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英雄とスライム  作者: ソマリ
幼少期編
22/231

1章 第22話N 忘れることのできない日

 ノーラの誕生祝の日がやってきた。今日は研究室の倍ほどの広さがある部屋に、ヴァンと集落の代表者六名を招いて食事をすることになっている。

 ナナは一言もしゃべれないうえノーラに抱かれっぱなしで過ごすことが決まっていたため、厨房の引き出しを一つ時間停止型の空間庫に改造し、よく冷えた蜂蜜プリンと焼きたてのハンバーグトリュフ乗せを仕舞い給仕を全てメティに任せてある。

 三体ある最上級ゴーレムは全身鎧を着せ、うち一体は他の鎧ゴーレムと一緒にエントランスへ、他二体は広間の角に目立たないよう立たせてある。既にノーラとナナ、そして給仕をしているメティを除き全員が広間に集まっている。



「ナナ、似合うかの?」


 今日のノーラの出で立ちは薄青のフリルで飾りつけられた白地のドレスに包まれており、桃色の髪はいつものツインテールではなく、白く大きなリボンで後ろに纏められている。足は膝上までの白いニーソックスに包まれ、髪とお揃いの、ぴかぴかに磨かれた桃色の靴を履いていた。


「うむ。とても綺麗じゃぞ、ノーラよ。広間で待っておる皆の反応が楽しみじゃな、早く行ってお披露目するのじゃ! 皆ノーラに見蕩れること間違いなしじゃ!」

「わ、わかったのじゃ……ナナも一緒に行くのじゃ」

「もきゅっ!」


 緊張でがちがちのノーラだったが、久しぶりに聞くナナの『しゃべれないフリ』時代の鳴き声を聞いて吹き出し、顔に笑顔が戻る。一度強くナナをぎゅっと抱きしめると、体の力を抜いて広間の扉へ手をかける。



「ノーラ、十歳おめでとう。今日も綺麗よ」

「ノーラ様、おめでとうございます」

「ほう、随分大きくなったな。十歳おめでとう、ノーラ」


 広間に姿を見せたノーラの姿に、ヒルダと集落の者、そしてヴァンが声をかける。ヒルダは紅い髪の映える深い青色のドレスを纏い、いつも無造作に後へ垂らしている長い髪は結い上げられて頭の上に纏めてあった。

 集落の者も多少おめかししている様子の小ざっぱりとした服装に身を包み、ヒルダと共に笑顔を浮かべてノーラに見惚れていた。

 ヴァンは金属板が貼られた革鎧を綺麗に拭いただけでそのまま着ており、無表情にノーラを見て祝いの言葉を投げかけている。以前使った片眼鏡は持っていない様だが、ナナは念のためと警戒しておく。


「母さま、それにみんなありがとうなのじゃ! ……ヴァンも、ありがとうなのじゃ」


 ヴァンの姿を見て僅かに怯えの表情を浮かべるが、正面からはっきりとお礼の言葉を口にする。


「父と呼ばないということは、私に着いて来る気は無いと言う事だな?」


 ヴァンの鋭い眼光を正面から受けるが、睨み返しはっきりと口を開くノーラ。


「そうじゃ! わらわはここで母さまとナナと一緒に平和に暮らすのじゃ!」


 ヒルダはいつでも動けるよう、またゴーレムを動かせるように気を張り、ナナもまたいつでも動けるよう緊張を高める。


「そうか。ならば私はこの祝いが終わったら旅立つとしよう。それと祝いの品だが……そう警戒するな。ヒルダ、これはお前に預けよう」


 腰の革袋に手を伸ばすヴァンを警戒しているヒルダの様子に気づいたのか、ヴァンは革袋からゆっくりと水晶玉を取り出すとノーラに見せた後、ヒルダの方へ向き直りその手に乗せる。


「属性視の水晶球という魔道具だ。とても珍しい物であると同時に、美しく磨かれた芸術品と言っても過言ではないだろう。娘の十歳の祝いだ、とっておくといい」


 そう言って踵を返し、テーブルに並ぶ料理へと手を伸ばすヴァン。


「あ……ありがとうなのじゃ、ヴァン!」


 ノーラの言葉に振り向きもせず手を軽く挙げて答えるヴァン。そのやり取りを見て警戒を解くヒルダとナナ。


(大きくなったわね……)

(大きくなったのう……)


 全く同じ事を考えているとは互いに知らない、ノーラを見るヒルダとナナであった。



 テーブルにはメティが作った幾つかの料理が並んでいたが、皆が歓談している間にみるみるうちに無くなっていった。そろそろハンバーグの出て来る時間だなーとナナがほくそ笑んでいる時、集落の方向から突如爆発音が響き渡る。


「何!? 今の音は!」

「待て! 不用意に窓へ近付くんじゃあない!」


 驚いたヒルダが窓の方へ近付こうとするが、それを静止するヴァン。


「今の音は魔術の爆発だ、姿を見られて狙われても面倒だ。ヒルダはゴーレムを動かして館の防御を固めろ、私が原因を探ってくる。……館の防御に使えるゴーレムは何体いる」


 窓から顔を半分だけ出して様子をうかがうヴァンを見て、ナナは集落内にいくつか設置したマーカーから様子を確認するため、意識を転移門に向けてしまう。


「この部屋に四体とエントランスに四体、他の部屋にいるのも含めて十八体よ! 稼働していないのもこれから動かすから戦力は十分だわ!」


 非稼働中のゴーレムを動かしに行こうと、踵を返しヴァンに背を向けるヒルダ。

 しかしその胸の中心から突如血が吹き出し、一本の手が生える。

 ヒルダの背中から抜手で体を貫く、ヴァンの右手。その手には大きな魔石が握られていた。


「なに、を……ぐふっ」

「ヒルダ!!」


 ヒルダは自身に何が起こったのか理解する間もなく、こみ上げる大量の血液を吐き出しむせる。同時にノーラの手から飛び降りたナナは叫びながらヴァンへと飛びかかろうとするが、ヒルダを貫くヴァンの右手に集まる魔素から一瞬早く放たれた魔術がそれを許さなかった。


「ヴァン!!」

『ドガガガガガガガッ!』


 ナナの怒りの声とヴァンが放つ光魔術による破壊音が、辺り一面に響き渡った。ヴァンの魔術からとっさに体を広げてノーラを庇ったナナだったが、全身を貫く幾つもの光線によって生じた激痛に、一瞬にして意識を持っていかれてしまうのだった。





『母さま? ……母さま!! いやああああああああ!!!』

「ノーラ!」


 ノーラの声で意識を取り戻したナナはすぐさま辺りを見渡すが、そこにはノーラの姿は無かった。全身の激痛に耐えながら周囲を見渡すと、どうやら屋敷の壁を突き破って外まで弾き飛ばされたようで、壁には大きな穴がいくつも空いていた。

 壁の穴から物音一つしない室内に戻ると、ナナは意識を失う前の出来事が現実であったのだと思い知らされることになる。


「ヒルダ……ヒルダ……ああ……」


 そこにあったのはおびただしい量の血の海に倒れる、ヒルダと思われる下半身だけになった女性の遺体だった。周りを見渡すといくつもの死体に混じり、完全に機能を停止させた、外傷のほとんど無いゴーレムが二体倒れている。唐突に、以前ヒルダから聞いた話を思い出すナナ。確か『術者が死ねば数分で全てのゴーレムが停止してしまうわ』と言っていた。ではこの遺体はやはりヒルダだと考え、心が折れ身体が崩れ落ちそうになるが、自身に喝を入れ奮い立たせる。


「まだじゃ! ノーラの姿が無い、ヴァンもおらぬ! ヒルダの血はまだ暖かい、そう時間は経っておらぬはずじゃ!!」


 自身に言い聞かせるよう叫び魔力視の範囲を広げて邸内の探索を行うと、見たことのない者が四名邸内に入り込んでいるのがわかった。それらはナナの声に気付いたのか、広間へと向かって来ている。


「まだ生き残りでもいんのか? って、なんだあ? スライムしかいねえな、どこかに隠れてんのかあ?」


 先に室内へ入ってきた二人組はナナの姿を見るが無視し、人が隠れられそうなところを剣を片手に覗き込んでいた。


「見つけたのじゃ。ヒルダよ、寂しいだろうが少しばかり待っておれ。すぐにノーラを助けて戻るでな」


 ナナは二人組を無視して邸内の探索を続け、地下の奥の部屋にいるヴァンと、床に倒れるノーラの姿を発見していた。


「ああ? もしかして今喋ったのはこのスライムか?」


 広間に居た二人の不審者は喋るスライムに驚いたのち、大笑いを上げ始めた。


「すげー喋るスライムだってよ! これ捕まえ」

「おい、誰かい」

『ザシュッ』


 邸内に居た残る二人の不審者も広間へと入って来ようとしたが、どちらも最後まで言葉を続けるより先に、ナナの直刀によって一瞬で手足を切り落とされ崩れ落ちる。

 同時に響き渡る四つの悲鳴。しかしナナは不審者に目もくれず、全身の激痛に耐えながら虎の姿へと変化し地下へと向かって走るのだった。



 地下最奥の瘴気集積装置が設置された部屋の扉を突き破り、勢いをそのままにヴァンへと飛びかかるナナ。


「何? フォレストタイガーだと!?」


 部屋の中央にある何らかの装置とその上にある黒い何かで満たされた大きな容器の傍らにいたヴァンは、右手に羊皮紙、左手に血まみれの魔石を持っていたため対応が遅れ、ナナの前足の攻撃が頬を掠める。

 飛び退いたヴァンは追撃しようとするナナに向け光の矢を降り注がせ、ナナはそれを回避するため追撃の足を止め3メートル程離れた位置で対峙する。そこでナナは警戒態勢を取ったまま倒れるノーラの様子を伺うが、そこには絶望しか無かった。


「ノーラ? ノーラ??」


 血溜まりにうつ伏せに倒れるノーラ。白かったドレスはノーラの血を吸って赤く染まり、傍らにはヒルダの頭部と、ぬいぐるみだったものらしき物体が三つ転がっていた。


「喋る虎だと、これもヒルダの作った従魔か! だがもう遅い!!」


 ヴァンはナナ目掛け幾つもの光線を放ちながら、魔法陣を起動させようとする。ナナはヴァンの光線が着弾する寸前にヴァンの背後へと転移し、前足で強烈な一撃を振るう。

 ヴァンはとっさに魔石を持った左腕で防御するものの吹き飛ばされて壁に強く叩きつけられ、その衝撃で左腕から魔石が床へと転がり落ちる。

 ナナは追撃しようとするがバランスを崩して足を止めざるを得なかった。吹き飛ばされる寸前にヴァンが放った光線がナナの胸に大きな穴を開け、左の後ろ足をも吹き飛ばしていたのだ。


「ぐはっ……しかし私の勝ちだ、胸の魔石を貫かれてはいくら強力な従魔であろうとも……何!?」


 魔石を別の部位に逃してあったナナは無言で虎の姿から150センチ人型スライムへと変化し、直刀片手にヴァンへと風魔術を放ち牽制する。ヴァンは魔術で折れた左腕を治すと羊皮紙を持ち替え、右手に剣を握ってナナと対峙する。


「なっ!? ……まさかスライムだったとはな。石や壁に擬態するスライムなら見たことがあるが、魔物に擬態するスライムなど初めて見たぞ。それに貴様は以前も私の邪魔をしたスライムだな? ノーラの従魔か?」


 ナナは返事をせず、ただその身に殺意だけをたぎらせていた。ヴァンはそのナナに一息で距離を詰めると右手の剣を上段から下段、中段と凄まじい速度で振るう。ナナはその全てをギリギリのところで直刀を使い受け流すが、再度振り下ろされた剣に対応できず左腕を切り飛ばされてしまう。


「なかなか面白いスライムだが、今は貴方にかまけている時間は無いのだよ」


 至近距離から風魔術をナナに向けて放ちながら、余裕の表情を浮かべるヴァン。


(キュー。彼我の物理出力・魔法出力を算出じゃ)


―――マスター:ナナ 3,710/7,530 個体名:ヴァン 6,930/8,850


 回避しながら聞いたキューからの報告で自身が劣っている事実を知り、逆に冷静になり切り飛ばされた左腕を再生するナナ。


「ふっ!」

「甘い」


 ヴァンの背後に転移し足を狙って斬りつけるも、今度は難なく剣で止められたうえ、直刀ごと右手首を切り落とされてしまう。

 しかしナナは準備してあった硬質化させた亀の甲羅グローブに換装するとヴァンに肉薄し、ボディに左右の拳を連続で叩き込む。ヴァンの高い戦闘力の理由は剣術であると見抜き、格闘戦に持ち込むつもりで飛び込んだのだ。

 剣の間合いより更に内側に入られたヴァンは距離を取ろうとするがナナはそれを許さず、ヴァンの背に空間魔術で障壁を張って逃げ道を塞ぐと、前蹴りをヴァンの左膝に叩き込み骨を砕く。


「ぐああああああ!」


 たまらず倒れ込むヴァンにトドメを刺すべくその顎にナナがアッパーを叩き込むのと、ヴァンが放った光線がナナの胸の魔石を貫くのはほぼ同時だった。

 膝を砕かれ顎への一撃を受け後ろに倒れ込んだヴァンは勝利を確信し顔をあげると、そこには糸を放ち回収した直刀を振り上げるナナの姿があった。


「バカな! 魔石は確かに貫いて……何だと!?」


 ヴァンが貫いた魔石が崩れ去り姿を消すと同時に、ナナは何事もなかったようにヴァンに直刀を振り下ろす。だがヴァンもそのまま切られるわけにはいかぬと光線を複数放ち、ナナはそのうち幾つかが本物の魔石に直撃するコースだったため回避を余儀なくされた。

 ナナは再度ダミー魔石を作り出し、先程から何度も見せられている光線を模倣し、ヴァンに向けて放とうとしたその時、視界の隅にぴくりと動く小さな指を捉えた。


 その隙を逃すヴァンでは無い。しかしそこで放った幾つもの光線は、ナナではなく部屋中央の装置と、その側に倒れるノーラへ向けたものであった。

 とっさにナナは転移してノーラに庇い覆いかぶさり、空間魔術障壁と自分の体でノーラを守る。

 そこに降り注ぐヴァンの光線と破壊された装置の破片、そして容器内に満たされた濃密な闇の瘴気。瘴気はあっという間に室内に充満し、魔力視すらも遮る暗闇に覆われる室内でナナは、ノーラに治療魔術を施しながら狼の嗅覚を擬態構築し、それを頼りにヴァンの位置を特定する。

 しかし同時にヴァンの背後の空間に大きな穴が開き、周囲に満ちた瘴気や装置の欠片などを強烈な勢いで吸い込み始めた。

 ナナはやむを得ず体を広げ、ノーラと近くにあるはずのヒルダの頭部、そしてヴァンが落とした血まみれの魔石が吸い込まれないように床へとスライム体で固定する。


「開いた……開いたぞ!! ふは、ふははははは!! とうとうやったぞ! これでようやく……私は……」


 ナナは位置を特定済みのヴァンに向かって、ありったけの魔術を叩き込んだうえ、未完成の散弾筒を三本立て続けに撃ち放つ。轟音が響く中、ヴァンの悲鳴と何かが落ちる音が僅かに聞こえたが、直後に空間の穴が閉じてしまう。何も見えない暗闇には既にヴァンの気配も無く、ナナは逃げられてしまったことを知るのであった。


「……キュー、魔素吸収。周囲の闇の魔素、全てじゃ」


―――了


 ノーラに向けて治療魔術を使いながら、キューに指示を出す。瘴気化した魔素の吸収は通常の魔素より時間がかかったものの、大半がヴァンの開けた穴へと流れていったこともあり徐々に視界が晴れてくる。ナナはその間ずっとノーラに向けて治療魔術を使い続けていた。


 闇の魔素が薄れて魔力視・肉眼の両方でノーラの姿が見えるようになってもナナは、胸に大きく空いた傷が塞がる様子の無いノーラに対して、治療魔術を何度も何度も何度も使い続けていた。

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