くアルトとイライザ。特に準備することも無いナナはソファーに座りまったりとくつろぐ。
「ナナよぉ、自信たっぷりだが勝算はあんのか?」
「姉御なら絶対勝つ!」
「残念じゃがおぬしらの期待するような勝負にはならぬと思うぞ?」
魔導都市から出て北に進むとポッカリと空いた平地があり、そこで対峙するナナとアルト。観衆はリオ・ダグ・イライザの三人とぱんたろー・白狼の二体。
「ナナさん、い、一体あの白虎と白狼は……?」
「わしの作ったゴーレムじゃ。気にするでない、早速始めるのじゃ」
「さすがは不死王の縁者といったところですか。……では、行きますよ!」
アルトは術式を唱え火の魔素を集めると何本もの炎の槍を作り出しナナ目掛けて放つ。牽制のつもりだったのであろうその槍は、ナナが創り出した全く同じ本数の炎の槍によって相殺される。
「無詠唱ですか! ならば!!」
アルトも負けじと詠唱なしで見えない風の刃を幾つも作り出すが、それも全てナナに同じ魔術をぶつけられて相殺される。その後も土からゴーレムを作れば同じゴーレムを作り出され相打ちになり、術式を唱えて炎の竜巻を作ればそれも同じ術で相殺されて驚愕の表情を浮かべるアルト。
その後も様々な術を使いナナに攻撃を仕掛けるが、それは全てナナに相殺され何のダメージも与えることができずにいた。
「これならどうです!」
アルトが長い術式を唱えると、体長5メートル程の大きな燃え盛る炎の蛇と真っ黒な闇の蛇が作り出される。
「はあ、はあ……これは私が作ったオリジナルの術式です、これなら真似できま……へ?」
ナナの方を見て呆然とするアルト。その視線の先には体長1メートル程の炎の蛇、水の蛇、雷の蛇、土の蛇、木の蛇、金属の蛇、光の蛇が勢揃いし、その中央には体長10メートルを超える闇の蛇が鎮座していた。そしてそれがみるみるうちに体長1メートルまで小さくなると、今度は光の蛇が体長10メートル程まで膨れ上がって行くという、アルトにとっては信じられない光景が繰り広げられていた。
「ナナ、さん……?」
「これは面白い術じゃのう、形状の制御は……これじゃな?」
ナナがそう言うと蛇たちは全て身長2メートル程の人型を取り始めた。ダグはその様子にゲラゲラと腹を抱えて笑っており、リオは目を輝かせてナナを凝視していた。イライザは顎が外れるのではないかと心配するほど大きく口を開け、アルトもまた、その様子にただただ呆然とするほか無かった。
「ナナさん、降参します。まさかこれほどまでに差があるとは……僕の負けです。それと……」
「うむ?」
ナナは決着が着いたので魔素を集めて作った人型達を全て解除し、何か思い詰めたような真剣な表情を浮かべるアルトに向き直る。アルトはナナにゆっくり近付くと、目の前で突然片膝を地面に着いてナナに右手を伸ばした。
「僕と、結婚して下さい!!」
アルトの突然の行動に沈黙が辺りを包みこむ。その場に居た全員が硬直する中、真っ先に我に返ったのはナナであった。
「…………あ、あ、アホかあああああ!!!」
ナナの拳は綺麗にアルトの顔面を捉え、三回転ほどして地面に叩きつけられピクリとも動かない。ダグは腹を抱えて地面を笑い転げ、リオは両手を胸の前で組み目を輝かせて成り行きを見守っている。ようやく再起動したイライザが慌ててアルトに駆け寄り助け起こすと、アルトは命に別状はないようだが完全に気を失っていた。
(わ、わしがプロポーズされる側、じゃと……まったくこやつらは……)
ナナはこの状況を少しばかり楽しいと感じたのだが、それも一瞬のことであった。楽しい気持ちを共有したいと願った二人の顔が脳裏に浮かぶと、ナナはヴァンへの怒りを新たにする。
(遊んでいる場合ではないのじゃ。まだわしが楽しめる時ではないのじゃ……)
ナナの仮面の下の表情には誰一人気付かぬまま、全員で魔導都市へ向け移動を始めるのであった。
「ところで魔人族は争いを好む種族であると聞いておるのじゃが、そうでないものも少なくないように見えるのう。争いを好まない一部の者がヒルダのいる集落に集まったと聞いておるのじゃが、拳王都市とこの魔導都市は争いらしい争いも見られず、おぬしに至っては争いを無くそうとさえしておる。一体なぜじゃ?」
魔道都市へ向かい移動しながら、意識が戻ったアルトへとぱんたろーの上から質問を投げかけるナナ。
「不死王ヒルダは確か大陸の北西部出身でしたね。大陸北部は闇の瘴気が多く、影響を受けて好戦的どころか凶暴化した者も少なくないのです。結果として集落同士で戦いを繰り返し、八十年ほど前に全滅していますね。大陸の中央部から南部は闇の魔素が他と比べて少なく、一部の荒くれ者を除き平和に暮らしていますよ。魔人族が争いを好む種族なのではなく、他種族では致死量となる闇の瘴気を受けても、好戦的になったり凶暴化することはあっても死ぬ事が無いというだけですね。ヒルダさんの集落も大陸北西部から流れてきて住みついた人で占められていたはずですから、大陸中央から南部のことを知らなかったのも無理はないでしょう」
「そういうことか、納得したのじゃ。ということは今都市や集落があるのは瘴気の薄い地域ということかのう? 随分と都市間、集落間の距離が離れておると思ったのじゃが」
「そうですね、そもそも都市間、集落間の交流が始まったのはここ百年以内の話ですから。それまでは他の集落とは争い以外に関わることがなかったのです。瘴気の濃い地域の集落がほとんど消えてしまった今だからこそ、といったところでしょうか。交流する必要が無いから、距離が問題になることもなかったのです。ところでナナさんはどちらの生まれなのですか? 集落の密集地は現在僕の知る限り何処にも存在しません。ヒルダさんの縁者と言っていましたが、同じ北西部の出身でしょうか。それにしても歳が合いませんね、ナナさんはいったい」
「アルト、あまりしつこいと姉御に嫌われるよ?」
ぱんたろーの上でナナを後ろから抱きしめながらアルトの言葉にかぶせて放つリオの言葉に、アルトはしまった、という顔をし足を止め深くうなだれてしまった。ダグは腹を抱えて笑い白狼から落ちていたので、ナナはそ知らぬふりで白狼を回収して先を急いだ。
魔導都市に戻ると会議室のような場所へと通され、イライザが大量の羊皮紙を持って来て大きな机に並べていた。
「ナナさん、それでは転移魔術を求める理由を伺ってもよろしいですか?」
「ああ、一人の男を追うために必要な術なのじゃ」
一人の男、と聞いた瞬間に驚愕の表情を浮かべ、青ざめた顔で口を開こうとしたアルトだが、その瞬間にナナから向けられた殺気に口をつぐむ。
「……アルト、この件で茶化すような事を言ったら只では済まさんのじゃ」
ナナはかなり本気だったようでダグまでもが殺気で鳥肌が立つのを感じていた。
「今のはわしの話し方も悪かったので見逃すが、次は無いのじゃ。追う理由は復讐。わしはその男、ヴァンに目の前でヒルダとその娘ノーラを殺され、奴は地上界へと転移魔方陣を用いて逃げおった。わしは奴を殺すため地上界へ行く手段を探しておるのじゃ」
「ナナさん、おふざけが過ぎたことをお詫びします。しかし不死王ヒルダが青髪のヴァンに……にわかには信じられませんが、事実なのでしょうね。イライザ、地図と光人族集落についての資料をお願いします」
ナナとヴァンの関係を邪推したことでナナに睨まれたアルトは一度深く頭を下げ、イライザと共に資料を広げ始める。そこに記されている地図には、顔を左に向けた二頭身の人間が短い手足を広げて細い左足一本で立っている様な形が描かれていた。その二頭身の喉元に魔道王都市、胸に拳王都市があり、少し上げた右手の手首辺りにヒルダ集落が記されていた。
「拳王都市から西南西におよそ五千キロメートル、山を越えた先に光人族の生き残りが集落を作っているといわれています。ただし正確な位置は不明な上、どうやら空間魔術を使って見つからないように何らかの仕掛けがあると思われます。転移魔方陣を作れる魔人族というのは聞いた事がありませんが、光人族であれば不可能ではないでしょう」
そう言ってアルトが指した場所はヴァンの砦があった辺りの南の山脈を越えた先であり、二頭身の右脇腹に当たる場所であった。
「うむ、礼を言うのじゃ。ではちょっと行って来るでのう、おぬしらは引き続き情報収集を頼むのじゃ」
「え、オレも……あ、姉御!?」
慌てて立ち上がるリオの視線の先には既にナナの姿は無く、リオは力なく椅子に戻るしかなかった。
「ナナさんは、転移魔術までも使えるというのですか……十の属性を自由に操るだなんて、グレゴリー・ノーマンの再来ですね」
「いや、十一属性全部だ。ナナは無属性とか魔力属性とか言われてる身体強化も使うぜ。やれやれだぜ……暴れるだけ暴れて消えやがって。ちくしょう、あいつ俺との戦闘では魔術をほとんど使ってねえんだぜ? もちろん転移もだ。ま、俺は互角に近い殴り合いができたんだから、アルトよりはマシな戦いだったけどな!」
「ナナさんはよほどダグの事を殴りたかったのでしょうね、怒らせるようなことでもしたんですか?」
「さっきのてめえ程じゃあねえよ」
ニヤついた顔のダグと笑みを浮かべるアルトだが、両者の額には血管が浮いて見えている。
「それにしても十一属性全て、ですか。グレゴリーの再来どころか超えるのではないでしょうか? しかもあの白虎と白狼のゴーレム、彼女は不死王の後継者とも言えますね。そして拳王でもあり魔導王でもある」
不毛な争いを止め話を戻すアルトの言葉に、リオが首を傾げていた。
「アルトもダグみたいに魔導王の名前返上するの?」
「あれだけの力の差を見せられたのに、魔導王だなんて恥ずかしくて名乗れませんよ。それに個人的に彼女に興味がありますので、僕は魔導王の名を返上してナナさんの側近として行動することにします。そこで彼女の呼称ですが、魔人族の三王の上に立つ者として『魔王』というのはどうでしょう。イライザとそちらのリューンとで協力体制を取れるよう協議させます。ダグとリオ君には部屋を用意させますから、今日一日休んだらすぐに拳王都市へ戻りこの事を伝えてください。こちらからも一筆認めておきます。拠点としては魔導都市は瘴気もほとんど無く安定した土地ですが、地理的に拳王都市のほうが良いでしょう、こちらの準備が整い次第僕も拳王都市へ向かいますので、ナナさんが戻ったらなんとしてでも捕まえて下さい。側近を置いて一人で飛び出すなど言語道断です。……これ以上、あの人を一人にしてはいけません。復讐に囚われ自分自身を強く抑えているように感じます。あの状態が長く続くのは良くありません、一刻も早くナナさんが目的を達成できるよう全力で協力します。いいですね? ダグ? リオ君?」
「お、おう。当たり前だ。俺はナナの……魔王ナナの側近だ。それにあいつの近くにいると退屈せずに済みそうだしな!」
「うん、オレも姉御の力になる。姉御は一度しか会ったことが無いのに、人質にされたオレを助けに来てくれた。ダグやアルトみたいに強くないけれど、オレはオレのできる事で姉御を助ける!」
一気に話すアルトの勢いに押されていたダグとリオだったが、アルトの真剣な顔につられて二人も真剣な表情で言葉を返した。
そのころ魔王という呼称が決定されたことを知らないナナは、転移魔術の試験として拳王都市を中継して、ヴァンの砦跡地まで跳んでいた。そして山脈を越えるためぱんたろーの魔石に空間魔術技能を付与するとその背にまたがり、山脈へ向け空を駆けていくのであった。




