5章 第14話N 腹をくくるのじゃ
ロックが帝国領に向かい、結界前に着いたからしばらく通信できなくなるよーと連絡が入った翌日。
フォルカヌスのセーナンにいるシアから、緊急通信が入った。
『ナナ様! トロイが見つかりましたわ!!』
私はその通信を聞いてすぐアルトの手を掴み、抱きついてきたリオとアネモイも連れてセーナンへと転移した。
転移先はセーナンにあるシアの執務室だ。
そこには血で濡れた剣を手にしたレーネと、四肢を斬り落とされ仰向けに倒れているトロイがいた。
「な、これはどういうことじゃ?」
「近付いてはなりません、ナナ様!」
レーネからの声で足を止めてよく見ると、頭をこっちに向けたトロイもうなずいている。
どういう事……あ……トロイ……赤い魔素が、体の周りに……。
「ナナ様、このような姿でのご挨拶、どうかお許しください。この手足は私がレーネハイト様にお願いして切断してもらったものですから、お気になさらないよう願います」
「どういうこと、なのじゃ……」
「どうやって復活したのかはわかりませんが、ヴァンが皇帝に就任したという話は聞き及んでおられると思います。私とダイアンは五ヶ月前に帝国に潜入し間もなくそのヴァンに殺され……アンデッドとして蘇生させられました。ヴァンはナナ様やプディングに関する情報を欲しがっており、私とダイアンは牢に閉じ込められ拷問を受けておりました」
なん、だって?
それに拷問って……ダイアンの遺体の損傷が酷かったのは、そのせいなんだね……。
「ヴァンは口を割らない私とダイアンに業を煮やしたのか、光人族だからという理由でまずダイアンを殺し……いえ、壊しました。私は手足を潰されていましたが、何とか牢を脱出しここまで逃げてこられたのですが……申し訳ありません、どうやら泳がされていたようです……」
「セーナンの防壁を監視する衛兵から報告を受け、トロイの顔を知っている私自ら門を開けて迎えに出ました。すると潜んでいた者が飛び出しセーナンへ侵入しようとしたため、全て斬り伏せさせて頂きました」
いつの間にか剣を鞘に収めたレーネが、片膝をついて頭を下げていた。
レーネのおかげでセーナンは無事、トロイが気に病むようなことにならなくて良かった。こんな汚い手を考えつくのはヴァンだろうな。
そこにアルトがトロイに近付こうとしたけど、トロイが小さく首を横に振ったのを見て足を止めた。近付くな、ということなの……。
「トロイを囮にして門を開けさせようとしたのですね」
「恐らくその通りだと思われます……。申し訳ありませんでした、アルト様」
トロイの顔がゆがんでるのは、痛みなのかそれとも悔しさなのか、私にはわからない。
だからもっと近くで顔を見たいのに、リオとアネモイが私を離してくれない。
「私はトロイに『自分は人の生き血をすする魔物になってしまった、安全のため手足を切り落としてくれ』と頼まれ、望みに応えました。ナナ様が現れたのは、その直後にございます」
「申し訳ありません……無性に喉が渇いて……血を飲みたい衝動に駆られる時があるのです」
吸血鬼ってこと? なんで……無事に帰ってきてくれたと思ったのに……。
ああ……トロイの犬歯、牙みたいに伸びてるじゃないか……。
「私はナナ様とアルト様に、どうしてもお伝えしたいことがあり、おめおめと戻って参りました」
「……聞かせてくれぬかのう……」
「はっ。ヴァンと同型の黒い人型竜ゴーレムを三体と、類似するゴーレムをニ体確認しました。類似するもののうち一体は一回り小さく、残る一体はヴァンよりも装甲の厚い強化型ゴーレムと思われます」
「ヴァンも合わせて人型竜のゴーレムは計六体ということじゃな?」
深くうなずいたトロイは、ヴァンが複製で複数いることまでは知らないようだ。
そのゴーレム、下手をすれば全員がヴァンかもしれないのだ。
六体となるとグレゴリーの情報とも一致する。
「よい情報を持ってきてくれたのう、よくやってくれたのじゃ……感謝するぞ、トロイ」
「ああ……もったいないお言葉……これでもう、思い残すことはありません」
「何をゆうておる、わしが治してやるのじゃ! アンデッドが何じゃ、今もこうして普通に会話ができておるではないか!!」
悲しいこと言わないでよトロイ、知ってる人が死ぬのは嫌だよ……。
私とシューちゃんなら、きっと何とかできるから……。
「ナナ様……私はもう、人の血の味を知ってしまいました。牢から脱出する際、潰された手足を治すために……ダイアンの血をすすったのです。仲間の血をすすった私は、もう人には戻れません……この身は既に魔物です。今も人の血をすすりたい衝動を、必死に抑えているのです。……ナナ様、最後のお願いを聞いて頂けませんか?」
「嫌じゃ……最後だなんて、嫌なのじゃ……」
皇国で四大貴族を追いかけて、火達磨になりかけたトロイ。
プロセニアには使者として赴き、私達に先行して神殿地下に潜入したトロイ。
アルトの配下では一番実力があるけれどちょっと抜けてる、憎めないトロイ。
歪んだ視界の隅にいるアルトが、私に向かって頭を下げているのはどういうことなの。
私にトロイのお願いを聞けってことなの。
嫌だ……嫌だよう……。
「トロイは異界でのパレードでナナさんをひと目見てから、ずっと慕っていたのです。ナナさんの役に立ちたい一心で頭角を現した、信頼の置ける部下なのです……どうか、トロイの望みを……」
「……そういえば二度行なったパレードで、二度とも大声で求婚してきた者がおったのう……ああ……そうか、そうじゃったか……今思えばあの声は、トロイじゃったのう……」
「あ、ああ……ナナ、様……覚えていて、下さったのですね……」
魔王就任の時はアルトに思い切り睨まれてたもんね。
二度とも姿は見えてなかったけど、その声は覚えているよ。
そんなに泣かないでよ、今まで気付かなくてごめんね。
「ナナ様、どうか私を……ナナ様の一部にしてください。ナナ様のスライムの一部になることが、私の夢なのです」
「ばか、ものぉ……なんじゃその夢は……普通は美味いものが食べたいとかいい女を抱きたいとか、幸せな家庭を築きたいとかいろいろあるじゃろう……」
「ナナ様のお側に在り続けること以上の幸せを、私は知りません。ナナ様がアルト様とダグ様を和解させ魔王になられた際は、私はただお慕いしているだけの一人でした。しかし我々を地上へと導き本物の太陽を見せてくださった時、私は全てをナナ様に捧げると決めたのです。……お願いします、ナナ様。もう、喉が渇いて……苦しいのです……。もう、意識も……ぐ、があああっ!」
「トロイ、トロイっ!!」
手を離してよ、リオ、アネモイ。
ああ……トロイの目が、だんだんどす黒く……。
……嫌だ。
でも、苦しそうなトロイを放置するのはもっと嫌だ。
アンデッドを救う手段を、私は知らない。
できるならトロイを助けてやりたい。
グレゴリーのように人格を魔石に移せば、助かるかもしれない。
でも……人格を魔石に移す術式を、私はグレゴリーから聞いていない。
……シュウちゃんなら、わかるかな。術式について何かわからない?
――術式の構築は可能。ただしトロイの複製は不可能です。
なんで!? どうして!!
――魂の強度が不足しているため、トロイの記憶を持つだけのゴーレムコアになります。
何なのその魂の強度って!!
――回答不能
なんでよ……なんで駄目なのよ……トロイを助けるのは、不可能なの?
…………わかったよ……私も、覚悟を決めるよ。
頭上のミニスライムを動かしてトロイの体の下にもぐり込ませ、体積を増やしてトロイの上体を起こすように持ち上げる。
スライムを出したことでリオとアネモイが私の腕を放してくれたので、私自身もトロイへと一歩近寄り、もう一つスライムを出して流れた血と切断された手足を吸収する。
どす黒くなりかけてた瞳が、元の紅に戻ったね……そんなに嬉しそうな顔しないでよ、トロイ……。
わかったよ……でも、ね。
私からも、トロイに感謝してるってことを伝えたいんだ。
「姉御!?」
「ナナ!」
もう一歩踏み込み、トロイに手を伸ばした私をリオとアネモイが止めようとしたが、それを目とスライムで制する。
「大丈夫じゃ。わしを信じよ」
アネモイは不安そうな顔だけど、リオは私の一言でいつもの表情に戻った。
それだけ信頼されているってことだよね、ありがとうリオ。
そしてトロイへと向き直り、手足の無い体を両手で抱きしめる。
「まがい物の血ですまぬがのう、わしの血でよければ飲むがよい」
「い……いけません、ナナ様……私がなってしまった魔物は、感染します。血を吸われた者もまた、魔物になってしまうのです……」
「知っておるわ、わしをなめるでないぞ?」
地球での知識だけど血を吸うアンデッドなんて、吸血鬼くらいしか知らない。
そして私の体は、人体に準拠しているけど人間じゃない。
血を吸われてからどんなプロセスで吸血鬼に変質するか知らないけど、私とシュウちゃんで防げないわけが無い。
……だからいっそのこと……どんな変化で吸血鬼になるのか、自分の体で確認してやる。
シュウちゃん、私の魔石は一時的に子宮に移すから、頭蓋内部に脳を複製して。
――承知。
「トロイ、わしからの感謝と……餞別じゃ。安心せい、わしは吸血鬼にならぬ。わしもまた、人ではないのじゃ。信じよ」
私の首に噛み付きやすいように抱き寄せ、嗚咽を漏らしているトロイの頭を撫でる。
「う……あ、ああ……」
「我慢するでない。……よくがんばったのう、トロイ。おぬしはわしの、自慢の部下じゃ」
首筋に、ちくりと痛みが走った。
でもトロイの目からこぼれ私の肩へ滴る雫の熱さが、首筋にわずかに感じる不快な痛みを、完全に消してくれている。
体を震わせながら、嗚咽混じりにこくん、こくん、という音を立てているトロイの頭を撫でながら、スライムで私ごとトロイを包む。
しばらくそうしていると、トロイの口がゆっくりと私の首筋から離れた。
「……んくっ……ナナ、様……女神、様……あり、がとう……ござい、ました……」
「わしのほうこそ、感謝するのじゃ。……さらばじゃ、トロイ。わしの中で安らかに眠るがよい」
泣きながらも安らかな笑顔を浮かべたトロイを、スライムで一気に吸収する。
トロイの手足が急速に再生を始めていたが、私の吸収速度が圧倒的に速い。
これ以上、トロイの苦痛を長引かせてたまるか。
私の腕の中で形を失い、一秒にも満たない時間で消えていくトロイ。
最後まで笑顔だったその顔を忘れないよう、目を逸らさず見届けた。
いいよ。
望みどおり、私のそばにいて。
私の一生を、ヒルダとノーラ、バービーと一緒に見守っててね。
だから私はもう……悲しまないからね……。
トロイの魔石だけは吸収せず、大事に空間庫へしまっておく。
そしてスライムを戻して深呼吸し、近寄って来ようとしたリオとアネモイを手で制する。
まだ全部、終わってない。
シュウちゃん、体内の変化はどう。
――トロイの唾液に含まれた術式が体内に混入し、不明魔素を生成し血液を改変。その後脳を含む各器官に浸透、臓器の変質を確認。毛細血管が血中魔素の負荷に耐え切れず破裂、脳への微小なダメージを確認。変質した血液が心臓の鼓動に干渉を開始。心臓付近に魔石の生成を開始。その魔石へトロイからの魔術的干渉を確認しました。
そのままシュウちゃんから情報をもらいながら、自分でも義体の中を見る。
この変質速度なら、吸血鬼化まではおよそ10分前後か。
その間に対処して蘇生できれば、恐らく吸血鬼化は防げる。
まずは体内に混入したウイルス、吸血鬼化術式を無効化だ。
改変を抑え、術式を封じ込め、対外に排出し削除する対抗術式……できた。
シュウちゃんもいるし自分の体という実験台があるから、作業が早い。
でも対抗術式を自分に使うのはまだだ。
予想通り10分ほどで体の変異が落ち着き、心臓が止まった。
吸血鬼化術式は……吸血鬼に変異し終わると休止状態になるのか。 対抗術式発動……体外への排出と削除は問題なし。
肉体は完全にアンデッドへ変異し終わっている。これは魔術でどうにかなるものじゃないか。
変質した血液と各臓器を全て除去、新しいものに再構築。
脳の修復は完全にシュウちゃん任せだけど、どう?
――再生完了。ただし性格や行動に若干の変化が起こる可能性があります。
脳も治せるなら十分だ。それに私は脳を使ってないから問題ない。
でも……心臓が動いていない。
電気ショック。蘇生できた、けど……だんだん鼓動が弱くなって……止まった。
やっぱり肉体は一度完全に死んでしまったら、死者のままということか。
でもペースメーカーのような心臓を動かし続ける魔道具でも作れば、心臓はどうにかなる。
トロイからの魔石への干渉というのは、上下関係を作り出すようなものかな?
そういえば地球で見た物語に出てくる吸血鬼で、血を吸われた者が吸った者の下僕になるような話があった。
もともと胸に魔石が埋まっていたら、おそらくそこへ干渉するんだろうね。
なんにせよ吸血鬼化術式を無効化してやれば干渉も切断できる。
次はシュウちゃん、ピーちゃんに接続してトロイとダイアンの肉体情報の比較を見せて。
――承知。
……トロイが言った「血を吸ったから人には戻れない」ってのは、精神的な意味なんだろうけど、これなら……トロイ、いいヒントを残してくれてありがとう。
ダイアンに比べるとトロイは筋肉や細胞の変質が大きく、特に脳の変質が大きい。
でもダイアンの脳の変質は、私と同程度だ。
他のサンプルもあれば確実なんだけど、恐らくトロイとダイアンの差は他者の血を吸ったかどうか。
つまり私とシュウちゃん、またはピーちゃんなら治せる可能性が高い。
今調べられるのは、これくらいか。
私自身の義体の状態を全て元に戻し、魔石を子宮から頭蓋内部へ移動させる。
とにかく吸血鬼を救う可能性は見つかった。
吸血鬼に血を吸われてすぐならば、完全に人に戻せる術式はできた。
脳が完全に変質する前ならば、人に近い状態まで戻せる可能性も出てきた。
ありがとうトロイ。
無駄死にになんてさせてやるものか。
やっぱりヴァンは敵だ。
吸血鬼なんて増やされたら、世界が滅ぶ。
ローラの、ハルトの、ティナの生きる未来を守るんだ。
万が一の時は……ごめんね、ヒデオ。
子供たちの未来は私が守るから、私の分まで幸せになってね。




