5章 第8話G 僕はただ、恩返しがしたいだけなんだ
ナナさんの国を出てからそろそろ一ヶ月だ。
いい加減帝国の状況も気になるからってことで、年が明けてすぐにブランシェを出たんだけど……はぁ。
僕だって永遠の命なのに。
何でヒデオなんだよ。あんな女ったらしのどこが良いのさ。ちぇっ。
せっかくナナさんと釣り合うようにって思って、同じくらいの年齢に見える義体まで作ってもらったのに……はぁ。
ヒデオの奥さん達の出産が近付いてバタバタしてたけど、あいつは自分や奥さん達を見るナナさんの、寂しそうな視線に気づいてない。
ああもう、腹立つなあ!
……今に見てろよ。僕はそう簡単に諦めないからね。
とりあえずヴァンの支援をしてたバカどもを一掃して、少しでもナナさんの役に立って存在感を高めておかないと。
ナナさんにふさわしいのは僕だってことを、時間をかけて売り込んでやるんだ。
それに何より……僕はナナさんに、返しきれないほどの恩がある。
ナナさんは捨て身で、僕をヴァンから助け出してくれた。
どうやって僕をヴァンの中から取り出してくれたのかを、ロックさんから聞いて泣きそうになったよ。
僕を無視して特殊弾頭というやつを撃ち込んでいたら、もっと早くもっと楽に倒せていたはずなんだ。
ロックさんにしたって、そう。
『れーるきゃのん』とかいうロックさんの武器だって、僕の存在に気づいたせいで一度も撃てずに壊されたらしいし。
とにかく僕は二人に恩がある。
目も見えるようにしてもらったし、ね……。
だから僕は恩返しとして、ヴァンに関わる全ての裏を取り、もう大丈夫だよって言ってあげたいんだ。
深夜にこっそりとプロセニアの資料を読み直していたロックさんから、砕けた魔石を直す手段について聞かれたことがある。
ロックさんが見ていた資料の項目は、人型竜ゴーレムに使われた魔石についてだった。
その時ロックさんは、ナナには言うなよ、と念を押してから教えてくれた。
「世界樹の麓で倒したヴァンの魔石ね、あれヴァン本人のだったんだ。記憶力の良いキューちゃんが言うんだから間違いない。もしあれが複製だったなら、他にもヴァンがいる可能性を考えなきゃいけないとこだったよ」
「魔石生命体の複製なんてそうそうできるもんじゃないし、そもそも思いつかないと思うんだけど……」
「だよねー。ところでここの術式なんだけど……」
ロックさんが指を指した術式は、僕が知っているものと微妙に違った。
でも内容は想像ついた。
「記憶とかを魔石に書き込む術式だね。……これ、ヴァンに使われたの?」
「ヴァンの砕けた魔石にこの術式を使って、帝国に送ったらしい。そうやって集めた魔石の記憶や技術を使うことで、ゴーレムの性能を高めようとしてたらしいんだけど、砕けた魔石って直せるの?」
「うん、帝国の魔素集積装置ならできるよ。でも何年もかかるし、僕達みたいな魔石生命体は魔石が砕けた時点で死んじゃうよ? それにそもそもこの術式じゃ不完全で、人格とか完全には書き込めてないはずだよ。細切れで多少は書き込まれるようだけど……まさかヴァンはこれで記憶や人格を取り戻して、魔石生命体として復活したっていうの?」
だとしたら恐ろしいほどの執念というか、怨念だなって思ったっけ。
アンデッドもびっくりだよ。
「さあ? 何にせよこの術式じゃ、魔石から魔石への複製はできないからね。肉体から魔石への複製だとしても、偶然できた唯一の複製だろうね。それにもし他にヴァンがいるとしたら、単独で戦うのは不自然だよ。もしあの時二体以上のヴァンが出てきていたら、負けていたのは自分達だったかもしれないもんね」
「そうなの……かな……」
「ま、なんにせよもういないんだから、どうでもいいや。今の平和に水を指したくもないしね」
こうして話を切り上げたロックさんに、僕は強い違和感を感じたんだ。
僕にはロックさんが、『もうヴァンはいないんだと、自分を納得させる理由』を探しているように思えてならなかったんだ。
複製がいると仮定すれば、確かにヴァンが単独で戦闘を仕掛けてきたのは不自然だ。でもそれが計画的ではなく、偶発的な事故による戦闘だったらどうだろう。
僕を捕まえたヴァンが倒されたのは間違いないし、僕の知る限りヴァンは一体だった。
それに僕の記憶もいくつか読まれたようだけど、自分を複製するなんてまともな神経してたら思いつくはずがないし、そもそもそんな事したら狂うと思う。
実際に僕がそうなりかけたから、よくわかるんだ。
でもロックさんは、不安を拭いきれないらしい。
だから僕が、二人が安心できる理由を見つけてくる。
グレゴリー達を締め上げて、これまでの経緯を全て吐かせてから消す。
光魔大戦の事も含めて、全部だ。
当時は呆れてすぐに寝ちゃったから、ちゃんと報告聞いてないんだよね。
ナナさんとロックさんに光魔大戦について聞かれたときに、ちゃんと答えられなくて申し訳なかった。
今度ナナさんとロックさんに会うときは、二人が安心できるような情報を用意するんだ。
それが僕にできる、ナナさんとロックさんに対しての恩返しだ。
とはいえ、帝都に付くまであちこち寄り道しちゃったけどね。
自分の目で見る世界が新鮮で、海も砂漠もこんな色だったのかと驚きの連続で、動物や魔物すらも見つける度に感動しまくっちゃった。
砂漠の暑さには辟易したし、ついナナさんから餞別にって貰った温度調節機能付きのコートを着ちゃいそうになったけどね。
真っ白だから目立つし自分の魔術でなんとかできるから、着ないまま大事にしまっておくけどさ。
それにしてもナナさんが着ていたコートをそのまま貰えるなんて、まだ僕にも可能性があると思って良いよね、えへへ。
さて、少し休んだらまた転移しようっと。次の転移で砂漠を抜けられるかな? そしたら帝都までもうすぐだ、気を引き締めないと。
それにしてもずいぶん広範囲に転移阻害の結界が張られてるな。
僕ぐらいになると関係ない出力だけど、これだとせっかくアルトから貰った通信機も役に立ちそうにないかな。転移魔術の応用だもんね、この通信魔道具。
近距離ならともかく、ブランシェまでは無理っぽいね。
アルトから「帝国に潜入させた斥候からの連絡が途絶えた」って聞いたけど、この結界のせいだろうな。
魔素集積装置を使ってるんだろうけど、それも停止か破壊しておいた方が良いかもしれないな。
それにしても日差しが強いな、上を飛んでる鳥の影がくっきり見えて――
「高い魔力に釣られて来てみれば、随分と可愛らしいネズミじゃあないか」
え。
真上から……聞き覚えのある、声が……まさ、か……。
「良いことを教えて差し上げます。転移を阻害する魔道具の他に、感知する魔道具なんてものもあるのですよ。おかげで貴方がナナの国の方角から真っ直ぐ帝都に向かってきていたのは、とっくに気付いていましたよ」
殺気に押し潰されそうになる、やばい。
動いたら、やられる。
足元にくっきりと見える影、よく見ると鳥じゃない……人型の、竜。
唇が乾く。汗が吹き出してきた。
何で接近に気付かなかった!
「ヴァン……」
声がかすれる。
最悪だ。
本当に複製作ってた。
でも一体どうやって……そういえば僕が捕まった時、ヴァンは僕の記憶の一部を読んで……あの時は痛みに負けそうになって記憶が曖昧だけど、記憶領域をブロックするのが遅かったか!
「おや、やはり私の事を知っていましたか。しかも驚いていない様子を見ると、ナナにも私の存在がバレていると思って行動したほうが良さそうですねえ」
十分すぎるほどに驚いてるよ。
わずかでも可能性を捨てきってなかったから、かろうじて耐えられてるだけだ。
それにしてもどうするこの状況、逃げるか?
いや、転移を感知する魔道具があるって言ってた、きっと逃げ切れない。
それなら……。
落ち着け、まずは深呼吸だ。
ナナさんのために、覚悟を決めるんだ。
前方に転移し距離を取って魔力視発動、地の魔素を操り砂を岩に変え、百本を超える岩の槍を真上に放つ。喰らえ!
『ドガガガガガッ!』
砂煙で視界が効かないけど、魔力視だとヴァンが無傷だってはっきりわか……ああもう僕の馬鹿!
世界を目で見る楽しさにかまけて魔力視切ってたから、ヴァンの接近に気付かなかったんだ!!
「ほう? かなり魔力が高いようじゃあないか。しかしこの程度では私の体に傷一つつけることすら無理なんじゃあないかな?」
「知ってるよ! でも、これなら!!」
ヴァンも魔力視を持っていて、魔術の発動を読まれることは聞いている。真似されることもだ。
だから周囲の魔素をひっちゃかめっちゃかに動かし撹乱しながら、ヴァンの後ろ、真横、真上と周囲を連続で転移し、何度めかに真上に転移した瞬間、圧縮した魔素で作った火の槍を降らせる。
僕の放った火槍は、余裕ぶって腕を組んだまま動かなかったヴァンの頭部を直撃、頭半分が吹き飛んだ。
ざまあみろ!
「……ほう? ネズミにしてはなかなかやりますねえ」
「くそっ、魔石は頭じゃないのか!」
ナナさんが倒したヴァンと、魔石の位置を変えてるのか!
「今度はこちらから行きますよ?」
ヴァンが光の魔素を集め、まずは何条もの光線が僕に向かってきた。
これくらいなら同じ光線魔術で完全に相殺できる、それどころか三倍返しだ! 魔術戦闘で僕に敵うと思うなよ!
僕の放った各属性の槍や色とりどりの刃が、ヴァンの光線を打ち消し、外装を削り、切り裂き、削ぎ落とす。
何だ、余裕じゃん。ナナさんの為に僕頑張るよ!
あとは近付かれないように距離を取って――
『ドスッ!』
突然目の前に転移してきたヴァンの左腕が、義体の胸を貫いていた。
そんな、こんなにもあっさりと……。
「おや、少しは楽しめそうだと思ったのですが、この程度で終わりとは呆気ないですねえ。所詮はネズミですか」
ヴァンに胸の魔石を握り潰され、地面へと落ちていく義体を、僕は砂の中で息を潜め、魔力視で確認する。
くそっ、くそっ、くそっ!
空間魔素も含めてめちゃくちゃに乱してたのに、あんな簡単に転移してくるなんてありえないよ!
近接戦闘の手ほどきも、もっと受けておくんだった!
って、義体に魔力通していれば、あれくらいの攻撃防げたんじゃないか!?
くそう……悔しいけれど、こうなったら死んだふりだ。
万が一を考えて、本体を義体から逃しておいてよかった。
壊された胸の魔石は僕の偽物で、僕自身は砂の中に転移して隠れている。
ナナさんやロックさんと同じ、スライムになってね。
もともとスライム生成魔術を創ったのは僕なんだから、これくらい簡単さ。
『擬態』で五感を作るというのがうまくできないけど、義体の中に残したスライムからちゃんと音も聞こえてくる。
「しかしこうもネズミが多いとは……計画の変更を考えたほうが良いかもしれませんねえ……」
何その場で考え事してるんだよ、早くどっか行けよ。
急いで戻って、ナナさんとロックさんに知らせないと。
って、誰かこっちに来てる?
赤い魔素に包まれてるからアンデッドのようだし、ヴァンの仲間か?
「キンバリー、ずいぶん遅いじゃあないか」
「悪いな、俺様は転移術が使えねえんだよ。これでも急いだほうだぜ」
「まあ良いでしょう。そこのネズミの死体、保管しておいてください」
え、それやばいんだけど。義体から離れ過ぎたら音拾えなくなるから、魔術で振動感知しなきゃいけなくなる。そうすると、魔力視を持つヴァンにバレちゃう!
ヴァンがいなくなるまで砂の中で待ってるしか無いか……。
「別にいいけどよ、あんたはどうする気なんだ」
「帝都に戻って、他の私と話し合いをします。計画を修正しようと思いましてね」
今、「他の私」って言った?
……うわぁ、最悪……こいつ、自分をいくつも複製してるみたいだ……。
普通なら自分の複製と対峙したら発狂するはずなんだけど、既に狂ってるヴァンには関係ないってところかな……。
「……そりゃ結構なこって。じゃあ俺様はこの子ネズミの死体持って、オアシスに戻るぜ」
「それじゃあ私も戻るとしましょう。連絡があるまで、オアシスで待機していてください」
ヴァンが転移し、キンバリーと呼ばれた男が残り……あれ?
こいつもしかして、ナナさんに助けられたっていう、あのキンバリー?
どうする、一か八か接触してみるか? それとも様子を――ってこいつ、空間庫に僕の義体入れちゃった!
仕方ない、ヴァンもいないし空気の振動を捉えて音を拾おう。
「……ったく、こんなガキまで巻き込んでんじゃねえよ、女神様よぉ……ん?」
あれ、キンバリーの目がこっちに向いて……しまった、こいつも魔力視持ち!
ズボッ!
やばい、ってあれ……鷲掴みにされて持ち上げられたけど……敵意は無い?
「砂の中に隠れてたのか。良かったな、ヴァンに見つからなくて。見つかってたらてめえ、今頃丸焼きだぜ」
どういう事だ?
「大人しくしてな。兵士に見つかっても丸焼きだからな、これ以上帝都に近付くのは自殺行為だぜ」
こいつ、僕を大事そうに抱えて歩きだしたけど、意味がわからない。
義体もしまわれちゃったし、このまま少し様子見かな?
この男の行動を見極めたいし、運が良ければいろいろ聞き出せる。
下手に転移で逃げるとまたヴァンに見つかっちゃうし、少しだけ我慢しよう。
「キンバリー様、おかえりなさいませ」
「おう。収容所にこいつも入れとけ」
「これはまた、ずいぶん大きなスライムですね」
オアシスの街に着くと、キンバリーを出迎えた一組の男女に僕は引き渡された。
この男女もアンデッド、周りに見える兵士も全部アンデッド……一体どうなってるんだ。
「変わりはねえな?」
「はい、狂化した者たちもだいぶ落ち着いてきました。およそ八割が自我を取り戻しています」
「おう、引き続き頼んだぜ」
狂化? 自我を取り戻した?
一度自我を失ったアンデッドが、自我を取り戻したってことか?
ありえない、一体どうやって……。
「てめえは平気なんだな?」
「はい、万が一のためにと下さった、キンバリー様の血は常に持ち歩いています。もしこれを飲むことになったなら、真っ先に報告いたします」
「遠慮するんじゃねえぞ、てめえが狂化したら砂漠の吸血鬼全てが狂うんだからな」
「はっ! ……ありがとうございます、キンバリー様」
吸血鬼? ……もしかして上位者の血を飲むと、自我を取り戻せる?
というか、この街……視える範囲の人全部、アンデッドじゃないか……。
でも、普通に暮らしてるようにも視えるんだけど、アンデッドが人のように集団で生活するなんて、この目で視てるのに信じられないよ……。
「では私はここで失礼して、隔離施設に向かいます」
「誰が聞いてるかわかんねえんだから、外では収容所って言えっつってんだろ」
「はっ、申し訳ありません……つい……」
隔離施設? 向こうに見える高い壁と兵士に囲まれた一角のことかな?
女の人に抱えられて頑丈そうな扉をくぐると……生きた人が、いた。
アンデッドばかりの街に、結構な数の女性と子供が隔離されてる。
それと、たくさんのスライム。
……なんでスライム?
「あ! おねーちゃん、それ新しいスライム?」
「わー、おっきい!」
「キンバリー様がまた保護してくださったのよ、みんな仲良くしてあげてね」
「「「はーい!」」」
……は?
なにこの状況。意味わかんないんだけど。
子どもたちがこっちに集まってきて、その一人が僕を抱えて走り出したんだけど……元気だなー、とか言ってる場合じゃない。
まさか、人とアンデッドが、共存?
いや、違うな……共存、というより……保護か?
しまった、逆に動きが取りづらくなったぞ。
一刻も早くナナさんとロックさんに情報を持ち帰りたいけど、下手にここで騒ぎを起こすと、この子達にも何か被害が出るかもしれない。
「わー、ぷよぷよー!」
「あれー? 何か中に硬いのあるよー?」
ちょっと待って触らないで光の屈折で見えないようにしてるけどそれ魔石で僕の本体なんだよお願いやめてええええええ!




