1章 第20話N できちゃった
真ん中あたりの計算関係は飛ばしてもらって構いません。登場人物や魔物の技能と脅威度を設定資料として残していますが、作中には正確な数値を出す機会はあまり無いと思います。
ナナがこの世界に来て八年、ノーラ十歳の誕生日を二ヵ月後に控えた八月のとある日、ヒルダの研究はほぼ完成したと言って良い段階となった。
「できたわね……」
「できたのじゃ……」
いつもの涙滴型を取るナナと濃い紫のドレスを着たヒルダは、目の前のベッドに横たわる人型のゴーレムボディを見て同時に呟いた。
その手足はヒルダが調整した球体関節骨格をナナが再構築し調整した狼の筋肉と皮で覆ってあり、力強さと柔軟性を兼ね備えていた。胴体は薄い金属板で胸部と腹部と腰部に分けて形成され、手足と同様狼の筋肉と皮で覆われているが、腹部には核の交換を容易にするためメンテナンスハッチが設置してある。
胴体内部は魔力神経強化のため全身に張り巡らされた『魔銀糸』が繋がる、金属に囲まれた核の設置場所があるだけで、他は空洞となっている。また頭部は人を模し五感と声帯はナナの手で同機能のものが再構築されたため、人と同じように話すこともできるが、人を食べた事など無いためいくら再構築しようとも、顔だけは表情のない作り物っぽいものになってしまった。
この生体部品を多く使用したゴーレムの作成は難航を極めた。特に再構築した生体部品をナナの体以外に使用することが問題だったのだ。
木材や衣類などは何の問題も無かったのだが、毛皮や筋肉等は再構築後放っておくと腐ってしまうため、骨髄内の造血細胞と肺のように酸素を血液内に取り込む擬似器官を作り血液を循環させてみたのだが、腐敗は防げても劣化が防げなかった。
最終的には魔銀糸を通る魔力で強制的に細胞内へ酸素を送り込み、老廃物の除去代わりに月に一度は回復魔術をかることで解消させたのだが、この結論に至るま二年近くを要したのだ。
またこのゴーレム作成の副次効果として、ナナの再構築能力についての欠点と長所もわかった。ナナの肉体として再構築されたものは瞬時に形を変えスライムに戻すことも容易であったが、維持するにはサイズに応じた魔力が必要となる。しかしナナの体から離す事が前提として再構築されたものは体積が増えるほどその構築に多少の時間が必要となるが、その代わり維持に魔力を必要とせず、ゴーレムの部品などに使用できるようになったのであった。
しかしその構築のための時間も練度が関係あるらしく、繰り返すことでた徐々に短縮もされていった。この二つの能力をどちらも再構築と一括りにしていたのだが、この結果を受けて自分の肉体用に変化させるものを『擬態構築』とし、自分の肉体以外に使用する場合はこれまでどおりの『再構築』と分けることにした。
「ちょっとナナ、感動しすぎじゃないの?」
「これまでの苦難を思い出しておっただけじゃ。では起動実験その一を開始するのじゃ」
「ええ、お願いねナナ」
ナナはゴーレム腹部のハッチを開け、そこに自分とキューの核をねじ込むと、スライム体を全て空間庫にしまいハッチを閉める。
「魔力神経接続……完了じゃ。魔力視視界良好、五感は……やはり触覚はちと薄いの、再構築と魔銀糸ではこの辺りが限界かのう。ともあれ他は問題無いの。では起き上がるのじゃ」
ナナが自分の体として動かすために構築した場合の感覚接続は問題無いのだが、ゴーレムの身体を介するように接続するとどうしても魔力神経がうまく繋がらず、魔銀糸による魔力神経伝達が無ければ加減や細かい動作が一切できないのであった。
ゴーレムはゆっくりと上体を起こすと、両手を顔の前まで持ってきて感触を確かめるよう握ったり開いたりを繰り返す。そして「上半身の感度良し」とヒルダに報告し、今度はベッドから降りてゆっくりと立ち上がる。膝を上げたり足の指を広げたり閉じたりと一通り動かすと、ヒルダを見てにっこりと笑ってみせる。
「全身異常なし、じゃ。やはり足の指もちゃんと作って正解じゃのう、バランスが以前とは格段に違うわい」
そういうとナナゴーレムは左足一本で立つと右足を高く上げ、上段蹴りの姿勢で体をピタッと止めてみせる。
「結局ギリギリになっちゃったわね。それはそうとそのブーメランパンツ? 一丁で足を上げるのやめてくれない? いくらその中はモノが付いていないといっても見苦しいわ」
「当初の要求をクリアしたものなら二年も前に完成しておろうに。これはほぼおぬしの趣味ではないか」
生体部品を一切使わない木材と金属だけで形成された球体関節ゴーレムは既に完成・量産され、集落周辺の警備を担っているのだ。それらも十分な強さがあったのだが、より人体に近い形で作りたいと言い出したのはヒルダであった。これまでの苦難を思い出し呆れるような視線を投げかけるナナゴーレムだが、ヒルダはどこ吹く風といった様子で他のベッドに並ぶもう一体のゴーレムボディを見る。
「ナナの言い方では、その姿が私の趣味みたいに聞こえるからやめてくれないかしら。さあナナ、その子の運動確認が終わったら次はこの子よ。それが終わったら、今度は魔石による起動実験その二よ。さ、早く早く!」
「人使いが荒いのじゃ。いやスライム使いかの?」
しょうもないことを呟きながらシャドーボクシングや空手の型をして軽く体を動かし、問題ないことをヒルダに報告して次のゴーレムボディ確認に向かうナナであった。
この四年でナナは、自身をそのままゴーレムボディへ神経接続することで動かすことを可能にし、ゴーレムボディでの格闘や直刀で戦う訓練などを行っていた。また集落近くまで来た体長3メートル近いフォレストタイガーと戦って吸収したり、亀が減ったせいで集落近くまで来るようになった狼や他の動物型魔獣を狩って、家計の足しにするようにとヒルダに渡したりもしていた。
ただこの異界は大規模な経済活動を行う国家というものが存在しないらしく、経済活動の基本は物々交換であった。
ヒルダは肉や毛皮を集落の者に与え、ナナが大量の狼を狩ってきた日にはちょっとしたお祭り騒ぎになったりもした。しかしナナは単独で集落を出歩くことはなくヒルダかノーラに抱かれて歩くのみだったため、集落の者は周辺の魔獣狩りをしているのがナナとは知らず、ただの変わったペットという認識であった。
また魔力視による属性魔素操作も練習を重ね、これまで確認した十属性の魔術を全て扱えるようになっており、更にキューのサポート無しでも一度見た大抵の魔術は模倣できるようにもなっていた。
逆に苦手なものもあり、金属製品の加工に関しては擬態能力を駆使しても大まかな成形しかできず、金属魔術で作ると維持するための魔力が抜けた瞬間に魔素に戻ってしまうため、ゴーレムの骨格などはほぼヒルダと二人で手作業で行っていた。
「二体とも全て問題ないようじゃの、生体部品の劣化も見られん。身体能力も1,000点を越えておる。なかなかの出来じゃ」
そう言いながら停止させたゴーレム腹部のハッチからびよーんと飛び出しベッドの縁にぺちょ、と着地するナナ。
「裸でそれなら、鎧や武器を装備させればもっと上がるわよね。2,000点には届かないくらいかしら?」
この頃ナナは対象の筋力や装備からおおよその戦闘力を計測できるようになっていた。とはいえ外見上の体格や筋肉の付き方などを、キューが記憶した集落内に住む一般的な非戦闘員の筋力・敏捷性・耐久度と比較しているだけのおおまかな値である。さらに技能魔素の総量と合わせて計算することで大まかな戦力値も計測しており、この数値化した情報はナナよりもヒルダの方がわかりやすいと喜んでいた。
「戦力値の計算方法を纏めてそこの羊皮紙に書いておろうが。武装と鎧の補正で1.8倍じゃから1,800点じゃの。今までと同じ核を入れたとしても1.6倍近く戦闘能力が上がる計算じゃな」
「わかりやすいのだけど、計算が面倒なのよねー。それと何度読んでもこのメモを読むと最後の一文に悪意を感じるのよね。気の所為かしら?」
・ナナメモ
戦力値計測方法
戦力値=物理戦闘出力+魔法戦闘出力
物理戦闘出力=身体能力+(身体能力+物理技能熟練値÷1000)
魔法戦闘出力=魔力+(魔力+魔術技能熟練値÷1000)(ただし魔術技能が無ければ0とする)
身体能力=成人した魔人族非戦闘員の筋力・耐久度をそれぞれ100点とし、合計値÷2の100点を基準値とする。
また武装による増減も計測している。
例:魔人族非戦闘員と狩人(下級戦闘員)と魔狼の比較
筋力 100:130×1.3(武器):400×1.2(爪と牙、高威力だが射程短)
耐久 100:130×1.3(防具):450×1.5(全身を覆う硬質化した毛皮、腹部は薄い)
狩人は一般人と比較して全体的に高い身体能力であり、武装による能力増減を加味し合計338点の÷2で狩人の体能力を約170とする。
魔狼の筋力・耐久度は総じて高く、更に武装による能力増減を加味し合計1,155点の÷2で魔狼の身体能力を約580とする。
物理戦闘出力値の一例
名称 /筋力 /耐久 /武器補正/防具補正/物理熟練値/物理戦力値
土ゴーレム /300/300/1 /1 /64 /約320
鎧ゴーレム /550/750/1.8 /1.8 /388 /約1620
軽装ゴーレム/250/350/1.3 /1.3 /388 /約540
狼 /300/200/1.2 /1.2 /24 /約310
魔狼 /400/450/1.2 /1.5 /144 /約660
森亀 /500/800/1.2 /1.8 /72 /約1100
森虎 /500/550/1.5 /1.6 /400 /約1150
武器補正
威力と射程距離でおおよその値を算出
小型魔獣の爪・牙:1.1~1.3倍
中型魔獣の爪・牙:1.2~1.5
通常の剣・槍・弓等の武具:1.3
高性能の武具:1.5~2.0
防具補正
硬さと全身を覆う範囲でおおよその値を算出
土製:補正なし
金属製:1.8~
革製:1.2~
甲羅:1.8~
技能ランク/熟練値
1 / 1
2 / 4
3 / 16
4 / 64
5 / 256
6 / 1,024
7 / 4,096
8 / 16,384
通常は熟練値を1上げるのに四十時間必要であるが、特に高い適性を持つ場合は十分の一程の時間で済む者もおり、また非常に高い熟練値を持つ者に師事することで更に短い時間で熟練値を上げられる事案も確認されている。例としてヒルダの魔術技能熟練値は二万を越えており、計算上では毎日八時間を修練に充てたとしてもおよそ三百年かかる計算だが、実質三分の一ほどの期間で現在の能力を習得したとの事である。
「気のせいじゃ。それに計算なら『ぱんたろー』にやらせれば良かろう。……ところでぱんたろーの姿が見えんようじゃが?」
「ぱんたろーならノーラに持って行かれたわよ……「ナナがいるから良いではないか」ってね。そういうわけなので計算お願いね」
ぱんたろーとはナナとキューが居なくてもゴーレムの強化ができるようにとヒルダのために作ったゴーレムで、体長40センチほどの地球で言うパンダのぬいぐるみのお腹に5.5センチ魔石を詰めたものである。魔石には認知機能を上昇させ視力・聴力・声帯をナナが加工して組み込んであるため会話が可能となっており、また魔力視や技能値の解析・書込・消去技能もインストールされている。なお、命名はナナである。
「ぬおお……ノーラには他にもネコ型の『かりん』とウサギ型の『もっちー』を作ってやったではないか」
ネコ型は餌のカリカリから、ウサギ型は月で餅をつく姿から命名したらしい。
「だってぱんたろーは空間魔術と生命魔術をランク6相当まで上げているんでしょ? ナナが教えてくれたんじゃない、ノーラには空間魔術の適性があるって。ナナは感覚で空間魔術を使っているから教えるのに適してないし、文献を読んで得た知識から指導できるなんてぱんたろーくらいのものよ?」
「なん……じゃと……」
―――教えるのに適していません
(何で出たキューちゃん。って前にもこのやり取りした記憶があるんじゃが……)
うなだれるナナに追い打ちをかけるキューの仕打ちに疑問を持ちつつ、なんとか立ち直るとヒルダとの会話に戻る。
「5センチ魔石いっぱいに技能詰め込んで装備を整えたら戦力値は約七千、6センチ魔石なら二万近くまで上がるの。ところでノーラの空間魔術適性といえば先日思った事があるのじゃ。おそらく、じゃが……わしがこっちの世界に来た要因の一つにノーラの能力が関係しておるな」
「ノーラが? どういうことかしら?」
「おぬしの書いたこれまでの研究日誌を改めて読み直したんじゃがの。確か使用した魔法陣は、作成時に魔力を込めるものじゃったよな?」
「ええ、使用時に魔力を消費する魔法陣だと、一度に九枚も使ったら疲れてしまうわ。だから作成時に魔力を込め、発動時はごく少量の魔力で済むようにしてあるのよ。それがどうかしたの?」
「作成時にノーラが破ろうとした魔法陣が一枚あったじゃろ。それ……わしに使われたのではないかの?」
「可能性はあるわ。でもごめんなさい、どれに使ったのかまでは覚えていないのよ」
軽く首を振るヒルダに、ナナは気にするな、と声をかける。
「なあに、もしもノーラが泣きながら羊皮紙を破ろうとした際に、暴走した空間属性の魔力が魔法陣に込められておったなら、と考えただけじゃ。謝ることでは無いのじゃ。最近おぬしから魔法陣や魔道具の作り方を教わっておるじゃろ? それでもしやと思い気になっておっただけじゃからのう、わからんのならわからんで良いのじゃ」
「もし、そうだったら……ナナ、貴方はどうするの?」
「なあに、わかったところで何が変わるわけでもないのじゃ。ただ、ノーラにもう一体くらいゴーレムを作ってやっても罰は当たらんじゃろうと思う程度じゃな。ところでノーラ十歳祝いの贈り物は何か慣習とか、どのようなものが好ましいとかあるのかの?」
「特に決まった慣習は無いわね。相手が喜ぶものが一番の贈り物よ」
ヒルダはナナに手を伸ばし、優しく撫でながら言葉を続ける。
「それと当日は集落の人だけでなくヴァンも来るからね。ナナ、貴方は一言も話しちゃ駄目よ? 特にヴァンの前では。他の認知機能を高めたゴーレムにも話さないよう言っておいてちょうだい」
「なん……じゃと……」
―――当日話してはいけません
(じゃから何で追い打ちをかけるのだキューちゃん……)
ヒルダの言葉とキューの追い打ちでべちょっと力なく潰れ、床に落ちるナナ。
「だって貴方はある意味『切り札』なのよ? 戦闘力に関しては今作ってるゴーレムに及ばないかもしれないけれど、それは私も同じ。でも貴方は特に他者から見たら不可思議な存在だわ。下手にヴァンや拳王・魔導王に知られると面倒なことになるかもしれないの。わかってくれるかしら?」
「仕方ないのう……ところで拳王や魔導王の名はたまに聞くが、どのような人物なのか知っておるのか?」
拗ねた様子で地面をずーりずーりと這いずりながら問いかけるナナ。
「拳王は単純よ。名前の通り拳で相手を叩きのめすことだけが生きがいね。東へ半年ほど進んだ先に都市を作っているらしいわね。以前ここに一人で来たこともあるのだけれど、当時一番強いゴーレムを殴り飛ばして満足して帰ったわ。彼よりも配下の方が厄介と聞くわね、戦闘力的な意味ではなく性質的な意味で。もし彼が配下を連れてやって来たのなら、この集落も私も今頃存在しなかったかもしれないわ。魔導王は拳王の都市から北東に三ヶ月ほど歩いた先に都市を作っていることと、拳王と仲が悪いということ程度しか話は聞いていないわね」
「徒歩半年の方にわしは驚いたわい。馬等の騎乗生物はこの世界にはおらんのか?」
「昔は居たらしいのだけれど、異界って闇の瘴気溜まりが多いのよ。だから年々凶暴化して行って今では騎乗可能な生物は極稀らしいわね。ダグ……拳王もここまで歩いて来たわ」
「そうか、拳王ダグはアホじゃということは十分にわかったわい。ところでこの辺りに牛のような生き物はおらんかの。こんな形の生き物じゃ」
そう言ってナナは空間庫から木で作った牛の置物を取り出しヒルダに見せる。
「それならここから北に十日ほど歩いた先にいたわね。ただ、その置物よりはるかに角が長くて危険な生物よ」
「ありがとうなのじゃ。ではわしは明日からしばらく出かけるつもりじゃが良いかの?」
「まさか狩りに行こうって言うんじゃないでしょうね?」
「先日集落近くに迷い込んできた虎より強いことは無いじゃろ、万が一の際は転移で逃げ帰ってくるわい」
「確かに人型になって虎と正面から殴り合いをするような変態スライムなら問題ないと思うけれど、遠いのよ? それに今夜から私たちはどうやって暑い夜を乗り切ればいいのかしら? 抱きまくらに使えるスライムはまだ完成していないのよ?」
「十分に使えるものなら完成しておろうが。温度の調整が下手だのサイズが小さいだのと文句をつけて却下したのはおぬしじゃろう。それに狼になって走れば片道二日もかからんわい」
ナナは夏は水の魔素で体を冷やしつつ、冬は火の魔素で体を温めつつ、この四年間毎晩ヒルダとノーラの抱きまくらとして一緒に寝るようになっていた。そして代替スライムも技能魔素の中にある運動機能(液体)を発見し調整することで、ナナのように弾力のあるスライムの作成にも成功していたのだが、ヒルダの言うとおり現在までに調整ができていないという理由からナナが抱きまくらから開放されることはなかった。しかしそのせいもあり最近では夜間の研究や自己鍛錬を減らし、なるべく一緒に睡眠をとるようになっていた。
「ああ……ノーラが悲しむわ……」
「ぐ、行き辛くなることを言うでない……それに抱きまくらが無いと眠れんようになったのはむしろおぬしの方じゃろうが。ノーラの誕生祝いに作る料理の材料を取ってくるだけじゃ、揃ったらすぐに戻るわい。料理をするのも久しぶりじゃからの、勘を取り戻すのに少しばかり時間が必要じゃからの。それと流石にスライム体で料理をするのはきついのじゃ、戻ったらこのゴーレムボディを少しばかり借りてもよいかの?」
「あら、ナナ貴方料理なんてできたの?」
「当然じゃ。お菓子作り等も好きでの、よく作っておったわい。でもあまり期待するでないぞ、材料が揃わな過ぎてろくな物が作れんのじゃ」
「行ってらっしゃい、ナナ。何なら今から出発してもいいのよ、ノーラには私から言っておくわ!」
「おぬし、食べ物に釣られすぎじゃろ……」
べちゃ、とスライム体を力なく垂れさせるのとドアが開くのは同時だった。
「ナナ、出かけるのか? わらわも行きたいのじゃ!」
扉を開けるなり元気な声を上げたのは、もうすぐ十歳の誕生日を迎えるノーラだった。
「もちろん駄目なのじゃ」
開口一番、外出するというナナに着いていくというノーラの言葉をにべもなく断るナナ。
「なぜじゃ! わらわも外へ遊びに行きたいのじゃー!」
両手にパンダ型ゴーレムぱんたろー・ネコ型ゴーレムかりん・ウサギ型ゴーレムもっちーの三体を抱えて駄々をこねるノーラ。そのノーラは百四十センチほどに成長した体をフリルがたくさん縫い付けられた薄い青地のワンピースで包み、桃色の髪は白いリボンでツインテールにしてある。なお現在ノーラが着用している服に限らず、ヒルダが着用している物も下着も含めて全てナナの手作りである。
「ノーラが着いてきたら片道十日、わしが変怪して背に乗せたとしても片道二~三日はかかるのじゃ。その間ずっと野宿で手洗いも草むらじゃぞ? わしがおるから危険は排除してやれるが、衣服の洗濯や手洗い後の世話まではわしはやらぬぞ」
ヒルダ邸での一般的なスライムの仕事は掃除と洗濯である。なお手洗い場にもいるのだが、その存在と業務内容についてナナは一切見ようとせず、ヒルダとノーラもその件については口を閉ざしている。
「ぐぬぬ……それは嫌なのじゃ……では毎晩転移で戻ってきて欲しいのじゃ。ナナと一緒に眠れないのは寂しいのじゃ……」
「なん……じゃと……」
―――
(言わんのかいっ!)
何故かナナへの追い討ち以外では反応しないキューへの突っ込みはさておき、悲しそうに俯くノーラの姿にかなり心を揺り動かされたが、数日の辛抱と自身に言い聞かせ葛藤に打ち勝つナナ。
「ノーラよ、おぬしの誕生祝いで食べる料理の材料を取ってくるのじゃ。最近内部の時間を停止させられる空間庫の使い方も覚えたからの、新鮮な食材で美味い料理を作ってやるゆえ楽しみに待っておるのじゃ」
「行ってらっしゃい、ナナ。気をつけて行くのじゃぞ!」
さっきまでの悲しそうな顔がまるで嘘だと言わんばかりのノーラの変わり身に、さっきも似たようなものを見たと思いヒルダとノーラの顔を交互に見るナナ。
「そこは母に似なくても良いのだぞ、ノーラよ……」
力なく呟いたナナの声は、誕生祝の料理に思いを馳せるノーラに届いてはいなかった。




