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英雄とスライム  作者: ソマリ
魔王編
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2章 第2話N 人質

 リオと別れて二日後、拳王都市手前の小高い丘から都市を見下ろすナナは期待外れと言った感じでため息をつく。

 眼下にある拳王都市はどう見ても大規模な集落程度の代物で、都市と呼べるほどの文明レベルに達していないと感じたのだ。しかし広大な都市中心部には目を凝らすと木造とはいえ二階建ての建物が見え、人口もヒルダ集落とは比べ物にならない規模であった。都市の境界を示すような木の柵で隔てられた外側にまで家々が点在し、広大な畑には畑仕事をしている者の姿がちらほら見える。

 ナナはヒルダから聞いたダグの性格を思い出し、戦闘になる可能性も視野に入れてまずは目立たぬよう慎重に都市内での聞き込みを行おうと心に決めると都市へ向けて丘を下り始めた。


「何だそこの白いの、前見えてんのか?」


 しかし都市周囲に点在する家々を抜ける前に声をかけられ、ナナは都市にたどり着く前に足止めを食らう。


「ちゃんと見えておるのじゃ。拳王に聞きたいことがあって来たのじゃが、話を聞くことは可能かの?」


 ナナは話しかけて来た、腰に手斧をぶら下げた男の方へと顔を向けて話す。


「はんっ、てめえみてえなガキが拳王様に会えるわけねえだろ」


 そう言ってげらげら笑いだす手斧男。たいした情報はないと立ち去ろうとするが、そこに手斧男からさらに言葉が投げかけられた。


「そもそも許可証はあるのか? 都市に入るにゃ許可証を持ってなきゃ中にゃ入れねーぞ」


 それを聞いたナナは足を止め、柵の切れ目の方へ目をやる。屈強そうな男達が門番のように立っているのが見え、目立たないようにしようという計画が早くも頓挫したことを悟る。柵は余裕で飛び越えられる高さだが許可証を入手するべきだろうかと考えていると、立ち止まった理由を勘違いした手斧男がニヤニヤと近付いてくる。


「なあ白いの、抜け道があんだけどよ、食料か魔石と引き換えに連れて行ってやろうか?」


 手斧男の表情を見て嘘であることは確信しているのだが、ナナは敢えてその話に乗ってみることにした。空間庫から十数個の3センチに満たない魔石を取り出し男に渡す。


「お、おおお? ……いいぜ、こっちだ着いて来な」



 手斧男についていくと、門番から死角になる位置の、柵に近い一軒の建物に案内される。そこにいた男達の一人に手斧男が耳打ちすると、建物の奥へと案内される。そして床にあった隠し扉の先にあった地下道を通ってその先にあった建物から出ると、意外にも拳王都市の柵の内側だった。まだそれとなく警戒を続けるナナの前に、ここまで案内してきた手斧男が立ち止まって口を開く。


「それで白いの、拳王様に何を聞こうってんだ?」

「うむ。わしはヴァンという男と転移魔術に詳しい者を探しておるのじゃ。拳王が以前ヴァンと戦った話を聞いての、その話を聞くためここまで来たのじゃ。おぬしも何か知らんかのう?」

「ああ、その男なら知っているぜ。そいつの知り合いの居場所を知っているから案内してやるよ」


 わざとらしく口を開く男の案内に乗り、都市の中を男達に連れられ進んでいく。ついでに周囲の様子を窺うが、そこはまるでスラムの様であり、男女共に生気の無い目をした者か、下卑た笑いを浮かべる者ばかりであった。

 十分ほど歩いただろうか、周囲の建物に比べるとだいぶ広い家に通される。中には真昼間だと言うのに酒の匂いが充満し、酔っ払いがげらげらと笑う声がそこかしこから聞こえてくる。


「おやじ! 奥だ!」


 手斧男が酒場と思われる建物の主人に声をかけると主人は一度奥へ引っ込み、しばらくすると出て来て奥へと入るよう促す。奥に進むと酒場の奥には五人の男と二人の女がおり、木杯に入った酒をあおるように飲んでいた。


「で、この白いガキはなんだ」


 男達の中にいた猿顔の男が手斧男に向かって口を開いた。


「ええ、空間庫の魔道具を持っているか術を使えるようなので連れてきやした。それに見た目はこんなナリですがこのガキの足運びが只者じゃないので、兄貴達のお力をお借りしたく。このガキが持ってた魔石です、恐らく他にもたくさん空間庫に入れてるに違いありませんぜ」


 そう言って手斧男は十個の魔石を猿顔の男に渡す。


「へえ、おい白いの。これ全部お前が魔獣を倒して手に入れたのか? クズ魔石でもその歳でこれだけ集められりゃたいしたもんだ。他に持ってる魔石全部出しな、俺達が大事に大事に使ってやるからよ」

「それと空間庫の袋とか持ってるなら出しな、もし空間魔術持ちなら……正直に言えば、優しく飼ってやるぜ?」


 そう言ってげらげらと笑い出す男達。入り口は手斧男が塞ぐように立っている。


「どうしたんだいおじょうちゃん、怖くて固まっちゃったのかなー?」


 そう言って一番近くで酒を飲んでいた男がナナに向かって手を伸ばしてくる。ナナはその手首を無造作に掴むと『ゴキャッ!』握り潰した。室内に男の悲鳴と剣を鞘から抜く金属音が複数聞こえる。


「そこの手斧男よ、柵の外で仲間に『獲物だ』と耳打ちしたのは聞こえておったぞ。その上で着いて来たのじゃよ。後腐れなく使える手足になりそうじゃったからのう」


 ナナはトンファーを空間庫から取り出し両手に持つ。酒を飲んでいた男達は剣を手に切りかかるが、全てトンファーで受け流され体制を崩したところに一撃を受け次々と倒れていく。そこにナナの側面に回っていた女から、ナナ目掛けて氷の矢が飛来する。


「うそっ!?」


 しかしナナがトンファーを一閃すると氷の矢は融けるでも砕けるでもなく、霧散した。その様子に驚愕の顔で固まる女は、間合いを詰めたナナから腹部に一撃を貰い崩れ落ちる。残った者達は驚愕に目を見開いており、ナナはそのうちの一人である猿顔に向かってゆっくりと近付いていく。


「おぬしがここのリーダーじゃな。おぬしらに依頼じゃ、手下を使って情報を集めさせるのじゃ。わしが求める情報はヴァンという男の足取りと、転移魔術に詳しい者についてじゃ。転移については具体的に言うと、地上へ行く手段じゃな。報酬としてはこれだけあればよかろう」


 ナナは空間庫から3~4センチ級の魔石を五個と3センチ未満の魔石を二十個取り出しリーダーと思しき猿顔に渡す。


「断る、と言ったら……?」

「追い剥ぎ一味が壊滅し、わしの手元に魔石が増えるだけじゃ」


 ナナはリーダーの魔石がある位置を、トンファーの先で軽くとんとんと叩く。青ざめた猿顔は承諾の意図を込めて、深く頷くしか無かった。



 情報が集まるまでの間ナナは酒場の奥の一室を占拠し、骨格の木製部位をこれまでに完成した金属製骨格と交換していた。

 手足を取り外したり胸を開いたりして抜き取った木製の骨を、金属製のものに交換して取り付け直すという一見スプラッターな状況ではあるが、血液は擬態させたスライムであるため流れ出さぬよう操作できるし、切断面も吸収と再構築を行って繋げるため全て終わっても周囲に一切の痕跡は残っていなかった。ただし骨格の接続はそうも行かず、もともとヒルダが金属で作っていてくれた関節部と今回作った金属部位との接続が終わるまでには二日を要した。


 骨格の接続が終わるまで安静にしている必要もあったため、ナナは良い機会と言わんばかりにフォレストタイガーの肉体も再構築させていた。一部はヴァンの攻撃で失われていたものの、骨の一部や体表を道中で狩った魔狼やオーガを混ぜる事で不足分を補い、更には黄色い毛を全て魔狼のものと入れ替え、体長3メートルのホワイトタイガーゴーレムが完成する。元のフォレストタイガーと比較すると戦闘力自体は三倍近いが、ナナは戦力として作ったわけではなかった。

 ホワイトタイガーゴーレムの首の後ろには毛皮で外から見えないように取っ手が取り付けられており、背中は特に柔らかい毛皮を厚めに構築されている。ナナはホワイトタイガーゴーレムにまたがると、取っ手の握り具合と尻の収まり具合を確認して満足げに頷く。


「新しい体はどうじゃ、『ぱんたろー』よ」

「もんだいありません、ますたー。ぐるるるる」


 のどを鳴らしながら満足気に頷くぱんたろー。それはヒルダ邸を出る前に融合させた、パンダ型・ネコ型・ウサギ型ゴーレムの魔石を核として作動していたのだ。

 意外にも早い復活であったが、ヒルダ邸地下で吸収した闇の瘴気も魔素として大量に流し続けた結果であり、それがなければ数年を要したであろうとキューが教えてくれた。認知機能は以前インストールしたものをそのままにし、他の技能は虎の体に合ったものにインストールし直してある。

 なお吸収してあったフォレストタイガーの素材はこれで全て使い切ったためナナは虎への変化ができなくなるが、当分はヒルダとノーラから貰った体での活動がメインとなるため問題無しとした。

 そもそも今回ぱんたろーを作成したのは移動の手段として利用するためである。人型を一時的に空間庫に入れて虎や狼に擬態して移動する手もあるのだが、この身体に慣れる事ために当分の間完全擬態を封印しようと考え、こうしてゴーレム作成へと至ったのだった。


「ではしばし空間庫に入っておれ。移動の際は頼むのじゃ」


 背から降りたナナにのどを鳴らしながら頭をこすり付けてくるぱんたろーを、ナナは名残惜しそうに空間庫へしまう。抱きついて撫で回したい衝動に駆られていたのだが、ヒルダとノーラの姿が脳裏をよぎったため高揚し掛けた気分が一気に落ち込んでしまったのだ。そこへ部屋の扉をノックする音が響く。


「ナナさん、今何か獣の鳴き声のようなものが聞こえたんですが何かあったんですかい?」

「何でもないのじゃ。ところで情報の方はどうなっておる」


 ナナは扉越しに聞こえた手斧男の声に応えると、扉を開き部屋の外へと足を運ぶ。ナナがここに来てから四日、最初の夜は武装した男達の夜這いがあったものの、全員の手足をへし折って回復させて潰して回復させるというのを繰り返すと、全員からぜひ協力させて欲しいと涙混じりの嘆願をされたため、情報集めを全て任せていた。


「へえ、実はリューン様がヴァンの事を詳しく知っているらしいんですが、直接話をしたいそうで……ああ、リューン様はダグ様の側近で、実質的にこの拳王都市を治めている人ですぜ」

「ふむ、良いじゃろう。案内せい」


 手斧男はナナを案内するため回れ右をして歩きだす。その顔が一瞬ニヤリと歪んだが、後ろを歩くナナは気づくことができなかった。




 手斧男がナナを連れて酒場を後にしたのと時を同じくして、慌ただしく動く一団がいた。その先頭にいたゴリラ顔の男は、後ろを歩く猿顔の男に向かって優しく語りかけていた。


「全部兄ちゃんに任せな、いくらあの白いガキが強かろうともリューンの野郎と戦ったあとじゃボロボロだろうよ。それと人質はちゃんと見張っているんだろうな? お前がやられたようにあの白いガキの手足をへし折って、その目の前で人質のガキをいたぶるってえ楽しみが待ってるんだからよ、先に手え出させんじゃねえぞ?」

「大丈夫だよ兄ちゃん、手足折って逃げられないようにして女達に見張らせてるし、女達は兄ちゃんの趣味をよーく知ってるから。兄ちゃんこそナナを殺しちゃ駄目だからな、手下の前で恥をかかされた恨みは直接晴らさないと気が収まらないんだ。……あ、見えてきたぜ。あとは俺たちに任せて兄ちゃんは裏に回って準備してくれ」


 ゴリラ顔と猿顔の視線の先には、手斧男の先導で広場へ続く門をくぐるナナの姿があった。



「待てよ、ナナ」


 そう言って広場に入った直後のナナを呼び止めたのは、猿顔の男だった。不機嫌そうに首だけ猿顔に向けるナナに近付いた猿顔は、ドヤ顔で言葉を続ける。


「舐めた真似したら人質殺すぞ」


 ナナは顔だけではなく全身を猿顔に向けて、首を傾げる。


「はて、誰の事やら。身に覚えが無いのう?」

「リオって女のガキのことだよ、てめえを心配してこの拳王都市まで探しに来たって言ってたぞ? てめえの事を話したらコロッと騙されて着いてきやがったぜ?」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる猿顔。後ろでは手斧男も同様の表情を浮かべていた。


「で?」

「「え?」」

 だからどうしたと言わんばかりのナナの態度に、逆に困惑する猿顔と手斧男。ナナは深くため息をつくと再度口を開いた。


「ただの顔見知りじゃが放っておくわけにもいかんでのう、早く続きを言わんか。わしに何かさせるためにここに連れてきたのじゃろ? そうでなければ酒場で人質を盾にわしを襲っておるはずじゃからの」

「お、おう、話が早えじゃねえか。今からてめえにはリューンと戦ってもらう。そして、リューンを殺せ。その後で俺の兄貴、バイドという男がてめえに戦いを挑むが、兄貴には負けろ。そうしたらてめえも人質も命だけは助けてやる。それと一切口を開くな、今から一言でも喋ったら人質を殺す。わかったらさっさと広場の中に進みな」


 そこまで聞くとナナは無言で広場へと足を進め、手斧男が慌てて着いて行く。そのまま少し進むと広場の中央がすり鉢状になっているのが見え、そこにはまるで観客のような沢山の人と、さらにその中央にある円形の舞台とその上に立つ複数の男たちの姿を視界に捉えた。


「ダグ様の暗殺を企んでいる者というのはその娘か!」

「は、はい、リューン様! こいつがダグ様暗殺の為に俺達にダグ様の事を調べさていた黒幕です!」


 まっすぐに舞台へと上り中央付近まで進むと、男達の中央で太い槍を持って立つ橙色の髪の男が手斧男に向かって大声を張り上げ、手斧男は恐縮したような素振りで嘘を並べる。


「子供にしか見えないが、話によると見た目にそぐわぬ相当な実力者らしいな。ダグ様の手を煩わせることもない、俺が相手をしてやろう。行くぞ!」


 そう言うとリューンと呼ばれた男は槍を頭上で一振りするとナナに穂先を向ける。周りに居た男達と手斧男は蜘蛛の子を散らすように舞台から飛び出て行き、それと同時にリューンは槍の間合いまで一気に詰めると穂先をナナの心臓・両肩・腹部目掛けて四連続の突きを繰り出す。

 観衆たちの悲鳴やリューンを応援する声が響く中、事も無げに回避するナナ。そこに槍による足払いが迫ると僅かに後ろへ下がることで回避するが、足元近くで地面を叩いた槍の穂先が跳ね上がり、ナナの胸へと迫る。しかしそれも軽く身を捩って回避すると、ナナはそのまま引き戻される槍の穂先近くを掴み、槍を止めてリューンと対峙する。瞬間、観衆たちの声がわあっと響く。


「ほう、確かに相当な実力があるようだな。子供と侮らず全力を出していたつもりだったが、こう安々と私の槍を止めるとは。しかし暗殺を企むような卑怯者に負けるわけにはいかぬ!」


 リューンは自信を応援する観衆の声援に答えるように、槍を持つ手に力を込めると捻りながら押し込み、槍から手を離したナナとの間合いを詰めて前蹴りを繰り出す。

 ナナはそれを交差させた腕で真っ向から受け止めると、一歩踏み込みリューンの足を押し返す。リューンは驚愕の表情を浮かべたままバランスを崩して後ろへ下がり、槍の間合いよりも少し離れた位置で態勢を立て直し槍を構える。


「……貴様、なぜ追撃しない。それどころか防御ばかりで攻撃してこないのは何故だ」


 リューンはナナを睨みつけながら口を開いた。わずか数合打ち込んだだけであるが既にナナとの実力差に気付き、悔しさに顔を歪めている。


「うむ、実は少々人捜しをしておっての。今やっと見つけたところじゃ。迎えに行ってくるでの、少しばかりそこで待っておれ」


 そう言って明後日の方へと視線を向けるナナに、怪訝な表情を向けるリューン。


「一体何を……へ?」


 その目の前からナナの姿が忽然と消え去り、只々呆然とするだけしかできないリューンと観衆たちであった。



 猿顔からリオの名を聞いた瞬間から魔力視の範囲を広げ、リオを探していたナナだったが、距離が離れすぎているため思うように視ることができずにいた。そこで転移門を駆使して探っていくうちに『感覚転移』とも言える技を会得し、その感覚転移を駆使してリオを捜索する。

 上空に飛ばした視覚から猿顔の手下を見つけ、それらが守っていると思われる建物内へ視覚を転移させると、ようやくリオを発見することが出来た。しかしリオは酷い有様で、意識はあるようだが手足の骨が折られ地面に転がされている状態であった。

 リューンに一言断りを入れたナナは、リオの元へ転移すると同時に室内に居た見張りの女性二人の首を、ためらう事無く直刀で切り落とす。


「ナ……ナ……?」

「巻き込んでしまったようですまなかったのう。今治療してやるでな、少し待っておれ」

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