2章 第4話N 拳王ダグ
「白い嬢ちゃんよ、さっきまでバイドを俺だと勘違いしてたくせに、よく俺がダグだって解ったな?」
「おぬしが一番強いからじゃ」
ナナはキューに周囲の者達の力関係を調べさせていた。中でも突出して戦闘力が高かったのが、この男だったのだ。身体能力は現在のナナの半分だが、物理戦闘技能値がナナの倍もあったのだ。
ナナとダグの物理戦闘能力を数値にするとどちらも八千から一万程度と、武装や戦い方次第でいくらでもひっくり返る差であり、骨格を金属製に交換していなかったら正面から戦えば間違いなくナナには勝てないであろうと思われた。
ナナはリオを舞台から下ろすと舞台中央に戻り、ダグと正面から対峙する。改めてダグの姿をよく見ると三十歳前後に見えるワイルドなイケメンで、細マッチョな身体はナナが想像していた『拳王』とは程遠いほどスリムだった。
「そんじゃー早速初め「待たんか」」
やる気満々のところに水をさされ、不機嫌さが顔に出るダグ。
「ヴァンを知っておるな? 何でも南の集落で戦ったことがあるらしいの。わしはヴァンについての情報を欲しておる。それと転移魔術について詳しいものを探しておる。具体的に言うと、地上へ行く手段じゃ。わしが勝ったら、知ってること全て話すのじゃ。それが飲めぬのなら闘う理由はないでのう、わしはリオをつれて拳王都市を出るのじゃ」
「ヴァン? 青髪のヴァンか。あの腰抜け爺のことなら知ってるぜ。んで、なんで探してんのよ?」
「不死王ヒルダを知っておるな? おぬしがわざわざ半年かけて会いに行ってすぐさま引き返した相手じゃ」
後ろでリューンが片手で顔を覆い、首を横に振ったのが見えた。目を泳がせながら何か言おうと口を開きかけたダグを制し、ナナは言葉を続ける。
「そのヒルダが娘共々ヴァンの手によって殺された。わしは地上へ逃げたヴァンを負う手段を探しておる」
これにはリューンもリオも、広場の席を埋め尽くすほどにまで増えていた観衆までもが驚愕で言葉を発することができずにいた。
「おい、白いの。その話……マジなのか? 不死王が死んだだと!? でまかせ言ってんじゃねえぞ!! それに娘だと!?」
「ダグ様、実は内緒にしておりましたが……」
激高するダグに、リューンが静かに言葉を告げる。
「十年ほど前、ヒルダ様はヴァンとの間に子を設けたという噂を聞いております。ヒルダ様を殺したのがヴァンということであれば、事実である可能性が高いかと……」
「なんだよ、それ……ちくしょう!! おい、白いの! お前はヒルダの最後を見たのか? そのうえでみすみすヴァンに逃げられたのか!? 答えろ!!!」
ダグは取り乱しナナへと詰め寄ると、ナナのコートの襟を掴んで自分と同じ顔の高さまで釣り上げる。
「……そうじゃ。わしはヒルダも娘のノーラも守れんかったのじゃ」
「……いつの、話だ……」
「十月十日……ノーラが十歳になった祝いの日じゃったわい」
「十月……ついこないだじゃねぇか、ちくしょう……」
「……おぬし、ヒルダのために泣いてくれておるのか? ……アホだの何だのと茶化すようなことを言って、すまなかったのじゃ」
ダグは力なくナナを釣り上げる手を下ろし、目から溢れる涙もそのままに途方に暮れる。しかし僅かの後何かを決めたように表情を改めると真剣な顔でナナと向き合う。
「白いの、お前は手を引け。俺がヴァンを殺す」
「断るのじゃ」
間髪入れずに即答するナナ
「お前みたいなガキには荷が重い。手を「じゃから断る」」
ナナとダグの間に、目に見えない火花が散る。
「聞き分けのねえガキだな! だいたいお前は守れなかったんだろうが!!」
「その場にいることすらなかったおぬしに言われる筋合いはないのじゃ」
「ああ? お前いい度胸してるじゃねえか。良いぜ、勝負だ。勝った方がヴァンを殺す。負けた方は情報集めだろうが何だろうが勝った方の言いなりだ。勝負内容は何でもあり、相手を殺すか戦闘不能に追い込んだほうが勝ちだ。ぶっ飛ばしてやるから覚悟しておけよガキめ」
「こっちのセリフじゃ。その顔面殴り潰してやるのじゃ」
「ああ? 届きもしねえくせにアホなこと言ってんじゃねえぞチビガキ」
ナナは軽く跳ねると空間魔術の障壁で足場を作ってダグと同じ目線に立ち、ダグの顔面に向かって拳を真っ直ぐ伸ばす。
「何でもありと言ったのはおぬしじゃ。それとも今からルール変更でもするかの?」
「……上等だよ!」
その殴り合いは唐突に始まった。ナナは80センチほどの高さに空間魔術と土魔術を組み合わせて目に見える足場を作り、ダグと真正面からお互いにほぼ回避をせずひたすらに殴り合う。
双方とも一歩も引かず、ナナからするとやや遠く、ダグにとってはかなり近い間合いでひたすら拳が肉を打つ音だけが聞こえ続けた。
「うおぉらあ!」
リーチに劣るナナは仮面に叩きつけられるダグの拳が引くタイミングを見計らって懐に入り拳を打ち込んでいたが、カウンターに気合とともに打ち込まれたダグの頭突きをモロに喰らい、足場から転げ落ちてしまう。すぐに態勢を立て直すがダグは追撃を行わず、僅かに距離を取って互いを睨みつける。
「お前何で武器を使わねえ」
「おぬしこそ何故避けぬ」
「……」
「……」
二人の間に流れる沈黙。先に口を開いたのはダグであった。
「足を止めての殴り合いは俺の勝ちだ。次行くぜ」
そういうと一挙に間合いを詰めローキックを放つダグ。それを跳んで避けるとそのまま空中に見えない足場を作りダグの腹に前蹴りを入れるとそのまま左足をダグの顎先目掛け蹴り上げる。しかしそれは僅かに掠るだけで避けられ、無防備なナナの腹部目掛けてダグの左拳が迫る。
ナナは蹴り上げた左足を振り下ろし、ダグの右肩に踵落としを入れると右足も蹴り上げ、後方宙返りでダグの左拳を避ける。そこから地面に着地せず足場を作り、ダグの左拳が引くのに合わせて飛び込むとダグの顔面に右フックを叩き込む。その一撃で倒れながらダグは右足を鋭く振り上げ、ナナの腹部にめり込ませ双方ともにダウンするも、どちらも即座に立ち上がる。
この後もナナは足場を利用しての三次元攻撃と敏捷性を駆使したヒットアンドアウェイを、ダグは攻撃を受けながらも鋭いカウンターを叩き込み、瞬き一つ許されないようなギリギリの戦いが繰り広げられた。
「やるな! ではこれならどうだ! うおおおおお!」
「強化術ならわしも使えるのじゃぞ!」
互いに強化術を使い打ち合う二人の体から漏れ出した魔力が、蜃気楼のように二人の体を包み込む。両者とも元の身体能力から1.2倍程上昇しており、ナナは敏捷性が、ダグは攻撃の速度と威力がより際立って見えるようになっていた。
「ナナ、すげえ……」
「ダグ様とここまで打ち合えるだと? それもあんな子供が……ありえん……」
いつの間にか空いた口を塞ぎもせずに見ていたリオとリューンが、数十度目の攻防を終え距離を取り、肩で息をする両者を見て呟いた。
「ぜえ、ぜえ、ちくしょう、いい加減倒れやがれ、しぶとすぎんだろお前、ぜえ、ぜえ」
「はあ、はあ……それはこっちのセリフじゃ、はあ、はあ……フッ!」
先に息を整えたナナがダグに迫る。ナナの攻撃を回避しカウンターを狙うダグだがそれを回避したナナは僅かに後ろに下がり、肩で息をする。追撃の好機と捉えたダグが踏み込もうとした瞬間、ナナの拳が腹にめり込む。
「かはっ……」
ダグは一度距離を取り態勢を立て直そうとするが、荒い呼吸をしたままのナナの追撃に対応しきれず拳の連打からの飛び蹴りをモロに喰らい、吹き飛ばされて地面へと転がる。すぐに態勢を立て直そうとするダグだが膝が思うように動かない。しかしナナは荒い呼吸をしたまま追撃を行わず、距離を取ったまま互いを睨みつける。
「お前、呼吸ずらして、やがるな?」
「……流石よのう、あっさりと見抜きおったか」
そう言って荒い呼吸を止めるナナ。ダグはナナの呼吸のタイミングで攻防の機を見ていたのだが、ナナはそれを逆手に取りわざと呼吸の吸い始めや息を吐ききったタイミングで攻撃を仕掛けていたのだ。
「移動有りでの格闘戦は、わしの勝ちのようじゃな」
「器用な奴だぜ、ちくしょう。じゃあ次で最後だ……リューン! 拳皇を持って来い!」
その瞬間、固唾を呑んで見守っていた観衆達からひときわ大きな歓声があがる。ナナはその歓声に耳を傾けてみると、ダグが拳皇を装備してここで闘うのは初めての事らしい。
リューンが一つの包みを持って舞台に上がり、ダグに手渡す。ダグは包みを開けて中から一組のグローブを取り出し、両手に装着する。そのグローブは拳部分に硬い何かが貼り付けられた革製のグローブであり、それはナナが見たことのある生物の革と甲羅で間違いなかった。装着を終えたダグに観衆から大きな歓声が浴びせられ、ダグは両手を上げてその声に答えていた。
「降参するなら今のうちだぜ? この拳皇はな」
「魔術を霧散させるのじゃろ。わしの武器と一緒じゃ」
そう言ってナナが取り出したトンファーの外側に貼られたワニガメの甲羅を見て、唖然とするダグ。観衆も気付いてざわざわし始めた。
「お前どこでグランドタートルの素材を……いや、それより面白そうな武器持ってるじゃねえか。さっき見たこともねえ剣も持ってたよな? しかも空間魔術持ちか……おもしれえ。ナナ、だったか。ガキを虐めるみてえで気が乗らなかったけどよ、こっからは正真正銘全力で行かせてもらうぜ! うおおおおおおお!!」
「なんじゃと!? まだ上がるというのか!」
ダグは身体強化術に流し込む魔力を高めたようで、溢れ出る魔力の蜃気楼とナナの感じるプレッシャーは先程までのものを大きく上回る。一瞬にして間合いを詰めて放たれたダグの左拳をナナは回避しきれず、かろうじて右肩でブロックする。
すぐさま反撃に移ろうとしたナナだが、強化魔術の為に流していた右腕の魔力が急激に霧散してしまったことに気付き、ダグから距離を取るようにバックステップを行う。
「ぬう? ワニガメの甲羅の効果じゃな?」
「へえ、気付くのがはええな。グランドタートルの甲羅は魔術の邪魔をするんだ。その甲羅で殴れば、身体強化術も邪魔できるんだよ!」
右腕の身体強化術が阻害され再度大量の魔力を流し込んでいたナナに、ダグはここぞとばかりに襲いかかる。しかしナナは冷静に、威力を度外視した速さだけのトンファーによる攻撃をダグの足に当て、距離を取って右腕への身体強化を終える。ワニガメの甲羅による魔素阻害は幸いにも複製体の動きは多少阻害されるものの、ナナの体や再構築した部分にまで影響は無かったため安堵するナナ。
「厄介じゃのう」
「お互い様じゃねーか!」
ダグも足への強化術を再度施すと二人同時に踏み込み、ダグの右拳をナナは左トンファーで受け、伸ばしたトンファーでの突きをダグが左掌で受ける。
ダグは一度拳を引くと右の拳で連打を放つがナナは左のトンファー一本で受け、ダグの左ストレートが放たれるとナナは短く持ち替えた右トンファーをダグに合わせて突き出し、鈍い音を辺りに響かせて拳とトンファーが激突する。
ダグはナナを見てにやりと笑うと、再度右の連打を放つ。ナナはそれを同じように左のトンファーで受けるのだが今度は追いつかず、右のトンファーも防御に使う。そこに放たれたダグの左ストレートを受けたことで体制を崩したナナは、ダグの前蹴りを胸に受けて大きく飛ばされてしまう。
着地と同時に構えを取るがダグが追撃してこないと見ると、ナナは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。勝っていた身体能力が今は完全に逆転されていると見て、ナナもまたさらなる身体強化に挑戦しようとしていた。全身を巡る魔力に意識を集中させこれまでよりも早く、大量に流し込む。体中の筋繊維を活発化させた魔力がそのまま外へと溢れ出ることには意識を向けず垂れ流しにしておく。そしてナナを包む溢れた魔力の蜃気楼が、一気にその量を倍程までに増加させ漂い始めた。余裕の表情を浮かべていたダグの顔が、徐々に引きつっていく。
『ぴしり』
ナナは何か聞こえたような気がしたが、勝負を決めることが先であるとしてダグへと間合いを詰める。そこにダグの左拳連打が襲いかかるが、先程と違ってその殆どをナナはトンファーで受けず、ダッキングやヘッドスリップ、スウェー等のボクシングのディフェンスを駆使して回避する。
ダグの左ストレートが再度放たれると、ナナは間合いを詰めてダグの左腕が伸び切るより遥かに早いタイミングで払い除け、長く持ち替えたトンファーによる右ストレートをダグの顔面に叩き込む。しかし同時にダグも左のボディをナナに叩き込んでおり、両者が吹き飛び距離が離れるが互いに追撃を許さず、一瞬のうちに再強化を行い元の場所に戻って殴り合いを始める。
観衆達は息を呑み、物音一つ立てずに勝負の行方を見守っていた。そしていつまでも続くのかと思われた二人の殴り合いだったが、徐々にナナが押され始めていることに観衆達は気付き始め、一人がダグを応援する声を上げたのを皮切りにすり鉢状の広場を揺るがすような両者を応援する大声援が巻き起こる。
「ぜえ、ぜえ……どうしたよ、ナナ。動きが鈍くなってきたんじゃねえのか? 特に右肩がよお?」
「おぬしこそ折れた左拳でよくやるわい」
ダグはそのナナの言葉を聞いてニヤリと笑うと、間合いを詰めて左拳を振り下ろす。その腕を左トンファーで横から迎撃し、ダグの懐に飛び込み左の連打を放つナナの右腕は、力なく垂れ下がりかろうじてトンファーを握っているような状態であった。
ナナの右トンファーとダグの左拳を打ち付けあった際にナナの右肩関節部は破損していたのだが、騙し騙し使っていたものの自身の放った右ストレートによって、右肩関節が負荷に耐えきれず砕けてしまったのだ。
さらに武器と間合いの違いも差を広げる原因となっていた。ナナのトンファーは攻撃を受けるために手首から肘までをガードするように使うが、攻撃の際はトンファーを旋回させて伸ばさないと2メートル近い長身のダグに攻撃が届かないのだ。かと言ってナナの間合いまで近付くと迎撃の膝が飛んでくる気配があるため飛び込むことも出来ずに居た。
結果攻撃と防御の間にトンファーの持ち換えという一動作を挟まなければいけないナナの方が、その分不利になっていたのだ。
「それにしても……ぜえ、ぜえ。硬い仮面だなあ? おい。ぜえ、ぜえ。こんだけ殴ってもヒビ一つ入らねえなんてよ」
「これはヒルダから貰った大事なものじゃ。壊れぬよう保護ぐらいしておるわ」
実は何度か欠けたりヒビが入っているのだが、ナナは仮面表面にも複製体を貼り付けており、その都度その部分を吸収し即座に複製でくっつけるようキューに指示していたのだ。また全身を覆う複製体と同様に硬質化も行っているため破損もしにくくなっている。
「よこせ」
「やらんわアホ」
「……」
「……」
「さ、さて……このまま殴り合いを続けたいのは山々なんだけどよお、いい加減、決着といかねえか?」
「うむ、同意見なのじゃ」
互いに改めて構え直し対峙する。長時間の身体強化魔術に加え何度も掛け直しを余儀なくされたことで、お互い相当の魔力を消費していた。
ナナは左前の半身に構えトンファーを伸ばした左腕を体の中心線に沿って立て、ダグは腰を落とし右拳を腰の辺りに大きく引いて左掌をナナに向けるよう構える。この時ダグはナナの右腕が僅かに動いたのを見逃さなかった。
「行くぜ! おらああああああ!!」
ダグの強烈な右拳がナナに迫る。ナナはそれを左腕で逸らしながらクロスカウンターをダグの顎に向けて放つが、逸らした際の衝撃で肘と肩の関節部が破損してしまい、トンファーの先が力なくダグの顎先に触れただけだった。しかしその瞬間ナナの右腕が跳ね上がり、ダグの鳩尾へとトンファーの先端が迫る。
「やっぱりこっちが本命か」
ダグは鳩尾に僅かに触れ、めり込む寸前だったナナの右トンファーを折れた左手で握っていた。そしてナナの強化術が解けて力が抜けたのを感じ取ったダグは、勝負がついたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「勝負あったな?」
「うむ、わしの勝ちじゃ」
『バガァン!!』
突如響き渡る爆裂音。それはナナが左のトンファーに仕込んだ散弾が発射される音で、散弾はナナの左肩をかすめ幾つもの穴を開ける。発射された反動は本来それを抑えるナナの左腕が破損しているため、その先にあるダグの、トンファーが触れたことで強化術が解除された顎先へと向けられた。
「あがっ……」
『バガァン!!』
再度響く爆裂音。今度はナナの右トンファーに仕込んだ散弾が放たれる音で、散弾はナナの右脇腹を僅かにかすめ幾つかの穴を開け、その反動はダグの強化術の解けた鳩尾へと叩き込まれる。
体をくの字に折り曲げ屈み込んだダグの横顔にナナの右回し蹴りが叩き込まれ、2メートルの長身は膝から崩れ落ちていく。静まり返った広場に、ダグの倒れるドサッという音だけが大きく響く。
「ナナ!!」
リオの叫びに我に返った観衆から割れんばかりの歓声が響き広場を揺るがす。満身創痍と言っても過言ではないナナは比較的ダメージの少ない右腕を高く上げ、勝利を宣言するのであった。
「ナナお前、切り札隠し持ってやがったな……ちくしょう。つーか火を吹いた穴の方俺に向けりゃもっと早く決着着いたんじゃねえのか? 手加減したって言うのか?」
「おぬしが殺すべき相手なら、ためらう事無く向けたのじゃがな」
未だ歓声が鳴り止まぬ舞台上に、治療を終えたダグとナナ、そしてリオとリューイの姿があった。とはいえ疲労までは直せずダグはリューイの肩を借りて立ち、ナナは生体部品ではない骨格部の修理が出来ないため傷と見た目だけを治すと「よがっだあああ」と号泣するリオに抱きつかれていた。そのナナはキューに骨格の破損部修復を任せ、リオを宥めながら空間庫から一本の左腕を取り出す。
「あ? 何だその腕?」
「さっきの轟音を鳴らす武器、散弾筒と名付けたのじゃがの。その直撃を受けたヴァンの腕じゃ。流石にこんなもん殺す気のない相手に向ける気は無いのじゃ」
「え、じゃあ姉御、そんなもん自分に向けて撃ったの!?」
やっと落ち着きつつあったリオが驚愕の目をナナに向ける。
「姉御って何じゃ。無論当たらぬ角度になるよう調整して撃っておるわ」
ヴァンの腕を空間庫にしまいながら薄い胸を張るナナ。しかしそれを聞いたリオとリューイとダグの視線は、無数の穴が空き焦げ跡と血で汚れた、ナナの真っ白だったコートの左肩と右脇腹に注がれていた。
「……」
「……」
「……」
「……とりあえず休ませて欲しいのじゃがのう」
「わ、わかった! オレが姉御を運ぶよ! リューイさん、案内よろしくっ」
「な、ちょ、待たんか!」
リオはそう言うが早いか突然ナナを横抱きに抱えて持ち上げると、ナナへのツッコミを諦めて舞台から降りていくダグとリューイの後をついて歩きだす。
(お、お姫様だっこを……される側になるとは……これはこれで悪くないのじゃが……)
リオの腕の中に収まるナナは、休憩のためあてがわれた部屋につくまで指の一本すら動かせず固まったままであった。
その頃舞台脇に取り残され佇んでいるぱんたろーは、心なしか悲しげな表情を浮かべているようにも見えたという。




