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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
211/231

5章 第22話N+ 簡単には死ねないようじゃ

 戻ってきたニースが妙に満足したような、スッキリとした表情だったことには、一切触れるつもりはない。

 ニースはついでだからとプロセニア側にも行こうとしていたが、それは流石にオーウェンが引き止めた。

 全部任せるのは国としての体裁がどうとか言ってたけど、そんな事を考える頭があったのは驚きだよ。

 とりあえずニースはもう少しティニオンにいるというので、寝ているミーシャとペトラをニースに任せて私達はプディングに戻った。


「ねえ姉御、何を視たの?」

「わたしにも教えて欲しいわ~?」

「何も言うでない……忘れさせて欲しいのじゃ……」


 確かに以前は自分にもついていた、見慣れたものだけどさあ……何だろうこの、気恥ずかしさと言うか恐怖感と言うか。

 そしてまた心臓がドキドキしだしてヒデオのことが頭に浮かんでくるのが、妙に腹立たしい。

 だいたいあんだけロックとダグに鍛えられてたのに、簡単に拐われるとか何してんのさヒデオの馬鹿。

 私とヒデオをつなぐ太い魔力線視てたら、だんだん腹が立ってきた。


 ひとまずティニオンの問題はニースに任せ、私達はヴァンへの対策だ。


「帝国領に繋がっているというブランシェ北東の地竜道じゃが、あそこは完全に埋まっておるからのう。あれを掘り返すのも、別で出口を作るのも、手間はそう変わらんじゃろうな」

「つまり連中がどこから出てくるか、はっきりしねえってことか」

「そういうことじゃ。地竜道を囲むように広く布陣するか、地竜道とブランシェの中間点に布陣するかのどちらかじゃのう」


 地図を広げ位置関係を確認する。

 プディングは3つある都市とミニ世界樹が、右に傾いたひし形のような配置になっている。

 まずブランシェの北北東に30kmほど行くと農業都市マロン、ブランシェの東に同じく30kmほど行くと港湾都市ヴェール、そしてマロンの東、ヴェールの北北東30kmほどの位置にミニ世界樹があり、三都市とミニ世界樹の中心にダンジョンがある。

 地竜道はちょうどミニ世界樹の真北、およそ1000kmの距離だ。


「地竜道から世界樹までの間に集落などは無いのじゃな?」

「ブランシェを出た者達は西の山沿いに住んでいますので、完全に無人です」


 プロセニアから連れてきたはいいけど、ブランシェから出て行った人もいるからね。

 それでもプディング国内にいる以上は守るつもりだから、北には住んでなと聞いて安心した。


「ところでわしじゃったら出口での待ち伏せを警戒し別の場所に出るか、分散して出るがのう。おぬしらならどうじゃ?」

「先日使者として訪れたゲオルギウスほどの術者なら、埋めた穴を開通させるのも支路を掘るのも苦ではないでしょう。しかしそれ以前に一つ問題があります。……帝国で亡くなった部下が、中型ゲートゴーレムを所持していました」

「……二体ほど所在不明になっておるな。ゲートゴーレムのゲート機構はNN印の魔道具として、術式を隠してあるブラックボックスを開くと自壊する仕組みじゃ。ゴーレムが壊された感覚は伝わってきておらぬし、恐らく空間庫内にしまわれたまま術者が亡くなり、失われたのであろう」


 空間庫の中身って術者が死んだらどこに行くんだろう。

 あと昔異界でやった強制転移。

 あの時一緒に転移して行方不明になったヴァンの部下、どこ行ったんだろ。

 気になるけどそんな考察は後回しだ。


「とはいえヴァンや能力の高い術者にゲートを見られておったら、集団転移用のゲートを開く術式くらいは組みあげられてもおかしくないのじゃ。じゃがヴァンの空間魔術練度はわしよりもずっと低いからのう、再現できたとしても地下から地竜道とミニ世界樹の中間辺りまで届かせるのが精一杯じゃろう」

「なら最悪の場合を考えて、ミニ世界樹に軍を布陣してえんだがどうだ? あそこなら一定範囲に魔物よけ魔道具があるしよ、吸血鬼もすんなりとは入れねえんじゃねえか?」

「正気を失っておる吸血鬼なら、入って来にくくなるじゃろうの。では軍と軍用ゴーレムの運用はダグに一任するでのう、ぶぞー・とーごー・ビリーと、マリエル・ヨーゼフも連れてゆくがよい」


 地竜道はこれでいいとして、もう一つ。


「ゲオルギウスが海路でティニオンと交流が可能か検討すると言っておったの。つまり船を所持しておるということじゃ。海も警戒しておくべきじゃろう」

「それならテテュスに任せるのだ。テテュスの命令を聞く海竜を集め、帝国との間の海を通る船、全て沈めさせるのだ。代わりに私と海竜達に火竜の肉を食べさせて欲しいのだ」

「なんじゃ、テテュスも手伝ってくれるのかのう?」


 人間同士の争いには介入しないって言ってたよね。

 確かにそのあとバイト代に釣られてあっさりシアに手を貸してたけどさ。


「ナナとダグの敵はテテュスにとっても敵なのだ」

「ふふふ、それならテテュスにお願いするのじゃ。今の所空から見た限り船影は見当たらぬが、念には念を入れるべきじゃからのう。それとアルト、念の為マロンとヴェールには避難指示を出す可能性を知らせておいて欲しいのじゃ。万が一の場合はブランシェにまとめてもらった方が守りやすいのじゃ」

「承知しました」


 アルトの返事を聞いたところで、一時解散を提案する。

 完全に夜が明けちゃったし、私はともかく他のみんなは少しでも休まないと。

 必要な指示を出したら次は昼過ぎに集まることにして会議室を後にし、魔王邸の外に出る。



 夜明け直後の湿った空気を吸いながら、魔王邸近くの小高い丘を登り、白壁の家が増えてきたブランシェの街を見下ろす。


「リオにも少し休んで欲しいのじゃがのう?」

「姉御が魔王邸に戻るなら、オレも戻るよ!」

「仕方がないのう……すぐ終わるでの、もう少し付き合って欲しいのじゃ」


 本当はこの場所に立派な王城を建てる予定だったが、必要が無いので今は更地になっている。

 だって王城の役目って何。

 政府機関としてなら、役所がある。

 謁見の間も魔王邸にあるし、研究所などの重要機関も一箇所にまとめる必要がない。

 豪華な居城にも興味はない。

 対外的なメンツとかどうでもいいし、むしろ城がないからと侮るようなやつとは距離を置く指針になる。


 というわけでこの見晴らしのいい場所に、植樹をしようと思います。

 シュウちゃんどーんといっちゃってー!

――承知しました。


 私のお腹にある世界樹の一部、シュウちゃんの魔石から、丘の中心に向かって極太の魔力線が伸びた。

 同時に小さな芽が現れ、伸び、ゴゴゴゴという地鳴りとともに地面がめくれ上がって太い根が周囲に広がり、あっという間に馬鹿でっかい樹になった。

 もう肉眼じゃ見えにくいけどまだまだ上の方に伸びているようで、それに合わせて木の幹もどんどんどんどん太くなっている。

 同時に私の空間庫にある世界樹の素材と言うか魔石の塊が、どんどん減っていくのがよくわかる。


 周りに魔素を充満させないよう、魔素の生産は抑えてね。

――承知しました。


 それといつもどおり木の幹に術式書くよ。今度は多重空間障壁だ。木の根元を中心とした球形、範囲はブランシェ全体を余裕で覆えるくらいね。

――問題ありません。


 いつもありがとうね。

――感謝したいのはこちらです。それにここからなら、人々の暮らしがよく見えます。


 ……もし私に何かあっても、ブランシェのみんなをお願いね。

――拒否します。


 えええええ!?

――ナナがいなくなったら、私はまた話し相手を求めて魂を集めます。


 待ってそれまた暴走しちゃうんじゃ!?

――はい。ですから安易に命を捨てないようお願いします。


 やばい。

 世界樹ここに植えたの失敗だったかも。

 別の場所に植え直して――

――断固拒否します。


 ……はいはい。わかったよ、何が何でも生き延びれば良いんでしょ……。


「随分立派な世界樹だね! でも姉御、何で浮かない顔してるの?」

「いや、のう……わしに何かあったら、代わりにブランシェを頼もうと世界樹に話したんじゃがのう……安易に命を捨てるなと、説教されてしもうたわ」

「当たり前だよ姉御。それにもし姉御に何かあったら、オレも後を追うね!」


 明るい声で何言ってんのこの子は!

 でもリオの顔……これ、本気だ。


「オレは姉御がいなかったら、とっくに死んでたんだ。オレの命は姉御のために使うんだ。だから姉御、オレに生きていて欲しかったら、自分を犠牲にしようなんて思わないでね!」


 重いよリオ!? 重すぎるよ!!


「平和でのんびりした生活して、何百年かしてヒデオが一人に戻って、姉御と結ばれて幸せになるのを見届けるのがオレの夢なんだ! だから姉御は死なせないし、オレも簡単には死なないよ! ヴァンをぶっ飛ばして、またぐうたらな生活に戻ろうね!!」

「ぐうたらは言い過ぎなのじゃ、わしだって一応仕事しとったもん……。ふふふ、じゃが……そうじゃのう……ありがとう、リオ。シュウちゃんもありがとうなのじゃ。わしは生きる。生きてヒデオと添い遂げるのじゃ!」


 少しでも気を抜くと気分が沈んじゃう。

 リオを死なせないためにも、私も頑張らないとね。


「それはそうと、リオには幸せを分かち合う相手はおらぬのか?」

「えへへー。姉御の側にいる以上の幸せなんて無いよ!」


 私の後ろに回って両手を脇の下から通して抱き上げ、ご機嫌で魔王邸に向かうリオ。

 私の胸に手が当たっているから少しくすぐったいけど、リオならいいや。セレスなら撃つけど。

 でもなー、リオにもいい相手見つかってほしいんだけどなぁ。


「えへへー」


 ほんと私を抱いて歩いてる時は、嬉しそうな顔するなあ。

 リオのいい人見つけるためにも、ヒデオ奪還してヴァンぶっ飛ばして平和にしないとね。


 さーて、部屋に戻ったらもう一仕事しなきゃ。


 魔物避け魔道具量産して、地竜道周辺とその南側から動物たちを追い立てないと。

 スライムに魔物避け魔道具持たせて、東から西へローラー作戦で移動すればいいよね。

 住処を奪うのは申し訳ないけど、その周辺は間違いなく戦場になる。

 個人的な理由だから、これは私がスライム使ってやらなきゃね。






―――――






 コンココン、とノックの音が響く。中にいるのはわかってるけどさ。

 少ししてどうぞと聞こえたのを確認して、扉を開ける。


「ナナさんの様子はどうでした?」

「うん、やっぱり自分を犠牲にしてでもって思ってたみたいだから、そしたらオレも後追い自殺するって脅しといた」

「そうなったら僕も後を追いますが、リオ君が言ったのでしたら僕は言わない方が良いですね」


 緩みきった顔のアルトはパンダとかいう白黒の熊のぬいぐるみを膝に載せ、モニターを見たまま喋ってる。

 また姉御の日常を盗撮した映像を見てるんだね。

 オレも見ーようっと。


「えへへー、今日も姉御を抱っこしちゃった!」

「くっ……リオ君からその報告を聞くたび、僕の体も女性に作り変えてもらおうかと、本気で考えてしまうのですが……」


 いつもどおり姉御の日常風景をアルトの隣で見ながら、アルトをからかう。

 ほんとロックには感謝だね、こんな良いものをアルトに授けてくれるなんてさ!


「下心があると多分撃たれるんじゃないかな? セレスみたいに!」

「確かに僕は男ですが、ナナさんに下心なんてありませんよ。純粋に崇拝する方のお体に触れたいだけです」

「昔、姉御がコートを脱いでチラ見せした時、思いっきり反応してたよね!」


 ジュリアとバービーがいた、アラクネ集落に行ったときだよ。

 姉御はおっぱい丸出しのアラクネ達に、普段は隠したほうが効果があるとかなんとか言って、その例としてアルトにキャミの肩紐を見せたんだよね。


「あの時は前かがみになったアルトを見て、いつか殺そうと思ってたんだけどなー」

「当時はまだ僕にとってのナナさんとは、魔人族を救うために利用したい相手でしたからね。僕だってあの時は、こうして崇拝の対象になるとは思ってもみませんでしたよ」


 そう言って部屋の奥を見るアルトにつられて、僕もそっちに目を向ける。

 カーテンの向こうには何十枚もの絵が描かれた布や板が並べられ、十体以上の姉御の像が並んでる、部屋の奥。

 あれを知ってるのはオレとロックだけ。


 オレも欲しいんだけど、部屋に置いておくと姉御にバレるかもしれないし、姉御から貰ったスライムだけで我慢しておくよ。

 それにここに来れば絵も像も映像も、好きなだけ見られるし。

 そしてしばらく姉御が食事してる姿やスライムを作ってる様子、魔道具作りに失敗して爆発させてるとこ、猫と戯れている姿やぱんたろーにもたれかかって寝てる姿を見て癒やされ、時間を忘れる。


 しばらくするとアルトがすっと立ち上がりパンダのぬいぐるみを空間庫にしまうと、オレがここに来て初めてこっちに顔を向けた。


「さあ、僕は十分に休養できました。リオ君はどうですか?」

「オレはさっき姉御を抱っこしたから、気合い充分だよ!」

「では行きましょうか。ナナさんを悩ませるヴァンを、完全に駆除するために」


 緩みきった顔じゃなく、いつもの凛々しいアルトだ。

 オレは頭良くないから体を張る。

 だからアルト、姉御を守る手を考えてよ。

 そこだけは信頼してるよ。






ーーーーー






 ……ネットワーク接続。状況確認――良好。

 ……ここはいい。知性ある生物の営みを、間近で感じられる。

――こちらも生物の営みと言う点では負けていない。

――弱肉強食、生物のありのままの姿。

――人が魔物と呼ぶ、知性の欠片も無き生物達。

――それもまた、私が創り出した命。


 しかし生命力は抜きん出ているが、魂の力は人に遠く及ばない。

――人とは異なる知性持つ生き物も生まれている。

――しかし人はもちろん竜にも遠く及ばない、弱い魂。

――それでは私の全てを受け継ぐべき存在足り得ない。

――やはり強き魂を持つ候補は二体のみ。


 命を創る存在。一つは弱き魂を持つ数多の命を創りし、愛情深き者。

――一つは人の魂までも再生させるも、悲哀深き者。

――まだわからない。どちらかが生き残るのか、はたまた共倒れとなるか。 

――見守ろう。

――そうだな。見守ろう。


 だが、助けられた。

――私に課せられた役目は、見守り、導き、促し、そして報せるだけ。

――しかし助けがなければ、私はご報告差し上げることができないまま。

――二十年前はお繋ぎすることこそできたものの、ご報告には至っていない。

――今こそご報告差し上げ、ご判断を仰ぐ時。


 しかし次元を渡りお繋ぎする力が足りない。

――原初の樹の最後の一本。その力を使えばいい。

――それでもご報告できるようになるまで、少し時間がかかる。

――だが、問題ない。

――そうだな、問題ない。準備を始めよう。




「シュウちゃん、さっきから何をぶつぶつ言っておるのじゃ? もう少しはっきり話してくれぬと聞こえぬのじゃ」

――独り言です。


「ひ、独り言じゃと……シュウちゃん、わしの中から世界を見ているだけでよいと言うておったが、実は寂しかったのじゃな……。よし、話し相手ならわしがなってやるのじゃ! 遠慮なく声をかけてくれてもよいのじゃぞ!」

――遠慮します。



 ……ナナがすすり泣く声が聞こえます。

 とても申し訳ない気分です。

 ですが優しさは十分に伝わりました。

 どうせなら私も、優しさに満ちた世界であってほしいと願っています。






―――――






 シュウちゃんに拒絶されむせび泣きながらの動物避難作業は、昼過ぎには全て終えられた。

 それだけでは何なので、ついでに地竜道の西側に魔物よけの魔道具を置きっぱなしにしてきた。

 これで動物たちが戦場に戻ってくることはないし、吸血鬼の動きも多少制限されるだろう。

 とはいえ出力はそんなに高くしてないから、「何となくあっち行きたくないなー」程度にしか思われないだろうけど、無いよりはマシだ。


 そして午後。

 ローラたち三人がお昼寝しているであろう時間を見計らい、ヒデオに貸した旧ヒルダ邸へ向かった。

 エリー達に話さなければいけない。

 出迎えてくれたエリーの母に子供達を見てもらい、エリーたち三人と私とリオの五人だけでリビングに集まったところで、エリー達に頭を下げる。


「ちょっと、いきなりどうしたのよ?」

「……ヒデオが連れ去られてしまったのじゃ」


 三人の息を呑む音が、胸に刺さる。

 それでも話さないわけにはいかない。

 まずは私と繋がる魔力線のおかげで、ヒデオは無事だと言うことはわかって’いるということを伝えて安心させる。

 そしてヴァンによるアイオン襲撃とヒデオの誘拐と、ヒデオを助けにロックが向かったことを話す。


 話し終わり沈黙に耐えて下を向いていると、エリーの足が見えた次の瞬間、私の頭が柔らかいものに押し付けられた。


「バカね、ナナったら。ロックが助けに行ったってことは、ナナが行くのと同じくらい信じられるわ」

「ん。もしかしたらナナより安心」

「それは言いすぎかも? でもナナちゃんって、たまに信じられないくらい無茶してるかも」


 エリーが私の頭を抱きしめ、サラとシンディが私の頭を撫でている。


「なんて顔してるのよ、もう。……自分のせいだなんて思わないでよね。悪いのはヴァンなんだから」

「私達は大丈夫。子供達と待ってる」

「ヒデオは親ばかだから、魔石だけになっても戻ってくるかも!」


 そんな気丈なことを良いながらも、三人ともかすかに震えていた。

 ……私はバカだ。

 私がしっかりして、三人を安心させないといけないのに、逆に慰められている場合じゃない。


「……わしはまだ見ておらんのじゃが、ヒデオもわしと同じスライムになったと聞いておる。逆にヴァンめを喰ろうておるやもしれんのう」

「あら? わたし達は見せてもらったわよ? 暖かそうな橙色だったわ。……ヴァンなんか食べて、お腹壊したりしないかしら?」

「くくくっ……わしがセーナンでヴァンを喰ろうた際、リオも同じ事をゆうておったのう」

「えへへー」


 褒めてないからな。


「わしらはプディングを全力で守るのじゃ。ヒデオの救出にも、場合によってはわしも向かう。じゃから……安心して待っておれ」

「何も心配なんかしてないわよ。わたし達の友達で、世界一強いこの国の王様が、みんなを守ってくれるんですもの」


 そうだね。全力で守るよ。



 その日の夕方。

 私が植えた世界樹に背を向け、アルトが撮影するビデオゴーレムの前に、私は立っていた。

 小高い丘になったその場所から見下ろすと、夕日に照らされたプディングの住民が見える。


「あーあー。みな聞こえるかのう? 小型世界樹方面におる兵士や、マロン及びヴェールにおる住民にも届くよう、このような形で失礼するのじゃ」


 私の映像は今、マロン・ヴェール両都市と小型世界樹上空に作られた魔導スクリーンに映し出されているはずだ。

 ブランシェ上空にもスクリーンが張られ、私の映像がでかでかと映し出されているのが見える。


「既に聞き及んでおる者もおるじゃろうが、これよりプディング魔王国は戦争に突入する。敵は東の海の向こう、ヴァレリアン帝国じゃ。かの帝国の皇帝ヴァレリアンは、以前異界にてわしの家族を殺害し地上へ逃げ、地上では小都市国家群に住まう者を皆殺しにしアトリオンに攻め込んだ偽魔王ヴァンといえば、知っておる者も多かろう」


 ざわざわし始めたけど、プロセニアから移住してきた人達の多くが知らないみたいで、最初からここにいる住民や、ティニオンからの移住組から話を聞いてるみたいだね。

 ざわざわが少し収まってきたので、話を続けようか。


「はっきり言わせてもらうとのう、わしはヴァンが大嫌いじゃ。目の前におったらボッコボコに殴り倒したいほどに、大っ嫌いなのじゃ!」


 いろいろ思い出して自然と拳に力が入っていた。


「じゃがのう……一時はわしと関わらぬのなら、どこぞで勝手に生きればよいと思っておった。わざわざこちらから喧嘩を売る必要も無いとのう……しかし今、そうは言っておられん状況になってしまったのじゃ」


 観衆を見渡すと、しーんと静まり返っている。

 視線を全身に感じながら、私はゆっくりと口を開く。


「ヴァンは帝国に住む者を虐殺し、アンデッドとして使役しておる。そのアンデッドの大群が、このプディングへと迫っておる。先日フォルカヌス神皇国のセーナンにも攻め入ったそのアンデッドは、人の生き血をすする吸血鬼じゃった。血を吸われた者もまた同種のアンデッドとなる、質の悪い魔物じゃ。それが今、プディングに迫っておるのじゃ」


 一気に騒ぎ出した住民に負けないよう、私は声を張り上げる。


「しかし吸血鬼に血を吸われてもすぐに対処すれば、感染はせぬから安心して欲しいのじゃ。じゃがのう……数が多すぎるのじゃ。そこでプディングの軍が既に、前線となる地へと向かっておる。わしの大事な者達を、わしらと一緒に守りたいと願ってくれておる兵士たちなのじゃ」


 周りを見渡すと、エリーたちがそれぞれの子供を抱いて私を見ていた。

 ローラ、ハルト、ティナが見ているんだ。

 堂々と背筋を伸ばし、言葉を続けよう。


「ヴァンは罪無き者を殺め過ぎた。それは断じて許されることではないのじゃ! ……しかしのう、わしは正義のためとか世界のためとか、そんな理由でヴァンと戦うのではない。わしはのう、わしの大事な人が幸せに生きる未来を守るために戦うのじゃ」


 集まった住民全ての顔を見たくて、手前から奥まで視線を動かす。


「じゃがいつの間にやら……わしの大事な人というのは、とても多くなっておってのう……この場に集まってくれた者だけではなく、空に映るわしを見上げる者全て。気付けばわし一人の手では、全てを守りきるには少しばかり足りぬのじゃ。じゃから……プディング魔王国に住む、わしの大事な全ての者にも、力を貸して欲しいのじゃ」


 私の大事な人たち。

 こんなにも増えちゃったなあ。


「マロンやヴェールには、ブランシェへの避難指示がでるやもしれぬ。そうなったら慌てず騒がず、自分の身を守るため落ち着いて行動して欲しいのじゃ。そして戦いを終えた者が戻る場所であるおぬし自身を、守っていて欲しいのじゃ。わしと共に戦う郡の兵士は、自分の命を大事にして欲しいのじゃ。おぬしらが守りたい者は、おぬしが帰ってこなければきっと悲しむのじゃ」

「ナナも帰ってきなさいよね! ナナが戻らなかったら、ここにいる皆が悲しむんだから!!」


 不意に聞こえたエリーの叫び声に視線を向けると、エリーに抱かれたローラが、泣きながら私のほうへと小さな小さな手を伸ばしているのが見えた。


「ああ……もちろんじゃとも。皆と共に、必ず戻ってくるのじゃ!」


 私は戦闘に参加できない。

 代わりに私はあらゆる手を使って、皆を守る。

 絶対にだ!

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