5章 第16話V+ 私の求めるものは
ヴァンを見つけてダグを呼び寄せると、テテュスとセレスもついて来た。
「テテュスは人の争いに関わる気はないのだ。しかしナナとダグの敵なら容赦しないのだ」
「ナナちゃんはわたしとリオちゃんで守るわ~」
しかも二人共戦闘に参加する気満々だった。
「今度こそ粉々にぶっ飛ばしてやるぜ」
「前回は別のヴァンでしたが、僕たちは何もできませんでしたからね。八つ当たりではありませんが、うっぷんを晴らすいい機会です」
世界樹のときは二人に手を貸せと言っておきながら、私だけ異空間に拐われちゃったもんね。
あれは完全に私の不注意だ。
「ロックはおらぬし、アネモイには留守を頼みたいのじゃがのう……」
「いーやーよー」
ヴァルキリーに換装した私の腰と足に両手両足を絡め、全力でしがみつくポンコツが邪魔くさい。
ロックを呼び戻そうにも、キューちゃん経由のテレパシー的なやつは数百キロメートル程度しか届かないもんなあ。
「それにもう魔力線の扱いはバッチリよ! ヴァンと不用意に繋がったりしないわ!」
「力の加減に慣れたと言いながら、しょっちゅうナオ達に引っ掻かれておる奴の言葉など信用できぬのじゃ」
「……うう……置いてけぼりはいやなの……もう一人はいやなの……ねえナナぁ……ぐすっ」
速攻で反論を諦めて泣き落としに移りやがったよこのポンコツ。
そして鼻水をコートになすりつけるんじゃない。
それにしてもずっと一人というか一体だけで山奥に引きこもってたくせに……いや、それもそうか。
アネモイと対等な関係を結べる相手が、今までいなかったんだものね。
同じ古竜だけどテテュスはアネモイより遥かに強いし、しかも暮らす住環境が違いすぎるから一緒には居られなかったんだろうな。
仕方ないなあ、全くもう。でもアネモイを守りながら戦うわけにもいかないしなあ。
「アネモイは姉御と一緒に、オレとセレスの後ろにいればいいよ!」
「いや、わしもヴァンと戦うつも――」
「う・し・ろ・に、いればいいよ!!」
リオの笑顔が怖いよ!?
「ナナちゃ~ん、ここはアルトさんとダグさんに見せ場を譲りましょうね~?」
「う、むう……仕方ないのう。しかし気を抜くでないぞ? 世界樹の下で戦ったヴァンと見た目は変わらぬようじゃが、こちらの方が戦力値は高いのじゃ」
リオの勢いとセレスの有無を言わせない笑顔に押し切られてしまった。
しかしこのレベルの強さになると、数値化できない見た目や魔素以外の要素が多くなりすぎるため、シュウちゃんですら正確な戦力値は測れない。
おおよその見立てだとこのヴァンの強さは、アルトとダグよりも上だ。リオとセレスは二対一ならなんとか戦えるって感じかな?
世界樹の下で戦ったヴァンと同じ強さなら、今のリオとセレスならいい勝負ができそうだったんだけどね。
「ナナさんはヴァンの知覚の外から異空間を作って、ヴァンと僕たちを取り込んで下さい。万が一、他のヴァンに連絡を取られたら厄介です」
「テテュスは異空間の壊し方わかってるな? もしプディングから緊急通信が入ったら、異空間ぶっ壊して俺達に教えろ。その場合は俺とテテュスを残して全員プディングへ戻れ」
「むう、テテュスは留守番なのか。しかしその役目はテテュスにしかできそうにないのだ、仕方がないので引き受けるのだ」
そしてダグが前衛、アルトが後衛として、二対一でヴァンと戦うことになった。リオとセレスは二人がかりで私とアネモイの守りに徹するとのこと。
私抜きでどんどん決まっていくのがちょっと寂しい気もするけど、嬉しかったりもする。
同時に申し訳ない気持ちもあるんだけどね、ここはみんなを信じて任せよう。
「ヴァンが帝国側空間魔術の結界範囲から出て、坂道を登り始めたのじゃ。みな、準備はよいの?」
不敵に笑い両拳に装備した拳帝を打ち鳴らすダグ、静かに殺気を体に纏い斧刃のついた杖を強く握るアルト、拳帝と両足の蹴帝を肘と膝まで鎧化させて満面の笑みのリオ、三又槍を構えながら優しく微笑むセレス、そして私のコートの裾を両手で握るアネモイなど様子はそれぞれ違うが、みんなしっかりと頷いた。
「では前方の魔素を撹乱し目くらましの後、ヴァンを異空間に囚えるのじゃ! ゆくぞ!!」
―――――
絶望で歪む人の顔が見たい。
苦痛にのたうち回る人の顔が見たい。
恨みと呪詛を吐きながら死んでいく人の顔が見たい。
私を殺したナナに復讐することも大事ですが、やはり人が死ぬ様を見るのは最高の快楽です。
だから私達はそれぞれの持ち場で、殺し殺される様子を遠くから見学しているだけのつもりでした。
作られた順で担当地を割り当てられましたが、私は運がいいと思っていました。
ここは作戦の第一段階で最も多くの戦力を投入しているため、最も多くの死者が出るはずだったからです。
どうせ後で全員の記憶を共有させるのですが、やはりこの目で直に見る死の甘美は格別ですからね。
吸血鬼に蹂躙される都市を眺め、心の渇きを満たす。
その、はずでした。
それなのにまさかこの戦場が、一方的に殺されるだけの、つまらない戦場になるとは夢にも思いませんでしたよ。
別に吸血鬼どもが全滅しようと一向に構いませんが、考えてみればこの戦いは私の、私達の『ヴァレリアン帝国』としての初戦です。
私も少しだけ働くとしましょう。
あの防壁とドラゴンの形をしたゴーレムを壊すだけなら、他のヴァンに連絡を入れるまでもないでしょう。
ブレスを防ぎ、壁を壊し、あの剣士をひねり殺し、私という絶望を見せつける。
その後吸血鬼どもを指揮している運のいい男が吸血鬼共を従え、セーナンとかいう都市になだれ込む。
ただそれだけで、フォルカヌスという国は滅びるのです。
増殖するアンデッド、吸血鬼によって。
通信魔道装置を持たないナナがその事実を知るには、早くてもニ十日はかかるでしょう。
これはフォルカヌスにゲオルギウス並みの転移能力者がいた場合、もしくは私達の知らない通信魔道設備が存在した場合の予測です。
通信魔道設備があるとしても、せいぜいナナの国と皇都を結ぶ程度でしょう。
このような南の端にある都市にまで設置しているはずがありませんからね。
ですから私は、この手で直接人間達を引き裂き、叩き潰し、捻り殺し、極上の快楽をゆっくりと味わうとしようじゃあないか。
と、一瞬前までは思っていたのですが、これは予想外ですねえ。
「まさかここに、貴女達がいるとは思いませんでしたよ……ナァナァ?」
「わしも同じ思いじゃよ、業腹じゃがのう。それとその呼び方をやめぬか、気持ち悪いのじゃ」
やはり私は、運がいい。
こうして他のヴァンよりも早く、ナナに会うことができたのですから。
ナナを苦しめて殺す計画ですが、遭遇した場合は殺しても良いことになっていますからねえ。
それにしても何をしたのでしょうか。
一瞬体が浮いたような気がしましたが、空間系の魔術でしょうか。
しかし太陽が無いのに空が明るいこの状況、まるで異界そのものです。
気分が悪いですね。
それに今気づきましたが、ナナの他にも誰か居ますね。あれはダグとアルトでしょうか。他の娘達は……おや、以前竜に変化した娘が居ますね。怯えているようなので害は無さそうですが、あのブレスは厄介です。一応気に留めておきましょう。
今の私にとってはダグもアルトも眼中にありませんが、ナナを甚振って甚振って甚振って甚振って甚振って甚振って甚振って殺すのに、少々邪魔ですね。
「帝国とフォルカヌスの戦争に介入し、私を暗殺しようというのですか? 一部では女神と呼ばれているそうですが、ずいぶんと卑怯な真似をしますねえ、ナァナァ?」
「帝国の兵士がただの人じゃったなら、介入することは無かったやもしれぬのう。じゃがおぬし、吸血鬼を兵士として使っておるな? 増殖するアンデッドを見過ごせば、フォルカヌスだけではなく世界全体の危機となろう。それは見過ごすわけにはいかぬのじゃ」
正義を言い訳にした介入ですか。
反吐が出ますね。
ナナは私と話がしたいようで、アルトとダグや他の娘達を止めていますが……そういえば、私はナナとまともに会話をしたことがありませんねえ。
私の記憶にない私を知っている者、ナナ。
だからでしょうか、私もナナの話に耳を傾けてしまいそうになります。
それにしても、これは偶然とは考えがたいですね。
ナナは私達の知らない連絡手段を持っていると思ったほうが良さそうです。
ゲオルギウスが作ったものよりも高性能な通信魔道具でしょうか。
計画の修正が必要ですが……他のヴァンに連絡が取れませんね。
転移は……見えている場所には跳べそうですが、長距離転移ができませんね、ここの空間座標情報が見つかりません。
やはり異界と同じ、ですか。
ナナが作ったのでしょうか。
この、異界を。
……なぜ、でしょう……これまで以上に、ナナを殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて堪らなくなってきましたよ。
「ヴァン。今のわしはおぬしのことを、恨んでもおらぬし憎んでもおらぬ。わしはおぬしを最低でも二度は殺しておるからのう、ヒルダとノーラの分の借りは、十分に返したと思っておるのじゃ」
ヒルダとノーラというのが誰なのか知りませんが、私の最も古い記憶は、子供だった貴女に斬られ、血を流しすぎて死ぬ場面です。
恐らくそれが一度目、二度目は私達のオリジナルが抜け駆けしたときのことでしょうか。
「おぬしが何体目で、他に何体おるのか知らぬが、戦いをやめてひっそりと生きるという選択肢は選べぬかのう?」
「ありえませんねえ。……それに何を言っているのか、意味がわかりませんよ」
まさか私が複数いることに気付いているというのでしょうか。
やはり侮れませんね。
「ヴァン、ごまかしても無駄じゃよ。世界樹の下でわしと一対一で戦い、あと一歩というところまで追い詰めたことを、おぬしは知らんじゃろう?」
そうですか、抜け駆けした最初の私がそこまで追い詰めていましたか。
今の私は最初の私よりもずっと強い。
たやすく蹂躙できそうですが、もう少しだけ話を聞いてみるのもいいでしょう。
「それとのう……わしもまた、複製なのじゃよ」
「なん……だと?」
「ノーラが五歳のときに一人で森に入り、魔狼に襲われてのう。それをかばったわしは魔石を壊されてしもうてな、その際に偶然ヒルダが使った術が、魔石から魔石への複製じゃった。じゃからわしは、貴様と同じ複製体というわけなのじゃ。おぬしと違うのは、わしはわしただ一人という点じゃがの」
ナナも私と同様、複製だというのですか?
今の口ぶりだと、本体はすでにいないようですが……。
それにノーラと、ヒルダ。さっきもこの名前が出ていましたが、恐らく私がその二人を殺し、ナナはその報復で私を殺したのでしょう。
ですが……理解できませんね。
ヒルダとノーラというのはナナにとって大事な人だったようですが、その二人を殺した私を許すとでも言うのでしょうか。
私なら憎み恨み本人と関わるもの全て殺さなければ、気が済みませんね。
それに……もう私を恨んでいないと言いながら、なぜまた自らの意思で、私の前に立つのでしょう。
……本気で、世界のために、見ず知らずの他人のために、戦おうというのですか?
……このスライムは、馬鹿なんじゃあないだろうか。
私と同じ複製でありながら、私とは真逆の存在。
やはり、理解できません。
ナナは殺す。
ですが……。
なぜでしょう、ナナという存在に僅かですが、興味が湧いてきました。
それでしたらいっそのこと、魔石を抜き取り私の一部として飼い、暇つぶしの話し相手とするのも、悪くないかもしれませんねえ。
「ちっ、もういいだろナナ。こいつにゃ話は通じねえよ。さっさとぶっ飛ばして帰るぞ」
「そうですね、ダグの言うとおりです。ナナさんは下がって、僕達の戦いを見ていてください」
「ダグに、アルト。お前達が、私の相手をするというのですか? 残念ですが、貴方達から逃げ回っていた過去の私とは違うのですよ! 私を舐めたこと、後悔させて差し上げようじゃあないか!!」
この二人をさっさと殺し、他の娘達も殺し、私はナナを手に入れよう。
ダグにもアルトにも、昔とは違うということを思い知らせてやろうじゃあないか!
……いや、待て。むか、し? 私はダグとアルトを知っている?
……私とどういう関係だったのか知りませんが、記憶の欠落というのはイライラしますね。
ですが記憶の補完は後回しです。
ナナを手に入れ、ゆっくりと聞き出せばいいのですから!!
腰の鞘から剣を抜き、軽く構えます。
まずはダグ、貴方から切り刻んで差し上げましょう。




