5章 第40話N+ 戦いの果てに
頭がぼーっとする。
全身の痛みも無い。
……痛み? 何の?
……ああ、私の魔石が割れかけていたんだっけな。
私は一体、どうなったんだ。
死に掛けているの?
思い出せない。
それにこの……全身にまとわりつく感覚。
気持ち悪い。
深いヘドロにでも落ちたような、まるで全身を嘗め回されているような、鳥肌が立ちそうな……。
考えるのをやめよう。
……あれ……何か、聞こえてきた。
私を呼ぶ声?
どこから……。
目は、開かないけど……何か、見えてきた。
たくさんの人が、大きな像に向かって祈っている。
私の名前を、心の中で何度も何度も何度も呼びながら。
祈っている人達に、見覚えがある。アーティオンの住人だ。
何故だかわからないけれど、ほんの少し力が湧いてくるような気がした。
顔をよく見たかったのに、いきなり場面が変わった。
違う場所で、そっくりな像に祈る人達が見える。
今度も見覚えがある。セーナンの住人だ。
ここでもやっぱり、力が湧いてきた。
でも体がいうことを聞いてくれない。
また、場面が変わる。
ここは……フォルカヌスの皇都?
今度は、空に向かって皆が祈ってる。
場面が変わるたびに、私を呼ぶ声がどんどん大きくなっていくのはなんでだろう。
何を見ているんだろうと思って空を見ようとしたら、また場面が変えられた。
セーナン市街地、アトリオンやアイオンの市街地や小さな集落など、次々場面が変わっていく。
その全てで人々が空を見上げて祈っている。
アーティオンなんて深夜なのに、みんな何を見ているんだろう。
どんどん力が湧いてくるけど、どこかに流れ出ているような感覚がある。
次は……街の奥まったところに生える巨大な樹が、桃色の光を放つ都市が見えた。
ブランシェだ。
祈り、叫び、泣きながら……私を呼ぶ人達の声で、都市が揺れている。
みんなの視線はやっぱり空に向けられている。
私はゆっくりと、視線を上へと向けた。
少し上を見ると、ブランシェの外側に何かが何度もぶつかり、そのたびに障壁が発動しているのがわかる。
その更に上を見上げると、空に巨大なスクリーンが見える。
映っているのは赤黒い炎に包まれた、3メートルくらいのドラゴン。
ぼたっ、ぼたっと炎の塊を地面に落としながら、ブランシェに向けてゆっくりと近付いている。
時折ブランシェに向けて口から熱線を吐いていて、そいつが頭を上げたとき胸に何かが見えた。
裸の女の子だ。
もやがかかったように見える上半身の、前側半分だけが竜の胸からはみ出してて、背中や両腕、お腹から下がどろどろに溶けて、竜の体に埋まってる。
そして赤黒い竜を取り囲んでいる、十数人の男女。
みんな、ひどい怪我だ。
そのスクリーンの中で、金髪の少年が竜の炎をかいくぐって少女に抱きついた。
「ナナ!! 起きろ!!!!」
息が届きそうなほど近くで聞こえたその声が、暖かくて。
こんなに近いのに、とても遠いのが、哀しくて。
手を伸ばしたいのに、動かせない。
「ヒデ……オ……」
画面の中の少女が、消えそうなか細い声で少年の名を呼んだ。
同時に全身を走る、気絶しそうな痛み。
そうだ。
私はヴァンに胴体を真っ二つにされて……喰われているんだ。
今度こそ本当に目を開けた私の目に、私をヴァンから引き剥がそうとしているヒデオが映った。
私の視界いっぱいに広がる、泣きそうな顔をしたヒデオ。
「ナナ? ……ナナ!! 今、助け――がはっ!!」
ヴァンの拳が、ヒデオの体を横へ吹っ飛ばした。
直後に飛びついてきたのは、リオとセレスだ。
「姉御! 約束したじゃんか!! 生きて帰るって!!」
「ナナちゃん! 目を覚まして! 負けちゃだめよ!!」
二人とも体のあちこちにひどい怪我を負い、血を流しすぎたのか顔色も悪い。
今も炎に焼かれ、肉が焦げる匂いがしている。
そのときドンッという鈍い音が二度聞こえ、そっちに視線を動かすと、ヴァンの右腕をダグが、左腕をオーウェンとレーネとペトラとミーシャが押さえつけていた。
「てめえコラァ! ここで終わっていいのかよ!! ああ!?」
「ナナ様! ぼくこんな終わり、嫌だよ!!」
「にゃにゃ様! あたしが戻ったらブラッシングしてくれる約束にゃ!!」
ダグは腹に大穴空けてるしペトラもミーシャも腕や足が折れてるのに、全身でヴァンの腕を押さえつけてる。
「ナナ様に! 女神の騎士として認めてもらうまでは!! 絶対死なせません!!」
「嬢ちゃんにまだ恩返しも済んでねえし、美味い酒ももっと一緒に飲みてえんだよ!!」
レーネもオーウェンも全身の半分近くが黒く焼けただれ、残りも血で真っ赤に染まってるし、オーウェンに至っては左腕が無くなってる。
そんな皆を振りほどこうとするヴァンの肩に氷や岩の槍が降り、足元に開いた穴がヴァンの右足を飲み込んだ。
「ナナちゃん、もう一度起きて無茶しないと、許さないかも!」
「ん。そろそろおっぱい丸出しに気付いて、ぎゃーって叫ぶ頃」
「ナナ! いい加減目を覚ましなさいよ!! ローラも帰りを待ってるわよ!!」
エリー、サラ、シンディも、火傷だらけじゃないか……。
出てるの気付いてるけど、動かないんだよう……動け、動けよう、私の体……。
そのエリーたちに向かってヴァンが放った熱線が、途中で障壁に阻まれてかき消えた。
ジル……だけの、障壁じゃない。足元にいるスライムは、グレゴリーかな……。
「私に女としての幸せを下さったナナ様に、今度は私が教えて差し上げる番ですわ!」
「ナナさん! 僕はナナさんと話したいことがたくさんあるんだ!!」
お化粧とか、もうちょっと教わりたかったなぁ……。
私もグレゴリーや、みんなと話したいことがまだまだあるよ……。
「ナナさん……ありがとうございました。あなたと共に過ごした時間こそが、僕にとって一番の宝です。……リオ君。あとは頼みます」
声がする方を見ると、右半身が焼かれて炭になったアルトが、小さな小箱を持って私を見ていた。
私をヴァンから引き剥がそうとしているリオの目から落ちた雫が、私の肩を濡らした。
リオが……泣いてる?
あの小箱は……いや、だ……嫌だ!!
手足が埋まって動かない?
それがどうした!
「あ……あ……あああああああああああっ!!」
痛みが何だ!
どこからか流れ込んでくる力と声が、私の背中を押してくれる!
「うあああっ!!」
私は、何だ!!
私は……スライムだ!!
「ヒデオ!!」
「っ! ……おう!!」
細かく説明してる暇は無い。魔力線を通して用件だけを伝えたヒデオが、もう一度私に駆け寄り、右手を突き出した。
私の胸の中心を貫く、ヒデオの右手。
そして私に吸い込まれるように消えていく、ヒデオの姿。
「姉御!!」
「ナナちゃん!!」
私を引き剥がすためにヴァンに触れ、ひどく焼け一部は溶けていたリオとセレスの手を、優しく私で包む。
そしてヴァンに囚われている義体……いや、吸収されかかっている私の体の多くを切り離し、残った部位の全てをスライム化して、二人と一緒に飛び出すっ!! ぷるんっ!!
飛び出した私はリオとセレスを離し、アルトの手から小箱を奪う。
魂破壊の術式……自爆なんかさせるか!
リオを泣かすな! ばか!!
でも……ありがとう。ごめんね。
「みなの声、しっかりと届いておったぞ」
スライムを人の形にし、肩から上だけをいつもの義体の姿に変える。
それ以外は半透明の水色スライムで、割れかけた魔石は橙色のスライムが包んでいる。
魔石をコーティングするだけの力が私に無かったので、ヒデオにコーティングしてもらっているのだ。
「すまんのう、わしが不甲斐ないばっかりに」
見渡して一人一人の顔をしっかりと見て、目に焼き付ける。
すると私の存在に気付き、前足を押さえているダグ達を振りほどいたヴァンが、ズンズンと思い足音を立てながら向かってきた。
さっきまで喰われかけていたからわかる。
もうヴァンには、人としての意識なんで欠片も残っていない。
あるのは欲望と……私への執着だけだ。
「皆との暮らし、楽しかったのじゃ。もっと……楽しく、暮らしたかったんじゃがのう……」
「何を……言ってるの? 姉御??」
ふらふらと近寄ってこようとするリオより早く、私はヴァンへと間合いを詰める。
「ありがとうなのじゃ。とても楽しい、二度目の生であったぞ」
私が近付いただけで動きを止めたヴァンの体に手を伸ばし、炎を上げる体表に触れる。
あまり遠くまでは行けないか。
駆け寄ってきたリオの気配を感じながら、私は転移魔術を発動させた。
出現地点は、ブランシェ北東。
ヴァンに喰われた、小型世界樹があった場所だ。
割れそうな魔石はヒデオが押さえつけてくれているけれど、たったこれだけの転移なのに私自身の形が保てなくなり、痛みで意識も飛びそうになってる。
魔術もまともに使えない、格闘も出来ない。
義体は液状の魔石に変質して無くなっちゃったけど、まだ魔石が核になっていることに変わりはない。
今の私が出来ることは、スライムを操ることだけ。
ヴァンに触れている部分から、ヴァンが私を食べようと、吸収を始めている。
竜の形をしていても、こいつはスライムと一緒だ。
スライム同士の戦いで……負けるわけには、いかない。
上空に空間庫を開き、中にしまってある私の体の全てを放出する。
いろいろ使ったり減ったりしてるとはいえ、世界樹を四本食べて増えた私のスライム体だ。
潰れろ、ヴァン。
「不本意じゃが、わしにとってこの世界で最も長い付き合いなのは、おぬしなのじゃ。じゃがのう……」
「ナァ……ナァ……ア゛ァ、ア゛ア゛ァァ……」
『ドドドドドドド!!』
スライムの濁流に押しつぶされ、呻くヴァンを吸収する。
だが私のスライムに触れた部分からヴァンも同じように吸収を始め、一進一退の攻防を続けている。
濁流と同化した私はそれを感じつつ、アルトから奪った小箱を開ける。
「欲望のままに他者の命を奪うおぬしを生かしておいては、私の大事な者達が……平和に、幸せに暮らせぬのじゃ……」
ヒデオ、ありがとう。
約束守れなくて、ごめんね。
愛してる。
私の本体を包むヒデオの叫びを聞きながら、私の中のヒデオを転移させる。
「わしは生かすために、おぬしの生命を奪う。お別れじゃ……ヴァレリアン」
魔法陣、発動。
私の魂を全て使って、ヴァンの存在全てを、否定してやる。
私と一緒に、滅べ。
―――
………………子供の鳴き声が聞こえる。
こんな暗闇で、いったいどこから?
目を凝らすと姿が浮かんできた。
青い髪の、子供。
というか、ヴァンだこれ。
ぐぬぬ……子供の姿じゃなきゃぶん殴るところだけど、そうもいかないしなあ。
とりあえず慰めるべきかと近寄ると、私の姿を見て目を丸くした。
変な姿かなぁ? ……普通のスライムじゃないか。
自分の体を見てから顔を上げたら、子供だったヴァンがどんどん大きくなり、知ってる姿になったところで成長が止まった。
私が初めて会ったときの、中年を過ぎ初老に差し掛かったおっさんだ。
「どっせえええい!!」
「がっはああああ!!」
その姿なら、殴るのに遠慮なんかするわけがない!
「い、いきなり何をする! ナナ!!」
「あ、私のことわかるんだ。じゃあ遠慮しなくていいよね!」
「ま、まて、ここはどこ、げふっ! 一体私はどう、がはあっ!?」
とりあえず死なない程度に気が済むまでボコりました。
たっぷりと1時間ほど。
ふう、すっきり!
悶絶するヴァンは放っといて、魔力視発動。
どこまでも続く、何にも無い空間。
魔素すら無い。
はぁ。
何でこうなっちゃったかなー……。
「で? 望み通り、二人っきりの世界だよ。このあとヴァンはどうしたかったの? あ゛あ゛?」
ヴァンのぼっこぼこに晴れ上がって青と紫のまだら模様になった顔を、ヤンキー座りしながら睨みつける。
スカートじゃないし人型スライム体だから恥ずかしくないもんね。
てゆーか顔も無いから、睨んでるかどうかヴァンにはわからないかーあははー。
「わ……わたし、は……ナナに……私を見てもらえるだけで……」
「私に自分を見てもらいたい、愛してもらいたい、それだけ?」
「そう、だ……私と真剣に向き合ってくれたのは、ナナだけだから……」
ため息しか出ないわ。
「そうせざるを得ない状況だったからだよ! 向き合いたくて向き合ってきたわけじゃない!! ……それにそれ、別に私じゃなくてもよかったよね? ヴァンは自分を見て、愛してくれる人なら、誰でも良かったんだ」
「……違う。私は……ナナが……」
「私が元男でも? 映像見たよね? 私は元人間で、元男だよ。そして今は、性別の無いただのスライム。しかもヴァンの顔すら見たくないほど大っ嫌いで、ヴァンを愛する可能性は全く無い。絶対に無い。死んだほうがマシだし、死ぬくらいなら先に殴り殺す。それでも良いっての?」
しばらく答えを待ったけど、ヴァンは無言で私の顔、というか頭の辺りを見ているだけだった。
何度か口を開こうとし、そのたびに言葉を飲み込むようなしぐさを見せたけど、それだけ。
「ねえ、ヴァン。お前の境遇には、正直に言うと同情するよ。でもね、いい大人がいつまでも母親の呪いに囚われてんじゃないよ。お前は母親の笑顔が見たかったようだけど、お前の幸せってそれしかないの? 他の幸せを探すこともできたんじゃないの?」
「私の……幸せ、だと……?」
「そう。ヒルダとノーラと三人で、暖かい家庭を築く可能性だってあったはずだよ。私とも友人または家族として、一緒に暮らす可能性だってあった。でもそれ、全部ヴァンが自分でぶっ壊したんだよ?」
ほんと、ばっかみたい。
「ヴァンは愛されたかったんだよね? でも……誰かを愛するってことを、知らなかった。本当はヴァンに愛情を教えるはずの母親が……狂ってたんだから」
「かあさんは……狂ってなど!」
「狂っていたんだ」
起き上がり私を睨みつけるヴァンの頭を両手で包み、胸に抱く。
嫌がって逃げようとしたけど、力ずくで抱き寄せる。
「こうして抱きしめられたことも無いんでしょ? 撫でられたことも無いんでしょ? 認めたくないよね、大好きな母親が……自分の事を憎み、殺そうとしていたなんて……」
「違う……違う! かあさんは……俺を……愛、して……俺、を……」
「ヴァンの知っている愛ってなに? 私の知っている愛っていうのは、与えるものなんだ。相手を思いやること。相手の幸せを願うこと。弱い者を慈しみ、手を差し伸べること。愛情にも、様々な形がある。そのどれもが、与えることから始まるんだ」
私の腕を振りほどこうとする力が、どんどん弱くなっていく。
「ヴァンはヒルダに、安全と引き換えに愛を求めた。私には、平和と引き換えに愛を求めた。……そんなやり方しか、知らなかったんだね。幼い頃に自然と教わるはずのことを、知らないんだものね……」
「俺、は……」
「ヴァンの母親は、ヴァンに何を与えてくれた? 母親に笑顔を向けられるためには、対価が必要だったんだよね? ヴァンもそれを愛だと信じ、ヴァンなりの方法で精一杯母親を愛したんだよね。でもね……愛情ってのは、対価と引き換えにするものじゃないんだよ……」
「……う……うぁぁ……あ、あぁぁ……」
ほんと、しょうがないなあ……何やってるんだろ、私。
ヴァンが泣き止むまでしばらくかかりそうだけど、仕方ないか……。
「落ち着いた?」
私の胸で声を殺して泣いていたヴァンの体から、力が抜けたのを見計らって声をかけてみる。
「……ふん。まさか人の胸を借りて涙を流す日が、この俺に来るとはな……」
「どっせえええええい!!」
「がっはああああああ!!」
元気になったみたいだからもう一発殴っておこう。
ヴァンの顔のまだら模様も消えてるし。
「ナナ貴様! 何なんだお前は!!」
「なんか自分だけすっきりしてる顔なのがムカついた。口調まで変わってるし」
「うぐっ……はぁ……言い返す余地もない……なんせこんなにも晴れやかな気分になったのは……生まれて初めてかもしれないな……」
口調が変わったのは、心の壁みたいなのが消えたからかな。
これがヴァン本来の話し方なのかな。
「やっぱりもう少し殴っておくんだった。具体的に言うとあと12時間くらい」
「死んでしまうじゃあないか。……いや……もう、死んでいるんだったな……」
ヴァンの体が、どんどん透けていく。
思い残すことは無いってか……けっ。
「さようなら、ヴァン。私はお前のことが心の底から嫌いだけれど……次の人生があるのなら、今度は愛情を注いでくれる親の元に産まれるよう祈っているよ」
「ああ……そう、だな……ありがとう、ナナ。貴様に出会えて……良かった……」
「私は出合いたくなかったよ! でも……ヴァンがいなかったら、私はノーラやヒルダと出会うことも無かったんだろうね。それどころか、スライムとして生まれ変わることもできなかった。ヒデオや、エリー、リオやダグ、アルトにセレス、皆に会うことすら無かったんだ。でも……感謝なんかしてやらない」
「それでいい……俺は貴様に感謝はするが……謝罪はしない。俺は俺が望むことを成そうとしただけだ。だが……生まれ変わり、か。そうしたら……俺も……違う道を……」
光の粒子になって消えていくヴァンを、その粒子が完全に消えて無くなるまで見送ることにする。
次は違う道を歩めることを、心から祈っているよ。
今度こそ本当の、お別れだ。
さようなら。
「はぁ……。で……そろそろ説明してくれないかな? シュウちゃん?」
「……なぜ、気付いたのですか?」
「勝手に全世界に放送始めるし、花は咲かせるし、何よりヴァンが世界樹食べた辺りでいなくなったよね? 怪しさ全開だよね?」
そうなんだよなー。少なくともヴァンが世界樹を食べ始めた時は私の中にいたけれど、私がヒデオと合体して竜化した時点では、シュウちゃんの意識は既に私の中にいなかった。
「それに私スライムの姿してるけど、これ肉体無くて魂だけだよね」
考えていることの中で、話そうと思った言葉がそのまま外に出ている感じ。
私が『喋ろう』と思って口に出す言葉は、全てのじゃ口調だ。今私が発している言葉は、全て頭の中で考えている言葉そのものだ。
それにヴァンがおっきくなったり、ボッコボコにしてやった怪我が治ったり。
普通の体じゃないのはわかってる。
というかここ……死後の世界? 現世とあの世の中間、みたいな……。
あーあ……。
「で、一体シュウちゃんは何がしたかったの?」
―――――
ナナに無理やり転移させられた俺は、すぐにナナの元へ戻った。
自分の魂を破壊し、暴走する魔力を使ってヴァンを倒そうとするナナを守るためだ。
レイアスが以前、魂が破壊されようとしていた俺、というか前の俺をかばおうとしてくれたことがある。
だから俺も、そうしようと思った。できるって信じて疑ってなかった。
魔力視の出力を上げてナナの魂らしいものを見つけ、虹色に輝くスライムの滝の中で崩壊するナナを集め、以降の崩壊を肩代わりしたあとは無我夢中だった。
いつの間に気絶して、いつ目が覚めたのかもわからないけど、気がついたら暗闇にいた。
とりあえず光の魔素を集めて明かりをつけたら、壁も床も虹色に光を反射し、一気に明るくなった。
壁も床も、木の幹や枝が絡まってできたような、広い空間にいるらしい。
少し高くなったとこに、ナナが寝ているのが見える。
少女姿の、ナナ。
「うそ、だよな……ナナ……」
俺の視界が一歩ごとに歪む。
斜めになった床に背中側の半分が同化している、ナナ。
その肌は真っ黒で、俺が出した明かりを反射して鈍く光っている。
「あ……ああ……ナナ……ナナ!!」
俺は、こんな結果を見るために、戦ってきたんじゃない。
「何で魔石になってんだよ! 何で何も答えないんだよ!! 何で!! 何で……俺との、魔力線が……切れてるんだよ……ナナ……」
足元に落ちている、三つに割れた黒い塊を抱き上げる。
……ナナの……魔石だ。
「う……あ、ああ……あああああああああああ!!!!」
守れなかった。
俺一人、生き延びてしまった。
泣いても、叫んでも、ナナを呼んでも、何の反応も無い。
体を揺すろうとしても、抱き上げようとしても、床と同化したナナの体はびくともしない。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
何時間なのか、何日なのか、何ヶ月なのか。
冷たいナナの体に空間庫から出したマントをかけ、外へ転移した。
密閉された空間から外に転移して、初めて自分がいた場所がわかった。
一目では太さが計り知れないほどの、巨大な世界樹の幹の中だった。
それはナナが植えヴァンが吸収した小型世界樹があった場所にそびえ立ち、巨大世界樹から北の方へと広大な森が広がっていた。
ブランシェに戻った俺はこの時、あの戦いから三年も経っていたことを教えられた。
そこで俺を出迎えたのは、エリー・サラ・シンディの平手打ちとボディーブロー、そして熱い抱擁だった。
「ごめん……俺、ナナを連れて帰ることが……ナナを、守れなくて……ナナは……」
……何で三人共、キョトンとした顔してるのかな……。
「もしかしてヒデオ……ナナちゃんが死んだって思ってるかも?」
「寝坊してるだけ。そのうち起きる」
「ナナがあれくらいで死ぬわけ無いでしょ! バカ!!」
……はい?
ため息混じりにエリーが教えてくれた。
……ナナの作ったゴーレムもスライムも、全部普通に稼働してるって。
それがナナが生きている証なんだって。
「ロックも眠ってたけど、去年起きて今は普通に魔王邸にいるわよ。早く行って説明してきなさい! ……戻ったら、ローラとハルトとティナが初めて歩いたときの映像、見せてあげるから……早く戻ってきなさいよね……」
「あ、ああ……行ってくる……」
……俺の、早とちり?
ナナは生きてる?
は、ははは……ははは!!
良かった……眠っているだけなんだな……。
早とちりの恥ずかしさを我慢しながら魔王邸へ行くと、皆に迎えられ無事を喜ばれた。
ロックが目覚めてすぐに俺の無事もわかったらしいが、世界樹の中にいるようだったので手出しができなかったそうだ。
そこでロックから聞かされた事実を、俺は簡単に認めることが出来なかった。
ロックが目覚めたことで判明し、今はまだ一部の者以外に伏せられている事実。
ロックそしてキューちゃんと、ナナとの繋がり。
リオやアネモイ、アルトたちと、ナナとの繋がり。
ナナの作ったゴーレムも、スライムと、ナナとの繋がり。
その全てが切れていた。
ゴーレムたちは理由はわからないが、魔石生命体として魂を宿したため動いているのであって、ナナが生きている証拠では無いと言う。
それから俺はロック達を連れてナナのいる世界樹の中へ転移し、皆と一緒にナナを蘇生させる手段を探す日々を送ることになる。
月日は流れ、俺は一人でナナのいる部屋で過ごす事が多くなっていた。
ある日、ピシッという音が、ナナの方から響いてきた。
ロックがシュウちゃんから聞いた時間どおり。待ちに待った瞬間だ。
魔石化したナナの体に大きなヒビが入り、真ん中から真っ二つに割れる。
そこから出てきた魔石の無い、半透明の虹色スライムに手を伸ばすと、見慣れた少女の姿に形を変えながら俺の胸に飛び込んできた。
「……おはよう、ナナ」
「おはよう、なのじゃ……ヒデオ……」
久しぶりに感じるナナの暖かさが、俺の心に、全身に染み渡る。
耳の少し上にある、しっかりとしたツノ……古竜の力を得た証を眺めながら、ナナの頭をゆっくりと撫でる。
ああ……ナナだ。
ナナが……本当に、目覚めたんだ……。
「ナナ……う……うあぁぁ……良かった……本当に……目覚めた……うぁぁぁぁ……」
「な、ヒデオ、その……心配かけたのう……」
俺が泣き止むまで待っていてくれたナナだったけど、キスしようとしたら殴られた。
「調子に乗るでないわ! ……全くもう……」
懐かしい痛みにまた泣きそうになるけど、まずは空間庫から包を一つ取り出し、ナナに渡す。
何だろうって顔で上目遣いに俺を見るナナが可愛くて、もう一度抱きしめようとしたらまた殴られた。
「ジュリアから、預かった。いつかナナが目覚めたら、着せてあげて欲しいって」
「そう、か……ジュリア……ん。……んんん?」
あ。来る。耳塞いでおこう。
「うぎゃあああああああああ!!」
全裸だってことに今更気付いたナナの叫びが、世界樹の中にこだまする。
そして俺は、ナナの背中から生えたスライムの触腕で顔面を殴られた。
「耳ではなく目を塞がぬかバカモノ! このスケベ! □リコン!!」
最後のはひどすぎると思う。
ナナに背中を向けて着替えるのを待ち、もういいよという声に振り返る。
真っ白なキャミワンピースのあちこちに、レースや刺繍で虹色の飾りが付けられた綺麗な服だった。
虹色が混じる白い頭の上では、真っ赤なリボンが揺れている。
「ふふふ……どうじゃ?」
「可愛いよ、とても似合ってる」
「そうじゃろう、さすがジュリアじゃな。それにほれ、ジャケットもあるのじゃ! わしの翼を出す穴まで空けられておる!」
天使のような真っ白な翼を広げ、くるくると回っていたナナが、ピタリと動きを止めた。
ゆっくりと俺に顔を向けるナナの顔は青ざめ、今にも泣き出しそうだ。
「ジュリアから……預かったと言ったのう? ……いつかわしが目覚めたら、とは……どういうことじゃ? それに……ここは、どこなのじゃ?」
「……ナナ……落ち着いて、聞いて欲しい。まずここは、世界樹の中にある空洞の一つだ」
次の言葉を口にするのは、気が重い。
でも……言わなきゃね……。
「ナナが戦い、平和を掴み取ったあの時から……千年経ってる」
膝から崩れ落ちそうになったナナを抱きとめ、震える体を優しく包む。
「せん……ねん……? うそ、だよね……?」
「本当、なんだ……」
「うっ……う……うあぁ……ああああああああああああぁぁ!!」
小さな嗚咽が段々と大きくなり、号泣し始めたナナの鳴き声が、空間にこだました。
ごめん……ナナ……。




