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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
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5章 第15話N 飛んで火にいる夏のなんとやらなのじゃ

「ナナさん、僕からもお礼を言わせてください。ナナさんの帰還パレードのあと、僕はトロイを探し出して半殺しにしました。その際に少しでもナナさんの近くで働きたいと言いだしたため、僕の部下にしたんです。きっと……本望だったと、想います」


 もう少し早く教えてくれてもいいじゃないか、もう。


「そうじゃったか……昔からアルトの部下というわけではなかったんじゃのう。じゃがトロイのおかげで、吸血鬼の事がわかったのじゃ。3分以内なら吸血鬼化の対抗術式を使うことで、吸血鬼化を完全に防げるじゃろう。もし間に合わなんでも感染から10分以内なら、わしかピーちゃんが治療できるでの、万が一の際は噛まれた者を空間庫にでもぶち込んでおくとよいのじゃ」

「……姉御……まさかとは思うけど……さっき自分の体で、実験したんじゃないよね?」

「リ、リオ、待つのじゃ、信じよと言うたではないか、ほれ何ともないのじゃ、じゃからそんな怖い顔するでないっ!」


 笑顔でジリジリ寄ってくるのやめてリオ、私が悪かったから。

 でもトロイの死を無駄にしたくなかったんだ。

 だからどんなに叱られても、同じ機会があったら同じことするよ。ごめんね。


「それよりも、じゃ。町の外にかなりの数がおるようじゃの」


 その場にいた全員の目つきが変わった。

 壁越しに遠くを見ようとしているアルトも、結構高いレベルで魔力視が使えるようになってるみたいだね。


「南に……万単位のアンデッド、吸血鬼が潜んでいるようですね。……およそ4万といったところでしょうか。そういえば門を開けたレーネハイト君に飛び掛ってきたのも、吸血鬼だったのでは?」

「あ、その……申し訳ありません、全員魔石ごと縦に両断したもので……正体までは……」


 確実に一撃で屠っている辺り、それだけトロイの救助を優先してくれたってことだよね。

 そういうことなら仕方ないよね。


「それでナナ様、吸血鬼化の対抗術式とは、いったいどのような術式ですの?」

「シアも最近魔術を習っておるとゆうておったのう。本来魔術を無効化する術式とは、術者本人に使わねば意味がないものじゃ。この場合の術者はヴァンじゃな。しかしこの術式はすでにヴァンの手を離れておるようでの、通常の無効化術式は効果が無いのじゃ。じゃからこの術式を対象とした、隔離および排除を目的とする対抗術式を組んでみたのじゃ」


 新しい術式の構築は、シュウちゃんの協力あってこそだけどね。

 それに実際にこの目で吸血鬼化術式を体験したからできたのであって、やっぱりトロイのおかげなんだ。


「その術式を教えて頂くことはできませんか?」

「構わぬぞ、そう難しい術式ではないからの。じゃが生命魔術に属するからのう、適正の低いシアでは数度使えば魔力枯渇を起こすやもしれぬ」

「構いませんわ、それにわたくしだけが使うわけではございませんもの」


 スライムで紙を作り、そこにささっと術式を描く。魔力視があれば簡単に使える術式だけど、無くても術式を詠唱さえすれば問題なく使えるだろう。

 近寄ってきたアルトも紙を一目見て、あっさり理解したようだ。


「確かにのう、これはみなに広めるべき術式じゃの。ヴァンがどれほど多くの吸血鬼を作っておるのかわからぬしのう」

「早速魔術兵団と治癒術士に広めますわ。では南の敵を殲滅して参りますの。……レーネ! 待ちに待った機会ですわ! 存分にお暴れなさい!!」

「はっ! 磨き上げた我が光速の剣技、改めてナナ様にお見せ致す! とくとご覧あれ!!」


 へ? 何言ってるのシアもレーネも。

 ヴァンの作った吸血鬼くらい、私達で処分するつもりだけど?

 って、止める間もなくレーネが部屋を出て行っちゃったよ。


「ナナ様、ここはフォルカヌス神皇国ですわ。ヴァレリアン帝国が侵攻せんとしているのは、我が皇国の領土です。ナナ様の敵である以前に、今はわたくしどもの敵ですわ!」

「そ、それはそうじゃが……まさか4万もの吸血鬼、レーネ一人で戦うつもりではなかろうの?」

「そこまでヴァンを甘く見てはおりませんわ。ですが、それに近いものはありますわね。それにレーネも、いつかナナ様へご恩をお返ししたいと、剣の技を磨いておりましたの。よろしければご覧くださいませ」


 窓から外を見ると、レーネがすごい速さで南門に走っていった。

 感覚転移で上空から様子を見ると……ああ、そういえば……ここの南門、ドラゴンゴーレム作って突っ込んだんだっけ。


 ここセーナンの南側は両側が岩壁に挟まれた坂になっていて、その坂を下ると平原になっている。

 岩のドラゴンは壁の外に頭を出して、その平原を睨みつけるように見下ろしている。

 だけど……前の岩壁に挟まれた道、前に見たときよりも狭くなってるような?


 少しすると南門周辺に兵士が集まり、防壁の上にも数百の弓矢を持った兵士が並び始めた。

 門の内側にもレーネとかなりの数の兵士、それと魔術師の集団が待機中だ。

 訓練された動きというか、全て想定通りって感じだね。


 でも門が開くと、馬に乗ったレーネだけが門の外へ出て悠々と坂を下り、アンデッドの軍勢へと向かっていった。


「一人で戦うわけではないというておらんかったかのう?」

「レーネの戦闘力を最大限に発揮するには、周りに味方がいない方がいいですの」


 シアの館を出て防壁近くの櫓に登り、防壁の向こう側にドヤ顔を向けるシアが応えた。

 いくらレーネも強くなってるとはいえ、さすがにあの吸血鬼兵士4万もの相手を一人は厳しいだろ。それぞれがだいたいオーガ並みの戦力値を持ってる。

 魔素がもたらす変化でレーネの肉体強度は恐ろしく高いし、スタミナも桁外れだ。

 でもいくら桁外れでも、スタミナは有限だ。剣を振り続けていれば疲れるし、疲れてくれば集中力が途切れる。そして集中力が完全に切れてしまうと、子供の振るうナイフですら致命傷になりえる。


 確かにレーネは斬撃を飛ばす剣技が得意だし、あれなら一振りで数人は切れるだろう。

 でもそうするとそれはそれで魔力を食うし、疲労がより速く蓄積する問題が出てくる。

 

 恐らくレーネはある程度で撤退し、崖に挟まれた細い道を追いかけてくる吸血鬼に対し、防壁の上から遠距離攻撃で集中砲火してレーネを援護するということなんだろう。

 レーネが完全に退却して休んでいる間に吸血鬼が壁に取り付きそうだけど、ここはお手並み拝見と行こうかな。

 感覚転移でレーネの近くから観戦しよう。

 平原に入ると転移阻害の結界があるけど、手前ギリギリでも十分よく見える。

 それにこれなら万が一の場合は、転移してそのままレーネを助けられるもんね。

 吸血鬼たちを視ると全員が元の種族がわからないほどに、瞳どころか白目までどす黒く染まっている。あの色は自我を失った証とでもいうのだろうか。



「我こそはフォルカヌス神皇国の英雄にして女神の騎士、白金のレーネハイトなり! 貴公らはフォルカヌスの領土を侵している、即刻引き返すがいい! さもなくば女神の騎士と女神の加護厚き都市セーナンの力を持って、力ずくで排除する!!」


 まてレーネ。女神の騎士って何だ。

 セーナンが女神の加護厚きってどういうことだ。

 自分で自分を英雄と言ったくだりは見逃してやるから、戻ったら女神云々を説明してもらおうか。


 狭い道を抜けて平原に差し掛かった辺りで叫んだレーネに、兵士の格好をした吸血鬼たちはじりじりと半円形に包囲していくだけで、何の返事もしなかった。

 それを見てレーネは馬を降りセーナンへ顔を向けさせ、巻き込まれないように馬を逃がそうというのか、そのお尻を軽く叩いて走らせた。


 馬が走り出すのと、吸血鬼兵士がレーネに飛びかかっていくのは、ほぼ同時だった。


「閃光斬!」


 一振りで五本くらい斬撃が飛んだんじゃないか?

 確かに前に見たときよりも腕を上げてるね、でも飛びかかった二十人くらいが一瞬で両断されたってのに、吸血鬼兵士はひるむ様子が全く無いね。

 というかあれ、自我とか残ってないんじゃないの?


「閃光斬!!」


 今度は三十人くらい真っ二つになったけど、吸血鬼兵士はお構いなしだ。

 でもレーネも負けず劣らずお構いなしだな、下がりながら閃光斬撃ち続けるのかと思ったけど、自分から吸血鬼兵士の密集地帯に飛び込んで、ばったばったと斬り倒してる。

 吸血鬼兵士の剣すらレーネにかすらないんじゃ、爪も牙も届くわけがない。


「はああああああっ! 真・閃光斬!!」


 おお、凄いじゃないか。

 今の特大斬撃を一発飛ばしただけで、ニ百人以上ぶった斬ったんじゃないか?

 しかも半分近くは魔石ごと真っ二つとは、腕を上げたねえ。

 でも魔石にダメージを受けてない奴は、その辺の元仲間の死体を喰って回復して、またレーネに向かって襲いかかろうとしてる。

 指揮してるやつ探して倒さないと、これはジリ貧って奴だね。

 レーネもそれ気付いてると思うんだけどなあ、何でその場で迎え撃ってるんだろう。

 そしてドヤ顔のアネモイがうっとおしい。

 子孫の活躍がそんなに嬉しいか。

 レーネの魔力の回復速度が早いからおかしいと思ったら、アネモイからレーネに魔力線が伸びてるし。ポンコツのくせにいつの間に覚えた。




「そろそろ時間ですわね」


 私の近くから聞こえた声に反応し、レーネの側から感覚を若干体側に戻す。

 シアのつぶやきだったけど、何の、と聞くまでもない。戦闘が始まってから一時間、レーネはずっと剣を振りっぱなし。

 さすがのレーネにも疲れが見え始めてきたからね、確かに頃合いだろう。

 魔石を破壊できずに復活してくる吸血鬼兵も増え、レーネ自身の体にも何度か剣や槍、武器を失った吸血鬼の爪が当てられるようになってきた。

 とはいえ大半は鎧で防いでるし、そうじゃなくても傷一つ付けられていない。

 だがこれ以上疲労すると、爪や牙がレーネに傷をつけるかもしれない。


 そうなると吸血鬼化の危険がある。


 単騎で五千体以上の吸血鬼は斬っているが、完全に倒したのは二千体程度。

 吸血鬼兵士相手にこれだけやれれば十分だろう。

 それと感覚を戻したついでに、オロオロしてるアネモイの手を握っておく。

 心配しなくても大丈夫だよ。


「はああああああっ! 真・閃光斬!!」


 今度はレーネの声に反応し、レーネの近くに置きっぱなしの感覚に意識を向ける。

 今の閃光斬で吸血鬼の包囲に穴が空き、レーネはそのセーナン側に開けた穴に向かって走り出した。

 いい加減撤退か。

 ていうかただ走ってるだけなのに、吸血鬼兵士たちが全く追いつけない。

 全力疾走のレーネがセーナンの門についた頃、吸血鬼兵士たちはやっと岩壁に挟まれた狭い坂道を、半分くらいまで上がったところにいた。

 レーネは上り坂を全力疾走した割に、意外と息が乱れてないな。

 でも開いた門からセーナンに入ると、すぐに座り込んで体を休ませ始めた。


 感覚をそのまま上空に飛ばして見下ろすと、防壁の上の兵士が弓を一斉に放っているところだった。

 一人めちゃくちゃ腕のいいやつが居るな、一本の矢で二~三人の吸血鬼を貫通し、魔石を確実に貫いてる。

 てゆーか見たことある、確か『新緑の守護者』という傭兵団の副団長か何かで、イサークっていったかな。

 矢に風の魔素を乗せて誘導する攻撃、私も真似させてもらったっけな。

 でも屋を雨のように降らせたところで、吸血鬼兵士たちの進軍は止まらない。

 せいぜい先頭の足を止め、速度を遅らせる程度だ。


 でも先頭集団がもたもたしていたせいで、狭い道に吸血鬼兵士がギュウギュウに詰まってきてる。

 両側の崖から岩とか丸太とか落とすの定番だよねーと思ってたけど、上に誰か居るような気配がない。

 どうするつもりだろうと思っていたら、予想外のところに魔素が集まっていたよ!?


『GYAAAAAA!!』


「あれって、姉御が壁に突っ込ませたまま放置してったドラゴンゴーレムだよね! すごいね、動くんだ!」

「な、なぜあれがまだ動くのじゃ?」

「ふふふ、フォルカヌスにもゴーレムが扱える魔道士はおりますのよ? ナナ様の足元に及びませんが、それでもナナ様が残して下さったドラゴンゴーレムを起動するくらいは、何とかなりましたの」


 起動するのは良いけど、あれ動かすだけで相当魔力を使うはずって、もしかして壁の下にいた魔術師たちってあのため?


「それに、鳴き声を上げるだけではありませんわ!」


 シアの声が聞こえたわけじゃないだろうけど、ちょうどその時ドラゴンゴーレムの口が大きく開き、狭い坂道をまとまって登って来ている吸血鬼兵士達の方を向いた。

 その大きく開いた口に、大量の緑色した魔素が集まっていた。


『GYISYAAA!!』


 全部このためだったのか。ドラゴンゴーレムの雷ブレスが、一列に突っ込んできていた吸血鬼兵士を一瞬で消し炭にした。

 坂の下の平原まで届く一撃で、直撃した地面に大穴を開け、周りの兵士に土砂が降り注いでいた。


「一撃で数千は消し炭にしおったの。やるではないか、と言いたいところじゃが……どうやってゴーレムにブレスを吐かせたり鳴き声を上げさせておるのか、気になるのう」

「何をおっしゃっているのですか? ナナ様が作ったゴーレムではありませんか」

「いや、そうではなくてじゃのう……あ」


 そう言えば……あの時周りに出したスライム達は回収したけど、ドラゴンゴーレムの喉にスライムで構築したブレス器官とか、解除した上で回収した記憶が無いなぁ……。

 放っとけばゴーレムの生体部品として腐るはずなんだけど、もしかしてずっとメンテしてたのかな。


「ナナ様がセーナンを守り、さらにあのドラゴンまで残してくださったと、セーナンの民はみなナナ様に感謝しておりますのよ。とはいえ、ブレスを撃つための魔力を補充できるだけの魔術士が足りず、二発も撃ったら丸一日は撃てませんですの」


『GYISYAAA!!』


 なんて話しているうちに、二発目のブレスが撃たれた。

 うわぁ……吸血鬼の軍勢、半壊してるよ……。

 流石に二発も撃たれた被害で慎重になったかな?

 平原に残っていた吸血鬼兵たちが左右に散開して岩壁の影に入り、ドラゴンゴーレムブレスが当たらない位置に隠れちゃった。

 さらにブレスの射線上にいたわずかな生き残りにはイサークや兵士の弓が降り注ぎ、次々に魔石を貫いている。


「このゴーレムのブレスを最大限に活かすため、半年がかりで両側の崖を狭めましたのよ」


 普通ならここで、勝負ありだ。

 さて、相手の指揮官はここをどうやって攻略する気かな。

 実情を知っていればこのまま攻めてきたら良いだけだけど、あと何発ドラゴンがブレスを吐けるか向こうはわからないもんね。

 まともな指揮官なら撤退すると思うけど、どうせまともじゃない――へえ。


「これはダグにも声をかけぬと、後で恨まれそうじゃの。リオ、ダグに『今すぐ来い』と通信を頼むのじゃ」


 左右に別れた吸血鬼兵たちの間を、堂々と歩くその姿。見間違えたりするものか。


 上空高く感覚を飛ばし、魔力視で周囲を見渡す。

 高い魔力の反応は、一つだけ。


 各個撃破の好機だ。


 逃さないぞ、ヴァン。

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