5章 第13話R 野良じゃない野生の猫を、一度でいいから見てみたい
ドブロッキィ様よりナナのイラストを頂きましたので、本文中に掲載させて頂きました。
ありがとうございました!
なお、本日より週二回更新となります。
よろしくお願いいたします。
警戒していたヴァン本人による襲撃もなく、特に何事もないまま帝国からの使者ゲオルギウスはプディング魔王国を去った。
そして後日フォルカヌス神皇国からも、帝国からの使者が書状を携えて来たと報告があった。
内容はザックリ言うと『もう侵攻しないから仲良くしよう』というものだと、セーナンで書状を受け取ったというシアから聞いた。
「胡散臭いから一件無警戒に見せて、兵士は集めておいたほうが良いかもね」
ナナも全く同意見だ。
絶対何か企んでる。
「ヴァンが狙うとしたらナナさんだけではなく、ナナさんが深く関わった者や国も含まれる可能性が高いですね。フォルカヌスとティニオン両国の警戒も怠らないほうが良さそうです」
「そうじゃな。それと各自、しばらくの間は単独行動禁止じゃぞ。いつヴァンの襲撃があるかわからぬでの」
「ナナさんはロックさんかダグのどちらかと、常に一緒にいるようにして下さい」
嫌そうな顔をしてもダメだよ。
ヴァンが一体なら俺かダグと一緒なら勝てるし、最悪でもナナを逃がす時間稼ぎはできるからね。
なんて決意したのに、ヴァンに動きは全く無い。
何か仕掛けてくると思ったけど、あてが外れた?
とりあえずヴァンに対する警戒は続けながら、日常を過ごすことにしよう。
まずはヒデオ。
隠しておくといざという時に危険だからと、ナナはヴァンの存在を伝えた。
そしたら「レイアスを殺したヴァンはナナとロックが倒したじゃん。皇帝になったヴァンとは別の存在だよな、それなら俺が怒りをぶつける相手じゃない」だってさ。
復讐心に火がつくかと思ったけど、ちょっと見直したよ。
だが嫁と子供を守るためなら何だってすると言い、改めて訓練をしたいと言い出した。
訓練をするにあたって、まずはナナからヒデオ用の義体を受け取らなきゃいけない。
レイアスの体じゃはっきり言って脆すぎる。
確かに地球と違って魔素のあるこの世界では、鍛えれば鍛えるだけ強くなる。
人の身で竜と殴り合いだってできるようになる。
でもそこに至るには、時間が足りなすぎる。
今のヒデオでもただの魔人族だった頃のヴァンは超えているけれど、当時のダグの足元にすら届いていない。
ダグだってああ見えて、二百年以上生きてるからね。
それを補う反則が、義体だ。
でも思ったとおり、ナナは首を横に振った。
「ダメじゃ。ヒデオはエリー・サラ・シンディと、ローラ・ハルト・ティナから離れてはならぬ。そして万が一の際は、皆を連れて逃げられるように準備をしておればよい」
「……嫌だ。俺はエリー達も子供達も守る。もう目の前で大事な人が死にかけるところなんて見たくない。そのためにも力が必要なんだ」
「ヒデオは……力を持てば、間違いなく前に出て、危険に身を晒そうとするじゃろう。それならばいっそのこと、最初から力を持たぬほうがよいのじゃ……」
ナナの言いたいこともわかる。
顔見知りが死ぬのはもちろん傷付くのも嫌だし、それが自分の好きな人ならなおさらだ。
「ありがとう、ナナ。でも俺は、今のままでも必要なら前に出るよ。大事な人を守るためならなんだってする。嫁も子供も……そして、ナナも守る」
ナナは大事な人って言われて思考が停止してるっぽいから、今のうちに説得しよう。
「ナナ、諦めた方がいいよ。わかるだろ?」
どうせ危ないことするんだから、少しでも生き残る確率を上げる方が良い。
それに惚れた相手を守りたいのは、お互い一緒だもんね。
「……ロック……」
「ああ、任せて。ダグと交代で、死ぬ寸前までシゴキまくるよ」
ヒデオの驚いた顔を見て、泣きそうだったナナの顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
でも冗談じゃなく、それくらいやらないとナナを守れるくらいにならない。
「では任せたのじゃ……ヒデオの義体はロックから受け取るとよい」
「え? 普通はここでナナが渡す流れじゃないの?」
ぽんっ、と音がしそうなくらいに一気に顔を真っ赤にしたナナが、スライムでブレスを吐こうとした。これはやばい、ヒデオを盾にして逃走だ!
「ロック! やはりおぬしの仕業かああああ!!」
ちっ、気付いてたか。というか何で気付いた、こっそり空間庫から出したことがあるな?
くすくす。
「ちょ、ま、ロック何を!?」
「このまま訓練場行くよー」
ヒデオを担ぎアネモイがついて来てるのを確認しながら走る。
あ、アネモイがコケた。
まったくもう。
「ねえロック、鼻が痛いの」
「それはね、アネモイ。顔面から床にぶち当たるからそうなるんだよ。ちゃんと受け身取ろうね?」
ダメージは皆無だろうけど気分的に痛いんだろうね。
というかこんだけ運動神経皆無でよく生きてこられたなこのぽんこつ古竜。
身体の丈夫さと腕力だけは異常だけどさ。
「なあ、ロック……なんでナナ怒ってたんだ?」
「ん? ああ、これが原因だろうな」
ナナの空間庫を開けて、ヒデオの義体を取り出し訓練場の床に立たせる。
見た目は本人とほぼ一緒、俺の力作だ。
「ちょ、何してくれてんのさ!?」
義体を見て慌てたヒデオが上着を脱ぎ、義体の腰に巻いた。
アネモイはびっくりして目を逸らしたけど、ちら見してる辺り興味津々?
ちょっと悲しい。
「豪快にモッコリしてるけど、ちゃんと肌と全く同じ色のブーメランパンツ履いてるじゃん。見えてないよ?」
「そういう問題じゃねええええええ!!」
だいぶ前にいたずらとして、こっそりパンツ取り替えといたんだよね。
その時は普通に平和に暮らす中で渡すことになると思ってたんだけどなあ。
ちょっと反省。
とりあえずヒデオの義体はヒデオの空間庫にしまってもらい、まずはスライム化のレクチャーからだ。
この義体はスライムとして操ることで100%の力を出せる仕組みだから、ヒデオにも立派なスライムになってもらおう。
ぶっちゃけ、今ヒデオが入っているレイアスの身体って、言ってしまえばただの死体なんだよね。
核となる魔石によって仮の命を吹き込まれた、フレッシュゴーレムって奴だ。
無意識だろうけど魔石生命体としてゴーレムボディを動かすのはできてるから、同じことをスライムになってやるだけだ。
それに最初から魔力視使えるんだから、俺と違って覚えるの楽だろ。
さあて、スライムになったヒデオには、まず何を食べさせようかな?
定番のネズミ? それとも一足飛びにクモ行ってみようか?
くすくす。
「あ、そうだロック。ちょっと相談というか、確認なんだけど…ナナのことなんだけどさ」
義弟からの相談ならいくらでも乗るよ!
クモは食べてもらうけどね!
ヒデオの訓練が始まると、今度はアルトの配下五人の遺体を家族に返しに行った。
ダイアンを始め、五人とも俺もナナも見知った顔だ。
全ての遺体の致命傷は、反対側へ突き抜けるほどの強烈な、胸の魔石への一撃だ。
なぜかダイアンだけは全体的に異常な損傷だったが、拷問でも受けたのだろうか。
とにかく全ての傷をナナと手分けして綺麗に治し、遺族に引き渡した。
家族への返還はアルト一人で行くつもりだったようだけど、俺もナナもそれを許すわけがなく、一緒に行って頭を下げた。
病気や事件事故での死者はこれまでもあったが、ダグ指揮下の軍隊やアルト指揮下の諜報部隊での死者は、これが初めてだ。
つまりこれは、プディング魔王国始まって以来の犠牲者だ。
それもありナナが直接頭を下げることを、アルトですら止めなかった。
その後葬儀を執り行い、遺族の方々と一緒に教会のピーちゃんに遺体を吸収させる。
それぞれの家族の希望に沿って、キューちゃんが遺体の一部を用いた小動物を作るまでが、このプディングでの葬儀だ。
新しく生まれた小さな馬や熊、犬猫を抱いて涙を流す遺族に対し、俺もナナも頭を下げることしかできなかった。
俺がもっとちゃんとしていれば、なんてのは傲慢に過ぎない事はわかってる。
わかっちゃいるけど……そう思わずにいられないよ……。
六月に入り雨季に突入してもまだ、ヴァンが動く気配は全く無かった。
西の海岸沿いにも、フォルカヌスで帝国との国境沿いにあるセーナンにも、何の動きも見られない。
ダグとアルトとリオの三人は常に気を張っているけれど、俺はもう集中力が切れかけてる。
セレスなんて魔王邸と孤児院とを行き来するうちに、完全に緩んでるし。
というかブランシェに新しい料理屋や屋台ができるたびに食べ歩いてるナナも、既に緊張感の欠片もない。
以前はお忍びのつもりでかぶってたウサ耳フードも、今じゃブランシェ市内で知らない人はいないレベルで知られてるし、羽根付きスライムもフードの外に出してるし、完全に開き直ってるだろあれ。
ヒデオは日常生活ではレイアスの身体を使い続けているけど、戦闘突入時は即座に義体へ換装できるようになった。
戦闘面でも俺とダグが代わり番こにイジメまくったおかげで、戦闘用義体を使ってなら、リオやセレスと互角の戦いができるくらいに急成長した。
まあ、ナナから特別ぶっとい魔力線が伸びていたのが、急成長の最大要因なんだけどね。
訓練風景を一度も見に来ないくせに、過保護というか意地っ張りというか。
あとはヒデオ達が住む家を、改めてナナがブランシェに用意した。
魔王邸の近くに。しかも旧ヒルダ邸だ。
アトリオンを引き払ってから、ずっと家ごと空間庫に入れっぱなしだったもんね。
ヒデオ自身の家はアトリオンにあるから、あくまでも子供達がある程度大きくなるまでの仮住まいなんだけどね。
それといつまでもヴァンにばかり注意を払っているわけにもいかず、ちゃんと国内の問題にも対処している。
まず食糧問題は完全に落ち着いた。
兵士がダンジョンの第四層でも安定して狩りができるようになったことと、新たにプティングで冒険者になる者が増えてきたおかげだ。
第二層で安定して狩りができるようになれば、肉や素材の売却で得られる利益は、プディングの一般的な労働者を超えるからね。
それに万が一手足を失っても生きて戻りさえすれば、教会のピーちゃんが治療してくれる。
ファビアンが治療費を結構な高額に設定したらしいが、そうでもしないと病院や治療魔術で十分に用が足りる者まで殺到し、本当に必要な人への治療が間に合わなくなると聞いた。
分割も可能だし鬼のような金額でも無いから、その辺はナナがファビアンに全部任せてた。
そしてティニオンやフォルカヌスではミニ世界樹周辺で狩りをすることで、冒険者が比較的安全に稼げるようになったという報告も、カーリーから聞いている。
ナナが世界樹を食べる前と比べると、世界を漂う魔素は半分にも満たいない。けれどこれくらいが魔物が活性化しない、ちょうど良いラインかもしれない。
魔素量が人の成長にも影響するっぽいけど、それは以前ヒデオが広めた手段で解決できている。
魔石から直に魔素を体に取り入れる方法だ。
ただ、そのおかげで魔石の需要はうなぎ登り、価格は上がる一方らしい。
ダンジョン産の魔石も輸出する方向で話し合いがされたし、経済的にも安心だね。
さらに作物に関しては、ティニオンもフォルカヌスも、今年からは揃って農地拡大に取り組むそうだ。
これまでは両国とも魔物の驚異と隣合わせで、なかなか農地を広げることができずに、慢性的な食糧不足だったらしい。
しかし魔素量の低下で魔物の活動が減り、農地の拡大が安全かつ容易になった。
プディングが各地から集めた作物の種や苗から、土地や気候に合ったものを安価で提供したのも大きい。
余談だけどプディングでは暑すぎるせいか、ジャポニカ米の発育が悪い。
インディカ米は育つんだけどなぁ。
農業魔術で無理やり作ることもできるんだけど、非常時を除いてなるべく自然に作りたい。
というわけで、しばらくの間はフォルカヌス極東の島モイスからの輸入か中心になる。
白いお米は贅沢品なのだ。くすん。
また、国の政策として学校と学習所も開設された。
学校は6歳以上12歳以下の児童向けで完全無料、学習所は13歳以上の人向けで基本の読み書きと算数は無料、それ以外の教育や技術は有料だけど安価で教わることができる。
学校等の教育関連の最高責任者がセレスというのはかなり不安だけど、ガッソーも補佐に着いているしエリーの両親もいる。きっと過ちは起きないだろうと信じてるよ。
まだどっちも一つずつしか無いけれど、今後どんどん増やさなきゃいけない。
今はまだ教会が、多くの子供達の面倒を見ている。
それでも子供が多過ぎるため若干パンク気味で、エリーの両親が教育者の育成に奔走してる。
ほんと、連れてきて良かった。
それにしても本来なら、ヴァンなんかに構ってる余裕が無いくらい忙しいんだよね。
そしてこの間に、俺は義体専用の外装を作った。
上位竜素材を贅沢に使った、戦闘ロボのような外見。
鎧として見ると関節部だけは装甲が薄いけど、魔石を入れるスペースがある頭・胸・腹と盾代わりに使う両腕は、念入りに装甲を硬くした。
武器としては両手首に散弾の発射魔道具を取りつけ、腰にも二門のショートバレルレールガンを取り付けてある。
さらに追加武装として、ロングバレルのレールキャノンも作り直した。
ヴァンと戦ったときは一度も撃てずに壊されたから、今度こそぶち当ててやる。
戦う事になったら、だけど。
こうも動きがないと、本当に関わらずに過ごせるんじゃないかと思っちゃうよ。
そして今日もまたナオの仔猫たちが、元気に魔王邸内を駆け回っている。
六ヶ月を過ぎ、やんちゃ盛りなお年頃だ。
まだ小さくて可愛いなあ。
一見平和な日常だけど、このまま続いたらいいな。
でもなぁ……グレゴリーから、まだ連絡が無いんだよね。
トロイも行方不明のままだし。
……仔猫見て思い出した。
ヒデオもかなり強くなったし、あとの訓練はダグに任せよう。
ヒデオから相談された件も全員で共有してるし、それも任せて平気だろう。
突然だけど、無性に砂漠に住むネコに会いたくなった。
小さい猫という存在が、俺の心を熱く揺さぶっているんだ!
前はスナネコかもって思ったけど、もっと小さいクロアシネコも確か砂漠のネコじゃないか。
転移がバレるなら、空を飛んで行けばいい!!
「ということなので、ちょっとネコ捕まえてくる!」
「唐突に何をゆうておるのじゃたわけ!!」
「だってもう待つの飽きたし。それに砂漠のネコ捕獲のついでにグレゴ回収したいしトロイも探したい」
ほんとは内緒で行きたかったけど、転移できないとなれば少なくとも数日はナナから離れなきゃいけない。
そんなの隠し通せる気がしないし、それで万が一バレたら俺を探しに帝国まで行きかねない。
だったら正面から堂々と説明した方が、動きを封じられるってもんだよ。
……ん?
今なにか、頭に引っかかったような……?
「許可するわけなかろうがたわけ」
「空飛んでいくからバレないって。それに複製のヴァンは俺の顔知らないはずだし、何かあったら逃げるの最優先にするよ。それに今俺は、猛烈にスナネコに会いたい。それにもしかしたらスナネコじゃなく、クロアシネコかもしれない。それどころか、俺達の知らない猫かもしれない。なあナナ……小さい猫、見てみたくないか……?」
「うぐっ……じゃ、じゃが……どうせ見るなら、野生の姿を見たいのう……」
ふふふ、乗ってきたな?
「アルトにビデオゴーレムを教えたのは俺だよ? 当然録画手段はある! じゃあ行ってくるよ!!」
「ま、待たんか馬鹿者!!」
むーりー。
ダッシュでナナの元を去り、恐らく食堂に居るであろうアネモイの元へ行く。
むしろナナよりこっちの説得が大変。
「いーやーよー」
「そう拗ねるなよアネモイ。ほんの数日だからさ、俺の代わりにナナについていてやってくれ。俺はアネモイを危険に晒したくないんだ。必ず戻るから待っていてくれアネモイ、愛しているよ」
「ロック……わかったわ……でも一つだけ、私のわがままを聞いてほしいの……」
厨房で試作されたらしいケーキを食べる手を止め、俺に抱きついてきて胸に額を押し当てるアネモイ。
基本常にわがままだと思うし、いつも叶えてるつもりだけど、無粋だから黙っていよう。
俺も抱きしめ返し、キスをする準備を整える。
「ロックがいない間の……私のおやつを置いて行って!」
義体を制御しているスライムの力が抜けて、べちょってなりそうだったじゃないか!
まったくもう。
ま、本音としては、ヴァンに皇国で顔を見られている可能性のあるアネモイを連れていけないのと、アネモイを守りながらだと逃げられないってことだけどね。
合体すれば余裕だけど、そもそもアネモイを危険に晒したくないのも本当だ。
仕方ないよね。
でも結局いつも以上に甘えてくるアネモイのせいで、その日のうちの出発はできなかった。
夜が明けていつもなら朝の訓練に行く時間だけど、今日だけはいつも以上に自分が汚したアネモイの体も綺麗にしてから、こっそり出かけようとした。
しかしそのせいでアネモイを起してしまい、火が着いたアネモイと朝から致してしまった。
ああもう、ほんと可愛いなあ。
心配させないよう、ちゃんと帰ってこないとね。




