1章 第2話R 再誕
2018/6/20
大幅に改稿。
というかほぼ書き直し。
うるさいなぁ……赤ん坊の鳴き声かよ。んー……うるせえってか、近え。
誰だよ子ども泣かせてるの……ん?
え?
泣いてるのは……俺?
うわっ何これ気持ちわるっ。
何で俺赤ちゃんみたいにふぎゃーふぎゃー泣いてんだ……って、体動かねーんだけど何これどういうことだよ。
目も開けられねえし水の中にいるみたいによく聞こえないし、感覚はあるのに何一つ満足に動かせねえじゃん、これって……事故の、後遺症?
事故? えーと、何だよ事故って……あー、何か記憶が混乱してるな。
俺は、相馬英雄。十八歳の高校三年生だ。
子供の時からの原因不明の病気のせいで外出が少なく、ラノベを読むことやオンラインゲームをやることが好きなインドア少年だ。
その病気ってのは不定期に体の何処かが痛むやつだけど……今は大丈夫、痛みはないな。
十二月で大学への推薦入学も決まって、やっと胸糞悪い実家を出られると安堵していたっけ、そんで……歩道を歩いている最中に暴走車が歩道へ乗り上げこっちに向かってきて……うん、事故にあってるな。
あれ、急に眠く……なん、で……。
……あれから何度も寝たり起きたりしてるうち、やっと目が開いた。
ボヤーッとしか見えないけど、多分視界の端でぴょこぴょこ動いてるのが、俺の手だな。
うん。赤ん坊だ。
俺、あの事故で死んだらしい。
ラノベとかでよく見る転生って奴か?
でも何か俺の中っつーか、この体の中にもう一人いるような変な感覚があるな。
これが……この体の本当の持ち主?
それにしても鳴き声うるさいな、よしよしどしたー、おなか空いたのか? それとも……ってまた眠く……。
不便だ。
自分の置かれている状況が、何となくだけどわかってきた。
転生というか、俺この赤ん坊に憑依してるみたいな感じだ。
感覚は全て共有してるのに、体を動かす主導権がないと言えば良いのかな。
さっきは視界いっぱいに広がる肌色と、そこにある突起に吸い付いた感触、そこから出る何かの味を感じた。
ていうか、母乳だ。
初めて吸った乳首の記憶がこれになるのかよ、凹むわー……。
それに何語だよちくしょう聞いたことねえよそんな言葉あああああ……。
母親だと思うんだけど、俺に向かってあれこれ話しかけてきてるみたいだが、全く理解できない。
まだよく見えないけど、母親は白人っぽいな。薄茶色の髪に、エプロンドレスみたいな服装。
室内の感じから、文明レベルは低い。
父親らしい人も来たけど、何これコスプレ?
鎧着て剣を腰に挿して……中世? 異世界?
よくわからないけど周りの人の会話を聞いて、無理にでも言葉覚えなきゃ。
あ、ゲップ出た。そしたらまた、眠く……。
この世界に来て二年。
そう、『この世界』だ。
ここ地球じゃないや。
何とか言葉覚えて、聞こえる範囲で集めた情報から判断した。
この世界の一年は十二ヶ月と地球と同じだけど、一週間は六日、五週間で一ヶ月らしい。
一日の時間はよくわからないが、朝・午前・正午・午後・夕方の五回、鐘の音が聞こえる。恐らく三時間毎なのかな。
それと大事なことが一つ。
ここは魔物や魔法が存在する、異世界だった。
もう一度言う。
魔物や魔法が存在する異世界だ。
ファンタジーの世界に来たっぽい!
俺も剣と魔法の世界で冒険が! ……って、俺の体じゃないんだよな、これ。
あと俺というか、この赤ん坊のこともわかった。
『レイアス』という名前で、この家の三男坊だ。
ここはクロード家という貴族らしく、父は三十代半ばの真面目人間といった感じの人で、母は明るい茶色の髪を伸ばした二十代半ばの小柄な女性だ。
長兄は真面目な父に、次兄は細身の母によく似た雰囲気をしていた。
またクロード家は貴族といってもそれほど裕福ではないようで、家令とお手伝いさんの中年夫婦一組を雇っているだけらしい。
それとこの二年で気付いた、もう一つ大事なこと。
それは俺がレイアスと意思疎通できるということだ。
だけどレイアスが「ヒデオ、ヒデオ」と口に出したせいで、母親に滅茶苦茶怪しまれた事から、レイアスに「内緒だよ」と言い聞かせるのが大変だった。
それにしても、レイアスにあっち行けこっち行けと指示を出しつつ情報収集していて思ったことがある。
この形での転生で良かったかもしれない。
自分の意識が完全にある状態で赤ん坊になるとか、下手をすれば俺が赤ん坊のマネするしかなかったわけだ。
怪しすぎるし何より、赤ちゃんプレイとかレベル高すぎて俺には無理だ。
この状態にしても、そのうち何とかできるかもしれないし。
なんたってこの世界には魔法があるんだぜ。
素手で暖炉に火をつけたの見た時は、目の錯覚かと思ったもんな。
もしかしたら俺がレイアスの体から出て自由になれるような魔法も、この世界のどこかにあるかもしれない。
そしたら地球の知識を元にして一旗揚げるのも良いかもしれない。
将来が楽しみでしょうがないな、もう地球とか戻れなくて良いや。
どうせ戻っても、ろくな人生じゃないしな。
子供の時からの病気ってか、原因不明の痛み。あのせいでずっと『親の興味を引くために嘘をつく子供』って扱いだったからな。
痛みを訴えると両親には無視されるようになってたし、味方になってくれた祖父母も亡くなってるし、帰りたい場所じゃない。
何よりもう、あの痛みに怯えなくて良いんだ!
そうと決まれば早速! ……勉強、だな。言葉とか。
まだレイアスって二歳だもんな、なんもできないしさせられないわ。
五年もするとレイアスと一緒に勉強した甲斐もあり、文字も一通り読めるようになった。
母親は喜んでたけど父親は微妙な喜び方だ。多分だけどこのクロード家って騎士爵らしいから、父親としては騎士になれそうなわんぱくな子の方が良かったのだろうか。
でもレイアス、結構わんぱくだぞ?
危ないことを何度止めて叱ったことか。
(ヒデオ兄さん、どうしたの?)
(ん、なんでもないよレイアス。気にしないで遊んでな、見ててやるから)
(はい!)
なんて心の声的なやりとりもできるようになったしな。
つーかこう四六時中一緒にいて面倒見て、しかも兄さん呼ばわりされると、ほんとの弟みたいな気になってくるな。
でもなー、そうすると……俺が自分だけの体を手に入れる手段を求めて旅に出るとか、レイアスにそんな真似させるのは気が引けるな。
魔物がいるって聞いてたから、多分旅なんて危険だろうし。
この世界の地理とか気候とかよくわかってないしな。
ただ気候はちょっとわかりやすくて助かる。
日本でいう梅雨に該当する雨季は六月からで、今はその雨季前で雨が増え始めてくる時期だ。夏冬の時期も日本とだいたい同じだけど、ただ春と秋はわかりにくいんだよな。
四季じゃなくてニ季って感じ?
……もっと日本で勉強しておくんだったぜ。
まあまだ時間はあるし、おいおい勉強していけば……って、あれ。
……が、はっ……痛、い……これ、向こうで患ってた、原因不明の……何だよ、何で持病の痛みがこっちに来てまで発症するんだよ!
(くそっ、レイアス! いいか、息を浅く、ゆっくり吸ってゆっくり吐け! そうすれば痛みは少しマシになるし、少しすれば痛みは弱まるはずだ! 大丈夫だから、それまで耐えるんだ!!)
つってもこれ、やべえ……レイアスからも返事ねえぞ……痛みは左胸、それも特に酷え奴が来た……まるでガラスの破片が体の中で暴れまわってるみたいだ……。
レイアス、悲鳴すら上げられないんじゃないのか、胸押さえて倒れて……って、俺まで意識飛びそうなくらい痛え!
レイアス、返事はないけど息を浅く、ゆっくり吸ってゆっくり吐いてる。
声は届いてるようだ、良かった……頑張れ、耐えてくれよ……。
「レイアス……? レイアス!」
母親がやっと気付いたか、レイアスを抱えてベッドに運んでくれた。
胸の痛みは収まってきたけど、レイアスには母親の呼びかけに応える余裕は無さそうだな。
つーか、痛みで気絶したのか?
ぐあっ! って、今度は右腕かよ! 同じくらい酷いぞ、これも痛え!
こうなるとレイアスは気絶してて良かったかも、って次は足に……ぐっ……何だよ、これ……。
や、べえ……また、胸に……意識が、飛ぶ……。
「……知らない、天井だ……って、え!?」
あれ、何で今声が出た? 俺が体を動かしてる……?
どこだここ。知らない部屋の見たこと無いベッド、部屋には誰もいない。
(レイアス! いるんだろ、レイアス! 返事をしてくれ!!)
何で体の優先権が自分に移ってるんだよ、まさかな、嘘だろ?
ベッドから起き上がって何度も呼びかけるが、レイアスから返事は返ってこない。
(寝てるだけだよな? なあレイアス、起きろよ、起きてくれよ……)
返事しろよ……。
ん、誰か、来た……部屋に入ってきた細身の女性、ってレイアスの母親か。
「ああ、レイアス……気がついたのね、良かった……」
その女性、レイアスの母オレリアは涙を流しながら駆け寄って来て、まだ小さな体をきつく抱きしめた。
「母様、心配をかけてごめんなさい。僕、どうしてここに?」
レイアスの口調を真似てオレリアに問いかける。ちくり、と胸が痛む。
「レイアス、貴方は痛みで気を失った後、五日も目を覚まさなかったのよ? 回復魔法の効果がなくて医術師は打つ手がない、って……でもライノ男爵が貴方の症状について思い当たる事があるって、昨夜試してくれたの。それが効いたのね……よかった」
ライノ男爵とは会った事はないが、確か父の同僚で魔術師だったかな。
「いい、貴方の病気は『魔力過多症』っていうの。魔力が大きい人がかかる病気で、胸とか手足とか色んな所が痛くなってレイアスの様に気を失ったり、酷い人は一生目を覚まさない事もあるそうよ。でも魔力が多い事が原因だから体内の魔力を減らせば良いって、ライノ男爵が貴方の体から魔力を抜き出してくれたの。どう? もう痛いところは無いでしょう?」
この痛み、病名があったのか!
っていや、そこじゃない。今何て言った?
酷い人は一生目を覚まさない事もある、だって?
は、はは……まさか、な。
きっと休んでいるだけだ。
レイアスが戻ったとき大変だからな、いつも通り振舞おう。
まずはオレリアを安心させるため大丈夫であることと、ライノ男爵にもお礼を言いたいのだと告げる。するとオレリアはライノ男爵にレイアスが目覚めたことを伝えると言って部屋を出た。
レイアスは何度呼んでも返事は無い。
それどころか、自分の体に意識を向けてみると……これまで感じていたレイアスの存在が、感じられない。
そんなはず無いだろ。
レイアスはまだ寝ているだけだ。
落ち着け俺、まず深呼吸だ。
(レイアス! 起きるまでお前の体を預かるからな、このまま乗っ取られたくなかったら早く起きろ!!)
心の中でそう叫ぶと、ちょうどライノ男爵が部屋に入ってくるところだった。ライノ男爵にお礼を告げ、定期的に来るように言われオレリアと共に帰宅する。
父ファビアンも無事に帰ったレイアスの体を抱きしめ、喜びを噛み締めていた。
またちくり、と胸が痛む。
それ以降は暇さえあればレイアスに呼びかけ続けたが、レイアスから返事が返ってくることは無かった。
この日から俺は、騎士クロード家三男、レイアス・クロードとして生きる事になった。