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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
208/231

5章 第19話H+ たとえナナに怒られても、俺は

 嫁と子供とまったりした一日を過ごすの、なんか久しぶりだな。

 明日はイゼルバード陛下とオーウェンと会って、南北どちらにどれだけ応援出すか、場合によっては俺も前線に出るかどうかを話し合う予定だから、そうなるとまたしばらく会えなくなるなぁ。


「パパだよー、ぱーぱ。言えるかなー?」

「あばあ!」

「パパって言ったよ……うちの子、天才じゃん……」


 抱っこしたローラにパパって呼ばせようとしたら、早速呼んでくれたぞ!

 すごいよ天才だよ! 可愛すぎるよ!!

 ハルトもティナもきっと同じように呼んでくれるはず、でも三人同時にパパなんて呼ばれたら、俺はローラとハルトとティナの誰に返事をしたらいいんだろう。

 なんて思ってたら、エリーにローラを取られた。


「何でローラ抱いて号泣してるのよ! それとローラに鼻水つけないでよね!」


 三人にパパって呼ばれるとこ想像してたら、いつの間にか涙出てたっぽい。

 そしてきつい口調のエリーにハンカチで顔やら鼻やら拭かれたけど、俺とローラを交互に見ながら、ものすごい優しい顔してる。


 サラもシンディもそう、子供達に向ける笑顔が、これまで見たことの無い優しい顔なんだ。

 これが母親の顔……そういえばオレリア、母さんもこんな感じで俺のこと見てくれてたっけ。


「ヒデオ、涙腺だけじゃなく顔も緩みすぎ」

「ローラもハルトもティナも可愛いから、仕方ないかもー?」


 幸せっていいなぁ。

 これを守るためなら、何だってしてやる。

 この子達のためなら、俺はヴァンだって倒してみせる!


「ところでいつもならナナちゃんが来てる時間だけど、今日は遅いかもー?」

「毎日決まった時間に子供抱きに来てるのに、珍しい」

「何かあったのかしら? ヒデオ、ちょっと魔王邸まで行って様子見てきてよ」


 すぐ近くだから別に良いけどね。

 それに最近ナナとはゆっくり話ができていないから、いい機会だ。


 それにしても義体で戦闘訓練するようになってから、ロックとは相当話をしてるけど……元はナナと同一人物なのに、欠片ほどもドキドキしないもんなんだな。

 万が一俺に何かあったら、ナナを差し置いてロックが来てくれるって約束もしたけど……ものすごく微妙な気持ちになったっけ。

 でも今のナナに無理させるよりマシか。


 なんか帝国に猫探しに行くとかわけのわからない理由でいなくなったのは、やっぱりナナと同一人物なんだなって思ったけど……って、そのナナとロックがこっちに向かって歩いてきてるぞ?


「ロック、いつの間に戻ってたんだ。それにナナと一緒に来るなんて初めてじゃないか?」

「大事な話じゃ、みな揃っておるの?」






「――というわけで、ヴァンが直接この国に攻め込もうとしておることがわかったのじゃ。皆にはティニオンへ避難していて欲しいのじゃがのう」

「あら、逃がすって私達だけ? それは受け入れられないわ。他にも赤ん坊のいる家なんてたくさんあるじゃない」

「ん。それにたぶん、ここが一番安全」


 俺もサラと全く同じ意見だ。


「ヴァンが相手なら、どこにいても一緒だ。それならいっそのこと、自分達がいたい場所にいる方が良いと思うんだ」


 それにここなら、エリー達に子供達だけじゃなく、ナナも手が届く範囲だ。

 ロックが戻ったのならもう安心だけど、それでもやっぱり万が一を考えるとナナの近くにいたい。


「仕方がないのう……じゃが、何かあったらすぐに逃げられる準備はしておくのじゃぞ」






「――というわけだから、しばらくティニオンには来ないで、ブランシェで様子を見ようと思ってるんだ」


 アイオンにある王宮の一室で、陛下と謁見する前にオーウェンと打ち合わせだ。

 陛下もお忙しいから、なるべく簡潔に話を済ませないと。


「ヴァンが地下道を通ってプディングに進軍ねえ、出口で待ち伏せて一網打尽だろうな。仕方ねえ、南北両方ともこう着状態だし、そっちが落ち着くまでそれで良いんじゃねえか。それにどっちも街が近えから、何かあればすぐに連絡が入る。できりゃ雨季が終わる前に、完全に押し返してえんだがよ」

「一般兵士は兼業農家も多いんだよな、せっかく農地広げたんだから早めに戻してやりたいんだけどな」


 正直、俺かオーウェンが前線に出れば、あっと今に片付くと思う。

 ジースにもプロセニアにも英雄級の強さを持つ相手はいないし、実際北のプロセニアは、以前エリーとサラが戦った森人族の姉妹だけで食い止めてるようなものだしな。

 変態紳士は戦力外だけど、軍との連携にかなり役立ってるらしい。

 アトリオンの方を向いた窓から外を見下ろしながら、変態紳士の無事を祈っておく。


「つってもヒデオ、お前人を斬るのは……」

「今の俺なら一万くらいの兵士、ど真ん中突っ切って指揮官ぶん殴って帰って来られるよ。斬らなくてもそれで勝てる」


 以前ダグが、フォルカヌスで使った手だ。

 兵士相手なら何度斬られても傷一つ付けられないからって、ノワモルって都市の軍相手に似たようなことをしたって、訓練中にダグから聞いた。

 兵士の攻撃を無視しながらただ歩いて軍のど真ん中突っ切って、指揮官睨みつけるだけで降伏させたそうだ。

 俺じゃ睨みつけるだけってのは無理でも、義体なら兵士の攻撃じゃ傷もつかないし、ぶん殴って気絶させて捕まえて帰って来るくらいならできる。


「にゃんだヒデオ、まだ人を殺したことがにゃいのか?」

「良いんじゃない? 殺さずの英雄ってのも、格好いいよ!」

「あら、少都市国家群で初体験は済ませてるわよねぇ?」


 ミーシャとペトラとジルの三人が、ひそひそ話をやめてこっち来た。

 ていうかひそひそ話の内容、丸聞こえだったぞ。

 ミーシャ、プロセニアから移民してきた獣人に言い寄られてるらしいな。

 ペトラ、ロリコンじゃない相手が見つかることを祈るよ、間違っても変態紳士のような奴に捕まるんじゃないぞ。

 ジル、いろいろ誤解を招きそうな発言はやめて。それにいろいろ思い出しちゃうから。


「にゃんだよヒデオ、その生暖かい目は。でもそう言えば、確かにヒデオは少都市国家群で初体験を済ませてたにゃ。にゃにゃ様への求婚とか接吻とか」

「な、なんでそっちの話になるんだよ、このエロ猫!」

「んにゃ! あたしは猫じゃないにゃ、虎にゃ! あたしを猫扱いして良いのは、にゃにゃ様だけなのにゃ!」


 確かにそれ思い出してたけどさ!


「それくらいにしとけ。つーかどっちにしろ、俺達が前線に出るのはまずい。ヴァンがいつ出てくるかわからねえからな。それにしてもじれってえぜ、いっそ俺がフォルカヌスみてえに暴れりゃ、ヴァンを釣れるんじゃねえか? 嬢ちゃんに提案――」

「っ! 外に何かいるにゃ!!」


 剣を出して扉の外に注意を向け――


「違うにゃ、『外』にゃ!!」


 ミーシャはどこを見てる、そっちは俺の真後ろで、窓の横の壁しか――


『ドゴンッ!!』


「が、はっ……」


 後ろの壁が爆発したような音に、振り返るよりも早く……俺の腹から、黒い無機質な手が、生えて……。

 やばい、痛みで意識が、空間、庫……が……。


 ヴァ、ン……。






―――――






 これはどういうことでしょうか。

 ティニオン南北からの連絡が王都に着くまで、早くて10日と予想していたのですが……レイアスとオーウェンの会話を聞く限り、通信手段があるようですねえ。

 ゲオルギウスの魔道具知識とやらも、あてになりませんね。


 ジース軍の後ろにいる私もプロセニア軍の後ろにいる私も見つかっていないようですが、いることは気付かれているようです。


 それにしても、ヒデオというのはレイアスのことでしょうか。

 どうやらナナと深い関係にあるようですね。

 人のふりをしたスライムごときが恋愛など、片腹痛いですねえ。


 しかしレイアスが生きていたとは驚きです。

 オリジナルが異界を開放した際に、生贄になって死んだものと思っていましたよ。

 では一緒にいた小娘達が生贄になったのでしょうか。


 計画を変更せざるを得ませんが、これは面白いことになりそうじゃあないか。

 オーウェンを殺しこのアイオンを破壊して帝都に戻る予定でしたが、もう少しレイアスとオーウェンの会話から、情報を集めてからでも遅くはないでしょう。


『いっそ俺がフォルカヌスみてえに暴れりゃ、ヴァンを釣れるんじゃねえか?』


 フォルカヌスの情報まで……いや、それより、私を釣る?

 まさかフォルカヌスに向かった私がやられたとでもいうのですか?


『っ! 外に何かいるにゃ!!』


 これは失態ですね、動揺したのが伝わりましたか。

 光を操って私の姿を見えないようにしているのに、これでは何の意味もありません。

 空気の振動で壁の向こうの音は捉えられますが、レイアスがどこにいるのかわからないのは厄介ですねぇ。

 私が一人やられたとすればナナの仕業でしょうから、その関係者に対しても油断すべきではないでしょう。ひとまず近くに一人いるようですからそれを殺し、あとは簡単に死なない程度にしておきましょう。

 レイアスを捕まえるのは、それからです。


『違うにゃ、『外』にゃ!!』


『ドゴンッ!!』


「が、はっ……」


 壁を破って近くにいた者の背中を貫き、そのまま光線魔術を拡散して放つ。

 小さいのと獣とオーウェンと、オーウェンがかばった大女の全身にいくつも穴が空き、想定通り一瞬で勝負が付きました。

 全員かろうじて生きているようですから、そこまでは良いでしょう。


 ですが、まさか殺してしまったのがレイアスだったとは、ついていませんね。

 しかし殺してしまったものは仕方がありません、死体だとしても役目は果たしてくれるでしょう。


「て、めえ……ヴァ、ン……」

「おや、オーウェン。話せる体力があるとは驚きですよ。ですがその出血では、長くは持たないんじゃあないか? 死ぬ前にナナに伝えて下さい。『レイアスは預かった』とね。くくく……はぁーっはっはっは!」


 まずはレイアスの背中に腕を突き立てたまま転移し、王都から離れましょうか。

 オーウェンにはナナに連絡をしてもらわないといけませんからね、とどめを刺すのはやめておきましょう。

 オーウェンの死に顔を見られなかったのは残念ですし、計画を大幅に変更しなければいけないのは腹立たしいですが、それ以上の収穫がありました。


 ナナがレイアスと深い関係にあるのなら、間違いなく取り戻しに来るでしょうね。

 念の為に魔石ではなく、腹を貫くようにしてよかった。

 これならナナは、生きている可能性を捨てきれないでしょう。


 背骨を砕いていますから、実際は即死していますがね。

 ああ……ナナは、レイアスの死を知ったらどんな顔をするのでしょう。

 想像しただけで達してしまいそうです。


 本来なら南北での侵攻に混乱するアイオンを破壊することで更なる混乱を呼び、そのままジースとプロセニアによって滅ぼさせる予定でした。

 フォルカヌスで吸血鬼を蔓延させればナナの目がそちらに向き、戦力を分散させるだろうと踏んでいました。

 そしてティニオン側と、同時に帝国側からも地下道を抜けてナナの国へ攻め入り、ナナの国を滅ぼす計画でした。


 しかしそれは全て、ナナが通信魔導設備を持たないことが前提の計画です。

 前提が崩れているどころか、ティニオンの都市間やフォルカヌスとまで連絡が可能な状態では、計画を大きく見直す必要がありますねえ。

 ナナに情報が伝わるまで時間があるからと思い、余計なことまで知っていそうなナナの斥候を、フォルカヌスで餌に使ったのは失敗だったかもしれませんね。


 このあと私達の記憶を共有させるため、全員が集まる予定です。

 計画見直しについての詳細はそこで話し合うとして、ひとまずナナの情報入手の速さを逆手に取るとしましょう。


「プロセニア及びジースにいる私よ、聞こえますね?」






―――――






 ……ぐ、がぁ……い、てえ……体との感覚遮断、何があった……いきなり壁が壊れて、背中から腹に腕が……って、何だよこれ……俺の体……レイアスの体が、ズタズタじゃないか!

 顔の半分が潰されてるし、両肩から先と腹から下も斬り離されて、ぐちゃぐちゃに潰されて……ヴァンの、仕業か?

 それにここは、牢屋?

 どこだよここ、何がどうなってんだよ……って、誰か来る?


「……ちっ……この馬鹿が……どうやって生き返ったのか知らねえが、せっかく助かったってのに何してんだよ……クソが……」


 あれ、俺のいる牢屋を覗き込んでるこいつ……キンバリー?

 もしかしてここ、帝国か?


「レイアス……てめえがここにいると、女神様が来ちまうかもしれねえだろうが……クソ野郎どもの罠もお構いなしによぉ……」


 キンバリーが牢の扉を空けて、中に入ってきた。

 鍵は……って、俺どう見ても死体だもんな、いらないか。

 ていうか女神様って、ナナのことだよな?


「胸だけは無傷みてえだが……ひでえもんだな、おい。少しの間我慢してな。俺様がてめえを……女神様の元に、返してやるからよ」


 やっぱりこいつ、ナナの味方?

 ってやばい、空間庫に入れられる!? 抵抗!!


「っ!? 何だ、なんでスライムがこんなとこにいんだよ?」


 危なかった、ギリギリで空間庫に入れられなくて済んだ。

 それより……義体換装!


「なっ!? て、てめえどうやって!!」

「しー、キンバリーしーっ!!」


 完全装備で五体満足な俺が突然出てきたらそりゃ驚くよな、さっきまでバラバラ死体だったし。

 騒がれるとまずいからとりあえず落ち着かせて、事情を聞かないと。

 今の状況、全く把握できていない。


「キンバリーはナナの味方なんだよな、頼む。力を貸してくれ」

「てめぇ……ちっ。俺様は、そんなんじゃねえよ……でもよ……おらあっ!」

「んがっ!?」


 いきなり顔面殴られた。味方じゃないのか?


「てめえに何かあったら、女神様が悲しむだろうが! もうあんな顔は見たくねえってのによ、簡単にヴァンに拐われやがって……この馬鹿が!」

「いてて……俺が、ヴァンに拐われた? じゃあやっぱりここって帝国か?」

「ああ、ここは帝都……生きた住民なんざ一人もいねえ、アンデッドだけが蠢く死都ロシフィールで間違いねえぜ」


 最悪だ……まさかヴァンが、アイオンに直接来るなんて想定してなかったよ……。

 しかも拐われるとか、悪夢でももうちょっとマシだよ。


 とりあえずキンバリーが敵じゃないことだけは確信した。

 初めて会った戦場で、キンバリーが多くの兵士を殺したことは忘れてないけど、今はそれを飲み込んで話を聞かないと。


 そう思ってキンバリーから聞いた話だと、俺がアイオンでヴァンの襲撃を受けてから丸一日経っていた。

 その間にヴァンが()()揃い、記憶の共有とかいうのをしたらしい。


「そん時にフォルカヌスでやられたヴァンの記憶を持った、黒いスライムが混じってたらしくてよ。そんでそいつの記憶を共有した途端、ヴァン達が一斉にてめえの体を切ったり踏み潰したりとひでえもんだったぜ。あんだけ怒りだか憎しみだか表に出したヴァンは見たことねえ……フォルカヌスで何があったんだ?」

「たまたまヴァンが一体だけいたから、捕まえてみんなで倒したとしか聞いてないんだけど……」


 俺何もしてないぞ?

 何で??


「何をしたのか知らねえけどよ、ヴァンはナナの目の前でてめえの魔石砕くって、この帝都で待ち伏せしてやがるぜ」

「キンバリーはここで何してたんだ?」

「……てめえの死体盗み出して、女神様に返すつもりだったんだよ」

「そんなことしたら、お前もヴァンに狙われるんじゃないか?」


 キンバリーは俺の言葉に、諦め顔でため息をついた。

 よく見るとキンバリー、生気がないと言うか、疲れ切っているような感じだ。


「女神様と全面戦争になる前に、ヴァンを殺す手段がねえか近くで探ってたんだけどよ……もう手遅れだぜ。俺一人じゃ、一番弱いヴァンにすら勝てねえ。いいかレイアス、ヴァンは全部で六体だ。一体は女神様がセーナンで倒したらしいが、それでもまだ五体。俺様も動きを知らねえのが一体いるが、少なくとも四体も揃った状況じゃどうしようもねえ」

「何とかそれを、ナナたちに知らせたいんだけど……」


 通信魔道具……反応なし。

 転移術も……空間魔素の動きが阻害されてるな、空間庫がせいぜいか。

 じゃあゲートゴーレムを出して、と。


『転移門周辺の状況に異常が見られるため、開門できません』

「うお、なんだこいつは!」

「転移魔道具の機能があるゴーレムなんだけど、やっぱだめか……」


 ゲートゴーレムを空間庫にしまうと、キンバリーが深いため息をついた。


「女神様の行動を制限するとかって、転移や通信に関する魔術阻害の結界を強化したらしいからな。おかげでヴァンですら転移できなくて飛んで来たくらいだぜ」

「魔術の阻害ってどうやってるんだ?」

「魔素集積装置だ。そいつにゲオルギウスが術式組み込んで、広域結界を張ってんだよ」

「それ壊すから案内してくれ。どうせヴァンを裏切るんだから、とことんまで付き合えよキンバリー」


 エリー達に無事を知らせるのも、ナナにヴァンの事を知らせるのも、俺がここから逃げるのも、その装置を壊せば片付く問題だ。


「馬鹿かてめえは。今帝都にはヴァンが四体揃ってるっつってんだろ、今動いたって何もできねえよ。それに魔素収集装置の前には、いつもヴァンが一体待機してやがるんだよ……一番弱え奴だけどな」

「キンバリー、俺はアトリオンで戦ったときよりも強くなったぞ。お前はどうなんだ。俺と二人ででも、そのヴァンは勝てない相手なのか?」

「……無理だな。少なくとも今の俺様は、戦力にならねえ。今の俺様は、人の血をすする魔物だ。だがよ……ずっと、血を吸ってねえんだ」


 吸血鬼ってやつか。そういや以前戦った時めちゃくちゃ強くなってたけど、そのせいだったんだな。


「とりあえずキンバリー、俺の体返してくれ」

「ん? おお……ってちょっと待てレイアス、まさかてめえも女神様の眷属になったのか?」

「女神様の眷属ってなんだよ、スライムなのは正解だけどな。それと俺の本当の名はヒデオ。ヒデオ・クロードだ。キンバリーが空間庫にしまった俺の体は、正確に言うと俺の弟、レイアス・クロードの体だ」


 ぽかんとしてないで、早くレイアスの体返せよキンバリー。

 早くしないとロックが来ちゃうだろ。


 レイアスはずっと意識不明で十五年間俺が体を借りて生きてきたこと、レイアスは去年アトリオンで亡くなったこと、それからも俺はレイアスの死体を借りて生活していること、新しく作った俺自身の体を動かすためスライムになったことなど、手早く簡潔に、俺の体のことを説明する。


「今お前が使ってる体も義体ってやつか。グレゴリー様から話は聞いてるぜ」

「話が早くて助かる。ところでグレゴリーと会ったって話は聞いてるけど、グレゴリー『様』?」

「ああ? 女神様の眷属になっても馬鹿は馬鹿のままか。グレゴリー様っつったら始まりの光人族で魔術の祖、そんでこの帝国を作り上げた初代の王様じゃねえか」


 何か俺の知らない事実がぽんぽん出てきてるんだけど……まあいいや。


「それはさて置き。お前、死体の血でも力を取り戻せるよな?」

「あっさり置くんじゃねえよクソが、てめえが聞いたんじゃねえか。……まあ、多少はな……っておい、てめえまさかこの俺様に、レイアスの血を飲めって言うんじゃねえだろうな?」

「そうだ。飲め。嫌とは言わせないぞ、俺だって弟の遺体をこんな事に使いたくない。でも生きて帰るために必要なら、手段は選ばない」


 そうだ。

 何だってしてやる。


 キンバリーが出したボロボロになったレイアスの身体を見ると、悔しくて悲しくてたまらないけど。

 レイアスの指にある潰された指輪を見ると、怒りで頭が沸騰しそうだけど。

 今は感傷に浸ってる場合じゃないんだ。

 それにこの指輪……エリー・サラ・シンディと結婚した証だ。

 三人と、ローラ・ハルト・ティナとの繋がりの証なんだ。

 落ち着け俺。絶対に帰るぞ。


 指輪を抜き取り一度強く握りしめてから大事にポケットへ入れ、切り離され潰されたレイアスの体の部位を元の場所に置く。

 今から俺は、キンバリーと一緒にヴァンの隙を覗う。

 その前に死体が無くなってて騒がれると厄介だ。

 そして最後に、頭と胸部だけになったレイアスの身体を抱きしめる。


 ごめんレイアス。絶対回収するから、しばらく我慢しててくれ。


 そして胸にダミーの魔石を埋め込んで傷口を塞ぎ、冷たくなったレイアスの上半身をキンバリーに押し付けた。


「いいかキンバリー。俺は嫁と子供と、そしてナナのいるブランシェを守る。俺は守りたい人を守るためなら、何だってする。お前の手を借りてでもヴァンを倒し、装置を破壊してブランシェに帰る。だからキンバリー、俺の弟の血を飲め。そして俺と一緒に戦って、一緒にブランシェに帰るぞ」

「俺様も……ブランシェに、だと?」

「そうだ。帰る場所を守るために力を貸せ、キンバリー」


 絶対に帰る。

 ローラ、ハルト、ティナの寝顔をもう一度見るんだ。

 エリー、サラ、シンディの笑顔をもう一度見るんだ。


 ナナには……泣かれるんだろうなあ。

 怒られるんだろうなあ。

 でも俺には、これしか思いつかないんだ。許してくれよ、ナナ。

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