5章 第11話N 戦争の気配なのじゃ
エリー達の赤ちゃんが可愛すぎる。
実際に見たら抱っこするのは怖くて辞退しようとしたけど、「ナナだってこの子達のお母さんじゃない」というエリー達に押し切られた。
そうだよね、私のお腹の中にも入っていたんだよね……。
ローラ、ハルト、ティナの三人はとても軽くて、とても重かった。
命の重さ、という奴だね。
そして病室にはヒデオやエリー達とその家族だけを残し、私達は病室を後にした。
家族ぐるみでお世話するそうなので、私の出番はないだろう。
ちょくちょく会いに来るけどね!
「ほんと可愛かったね、姉御!」
そうだろうそうだろう。
リオも母性に目覚めたかな?
「あと7~8年もすれば、美男美女に育ちそうね~」
それはお前の個人的ストライクゾーンかセレス。
手を出したらセレスと言えど埋めてやる。
「……ぐすっ」
泣いてないで何か言えロック。
「そう言えばアネモイはどうしたのじゃ、珍しく一緒ではないようじゃの」
「……ああ……万が一抱っこしたいって言い出したら面倒だから、スライムで拘束してテテュスに預けてきた」
そういえば未だに力加減間違えて、猫たちを抱っこすると引っ掻かれたりしてたなあ。良い判断だ。
「それにしても不思議だね、ナナの……その身体の特徴まで受け継いじゃうなんて……」
「そうじゃのう……この世界にはわしらの常識には無い、魔素というものがあるからの……って、わしと元世界樹のシュウちゃんの最も近くにおったのじゃから、魔素の影響を相当受けておるやもしれぬ」
「……そういえば、今気づいたんだけど……産まれたばかりにしては、三人共ふやけた猿みたいじゃなく、しっかりした顔だったよね……目も開いてたし……」
……言われてみれば確かに。
生後数日経ってそうな見た目だったよ。
「にゃにゃ様の加護にゃ」
「きっとボク達よりも太い魔力線が繋がってるんじゃないかな!」
加護って私を何だと思ってるミーシャ。それとペトラ、いいところに気付いた。魔力視強めに発動、そんでよく視たら……確かにぶっとい魔力線繋がってたわ……。
「魔力過多症が心配だから、少し絞っておこうか……」
「そうじゃの……」
魔力線の調整をして魔王邸に転移で戻り会議室に行くと、半透明の巨大黒スライムから頭だけ出したアネモイと、それに見せつけるようにハンバーガーを食べているテテュス、そして疲れ切った顔のダグしかいなかった。
「ロック! お腹が空いたわ!! うわああああああああん!!」
「……アネモイが『私も赤ちゃん見に行く』って煩くてよ……アルトの提案で、こうなった」
私達に気付いたダグの説明で大体理解した。
赤ちゃんから気を逸らすためなんだろうけど……アルトも古竜達の扱いが雑になってきたな……。
「ああそうそう、会議の方は俺がここ出る時にはあらかた終わってたよ。あとでイライザが報告書持っていくと思うけど、ダンジョンの細かい機能説明とかもしといたからね」
「そうじゃったか、あとは各地に小型世界樹を設置すれば、ひとまず落ち着きそうじゃの」
スライムの拘束を解かれたアネモイに、ロックが空間庫からハンバーガーを出して与えているのを見ながら、心の底から思うよ。
平和って、いいなぁ。
「ロック、おかわり!」
「ダグ、テテュスも食べ足りないのだ!」
……けっ。爆発してしまえ。
ヒデオの子が産まれてから二ヶ月、私は毎日ローラ・ハルト・ティナの三人に会いに行っていた。
もう寝返りうってたよ。ハイハイしそうな勢いだよ。
三人産んだヒデオの母親によると、やっぱり異常に生育が早いらしい。
でも可愛いから良いのだ!
ただ、問題もあった。
三人の元気な鳴き声を聞いたり、エリー・サラ・シンディがお乳をあげているのを見ていると、なぜか私のおっぱいが痛くなるのだ。
女の子を育てた経験のあるエリーの母が適任だと思い、こっそり聞いてみた。
「あら、ナナ様もですか? 私もあの子達の鳴き声聞いてると、おっぱいが張っちゃって……私が産んだわけではないんですが、体が反応してしまうんでしょうかね」
「おっぱいが張る、とは何じゃ?」
「母乳をあげたい、子供に飲んで欲しいって、おっぱいが主張するんですの。中には産んでもいないのに、母乳が出る方もいらっしゃるそうですよ?」
自分の部屋に戻ってこっそり自分のおっぱいの先をつまんだら、母乳出ちゃったよ!?
ほぼ真っ平らなのに乳輪だけ固くなって尖ってるから、おかしいと思ったよ……。
というか今気付いたけど、よく見ると服の上から乳首の位置がわかる。
道理で最近、ヒデオの視線を感じるはずだよ……目が合うと逸らすしさ……。ひでおのばか。
……シュウちゃん、義体の改造。おっぱいのおかしくなってる箇所、もとに戻して……。
――承知しました。
流石に私が三人にお乳をあげるわけにいかないからね、ちょっと残念な気もするけれど……これで良いんだ。
そしてデレデレしてるだけじゃいけないので、この頃にはアトリオンの世界樹跡地など、ティニオンとフォルカヌスの各地に小型世界樹と魔物避け結界を設置し終えていた。
アトリオンは少しばかり揉めたけどね。
もともとこの付近には引きこもりな森人族が集落を作ってて、彼らが神木と崇める世界樹を私が食べてしまったうえ、新しい世界樹は前と違って魔物を活性化させると知り、一時は私に敵対する意志を見せた。
その結果この集落の住人に対し、アトリオンの商人は「白き妖精の敵とは取引したくない」と言い出し、兵士は「市民との諍いを避けるため女神の敵は街に入れられない」と街に入れないようにし、かなりピリピリしてたそうだ。
ていうかそろそろ白き妖精は忘れろ。
しかしここで間に立ってくれたのは、以前小都市国家群跡でヒデオ達と戦った、森人族の双子姉妹だった。
彼女らが変態紳士とともに森人族を説得(物理)してくれたらしく、そのおかげで事なきを得たと言っても過言じゃない。
それにしてもすっかり忘れてたけど、この変態紳士も美人森人姉妹とよろしくやっているようで……けっ。
ヒデオは多少は私の事も気にかけてくれてるみたいだけど、今は子供とエリー・サラ・シンディにかかりっきりだからなぁ。
最近まで私の後を付いて回っていたアネモイは、今やロックにべったりだし。
でも代わりにリオとセレスが前以上に私にべったりになったから、それほど寂しくないけどね。
二人共私が寂しさを感じてること、気付いたのかな。
うーん。しっかりしないとだね。
ただセレスには、胸が張っている状態を見られなくて良かった。
気付かれていたら、私の貞操の危機だ。
それと念のために、後回しにしてきた二代目ヴァルキリーも作り直した。
外見はまるっきり同じだけど中身は完全に上位竜素材で、いつもの白コートの上から取り付ける部分鎧も作った。上位竜の骨と鱗と魔鋼を重ね合わせ、対魔術・対刃・対衝撃の性能を強化した。
更にはトンファーも上位竜の骨で作り直し、今度は魔力を通して強度を上げさえすれば、散弾だけじゃなく圧縮魔素を詰めた特殊弾頭も撃てるようにした。
もう使う機会は無いと思いたいけどね。
とはいえロックとダグの組み手を見ていると、私も加わりたくでウズウズしてくる。
今目の前では、ツノを生やして緑色の魔素を全身にまとったロックと、同じくツノを生やし紫色の魔素を纏ったダグが、完全に互角の格闘戦をしている。
二人共空中を自在に飛び回り跳ね回りながら、ロックは虚実織り交ぜてダグの隙を作ろうとし、ダグは強力な一撃でロックの体勢を崩そうとする、真逆の戦闘スタイルだ。
しかし残念なことに、二人の格闘能力じゃないところで決着がつきそうだ。
ダグの体を包む魔素が大きく揺れ、色も紫から赤くなったり青くなったりを繰り返すようになった。
すると間もなく『ぽんっ!』という音とともにダグの体が二つに分かれ、片方が地面へと落下していった。
「ちゃーんす!」
「ああっ!? もう時間かよちくしょう!!」
空中に残った方がダグで、悪態をつきながらカウンターを取りに行ったけど、ロックのフェイントにひっかかって体勢を崩し、良い一発を食らって吹っ飛んだ。
そして落ちていった方はテテュスで、痛そうな音を立てて地面に激突した。
それくらいでダメージは受けないと知ってるけど、不安になる落ち方だなあ、もう。
「うぬう。お腹が空いたのだ……」
地上に降りてきたロックも二つに分かれ、隣に現れたアネモイがドヤ顔でテテュスを見下ろしていた。
「ふふん、これが愛の力よ!」
「ならテテュスももっとダグと愛し合って、愛の力とやらを高めてやるのだ」
「私だってもっともーっと赤ちゃんできるくらい愛し合っ……って痛い、痛いわロック!」
朝っぱらから何言ってんだこのポンコツ。
そりゃロックもアネモイのツノ掴んで引き離すわ。
ダグもとっくに起き上げってるのに、近づいて行こうとしてないし。
それにしてもロックだけじゃなくダグまでも、竜の力をほぼ使いこなしてるね。
テテュスの協力あってこそだけど、どんどん強くなっていくなあ。
でも融合して戦闘できる時間がロックより短いのは、愛の力とかそーいうんじゃないと思う。
ダグの体は火竜で、テテュスは水竜。相性の問題だろうね。
体の相性なんて言ったらいろいろ騒ぎ出しそうだから黙っておくけどさ。
「おうナナ、もうすぐお前に届きそうだぜ。久々に組手でもどうだ?」
「ふふん、ロックに勝てるようになったら相手してやるのじゃ」
シュウちゃんのおかげで私も竜の力と同じものを使えるようになってるけど、正直格闘戦で今の私はダグに勝てない。
それどころかいい勝負にすらならない。
でもそれを、みんなに気付かれるわけにいかない。
私はこの国の象徴なんだから、最強で居続けなきゃいけないんだ。
それに格闘戦以外なら余裕で勝てるもんね。ふふん。
午後になり、カーリーとジュリアの訪問を受けて報告を聞く。
不思議な組み合わせだったけど、カーリーは服飾研究所付きの店に収入の大半をつぎ込んでいたそうで、それを知ったジュリアが声をかけて以来仲良くしてるそうだ。
確かにそれなりに豪華な服じゃないと、カーリーの金髪縦ロールに負けてしまうものね。
報告はまずジュリアからで、極限まで薄くしたシースルー・スパイダーシルクが完成したと言って見せられた。
「で、何でキャミソールやブラにショーツと下着ばかり作ったのじゃ?」
「あたしの趣味です! ぜひナナ様にご試着を!!」
「するかあああああ!!」
とりあえず軽く一発殴っておいた。
「しかしモノは素晴らしい出来じゃのう。じゃがこの素材は肌着として使用するよりも、普通のキャミワンピやノースリーブなどの上から着るようなものに使用して、肩や腕、中に着ている服を透けさせたほうが色っぽいと思うのじゃがのう?」
「はっ!? ナナ様それ良いですね!! 早速ニースくんのスカートにこの素材を――」
「やめんかたわけえええええええ!」
そんな露出狂、見つけ次第スライムブレスで葬ってやる。
なお透け透けキャミとショーツは一枚ずつ貰っておく。
次いでカーリーからはダンジョンや各地の世界樹の森に赴く冒険者が増え、肉や素材の供給が徐々に安定してきたと聞いた。
そして私が作ってカーリーに渡し、プディング・ティニオン・フォルカヌスの冒険者ギルドに設置した、冒険者ギルド管理用スライムの『マクガイバー』が作るギルドカードのシステムも、問題なく運用が始まったようだった。
このあたりはティニオンとの行き来で忙しく、こっちに戻っても嫁と子供にべったりのヒデオを捕まえて打ち合わせを重ねたらしい。
冒険者のランクによってカードの材質を変え、プディングとティニオンとフォルカヌスでは身分証明書代わりに使えるようにし、街や国家間の出入管理を容易にしたそうだ。
私やロック達にも最上級である白金のカードが用意されてるというので、遠慮なく受け取っておいた。
使い道は無さそうだけどね。
そしてギルドと研究所に戻るというカーリーとジュリアを見送りに、玄関まで一緒に歩く。
「ところでカーリー、この国の暮らしには慣れたかのう?」
「ええ、もちろんですわ。それどころか快適過ぎて、ティニオンに戻れないくらいですの。上下水道が整備され街はきれいですし、食べ物は美味しいですし、何よりお風呂に毎日入れるなんて今でも信じられませんわ」
「そう言えば公衆浴場もできたそうじゃの?」
魔導研と技研が合同で大規模な給水魔道具を開発し、井戸からの組み上げと合わせて水が潤沢になっている。その魔道具は農地に給水塔として設置された他、市街地でも上水道としていくつかの家庭や飲食店、そして公衆浴場へ供給されているという報告書を最近読んだ。
「ええ、ですが湯の温度を一定に保つのに苦労しているらしく、脱衣所に『いいアイディアを思い付いた方はご意見箱まで』という張り紙がありましたわ。今は給湯魔道具と薪による湯沸かしを併用しているそうですわね」
「ふふふ、一般からも案を募るか。面白いことをしておるのう。そうじゃ、今度時間があったらカーリーもジュリアと一緒に魔王邸の風呂に入りに来ぬか? ここの風呂はジュリアと一緒に入れるよう改装しておるし、仕事以外の話もしたいでのう、具体的にはヒデオが子供の頃の話とか聞きたいのじゃ」
「ええ、それはもう喜んで。……本当に、この国に来て良かったですわ。国王であらせられるナナ様とこうして気さくに話せるだけでなく、お風呂にまで誘って頂けるなんて夢のようですわ」
普通の国じゃ考えられないだろうね、護衛が必要だったり山のような執務があったりと、面倒くさくて私なら耐えられない。
執務に関しては、全部代わりにやってくれているアルトに感謝だよ。
ただ護衛に関してだけは私も同じで、魔王邸の外に出るときはリオかセレスかロックが必ず近くにいるんだけどね。
「お飾りの王じゃがのう、かっかっか」
「ナナ様が王様だから、あたし達も頑張れるんですよ! こうして研究成果や新作を見てもらうのが楽しみで仕方ないんですから!」
「そうですわ、ナナ様がいらっしゃるからこその、プディング魔王国ですわ。ジュリアも他の皆様も、ナナ様に少しでも喜んでもらいたい一心で、研究やお仕事を頑張っているのですから……あら?」
そろそろ玄関ホールというところで、何やら言い争う声が聞こえてきた。
というか怒りをぶつける何者かを、アルトが適当にあしらってるような感じだ。
誰か知らないけど珍しいな、アルトに対して高圧的な態度を取るなんて。
要求を飲まなければどうなっても知らないぞ的な声が聞こえてきたけど、ずいぶん無謀だなぁ。
「何の騒ぎじゃ、アルト」
「これはナナ様、お騒がせしてしまい大変申し訳ございません。すぐに追い出しますので、どうかお許しください」
「追い出すだと!? 貴様、何を言っているのかわかっているのか! 私はジース王国の正式な使者であり、国王直々に全権を委ねられているのだぞ! 国王の代理であるこの私に対しての無礼、断じて許さぬぞ!!」
ジース王国ねえ、そう言えば全く関わりがなかったな。
以前アルトの配下が香辛料や砂糖やコーヒーなどの原料になる作物を持ち帰って来たのと、あとは異界と地上界の融合時に魔物狩りでお邪魔したくらいか。
騒いでるのは五十歳くらいの男性を筆頭に、術師らしいのが一人と騎士が三人。
異界融合時のお礼をしに来たって感じじゃないなぁ。
「無礼はそちらの方でしょう。魔王ナナ様の御前です、控えなさい!」
「魔王……だと? この私を謀ろうというのか! 魔王ナナは銀髪で翼の生えた女性であることは、調べがついているぞ!! まさかそこの虫混じりや巻き髪の小娘が魔王だとでも言うつもりか! それとも頭に変なものを乗せた子供が――」
「アルトやめよ!!」
ぎりぎり間に合った。
アルトの杖に付いた斧刃の部分が、騒いでた使者の首筋ギリギリで止まっていた。
もう少し遅かったら、使者の頭が空を飛んでたな。
というか虫混じりって何だ。もしジュリアのことなら心から後悔するまで説教してやりたいし、私自身も頭上のスライムを「変なもの」扱いされてイラッとしたけど、まずは話を聞くのが先だ。
「わしがプディング魔王国の魔王、ナナじゃ。アルトよ刃を収め、事情を説明するのじゃ」
「はっ!」
他国の者の前だからね、私も偉そうに振る舞わないといけない。アルトも床に片膝をついて頭を垂れて説明を始めた。
で、こいつら本当にジース王国の正式な使者らしい。
昨日迎賓館の方でアルトが対応しあまりにも無茶な要求に呆れて追い返したが、今日は魔王に合わせろと言ってこの魔王邸に突撃してきたそうだ。
そしてアルトの説明の間も使者はぽかんとした顔で立ったまま。
こんなのがジース王国の正式な使者とは、にわかには信じがたいなあ。
「で、無茶な要求というのは何じゃ」
「ジース王国の領土に無断で侵入した兵士の引き渡し、討伐した魔物素材の引き渡し、異界との融合で発生した損害に対する賠償、それとティニオンへの砂糖の輸出禁止を求めております」
「ん? ティニオンのイゼルバードから、異界融合時の話はジースの国王に伝えたと聞いておるぞ?」
確かジースの王家って、ティニオン王家の親戚じゃなかったっけ。
真実を知らずに言ってきたならともかく、知っててこれなら喧嘩売ってるとしか思えないんだけど。態度悪いし。
アルトが首を刎ねかけた時だけは青くなってたけど、それ以外はずーっと私を馬鹿にするような目で見てるし。
「こんな子供が、魔王の正体とはな。プディング魔王国とやらも、たかが知れて――」
『ドゴン!』
突然使者たち全員が、豪快に顔面を床に叩きつけながら伸身土下座した。
なにこれ怖い。
「いい加減にしてください。魔王の御前で無礼にも程があります」
伸身土下座の原因はキレたアルトで、空間障壁を使って使者の足を払って上から叩き落としたようだ。
そしてその結果、全員気絶してた。
「アルト……ほどほどにの……」
「善処します。ああカーリーさん、ちょうど良いところに。少しお時間よろしいですか?」
アルトの気持ち悪いほど爽やかな笑みと一切笑っていない目を見て、断れる人なんていないだろうなあ。
あっさりとカーリーは連れて行かれ、ジースの使者とやらはアルトが呼んだ兵士に運ばれて行った。
「……なんだったんですかねえ、ナナ様……」
「さあのう……何故かジースとはこれまで縁が無かったのじゃが、今後も無さそうじゃのう……」
翌朝の食事中にアルトからあの後どうなったか聞いたら、円満に解決したそうだ。
説明を聞いて思ったんだけど、円満ってなんだろう。
まずティニオンにジースからの要求を伝えたところゼルが激怒し、ジースに対して絶縁と、場合によっては宣戦布告の使者を送るとまで言い出した。
砂糖の輸出停止は問題ないどころか、アルトが代替となる甘味料を低価格でティニオンへ輸出することで話がまとまり、同時にゼルはジースからの砂糖輸入停止も決めた。
また冒険者ギルドもジースに進出する予定で現地の冒険者ギルドと協議を重ねていたそうだけど、中止して引き上げ。
ジースにもミニ世界樹を設置する予定だったが、これも白紙。
このやり取りを全て目の前で聞いたジースの使者は、慌てて帰国したという。
何でも使者と一緒にいた魔術師はジース王国お抱えの転移魔術師で、一ヶ月もあればジースに戻れるらしい。
そして使者はジース最大手のサトウキビ農場を持つ貴族で、砂糖の販売や輸出の利益で他の貴族を買収し、ジースでは相当好き勝手に振る舞っているそうだ。
国王を超える権力を持ってたみたいで、何か勘違いしちゃったのかな。
ただ本気でティニオンがジースと戦争になりそうだったら、場合によっては止めに行かないとだなぁ。
こっちとしてはジースと今後関わらなければ良いだけの話だもんね。
とはいえこのゼルの言動、多分私の味方だということをアピールするためのパフォーマンスで、実際は戦争まで行かないと思ってるけどね。
みんな仲良く、なんてのは無理な話だと思ってる。
プロセニアもそうだ。私と関わらないところで好きにやればいい。
世界を一つの意志だけで統一するなんて、神様でもない限り無理だろうね。
それにそんな世界、きっとつまらないだろうな。
嫌なこともあるから、良いことがあると一層嬉しくなるってものだよ。
なんて考えながら、アルトから今日の予定やその他の報告を聞き流している時だった。
ジースの使者なんかよりもっと面倒くさいのが来た。
「アルト……もう一度、言ってくれんかの……」
「はい。ローマン帝国が滅び、新しい皇帝が即位したそうです」
「いや、その後じゃ……」
ああもう。ほんと最悪だ。
「新たに即位したヴァレリアン皇帝によってヴァレリアン帝国と名を変え、そのヴァレリアン帝国からの使者がナナさんに面会を求めています。いつも通り僕の方で対応するつもりでしたが、ローマン帝国が滅んだと聞いたため報告させてもらいました」
「……その名を連呼するのはやめて欲しいのう……ヴァレリアンという名に、覚えがあるのじゃ。思い出したくもなかったんじゃがのう……」
ため息が漏れる。
面倒なんてレベルじゃない。
ロックも気付いて、目を見開いて驚いている。
はあ。何でこうも私に関わってくるんだろう。
「ヴァレリアンというのはのう、ヴァンの本名じゃ。偶然ではなかろうな……その使者とやらに、わしも会うぞ」
私の言葉で、この場にいた全員の表情が変わった。
異界で産まれた者の本名を知るのは、本当なら家族や親しい者だけだ。
だから偶然聞いた私とロック以外の誰も、ヴァンの本名なんか知らないんだよね。
「ロックはナナと一緒にアルトについて行け、リオとセレスは俺と一緒にブランシェ周辺の警戒だ。テテュスは海と川、アネモイは空を魔力視で警戒、何かあったらすぐに知らせろ」
完全に戦闘モードの顔に切り替わったダグが、絶句していたアルトに代わってテキパキと指示を出し始めた。
テテュスにいい格好見せたいからじゃなく、軍のトップとしての振る舞いが板についてきたんだと思いたい。
「ペトラは軍に緊急招集をかけて待機、あとジルとレーネハイトに緊急通信、万が一に備えさせろ。ミーシャはヒデオを押さえて適当なこと言ってエリー達と一箇所にまとめとけ、ぜってえ外に出すんじゃねえぞ」
もし使者のフリしてヴァン本人が来ていたら、または近くにいたら、またヒデオが狙われるかもしれない。
相当恨みを買ってるし、逆にヒデオもヴァンを恨んでいるかもしれない。
ヴァンはもしかしたらヒデオは異界融合の際に死んだと思ってるかも知れないけど、念には念を入れておくべきだ。
それに本当にヴァンが皇帝になってたりしたら、今度は対個人で済む話じゃない。
下手にちょっかいかけたら、プディング魔王国とヴァレリアン帝国の戦争になる。
それと単身帝国に向かったグレゴリーが心配だ。
無事だと良いな……。
ていうか、いい加減ヴァンがしつこくてうんざりなんだけど……。
それに何で本名晒してるの。
まさか人間やめたからなんて、安易な考えじゃないよね……?
お読み頂きありがとうございます。
人物紹介も含めてですが、このお話で合計200話となりました。
平和から一転し不穏な空気になりましたが、引き続きナナのお話をお楽しみ頂ければ幸いです。
今後とも宜しくお願いいたします。




