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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
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5章 第6話H 親という存在

 ブランシェの元女神教大神殿、今は『神道』大神殿だっけ。

 スライムを抱いたナナをモチーフにした、旗やレリーフが飾られている。

 昨日ロックが教えてくれたけど、多神教にするらしいね。

 祀る神様はまだナナしかいないから、意味ないけどねって笑ってたっけ。

 ていうか俺の知ってる神道は、万物に神が宿るとか八百万の神とかって教えだから、かなり違和感があるけど……異世界だし、まあいいか。今はそれどころじゃないし。


 レイアスの父ファビアンは今、ここの大司教をしているんだよな。母オレリアも、その補佐として働いている。

 しかし処刑台にのぼる気持ちって、こういうのだろうか。

 重い足を無理やり動かして、神殿の中に入る。


 司祭に案内された応接室で待つ時間も、異常に長く感じる。

 気が重いどころか、胸が苦しい。

 俺はこれから、二人を悲しませることを話さなければいけない。

 まず何から話すべきか考えているところに、二人分の足音が聞こえた。

 間もなく扉を開けて入ってきたのは、無表情のファビアンだ。その少し後ろにオレリアが控え、俺を見て優しそうに笑った。

 俺は立ち上がり、まず深く、深く、頭を下げた。


「……ご無沙汰、してます」

「何だレイアス、他人行儀だぞ」

「そうよ、でも久しぶりねえ、結婚式以来かしら? ほら、頭上げて、座りなさい?」


 今はまだ、この体勢を続ける。合わせる顔がない、顔を直視するのが辛い。


「今日は、大事なお話があって、参りました。……長くなりますが、お時間はよろしいでしょうか?」

「……今日は一日開けてある。座れ」

「……はい」


 一瞬迷ったが、これ以上立ったままというのは失礼だ。

 座って顔をあげると、心配そうなオレリアと、いつも通り無表情なファビアンがいる。

 大きく息を吸って、吐く。覚悟を、決めろ。


「お話の前にまず……俺は……レイアスでは、ありません。俺の本当の名前は、ヒデオ・ソーマといいます。十五年前から、この体をお借りしています。そして、本題ですが……レイアスが、亡くなり……ました……」

「……意味がわかん。順を追って話せ」

「はい……。元々俺はこことは違う世界で生まれ、育ち、死にました。しかし目が覚めると……この世界に転生し、レイアスという赤ん坊の……魔石に、入っていたようです」


 そこから俺は、順を追って話していく。

 始めはレイアスと会話ができるだけだったこと。

 レイアスが意識不明になったのをきっかけに体の主導権を得てしまったこと。

 その後はレイアスを目覚めさせる手段を探すため、生命魔術とそれを知る魔人族を探し求めたこと。

 ナナに会いレイアスの魂の無事を知り、俺が二十六歳になる頃には目覚めるだろうと聞かされたこと。


 そして……魂を破壊する術式を体に打ち込まれた事を話し、一旦言葉を切る。


 沈黙が、痛い。息が詰まる。

 でも、言わなければ、いけない。


「その際にレイアスが……俺を庇って、魂を自壊させたそうです……。俺は、そのおかげで……三ヶ月、眠り続けるだけで、済みました……」


 俺はただ黙って、二人の言葉を待つ。

 罵倒される覚悟は、できてる。

 拒絶される覚悟は、できてる。

 どんな罰でも受ける、覚悟もできている。

 ファビアンが大きく息を吐く音が聞こえる。

 ごめん、なさい……ごめんなさい……。


「にわかには、信じがたい話だ。だが……ナナ様が関わっているのだ、そういう事もあるのだろうな」

「辛かったわね? よく、話してくれたわ……ヒデオ、でいいかしら? エリーちゃん達もそう呼んでるものね、彼女たちは全部知っているの?」

「……はい。俺の仲間とナナ達は、全部……知っています……」


 そう、と小さく呟いたオレリアの顔には、寂しさが浮かんでいるように思える。

 ファビアンの眉間には、これまでにないほど深いシワが刻まれている。

 二人には隠してきたことを、仲間には教えているんだ。ますます申し訳ない気持ちで一杯になる。


「少し、時間をくれないか。そのまま待っていなさい」

「……はい……」


 肺から絞り出すような、かすれた声が出た。

 二人は顔を見合わせた後、静かに目を閉じた。


 わからない。


 どうして二人は、俺を罵倒しないんだ。

 どうして二人は、俺を拒絶しないんだ。

 どうしてオレリアは、俺を心配するような事を言ったんだ。


 わからない。わからない……。


 どれくらいそうしていたのか、時間の感覚すらない。

 ファビアンが深く息を吐く音で、俺も我に返った。

 目を開けたファビアンに少し遅れて、オレリアも目を開けて二人目を合わせた。

 そして二人が揃って、ゆっくりとこっちを向いた。


「……一つ、聞かせてくれ。ヒデオにとってレイアスとは、どのような存在だったのだ」

「……弟のように、感じていました……」

「そう……レイアスは、私達の大事な息子よ。その兄であるヒデオも、私達の大事な息子ね」


 え。


 オレリアは、何を、言っている?


「正直レイアスのことは、容易には受け入れがたい。だがお前が負い目に感じることではない。どうやらお前は十五年、レイアスを目覚めさせるために行動し、レイアスを守ってきたのだろう?」


 ファビアンが、俺の目を真っ直ぐに見ている。


「レイアスはヒデオという兄を庇って死んだ。だがそれ以前に、兄であるヒデオがレイアスを守ってこなければ、五歳の時に発症した魔力過多症でレイアスは死んでいたのではないか? マルクが言っていたな。魔力過多症にかかった子どもは、目覚めないままゆっくりと死んでいくと」


 こんなにも長くファビアンの声を聞くのは初めてだ。

 いつも不機嫌そうに、短く話すだけだった記憶しかない。

 それにこの人は……『俺』のことも、しっかりと見てくれている、のか?


「あなたの話を聞いて、やっと腑に落ちたわ。魔力過多症から目覚めた後、様子がおかしかったものね……仲間やナナ様に出会うまで、一人で抱えてたのね……つらかったでしょう? もういいのよ、大丈夫……」


 俺の隣に座り直したオレリアが、優しく俺の頭を両腕で包んだ。

 暖かさが、ますます俺を混乱させる。


 俺はレイアスを救えなかっただけじゃなく、十五年も騙してたんだ。

 それなのになぜ、オレリアは俺を安心させるような事をしてるんだ。

 なぜファビアンは、ゴツい手で俺の頭を乱暴に撫でてるんだ。


 なぜ俺は……泣いてるんだ。


「……私はこんな泣き虫に育てた覚えはないぞ」

「もう! アナタったら、台無しじゃないの。いい、ヒデオ。貴方も私達の、大事な息子よ。少なくともこの世界では、私がお腹を痛めて産んだ子で間違いないわ」

「ヒデオ、おまえもまた間違いなく私達が育てた息子なのだ。だから他人行儀な態度はやめてくれないか」


 俺は……許された、のか?


 二人の顔をよく見ると、優しげな目をしているが、表情には悲しさと寂しさも浮かんでいる。


 ……ああ、そうか……。


 レイアスを失った悲しみは、確かにある。


 驚きも、当然ある。


 でもこの二人の態度……きっと俺を心配させないよう……安心させるように、言ってるんだ。


 ハンカチで俺の頬を拭うオレリアの目は……俺が日本で魔力過多症で苦しんでいる時に見た、祖母の目にそっくりだ。

 俺の頭に手を置くファビアンの目は、痛みで眠れない俺に付き添ってくれた、祖父の目にそっくりだ。


「とう、さん……かあ、さん……」


 優しげな顔で頷くオレリア……母と、頬を軽く引きつらせて頷くファビアン……父。

 ああ、この父の癖、変わってないな。無表情だけど、嬉しいんだ。


「どうして……俺を……許して……?」

「母親だからよ?」

「父親だからだ」

「う、うう……うああぁぁ……」


 ありがとう。


 ありがとう父さん、母さん。


 そしてレイアスを守れなくて、ごめんなさい。


 それなのに俺を愛してくれて、本当にありがとう。



 俺は地球で、母親が嫌いだった。父親が嫌いだった。


 俺を嘘つきだと決めつける、両親が憎かった。


 でも今、やっとわかった。


 俺は、二人に信じて欲しかったんだ。


 俺は……二人の愛情が、欲しかったんだ。


 この世界での両親は、俺を愛してくれている。


 そうじゃなかったら、俺は一生気付かないままだっただろう。


 俺も近いうちに、親になるんだ。


 俺はこの人のように……父さんのような父親に、なりたい。


 ありがとう、ごめんなさい、ありがとう……。



「落ち着いたようだな」

「はい……いや……うん、もう大丈夫。ごめん父さん母さん、心配かけた。ありがとう」

「ふふふ、いつものあなたに戻ったわね。……ヒデオ、話してくれてありがとう」


 感謝したいのは俺の方です。


「ねえヒデオ……辛ければ無理しなくてもいいけれど……良かったら、あなたの知っているレイアスのことを、わたし達に教えてくれるかしら?」

「大丈夫……全部、話すよ。俺がレイアスをそそのかして本を読むように仕向けたり、危ない遊びをしようとしたときに叱った話とか、たくさんあるんだ……」


 時間をかけ、俺はレイアスの思い出を一つ一つ思い出して語っていく。

 全部、俺にとっては大事な思い出だけれども、それは父にも母にも知ってもらいたかった。

 全部覚えてる。たった五年でも、俺にとっては幸せで、楽しい五年間だった。


 母は俺の話を聞きいて涙ぐみ、その細い肩を父が優しく抱き寄せている。

 この二人の元に産まれて良かった。

 同時にレイアスを守れなかった、失った事実を改めて感じたせいか、いつの間にか俺まで鼻声になっていた。


 そしてたっぷりと時間を掛けてレイアスの事を話し、最後に夢に出てきたレイアスのことを伝えておしまいにする。


 でもナナが世界樹で見た元俺と、夢に出てきた元俺のことはぼかしておく。

 ただでさえ混乱させるような話をしているのに、さらに俺まで死んでいたなんて話たらややこしくなる。

 俺が複製だという件は、わざわざ話さなくても良いことだ。



 話が終わると母は涙を拭いて、俺の頭を撫でてくれた。

 落ち着いてくると気恥ずかしさが出てきたけど、身を任せることにする。


「……そう、か……ありがとう、ヒデオ。さて、話は理解した。あとは、これをどうするかだな……」


 おもむろにファビアンが懐から取り出してテーブルに置いたのは、白いウサギのぬいぐるみ。

 てーかこれ、見たことある。ナナのだ。


「……なんでこれ、父さんが持ってるの?」

「実は今朝早くにナナ様が見えられてな。今日お前が来るから時間を開けてほしいと言って、これを置いていった」


 何でナナが?

 そういや父さん、今日は一日開けてあるって言ってたけど、ナナのおかげだったのか。


「もしお前との話で許せないことがあったら、お尻にあるこの丸い部分を押せとおっしゃっ『ぽちっ』……しまった」


 ちょ、何してんの父さん、尻尾を指差そうとして何で押すかな?


『あーあー。聞こえるかのう? どうかヒデオを許しては貰えんかのう……そもそもレイアスの死の原因は、わしにもあるのじゃ。わしがヴァンの存在をもっと早くに気付いておれば、レイアスだけではなくヒデオも死ななくて済ん――』

「わあああああああ!!」


 ちょっとナナ、何バラしてんの!?

 そこの話はしてないのに!!

 尻尾もっかい押したら止まったけど、何これレコーダーなの!?


「……ねえ、ヒデオ? あなたも死んだって、どういうことかしら?」

「私も詳しく聞きたいな?」


 ナナあああ!?



 ……ああ。

 結局全部話したよ。

 二人とも複製の意味はわかってないようだけど、死にかけたのだけはわかったらしく、このあとむちゃくちゃ叱られた。

 母には思いっきり泣かれたよ。

 父には英雄という立場上、危ないことをしないのは無理かもしれないが、どんな事をしてでも生きて帰ってこいときつく言い聞かせられた。

 今度産まれてくる俺の子供のためにも、だそうだ。


 ありがとう、父さん、母さん。


 それと……ありがとう、レイアス。


 ありがとう、ナナ。

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